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大分地方裁判所中津支部 昭和43年(ワ)57号 判決 1968年10月16日

原告

中島龍磨

ほか一名

被告

有限会社中津急行

ほか一名

主文

被告両名は、各自原告らに対し各金一〇八万六、七一八円及びこれらに対するそれぞれ昭和四二年五月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は四分し、その一を被告両名の、その三を原告らの各負担とする。

この判決の第一項は、原告らにおいて各金一五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

(請求の趣旨)

被告らは、各自原告らに対し金八三三万六、二八五円及びこれに対する昭和四二年五月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

(請求の趣旨に対する答弁)

原告の請求を棄却する。

(請求の原因)

一、原告らは、亡中島政敏(昭和四二年五月二七日死亡、当時八年四月一五日)の父母であり、被告会社は、一般運送業並びにこれに附帯する一切の業務をなす会社で、被告浜田は、被告会社の被用者として自動車の運転業務に従事するものである。

二、被告浜田は、昭和四二年五月二七日午後一時一五分頃、普通貨物自動車(大分四あ一二九九号―以下加害車両という)を運転し、宇佐市大字東高家一、一三四番地先の幅員約四・三メートル位の道路中央附近を、同市柳ケ浦方面から中津市方面に向け時速約三五キロメートル位で進行中、進路前方三二・八メートル位の地点に中島政敏外二名の児童が足踏自転車に乗車し、一列或いは三列になりながら対向してくるのを認め、その側方を通過する際、同所の道路があまり広くなく、左側の見とおしが不十分のため、加害車両が早い速度のまま中央を進行して急に接近すれば、車道上で自転車運転に慣れていない児童は狼狽の余り、自転車の運転を不安定にしてふらついたり、或いは方向を急変する等不測の行動に出るやも図り知れないので、このような場合、自動車運転者は、予め減速して車を道路の左に寄せ前もつて警音器を吹鳴して児童の注意を喚起し、特にその動静を注視しながら徐行し、場合によつては急停車ができるように措置して進行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに拘らず、これを怠り、前記児童らが道路左側に避けて通つてくれるものと軽く考え、漫然前記速度のまま単に車を左寄りに進行した過失により、先頭の児童本多公美が加害車両の接近に鋳躇してブレーキをかけて停ると同時に、その後方の前記中島政敏をして右本多の自転車に追突して不安定の状態で右側(向かつて左側)に倒れかけさせ、それを約二・七メートル位の衝突直前に認め、急ブレーキを踏むと共に、ハンドルを僅かに左に切つたが及ばず、自車の右横油タンク附近に同人を巻き込みながら引きずり、よつて、同人をして同日午後四時四五分頃、宇佐市大字四日市一一八番地桑尾病院において、腸管破裂、骨盤骨及び左大腿骨々折等による出血多量により死亡させた。

右事故について、被告会社は運行供用者ないし使用者として被告浜田は行為者として、民法、自動車損害賠償保障法により損害を賠償すべき責任がある。

三、右事故により蒙つた損害

(一)  訴外亡中島政敏の逸失利益

右訴外人は、健康で学校の成績もよく、原告らはその将来を嘱目しており、家庭の状況からも大学に進学せしめることに予定していたところであり、同訴外人の得べかりし利益は一、五六七万二、五七一円である。

即ち、労働大臣官房統計調査部刊行の昭和四一年賃金構造基本統計調査報告書第一巻第二表「学歴、年令、階級及び勤続年数階級別勤続年数、きまつて支給する現金給与額の平均ならびに労働者数」の産業計(七八頁~七九頁)によれば、新制大学卒業者の給与は、初任給より毎年昇級すると別表第一のとおりとなり、勤続年数階級計によると別表第二のとおりとなるが、同訴外人の収入額は、別表第二によると二〇才から二四才までの月平均収入は金二万八、八〇〇円となつているが、それは勤続年数が一・五年となつているので、二四才までは別表第一により、二五才から二六才までの収入も別表第二の収入の方が別表第一の収入より大きいので低い方の別表第一により、二七才からは別表第二により、右収入額から小学校より大学卒業までの必要経費は小学校時代年六万円、中学校時代年八万四、〇〇〇円、高校時代年一二万円、大学時代年三〇万円とし合計一三九万四、七五七円並びに就職後の生活費を右収入額の五割となし、いずれもホフマン式計算方法により現価に引直せば、純収益額金一、七〇六万七、三二五円となり、これから大学卒業までの必要経費を差引すれば、同訴外人の得べかりし利益は、総額金一、五六七万二、五七一円となる。

