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大分地方裁判所 昭和38年(ワ)197号 判決 1964年2月28日

原告 拓成土木株式会社

右代表者代表取締役 中島学

右訴訟代理人弁護士 広石郁磨

被告 大分交通株式会社

右代表者代表取締役 花畑一郎

右訴訟代理人弁護士 河野春馬

主文

被告は原告に対し、原告のダンプトラツク(八トン車)が大分市大字神崎字秋田において、秋田農道より国道一〇号線(車道)に通ずるため同所における被告経営の電車軌道を横断するにあたり、電車の通行を阻害することなく通行することを妨害してはならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、原告が土建業を営む会社であり、被告が別府、大分間を通ずる電車軌道(本件軌道、通称は別大線軌道)の経営者であること、大分市大字神崎字秋田において国道一〇号線と秋田農道(国道一〇号線に開口し、字上白木、同野稲田、同いす原を経て挾間町に通ずる)とが接続しており、その接続部の国道内に被告敷設の電車軌道が併用軌道として存在するが、軌道内の舗装(併用舗装)はなく、被告が設けている二メートル幅の踏切(本件踏切)があるのみである事実は当事者間に争いがない(国道一〇号線が、北九州市門司区を起点とし、鹿児島市を終点とする一級国道であることは、当裁判所に顕著な事実である)。

二、原告は本件踏切附近(係争個所)における本件軌道は併用軌道であり、被告の国道に対する使用関係は道路法第三二条の道路占用の許可にあたるものであるから、被告において国道に対する他人の共同使用を妨げる何等の権利もないと主張するのに対して被告は形式上は併用軌道であつても、主務官庁から新設軌道としての黙示の許可をうけているから、原告を含む一般人の軌道横断を妨害しうると主張する。

併用軌道、新設軌道の区別については、軌道建設規程(大正一二年一二月二九日内務・鉄道省令)第三条が「道路上その他公衆の通行する場所に敷設する軌道を併用軌道といい、その他の軌道を新設軌道という」と定義しているところである。

本件係争個所附近の軌道が国道内に敷設された併用軌道であることは、被告も容認するところであるのみならず、≪証拠省略≫によれば、軌道台帳上、本件軌道は併用軌道として登載されていることが明らかである。

しかるに、被告は、主務官庁から新設軌道として黙示の許可をうけていると主張するので、次に検討する。

(イ)  ≪証拠省略≫によると、昭和七年頃、本件係争個所附近の軌道は国道の中央に敷設されていたが、当時存在した国道(その頃は三号国道)が時の推移により増加した交通量に対応しきれなくなつたため、内務省において国道を海岸面に拡幅し、道路中央にあつた被告の軌道を山手側に移行させて交通の需要に応じるようにし、その国道改良工事は昭和一四年に完成したことを認定することができるし、また≪証拠省略≫によると、本件係争個所附近の国道にあつては、北(海岸)から南(山手)にかけて歩道、車道、側溝及び被告敷設の軌道敷部分が相接着平行して設けられているが、歩道は切石を敷きつめ、車道は全面アスフアルト舗装され、側溝は両縁をコンクリートで固めていること、別大線軌道敷は側溝より〇・四一メートル低く、約三、二メートルの幅員をもち、鉄路と同様に小石を敷きつめ、枕木を並べて、その上に二本の軌条を敷いてあること、本件踏切も側溝より〇・四一メートル低い軌道敷内に設けられているが、御影石ようの切石を二メートル幅の範囲に敷きつめその両端を角材で固定させていること、本件踏切は踏切保安掛の配置なく、遮断機、警報機の設置もない、いわゆる第四種踏切道であることが認められる。

以上の事実によれば、軌道敷部分(本件踏切を含む)は、国道の一部ではあるものの、国道の他の部分とは明確に区別され、構造上よりみれば、道路ないし一般公衆の通行する場所以外に属するような状態を呈しており、従つてそこに敷設された軌道は新設軌道のような観を呈しているのである。そして軌道建設規程第一一条「併用軌道においては軌条間の全部及び左右各六一〇ミリメートルはその軌道を敷設する道路の路面と同一構造とし、軌条面と道路面と高低なからしむべし」、第二〇条第一項「踏切道は軌条間の全部及びその左右各六一〇ミリメートルに木石その他適当なる材料を敷き、軌条面と道路面と高低なからしむべし」との規定に反した構造となつているが、これと同規程第三五条第一項「特別の事由ある場合においては建設大臣、運輸大臣は本令によらざる設計を命ずることを得」、第二項「特別の事由ある場合においては、建設大臣、運輸大臣の許可をうけ、前各条に規定する設計によらざることを得」とを対比検討するとき、併用軌道は公衆の通行する場所上に存在するため、原則としてその通行を容易にするため同規程第一一条所定の構造をとらねばならないが、例外的に敷設場所における交通量その他特殊の関係で、別異の処置がとられうる場合があることを予定しているのであるから、仮に被告が現在のごとき軌道構造(踏切道の設置を含む)について所轄庁より工事施行の認可をうけているとしても、このことをもつて本件係争個所附近の軌道が新設軌道としての許可をうけていることの証左とすることはできない。

