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和歌山地方裁判所 昭和63年(行ウ)5号 判決 1998年12月25日

和歌山県有田郡吉備町出一九二

原告

植田保

右訴訟代理人弁護士

由良登信

小野原聡史

上野正紀

和歌山県有田郡湯浅町湯浅二四三〇―七六

被告

湯浅税務署長 加用俊栄

右指定代理人

関述之

長田義博

山本弘

三田村義信

田村学

小坂雄二

福本光記

新名徹

宮田恭裕

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、昭和六二年二月六日付で、原告に対してした次の各処分を政消す。

1  昭和五八年分の所得税につき総所得金額を金四三七万七二五二円(内訳―事業所得金額四三七万七二五二円、分離長期譲渡所得金額二七二万五六二五円)とした更正処分のうち総所得金額につき金三八四万三〇一七円(内訳―事業所得金額三八四万三〇一七円、分離長期譲渡所得金額二七二万五六二五円)を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分。

2  昭和五九年分の所得税につき総所得金額を金五三九万六三五九円とした更正処分のうち総所得金額につき金三六七万九五六八円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分。

3  昭和六〇年分の所得税につき総所得金額を金三四三万四三八〇円とする更正処分のうち総所得金額につき金一九二万四三五八円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分。

第二事案の概要

本件は、蜜柑生産農家である原告が、被告から、青色申告の承認を取り消され、昭和五八年分から昭和六〇年分までの所得税確定申告が過少だとして更正処分等を受けたことに対し、右更正処分等の取消を求めた事案である。

一  前提事実(争いのない事実)

1  原告は、和歌山県有田郡吉備町で、蜜柑の生産等を行う農家であり、青色申告者であった。

2  原告は、昭和五八年分から昭和六〇年分までの所伸税について、別紙一「確定申告」欄記載のとおりの確定申告をしたが、被告は、事業所得金額を否認し、同別紙「更正処分」欄記載のとおりの更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分(以下、右各更正処分を「本件各更正処分」と、右各過少申告税の賦課決定処分を「本件各賦課処分」といい、これらをまとめて「本件各処分」という。)を行った。

3  原告は、本件各処分が違法であるとして、異議申立てや審査請求をしたが、被告及び国税不服審判所長は、同別紙の「異議決定」、「裁決」欄記載のとおり、これらをいずれも棄却し、原告の主張を認めなかった。

二  当事者の主張の要旨

(被告の主張の要旨)

1 本件各賦課処分の取消しを求める訴は、審査請求前直主義との関係で不適法である。

2(一) 原告の本件各係争年分の総所得金額は、別紙二のとおりであり、その金額の範囲内でなされた本件各処分は適法である。

(二) 事業所得の金額は、原告が税務調査に協力的でない等のため、その実額把握はできなかったので、推計課税を行わざるを得なった。すなわち、原告の出荷先の反面調査により把握した本件各係争年度の収入金額(別紙二<1>欄、別紙三)に、同業者の平均算出所得率(別紙二<2>欄)を乗じて特別経費控除前の算出所得金額(別紙二<3>欄)を算出した。

ところで、右平均算出所得率は、抽出した複数の同業者の収入から一般経費(必要経費から、建物減価償損、利子割引料、地代家賃、貸倒損失、税理士報酬、固定資産等の除去損の特別経費を除いたもの)を控除し、算出所得金額を出したうえ、収入金額と算出所得金額の比率を求め、これを平均化したものである(別紙四)。

そして、算出所得金額から、特別経費(別紙二の<4>ないし<5>欄、別紙五)の額、事業専従者控除(別紙二<7>欄)を差し引いて事業所得の金額(別紙二<8>欄)を算出した。

(原告の主張の要旨)

1 被告の主張要旨1について

本件各賦課処分は、本件各更正処分で算出された税額に五パーセントを乗じることにより自動的に決まるものであり、本件各更正処分が取消されれば、本件各賦課処分も課税根拠を失い当然取消されることになる。したがって、原告が行った本件各更正処分に対する異議には、本件各賦課処分に対する異議を当然内包しているのであって、被告の主張は失当である。

2 被告の主張要旨2について

(一) 本件各処分は、推計課税の必要性も、合理性もなく行われ、しかも本件各処分に際し行った税務調査(以下「本件税務調査」という。)も違法であるから、本件各処分は取り消されるべきである。

(二) 原告の本件各係争年分の事業所得の実額は、別紙六のとおりである。

したがって、本件各処分は、原告の事業所得金額の認定を誤った違法があり、取り消されるべきである。

三  争点

1  本件各賦課処分の取消しを求める訴の適法性(争点一)。

2  推計課税の必要性、本件税務調査の違法性(争点二)。

3  推計課税の合理性。

(一) 推計過程(推計方法)の合理性(争点三)。

(二) 推計された所得金額の合理性(原告によるいわゆる実額反証が成功しているか。)(争点四)。

4  特別経費の額(争点五)。

四  争点二(推計課税の必要性、本件税務調査の違法性)についての当事者の主張

(被告の主張)

被告が、本件各更正処分に至った経緯は、以下のとおりである。これによれば、推計の必要性が存するし、被告部下職員が行った本件税務調査に何ら違法な点は存しない。

1(一) 被告部下職員は、本件各係争年分の所得調査のため、昭和六一年一一月一七日から昭和六二年一月二七日までの間、合計一八回にわたって原告方に赴いた。このうち、昭和六一年一一月一七日から一九日までの三日間は、原告本人と面談して、帳簿書類の呈示等、調査への協力を求めた。これら以外の日で、家族しかいないときには、右家族と面談して、調査に協力するよう依頼した。さらに、右家族も不在の場合には、職員への連絡を依頼したメモを差し置くなどして、調査協力の要請をした。

(二) ところが、原告は、被告職員に対して、具体的な調査理由の開示を求めるとともに、右理由の開示がなければ帳簿書類は提示できない旨述べて、調査に全く協力しようとはせず、確定申告書記載の所得金額の正確性を確認し得る資料も一切提示しなかった。また、被告職員が、調査日時の調整のため、電話連絡をするよう繰り返し依頼したのに、これも無視した。