然るところ、訴外亡中島政敏にも本件事故につき若干の過失があつたものとしてその五割相当の金七八三万六、二八五円を請求する。

(二)  慰藉料

原告らは、いずれも高等教育を受け、原告龍磨は八幡製鉄に勤務しており、地域の旧家でもあり、訴外亡中島政敏は、前記の如く成績もよく、学校でもほめ者であつたこと等から思うと、原告らに対する慰藉料としては各金一〇〇万円宛を相当と思料する。

四、結局損害額は、合計金九八三万六、二八五円となるところ、原告らは、自動車損害保険金一五〇万円を受領したので、差引金八三三万六、二八五円を本訴で請求する次第である。

(請求原因に対する被告らの答弁)

請求原因第一項の事実は、認める。

同第二項の事実中、原告主張の日時場所で被告浜田が加害車両を運転中、訴外亡中島政敏が負傷し、原告主張のとおり桑尾病院で死亡したことは認めるが、その余の事実は否認する。本件事故は右訴外人の過失に起因するものである。被告浜田において、本件事故は、母親である原告キミ子が右訴外人の運転技術を過信し、機能障害のある自転車に乗せたこと、右訴外人がブレーキもかけず、加害車両に突き当り、その後車輪とシヤフト間に倒れ込んだものであると述べる。

同第三項の事実は、争う。

同第四項の事実中、原告らが自動車損害賠償保障法による給付金一五〇万円を受取つたことは認めるが、その余は否認する。

(証拠)〔略〕

理由

一、争いのない事実

原告らが訴外亡中島政敏の父母であり、被告会社が一般運送業並びにこれに附帯する一切の業務をなす会社で、被告浜田が被告会社の被用者として自動車の運転業務に従事するものであること、原告主張の日時場所で被告浜田が加害車両を運転中、訴外亡中島政敏が負傷し、原告主張のとおり桑尾病院で死亡したこと。

二、被告らの責任

〔証拠略〕を綜合すれば、次のような事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、大分県宇佐市大字東高家一、一三四番地岡田正治方先のほゞ東西に走る県道尾永井~猿渡線路上で幅員四・三〇メートルのアスフアルト舗装路であり、道路北側は、鉄道敷地で古い杭木を使用した防護柵が設けられ、道路南側は、事故現場のみ麦田であるが、その余は全体的に商店が並んでおり、現場附近は、最高速度三〇キロメートルの交通規制が行われている。

(二)  被告浜田は、本件事故当時、被告会社所有の加害車両(車幅一・六九五メートル)を運転し、右路上左寄り(道路南端より約二・五メートル内)を、豊前善光寺方面から中津方面(西から東)に向け、時速約三五キロメートルで進行中、進路前方三二・八メートル位附近(道路南端より約一・九メートル内)を訴外本多公美、亡中島政敏、高橋忠紀(いずれも小学校三年生、当八年)が足踏自転車に乗車し、対向して来るのを認め、その側方を通過して離合しようとしたが、右訴外人らは道路左側(南側)に避譲して安全に離合してくれるものと軽信し、従前の速度で進行したところ、案に相違して、同訴外人らは道路左側に避譲せず先頭を進行していた右本多公美が加害車両の接近に接触の危険を感じふらつき倒れそうになつたのでブレーキをかけ停車しようとしたため、これに追従してい右中島政敏が運転する自転車が右本多の自転車に追突し、右側(道路中央側)に倒れかかるのを約二・七メートルの直前に認め、直ちに警笛を吹鳴し、急ブレーキを踏むと共にハンドルを左に切つたが及ばず、道路南端から二・四メートルの地点で、自車の右横油タンク附近車体下と右後車輪との間に右中島政敏を巻き込み、よつて同人をして同日午後四時四五分頃、宇佐市大字四日市一一八番地桑尾病院において腸管破裂、骨盤骨及び左大腿骨々折等による出血多量により死亡するに至らせた。

(三)  訴外亡中島政敏の運転する自転車は、ブレーキが充分に利かないものであつた。原告らは、同訴外人が右自転車を使用することを許容しており、事故当日は、原告キミ子がほかにある新しい自転車より小さい右自転車の使用をすすめた。

〔証拠略〕中、自転車は、時々点検してやり、ハンドル、ブレーキ等故障の所はなかつた旨の供述記載部分、被告龍磨の本人尋問の結果中、ブレーキは利いていた旨の供述部分は〔証拠略〕に照らしにわかに措信し難い。

