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大阪地方裁判所 平成元年(行ウ)65号 判決 1990年10月25日

大阪市阿倍野区天王寺町北一丁目八番四七号

二四四

原告

谷口敏子

大阪市阿倍野区三明町二丁目一〇番二九号

被告

阿倍野税務署長 団武夫

右指定代理人

井越登茂子

同右

福原章

同右

安田信二

同右

芝亘

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し平成元年六月一三日付でした昭和六三年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同趣旨

第二当事者の主張

一  原告の主張

1  原告は、昭和六三年分の所得税について、平成元年二月九日、次の内容の確定申告をした。

(1) 総所得金額 九六万六六二六円

内訳 <1> 利子所得の金額 七九万〇〇二〇円

<2> 配当所得の金額 一七万六六〇六円

(2) 所得控除額 合計金九九万一一八九円

内訳 <1> 社会保険料控除 一〇万六一八九円

<2> 生命保険料控除 五万五〇〇〇円

<3> 老年者控除 五〇万円

<4> 基礎控除 三三万円

(3) 課税される所得金額 〇円

(4) 納付すべき税額 〇円

(5) 源泉徴収税額 一九万三三二三円

(6) 還付金の額に相当する税額 一九万三三二三円

2  原告の右確定申告に対し、被告は、平成元年六月一三日付で、次の内容の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした(以下、これらの処分を「本件各処分」という。)。

(1) 総所得金額 五一万八三二六円

内訳 <1> 利子所得の金額 三四万〇一七〇円

<2> 配当所得の金額 一七万八一五六円

(2) 源泉徴収税額 一〇万八一五六円

(3) 還付金の額に相当する税額 一〇万三六六二円

(4) 過少申告加算税の基礎となる税額 八万円

(5) 過少申告加算税の額 八〇〇〇円

3  しかし、本件各処分には、原告の総所得金額の認定を誤った違法がある。

4  よって、原告は、本件各処分の取消しを求める。

二  原告の主張に対する被告の認否

1  原告の主張1、2の事実は、認める。

2  同3、4は、争う。

三  被告の主張

1  居住者に対して課される所得税について、所得税法二二条及び八九条は、利子所得の金額も総所得金額に含まれるものとし、総合課税を原則としているが、所得税法等の一部を改正する法律(昭和六二年法律第九六号。以下「本件改正法」という。租税特別措置法三条に係る改正規定は昭和六三年四月一日から施行)による改正後の租税特別措置法三条一項(以下「新措置法三条一項」という。)は、昭和六三年四月一日以後に支払を受けるべき利子等については、これらの規定にかかわらず、他の所得と区分し、その支払を受けるべき金額に対し一〇〇分の一五の税率を適用して所得税を課すこととし(利子等について一律源泉分離課税制度を採用)、本件改正法附則四〇条二項は、経過措置として、昭和六三年四月一日以後に支払を受けるべき利子等で同日を含む利子等の計算期間に対応するもののうち、その利子等の計算期間の初日から昭和六三年三月三一日までの期間に対応する利子等については、従前の例によるものとしている。

したがって、この従前の例によるものとされる利子等と昭和六三年一月一日から同年三月三一日までの間に支払を受けるべき利子のみが、総合課税の対象となる。

2  しかし、原告は、昭和六三年度の利子所得のすべてが総合課税の対象となるとの前提の下に本件確定申告を行った。そこで、被告は、新措置法三条一項、本件改正法附則四〇条二項により、原告の昭和六三年分の総所得金額及び源泉徴収税額を次のように認定し、これを前提として本件各処分を行った。

(1) 総所得金額 合計五一万八三二六円

内訳 <1> 利子所得の金額 三四万〇一七〇円(別表1記載)

<2> 配当所得の金額 一七万八一五六円(別表2記載)

(2) 源泉徴収税額(別表1、2記載) 一〇万三六六二円

四  被告の主張に対する原告の反論

1  昭和六三年度の総所得金額及び源泉徴収税額について

原告の昭和五三年度の利子所得の金額は七九万〇〇二〇円、配当所得の金額は一七万六六〇六円であり、その源泉徴収税額は合計一九万三三二三円である。

2  憲法二五条違反について

(1)<1> 本件改正法による改正前の租税特別措置法三条一項の下では、利子所得については総合課税と三五パーセントの源泉分離課税の選択が可能であった。

<2> そして、原告の所得は、約四五万円の国民老齢年金と若干の利子所得及び配当所得のみであったので、原告は、従前、総合課税を選択して確定申告をすることにより、所得控除の恩恵を受けて、利子所得及び配当所得に対する源泉徴収税額に相当する還付金の交付を受けていた。

