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大津地方裁判所 昭和45年(わ)169号 決定 1971年4月13日

被告人 太田文雄

決  定

(事件名、被告人氏名略)

右の者に対する傷害被告事件につき弁護人小野誠之から後記必要性を示して、すでに当裁判所が証人尋問の決定をし、第四回公判期日(昭和四六年四月二七日午後一時三〇分)に召喚している証人弘部誠の警察および検察庁における供述を録取した書面(以下供述調書という。)の開示の申出があつたので、当裁判所は検察官の意見を聞いたうえ次の通り決定する。

主文

検察官は、弁護人に対し、証人弘部誠の頭書被告事件に関する検察官に対する供述調書の全部を、おそくとも第四回公判期日の期日である昭和四六年四月二六日午前一〇時までに、大津地方検察庁において閲覧させなければならない。

理由

一、本件証拠開示の必要性に関する弁護人の意見およびこれに対する検察官の意見は、別紙添付の各意見書のとおりである。

二、裁判所は、その訴訟上の地位にかんがみ、法規の明文ないし訴訟の基本構造に違背しない限り適切な裁量により公正な訴訟指揮を行ない、訴訟の合目的々進行を図るべき権限と職責を有するものであるから、相当と認めるとき、その訴訟指揮権に基づき検察官に対し、その所持する証拠を弁護人に閲覧させるよう命ずることが出来るものと解すべきである。

三、これを本件について見ると、本件は、起訴状記載の公訴事実によれば、昭和四五年五月一九日に発生したものであるとされているから、その発生以来ほぼ一年を経過しており、検察官の冒頭陳述によれば、それは奥行四・八メートルに間口一一・三メートルの広さの室内において、被告人ら九ないし一〇名が弘部誠の周りを取囲んだような状況でもたらされた、とのことであるところ、被告人は右公訴事実をほぼ全面的に否認しているから、証人弘部の尋問はかなり詳細にわたるであろうが、同人が、公判廷において、以前に述べた供述とくいちがつた供述をしたり、その状況について想起できなかつたりする場合がないとはいえない。このような場合、その主尋問において右証人の捜査官に対する供述調書が重要な役割を演ずるであろうことは容易に予測し得るが、検察官のみにこのような点について適正な主尋問を期待するより、反対当事者たる被告人側にもこれを規制する機会を与えるのが真実発見に益するものと思料される。そして、右証人は本件の被害者とされているのであるから最も重要な証人であると考えられ、その証言内容は本件公訴事実の存否の判断にとつて重大な影響を与えざるを得ず、従つて被告人側は、右証人の証言に大きな関心を持つており、当面、右証人の主要尋問が適正に行なわれるよう注視し反対尋問を有効適切に行なうことに防禦の力点を置かざるを得ないであろうことは容易に首肯し得る。従つて、右証人の採用が決定された現段階での右証人の供述調書の開示は、弁護人に右証人の証言内容を予測させて、主尋問が適正に行なわれることを担保し、不適法な証言を法廷に顕出されることを防止し、被告人の防禦につき見通しをつけ、有効適切な反対尋問権行使の準備をなさしめて被告人の防禦を全うならしめるため、特に重要であると考える。

検察官は、弁護人が被告人との打合せによつて自ら十分に準備をなし得るし、又、主尋問に立会して証言内容を十分に知悉し得るのであるから十分反対尋問をなしうるのであつて、右証人の供述調書開示の必要性は無い旨主張するが、検察官主張の本件の背景、動機に照らすと、本件においては弁護人が弘部証人と事前に面接して、事実関係を確かめることは事実上不可能であつて、又、被告人からの事情聴取は、それと性質が異り、弘部証人との面接によるものに代え難い。

四、検察官は、弁護人を通じて弘部証人の供述内容を知つた被告人又はその同調者が右弘部に対し不当な圧迫を加える虞なしとしないと主張するが、既に右弘部が証人として採用され尋問期日が定められた現段階においては、同証人の住所、氏名、その立証趣旨はすでに明らかにされているから、検察官主張のような形態での右証人に対する被告人側からの不当な圧迫の虞は、右証人の供述調書の開示の適否自体とは直接関係はないというべきであり、更に検察官は、右証人が被告人らを避けるようにしていて検察官の取調にすら容易に応じなかつたと主張するが、本件の被害者である右弘部が証人申請されるであろうことは当初から十分予想されるところであつたのに、事件後ほぼ一年も経過していながら、未だ被告人側から右弘部に対して不当な圧力を加えた、又は加えるかも知れないと疑わせるに足りる事実は認められないし、又、弁護人も、右弘部に対する不当な圧迫等の行なわれることのないよう、被告人らとの打合せにおいても十分留意する旨述べているのであるから、右証人圧迫の虞は開示の方法、時期を相当に定めることによつて、また証人威迫についての刑法一〇五条の二の運用によつて十分対処し得るものと考える。

次に、右弘部証人の供述調書を開示することによつて被告人側の工作によつて罪証隠滅が行なわれるのでないかとの疑いも考えられるが、弘部証人の尋問終了後さらに他の証人の尋問のため相当の続行期日の必要が予測される本件においては開示するか否かにより右の方法による罪証隠滅についてそれ程の差があるとも考えられない。

五、そして本件が単純な傷害事件であり、かつ、数名の者の現在する場所においてとはいえ、被告人が単独の実行行為者として起訴されていること、弁護人は既に他の検察官申請証拠の相当部分の開示を受けていること、弁護人が本件の準備に当てうる日程、前記四の弊害の程度および前記三の開示の必要性を考慮し、これまでの審理経過に照し、本件申出については証人弘部誠の供述調書のうち検察官に対する供述調書に限り、その時期をおそくとも同証人を尋問する予定の第四回公判期日の前日である昭和四六年四月二六日午前一〇時、その場所を大津地方検察庁、その方法を閲覧のみ(謄写は認めない。)と定めるのが相当であると考える。

よつて、主文のとおり決定する。

(別紙略)

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