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大津地方裁判所 昭和33年(ワ)68号 判決 1961年4月28日

原告 江若鉄道株式会社

右代表取締役 後藤悌次

右訴訟代理人弁護士 久保寺誠夫

被告 丸金青果株式会社

右代表取締役 北野次喜知

右訴訟代理人弁護士 北尾幸一

主文

被告は原告に対し金三百五十七万六千九百八十三円及びこれに対する昭和三十一年三月十一日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は金百万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、証人山口隆俊の証言と、成立に争のない甲第二号証乃至第十五号証を綜合すると、本件事故及び損害の発生について次の事実が認められる。

自動車運転者訴外山口隆俊、同吉田豊松は和歌山県下津町で被告会社のため密柑約千貫を積んで帰る目的で昭和三十一年三月九日午後九時頃貨物自動車(石川一す〇一〇〇号)に乗車して金沢市を出発し、途中両名は交互に運転していたものであるが、翌三月十日朝滋賀県海津大崎附近から山口が運転し、今津町を経て国道百六十一号線を大津市の方向に南進し、同日午前九時頃時速約三十五粁で滋賀県滋賀郡志賀町字北小松通称鎧岩地先に差しかかつた際、長路の疲労から睡気を催しながら運転していたため前方道路上の小さな水溜りを溝と錯覚し、之を避けようとしてあわててハンドルを右に切り過ぎたので、自動車の右側両車輪が道路の西側に接して平行している江若鉄道の線路内に落込んだところ、鉄道線路は道路より約二十糎低く、またその時降雪中であつたのと自動車に藁縄約八百貫を積んでいたこと等が重なつて、自動車を道路上に戻そうと前進させたり後退させたりして努力したが車輪が横滑りして容易に線路から離脱できず、そこで山口は自動車を降りて車輪や線路の状況を調べているとき、折から後方約百米のところに江若鉄道近江今津発浜大津行デイーゼル動車二輛連結列車が進行してくるのに気付いたので、両手を左右に振つて危険を合図したが及ばず、列車は自動車の後部に衝突し、列車の前部車輛(四号車)は西側(山側)に横倒しとなつて破損し、乗客数名が負傷し、後部車輛(十八号車)も損害を受け、自動車は大破した。

事故の現場は江若鉄道白髭駅と北小松駅の中間で、前記二輛連結列車は訴外山川正夫が運転し、白髭駅を発車して時速約五十五粁で進行し、事故現場の百米余り手前の線路が大きくカーブしている所を通過するときは約四十五粁に減速していたのであるが、カーブの箇所を過ぎると事故現場まで直線で見通しが利き、右山川は前方に貨物自動車を発見したが降雪のため状況が不明で、約八十米の距離に接近してはじめて右自動車が線路に落込んでいることが判明したので、警笛を鳴らすと同時に全制動ブレーキをかけたが列車は惰力で進行し、二、三十米に近ずいたとき山口が手を振つて合図するのが認められたけれども列車の惰力進行は如何ともすることができず、遂に自動車に衝突して前記事故を惹起したものである。右カーブの箇所における列車の速度は最高六十粁に制限されていたがそのときは四十五粁で進行しており、また前部の四号車輛は時速四十五粁の場合全制動をかけると百二十米で停止する性能であつたことから、列車の運転者山川がカーブを過ぎて直ぐ百米前方に自動車を発見し直ちに全制動をかけたとしても本件衝突事故は避けられなかつたとみるの外なく、列車の運転手は右事故発生について過失はなかつたものといわざるを得ない。一方山口隆俊は自動車の運転者として絶えず前方に注意し事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにかかわらず、これを怠つていわゆる居眠り運転をしていたため操縦を誤つて自動車を線路内に落し入れ、しかもその脱出が困難な状態にあつたのであるから、列車との衝突を避けるため早急に危険を知らせる措置を講ずべきであるのに、自動車内で睡眠をとつていた吉田豊松をそのままにして、自動車を道路に戻すことのみに専念して時間を空費し、危険の予告に時期を失して本件衝突事故を惹起して原告会社に列車破損の損害を生ぜしめたのは全く右山口の一方的過失に基因するものといわねばならい。

二、原告会社は、前記貨物自動車の運転者山口隆俊は被告会社に雇われ、右自動車を被告会社の業務のため運行中その過失により本件事故を生ぜしめもものであると主張し、民法第七百十五条により被告会社に対し原告会社の蒙つた損害の賠償を請求するのであるが被告会社は右事実を争うから以下その点についての判断をする。右貨物自動車は和歌山県で被告会社の密柑を積込んで帰る目的で運行の途中本件事故が発生したたのであることは前認定のとおりである。そこで右自動車の所有者乃至使用者関係、吉田豊松や山口隆俊と被告会社の関係について考察するに、吉田が被告会社と雇傭関係にあると認められる証拠はない。しかし成立に争のない甲第十六、第十七、第二十三号証及び乙第一号証及び証人谷炳三の証言と同証言により成立の認められる乙第三号証の一乃至四を綜合すると、本件自動車は吉田豊松が訴外石川日産自動車販売株式会社から購入したものであるが、自家用貨物自動車は自己の商品、物品を運搬する場合でないと陸運事務所の使用許可が得られないものなるところ、吉田はその資格を欠くため、被告会社に頼んでその承諾の下に、被告会社を買受名義人とし、代金は分割払として吉田豊松振出、被告会社裏書の約束手形を売主たる右訴外会社に交付し、代金完済までは所有権は売主に留保する約定で買受け、これが使用者も被告会社名義で陸運事務所から使用許可を受けたもので、右自動車の車体にも被告会社を大書し、吉田はこれをもつて専ら被告会社の商品の運搬の仕事に従事していた事実が認められ、被告会社が吉田に右名義使用を許したのは吉田が被告会社の商品を運搬するがためであつたことは被告会社も自認するところである。右認定に反する証人鳴尾一男、同東野勘亮の証言は措信できない。即ち右貨物自動車の実際の買主は吉田であるが、買主も使用者も被告名義とし被告会社の営業のため商品の運搬をしていた関係にある。