<3> しかるに、新措置法三条一項は、被告の主張1記載のとおり、利子所得について総合課税を選択する余地をなくし一五パーセントの一律分離課税の制度を採用したので、原告は、利子所得について所得控除の恩恵を受けることができず、その結果、源泉徴収された所得税に相当する金額の還付金の交付を受けることができなくなった。

(2) しかし、基礎控除等の一般的な人的控除、老年者控除等の特別な人的控除、社会保険料控除、生命保険料控除等の特殊な控除は、憲法二五条一項に規定する健康で文化的な最低限度の生活を保障する趣旨で、これを具体化するために設けられたものであるから、これらの控除は、所得の性質とは関係なく、すべての所得について認められるべきであって、徴税事務の簡素化や効率化を図るために、利子所得について所得控除を否定することは許されない。

(3) したがって、新措置法三条一項は、著しく合理性を欠くものであり、憲法二五条一項に違反し無効であるから、これを適用し昭和六三年四月一日以後に支払を受けるべき利子等(昭和六三年四月一日を含む利子等の計算期間に対応するもののうち、その利子等の計算期間の初日から昭和六三年三月三一日までの期間に対応する利子等を除く。以下「昭和六三年四月一日以後の利子所得」という。)が総合課税の対象とならないとの前提の下で行われた本件各処分は、違法である。

(4) また、仮に新措置法三条一項が憲法二五条に違反していないとしても、これを原告のような少額の利子所得生活者に適用し、所得控除の恩恵を受ける機会を奪った本件各処分は、憲法二五条に違反している。

3  憲法一四条違反について

(1) 憲法一四条は、租税は応能負担の原則に基づいて課されるべきものとしているのであって、若干の国民老齢年金のほか、少額の利子所得、配当所得しかない原告のような老年者から、憲法二五条の趣旨を具体化するために設けられた基礎控除、老年者控除その他の所得控除を受けるみちを閉ざすことは、他の所得のある者と不当に差別するものであって、この原則に違反する。

なお、同額の所得であっても、勤労所得と資産所得との間で区別を設けることに合理性があるとしても、利子所得と同じ資産所得であって所得税を源泉徴収される配当所得については総合課税の対象となり所得控除を受けることができるものとされていることと比較すると、利子所得について一律分離課税を採用することに合理的理由はない。

(2) したがって、新措置法三条一項は、憲法一四条に違反し無効であるから、これを適用し、昭和六三年四月一日以後の利子所得が総合課税の対象とならないことを前提としてされた本件各処分は違法である。

4  憲法八四条違反について

国民の生存権を脅かし不合理な租税を課すこととなる新措置法三条一項は、そのことのみをとっても、租税法律主義を定める憲法八四条に違反し無効であるから、これを適用し、昭和六三年四月一日以後の利子所得が総合課税の対象とならないことを前提としてされた本件各処分は違法である。

五  原告の反論に対する被告の再反論

1  憲法二五条違反について

憲法二五条は、同条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定を立法府の広い裁量に委ねているので、同条を具体化するための立法措置は、著しく合理性を欠き明らかに裁量・濫用と見ざるをえないような場合を除き、同条違反として無効となることはないというべきである。

従来の非課税貯蓄制度(いわゆる「マル優制度」)の下では、個人貯蓄の大半がその適用を受けて多額の利子が課税から免れることにより所得種類間の税負担の不公平が生じ、また、利子課税を免れる利益は高額所得者ほどより多く享受するという状況が生じていた。新措置法三条一項の利子所得の一律分離課税制度は、このような状況に鑑み、所得の稼得能力が減退した老人に対する利子非課税制度(少額貯蓄非課制度及び郵便貯金非課税制度)など、真に手を差し延べる必要がある人々に対する利子非課税制度を残した上で、課税の公平、公正等の見地から採用されたものであって、著しく合理性を欠くものといえないことは明白であり、憲法二五条に違反するものではない。

2  憲法一四条違反について

租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が立法目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することはできず、これを憲法一四条に違反するということはできない。

