大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大分地方裁判所 平成10年(行ウ)5号 判決 1999年9月20日

A・B・C事件原告

加納富久(以下「原告加納」という。)

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

河野聡

A・B・C事件被告

平松守彦(以下「被告平松」という。)

A事件被告

大分県知事

平松守彦(以下「被告県知事」という。)

被告両名訴訟代理人弁護士

内田健

岩崎哲朗

古庄玄知

被告県知事指定代理人

野中信孝

外三名

主文

一  A事件のうち、原告らの被告県知事に対する訴えを却下する。

二  原告らのB事件及びC事件に係る訴えをいずれも却下する。

三  A事件のうち、原告らの被告平松に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用は、A・B・C各事件を通じて原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の主旨

1  A事件

(一) 被告平松は、大分県に対し、金八億円及びこれに対する平成九年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 被告県知事は別府市に対し、「立命館アジア太平洋大学進出関連特別貸付」として、市町村振興資金を無利子、償還期間一五年という特別な条件で貸し付けてはならない。

(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。

2  B事件

(一) 被告平松は、大分県に対し、金六億円及びこれに対する平成一〇年四月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告平松の負担とする。

3  C事件

(一) 被告平松は、大分県に対し、金五億九九五〇万円及びこれに対する平成一一年四月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告平松の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の申立て

原告らの被告平松に対する訴えのうち、B事件及びC事件に係る部分並びに原告らの被告県知事に対する訴え(A事件)をいずれも却下する。

2  本案の申立て

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

(原告ら)

一  請求原因

1 当事者

原告らは、いずれも大分県の住民であり、被告平松は、被告県知事の地位にあり、後記大分県市町村振興資金からの貸付金の支出について支出負担行為の権限を有する者である。

2 市町村振興資金からの貸付け

(一) 被告県知事は、別府市長、学校法人立命館(以下「立命館」という。)理事長とともに、平成九年四月一二日、「立命館アジア太平洋大学設置基本協定書」に調印したが、右協定(以下「本件基本協定」という。)においては、立命館が別府市内に開設する予定の「立命館アジア太平洋大学」の設置に大分県と別府市が協力すること、別府市が立命館に対し、右大学の設置に必要な土地として市有地を譲与し、右土地の造成費及び付帯調査設計費等につき、四二億円を限度として補助金(以下「本件補助金」という。)を支出することが合意された。

(二) 被告県知事は、立命館アジア太平洋大学の進出に伴う別府市の財政負担を軽減する目的で、「立命館アジア太平洋大学進出関連特別貸付」を設け、別府市に対し、平成八年度八億円、平成九年度及び同一〇年度各六億円、平成一一年度五億円の合計二五億円の大分県市町村振興資金(以下「振興資金」という。)を、無利子、償還期間一五年(内据置期間一年)という特別な条件で貸し付けること(以下「本件貸付け」といい、これに係る貸付金を「本件貸付金」という。)を決め、これに基づき次のとおり貸付決定をし、貸付金が支出された。

本件貸付決定日 本件貸付金支出日

(1) 平成八年度分八億円 平成九年三月二八日 同年四月一五日

(2) 平成九年度分六億円 平成一〇年三月二三日 同年四月九日

(3) 平成一〇年度分五億九九五〇万円 平成一一年三月二四日 同年四月一二日

3 本件貸付けの違法性

(一) 地方財政法五条一項違反

別府市が立命館アジア太平洋大学という特定の私立大学の進出に対する資金提供を目的として起債することは、地方財政法五条一項に違反し違法である。

別府市は形式的には、道路改良事業、小中学校校舎改良事業、公園整備事業等の事業に充てるために本件貸付けを受け、これによって余剰が生じた一般財源から立命館に対し本件補助金を支出する形を採っているが、本件貸付けが実質的に本件補助金支出のための貸付けであることは明らかであり、右形式の故に地方財政法五条一項違反を免れるものではない。

被告県知事は、後記のとおり別府市の財政状況が悪化している中で、無利子かつ一五年償還という特別に有利な貸付条件を定め、かつ後記(三)のとおり振興資金の貸付けの要件をことごとく無視して本件貸付けを行ったものであり、このことは、被告県知事が、立命館アジア太平洋大学の新設という目的を達成する意図の下に、別府市長と協力して、同市の違法な起債を慫慂、推進したことを裏付けるものであり、貸付け自体が違法である。

(二) 平等原則違反

また、大分県市町村振興資金貸付規則(昭和四三年大分県規則第一五号、以下「貸付規則」という。)二条一項別表によれば、振興資金のうち、地域振興資金は原則として年3.5パーセント、財政調整資金は資金運用部利率の各貸付利率で、いずれも一〇年の償還期間という条件での貸付けしか行えず、無利子で貸付けができるのは、生活排水処理施設整備促進資金のみであるが、本件貸付けでは、無利子、一五年償還という特別は貸付条件が定められている。

そして、過去五年間に、本件貸付け以外に振興資金について無利子、一五年償還という特別な貸付条件を定めた貸付けが行われたのは、山国町アメニティ整備事業、大分市スポーツ公園整備事業の二件であり、これらも被告平松の政策を一方的に市町村に実施させるため、恣意的に特別な貸付条件を定めたものであるが、いずれも公共施設の建設のための貸付けであって、本件貸付けのような私立大学建設のための事業ではないし、山国町に対する貸付けでは一応三つの町を指名し、これを受け入れた同町に対して貸付けをしたものであった。

これに対し、本件貸付けについては、道路改良事業、小中学校整備事業、公園整備事業等の事業は、どの市町村にとっても共通に必要不可欠な事業である上、私立大学を抱える市は複数あり、私立大学誘致を希望する市町村も他にあると思われるのに、別府市だけに特別に有利な条件の貸付けをして大学誘致を実現させる合理的な理由は全く存在せず、本件貸付けは平等原則に著しく違反し、裁量権を著しく逸脱濫用したものであって、違法である。

(三) 貸付規則及び同規則の運用要綱違反

(1) 振興資金の貸付けの要件は、貸付規則及び同規則の運用要綱(以下「運用要綱」という。)に定められており、まず貸付規則四条一号で、振興資金の貸付けを受けようとする市町村は、償還の見込みが確実であり、将来の財政運営に支障がないことという要件を備えていなければならないとされているところ、別府市の財政は次のとおり破綻に瀕している。

① 経常収支比率

地方公共団体の財政構造の硬直性を示す指標である経常収支比率については、都市で七五パーセント程度が妥当であり、八〇パーセントを超えると弾力性が失われていると判断されるが、別府市は平成八年度の経常収支比率が98.2パーセントと大分県下で最悪であり、全国の都市でも三六番目に悪く、極めて危険な水準にある。

② 公債費比率

公債費比率が一〇パーセントを超えると財政構造の健全性が脅かされるとされているが、別府市の公債費比率は、平成八年度において前年度より2.0ポイント上昇し、14.5パーセントと著しく健全性を欠いている。

③ 収支の均衡

別府市の歳入歳出総括表によれば、平成七年度、同八年度はいずれも赤字であり、同九年度も財政調整基金を四億九五一四万円取り崩してようやく三億二二三一万円の黒字となっているに過ぎず、収支均衡の原則も満たしていない。

④ 行政水準の確保・向上

このような財政状況を踏まえて、別府市総務部長から各部課長に対し、平成一〇年度、同一一年度の予算編成は徹底的な経費節減と限られた財源の中での重点的、効率的配分を行うとし、新規事業については原則として認めず、経常的な行政経費についても一〇パーセント減で予算要求する旨通知するなど、市民に犠牲を強いる状況となっており、行政水準の確保・向上の原則も充たしていない。

⑤ 新たな多額の損失補償の発生

さらに、別府市は、財団法人別府商業観光開発公社の経営不振による解散に伴う損失補償として二一億六〇〇〇万円(内一括払額七億六〇〇〇万円、延払額一四億円)を負担することとなったため、平成一〇年度に七億六〇〇〇万円の臨時歳出が確定し、また延払額を一〇年間にわたり支払わなければならなくなり、このため別府市の財政危機はますます深刻となった。