(三) そこで、被告は、やむを得ず青色申告の承認を取消し、反面調査により把握し得た収入金額を基礎に、推計に基づき本件各処分を行った。

2 右のとおり、被告は、本件各処分を行うまで、原告及びその家族に、再三にわたり、調査協力を依頼していた。しかし、原告の調査協力が得られなかったことから、本件各係争年分の所得金額を実額で把握することができなかったものであり、原告に対して推計課税をせざるを得ない必要性があったことが明らかである。

3 本件調査には以下に述べるとおり何等違法な点は認められない。

(一) 所得税法は、調査の必要がある場合、税務職員が質問検査権を行使することを認めている。この「調査の必要」とは、当該調査目的、調査すべき事項、申告の体裁・内容、帳簿等の記帳・保存状況、相手方の事業形態等、諸般の具体的事情に照らして客観的な必要性がある場合をいい、過少申告の疑いがある場合だけではなく、申告の真実性・正確性を確認する必要のある場合を含むものである。本件調査は、原告の確定申告の所得金額が正しいかどうかを確認することを目的として行われた。したがって、本件調査の客観的必要性があったことは明らかである。

(二) 質問検査権の行使に関する法に定めのない実施の細目は、社会通念上相当な限度に止まる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられている。したがって、<1>調査日時を事前に通知するか否か、<2>調査理由を告知するかどうかといった点は、税務職員の合理的裁量に委ねられており、これらの点は、調査手法の問題であり、違法の問題を生じる余地はない。

(三) さらに、反面調査の時期・範囲・程度等についても、調査を行う税務職員の合理的裁量に委ねられている。したがって、納税者の事前承諾がある場合や、納税者自身への調査が不可能な場合だけに反面調査が許されると解すべき根拠はない。本件で、反面調査をしたのは、前述のとおり、原告から確定申告に関わる帳簿書類の提示を受けられないなど、調査協力が得られなかったことにある。このような場合にも、納税者の事前の承諾なしに反面調査ができないとか、納税者本人に対する事前の調査を更に尽くさないと反面調査ができないというものであれば租税による歳入の確保、租税負担の公平の要請の実現が不可能となることが明らかである。

4 仮に、本件調査手続に違法な点があったとしても、調査の違法は、課税処分の効力に何等影響を与えるものではない。なぜなら、所得税法が定める調査手続は、課税庁が課税要件の内容をなす具体的事実のぞん存否を調査するための手続にすぎず、右調査手続自体が課税要件となる訳ではないからである。更正処分等の取消訴訟は、客観的な所得の存否を争う訴訟であるから、違法な調査手続によって収集された資料に基づき右更正処分等がなされたとしても、それが客観的な所得金額に合致している以上、課税処分の効力を左右するものではない。もっとも、調査手続の違法の過度が刑罰法規に触れたり、公序良俗に反するような場合には、収集された資料を課税処分の資料として用いることができず、課税処分が違法として取消されることもあり得る。しかし、本件調査には、刑罰法規に触れたり、公序良俗に反する等の違法のないことが明らかである。

(原告の主張)

1 本件税務調査の実際

(一) 被告部下職員は、原告が蜜柑の収穫に追われる多忙期に、事前の連絡もなく、突然、調査にやってきた。そして、原告の収穫期を外して欲しい旨の要望や、調査理由の開示要求を無視して、身分証肌書を振りかざし、居丈高に調査協力を迫った。

(二) さらに、「調査には一〇日程度かかるから、そのつもりでいてくれ。」などと業務妨害になる調査を行うことを示唆して脅すとともに、たびたび原告方を訪れて、留守番をしている原告の孫(小学一年生と三年生の女児)に執拗に問いかけ、同女達を畏怖させる等の行為に及んだ。

2 本件税務調査の実態は右のとおりであり、被告部下職員が、誠実に調査を行う意思さえあれば、事前に資料を検討して、調査対象者の質問に丁寧に答えて、繁忙期をずらせるなど、調査対象者の理解を求めて調査をすすめるのが当然である。ところが、被告部下職員は、納税者を見下ろし、納税者をすべて脱税者扱いするものである。法は、納税者に対して、このような扱いをすることを許容しておらず違法である。

さらに、原告は、理由の明示があり、繁忙期さえ外せば、帳簿の提出などをして調査に応じる意思を明らかにしていた。ところが、被告職員は、調査を拒否するものと一方的に判断して、推計課税に及んだ。したがって、本件は、被告課税庁が、所得実額を把握し得ない場合には当たらず、推計の必要性のなかったことが明らかである。

3 本件税務調査は、有田民主商工会(以下「有田民商」という。)を弾圧するため、会員である原告及びその家族を威迫するとともに、当初から、推計課税によることを予定して、その口実を作ることを目的として行われた形式的なものに過ぎず、このような調査が推計課税の必要性を根拠付けることにはならない。

五  争点三(推計過程の合理性)についての当事者の主張

(被告の主張)

被告は、被告の主張の要旨で述べたとおり、特別経判控除前の事業所得金額を算出するに当たり、実際の収入金額に平均算出所得率を乗じるという推計の方法によったが、その推計過程に合理性があることは次のとおりである。

1 収入金額

被告が、金融機関等に対する反面調査から把握し得た本件各係争年分の収入の内訳は、別紙三に記載したとおりであり、少なくとも右金額の収入があったことが明らかである。

2 平均算出所得率

(一) 推計の基礎となるべき同業者の選定

被告は、同業者の選定に当り、大阪国税局長が発した一般通達に基づき、被告に対し、所得税の確定申告書を提出している農業を営む個人(主として蜜柑を生産する者に限る。)のうち、次の六項目全てを満たす者を抽出した。

