大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成元年(ワ)5672号 判決 1991年10月17日

原告

中沖弥生

被告

高槻市・株式会社長谷工コーポレーション

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金一七万円及びこれに対する昭和六一年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一五分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金二六〇万円及びこれに対する昭和六一年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

日時 昭和六一年六月一三日午後八時三〇分ころ

場所 大阪府高槻市南大樋町三四四番地一先市道(以下「本件道路」という。)上

事故車 原動機付自転車(原告所有、大・高槻市こ八三八六)

右運転者 原告

事故態様 本件道路を北に向かつて進行中の事故車が道路工事のために掘削されてできた溝(以下「本件溝」という。)に転落し、原告が受傷した。

2  責任

(一) 被告株式会社長谷工コーポレーシヨン(以下「被告会社」という。)

(1) 被告会社は、本件事故現場において道路工事を実施していたものであり、そのため、幅約一・五ないし二メートル、深さ約八〇センチメートル、長さ約一二・四メートルの本件溝を掘削した。

(2) 本件事故現場のように車両の頻繁に通行する舗装された市道上において、右のような溝を掘削した場合、その深さ、大きさから考えて、それに通行車両が転落する危険が予想され、とりわけ、夜間になると通行車両において溝の存在に気づきにくくなり、極めて危険な状況になるのであるから、工事現場の責任者は、周辺に工事を知らせる表示板を設置し、特に夜間においては、溝の周囲に点滅灯等を立てるなどして、工事による溝の存在を通行車両に知らせる処置を講じ、通行車両が転落する危険を防止する義務があつたにもかかわらず、これを怠つた。

(3) 被告会社は、本件工事を実施し、本件工事現場の責任者の使用者でもあつたのであるから、本件工事の遂行中における同人の右義務違反の結果生じた本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

(二) 被告高槻市

本件事故現場の市道は、被告高槻市が管理するものであるが、当時、本件溝の存在によつて道路として通常有すべき安全性を欠き、その結果本件事故が生じたのであるから、被告高槻市は、本件道路の設置又は管理の瑕疵により原告が被つた損害を賠償する責任がある。

3  損害

原告は、右事故により顔面挫創等の傷害を負い、事故当日、大阪府三島救急医療センターで治療を受け、また、同月二〇日から同年八月一日まで中川整形外科病院に通院したが、現在も顔面額部に二・五センチメートルと二センチメートルの二本の線状痕を残し、以下の損害を被つた。

(1) 通院慰謝料 金二〇万円

(2) 後遺症慰謝料 金二〇〇万円

(3) 弁護士費用 金五〇万円

原告は、本件訴訟遂行のため原告訴訟代理人らとの間で、着手金及び報酬金併せて金五〇万円の支払をなすことを約した。

4  よつて、原告は、被告会社に対し不法行為責任に基づき、また、被告高槻市に対し国家賠償法に基づき、それぞれ前記損害のうち金二六〇万円及びこれに対する事故の日の後である昭和六一年六月一四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告会社)

請求原因は、被告会社が原告主張のころ本件道路上で工事をしていたことを認め、その余を否認する。

被告会社が本件事故現場において掘削したのは、せいぜい幅五〇ないし六〇センチメートル、深さ二五ないし三〇センチメートルの溝にすぎず、また、被告会社は、右工事現場において、五〇〇ワツトの投光器により通行車両及び歩行者に注意を喚起するとともに、その周囲に高さ約七〇センチメートルの鉄製A型バリケード六個及び赤色プラスチツク製カラーコーン四個を設置したうえ、右A型バリケードをロープで固定するなど、容易に右工事現場に立ち入ることができないように十分な安全対策を講じていた。

したがつて、本件事故の発生が事実であるとしても、原告の前方不注視等の重大な過失に基づくものである。

(被告高槻市)

請求原因2(二)は否認し、その余は不知。

被告高槻市は、被告会社に対し本件道路工事を許可する際、保安さく及び夜間照明の設置等の交通安全対策の措置を講じることを条件としており、かつ、監視のためのパトロールも行つていたことから、道路の設置又は管理に何らの瑕疵も存在しなかつた。

また、被告会社による本件工事の保安対策に手落ちはなかつたことからも、本件道路に設置又は管理の瑕疵はなかつた。

三  抗弁(被告ら)

昭和六一年度六、七月ころ、被告会社は、原告に対し解決金として、治療費合計金一万二一八〇円を支払うとともに、本件事故車と同種の新車を交付したのに対し、原告はこれを受領し、将来にわたり財産的請求その他異議申立等をせず紛議解決することを約することによつて、原告と被告会社との間に、本件事故につき示談が成立した。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中、書証目録及び証人等目録を引用する。

理由

一  弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一号証、第二号証及び第四号証、成立に争いのない丙第一号証、証人中沖嘉明の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、請求原因1(事故の発生)の事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

二  請求原因2(被告らの責任)について判断する。

1  現場の状況

成立に争いのない乙第一号証ないし第三号証及び第五号証の二ないし六、弁論の全趣旨によりいずれも平成元年一〇月三〇日ころの本件事故現場付近の写真であると認められる検甲第一号証ないし第九号証、いずれも昭和六一年六月末ころの本件事故現場付近の写真であることに争いのない検乙第二号証及び第三号証の一ないし三、証人義野秀八の証言並びに弁論の全趣旨によると、次の各事実を認めることができる。