よって、別府市は貸付規則四条一号所定の「償還の見込みが確実であり、将来の財政運営に支障がないこと」に著しく反する財政状態にある。

(2) また、運用要綱三条では、「振興資金の貸付けの審査にあたっては、規則第四条に規定する事項のほか、毎年度自治省から示される地方債許可方針のうち公債費比率による制限及び市町村税の徴収率による制限を適用する。」とされているところ、別府市の市税徴収率は、平成七年度、同八年度とも九〇パーセント未満であり、起債の許される団体には該当しない。

(3) また、運用要綱四条三項によれば、「地域振興資金の充当率は貸付対象基準額のおおむね七〇パーセントとする」と定められているのに、平成八年度分の本件貸付対象の二八事業の充当率は一〇〇パーセントが二事業、九〇パーセント台が二四事業で、七〇パーセント台は僅か一事業しかなく、全体では91.7パーセントに上る。

(4) さらに、市町村が振興資金の借入れを受けようとするときは、貸付期日の一四日前までに借入申込書を提出しなければならず(貸付規則七条)、かつ貸付日は原則として毎年度三月一日である(運用要綱九条)にもかかわらず、平成八年度分の本件貸付けは、平成九年三月三一日に借入申込みがなされ、同年四月一五日に貸付けが実行されている。

(5) このように、本件貸付けは貸付規則及び運用要綱が定める要件をことごとく無視してなされており、同規則・要綱に基づく貸付けの裁量権を著しく逸脱したものとして違法というべきである。

4 被告平松の不法行為責任

前記のとおり、本件貸付けは違法であるところ、被告平松は被告県知事として、別府市長と相通じて、本件貸付金のうち平成八年度分八億円、同九年度分六億円及び同一〇年度分五億九九五〇万円につき、違法に貸付決定をし、右各貸付金が支出された。

そして前記のとおり、別府市の返済能力は完全とはいえないので、大分県は右違法な貸付決定により、支出された貸付金全額に相当する損害を被ったことになり、被告平松は右損害について不法行為に基づく損害賠償責任を負うものである。

二  本案前の要件

1 相当の確実性(平成一一年度の本件貸付けについて)

請求原因2の(一)、(二)の事実の外、以下の事情からすると、平成一一年度の本件貸付けは相当の確実性をもって予測される。

(一) 大分県の平成一一年度予算には、請求原因2の(二)の貸付計画(以下「本件貸付計画」という。)で予定している五億円を超える額の市町村振興資金貸付事業費が計上されている。

(二) 立命館アジア太平洋大学の建設工事は既に着工されている。

(三) 別府市の財政状況は請求原因3の(三)(1)のとおり悪化していること、同2の(二)の貸付計画どおりに、平成八年度に八億円、同九年度に六億円の本件貸付金が支出され、同一〇年度にも本件貸付計画で予定していた六億円に僅か五〇万円足りないだけの五億九九五〇万円の本件貸付金が支出されていることからすれば、同一一年度についても右貸付計画どおり本件貸付金が支出されることは確実である。

2 回復の困難な損害を生ずるおそれ(平成一一年度の本件貸付けについて)

平成一一年度の本件貸付金が支出されれば、大分県は、本来得られる利息が得られないばかりか、別府市の返済不能のおそれなどにより、回復困難な損害を生ずるおそれがある。

3 住民監査請求

(一) 原告らは、平成九年一一月二一日、大分県監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づき、(1) 被告平松に対し、平成八年度本件貸付金八億円相当又は右金員に対する償還期限までの利子相当の損害を大分県に賠償するよう勧告すること、(2) 被告県知事に対し、同被告が別府市に対する同九年度以降の本件貸付けを行わないよう勧告することを求める住民監査請求(以下「本件住民監査請求」という。)をしたところ、同監査委員は原告らに対し、平成一〇年一月一九日、右(1)の請求を理由がないものとし、右(2)の請求(以下「本件差止措置請求」という。)を監査の対象とならないものとする旨の監査結果を通知した。

(二) 本件差止措置請求については、形式的要件の不充足により却下されたものではなく、本件貸付けの実態や性質に踏み込んで審理がなされた上で、将来の貸付けが相当の確実性をもって予測できるわけではなく、監査の対象とならないと判断されたものであるから、本件訴えのうちの平成九年度、同一〇年度の本件貸付金についての損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求める部分並びに同一一年度の本件貸付けの差止めを求める部分は、住民監査請求前置の要件を欠くものではない。

また、本件貸付金のうち、平成九年度分六億円、同一〇年度分五億九九五〇万円が現実に支出されて、同八年度分の八億円についての損害賠償代位請求訴訟に追加的併合されている。そして、公金支出差止めの住民監査請求後にその差止めに係る公金の支出が行われた場合、改めて住民監査請求を経なくても代位請求訴訟を提起することができると解されるので、右各年度の本件貸付金について住民監査請求前置に欠けるところはない。

三  原告らの請求

よって、原告らは、被告平松に対し、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、大分県に代位して、不法行為に基づく損害賠償請求として、平成八年度(A事件)、同九年度(B事件)及び同一〇年度(C事件)の本件貸付金相当損害金一九億九九五〇万円並びに内金八億円に対する不法行為の日、内金六億円及び内金五億九九五〇万円に対する各不法行為後の日である請求の趣旨1記載の各年月日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める(以下「本件代位請求訴訟」という。)とともに、被告県知事に対し、同項一号に基づき、今後の別府市に対する振興資金の無利子、償還期間一五年という特別な条件での貸付けの差止めを求める(A事件。以下「本件差止請求訴訟」という。)。

(被告ら)

一  被告らの本案前の主張

1 相当の確実性の欠如(本件差止請求訴訟について)

本件貸付けについては、大分県総務部地方課の事務担当者が別府市と協議した際の協議資料として、本件貸付計画を記載したメモが作成されたに過ぎず、右メモの貸付金額は予算の範囲内で貸し付ける限度額を別府市に示したもので、四年度間における計画を策定したものではない。

振興資金の貸付けは金銭消費貸借契約であり、市町村からの貸付申請及び被告県知事の貸付決定がされた時点で初めて有効に成立する。また、貸付決定は、一会計年度ごとに、大分県議会において議決された予算の範囲内において、かつ、当該年度内に貸付申請のあった貸付対象事業ごとに行われるものである。よって、借主たる市町村が同一でも、各会計年度における市町村からの貸付申請の内容は別個のものであり、当該年度における振興資金の貸付けが違法又は不当な公金の支出であるか否かは、当該年度の個別具体的に申請される事業ごとに判断しなければならない。そして、別府市からは未だ平成一一年度の本件貸付けについての申請はされていない。

したがって、同年度分の本件貸付金が違法に支出されることについて、相当の確実さをもって予測されるとはいえない。

2 住民監査請求前置の欠如(B事件及びC事件並びにA事件のうち本件差止請求訴訟について)

本案前の要件3の(一)の事実は認める。

本件住民監査請求に係る監査結果通知の日である平成一〇年一月一九日においては、本件貸付けのうち、平成九年度の六億円は同年度の大分県の予算として同県議会の議決を得ていたが、別府市長からの申請がなく、平成一〇年度の六億円及び同一一年度の五億円については、予算の議決もされていなかったので、右各貸付金が違法又は不当に支出されることが相当の確実性をもって予測される状況にはなかったものであり、右理由により本件差止措置請求は却下されたものであるから、B事件及びC事件に係る本件代位請求訴訟、本件差止請求訴訟は、適法な住民監査請求を経ておらず、不適法である。

3 回復困難な損害を生ずるおそれの欠如(本件差止請求訴訟について)

本件貸付けの条件は貸付規則二条二項に基づき決定されるものであり、その貸付けの手続には後記のとおり何らの違法性もないから、原告の主張する本来得られる利息は存在せず、これを損害とみなすことはできない。