ところで証人山口隆俊の証言及び乙第一号証によれば、右山口は吉田豊松に雇われて本件自動車の運転に従事していたことが認められる。もつとも、甲第十二、第十四、第十五号証によると、本件事故発生当日山口は警察官の取調べに対し、昭和三十一年二月七日から自分は被告会社の自動車運転手として働くようになつたと供述し、続いて翌日の取調べに対し、自動車は被告会社のものとばかり思つていたが吉田に聞くと吉田の所有で吉田は被告会社の下請をやつていることがわかつた旨の供述をなし、更に検察官の取調べに対し、昭和三十一年二月から被告会社に勤めていると供述したり或は吉田に雇われて運転したものであると供述したりしているので、山口は被告会社が雇入れた運転手ではないかとの疑念も生じないではないが、全証拠を検討してみても原告会社が主張するように山口が被告会社の雇入れた運転手であると断定するには足らないのである。山口は吉田に雇われて約一ヶ月で本件事故を起したので吉田と被告会社との関係が十分解らなかつたにせよ、吉田が被告会社の従業員であり自分は被告会社に雇われたものであると信じていた程吉田は外観上も実際上も被告会社の営業の組織内にあつてその営業上の仕事をしていた事実を証するものである。

民法七百十五条は被用者が使用者の事業の執行につき第三者に加えた損害につき使用者もこれが賠償責任のあることを規定するが同法条にいう使用者と被用者の関係ほ雇傭或は委任の法律関係にあるのを通例とするけれども、必ずしも右法律関係に限定すべき理由はない。近代企業組織は複雑多岐な人的活動、物的設備が有機的に結合して企業目的に奉仕している形態をとることが多く、個々の企業活動体が一つの企業組織内の企業活動とみられ同一企業目的のための一翼を荷つているとみられる場合は、それが企業主体との間に雇傭、委任等の法律関係が存在しなくても物質的意義において前記法条にいう使用者、被用者の関係があるとみるのが相当である。吉田豊松は前認定のように被告会社名義で貨物自動車の使用許可を受け且つ被告会社名を右自動車の車体に表示し専ら被告会社の商品運搬の仕事をしていたものであつて、被告会社との間に雇傭、委任等の法律関係はないとしても、全く被告会社の企業組織内に包含されその企業活動の一部を担当していたとみるべきであるから、そこに使用者、被用者関係を肯定しなければならない。もつとも被告会社は、吉田に運搬の下請をさせていたと主張し、証人山口隆俊、同鳴尾一男の証言中にも吉田は被告会社の運搬の下請をしていた旨の供述がみられるが、青果物商たる被告会社にとつて運搬の下請なることはその意味いささか明瞭を欠くが、仮に吉田が被告会社の商品の運搬の請負仕事をしていたものであり、また被告会社以外の仕事も多少行つていたとしても、前認定の事実関係からみて吉田は被告会社から全く独立したそれ自体一個の営業主体とはとうてい認められないから、被告会社との間に使用者、被用者関係の存在を認定する妨げとなるものではない。

山口隆俊は吉田豊松が雇入れた者であるが、吉田の貨物自動車による運搬の仕事が被告会社の企業組織内の仕事である以上、山口も被告会社の企業活動を構成する人的単位をなすもので、被告会社は吉田を通じてその選任、監督の立場にあるものというべく、吉田と同様被告会社の使用者関係の成立を認めなければならない。以上のとおりであるから、被告会社は山口隆俊が本件貨物自動車を運行中同人の過失に因つて生じた本件事故のため原告会社に与えた損害を賠償すべき義務がある。

三、そこで進んで原告会社が本件事故によつて蒙つた損害の額について検討するに、証人青田昌一の証言と同証言により成立の認められる甲第二十号証、同第二十一号証、同第二十二号証の一乃至二十一により、原告会社所有の前記列車の前部車輛は脱線顛覆して大破し、これを訴外大鉄車輛工業株式会社に修理を依頼した結果三百四十九万九千八百七十円の修理費を要したこと、また後部車輛も同時に破損しその修理費に二万九千四百円を要し、なお枕木、犬釘の取替費三千円、事故現場復旧のため人夫等の人件費四万四千七百十三円を支出したことが認められ、右合計三百五十七万六千九百八十三円は原告会社が本件事故により蒙つた直接の実損害であつて、被告会社はこれが賠償の義務がある。よつて原告会社が被告会社に対し右三百五十七万六千九百八十三円及びこれに対し本件事故発生の翌日である昭和三十一年三月十一日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三上修 裁判官 梨岡輝彦 裁判官柴田孝夫は転任につき署名押印することができない。裁判長裁判官 三上修)

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