(ロ)  ≪証拠省略≫によると、被告において昭和二九年六月二〇日、運輸大臣に対し、他の運輸機関(国鉄、バス、ハイヤー等)と対抗するために軌道運転規則第二条第一項但書「特別の事由がある場合には、運輸大臣の許可を受けて、この規則の定めるところによらないことができる」により同規則第五三条(併用軌道における車輛の最高及び平均速度の規定)の例外取扱の許可申請をなし、運輸大臣において同年八月一日「西大分、東別府間の線路の実態が新設軌道と同様である期間に限る」との条件を附してこれを許可している事実を認めることができ、他に以上の認定を覆すに足る証拠はない。

しかし、これとても、一定の期間を区切つて、併用軌道における平均運転速度の例外を認めたにすぎないのであり、主務官庁が本件軌道を新設軌道として取扱う趣旨を含むものでないことは明白である。

要するに、併用軌道、新設軌道の区別は、軌道の敷設されている場所が、道路上、その他公衆の通行する場所にあるか否かによつて決せられるものであるから、この意味の軌道敷の性質が変らない限りその上に敷設されている軌道の性質のみが、行政処分等によつて変化することはありえないのである。

以上の次第であるから、本件係争個所の軌道が実質的にも併用軌道としての法的規制をうけ、本件踏切を含む軌道敷地が道路法の適用をうけることは、明かであり、他にこれを左右するに足る証拠はなく、またこれに反する法的解釈も成り立たない(事実上新設軌道の如き構造になつているからといつて、その為に道路本来の機能たる一般交通の用に供されなくなつたとは、到底解し難いのである)。被告の、この主張は採用し得ない。

三、次に、被告が本件踏切附近において、とつた措置が民法上の不法行為を構成するかどうかについて検討する。

被告は電車軌道の経営者であるが(当事者間に争いがなく証人八巻伝治郎の証言によれば、明治二七年に軌道特許をうけたことが明らかである)道路法第三二条、軌道法第二条ないし第四条を検討すると、被告の国道一〇号線に対する利用関係は道路法第三二条の道路占用の許可にあたるものであり、道路上に軌道を敷設し、この軌道上に継続して電車を運行させることの権利をもつものである。しかし道路の本来的効用は、公共的目的たる一般人の共同使用にある以上、被告の電車運行の結果として、事実上、一般人が通行できないことはあつてもこれ以外に道路本来の機能たる共同使用を妨げる何等の権利もないことは明らかである。

ところで≪証拠省略≫を総合するとき、原告は予て大分市営の工事たる大分市大字神崎の高崎山下海岸埋立(駐車場建設)工事の下請負をうけ、秋田農道の奥地にある土砂を右工事場に搬出し、同時に秋田部落附近の農地造成をすることになつたが、土建業を営む原告にとつては採土場の確保は最も重要なため、秋田農道奥地の山林に多額の投資をして主要な採土場を建設し、他方ブルトーザー等の重車輛を購入し、ダンプトラツクを増車し、所要の運転手を雇入れたこと、ところで秋田農道奥地の採土場は別府、大分間の国道一〇号線中でも、殆んど唯一の採土場であるが、同国道より採土場にいたる道は、係争個所を通過する外にないため本件踏切を横断せざるをえないところ、踏切の幅員は二メートルであるのに対して、原告のダンプトラツク八トン車の後輪外側の幅が二・四メートルであるため(これ等の幅員の数字については当事者間に争いがない)、ダンプトラツクが本件踏切を横断できるように踏切を拡幅してもらうべく、原告は昭和三八年三月二〇日大分市長職務執行者の被告にあてた副申請書を添えて踏切の改築を請願したが、その後、原告代表者は被告役員と種々、交渉したこと、しかるに被告において別大軌道は新設軌道であるから、原告の軌道横断を制限しうると称して次から次に原告に対し各種の条件及び負担を提示し、最後には実現困難な解決案を命じた末、結局踏切の改築工事はなされなかつたこと、昭和三八年三月二八日より被告敷設の本件係争個所の軌道上を原告のダンプトラツク(八トン車)が、原告主張の(イ)ないし(ハ)の方法で横断運行し始めたところ、同年四月一二日にいたり、被告においてこれを差止め、秋田農道が国道一〇号線と接する地点にある本件踏切附近に、国道に南接して土盛り並びに打杭一〇本(うち八本は秋田農道に東接する国鉄用地上にある)を設けて踏切の横断を許さなかつたこと、もつとも原告より被告を相手方とする仮処分申請にもとずいて、大分地方裁判所が仮処分決定をなすや被告において右打杭のうち踏切の東端より東に二メートルの範囲内にあつた二本を撤去し(このことは当事者間に争いがない)、土盛りを除き原告ダンプトラツクによる通行を許したが、尚前記打杭八本を存置していることを認定しうべく他にこれを覆すに足る証拠はない。