(1) 青色申告者であること。

(2) 共同選果場(共選)を通じて出荷しているものであること。

(3) 蜜柑(雑柑を含む)販売に係る収入金額が、昭和五八年分は、三三〇万円以上一〇一〇万円未満、同五九年分は六一〇万円以上一八五〇万円未満、昭和六〇年分は、五五〇万円以上一六八〇万円末満であること(被告が把握し得た原告の本件各係争年分の収入金額をもとに上限を約一・五倍、下限を約〇・五倍とした。)(右収入金額は市場手数料を控除した金額である。)。

(4) 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

(5) 他の業種目を兼業していないこと。

(6) 対象年分の所得税について、不服申立てまたは訴訟が係属していないこと。

(二) 以上の基準で抽出された同業者は、各年度について五名ないし八名であり、その収入金額・算出所得金額・算出所得率は別紙四の各該当欄に記載されたとおりである。

(三) 右同業者は、原告と業種・業態・事業場所・事業規模に類似性が認められ、帳簿書類も整い申告の正確性が担保された青色申告者であるから、算出された数字は正確なものである。しかも、その抽出は、大阪国税局長の通達に基づき機械的に行われており、その過程に被告の恣意が入り込む余地はない。

したがって、被告が原告の事業所得を算出するに当って用いた推計は、合理性を有するものである。

(四) 原告は、被告が採用した推計方法は、耕作地の立地条件や、植付品種・樹齢等から収入や経費率に大きな差を生じる農業の特性を無視しており、合理的でない旨主張する。しかし、右主張は、以下の通り理由がない。

(1) 同業者比率による推計は、対象納税者と類似性のある同業者を選定して、その平均値に基づき対象納税者の所得金額等を推計しようとするものであり、その資料となるべき業者それぞれに、事業内容や業態の差があることを当然の前提としている。

(2) しかし、これらを平均化することによって、同業者間に通常存在する個別・具体的な事情は捨象されて、客観性・普遍性を持つことになる。

(3) 原告が、推計の合理性を覆そうとする場合、原告において、右平均値に吸収しきれない、劣悪な特殊条件の存在を立証する必要があるが、原告は、右特殊条件を立証していない。したがって、被告が行った推計の合理性に疑問を生じる余地はない。

(原告の主張)

1 推計課税は、所得の実額を把握する直接資料がない場合、やむを得ず、間接資料から、所得を推計しようとするものである。したがって、推計の方法は、実際の所得に最も近似した数値を算出し得る合理的なものであることが必要である。

2 ところが、被告の作成した同業者比率表は、比較対象農家がわずか五ないし八軒に過ぎず、所得率も三一・七〇パーセントから六八・〇一パーセントと二倍以上の開きがあり、統計的にほとんど意味をなさないものである。

3 被告は、右内容につき何ら吟味もせず、単純に平均値をとって、推計課税を行っているので、有数値には、当然、合理性が認められない。

4 特に、蜜柑農家では、木の種類や年数、立地条件、設備等によって、収量や、品質に大きな影響を及ぼすことが顕著だから、これらの点を考慮しない同業者比率表は合理性を有さない。

5 また、原告が有する耕作地は、大別して四グループに別れ、右グループ間でも、狭い耕作地が散在しているため、条件的に著しく不利で、非効率的であるため、原告の経費率は高く、算出所得率は低い。したがって、原告に対して、前記同業者比率を適用することは、著しく、不合理である。

6 争点四(原告の実額反証)について

(原告の主張)

原告の本件各係争年分の事業所得の実額は、別紙六に記載したとおり昭和五八年分が、一八〇万七二六一円の赤字となり、昭和五九年、昭和六〇年分については、それぞれ二五七万八五三二円、一一九万〇一五三円である。その算出根拠は次のとおりである。

1 収入について

別紙六の売上金額欄に記載したとおり、昭和五八年分が、六六八万九二六一円、昭和五九年分が、一二七一万三〇七八円、昭和六〇年分が一〇八一万八八六四円である。

右各金額は、通帳への入金などから把握したものである。

2 経費について

別紙六の必要経費欄に各記載のとおり、昭和五八年分が、八四九万六五二二円、昭和五九年分が、九二三五四万四六円、昭和六〇年分が、八七二万八七一一円である。

これらの中には一部裏付け資料のないものがあるが、いずれも実際に支出されたものである。そして、右経費のうち減価償却費以外の項目とその内訳は、別紙七の1ないし27頁の各科目毎の「原告主張額」欄に記激されたとおりであり、減価償却費については、別紙八の各年分毎に記載されたとおりである。

(被告の主張)

1(一) 所得税法は、所定の要件を具備する場合、所得を推計して、右推計に基づく所得を基準に課税することを許容している。したがって、推計に基づく課税も、法が認める一つの課税方法である。

(二) そうすると、実額が本来の優位性をもって推計の適法性を覆すためには、右実額の主張・立証が、完全なものであることが不可欠となる。

(三) ところで、所得税法は、「事業所得金額」とは、総収入金額から「必要経費」を控除した金額だと定義する一方、「必要経費」については、総収入金額を得るために、直接要した費用、及び、販売費・一般管理費、その他、右収入を生ずるのに要した費用だと定義している。

(四) 右所得税法の定義によれば、原告が所得金額を実額で立証しようとする場合、<1>売上金額が売上のすべてを含んだ総収入金額であること、<2>経費が、右総収入金額を得るため、直接要した費用(直接費用)、あるいは、業務遂行上、通常必要な支出であること(間接費用)、以上二点についての立証が尽くされない限り、所得金額を実額で算定することは許されない。

(五) したがって、原告が、実額反証によって、被告がなした本件各処分に関する所得金額の推計を覆そうとする場合、総収入金額を主張・立証した上で、それぞれの経費について、直接費用については、収入金額との個別対応の事実を、間接費用については、期間対応の事実をそれぞれ立証することが必要となる。

(六) 要するに、原告が実額反証を行おうとする場合、売上金額及び必要経費を断片的な取引資料や領収書等で主張するだけでは足りず、すべての取引事実を記載した帳簿書類及びその裏付けとなるべき原始記録をすべて提出して、その主張する実額が真実の所得金額に合致することを合理的疑いを入れない程度に立証しなければならない。