また、別府市においては歳入が歳出を上回っており、仮に歳入が歳出に不足する事態が生じても、財政調整基金、減債基金等の取崩しや、翌年度歳入の繰上充用等が可能であり、本件貸付金の償還が滞ることはない。

したがって、平成一一年度の本件貸付けにより、大分県に回復の困難な損害を生じるおそれはない。

二  請求原因に対する認否及び反論

1 請求原因1(当事者)の事実は認める。

2 同2(市町村振興資金からの貸付け)の(一)の事実は認め、同(二)のうち、被告県知事が、立命館アジア太平洋大学の進出に伴う別府市の財政負担を軽減する目的で、無利子、償還期間一五年(内据置期間一年)という条件で、本件貸付金のうち平成八年度分八億円、同九年度分六億円及び同一〇年度分五億九九五〇万円について原告ら主張のとおり貸付決定をし、右各貸付金が支出されたことは認め、その余の事実は否認する。

「立命館アジア太平洋大学進出関連特別貸付」という特別の貸付区分はなく、別府市から申請された事業に対する貸付けの総称として右名称を便宜的に用いているに過ぎない。また、被告県知事が本件貸付金合計二五億円を貸し付ける旨の決定をしたことはない。

3(一) 同3(本件貸付けの違法性)の(一)(地方財政法五条一項違反)の主張は争う。

(二) 同(二)(平等原則違反)のうち、大分県が山国町アメニティ整備事業、大分市スポーツ公園整備事業について、振興資金を無利子、一五年償還という特別な貸付条件を定めて貸し付けたことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

(三) 同(三)(貸付規則及び同規則の運用要綱違反)の(1)のうち、貸付規則四条一号に原告ら主張の定めがあること、別府市の平成八年度決算に基づく経常収支比率が98.2パーセントであること、財団法人別府商業観光開発公社の理事会で公社の財産及び経営を第三者に譲渡する旨の提案がされたことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

同(2)のうち、運用要綱三条に原告ら主張のとおり規定されていることは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

同(3)、(4)の事実は認め、同(5)の主張は争う。

4 同4(被告平松の不法行為責任)の主張は争う。

(被告らの反論)

1  地方財政法五条一項違反の主張について

地方財政法五条は直接には起債を行う地方公共団体を規律する規定であるから、仮に別府市の起債に違法性があるからといって、大分県による本件貸付けが直ちに違法になるものではない。

そして、本件貸付けは、別府市の立命館アジア太平洋大学に対する本件補助金の支出の特定財源とするために行われたものではなく、本件貸付金を別府市の公共施設の建設事業等の財源とし、それまで一般財源をもって充てていた右事業等の財源を地方債に振り替えることにより、本件補助金の支出等、大学進出に伴う別府市全体の財政負担を軽減し、行政サービスの水準の維持を図ることを目的として行われるものである。

被告県知事は、平成八年度ないし同一〇年度の本件貸付金につき、別府市から申請された各種事業が地方財政法五条一項但書所定の適債事業であることを確認し、貸付規則に基づく審査・手続を経た上で、右各貸付金の貸付決定をしたものである。

したがって、本件貸付金が地方財政法五条一項に違反するとの原告らの主張は理由がない。

2  平等原則違反の主張について

立命館アジア太平洋大学の誘致は、大分県にとっても、若者の定住、産学共同研究や市民開放講座等による産業振興及び地域文化の向上、学生や教職員等の人口増による経済的波及効果、国際感覚を身に付けた人材の育成や国際交流の推進、地域の国際化と教育・学術文化の発展を通じた地域振興、国際観光温泉都市である別府市の国際的な学術文化都市としての発展に寄与し、またいわゆる公私協力方式の採用により、公立大学の設置と比較して、大分県・別府市の恒常的な財政負担の軽減につながる点で、重要な意義を有するものである。

被告県知事は、平成八年度ないし同一〇年度の本件貸付けにおいて、右のとおり同大学の新設が大分県にとっても重要な意義を有し、別府市と大分県とが協力して整備を進めている事業であること、前記のとおり同大学の進出に伴う別府市の財政負担を軽減し同市の行政サービスを維持する必要があることなどを総合的に勘案した上で、無利子、一五年償還という貸付条件を決定したものである。

右理由による本件貸付けの条件の決定は、「市町村の行政水準の効率的な向上を図る」(貸付規則一条)という振興資金の目的に沿うものであり、被告県知事が後記のとおり貸付規則二条二項に基づいて右のような貸付条件を定めることも、その裁量権の範囲内の行為であり、平等原則に違反するとはいえない。

3  貸付規則及び同規則の運用要綱違反の主張について

(一) 貸付規則四条一号違反について

経常収支比率は、一般的に財政構造の弾力性を示す指標であるが、その数値が高いことをもって必ずしも早急に歳出削減が実施されなければならない現状にあるとか、別府市の財政が破綻に瀕しているということはできない。

また、別府市の実質収支は、平成七年度が六億〇六五二万二〇〇〇円、平成八年度が五億五二七五万二〇〇〇円のいずれも黒字決算であり、いわゆる赤字団体ではないから、自治省の地方債許可方針上の「将来の財政運営に及ぶ影響を考慮する」必要はないし、同市の起債制限比率も、平成七年度が9.6パーセント、同八年度が10.8パーセントでいずれも二〇パーセント未満であるから、同方針上、一般単独事業債等の地方債の起債が制限される地方公共団体に該当しない。

(二) 運用要綱三条違反について

別府市の滞納繰越分を除く現年度分の市税徴収率は、平成六年度が95.4パーセント、同七年度、同八年度がいずれも96.4パーセントであり、いずれも九〇パーセント以上であるから、地方債許可方針上、起債制限をする必要はない。

(三) 運用要綱四条三項違反について

平成八年度分の本件貸付対象事業の充当率は、運用要綱四条三項ただし書の「ただし、他の地方債等との関連により、これによりがたい場合はこの限りでない。」との規定を運用したものである。

(四) 貸付けの手続について

別府市の平成八年度の八億円の本件貸付金に係る借入申込みは、貸付期日の一四日前までにされており、また運用要綱九条が貸付日を原則として毎年度三月一日としているのは、統一的な貸付事務処理の便宜上、貸付規則二条一項別表所定の償還日に貸付日を合わせたに過ぎず、例外が認められるものである。

(五) 以上のとおり、平成八年度ないし同一〇年度の本件貸付けは、貸付規則・運用要綱の規定に依拠してなされており、無利子、償還期間一五年という貸付条件も「前項の貸付対象事業のうち知事が指定するものの貸付条件は、同項の規定にかかわらず、別に定める。」とした貸付規則二条二項により定められたものであり、右貸付条件は別府市にのみ特異な事例でもないから、何ら違法ではない。

第三  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1、2について

1  請求原因1(当事者)、請求原因2(市町村振興資金からの貸付け)の(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  請求原因2の(二)のうち、被告県知事が、立命館アジア太平洋大学の進出に伴う別府市の財政負担を軽減する目的から、無利子、償還期間一五年(内据置期間一年)という条件で、平成八年度分八億円の本件貸付金について平成九年三月二八日に貸付決定をし、同年四月一五日に右貸付金が支出されたこと、平成九年度分六億円の本件貸付金についても平成一〇年三月二三日に被告県知事の貸付決定がされ、同年四月九日に右貸付金が支出されたこと、平成一〇年度分の本件貸付金として、被告県知事が平成一一年三月二四日に五億九九五〇万円の貸付決定をし、同年四月一二日に右貸付金が支出されたことは当事者間に争いがない。

同(二)のその余の事実のうち、被告県知事が「立命館アジア太平洋大学進出関連特別貸付」という振興資金の貸付区分を設定し、右各貸付金のほか平成一一年度分五億円を含む合計二五億円全体について右貸付条件で貸し付ける旨決めたとの原告ら主張事実については、甲第二号証、同第九号証でもってこれを認めるには十分でなく、他に同主張事実を認めるに足りる証拠はない(平成八年度分の貸付決定において、事業名として「立命館アジア太平洋大学関連特別貸付」の記載があるが(甲六)、これは立命館アジア太平洋大学の進出に関連して別府市から申請のあった振興資金の貸付けについての便宜的名称に過ぎず(弁論の全趣旨)、これによって右認定を覆すには足りない。)。