(一)  本件事故現場付近の道路は、市街地を南北に走る見通しの良い舗装された道路で、北行及び南行各一車線の幅約六・五メートルの車道と幅約一・九メートル(車道西側)と約三・三メートル(車道東側)の歩道からなつている(但し、本件事故現場の南側の車道の幅は事故現場付近より数十センチメートル広く、事故現場の南側直近において、幅員減少している。)。

(二)  本件溝について

右車道のうち歩道と接する幅約〇・五メートルの各部分には、本来、コンクリート製のL型街渠が設置されているはずであつたが、当時、道路西側の一帯の敷地(大阪府高槻市南大樋町三四四番地の一)において、被告会社施工によるマンシヨンの建設工事が進められていたところ、右マンシヨンへの進入口の一つが敷地の南東角の本件道路に面した部分に設置されるに伴い、右進入口に面した部分のL型街渠の打ち替え工事が行われていた。

右改修工事は、昭和六一年六月一〇日ころから同月一六日ころまで行われ、その概略は、既設の歩車道境界ブロツクやL型街渠部分のコンクリート等を撤去したあと、砕石層の上に、歩車道境界ブロツクを設置し、最後に残つたL型街渠部分に型枠をしてコンクリートを流し込み固めるという手順を踏むものであつたが、本件事故のあつた昭和六一年六月一三日の夜は、L型街渠部分にコンクリートを流し込む前の段階であつたため、本件道路の北行車線の左端には、L型街渠形成部分の幅五〇ないし五五センチメートル、深さ約二五センチメートル、長さ約一二メートルの溝が存在した。

なお、本件溝の大きさについて、原告本人や証人中沖は、幅約八〇センチメートル、深さ四〇ないし五〇センチメートルあつたと供述するが、証人義野の証言により認められる前記L型街渠打ち替え工事手順に前掲乙第三号証のL型街渠付近の断面図及び前掲検乙第三号証の一ないし三の写真により認められるL型街渠打ち替え後の本件事故現場付近の路面の状態を考え併せると、本件溝の掘削は、乙第三号証の図面の寸法通りか又はせいぜい同図面の寸法により数センチメートル余分に行われたにすぎないものと認められ、この点に関する原告らの右供述は、にわかに信用することができない。

2  本件工事現場の保安状況

証人中沖、同江川武教の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、本件事故当時本件溝の車道側には、反射テープの貼られていないカラーコーンがロープで繋がれて三個ほど並べられていたこと、前記マンシヨンへの進入口北側の高さ約一・八メートルのフエンス上に設置された投光器(証人義野の証言によれば、五〇〇ワツトのものと認められる。)によつて、少なくとも本件溝の南半分が照らし出されていたこと、しかしながら、本件工事現場に至るまでの道路には、本件溝の存在を通行車両の運転手に対し予告する看板等は何ら設置されていなかつたし、本件溝のところにも、A型バリケードや赤色点滅灯などは設置されていなかつたことが認められる。

なお、これに対し、被告らは、本件溝の車道側には六個のA型バリケードを並べ、その間を埋めるように四個のカラーコーンを置いた上、A型バリケードはトラロープで固定していたと主張し、証人義野は、右主張に沿う供述をする。しかしながら、同証人の供述は、本件事故当日、被告会社の下請けの荒木道路建設が午後五時の終業時に右のA型バリケード等を設置して帰つたが、その後、被告会社の従業員らが残業し、その帰宅のために自動車を本件道路に出す際、一旦、右A型バリケード等を除去し、再びそれを整備して帰宅したとするものであるところ、前掲乙第五号証の二ないし四よつて認められる本件事故現場の面するマンシヨン敷地南東角の進入路(右各号証には「南側進入路」などと記載されている。)は昭和六一年六月一一日以降、「掘削」のため通行が禁止されていたこと(この措置は本件溝が存在した事故当日の夜にも行われていたものと推認される。)と矛盾し、同証人は、本件溝の状況をあまり正確に記憶していなかつたものと認められる。

また、被告ら主張のようにA型バリケードが設置されていたとすれば、原告はトラロープに連なるA型バリケードという重量固形物をも巻き込む形で本件溝に転落したことになるはずであるところ、原告の負傷内容は後記認定のように右肘・両膝擦過創・顔面挫創にとどまるものであつて、重量固形物があたつた形跡は全くうかがわれないことからしても、証人義野の右供述は信用できない。

3  本件事故発生の経緯

原告本人尋問の結果によれば、原告は、事故当時、本件事故車を運転し、ライトを下向きに点灯して本件道路の北行車線を時速約三〇キロメートルで北進中、事故現場付近に差し掛かつた際、反対車線を自車方向に向かつてくる二トントラツクを発見し、そのトラツクが前を走る自転車を追い越そうとしてその車体の半分程度をセンターラインからはみ出して接近して来たことから、自車の進路を左に変更しようとしたところ、その時初めて本件溝を左横に認め、急ブレーキをかけたが、時既に遅く、また車輪が現場付近に砂が浮いていたため横滑りしたこともあつて、結局、車体の右側を下にして転倒し、そのまま本件溝に落ち込んだ事実を認めることができる。

