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大分地方裁判所 昭和27年(行)26号 判決 1955年7月15日

原告 後藤茂馬

被告 合川村農業委員会・大分県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代理人は「被告合川村農業委員会は訴外後藤勝の申請により別紙目録記載の農地に関し訴外後藤飛佐吉より訴外後藤勝に賃借権を譲渡する件につき農地調整法第四条に基き昭和二十三年五月二十四日為した承認の無効であることを確認する。被告大分県知事は右農地につき昭和二十四年十月十日為した訴外後藤勝に対する農地売渡処分の無効であることを確認する。訴訟費用は被告等の負担とする。」旨の判決を求め、その請求原因として

訴外後藤飛佐吉は訴外宮戸正行よりその所有に係る大野郡合川村大字平石字井頭千百二十八番、千百二十九番、千百三十一番の田三筆の内一反二十歩の農地を賃借耕作していたが、後藤飛佐吉は昭和二十三年九月四日死亡し、その妻スマ及び原告に於てその遺産相続を為し、次でスマは昭和二十四年十月死亡し、原告はその遺産を相続したので原告は完全に前記賃借権を承継取得した。ところで訴外後藤勝は後藤飛佐吉に無断で同人の印顆を持出し、之を使用して昭和二十三年五月二十一日被告農業委員会(当時はその前身たる合川村農地委員会。以下同じ。)に対し農地調整法第四条に基き右賃借権を後藤飛佐吉より後藤勝に移転することを承認せられ度き旨の申請書を作成提出し、同被告は同月二十四日右申請を承認し、昭和二十四年五月三十日関係人に之を通知した。而して政府は前記農業委員会の賃借権譲渡の承認後前記小作地一反二十歩を大野郡合川村大字平石字井頭千百二十八番の一田六畝歩(別紙目録記載の農地。以下本件農地と称する。)及び同番の二田七畝二歩の二筆に地番反別の調整を為し、自作農創設特別措置法第三条第一項第二号に基き買収し、次で被告農業委員会は昭和二十四年二月十四日売渡期日を昭和二十二年十二月二日として本件農地を後藤勝に、他の一筆を原告に売渡す旨の売渡計画を樹立し、被告大分県知事は右売渡計画に基き売渡通知書を発行し、之を昭和二十四年十月十日関係人に交付して売渡処分をした。

然し、後藤勝の前記賃借権譲渡の承認申請は前述の如く賃借権者たる後藤飛佐吉の意思に基かずして為されたものであるから無効であり、従つて無効の申請に対して為された被告農業委員会の承認も亦無効である。そうすれば後藤勝が本件農地の売渡を受ける資格を有しないことは明らかであるから被告大分県知事の同人に対する本件売渡処分は無効である。

と陳述した。(立証省略)

被告等代理人は、本案前の答弁として、訴却下の判決を求め、その理由として、被告農業委員会が昭和二十三年五月二十四日為した本件農地に関する賃借権譲渡の承認及び被告大分県知事が昭和二十四年十月十日為した本件農地の売渡処分は孰れも取消訴訟の対象とはなり得るけれども無効確認訴訟の対象となすべきものでないことは原告の主張自体に徴して明白である。然るに之等行政処分の内前者については行政事件訴訟特例法第二条第五条により既に訴の提起期間を経過し、後者については自作農創設特別措置法第七条第十九条による異議訴願を経ずして本訴を提起したものであるから孰れも訴を不適法として却下せらるべきである。と述べ、次に本案につき、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中後藤勝の承認申請が後藤飛佐吉の印顆を盗用してほしいままに為されたこと及び承認通知の日を除くその余の事実は認める。後藤勝は昭和二十三年三月二十日後藤飛佐吉との間に賃借権譲渡契約を締結し、同人の承諾の下に賃借権譲渡の承認申請手続を為したものであるから被告農業委員会は同年五月二十四日之を承認し、同月三十日関係人にその旨を通知したのである(尤も昭和二十四年五月三十日原告の求により更に文書を以て同人に前記承認の為された事実を通知したことはある。)。斯くして後藤勝は適法に後藤飛佐吉の小作地一反二十歩に対する賃借権を取得したのであるが、その後原告と協議の上後藤勝は右小作地の内本件農地部分を、原告は右小作地の爾余の部分を耕作することと定めたので被告農業委員会は右耕作の実情に基き売渡計画を樹立したのである。よつて本件賃借権譲渡の承認及び本件農地の売渡処分は孰れも適法であるから原告の本訴請求は失当である。と陳述した。(立証省略)

理由

先づ被告等の本案前の抗弁について按ずるに、本訴は被告農業委員会が為した賃借権譲渡の承認及び被告大分県知事が為した農地売渡処分の各無効確認を求める訴である。ところで被告等は前者は行政事件訴訟特例法第二条第五条所定の期間経過後に、後者は自作農創設特別措置法所定の異議訴願を経ないで提起された不適法のものであるから訴を却下せらるべきであると主張する。しかし、行政処分無効確認訴訟に前記特例法の出訴期間又は訴願前置に関する規定の適用なきことは議論の余地なきところであり、のみならず前記措置法に農地の売渡処分に対する異議訴願を定めた規定は存在しないから本抗弁は失当として採用するを得ない。