二  本案前の要件について

1  本件貸付金の支出の相当の確実性

(一) 本件差止請求訴訟は、振興資金からの貸付けという公金の支出の差止めを求めるものであるところ、地方自治法二四二条の二第一項一号の差止請求訴訟は、未だ行われていない財務会計上の行為の差止めを求めるものであり、同法二四二条一項が、このような財務会計上の行為について、「当該行為がなされることが相当の確実さをもって予測される場合」には、これを対象として住民監査請求をすることができるとしていることからすると、右のような場合であることが、住民監査請求及びこれに対応する差止請求訴訟の適法要件になると解される。

そして、住民訴訟においては、右の適法要件にいう「当該行為」とは、同法二四二条一項にいう公金の支出等の財務会計上の行為のうち違法なものをいうのであるから、本件差止請求訴訟の訴訟要件としては、当該財務会計上の行為が違法に行われること、すなわち原告たる住民が違法の根拠として主張する事実を伴ってなされることが相当の確実さをもって予測される場合であることが必要であると解される。

また、右にいう「相当の確実さをもって予測される場合」とは、当該財務会計上の行為にかかわる諸般の事情を総合的に考慮して、当該行為が違法になされる可能性、危険性が相当の確実さをもって客観的に推測される程度に具体性を備えている場合をいうと解するのが相当である(以下、右訴訟要件をもって「相当の確実性の要件」という。)。

(二)  証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 振興資金の貸付の手続(甲三)

貸付規則、運用要綱によれば、振興資金の貸付けの手続は次のとおりである。

① 振興資金の貸付けを受けようとする市町村は、被告県知事が別に定める期日に、市町村振興資金貸付申請書に事業計画書、貸付対象額算定表その他被告県知事が必要と認める書類を添えて被告県知事に提出し、貸付けの申請を行う(貸付規則五条、一三条)。

右貸付申請書においては、被告県知事が指定し、その貸付条件について、貸付規則二条一項別表の規定にかかわらず、同規則二条二項に基づき別に定める貸付対象事業に係る貸付区分を「指定事業分」、「指定負担金分」として記載することになっている(同規則五条第一号様式)。

② 被告県知事は、右貸付申請を受けたときは、当該申請に係る書類を審査し、適当と認めたときは貸付けの決定を行い、その旨を当該申請を行った市町村に通知する(同規則六条)。右貸付決定は、事業一件ごとに審査して決定する(運用要綱六条)。

実際の振興資金の貸付事務においては、右貸付申請に先立ち、被告県知事の市町村からの貸付事業のヒアリング、被告県知事の市町村に対する貸付事業の内示等の手続を経た後に、貸付申請を行わせる運用をしている(弁論の全趣旨)。

③ 前記貸付決定の通知を受けた市町村は、振興資金の借入れをしようとするときは、貸付期日の一四日前までに、市町村振興資金借入申込書に必要書類を添付して被告県知事に提出しなければならず(貸付規則七条)、これを受けて、大分県から右市町村に対し前記貸付決定に係る貸付金が支出される。

(2) 本件貸付けについての大分県と別府市の担当職員の打合せ(甲二、九、乙四四の1)

本件貸付けについては、平成八年ころ、振興資金の貸付けに関する事務を分掌する大分県総務部地方課職員と、立命館アジア太平洋大学の誘致に関連する事務を分掌していた別府市企画部大学企業誘致推進室職員との間で、右大学の進出に伴う別府市の財政負担を軽減する目的で、別府市の基金取崩し等の自助努力では対応困難な同大学の用地関係費について、振興資金を二五億円を限度として充当することとし、貸付条件を貸付規則二条二項に基づき無利子、償還期間一五年(内据置期間一年)として、大分県の予算の範囲内で、平成八年度八億円、同九年度、同一〇年度各六億円、同一一年度五億円の振興資金を貸し付ける旨の事務打合せがされ、その旨記載した「立命館アジア太平洋大学進出関連特別貸付について」と題するメモ(甲二)が作成された。

なお、平成八年度の本件貸付金支出後の平成九年八月八日ころにも、大分県と別府市の右職員同士の打合せが行われ、振興資金を通常の建設事業等の財源として貸し付けることにより、本件補助金に充てられる一般財源の確保を図り、立命館アジア太平洋大学の設置を支援することを目的として、平成九年度ないし同一一年度の本件貸付けを前記貸付条件のとおり行う旨を記載し、前記同様に題したメモ(甲九)が作成された。

(3) 振興資金に関する大分県の予算上の取扱い(乙五二ないし五五の各1、2、弁論の全趣旨)

大分県の一般会計予算においては、当該予算に係る会計年度の前年度の一一月ころから二月ころにかけて予算の編成を行うが、この段階では、振興資金からの貸付金については、当該会計年度に実施する市町村の事業及び当該事業に充てられる財源が決定されていないので、各市町村ごとの個別事業に必要な資金を積算して決定することはしていない。

振興資金からの貸付金に関する予算は、過去の貸付実績等を参考にして、当該会計年度における県下市町村全体が必要とする資金量を推計し、貸付金全体の限度額を、予算に関する説明書のうちの歳出予算事項別明細書中の第二款総務費の第四項市町村振興費の第二目自治振興費の第一一節需用費中の市町村振興資金貸付事業費として編成し、これを含む市町村振興費の総額を計上した歳出予算として大分県議会において議決される。

したがって、振興資金からの貸付金につき、予算で債務負担行為として定めることはない。

(4) 本件貸付金の大分県議会における予算の議決、別府市からの貸付申請(甲七、二八、乙五〇の1、2の1ないし16、五二ないし五五の各1、2、五六の1、2の1ないし18、弁論の全趣旨)

① 平成八年度ないし同一一年度の市町村振興資金貸付事業費を歳出予算に計上した大分県の一般会計予算は、次のとおり大分県議会で議決された。

年度      議決日

平成八年度  平成八年三月二九日

平成九年度  平成九年三月二八日

平成一〇年度 平成一〇年三月二七日

平成一一年度 平成一一年三月一一日

② 平成八年度ないし同一一年度の本件貸付金に係る別府市からの貸付申請の状況は次のとおりである。

年度 申請 申請額 申請日

平成八年度 あり 八億円 平成九年三月二六日

平成九年度 あり 六億円 平成一〇年三月六日

平成一〇年度 あり 五億九九五〇万円 平成一一年二月二四日

平成一一年度 なし(平成一一年八月九日現在)

このうち、平成八年度については振興資金の種類を「財政調整資金(特別枠)立命館アジア太平洋大学進出関連特別貸付」とする申請がされた。また、平成九年度、同一〇年度においては振興資金の種類を「特別振興資金」、「地域調整資金」、貸付区分を「指定事業分」、「指定負担分」とする申請がされた。

(三) 前記(二)(2)認定のとおり、平成八年ころと同九年八月の二回にわたり、被告県知事と別府市長の各補助職員の間で、本件貸付けを立命館アジア太平洋大学の進出に伴う別府市の財政負担を軽減する措置として位置付けた事務打合せがされており、右打合せにおいて、平成八年度ないし同一一年度の本件貸付けの予定を記載したメモが作成されている。右メモには、振興資金を同大学の用地関係費に充当する旨の原告ら主張の違法事由に沿うかのごとき記載があり、また原告らが平等原則違反の根拠として主張する貸付条件についての記載もある。

しかしながら、右打合せにおける協議の成立によっては、何ら被告県知事の本件貸付けについての法律上の権限が発生するものではなく、むしろ前記(二)(3)で認定した事実によれば、被告県知事は、平成八年度ないし同一一年度の一般会計予算についてそれぞれ大分県議会の議決がされた時点で、右議決に係る歳出予算に計上された市町村振興資金貸付事業費の範囲内で、貸付規則等の法令の規定に従い、右各年度ごとに、振興資金からの貸付金について支出負担行為の権限を付与されるに至るものである。