2 原告の実額主張の問題点

(一) 収入についての問題点

原告の主張金額は、被告が反面調査により把握した金額を追認したものに過ぎない。しかし、右反面調査によって把握できるのは、振込及び手形・小切手により金融機関の口座に入金されたものに限られているうえ、次の諸点や、原告の主張は、適正な記帳及び資料に裏付けられたものではない点に照らせば、原告の主張には売上金額の漏れが存在する蓋然性が極めて高く、原告の売上金額の証明は不十分である。

(1) 原告は、本件各係争年分の売上金額の把握について、有田川農協田殿支所の当座性貯金(貸越)補助元帳(甲六六号証)、原告名義の総合口座(甲六七ないし六九号証)を根拠としているようである。しかし、昭和五八、五九年分については、収入金額の根拠となる証拠のないものがあり、売上一覧表作成の根拠が必ずしも明確ではない。

(2) 原告の植田富子名義の口座や原告名義の総合口座には、内容不明の入金が認められるが、原告はこれらについて、全く計上していない。

(3) また、売上に含められるべき、労賃(撰果作業による原告の受取手数料)について、売上一覧表には計上がない。

(4) 蜜柑農家には、相当量の自家消費分があるのが通常であり、現に、原告は、確定申告時には、自家消背分として五万円を計上していた。そして、少なくとも、昭和五八年分について、自家消費が生じていたことを自認している。ところが、自家消費分が全く計上されていない。

(二) 必要経費についての問題点

原告は、本件各係争年分の必要経費を各項目毎に主張している。しかし、右主張には、別紙七で各科目毎に「問題点等」の欄で指摘した問題がある(使途が明らかでなく事業上の経費かどうか不明なもの。明らかに家事費であるものなどが含まれている)ほか、次の問題点があり、必要経費の実額が立証できているとは到底いえない。

(1) 原告は、必要経費のうち書証のないものを原告の供述で立証しようとするようである。しかし、原告は、右供述において、推測で金額を計上したことや、計上金額には概算的要素のあることを認めており、原告の供述で方立証ができているとは考えられない。

(2) 原告は、昭和六〇年分の材料費及び人件費の支払いに関する書証として、領収書(甲二九号証の11、三三号証の3、七一号証の3)を提出し、「これら領収書に記載された日時ごろ、これらの領収書を受け取っていた。」旨供述する。しかし、これらに貼付されている収入印紙は、右日時ごろには、まだ発行されていなかったものである。右事実に照らせば、原告の供述及び経費主張そのものに重大な疑問を抱かざるを得ない。

(3) 減価償却費を算定するには、当該資産の取得年月日・取得価額が明らかであることが必要である。しかし、原告は、蜜柑樹その他の減価償却対象物について、取得年月日・取得価額を立証していない。

(被告の主張に対する原告の反論)

1 課税標準である所得の立証責任は、あくまで、被告課税庁が負うべきである。したがって、原告に収入・経度の実額立証を要求することなど許されない。

2 納税者側に、収入及び経費の実額の立証責任を認めるかの判決例が存在する。しかし、右判決例は、挙証責任を転換したものだと解すべきではなく、せいぜい、立証の必要を納税者と課税庁で公平に分担するよう配慮したものだと理解すべきである。これらの判決例は、不誠主な納税者であるとの予断のもと、課税庁の立証を容易に認め、納税者の立証を認めなかった不当なものである。そして、少なくとも、納税者が税務調査の際に非協力的な態度を取ったことが前提となっている。ところが、原告には、前記のとおり、不誠実な態度はとっていない。

3 そうすると、仮に、右判決例を前提にしても、原告に収入及び経費の実額まで立証させることは許されない。

第三当裁判所の判断

当裁判所は、原告の本件各係争年分の事業所得金額の算出について、その推計の必要性・合理性が認められ、原告の実額立証もできていないので、被告の所得捕捉に違法はなく、その算出された本件各係争年分の総所得金額は、本件各処分の総所得金額を超えており、本件各処分は適法であると判断する。その理由は、次のとおりである。

一  争点一(本件各賦課処分の取消しを求める訴の適法性)について

1  甲三号証の1ないし3によれば、原告が被告に対し、明示的に異議申立てをしているのは、本件各更正処分だけであり本件各賦課処分に対しては明示的に異議申立てをしていないことが認められる。

2  ところで、国税通則法一一五条一項本文は、異議申立てできる処分については異議申立てに対する決定を、審査請求できる処分については、審査請求に対する裁決を経なければ取消訴訟を提起できない旨定めている。

3  しかし、加算税は、納付すべき本税の全部もしくは一部に対し、一定の割合を乗じて賦課徴収されるものであり、前提となるべき本税の処分が取消された場合には、自動的に課税根拠を失い、納税義務が消滅する運命にある。

4  両者の間に、このような関係が認められる以上、原告が基本となるべき本件各更正処分に不服申立てを行った意思の中には、加算税の賦課決定処分(本件各賦課処分)に対する黙示の不服申立も含まれていると考えられる。

5  したがって、本件各賦課処分に関する取消訴訟が不服申立て前置の要件を欠いて、許されない旨の被告の主張には理由がない。

二  争点二(推計課税の必要性)について

1  証人白山忠男(以下、「白山」という。)の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、被告が、本件各処分を行うに至った経緯として、以下の事実が認められる。

(一) 告部下職員井上は、昭和六二年一一月一七日午前一一時半ごろ、原告方を訪ね、原告に対し、「所得金額が正しいかどうか確認するため、帳簿を見せて欲しい。」旨依頼した。しかし、原告は、「帳簿は記帳していない。領収書等の原始記録は一部しか保存していない。保存している書類は民商に預けている。」旨答えて帳簿類の提示をしなかった。そこで、井上は、原告に対し、「翌日、同時刻ごろに、再度、お邪魔するので帳簿類を準備しておいて欲しい。」旨依頼して、原告方を去った。