新措置法三条一項の利子所得の一律分離課税制度は、前記のような課税の公平、公正等の見地から採用されたものであって、その立法目的は正当である。また、その区別の態様が著しく不合理であることが明らかであるとはいえない。

したがって、新措置法三条一項は、憲法一四条に違反するものではない。

3  憲法八四条違反について

新措置法三条一項の利子所得の一律分離課税制度は、憲法八四条の趣旨に則って法律により設けられたものである。また、具体的な税額計算の定めに関するものであるから、憲法問題を生ずる余地はない。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録と同じであるから、これを引用する。

理由

一  原告の主張1、2の事実は、当事者間に争いはない。

二  次に、居住者に対して所得税について、所得税法二二条及び八九条は、利子所得の金額も総所得金額に含まれるものとし、総合課税を原則としているが、新措置法三条一項は、居住者が昭和六三年四月一日以後に支払を受けるべき金額に対し一〇〇分の一五の税率を適用して所得税を課すこととし、利子所得について一律分離課税制度を採用し、本件改正法附則四〇条二項は、経過措置として、居住者が昭和六三年四月一日以後に支払を受けるべき利子等で同日を含む利子等の計算期間に対応するもののうち、その利子等の計算期間の初日から昭和六三年三月三一日までの期間に対応する利子等については、従前の例によるものとしている。

したがって、この従前の例によるとされた利子等と昭和六三年一月一日から同年三月三一日までの間に支払を受けるべき利子(以下、これらを併せて「昭和六三年三月三一日以前の利子所得」という。)のみが、総合課税の対象となる。

そして、弁論の全趣旨によると、原告の昭和六三年三月三一日以前の利子所得の金額は三四万〇一七〇円(別表1記載)、原告の昭和六三年度の配当所得の金額は一七万八一五六円(別表2記載)これらに対応する源泉徴収税額は一〇万三六六二円(別表1、2記載)であることが認められ、所得控除額については当事者間に争いはない。

三  そこで、次に原告の憲法違反の主張について判断する。

1  憲法二五条違反について

(1)  新措置法三条一項の法令違憲

新措置法三条一項は、利子等の所得税につき一五パーセントの一律分離課税の制度を採用しているが、同項は利子等に関する所得税の税額を定める規定であって、同項の適用により、利子等の所得を得ている者(以下「利子所得者」という。)が、一般的に憲法二五条一項の規定する「健康で文化的な最低限度の生活」を営む権利を侵害されることにならないことは明らかである。したがって、新措置法三条一項は、その規定内容自体から、直ちにこれを憲法二五条一項に違反し無効であるということはできない。

(2)  新措置法三条一項の適用違憲

新措置法三条一項によると、利子所得は総合課税の対象とならないので、利子所得者は、他に総合課税の対象となる所得があり、かつ、その所得の金額が所得控除の額を超える場合でない限り、所得控除の利益を十分に享受することができないことになる。本件について、これをみると、原告は、新措置法三条一項により昭和六三年四月一日以後の利子所得四四万九八五〇円が分離課税とされる結果、総所得金額は五一万八三二六円(利子所得の金額・三四万〇一七〇円、配当所得の金額・一七万八一五六円)となり、原告が現実に所得控除の利益を受けることができる額は基礎控除額三三万円と老年者控除額五〇万円の合計額八三万円にも満たないこととなる。逆に、新措置法三条一項の適用がなく、確定申告に係る昭和六三年四月一日以後の利子所得四四万九八五〇円が総合課税の対象となるとすれば、原告の所得控除額は九九万一一八九円であるから、昭和六三年度の利子所得については、全額、所得控除の利益を受けることができたことになる。

ところで、所得税法が、最低生活水準の維持に必要な所得に課税しないようにするために基礎控除を設け、老年者が他の者に比較して一般に所得を得るための条件が不利であり、また出費がかさむこと等を考慮して老年者控除を設け、社会保険のため強制的に支出を余儀なくされる点に着目して社会保険料控除を設け、社会保障制度を自ら補完するための自助努力等を助成するという見地から生命保険料控除を設けていることからすると、原告に生じる右のような結果は、所得税法の本来の趣旨に反すると解する余地がなくはない。

しかしながら、新措置法三条一項の適用の結果が憲法二五条一項に違反するというためには、それが法律の適用の結果である以上、単に、同位にある所得税法が憲法二五条の趣旨を受けて定めている所得控除の制度の趣旨に反する結果が生ずるということのみでは充分ではなく、適用の結果、憲法二五条一項に規定する「健康で文化的な最低限度の生活」を営む権利が侵害されていると認められる場合でなければならない。