もっとも、歳出予算はあくまでも一会計年度における地方公共団体の支出の見積りを内容とするものであり、予算に計上された経費が現実には支出されない事態もあり得るのであるから、歳出予算が議決されたことの一事をもって、直ちに当該公金の支出について相当の確実性の要件が具備されると解するのは相当でない。

そして、前記(二)の(1)、(3)の事実によれば、歳出予算に計上される市町村振興資金貸付事業費は、過去の貸付実績等を考慮し、市町村全体が必要とする資金量を推計して見積もった貸付金全体の限度額を計上したものに過ぎないのであるから、これによって個々の貸付けの対象事業や貸付条件等が明らかになるものではなく、各年度の貸付けごとに、対象事業のヒアリング、内示等の手続を経て、これに沿った貸付申請が行われることにより、貸付対象事業、貸付条件が概ね特定されるに至るものである。

右認定したところを総合すると、本件貸付けについては、各年度ごとに別府市からの貸付申請がされた時点において、右申請に係る貸付決定、貸付金の支出が違法になされる危険性につき、相当の確実さをもって客観的に推測される程度に具体化するものと解するのが相当である。

そして、本件差止請求訴訟は、前記(二)(4)認定のとおり、本件口頭弁論終結時において未だ貸付申請のされていない平成一一年度分の本件貸付けの差止めを求めるものであるから、相当の確実性の要件が認められず、不適法である。

右認定に反する原告らの本案前の要件1の主張は、その主張する各事情を考慮しても、右認定判断を覆すには足りず、採用することができない。

2  住民監査請求前置

(一)  本案前の要件3(一)の事実は当事者間に争いがなく、証拠(甲二八)によれば、本件住民監査請求に係る監査結果において、同結果通知の日である平成一〇年一月一九日においては、本件貸付けのうち、平成九年度の六億円は同年度予算で議決を得ていたが、別府市からの貸付申請が未だなく、同一〇年度の六億円及び同一一年度の五億円については、予算の議決もされていなかったので、右各貸付金が違法又は不当に支出されることが相当の確実性をもって予測されるものとは判断できないと判断され、右理由により、本件住民監査請求のうち本件差止措置請求の部分は監査の対象とならないものとされたことが認められる。

(二)  地方自治法二四二条の二第一項は、住民訴訟につき、同法二四二条一項の住民監査請求を前置すべきであるとする住民監査請求前置主義を採用している。これは、普通地方公共団体の内部に監査委員が存在する以上、職員の違法、不当な財務会計上の行為又は怠る事実につき、まずこの機関に監査の機会を与え、右違法、不当を当該普通地方公共団体の自治的、内部的処理によって予防、是正させることが、地方自治の本旨(憲法九二条)からも、裁判所の負担を軽減する意味からも望ましいという趣旨によるものである。

ところが、住民監査請求が同法二四二条一項所定の適用要件を充足せず、不適法な場合には、右請求に係る財務会計上の行為等の違法、不当の有無について実体判断をし、これを予防、是正する機会が監査委員に与えられていないのであるから、当該行為等についての住民訴訟は、適法な住民監査請求の前置がないものとして、不適法であるといわざるを得ない。

そして、前記のとおり、相当の確実性の要件が、住民訴訟のみならず、これに前置された住民監査請求の適法要件でもある以上、住民監査請求の時点で相当の確実性の要件を備えておらず、右監査請求が不適法である場合には、当該行為等の違法又は不当についての実体的判断による予防の機会が監査委員に与えられていない点で、他の適法要件が欠缺する場合と異なるところはないから、その後相当の確実性の要件が備わったとしても、改めて適法な住民監査請求を前置しない限り、当該行為等についての地方自治法二四二条の二第一項一号の差止請求訴訟及び右行為等に係る同項四号の代位請求訴訟はいずれも不適法になると解するのが相当である。

(三) 前記(一)の事実に前記1で認定判断したところを総合すると、本件住民監査請求に係る監査結果通知の時点においては、平成九年度分の本件貸付けについては大分県議会での予算の議決はあったが貸付申請がなく、同一〇年度分、同一一年度分の本件貸付けについては大分県議会での予算の議決もなかったのであるから、いずれも相当の確実性の要件が備わっていなかったものであり、右監査結果は、これと同旨の判断をして本件差止措置請求を実質的には却下したものであって、相当なものである。そして、右監査結果通知後、右却下部分について、原告らが改めて適法な住民監査請求をしたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件代位請求訴訟のうち、B事件及びC事件に係る部分は、適法な住民監査請求前置を欠いており、本件差止請求訴訟も、相当の確実性の要件のみならず適法な住民監査請求前置を欠いている点において、いずれも不適法である。

(四)  原告らは、本件差止措置請求についての監査結果は、本件貸付けの実態や性質に踏み込んで審理がなされた上で、将来の貸付けが相当の確実性をもって予測できず監査の対象とならないと判断されたものであるから、住民監査請求前置の要件を欠くものではない旨主張する。しかし、本件差止措置請求について、大分県監査委員が平成九年度ないし同一一年度の本件貸付けの違法、不当の有無について実体的な審理をしたことを認めるに足りる証拠はなく、同監査委員に右違法、不当の予防の機会は与えられていないと解するのが相当であるから、右主張を採用することはできない。

また、原告らは公金支出差止めの住民監査請求後にその差止めに係る公金の支出が行われた場合、改めて住民監査請求を経なくても代位請求訴訟を提起することができるから、平成九年度、同一〇年度の本件貸付金の支出について住民監査請求前置に欠けるところはない旨主張する。しかしながら、右のようにいえるのは、元の公金支出差止めの住民監査請求が適法な場合であって、公金支出差止めの住民監査請求が不適法な場合には、右差止めに係る公金の支出についての代位請求訴訟も不適法になると解すべきであるから、右主張も失当である。

三  平成八年度分の本件貸付金の支出の違法性について

以上により、原告らの本件訴えのうち、本件代位請求訴訟中のA事件に係る部分のみが適法であると解されるので、以下右事件の貸付金の支出の違法性について検討する。

1  地方財政法五条一項違反について

(一)  地方財政法五条一項は、その本文で、地方公共団体の歳出につき、地方債以外の歳入をもってその財源としなければならないことを原則として定め、ただ同項但書各号所定の経費の財源とする場合には、地方債をもってその財源とすることができる旨定めているものであるから、同条一項は直接には地方債の起債を行う地方公共団体の側を規律する規定である。したがって、本件貸付けによる別府市の地方債の起債が同条一項に違反したとしても、そのことによって直ちに本件貸付決定が違法となるものではない。しかしながら、同条一項は、地方公共団体の財政の長期的かつ健全な運営(同法二条一項、四条の二)の観点から、長期的な借入金である地方債にみだりに歳出の財源を求めることは適当でないという趣旨で制定されたものであるから、右地方債の起債が同条一項の制限に違反するか否かということは、当該起債に係る貸付決定を行った被告県知事の裁量権行使に逸脱・濫用があったか否かという判断に影響を与える事情となり得る。

(二)  そこで本件についてみると、証拠(甲四ないし七、九、乙二八、三四、三五の1、2、三六、四一、四二、四三の1)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 別府市は、本件補助金につき、別紙「支払計画及び資金手当」のとおり、平成九年度ないし同一一年度にかけて各一四億円ずつ合計四二億円を限度として支出する計画を立てるとともに、その財源対策としては、同補助金を全て一般財源から支出することとする一方、立命館アジア太平洋大学の誘致事業以外の通常の行政サービスの維持に支障を来すような一般財源の持出しを極力抑制しつつ、右誘致事業を円滑に推進させるため、次のとおり資金手当の方針を立てた。

① 別紙「支払計画及び資金手当」のとおり、平成一〇年度、同一一年度において、財政調整基金、公共事業費基金から合計一五億円を取り崩し、一般財源に繰り入れた余剰分を公共事業費の支出に充てることとし、本件補助金中一五億円分の一般財源を確保する。