(二) 翌日、井上は、白山を伴って、再度、原告方を訪ねた。ところが、原告方には、有田民商会長らが待機していた。井上は、原告に対し、「所得金額を確認するため調査に赴いた。第三者を退席させて、帳簿額を提示して欲しい。」旨衣頬した。しかし、原告は、第三者の退席を拒むとともに、「調査理由が分からないうちは、帳簿書類は兄せられない。」旨答えた。井上は、原告に対し、「調査理由は、昭和五八年分から昭和六〇年分までの申告所得金額の確認である。」旨説明するとともに、帳簿類の提示を促した。しかし、原告には帳簿類を提示する様子がみられなかったため、「帳簿類の提示がない以上、取引先等の調査を進めざるを得ない。」旨伝えた。右井上の言葉に、立ち会っていた者の中から、「本人の承諾なしにできるんか」などという強い口調の抗議の声が起こった。

(三) 井上は、その後、反面調査を実施するともに、同年一一月下旬ごろまでの間に、原告方へ二―三度赴き、調査過程を説明して、帳簿類を提示するよう求めた。しかし、原告の・協力は得られなかった。井上は、同月下旬ごろ、湯浅税務署の兼任辞令を解かれて、大阪国税局に戻った。そこで、白山が、井上から原告の件を引き継ぐことになった。白山は、その際、井上から「申告の際の収入と反面調査等で把握した収入に大差が認められる。昭和五八年分まで、青色申告がなされ、帳簿があるはずだから、必要経費は帳簿を確認して欲しい。」旨の引き継ぎを受けた。

(四) 白山は、同月二八日以降、翌年一月二七日ごろまでの間、一〇数回にわたって、原告方を訪ねた。しかし、白山が、原告あるいは原告の娘婿らと面談できたのは、うち、五回程度にすぎず、その際、原告らは、「早く帰れ。」、「なぜ、うちだけ調べるんや。」、「申告はもう確定している。」などと敵対する姿勢を見せるのみで、調査に協力しようとはしなかった。白山は、原告らが不在の際、メモを入れて連絡の依頼や帳簿書類の提示を求めたが、原告からの連絡は全くなかった。そこで、被告は、昭和六二年二月六日、青色申告の承認を取り消すとともに、反面調査等をしたうえ、推計に基づき本件各処分を行った。

2(一)  ところで、税務調査の権限は、申告納税制度の下では、ともすれば過少申告等の不正行為が行われがちであるが、このような事態を放置すれば、租税負担の公平が損なわれ、国家財政を危うくすることにもなりかねないため、納税者が行った申告内容に虚偽がないかを検討して、真実の所得額を把握するために認められたものだと解される。

(二)  しかし、税務調査は、納税者その他の私的権利を侵害しかねないから、右調査権限を行使できるのは、所得調査の「客観的必要性」が認められる場合に限られ、その具体的手段・方法等については、右必要性と納税者の私的利益とを比較衡量したうえ、相当な範囲で行われることが必要である(比例原則)。

(三)  原告は、前記のとおり青色申告を行いながら、不当に帳簿書類の提示を拒んでいる。また、昭和六〇年分の確定申告(甲一号証の3)の内容も、農業関係収入が一〇〇〇万円を超えていながら、課税所得金額は〇という、異常とも思えるものである。したがって、被告において、申告の適否及び申告金額の正確性を確認するため調査を行うのは当然である。そうすると、本件で、税務調査の「客観的必要性」が認められる。

(四)  原告が指摘する事前通知と理由開示等の問題は、法律上、税務調査の要件とはなっていない。したがって、税務調査の必要性と右事前通知等を行わないことによって侵害される利益を比較衡量して、その要否が決められるべきである。

ところで、本件調査理由が、申告の適否並びに申告金額の正確性の確認にあることは、特に理由開示を待つまでもなく明らかである。原告は、昭和五八年分の申告について、帳簿等を提示すべき義務を負っているから、特に理由を告知する必要はない。その余の年度の申告は、白色申告であり、申告金額の正しさに客観的葉付けがないから、調査の目的が、所得の算出過程全般に及ぶことは説明を待つまでもなく明らかである。

また、事前通知の点も、当初こそ、抜打ちで調査を行っているものの、その後は、期日を告示したり、メモで連絡を請う(乙九号証の1ないし5)等しており、これによって、原告らの利益が侵害されたなどとは考え難い。

最後に、反面調査の問題についでも、前記のよつに、納税者が帳簿書類の提出を拒む等している場合、中告の正確性を確認するため、反面調査を行う必要性が認められ、これを制限していたのでは税務調査の目的は達せられない。

3  右1、2において認定判断したとおり、被告部下職員らが、税務調査の際に、再三にわたって調査に協力するよう説得したが、納税義務者である原告側の協力が得られず、所得実額の把握に必要な帳簿書類等の資料の入手ができなかったものであり、しかもその税務調査の客観的必要性が存するうえ、その手段・方法においても、原告の利益を過度に侵害する等、不合理と認めるべき点は存しないのであって、本件にあっては推計の必要性を肯認することができる。

4  そこで、右推計の必要性についての判断を覆すに足りる事情ないし証拠の有無につき検討する。

(一) 原告本人の供述中、「調査理由を知らせてくれて、農閑期まで待ってくれれば、資料を提示するつもりでいた。ところが、井上らが、いきなり権力を振りかざして、居丈高な態度に出る等したので、調査に協力しなかった。」旨の供述部分が存在する。しかし、原告は、当時、青色申告の承認を受け、少なくとも、昭和五八年分については、青色申告を行っていたのだから、裏付けとなるべき帳簿書類を備え付けて、税務職員が申告内容を確認できる状況にすべき義務を負っていた。また、多忙を理由にするのであれば、後日の具体的な日時を打ち合せることも可能であるし、その後何回となく原告方に被告部下職員が赴いているところ、その日のすべてが原告が多忙であったとは考えられないところである。また、井上らが、いきなり権力を振りかざして威圧的態度を取ったという点についても、原告らは税務調査には納税者の承諾が必要との立場を取っていたから、税務調査のやり方をめぐり、双方が口論となって、多少過激な言葉が発せられることは考えられないではない。しかし、原告が述べるように、被告職員が、一方的に、右のような言動に及んだというのはいかにも不自然である。