そこで、右のような観点から本件について検討するに、弁論の全趣旨によると、原告は、昭和六三年度に少なくとも四五万円の国民老齢年金の交付を受けたことが認められ、これに前示の九六万円余りの利子・配当を加えると、原告には昭和六三年度中に少なくとも一四一万円の所得があったことになり、この点と原告が大正四年九月七日生まれであって(成立に争いのない甲第一号証による。)、老人等のための郵便貯金非課税制度(所得税法九条の二)、老人等のための少額貯蓄非課税制度(所得税法一〇条一項)、老人等のための少額公債非課税制度(租税特別措置法四条)(以下、以上の各制度を一括して「老人等非課税制度」という。)を利用し、元本合計九〇〇万円まで、その利子について非課税の利益を受けることができたことを考慮すると、新措置法三条一項を適用して昭和六三年四月一日以後の利子所得を総合課税の対象としないこと(すなわち、八万九六六一円の源泉所得税の還付を受けられないこと)によって、原告の「健康で文化的な最低限度の生活」を営む権利が侵害されたとすることはできない。

したがって、新措置法三条一項を適用してされた本件各処分をもって憲法に違反するとすることはできない。

2  憲法一四条違反について

まず、租税法の分野における所得の性質の違いを理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様がその目的との関連で著しく不合理であることが明らかでないかぎり、憲法一四条一項に違反するものということはできない(最高裁昭和六〇年三月二七日大法廷判決民集三九巻二号二四七頁参照)。

そこで、右の観点から本件について検討するに、成立に争いのない乙第二号証によると、本件改正法による改正前の少額貯蓄非課税制度をはじめとする利子非課税制度の下では巨額の利子が非課税となっていたのでその非課税制度を廃止して、総合課税の原則に復帰する必要があったが、利子所得については、その発生の大量性、その元本である金融商品の多様性・浮動性といった特異性があるため、総合課税の適正な執行を確保するには、利子所得の捕捉及び管理のために納税者番号制のような大掛かりな制度の導入が必要であるほか、納税者、金融機関、郵便局、国・地方の税務当局に膨大な費用と事務負担を強いることになることから、当時の納税環境や税務執行体制からすると、直ちに総合課税の対象とすることは現実的ではなく、また、適当でもないという状況にあったことが認められる。そして、新措置法三条一項が一律分離課税の制度を採用したのは、本件改正法附則五一条において「利子所得に対する所得税の課税の在り方については、総合課税への移行問題を含め、必要に応じ、この法律の施行後五年を経過した場合において見直しを行うものとする。」と規定していることからも理解できるように、右のような状況下において、可能な限り、適正、公正な利子課税を行うことを目的としているものということができる。したがって、利子所得について一律分離課税制度を採用している法の目的は、正当といえる。

もっとも、一律分離課税制度の下では、利子所得者の中には、原告の主張するように総合課税制度における所得控除の利益を受けることができないため、利子所得が総合課税の対象となる場合よりも不利益な立場に立つ者が生ずることになる。しかし、新措置法三条一項の定める税率は一五パーセントであり、また、利子所得については、所得の稼得能力の減退した老人等に老人等非課税制度が維持され、これを利用すると、元本合計九〇〇万円まで、その利子について非課税の利益を受けることができるので、一律分離課税制度が総合課税への移行期における暫定的なものであることを併せ考えると、その区別の態様は、右目的との関連で著しく不合理であることが明らかであるとはいえない。

なお、利子所得は配当所得と同じく資産所得に属するが、利子所得には配当所得にはない前示のような特異性があることを考慮すると、右目的との関連で、配当所得が総合課税の対象とされ利子所得が一律分離課税とされていることをもって、著しく不合理であることが明らかであるとはいえない。

したがって、新措置法三条一項をもって、憲法一四条一項に違反し無効とすることはできない。

3  憲法八四条違反について

利子所得に関する一律分離課税は、新措置法三条一項その他の法律の規定により規律されているところであるから、これが租税法律主義を定める憲法八四条に違反しないことは明らかである。

四  よって、原告の請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田畑豊 裁判官 岡久幸治 裁判官 西田隆裕)

別表1 利子所得

<省略>

別表2 配当所得

<省略>

<省略>

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