② 同別紙のとおり、本件貸付金として平成八年度八億円、同九年度、同一〇年度各六億円、同一一年度に五億円を大分県から借り入れ、普通建設事業の別府市単独施行分等の支出に充てることにより、本件補助金中二五億円分の一般財源を確保する。

(2) そして、別府市は平成八年度の本件貸付金八億円の貸付申請に当たり、貸付対象事業を秋葉通線道路改良事業や県施行街路・道路改良事業負担金等二七件の公共施設の建設事業費等及び大分県畜産公社出資金として申請し、借り入れた右貸付金を全て右二八件の貸付対象事業の財源に充当した。

翌平成九年度において、別府市はその一般財源から立命館に対し、本件補助金のうち土地造成工事の出来高に応じた九億三〇〇〇万円を支出した。

(三)  右認定した事実によれば、別府市は平成八年度分の本件貸付金八億円について、全て当該年度の地方財政法五条一項但書二号に該当する出資金及び同五号に該当する公共施設の建設事業費等の特定財源として借入れを行い、右事業費等に充当しており、これをもって翌平成九年度の本件補助金九億三〇〇〇万円の支出の特定財源としたものではない(会計年度独立の原則、地方自治法二〇八条二項)。

原告らは、本件貸付けが実質的に本件補助金支出のための貸付けであることは明らかであり、本件貸付金を形式的に道路改良事業等の事業の財源とするからといって同項違反を免れるものではない旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、現行法上地方公共団体の歳出は、地方債以外の収入をもってその財源とすることが原則であるとはいえ、経済情勢の推移や臨時的な財政需要の発生、増加などが原因で、財政需要に対して一般財源等が不足する事態が往々にして生じるものである。このような場合に、一般財源をもって充当している投資的経費等の財源を一時的に地方債に振り替え、公共事業等の地方債の充当率を臨時的に引き上げることによって、他の経費に充当されるべき一般財源を確保する措置を講じることは、それが地方債の制限に関する法令の規定に抵触するものでない限り、地方自治法二三〇条、地方財政法五条一項但書等の規定に基づき、当該地方公共団体における適正な行政水準の確保、住民の福祉の増進の観点から、その議会、長に認められるべき合理的な裁量の範囲内の事項である。

したがって、別府市が平成八年度の本件貸付金を秋葉通線道路改良事業外二七件に充当して、本件補助金等に充当されるべき一般財源を確保したことをもって、実質的に地方財政法五条一項に違反するということはできず、原告らの同条項違反の主張は理由がない。

2  貸付規則・運用要綱違反、平等原則違反について

(一)  争いのない事実に証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 振興資金の目的、貸付けの要件、種類、貸付対象事業、貸付条件等(争いのない事実、甲三)

振興資金は、市町村の行政水準の効率的な向上を図る趣旨に基づき、大分県から県下市町村に対して貸し付けられるものである(貸付規則一条)。

そして、振興資金からの貸付けの要件については、振興資金の貸付けを受けようとする市町村が、償還の見込みが確実であり、将来の財政運営に支障がないこととされている(貸付規則四条一号)。

また、貸付規則二条一項により、振興資金の種類、貸付対象事業及び貸付条件は、別紙「振興資金の種類、貸付対象事業及び貸付条件」のとおりであるとされているが、同条二項により、右貸付対象事業のうち知事が指定するものの貸付条件は、同条一項の規定にかかわらず別に定めるものとされている。

(2) 別府市の財政状況

① 収支の状況(甲一二、乙四五、四六)

別府市の平成七年度、同八年度の歳入歳出決算状況によれば、右各年度の総計決算及び普通会計決算における形式収支(歳入総額と歳出総額との差)、実質収支(形式収支から翌年度に繰越すべき財源を控除したもの)、単年度収支(当該年度の実質収支から前年度の実質収支を控除し、実質収支の増減を示すもの)、実質単年度収支(収支結果に現われないが、歳出決算額の中に含まれる実質的な黒字要素である基金積立てや取崩し、地方債の繰上償還などを考慮した数字)はそれぞれ次のとおりである。

収支の種類/会計年度

平成七年度  平成八年度

形式収支  (一般会計)

639,192,085 616,457,934

(特別会計)

△1,332,240,118 △1,212,929,077

(合計)

△693,048,033 △596,471,143

実質収支  (一般会計)

620,382,085 573,951,934

(特別会計)

△1,378,074,569 △1,212,929,077

(合計)

△757,692,484 △638,977,143

(普通会計)

606,522,000 552,752,000

単年度収支 (一般会計)

13,050,577 △46,430,151

(特別会計)

△425,649,034 165,145,492

(合計)

△412,598,457 118,715,341

(普通会計)

55,970,000 △53,770,000

実質単年度収支(一般会計)

563,813,500 1,126,613,849

(特別会計)

△425,649,034 165,145,492

(合計)

138,164,466 1,291,759,341

(普通会計)

606,733,000 1,119,274,000

② 経常収支比率(争いのない事実、甲一二、一五、乙三六、三九、四二、四三の一、四四の一、四五、四六)

別府市の経常収支率(人件費、公債費、扶助費等の義務的性格の経常経費に市税等の経常的な収入である一般財源がどれだけ充当されているかを示す比率)は、平成六年度が91.1パーセント、同七年度が88.5パーセント、同八年度が98.2パーセントである。

経常収支比率は、地方公共団体の財政構造の弾力性を測定する比率として用いられ、一般的に都市においては七五パーセント程度が妥当と考えられ、八〇パーセントを超えるとその地方公共団体は弾力性を失いつつあると考えられるところ、別府市においては、国の減税政策に伴い、地方税減税や地方交付税等の減額が行われたため、減税補てん債を経常一般財源に加えた場合と比較して約四パーセント経常収支比率が悪化したことに加え、退職者数の増加により人件費が大幅に増加したため4.5パーセント同比率が悪化したことと、過去の大型事業の元利償還期が重なって公債費が増加したことにより、平成八年度の経常収支比率が右のとおり大幅に悪化し、大分県下の市町村で最悪で、全国六九一都市中でも三六番目に悪い都市となった。

ただ、別府市においては、別紙「立命館アジア太平洋大学誘致に係る財政指数等一〇年間推計」(以下「別紙一〇年間推計」という。)の「経常収支比率」欄の「平年ベースによる推計」記載のとおり、平成九年度以降は経常収支比率が低下するものと予想されており、さらに、立命館アジア太平洋大学が開学した場合には、同欄の「大学の誘致による推計」記載のとおり、開学しない場合と比較して、開学に伴う市税、地方交付税等の増収分だけ経常一般財源が拡大し、経常収支比率が改善するものと推計している(右推計を批判する中川隆の陳述、供述(甲一七の1、一九)は、その前提となっている別府市の市町村税の徴収率について、後記原告らの主張と同様の誤りがあり、採用できない。)。

また、別府市は他の一般の地方公共団体と異なり、競輪事業特別会計歳入からの一般会計繰入分などからなる臨時一般財源が相当額あり、経常一般財源のみならずこれらの財源も活用して通常の行政サービスを確保している。

③ 経常一般財源比率(甲一二、乙三九、四三の1)

標準財源比率(地方公共団体の一般財源の標準規模を示すもので、基準財政収入額(地方交付税法二条五号参照)から各種譲与税等を控除した金額を基準財政収入額への算入率(同法一四条参照)で割り返し、各種譲与税等及び普通交付税額を加算したもの)に対する経常一般財源(毎年度経常的に収入される財源のうち使途の特定されないもの)の割合を示す経常一般財源比率は、地方公共団体の歳入構造の弾力性を示す数値であり、これが一〇〇パーセントを超える割合が高いほど経常一般財源に余裕があり、歳入構造が弾力的であるとされている。

別府市の経常一般財源比率は、平成六年度で97.0パーセントで類似団体指数と同水準であり、同七年度で99.9パーセントで類似団体指数を上回っていたが、同八年度では97.8パーセントに悪化した。