したがって、原告本人の右供述部分は採用できず、これをもって、前記推計の必要性についての判断を覆すことはできない。

(二) 弁論の全趣旨によれば、その当時、原告ら有田民商関係者に対する税務調査が集中的に行われた事実が認められる。しかし、少なくとも原告については先に述べたとおり税務調査の客観的必要性が認められることと照らし併せれば、右の集中的な税務調査の事実から直ちに本件税務調査は有田民商関係者への政治的弾圧を意図してなされたと確認するのは難しいし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(三)1 その他、前記3の推計の必要性についての判断を覆すに足りる事実関係を認めるに足りる証拠はない。

三  争点三(推計過程の合理性)について

1  収入金額について

乙三ないし八号証(いずれも枝番を含む。)によれば、原告が、田殿共撰組合から、蜜柑の売上あるいは労賃として別紙三記載の内訳通りの収入を得ていたことが認められる(原告が自認している収入金額も、別紙六記載のとおり、昭和五八年分が六六八万九二六一円、同五九年分が、一二七一万三〇七八円、昭和六〇年分が、一〇八一万八八六四円にのぼっている。これに原告の主張には含まれていない(原告第八準備書面参照。)自家消費分、労賃が加えられるべきだから、原告の収入が、別紙三の合計金額欄の金額を下回ることなど考えられない。)。

2  平均算出所得率について

乙一、二号証及び証人橋本稔の証言によれば、平均算出所得率は、次の方法で算出されたことが認められる。

(一) 大阪国税局長は、原告の事業所得を推計する上で必要となる同業者を抽出するため、昭和六三年一二月八日付けで、被告に対し、所得税の確定申告書を提出している農業を営む個人(主として蜜柑を生産する者に限る。)のうち、次の全ての項目を満たす者の「収入金額」、「一般経費」(必要経費のうち、特別経贅である建物減価償却費・利子割引料・地代家賃・貸倒金・税理士報酬・固定資産等の除去損を除いたもの。)、そして、「収入金額」から「一般経費」を控除して算出した「算出所得金額」を調査して、報告するよう求めた。

(1) 青色申告者であること。

(2) 共同選果場(共選)を通じて出荷している者であること。

(3) 蜜柑(雑柑を含む。)販売による収入金額が原告の本件各係争年分のほぼ〇・五倍から一・五倍までに当たる昭和五八年分は三三〇万円以上一〇一〇万円未満、同五九年分は六一〇万円以上一八五〇万円未満、昭和六〇年分は五五〇万円以上一六八〇万円未満であること。ただし、右収入金額は市場手数料及び出荷経費を控除した金額とする。

(4) 年間を通して事業を継続して営んでいること。

(5) 他の業種目を兼業していないこと。

(6) 対象年分の所得税について、不服申立てまたは訴訟が係属していないこと。

(二) 被告は、右通達に基づき、本件各係争年において右基準に該当する同業者五ないし八名について、右各項日を調査し、別紙四と同旨の同業者調査表(乙二号証)を作成・提出した。

(三) 右調査結果によれば、同業者各人の「収入金額」・「算出所得金額」・「算出所得率」は、別紙四のAないしHの該当欄に記載したとおりとなる。

3(一)  算出所得率算定のために、被告が前記基準に基づき選定した同業者は、いずれも被告の管轄区域内の者であり、蜜柑栽培の条件等は原告とほぼ類似しているものと考えられる。しかも、同業者の選定に当たり、専業の蜜柑農家で、しかも、雑柑を含む蜜川の販売高が原告のほぼ〇・五倍から一・五倍までと、原告の販売高に近似した者を、選定しているので、原告と規模的に近似した者が比較的多く選択されている。そして、選択の基準が、このように明確で、客観的なものであるため、右選択に当たって、恣意が入らず、しかも、選択の対象とされた者は、いずれも帳簿類が整備された青色申告者で、税額等についても争いがないから、その数値も正確なものである。加えて、選択された原告類似の蜜柑農家の算出所得率を平均しているので、個別特殊な条件は捨象されている。したがって、このようにして算出された平均算出所得率は、農業という特殊分野で推計を行う場合、被告において、採用可能な推計方法の中で最も合理的なものだと考えられる。

(二)  原告は、争点三についての原告の主張で記載したとおりの主張をして、推計の合理性を争っている。

しかし、推計課税とは、納税者の協力が得られず、所得実額を把握できない場合、課税を見送れば、租税負担公平の原則等に反して、国家財政を危うくすることにもなりかねないので、社会通念上合理的と考えられる方法で、実額に近い所得金額を算出して、これを基に課税することを法が許容したものである。したがって、推計により算出された所得が、必ずしも真実の所得とは合致しないことを前提に、可能な範囲で真実の所得に近似した所得を仙促しようとするものである。その性格上、通常範囲での個別的事情は捨象せざるを得ない。そして、このように解しても、収入が捕捉可能な範囲に限定されていることや、納税者は、自己固有の特殊事情を主張・立証し、あるいは、日頃から帳簿類を整備することによって、実額を立証することもできるので、酷だとはいえない。

確かに、原告の耕作地は、大きく四カ所にわかれ、平地の畑が比較的少なく、山の斜面の畑が多いという事情が認められる(甲・一〇号証の1、2、検甲一ないし一六、二一、二三ないし二五号証)。しかし、右事情は、有田郡の地形的特徴(乙一二号証の1、2)に由来するもので、有田周辺では、必ずしも珍しいものではないと考えられる。仮に、他の農家に比べて、右農地の点在の程度が激しい等の事情が認められるにしても、推計課税が許される前記趣旨等に照らすと、合理性が排除される特殊事情は極めて個別的特殊なものに限られるべきだと解されるから、右程度では、合理性に疑いは生じない。