4  被告会社の責任

一般の交通の用に供される道路の路面に工事により溝を掘削する場合には、その現場責任者は、当該溝の道路上における位置及び形状に応じて、通行車両の落ち込みなどの危険を防止するための措置を採らなければならないが、そのためには、看板を立てたり、当該溝の周囲を明示的かつ厳重に囲うなどして、運転者に対し、落ち込みなどを回避できる地点において予め危険箇所があることを示さなければならない。

ところが、前記認定事実によると、本件溝の保安措置として行われたのは、車道側にロープで繋いだカラーコーン三個(いずれも反射テープは貼られていない。)程度を設置し、それを投光器で照らすことに留まつたのであるから、これによつて本件溝に差し掛かつた通行車両の運転者が本件溝の存在を安全な距離において予め認識しないこともありえないことではなかつたのであり、そのために原告も本件溝の発見が遅れたものと推認される。

そうすると、本件事故の発生につき、本件溝の掘削工事における保安措置が不十分であつたことにも原因があつたものというべきであるから、同工事の現場責任者の使用者である被告会社は、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

5  高槻市の責任

道路が道路として通常有すべき安全性を保持しているためには、通行車両の運転者に本件のような溝の存在を十分認識できるようできるだけの保安措置が尽くされるべきであつたというべきところ、本件道路上の被告長谷工による本件事故現場の保安措置が不十分であつたことは、右認定のとおりである。そして、被告高槻市は、本件道路の管理者として、右のような保安措置の不十分さを是正することが困難であつたとする特段の事情を何ら主張立証しないから、右保安措置が不十分であつたことにも起因する本件事故につき、道路管理者としての責任を免れない。

三  請求原因3(受傷内容、治療経過及び後遺障害)について

前掲甲第一号証、第二号証及び第四号証並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故により右肘・両膝擦過創、顔面挫創の傷害を負い、事故当日、大阪府三島救急医療センターにおいて治療を受け、さらに同月二〇日から同年八月一日までのうちの五日間中川整形外科において通院加療を受けた後、平成元年一月二四日、同外科医師中川英隆より、右眉毛の上方に長さ約二・五センチメートルの瘢痕が残つている旨の診断を受けた事実が認められ、これに弁論の全趣旨により平成元年六月ころに原告の顔面を撮影した写真(原告の顔面を撮影したものであることについては争いがない。)であると認められる検甲第一九号証を併せて検討すると、原告は、本件事故時の傷害により、右眉毛の石端上方に「くの字形」の瘢痕が残り、その長さは、「く」の字の両辺を併せて約二・五センチメートルであることが認められる(検甲第一八号証の書き込みは、実際に写っている瘢痕と比較して相当誇張があり、採用できない。)。

四  請求原因4(損害)について

1  慰謝料

右認定にかかる原告の本件事故による受傷内容、治療経過、後遺障害の程度、治癒状況並びに原告の年齢・性別に加えて、前記認定のとおり、本件事故現場の車道側にはロープの張られた高さ七〇センチメートル(乙第四号証)のカラーコーンが複数個設置されていたうえに五〇〇ワツトの投光器が点灯され、さらに本件道路の北行車線は本件事故現場の手前において幅員減少している関係で、南から本件事故現場に向かう通行車両の運転手からは右カラーコーンは視界に入りやすくなつていたことなどから、たとえ本件溝の保安措置に前記のような不十分なところからあつたとしても、原告が十分に前方を注視していさえすれば、事故現場の手前においてカラーコーンを発見し、未然に本件事故の発生を回避することも十分可能であつたものと解されること、また、後記のように被告会社は原告に対し、治療費として一万二一八〇円及び見舞金として一〇万円をそれぞれ支払つたうえに本件事故車と同種の新車を引き渡したことなどの事情を総合考慮すると、原告が本件事故による受傷のために被つた損害に対する慰謝料は金一五万円とするのが相当である。

2  弁護士費用

右認定額に本件訴訟の経過を総合勘案すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、金二万円とするのが相当である。

五  示談の成立について

被告会社が原告に対し、本件事故による原告の治療費合計金一万二一八〇円を支払うとともに本件事故車を同種の新車と交換した事実は当事者間に争いがなく、証人中沖、同江川の各証言とこれらにより原本の存在と成立を認める甲第七号証によれば、被告会社は右のほかに、見舞金として一〇万円を原告に支払つたことが認められる。しかしながら、それによつて原告と被告会社との間に本件事故にる紛争を解決し、原告が本件事故に関しその他の請求権を放棄する旨の示談が成立したと認めるに足る証拠はない(むしろ、右各証拠によれば、慰籍料請求権を留保することが合意されたものと認められる。)。

六  以上の次第であるから、原告の請求は金一七万円及びこれに対する本件事故日の後である昭和六一年六月一四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林泰民 松井英隆 佐茂剛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例