④ 公債費比率、公債費負担比率(甲一二、一九、乙三六、三九、四五、四六)

公債費比率は、地方債元利償還金充当一般財源(繰上償還金を除く)から、過疎対策事業債等の償還費で基準財政需要額(地方交付税法二条四号、一一条参照)に算入された額を控除した額が、標準財政規模から右基準財政需要額に算入された償還費を控除した額に占める割合を示す比率であり、後年度の財政負担により財政構造の健全性が脅かされないためには、この比率が一〇パーセントを超さないことが望ましいとされているところ、別府市の公債費比率は、平成六年度で10.4パーセント、同七年度で12.5パーセントで、いずれも類似団体指数を下回っていたが、同八年度では14.5パーセントに悪化している。

そして、平成八年度ないし同一一年度の本件貸付けが実行された場合における公債費比率への影響について、別府市では、毎年度の地方債元利償還金が別紙「大分県市町村振興資金特別貸付償還年次表」のとおり多い年度で毎年約一億七八五七万円増加し、別紙一〇年間推計のとおり、立命館アジア太平洋大学を誘致しない場合と比較して、公債費比率が平成一二年度以降毎年度0.5パーセント上乗せされるものと推計されている。

また、別府市の公債費負担比率(公債費に充当された一般財源の一般財源総額に対する比率)は、平成七年度で10.4パーセントであったが、同八年度では12.6パーセントに悪化している。

(3) 地方債許可方針と別府市の起債制限比率、市税徴収率(甲三、一五、乙二三、二五、四二、四五、四七、弁論の全趣旨)

① 振興資金からの貸付金は、地方自治法二五〇条の委任に基づく同法施行令一七四条の委任を受けた「地方債の許可に関する件」(昭和二二年内務・大蔵省令第五号)二条三号に該当し、右起債について地方債としての許可を必要としないが、運用要綱三条では、振興資金の貸付けの審査にあたっては、貸付規則四条に規定する事項のほか、毎年度自治省から示される地方債許可方針のうち公債費比率による制限及び市町村税の徴収率による制限を適用することとされている。

② そして、地方債許可方針においては、起債制限比率(公債費比率の分母と分子の額からそれぞれ普通交付税の対象となる事業費の補正により基準財政需要額に算入された公債費を控除して算出される比率)の過去三年間の平均が二〇パーセント以上三〇パーセント未満の地方公共団体については、原則として一般単独事業等に係る地方債を許可しないものとされている。

また、地方債許可方針では、前々年度決算又は前年度決算見込みにおける地方税の現年度分の徴収率が九〇パーセント未満の地方公共団体については、その状況に応じ、一般事業債の額について制限するとされている。

なお、地方債許可方針では、赤字団体(地方財政再建促進特別措置法(以下「地財再建法」という。)二二条二項所定の歳入欠陥を生じた団体)のうち、同法二三条一項の規定の適用がない地方公共団体であっても、起債の許可は、その実情に応じ、将来の財政運営に及ぼす影響を考慮の上行うものとするとされている。

③ 別府市の平成七年度の起債制限比率(過去三年平均)は9.6パーセントであった。

また、別府市の市税の現年課税分の徴収率(調定額に占める収入額の比率)は、平成六年度決算で95.4パーセント、同七年度決算で96.4パーセントであった。

(4) 立命館アジア太平洋大学の設置の意義(乙三ないし六、一二、一六の1ないし6、一七の1ないし3、二一、二二の1、2、三六、四三の1、四四の1、弁論の全趣旨)

大分県においては、立命館アジア太平洋大学の別府市への設置による同県への波及効果につき、次のとおり位置付けている。

① 全国的な少子化傾向の中で、大分県の大学進学率が高いにもかかわらず県内の大学が少ないことによる若者人口の県外流出を防ぎ、県全体における若者の定住対策に効果がある。

② アジア太平洋地域において国際的に活躍する人材を育成するという同大学の教育目標と、アジア経済との共生という大分県の政策目的が合致し、大分県のアジア太平洋地域における人材養成の拠点としての発展が期待される。

③ 学生、教職員等合計三九〇〇人分の人口が増加し、また右人口増加に伴う消費支出等の増大により、大分県内の各産業に生産誘発効果をもたらす結果、六二億円余りの県民所得の増加が見込まれる(立命館大学の山田教授の試算による。)などの経済的波及効果が期待できる。

④ アジアを中心に外国人観光客が多い一方、人口が減少傾向にある別府市に同大学を誘致することにより、前記の経済的波及効果が別府市にも及ぶほか、県内他大学との交流、産学共同研究や市民開放講座の実施、世界各国から多数集る外国人留学生との交流などにより、大分県及び別府市にとって、地域の振興、国際化、地域文化の向上などの効果が見込まれる。

また、別府市は別府国際観光温泉文化都市建設法(昭和二五年法律第二二一号)により、別府国際観光温泉文化都市として位置付けられ、同都市を建設する都市計画事業について、国、地方公共団体の関係諸機関はその事業の促進と完成にできる限りの援助を与えなければならないとされている(同法三条)ところ、立命館アジア太平洋大学の設置は別府市に国際的な学術文化都市としての機能をも付加することになる。

(5) 公私協力方式による立命館アジア太平洋大学の設置(争いのない事実、乙七ないし一一、三七)

「昭和六一年度以降の高等教育の計画的整備について(報告)」(昭和五九年文部省大学設置審議会大学設置計画分科会)によれば、地方における高等教育機関の整備を図っていくためには、国、地方公共団体、学校法人の間の協力が重要であるとされ、その協力方式の一つとして、「公私協力方式」が提言されている。

これは、地方の要望に適切に応じた高等教育機関を設置・運営する場合に、地方公共団体と学校法人の協力によって設置・運営する方法であり、設置形態は私立であるが、地方公共団体が①土地、校舎等の建物及び設備の一部を現物若しくは資金で準備したり、②学校法人に対し経常費の一部を補助するなどの協力を行って設置・運営がなされるものである。

このような公私協力方式は、公立大学の設置と比較して地方公共団体の財政負担が相対的に軽く、私立大学の柔軟な教育・研究方法や経営構造に依存して、地域の活性化を図ることができる利点を有する。

最近では、公私協力方式が大型化し、県と市町村が共同で協力する事例も増加しており、新潟県や広島県では私立大学誘致に取り組む市町村に対して財政支援する補助金制度を設けている。

本件基本協定の内容は請求原因2の(一)のとおりであり、公私協力方式の要請に沿ったものとなっている。

(6) 平成八年度の本件貸付金の振興資金の種類、貸付条件の決定(争いのない事実、甲六、弁論の全趣旨)

被告県知事は、平成八年度の本件貸付金八億円につき、振興資金の種類を財政調整資金とし、また前記のとおり立命館アジア太平洋大学の開設が大分県にとっても重要な意義を有し、別府市と大分県が協力して整備を進めていること、同大学に対する本件補助金支出等による別府市の財政負担を軽減し、同市の通常の行政サービスの水準を維持する必要があることなどを総合的に勘案し、貸付規則二条二項に基づき、貸付条件を無利子、償還期間一五年(内一年据置き)として貸付決定をした。

(二)  右認定したところによれば、平成八年度の本件貸付けについては次のとおり認められる。

(1) 貸付規則四条一号違反について

① 前記(一)の(1)のとおり、貸付規則四条一号所定の「償還の見込みが確実であり、将来の財政運営に支障がないこと」が振興資金の貸付けの要件となるが、これについては、地方財政に関する種々の指標による当該市町村の財政の分析を経た上での総合的な判断を必要とする事項であるから、その判断については被告県知事の要件裁量が一定限度認められるべきものであり、右指標を基礎として認められる振興資金の毀損の危険性を考慮した上で、右要件に関する被告県知事の判断に客観的合理性が認められる限り、貸付規則四条一号に違反することはないと解するのが相当である。