次に本案につき判断する。訴外後藤飛佐吉が訴外宮戸正行よりその所有に係る原告主張の農地三筆の内一反二十歩を賃借耕作していたこと、訴外後藤勝が右賃借権の移転による取得につき昭和二十三年五月二十一日被告農業委員会(当時はその前身たる合川村農地委員会。以下同じ。)に承認申請書を提出し、同被告が同月二十四日右賃借権の移転を承認し、遅くとも昭和二十四年五月三十日迄に関係人にその旨を通知したこと、後藤飛佐吉が昭和二十三年九月四日死亡し、その妻スマ及び原告に於て共同して遺産相続を為し、次で昭和二十四年十月スマの死亡により原告がその遺産を相続し、原告が順次各被相続人の権利義務を承継したこと、前記小作地は右被告農業委員会の承認後自作農創設特別措置法第三条に基き原告主張の如く別紙目録記載の本件農地外一筆に分筆調整の上買収せられ、次で被告農業委員会は昭和二十四年二月十四日売渡期日を昭和二十二年十二日二日として本件農地を後藤勝に、他の一筆を原告に各売渡す旨の売渡計画を樹立し、被告大分県知事が右売渡計画に基き売渡通知書を発行し、同年十月十日関係人に交付して売渡処分を為した事実は当事者間に争がない。

第一、被告農業委員会に対する訴につき

原告は後藤勝の賃借権譲渡の承認申請は同人が後藤飛佐吉の印鑑を盗用してほしいままに作成提出したものであるから無効であり、従つて該申請に対して為された本件承認も当然無効であると主張するので、農地調整法に基く賃借権譲渡の承認申請は当事者の合意を必要とするものであるか否かについて考えて見る。同法第四条同法施行令第二条同法施行規則第六条乃至第八条の規定によれば右申請は必ずしも当事者双方より為す必要はなく、賃借権を移転し又は取得せんとする者の一方のみの申請を以て足ると解せられるけれども、同規則第六条第一項第三号第四号に申請書の記載事項として契約締結の事由、内容及び当該権利の取得に伴い支払うべき給付の種類、内容並びに当事者を要求していることや、農業委員会等が承認の可否を決する場合には耕作者の地位の安定及び農業生産力の維持増進を図るため農地関係を調整することを目的とする農地調整法本来の使命に従い当事者双方の一切の資料を検討して決定すべきであることよりして右申請には当事者の合意を必要とするものと解しなければならない。この事は農地調整法に代つて制定された農地法第三条同法施行規則第二条が賃借権譲渡の承認申請は原則として当事者連名で為すべきことを定め且申請書には権利移転の事由及び移転しようとする契約の内容を明記することを要求していることよりしても窺い知ることができる。そうすれば賃借権譲渡の承認は当事者双方の合意を前提必要要件となすものであるから右合意を欠き、権利を取得せんとする者一方のみの申請に対して為された承認処分は重大且明白な瑕疵を有し、当然無効の処分と謂うべく、賃借権者はかかる行政処分の存在する以上之が無効確認を訴求する利益を有するものと思料する。しかし、当該小作地がその後自作農創設特別措置法第三条により買収せられ且同法第十六条により売渡されたときは買収の当時存在し且買収時引続いて設定されたものと看做された賃借権は売渡の時期に消滅するから最早その後は賃借権移転に関する承認処分の無効確認を求める利益は存しないと謂わなければならない。ところで本件においては承認処分の対象たる小作地についてはその後前記自作農創設特別措置法の各条規に基き買収及び売渡処分の為されたことは前に説明したとおりである。原告は右売渡処分は無効であると主張するけれども右処分が当然無効のものでないことは後述する如くであるから該処分はその取消なき限り有効のものと認むべきである。左すれば本訴は爾余の判断を為す迄もなく訴の利益を欠くものとして棄却を免れない。

第二、被告大分県知事に対する訴につき

証人吉野寿、衛藤次生、後藤勝、堀作馬、衛藤金馬、麻生常馬、工藤政憲の各供述に甲第四号証を綜合すれば、本件農地の売渡計画については後藤飛佐吉の相続人の一人である原告及び後藤勝から農地買受の申込が為されていたのであるが、合川村農業委員会は前に後藤勝の賃借権取得の承認申請に対し承認を与えたこと及び後藤勝が既に右農地の耕作に着手した事実に基き同人を本件買収地の適法な売渡の相手として売渡計画を樹立する意向であつたところ原告の不服申出により原告及び後藤勝と協議した末、右小作地の内本件農地を後藤勝に、他の部分を原告に各耕作せしめることに協定した結果後藤勝を賃借権の譲渡を受けた者と認めて前記の如く売渡計画を樹立するに至つた事実を認めることができる。右認定に反する原告本人の供述は措信しない。

して見れば仮に原告主張の如く本件売渡処分当時後藤勝が本件農地につき賃借権を有しなかつたとしても右売渡処分は単に売渡の相手方を誤認したに止まり、その瑕疵は重大且明白なものと謂うことはできない。そうすれば本件売渡処分は当然無効であると解することはできないからその無効確認を求める本訴請求は爾余の判断を俟つ迄もなく失当として棄却すべきである。

よつて民事訴訟法第八十九条に則り主文の如く判決する。

(裁判官 江崎弥 菅野啓蔵 前田亦夫)

(目録省略)

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