ところで、自転車は一般に不安定な交通機関で動揺しやすく、又その乗用者も狼狽驚愕して運転を誤りやすいうえ、自転車運転に慣れていない児童にあつては臨機応変な措置を講ずる能力に乏しく、方向を急変したり、停車して下車したり等不測の行動に出やすいのであるから、前記(一)(二)の認定のような状況で児童の運転する自転車三台と離合するにあたつては、自動車運転者は、対向自転車の動静に注意し、警笛を鳴らして注意し、お互に安全に離合できるよう道路左側に避譲して進行すべきはもとより、不測の事態に応じ停車し得るよう徐行すべき注意義務が存すると解すべきところ、前記(二)の認定事実によれば、被告浜田は、これを怠り、右訴外人ら児童三名において道路左側に避譲してくれるものと軽信し、同訴外人らが避譲することなく、従前の速度のまま進行したため、本件事故を惹起するに至つたことが首肯され、本件事故は被告浜田の過失に起因することは明らかである。

そうだとすれば、被告浜田は不法行為者として、被告会社は、加害車両の運行供用者として民法並びに自動車損害賠償保障法に基き本件事故により生じた損害を賠償すべき義務を負うものといわねばならない。

三、損害

(一)  訴外亡中島政敏の逸失利益

右訴外人は、事故死亡当時満八歳であり、同年令の男子の平均余命は、第一〇回生命表によれば五九・七七年であるから、満六七・七七年まで存命し得た筈である。

そして、原告らは、右政敏は大学卒業後、就職し二二才から六〇才まで稼働する旨主張するけれども、原告らの立証をもつてするも、大学卒業後就労すると推認し難い以上右訴外人は、二〇才から六〇才の間、労働大臣官房統計調査部刊行昭和四一年賃金構造基本統計調査報告書第一巻第二表「学歴、年令、階級及び勤続年数階級別勤続年数、きまつて支給する現金給与額の平均ならびに労働者数」の産業計(甲第五号証の一・二)の企業規模計男子労働者学歴計欄(別紙第三表平均年間所得欄)記載額を下らない収入を得べきものと推認し、これが収入をあげるに要する生活費等の必要経費は、全稼働期間を通じ控えめにみて収入の五割とみるのが相当であると考え、平均年間純益は、同表該当欄記載のとおりとなり、これを基準としてホフマン式計算方法による一時払の損害額を算定すれば、同表認定額欄記載のとおりとなり合計金五三四万六、八七二円であることが計数上明らかである。

右が被害者政敏の得べかりし利益の喪失による損害と認められるが、被告らの負担すべき損害額について考えるに、〔証拠略〕によれば、訴外亡中島政敏は、事故当時満八歳余の健康体で、当時小学校三年生として、学業成績良好にして、学校及び家庭で交通の危険につき充分訓戒されており、交通の危険につき弁識能力があつたものであることが是認され、しかも、前記二の認定事実に徴するとき、訴外亡中島政敏は、ブレーキが充分効かない自転車を運転し、学友の訴外本多公美の自転車に追従して進行していたのであるから、先行車の動静、その進路前方の交通状況に充分注意し、対向車と安全に離合できるよう道路左端を進行し先行車に急停車等不測の事態が生じてもこれに追突するのを避けることができるために必要な距離を保持しながら進行すべきに拘らずこれを怠つたため本件事故が起きたこと、原告らにおいてブレーキの充分利かない自転車の使用を許容していたことが認められ、被害者側にも重大な過失があつたものというべく、右は被告らの損害賠償額を定めるにつき斟酌するのが相当であり、右損害については被告らに賠償させる金額は五割を減じ金二六七万三、四三六円と認めるのが相当である。

原告らは、本件事故による自動車損害賠償保障法に基ずく被害者に対する給付金一五〇万円を受領している(該事実は当事者間に争いがない)から、これを控除すると、金一一七万三、四三六円となり、両親である原告らは、右金額の二分の一にあたる金五八万六、七一八円を各自相続したことになる。

(二)  慰藉料

原告らが、被害者政敏の父母として同人の不慮の死に遭遇し、筆舌に尽し難い精神的苦痛をなめたであろうことは想像に難くないから、本件事故の態様、原因なかんずく被害者側の過失、事故後の状況(香典、刑事処分、示談解決への誠意等)等諸般の事情を斟酌すると、原告らの慰藉料は各金五〇万円をもつて相当と認める。

四、結論

被告らは、各自原告らに対し各金一〇八万六、七一八円とそれぞれこれに対する不法行為日の翌日である昭和四二年五月二八日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うものである。

よつて、原告らの本訴請求は、右限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鐘尾彰文)

別表第一

<省略>

別表第二

<省略>

別表第三

<省略>

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