また、前記(一)(3)の①、②の事実によれば、貸付けの審査に当たっては、地方債許可方針のうちの起債制限比率及び市町村税の徴収率による制限も適用されることとなるところ、この点に関する運用要綱三条の規定は、法的拘束力を有するものではない(すなわち、本件貸付決定が運用要綱に違反したとしても、それだけで違法となるものではない。)が、起債制限比率が、自主財源による地方債の元利償還が後年度の財政運営の健全性に与える影響を図る指標としての性質を有し、市町村税の徴収率も、地方債の元利償還金の引き当てとなるべき自主財源の収入の確実性、安定性を図る指標の性質を有するものであることを考慮すると、右各比率については、貸付規則四条一号に関する被告県知事の判断の合理性の有無を基礎付ける指標として考慮するのが妥当である。

② そして、前記(一)(2)の①、同(3)の②の事実によれば、平成八年度の本件貸付けの時点では、別府市の一般会計及び普通会計の形式収支、実質収支、実質単年度収支のいずれにおいても歳入が歳出を上回っており、かつ地方債許可方針上は、同市は起債の許可につき将来の財政運営に及ぼす影響を考慮すべき赤字団体には該当していなかった(原告らは、別府市の平成七年度、同八年度の一般会計と特別会計の歳入歳出総計決算の合計が赤字であることから、収支均衡の原則を充たしていない旨主張するが、赤字団体かどうかの基準となる歳入又は歳出は、普通会計(一般会計のほか、独立採算制を原則とする公営企業等以外の特別会計について相互の重複額を控除した純計による会計区分)における歳入又は歳出によるものである(地財再建法二二条二項後段、二条二項)ことからすると、別府市は地方債許可方針にいう赤字団体ではなく、原告らの主張は失当である。)。

また、前記(一)(2)の②、③の事実によれば、別府市の経常収支比率は平成八年度において相当程度悪化しているが、それは同年度の特殊事情によるもので、平成九年度以降は次第に改善されるものと予想されており、その上、同市では相当額の臨時一般財源も活用して通常の行政サービスを確保しており、立命館アジア太平洋大学の開学による経済的波及効果により、更に経常収支比率の改善が見込まれる状況にあったものであり、経常一般財源比率も良好ではなかったが、類似団体と比較しても特に歳入構造が硬直化しているという程度までには至っていなかった。

一方、前記(一)(2)の④の事実によれば、公債比率は財政構造の健全性の観点からみて望ましいとされる一〇パーセントを常時上回り、公債費負担比率とともに平成八年度で急激に悪化しており、本件貸付金による公債費比率の上昇の見込みを考慮すると、後年度の財政運営の健全性、償還の確実性について若干の不安もないではない状況であった。

しかしながら、前記(一)(3)の②、③の事実によれば、平成八年度の本件貸付けに対応する別府市の過去三年間の起債制限比率の平均は、地方債許可方針により一般単独事業等に係る地方債の不許可の対象となる基準を大幅に下回っており、右貸付けの前々年度及び前年度決算における別府市の市税の現年課税分の徴収率も、地方債許可方針上一般事業債の額の制限の対象となる基準を上回っていたものである(右認定に反する原告らの主張は、滞納繰越分も含めた市税の徴収率を引用する誤りを犯しており(甲一二、一七の1)、採用することができない。

右認定した事情を総合考慮すれば、平成八年度の本件貸付けについて、「償還の見込みが確実であり、将来の財政運営に支障がないこと」を認めた被告県知事の判断には客観的合理性が認められ、貸付規則四条一号違反は認められない(なお原告らは、平成一〇年度以降の別府市の予算編成方針や損失補償の負担などを主張するが、これらは平成八年度の本件貸付後に発生した事実であり、右貸付けの要件の判断に当たり考慮されるべき事情ではない。)。

(2) 次に、運用要綱では、地域振興資金及び財政調整資金の充当率は、貸付対象基準額(貸付対象事業費から国庫補助金、県補助金、地方債その他特定財源を控除した額)のおおむね七〇パーセントとする旨定めており(同四条三項・五項)、前記のとおり平成八年度分の本件貸付けの振興資金の種類は財政調整資金とされたところ、右貸付対象の二八事業の充当率は、一〇〇パーセントが二事業、九〇パーセント台が二四事業、七〇パーセント台が一事業で、全体では91.7パーセントに上り(争いのない事実、甲三)、原告らは、本件貸付けが右運用要綱の充当率に反している旨主張する。

しかしながら、運用要綱四条五項ただし書は、財政調整資金の充当率につき前記の原則によりがたい場合は、予算の範囲内で別に定める旨規定しており、本件貸付けは同ただし書に基づいてなされたものである(弁論の全趣旨)ところ、前記認定の別府市の財政状況、立命館アジア太平洋大学進出に伴う別府市の財政負担の軽減の必要性のほか、前記(一)(6)認定の本件貸付けの貸付条件決定の理由などを併せ考慮すると、被告県知事が右ただし書に基づいて本件貸付けを行ったことが右運用要綱に反しているということはできない。

(3) さらに、原告らは、平成八年度の本件貸付けに係る別府市の借入申込み、貸付日が貸付規則・運用要綱所定の手続を無視している旨主張するが、右借入申込みは貸付規則七条の規定に従い、貸付期日の一四日前までにされており、また貸付日を原則として毎年三月一日とした運用要綱九条の規定は、振興資金の貸付事務の処理手続に関する事実上の基準を定めたにすぎないものであって、右原則と異なる期日に貸付けをしたからといって、直ちに運用要綱違反になるものではないし、ましてや、このことが根拠となって、本件貸付決定について裁量権の逸脱・濫用があったということはできない。

(三)  原告らは、本件貸付けについて、道路改良事業等はどの市町村にとっても必要不可欠であるし、私立大学を抱える市や私立大学誘致を希望する市町村も他にあるのに、別府市だけに特別に有利な条件の貸付けをして大学誘致を実現させることは平等原則に著しく違反し、裁量権を逸脱濫用したもので違法である旨主張する。

そして、平成八年度の本件貸付けの対象事業が、別府市のみならず他の市町村にとっても必要な普通建設事業等であること及び他の市町村にも私立大学が存するし、私立大学誘致を希望する市町村が他に存することは、原告ら主張のとおりである。

しかしながら、立命館アジア太平洋大学は、前記(一)(4)認定のような意義を有する大学として、同(5)認定のとおり、公私協力方式により新設される大学であって、請求原因2(一)のとおり、大分県も本件基本協定において同大学の設置に協力することを約束しており、本件貸付けは、前記1(二)、請求原因2(二)のとおり、同大学設置に伴う別府市の財政上の負担に対する支援措置を行うためになされたものであるし、また、前記(一)(4)の④認定のとおり、別府市が法律上国際観光温泉文化都市として位置付けられ、その建設のための都市計画事業への援助の要請が法律上明確化されていることからすると、前記(一)(6)のとおり、被告県知事が、平成八年度の本件貸付けにおいて、別府市の前記財政負担を軽減し、同市の通常の行政サービスの水準を確保する観点から、貸付規則二条二項に基づき、別府市に対し特別に有利な貸付条件を定めたことは、その政策的判断として合理的なものであり、これをもって別府市と他の市町村とを合理的理由なく差別しているとか、差別の態様、程度が社会的に許容し得る限度を超えているとかいうことはできず、したがって、本件貸付けにつき、被告県知事に裁量権の逸脱濫用があったということはできない。

したがって、原告らの平等原則違反の主張も理由がない。

四  結論

よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本件訴えのうち、B事件及びC事件に係る部分並びにA事件のうち被告県知事に対する訴えは不適法であるからこれらをいずれも却下し、A事件のうちその余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官一志泰滋 裁判官脇博人 裁判官大西達夫)

別紙支払計画及び資金手当<省略>

別紙(第二条関係)振興資金の種類、貸付対象事業及び貸付条件<省略>

別紙立命館アジア太平洋大学誘致に係る財政指数等一〇年間推計<省略>

別紙大分県市町村振興資金特別貸付償還年次表<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例