また、原告は、選定された農家の数の少なさ、所得率のばらつきを問題にしている。しかし、前記選定基準に従い、栽培条件・規模とも可能な限り、原告と近似した者達が選定されており、その数も最低でも五件にのぼっているので、必ずしも、その数は少ないとはいえない。そして、所得率のばらつきは、この種調査においては避け難いものであり、そのために平均化されるのである。したがって、原告の指摘する点をもって、本件推計の合理性に疑いが生じるとはいえない。

さらに、原告は、同業者の栽培条件を具体的に明らかにするよう要求し、これらが明らかにならない限り、推計方法が合理的なものか明らかではないと主張している。しかし、選定された同業者が原告の近隣者である点等を考慮すれば、これらを明らかにすることは右同業者の特定にもつながり、そのプライバシーを侵害することにもなりかねない。他方、推計については、前記のとおり必要性・合理性等が要求されているし、原告は、実額を立証することによって、実額による課税を受けることも可能だから、右弊害を無視してこれらを明らかにすべきだとは考えられない。

4  右のとおりであり、原告の本件各係争年分の特別経費控除前の事業所得金額につき、別紙二のとおり、その収入金額(<1>欄)に平均算出所得率(<2>欄)を乗じて、算出所得金額(<3>欄)を算出した推計過程に十分な合理性を認めることができる。

四  争点四(原告の実額反証)について

1  原告は、収入・経費の実額を主張して、前記推計の結果が真実の所得金額を上回る旨争点四に関する原告の主張に記載したとおりの主張をする。

推計による課税は、直接資料による所得実額の捕捉が不可能な場合に、間接事実から所得を捕捉することを法が許容したものである。推計による課税が、このように補充的かつ代替的なものである以上、推計の必要性、合理性が存して推計による課税が行われても、納税者が所得の実額を主張・立証する場合には、右推計による課税を免れることができるものと解される。しかし、法が認める課税を覆して、自己に有利な所得実額に基づく課税を受けようとする以上、納税者において、右所得実額についての主張・立証責任を負うのは当然であり、原告は、収入及び経費双方の実額並びに収入と経費の対応についても立証しなければならない。したがって、このような場合にも、課税庁である被告に所得の立証責任があり、納税者である原告は反証で足りるとすることはできない。

そこで、以下、原告が、収入・経費双方についての立証を遂げているかを検討する。

2  収入について

(一) 原告は、蜜柑の販売先は、田殿共撰に限られるとして、有田川農協田殿支所の当座性貯金(貸越)補助元帳(甲六六号証)、原告名義の総合口座(甲六七ないし六九号証)等から売上を把握(原告第八準備書面)し、原告の各年分の売上が別紙六の各年分の売上金額欄の金額に止まる旨主張する。右金額は、昭和五九年分では、被告が反面調査で把握した金額を上回る等しているものの、売上の全てを網羅する帳簿等が存在しない以上、これらが原告の売上の全てであり、右田殿共撰以外に販売先がなかったとも言えない。

(二) また、明細書(乙五、七号証のいずれも1、2)によれば、原告は、田殿共撰から昭和五九年分として九万四〇〇〇円、昭和六〇年分として三六万三〇〇〇円を労賃として得ていたことが明らかである。ところが、原告の前記売上の主張にはこれらが含まれていない。

(三) さらに、農家では農産物の自家消費分が存在するのが、通常であり、これらも売上に含められるべきものである。原告も、昭和五八年分の確定申告の際には、家事消費・事業消費として五万円を計上し、原告は、蜜柑・野菜類の自家消費分があったことを認めている。したがって、前記売上の外、これら目家消費分も収入に含められるべきである。

(四) 加えて、前記補助元帳(甲六六号証)、原告名義の総合口座(甲六七ないし六九号証)には原告が売上として計上していない振込金が認められるが、原告が専業農家で、農業以外の収入がないはずである点等を考慮すれば、これらも事業に関する収入である疑いがある。

(五) 以上によると、原告が自認している以外にも収入があるのではないかとの疑いを払拭できず、原告が、自己の収入実額を立証できているとは到底いえない。

3  一般経費(必要経費のうち特別経費を除くもの)について原告は、前記のとおり、別紙七の1ないし27頁の各科目につき、「原告主張額」欄に記載されたとおりの経費を主張している。

しかし、右経費主張のうち特別経費を除く部分について、書証等の裏付けのないものが多く、また、提出された書証の中には、印紙の形状が作成年月日と合わず、事後に作成された疑いの残るもの(甲二九号証の14、三三号証の3、七一号証の3)も混じっている。そうすると、右主張金額の正確性に疑問を抱かざるを得ない。また、主張されている経費の中には電話代等も含まれているが、これらについては事業との関連に疑問が残る。

したがって、原告において、経費の存在及びその金額、さらには、収入と経費との対応関係のいずれについても立証ができているとは言えない。

4  右のとおり、収入、経費ともに原告の実額反証は、成功しておらず、右三で述べた算出所得金額(特別経費控除前の事業所得金額)の認定を覆すことはできない。

五  争点五(特別経費)について

原告が主張する経費のうち、右三で認定した算出所得金額を算定する際には折り込まれておらず、個別、特殊な事情に基づく特別経費として別途考慮が必要になるのは、建物減価償却費・利子割引料の二点である。

ところで、課税標準である所得の立証は、被告課税処分庁において行うべきであり、純理論的な意味で立証責任の分配の観点からすると、収入のみならず経費に関しても、被告がその立証責任を負っていると解される。しかしながら、右の特別経費については、個別、特殊な事情に基づくものであり、存在しない場合も希でないし、仮に存在する場合には、原告が容易に立証できるものであるから、具体的訴訟の場における立証の必要性の観点からみれば、原告において、基礎資料を提出して、一応の立証を尽くす必要性があり、その立証のない限り右特別経費は存在しないものとして扱わざるを得ない。

