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和歌山地方裁判所田辺支部 昭和63年(ワ)11号 判決 1988年8月10日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 畑上雅彦

昭和六三年(ワ)第一一号事件被告 アメリカン・ホーム・アシュアランス・カンパニー (以下「被告アメリカン・ホーム」という。)

右代表者代表取締役 ジョセフ・アール・ウィードマン

日本における代表者 堺高基

昭和六三年(ワ)第一三号事件被告 日本火災海上保険株式会社 (以下「被告日本火災」という。)

右代表者代表取締役 品川正治

右被告両名訴訟代理人弁護士 池口勝麿

主文

一  被告アメリカン・ホームは原告に対し、金三五〇万円及びこれに対する昭和六三年二月六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告アメリカン・ホームに対するその余の請求及び被告日本火災に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告アメリカン・ホームとの間ではこれを二分し、その一を同被告の、その余を原告の負担とし、原告と被告日本火災との間では全部原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(第一一号事件)

1 被告アメリカン・ホームは原告に対し、金七〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

(第一三号事件)

1 被告日本火災は原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六三年二月六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(第一一号事件)

1 保険契約の成立

訴外亡甲野なつ子は、昭和六二年七月一〇日被告アメリカン・ホームが保険者として訴外株式会社ジェーシービーとの間で締結された普通傷害保険・団体保険契約に左記内容で加入し、被保険者となった。

(1)死亡保険金 七〇〇万円

(2)保険期間 昭和六二年八月一日から昭和六三年八月一日まで

(3)死亡保険金受取人 法定相続人

(4)保険金支払事由 被保険者が急激かつ偶然な外来の事故により死亡した場合

2 保険事故の発生

亡花子は、昭和六二年八月一日午後一〇時三〇分頃、被保険自動車の助手席に同女と原告間の二女亡なつ子を同乗させて、和歌山県田辺市湊一七六八番地先磯間湊浦漁港岸壁を走行中、右自動車を海中に転落させたため、同日午後一一時一〇分頃右なつ子を溺死させた(以下これを「本件事故」という。)。なお亡花子も右事故により死亡したが、両名の死亡時刻の前後は不明である。

3 相続関係

亡なつ子と亡花子は前記日時に同時に死亡したと推定されるので、相互に相続関係は生じない。したがって、原告が亡なつ子の唯一の相続人となる。

4 原告は、被告アメリカン・ホームに対し、亡なつ子の相続人として、前記保険の普通保険約款に基づく死亡保険金の支払を請求したところ、同被告は、右保険約款に定める免責事由(保険金を受け取るべき者の故意)に該当するとしてその支払を拒絶した。

5 よって、原告は被告アメリカン・ホームに対し、本件事故による死亡保険金七〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六三年二月六日から完済まで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(第一三号事件)

1 保険契約の成立

(一) 原告は、昭和六二年四月九日被告日本火災との間で左記内容の積立ファミリー交通傷害保険契約を締結した。

(1) 死亡保険金 五〇〇万円

(2) 保険期間 昭和六二年四月九日から昭和六七年四月九日午後四時まで

(3) 被保険者 原告と生計を共にする同居の親族

(4) 死亡保険金受取人 法定相続人

(5) 保険金支払事由 運行中の車両に搭乗している被保険者が急激かつ偶然な外来の事故により死亡した場合

(二) 訴外亡甲野花子は、昭和六二年二月一八日同被告との間で左記内容の自家用自動車保険契約を締結した。

(1) 被保険自動車 自家用軽四輪乗用車(和歌山五〇か七六六二)

(2) 保険期間 昭和六二年二月一八日から昭和六三年二月一八日午後四時まで

(3) 被保険者 被保険自動車の搭乗者

(4) 保険金額 搭乗者一名につき死亡保険金五〇〇万円

(5) 死亡保険金受取人 被保険者の相続人

(6) 保険金支払事由 被保険者(被保険自動車の正規の乗用車構造装置のある場合に搭乗中の者)が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により死亡した場合