以上の事実に徴するとき、被告の本件踏切附近においてとつた措置は、原告の通行を妨害するものというべきところ、仮処分は判決確定にいたるまでの仮定的暫定的なもので、仮処分によつて妨害が除去されたとしてもこれによつて妨害が存在しないことにはならないのであるから、現に被告による妨害は存在し、且今後も妨害の可能性が存在しているものといわざるを得ない。

ところで国道一〇号線は前記のとおり一般交通の用に供するため公共施設として設置管理されているものであるから、一般人は道路管理者よりの許可、特許等何等の行政処分を要することなく、他人の共同使用を妨げない範囲において自由に通行しうべきもので、その使用関係は公法上の関係として発生するものではあるが、各人は他人の共同使用を害しない範囲内において、自己の生活関係における諸種の作用を自由になすべき権利(使用の自由権)ないし利益を有するものであるから、これを違法に侵害されたときは民法上の不法行為の一要件としての「権利侵害」があつたというべきである。

本件についてみるのに、前示認定のごとく、原告が本件踏切(国道の一部)附近を横断使用するのを、被告においてその通行を妨害したのであるから、原告の右権利ないし利益を侵害するものであることは、明白である。

次に、被告の故意ないし過失の有無については、前示認定のように、本件軌道は、本来、併用軌道であるのに、被告は新設軌道であるから、軌道内の通行を制限しうると称して原告の通行を妨害した事実、本件通行妨害にいたるまで原告代表者と被告役員との間に相当長時間にわたつて折衝があり、その間大分市長においても副申請書を提出する等解決に尽力したが、被告より難題をふきかけられ、最後には実現困難な解決案を出された事実に徴するとき、前記妨害行為は被告の故意、少くとも過失にもとずくものと解すべきである。

なお、被告は妨害行為が存在しても交通事故を防止する為になしたものであるから違法ではないというが、道路本来の機能より考えて、特段の事情のない限り、道路管理者の行う道路管理権の作用若しくは警察機関の担当する道路警察権の作用として交通事故防止等のために道路通行制限等の措置がなされることはあつても、被告においてかかる措置をとることが許されないことは当然であるところ、前示認定の事実によれば、特段の事情のみるべきものはないのである。

四、以上の事実に徴すれば、被告の通行妨害は、民法上の不法行為にあたるものと解すべきであるが、原告は妨害の排除及び予防を請求するのであるから、更に別個の検討が加えられねばならない。

≪証拠省略≫ の全趣旨を総合するとき、前示三の認定事実のほかに、原告は本件高崎山下海岸埋立、駐車場建設工事完成後もバイパスの建設等で本件係争個所を通行する必要があること、秋田農道の幅員は当初二メートルないし二、三メートル位であつたが、その後原告において大分市及び国鉄の承認のもとに同農道の大分側にあつた一・七メートルないし二メートル巾の溝をうめたて、現在では四メートル位の幅員となり、本件軌道敷部分とは、二メートル幅の本件踏切及びその東側に接着する軌道部分において接していること、又秋田農道の東にほぼ同じ高さで連つている国鉄用地も平坦地で、国鉄において大分市に対し防護工の設置を認めており、被告に対し使用を許している部分(前記被告において打杭をなしている地点と監視小屋を設置している場所)を除いては国鉄においてこれが通行を禁ずる意思も見当らないこと、以上の事実を認めることができ、他にこれを左右するに足るものはない。のみならず前示のごとく原告ダンプトラツク(八トン車)の後輪外側の幅は二・四メートルで、本件踏切の幅が二メートルであるから原告が被告経営の電車の運行を阻害しないように(イ)ないし(ハ)の方法をとつた上、拡幅された秋田農道が国道の軌道部分に接着する幅員四メートルの間隔を保ちつつ、即ち本件踏切及びその東側に接着する軌道部分を横断して国道一〇号線車道に達しようとし、この範囲において妨害の排除並びに予防を求めているのは、いわば最小限度の要請というべきである。なお近時急激に発展しつつある社会的経済的諸条件の下において駐車場の建設、農地の造成、バイパスの建設等が今日の社会的急務であることは疑いないところである。前記認定の事実に右の如き事情を考え合せると、本件係争個所の通行を妨害されるときは、時日の経過と共に原告会社の将来に致命的打撃をこうむるのみならず、社会的にも多大の損失をうけるものといえる。

しかるに被告経営の電車の運行を阻害しない方法で原告ダンプトラツクによる本件係争個所の横断運行を許しても被告及び一般交通機関にとつて特別の支障もないことは、原告ダンプトラツクが仮処分後原告主張の如き方法で横断運行をなし今日にいたるまで殆んど問題が生じなかつたこと(前示証拠によつて認められるところ)より明らかである。

以上の如く妨害行為によつて失われる原告の損失及び社会的損失、妨害を除去することによつて蒙る被告の損害、侵害行為の態様及び時日の経過につれて原告の損失は増加するので、損害賠償を請求するのみでは、その救済とならないこと等を考え合せるとき、本件の如き場合においてはその妨害の排除と予防を特に求めることができるものと解するのが相当である。

五、よつて原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤野英一 裁判官 西池季彦 多加喜悦男)

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