以下、右の観点から、建物減価償却費・利子割引料の特別経費につき検討していくこととする。

1  建物減価償却費について

右でいう、「建物」とは、住宅及び倉庫・納屋・車庫・プラスチックハウスなどの地上建物をさすものと解される。

したがって、原告が、別紙八で減価償却費として主張しているもののうち、鉄骨作業場(二棟)、木造作業場、鉄筋コンクリート居宅、木造居宅についての減価償却費は、右特別経費に該当する可能性がある。

ところで、法令は、減価償却の要件として、当該資産が事業の用に供されるものであること、計算方法として定額法によること等を定めている。そうすると、減価償却が認められるためには、事業との関連性が認められることはもちろん、取得価額・取得年月日についても、原告が、一応の主張・立証を尽くすことが必要である。

ところが、原告は、別紙八の該当欄に記載されたとおり、取得金額・取得年月日等を主張しているが、通常あるべき取得代金等を裏付ける請負契約書等を全く提出していない。したがって、当該建物の存否、その取得費用並びに建築年月が全く不明である。加えて、居宅については関連との開通も疑われる。そうすると、これら建物の減価償却費が特別経費に当たることについて、一応の立証すら行われていない。したがって、被告が認めているもの(別紙二<4>欄、別紙五<2>欄)を超えて、減価償却費を認めることはできない。

2  利子割引料について

原告主張の利子割引料、昭和五八年分一〇万一一九五円(別紙七の10頁)、昭和五九年分八万四五八四円(別紙七の19頁)、昭和六〇年分六万五〇〇四円(別紙七の27頁)については、当事者間に争いがない。

3  そうすると、特別経費の額は、昭和五八年分については、一〇万五二〇三円、昭和五九年分については、八万八五九一円、昭和六〇年分については、六万九〇一一円となる。

六  右三で認定した係争年分の各算出所得金額から右五で認定した各特別経費の額と弁論の全趣旨により認める事業専従者控除の額(別紙二<7>欄の額)を控除した額である、昭和五八年分については二〇九万〇九四〇円、昭和五九年分については五八九万一四九二円、昭和六〇年分については四六八万七二五一円が事業所得の金額となる。昭和五九年分、昭和六〇年分についてはこれ以外に原告の所得はないが、昭和五八年分については他に分離の長期譲渡所得の金額二七二万五六二五円が存することは当事者間に争いがない。

第四  そうすると、本件各処分は、右認定の原告の係争年分の総所得金額の範囲内でなされた適法なものだから、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官 東畑良雄 裁判官 和田真 裁判官 大垣貴靖)

別紙一

課税の経緯

<省略>

別紙二

原告の総所得金額

<省略>

別紙三

原告の収入金額

<省略>

別紙四

同業者の算出所得率表

<省略>

別紙五

特別経費

<1>利子割引料

<省略>

<2>建物減価償却費

<省略>

<3>特別経費の額

<省略>

別紙六

植田保事業所得金額一覧表

<省略>

別紙七

昭和58年 植田保 科目(公租公課)

<省略>

昭和58年 植田保 科目(種苗費)

<省略>

昭和58年 植田保 科目(肥料費)

<省略>

昭和58年 植田保 科目(農具)

<省略>

昭和58年 植田保 科目(農薬費)

<省略>

昭和58年 植田保 科目(材料費)

<省略>

昭和58年 植田保 科目(修繕費)

<省略>

昭和58年 植田保 科目(作業衣料費)

<省略>

昭和58年 植田保 科目(通信費)

<省略>

昭和58年 植田保 科目(水道光熱費)No.1

<省略>

昭和58年 植田保 科目(水道光熱費)No.2

<省略>

昭和58年 植田保 科目(給料賃金)

<省略>

昭和58年 植田保 科目(土地改良費)

<省略>

昭和58年 植田保 科目(交際費)

<省略>

昭和58年 植田保 科目(利子割引料)

<省略>

昭和58年 植田保 科目(雑費)

<省略>

昭和59年 植田保 科目(公租公課)

<省略>

昭和59年 植田保 科目(種苗費)

<省略>

昭和59年 植田保 科目(肥料費)

<省略>

昭和59年 植田保 科目(農具)

<省略>

昭和59年 植田保 科目(農薬費)

<省略>

昭和59年 植田保 科目(材料費)

<省略>

昭和59年 植田保 科目(修繕費)

<省略>

昭和59年 植田保 科目(作業衣料費)

<省略>

昭和59年 植田保 科目(通信費)

<省略>

昭和59年 植田保 科目(水道光熱費)No.1

<省略>

昭和59年 植田保 科目(水道光熱費)No.2

<省略>

昭和59年 植田保 科目(給料賃金)

<省略>

昭和59年 植田保 科目(土地改良費)

<省略>

昭和59年 植田保 科目(交際費)

<省略>

昭和59年 植田保 科目(利子割引料)

<省略>

昭和59年 植田保 科目(雑費)

<省略>

昭和60年 植田保 科目(公租公課)

<省略>

昭和60年 植田保 科目(種苗費)

<省略>

昭和60年 植田保 科目(肥料費)

<省略>

昭和60年 植田保 科目(農具)

<省略>

昭和60年 植田保 科目(農薬費)

<省略>

昭和60年 植田保 科目(材料費)

<省略>

昭和60年 植田保 科目(修繕費)

<省略>

昭和60年 植田保 科目(作業衣料費)

<省略>

昭和60年 植田保 科目(損害保険料)

<省略>

昭和60年 植田保 科目(通信費)

<省略>

昭和60年 植田保 科目(水道光熱費)

<省略>

昭和60年 植田保 科目(給料賃金)

<省略>

昭和60年 植田保 科目(土地改良費)

<省略>

昭和60年 植田保 科目(交際費)

<省略>

昭和60年 植田保 科目(利子割引料)

<省略>

昭和60年 植田保 科目(雑費)

<省略>

別紙八 No.1 58年

<省略>

No.2 58年

<省略>

No.1 59年度

<省略>

No.2 59年

<省略>

No.1 60年度

<省略>

No.2 60年

<省略>

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