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和歌山地方裁判所 昭和47年(ワ)208号 判決 1973年6月26日

原告

竹内照明

右訴訟代理人

谷口茂高

瀬戸俊太郎

被告

白石静夫

右訴訟代理人

田村敏文

主文

一  別紙目録記載の交通事故によつて生じた損害について、原告、被告各自の賠償債務の負担部分の割合は、原告九、被告一であることを確認する。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の、その余を被告の、各負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

1  別紙目録記載の交通事故によつて生じた損害について、原告、被告各自の賠償債務の負担部分の割合は、原告五、被告五であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二、被告

(本案前の答弁)

1 本件訴を却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

(本案に対する答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二、請求の原因

一、別紙目録記載のとおり、昭和四七年四月二七日午後三時三〇分ごろ、京都府乙訓郡大崎町大字下植野名神高速道路下り四九五、一キロポスト路上で、原告運転の普通乗用車と被告運転の普通乗用車とが接触し(以下、本件事故という。)、同目録記載のとおりの被害が発生した。

二、本件事故は、原告、被告双方の過失が競合して惹起されたものである。すなわち、

原告は、前記道路の第二車線(追越車線)を走行中、先行の貨物自動車の荷台に積載されていた石油缶一個が落下して進路上に転つたため、これを避け切れずに自車車体下に巻き込み、その結果、原告車は機械部分に火災寸前の障害を起こし、煙を吐き始めた。このため、原告は、火災発生等の事故を未然に防止するため、自車を道路左側端に寄せて停止すべく、方向指示器により左折の合図をし、徐行しながら左側第一車線に進路を変更していたとき、おりから同車線を西進し原告車の左側を通過しようとしていた被告車に接触され、本件事故が発生した。

かように、原告車が危険積載物の落下により煙を吐いていたことから、一見して緊急事態の発生した事故車であることは明らかであり、しかも、原告車は第二車線から道路左側端に避難するため、方向指示器により左折の合図をし、徐行しながら進路を変更していたのであるから、このような場合自動車の運転業務に従事する者としては、前方を注視し、自車を停車または徐行させて原告車の避難を優先させるべき注意義務があるのに、被告はこれを怠り、前方不注視により従前の速度のまま、無謀にも原告車の左側を通過しようとしたのであり、被告の右重大な過失も基因して本件事故が惹起されたものである。

三、原告は、次のとおり本件事故の被害者らに対し、損害賠償債務の一部を支払い、共同の免責を得た。

訴外白石福美 治療費

一六万四、六七〇円

損害のうち

金六万五、〇〇〇円

訴外石井博明 治療費

四四万七、五六〇円

損害のうち

金五七万円

訴外清水美智子 治療費

四三万一、二四〇円

損害のうち

金一九万五、〇〇〇円

四、以上のとおりであつて、被告は、共同不法行為者として、原告と連帯して本件事故によつて生じた被害者らの損害を賠償すべき責任がある。しかして、原告は、現在なお治療中である被害者らとの間で、本件事故に基づく損害賠償債務をすべて履行したあかつきには、被告に対し、責任負担の割合(過失割合)にしたがつて求償権を行使する所存であり、右求償額の決定については、負担割合がその基礎となるべき法律関係であるから、あらかじめ負担部分を既判力をもつて確定しておく必要がある。

第三、本案前の抗弁

本件訴の利益はない。給付判決によつてその目的を達成することが可能であり、本訴のような訴訟形式を認めるべき実定法上の根拠はない。

第四、請求の原因に対する認否

一、請求の原因第一項の事実は認める。

二、同第二項のうち、原告車が第二車線を走行中、同第二項のうち、原告車が第二車線を走行中、石油缶を車体の下に巻き込んだこと、第一車線に進路を変更したこと、原告車と被告車が接触したことは認めるが、その余の事実は否認する。

三、同第三項のうち、訴外白石福美が損害のうち金として金六万五、〇〇〇円受領したことは認めるが、その余の事実は知らない。なお、同人は右のほか見舞金五万円受領している。

第五、証拠関係<略>

理由

一本件訴の適否

原告は、本訴において、原告が本件事故によつて生じた損害賠償債務の一部について共同の免責を得たが、その余の部分については共同の免責を得ていないとして、共同不法行為者である被告を相手方として、負担部分の確定を訴求するのであるが、被告はかような訴の利益は存しないとして抗争するので、この点について判断する。

共同不法行為者各自の負担する損害賠償債務は、相互にいわゆる不真正連帯債務の関係にあると解されるところ、共同不法行為者の一人が損害賠償債務の全額について共同の免責を得ている場合には、他方の共同不法行為者に対し、相互の過失割合によつて定められるべき負担部分に基づいて、求償権を行使することができる。したがつて、この場合には負担部分確定の訴の利益はないというべきである。これに対し、右以外の場合すなわち、共同不法行為者の一人が損害賠償債務の全額について共同の免責を得ていない場合あるいはその一部(全額に対する負担部分を超える支払い部分をさす。)についてのみ共同の免責を得ている場合あるいは負担部分の範囲内で一部支払いをしたにすぎない場合には、他方の共同不法行為者を相手方として、負担部分の確定を訴求する利益があるものと解すべきである。けだし、負担部分の割合は、求償額決定の基礎・前提となるべき法律関係であり、あらかじめこれを既判力をもつて確定しておく必要性が存するからである。