2 保険事故の発生及び相続関係

第一一号事件請求原因2・3項と同じ

3 原告は、被告日本火災に対し、亡なつ子の相続人として、前記各保険の普通保険約款に基づく死亡保険金の支払を請求したところ、同被告は、前記(一)の保険につき昭和六三年二月九日内金二五〇万円を支払い、前記(二)の保険につき昭和六二年九月二六日内金二五〇万円を支払ったが、その余については各保険約款の免責事由(保険金を受け取るべき者の故意)に該当するとしてその支払を拒絶した。

4 よって、原告は被告日本火災に対し、前記(一)の保険契約につき、死亡保険金の残額二五〇万円とこれに対する本訴状送達の翌日である昭和六三年二月六日から、前記(二)の保険契約につき、死亡保険金の残金二五〇万円とこれに対する準備書面送達の翌日である昭和六三年四月一一日から、各完済までいずれも商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

《省略》

三  被告らの抗弁

(第一一号事件)

1 本件事故は、原告も主張するように、亡花子が亡なつ子を自動車に同乗させたまま海中に飛び込んで無理心中を敢行したものであるが、本件のように一一才の児童が被保険者である場合には、その親権者の故意による事故も「被保険者」の故意と同視すべきであり、前記保険約款三条一項一号にいう「被保険者の故意」により生じた事故ということができるから、被告アメリカン・ホームが保険金の支払を免れる場合に該当する。

この点、判例も、商法六四一条に関して、未成年者の法定代理人は未成年者と一体となって法律上の責務を果たすべき立場にあるものとして、その悪意は未成年者の悪意と同一の効果がある旨を判示(大審院昭和一八年六月九日判決)しており、ドイツの学説等でも、代表者責任理論として、被保険者と特殊な関係にある一定の第三者が事故を招致した場合については、被保険者自身の事故招致と同視して保険者を免責すべきことが有力に主張されているところである。そして、右にいう代表者とは、法人の機関や無能力者の法定代理人など被保険利益の管理者を指すのであって、本件の場合、被保険者亡なつ子の生命という被保険利益は自動車同乗中は母である亡花子の管理下にあり、その親権者が故意に被保険者を死亡させた以上、右代表者による事故招致として被告は免責される立場にある。

2 仮に親権者による事故招致が「被保険者の故意」に該当しないとしても、前記約款三条一項二号にいう「保険金を受け取るべき者の故意(但し、その者が死亡保険金の一部の受取人である場合には、他の者が受け取るべき金額についてはこの限りではない)」には該当するので、被告は法定相続人の一人である亡花子が受け取るべき保険金(本件の場合は二分の一)についての支払は免れることとなる。

(第一三号事件)

第一一号事件における抗弁と同じであるが、前記(一)の保険契約については約款一一条一項一・二号に、前記(二)の保険契約については約款二条一項一号、二項を根拠とするものである。

《以下事実省略》

理由

一  第一一号事件の請求原因1ないし4項の事実及び第一三号事件の請求原因1ないし3項の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁につき検討する。

1  《証拠省略》を総合すると、本件事故は、亡花子が亡なつ子を自動車に同乗させたまま故意に海中に飛び込むいわゆる無理心中を敢行したため発生したものと認められ、これに反する証拠はないから、亡花子が故意に亡なつ子を死亡させた事故ということができる。

2  ところで、前記各保険約款には、保険者の免責事由として、「保険金を受け取るべき者の故意による事故(但し、その者が死亡保険金の一部の受取人である場合には、他の者が受け取るべき金額についてはこの限りではない)」の場合が規定されている(第一一号事件の約款三条一項二号、第一三号事件の(一)の約款一一条一項二号、同(二)の約款二条二項)こと、一方、本件各保険契約においては保険金受取人はいずれも亡なつ子の「法定相続人」あるいは「相続人」とされていたが、本件事故において、亡花子と亡なつ子とが同時に死亡したものと推定される結果、両者間には相互に相続関係を生じず、そのため現実の保険金受取人はいずれも亡なつ子の唯一の相続人たる原告のみとなったことはいずれも当事者間に争いがない。