これを本件についてみると、原告が本件事故によつて生じた損害賠償債務の一部についてのみ支払いずみであることは当事者間に争いがないから、本件訴は適法というべきであり、この点に関する被告の主張は理由がない。

二、本件事故の状況

1、請求の原因第一項の事実および同第二項のうち、原告車が第二車線を走行中、石油缶を車体の下に巻き込んだこと、第一車線に進路を変更したこと、原告車と被告車が接触したことは当事者間に争いがない。

2  <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  本件事故現場は、京都南インターチエンジから茨木インターチエンジに至る間の名神高速道路の西行車線であつて、アスフアルト舗装のされた平担な見透しのよい場所である。右道路中央には中央分離帯が設けられ、西行車線は第一車線(走行車線)と第二車線(追越車線)の各車両通行帯に区分され、駐車、停車および転回等が禁止されている。

(二)  原告は、原告車を運転し、時速約八〇キロメートルで追越車線を西進中、おりから前方約三〇ないし五〇メートルの同一車線を同方向に進行していた貨物自動車の積載荷物の中から、突然石油缶(一斗入り)一個(空缶、ただし原告にはこの点の認識はなかつた。)が進路上に落下し、避ける余裕ないまま原告車の車体下に巻き込まれてしまつた。右石油缶はすぐに外れないばかりか、路面と接触してガーガーと激しい音を発しながら白煙をあげはじめたため、原告は缶内の右油が発火して車体に延焼するのではないかと考え、急拠制動措置を講じて減速進行し、一たん中央分離帯付近に避難しようとしたが、その間も後続車両が多く、衝突される危険があつたため、反対側の路側帯に停車するべく、時速をさらに約五、六キロメートルに減速したうえ、左ハンドルを切つて車首をやや左斜めに向け、追越車線から走行車線に進入しようとしていた。その際原告は、走行車線を西進して来る後続車両の有無、動静等を十分確かめず、しかも左折の合図もしなかつた。

(三)  被告は、被告車を運転し、時速約八〇キロメートルで走行車線を西進中、右前方の追越車線を進行中の原告車が突然、ガーガー激しい音をあげた直後、同車後部付近から火花を発し、それと同時に減速されるのを認めたが、原告車は直進していて別段左折合図もしなかつたので、進路を変更することはないものと考え、そのままの速度で走行車線を走り抜け、原告車の左側方を通過しようとしていた。

(四)  原告車が石油缶を巻き込んでから約一〇〇メートル進行した付近で、原告は前記のような態勢から原告車左前部を走行車線に進入させたとき、おりから走行車線を進行した来た被告は、急拠やや左ハンドルを切つて急制動の措置を講じたがおよばず、被告車の右側中央部と原告車の左前部が衝突した。

<反証排斥>

三過失の割合

そこで、双方の過失割合を検討するに、前記認定事実によれば、原告車は路上の石油缶を車体下に巻き込むという、それ自体は避け難い不可抗力的な異常事態に見舞われ、それによつて走行上の支障が現実に生じたうえ、さらに車体に延焼する危険をおそれる余りすつかり狼狽し、左折の合図、後方の安全確認等を怠り、不用意に走行車線に進入したものであつて、自動車運転者として重大な過失があつたことは明らかである。もつとも、路側帯に原告車を停車させて緊急に避難しようとしたこと自体は、当時の状況から判断して、いわゆる「故障」車に準ずるものとして、道路交通法上(第七五条の八第一項但書、第二号)許容し得る運転方法であるとみる余地がないではないけれども、これがために前記過失の有無が左右されるものでないことはもとよりである。

他方、被告は、原告車に原因不明の異常事態が発生し、故障を起していることを事前に確認しているのであるから、危険の発生を予期できたのであり、あるいは原告車が途中で進路を変更し、走行車線から路側帯へ避難することのあり得ることも予測し得たはずであり、それにそなえて、あらかじめ急制動あるいは最徐行の措置を講じておれば、事故による被害を最小限度に止めることができたものと考えられる。この点において、被告にも自動車運転者として過失のあつたことは否定し難い。

しかして、原告の過失と被告の過失とを比較検討すると、その大部分は原告にあるといわざるを得ないから、双方の過失割合は原告九に対し、被告一の割合であると認めるのが相当である。これによると、本件事故によつて、生じた損害に対する原告、被告各自の損害賠償債務の負担部分の割合は、原告九に対し、被告一となる。

四よつて、原告の本訴請求は、負担部分の割合が原告九、被告一であることの確認を求める限度において理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(大藤敏)

目録

(一) 発生日 昭和四七年四月二七日午後三時三〇分ごろ

(二) 発生地 京都府乙訓郡大山崎町大字下植野名神高速道路下り四九五、一キロポスト路上

(三) 原告車・運転者 普通乗用自動車

(大阪五五ふ四〇・七六号)・原告

(四) 被告車・運転者 普通乗用自動車

(和五五さ三七・一二号)・被告

(五) 事故の態様 原告車が第二車線(追越車線)を西進中、路上に落下していた石油缶を車体の下に巻き込み、第一車線(走行車線)に進路を変更していた際、後続の被告車と接触した。

(六) 被害者と受傷内容 いずれも被告車に同乗していた訴外白石福美が頸椎捻挫、会陰部・右大腿打撲の、訴外石井博明が頸腰椎稔挫の、訴外清水美智子が外傷性頸腕症の、各傷害を受けた。

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