したがって、本件の争点は、右免責規定にいう「保険金を受け取るべき者」とは、保険事故発生後の現実の保険金受取人を指すのか、あるいは保険事故発生以前に保険金受取人として予定されていた者をも含むのか、の点にあるということができる。

3  一般に、保険者が契約保険金の支払を免れるべき事由の一つとして「保険金を受け取るべき者」の故意による保険事故発生の場合を規定しているのは、それが保険契約の射倖契約性に反するばかりか、契約当事者間の信義を著しく損なうからであり、これにより保険金目的で故意に保険事故を発生させる事態を防止しようとする趣旨にでたものであると解されるところである。

したがって、右免責規定にいう「保険金を受け取るべき者」とは、通常は保険給付の予定対象者として指定された保険契約上の「保険金受取人」を指すのであって、保険事故発生後の現実の受取人に限られないことはいうまでもないところである。

そして、一般に保険金受取人として「法定相続人」とのみ指定された場合には、推定相続人を指すものと解すべきであるから、本件各保険契約における保険金受取人は、本件事故発生以前には亡なつ子の両親たる原告及び亡花子の両名を指していたことは明らかである。

しかるに、本件事故においては、亡花子と亡なつ子とが同時に死亡したと推定される結果、亡なつ子死亡時には法定相続人は原告のみとなって当初予定されていた保険金受取人に変更が生じ、そのため前記免責事由にいう「保険金を受け取るべき者」と現実の「保険金受取人」とが相違することになったものであるが、同時死亡の推定が働く場面は限定されており、かかる偶然的な要素の有無によって免責事由の適否が左右される(仮に亡なつ子の死亡後にも亡花子がわずかでも生存していたとすれば、亡花子は一応亡なつ子死亡による保険金受取人にはなるものの、右免責規定の適用によって、原告のみが保険金二分の一の給付を受けることになるのに対し、原告の主張に従えば、同時死亡の場合には原告が全額の給付を受け得ることになる。)ことは適切ではなく、故意による保険事故防止の観点からも望ましいものではないというべきである。

してみると、本件事故は「保険金を受け取るべき者」の故意により生じたものというべきであるから、被告らの抗弁2項は理由があり、亡花子が受け取るべき保険金の限度で被告らはその支払を免れることができるものといわなければならない。

4  なお、被告らは、本件のように、未成年者が被保険者である場合には、その親権者の故意による事故も被保険者の故意と同視すべきであるとして、保険金全額の免責を主張するが、文理上からはかかる解釈が困難であることは明らかで、また実質的にみても、未成年者が親権者の運転する自動車に同乗中は未成年者の生命という被保険利益が親権者の管理下にあるといいきることも妥当ではなく、保険事故招致者が未成年者の親権者であるという身分関係のみで全面的な免責の効果を是認することも相当ではないから、被告らの抗弁1項は採用できない。

三  以上の次第で、本件事故により、被告らが保険者として支払うべき死亡保険金のうち各二分の一は、保険金を受け取るべき者の故意による事故としてその支払を拒絶することができるので、被告アメリカン・ホームは残る二分の一である金三五〇万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六三年二月六日から完済まで商法所定年六分の割合による遅延損害金を原告に支払う義務があるが、他方、被告日本火災においては、前記各保険契約に基づく死亡保険金のうち各二分の一をすでに原告に支払済みであることは原告の自認するところであるから、他に原告に保険金を支払うべき義務はないといわなければならない。

よって、原告の被告アメリカン・ホームに対する本訴請求は右の限度で理由があるのでこれを認容し、同被告に対するその余の請求及び被告日本火災に対する本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小原卓雄)

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