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和歌山地方裁判所 昭和29年(ワ)136号 判決 1956年5月23日

原告

福島信一

被告

松井節男

主文

被告は原告に対し金三万円を支払え。

訴訟費用は之を三分し、その二を被告、その一を原告の負担とする。

本判決は原告に於て金一万円の担保を提供するときは仮に執行することが出来る。

事実

(省略)

理由

原告が昭和二十五年八月十二日より被告経営の浴場業に釜焚きとして当初月約七千円にて雇われ、被告方に住込んでいたこと、被告は浴場経営の名義人ではあるが他に事業を経営し浴場の方は事実上母親トミエが経営の衝に当つていたこと、原告が負傷のため医師の治療を受けた事実並昭和二十八年十二月一日被告より原告に対し解雇を申渡し、解雇手当として一ケ月分の支給を申出た事実については当事者間に争いがない。

そこで先づ原告主張の負傷が被告の不法行為に基くものであるか否かについて判断する。

証人北内馨、矢尾圭次、松井トミエ、福島綾子、加藤啓佐代、原告本人の各供述並検証の結果及成立に争いのない甲第一、二号証を綜合して次の事実を認める。

仍ち、昭和二十八年十月上旬頃、予て原告はその担当事務である燃料のおが屑を製材所より搬入するに当つて、之の数量、日時を記載するよう被告母トミエより依頼されていたが、原告はその記載を怠り、度々被告母より催促を受けていた、その日もトミエより催促を受けたに対して原告は「よう書かん」と断つた。被告は母よりその事を聞き直接原告に注意するため原告の住込部屋である釜場まで下りて来て北内馨と対談中の原告に対し「簡単な帳付位出来んのなら出て行け」と言いそのまゝ通り過ぎて裏口から出て行く際に「はりまわしてやろうか」と言つた、原告はそれを聞いて昂奮し被告の後を追つて裏口から飛び出し、裏口から約二米位の処に立つていた被告に近寄り、「なぐるならなぐつて見よ」と勢よく迫つて行つたとき被告は右手で原告の肩のあたりを突いたため原告は平均を失いよろよろと一、二歩後退して仰向きに倒れたが当時その場所には長さ五〇糎、縦横各二〇糎位の石材が二、三個と他に煉瓦屑が積んであつてその石材の処へ倒れ、強か右肩を打ちつけた、そのため右鎖骨肩峯端脱臼し昭和二十八年十月十日より向う八週間の療養を要する傷害を受けた。右の傷害は被告が右手で原告の肩を突いたため直接に生じたものではないが、このため身体の平均を失い仰向きにぶつ倒れて石材で強か肩を打つたため生じたものであつて、被告の右の行為の結果生じたものであるということが出来る。

被告の正当防衛の主張について

被告は右の行為は原告の不法な攻撃に対し自己の身体を防衛するため反射的に出た行為であつて、故意過失はないと主張するが、原告が被告に「なぐるならなぐつて見よ」と言つて勢よく迫つた点は右の通りであるけれ共之は単に雇主の言葉に対し反抗的気勢を示したもので、直ちに被告の身体に危害を加える情況ではなく、被告の行為を誘発した点は認められるが、(之は後述の如く損害賠償の額に於て斟酌される)之に対し腕力を行使して原告に傷害を与えた行為は之を以て正当防衛とすべきでなく、被告に不法行為の責任は免れない。

次で原告は、右の傷害により蒙つた損害として第一に、労働力減退による月三千円の十ケ年分三十六万円の損害を蒙つたとの主張に対して判断をする。

前記の証人加藤啓佐代の証言によると、原告の傷害は昭和二十八年十一月末頃には一応安定し、或程度の労働は出来ると述べているがこれが原告の主張のように、一ケ月三千円の減収を見る程度のものかどうか直ちに判断は出来ない。原告は、被告方に雇われていた当時最終月の賃金が一ケ月一万一千円であり、現在勤務している他の浴場での釜焚きの仕事で月八千円の賃金を得ているが、これは原告の労働力が右の傷害の結果減退した結果であるというが賃金は雇主との契約に基いて決定されるものであつて、これを以て直ちに労働力の測定を為すことは出来ない。

要之この点に関する原告の立証は不充分であつて、原告の主張を認めるに足らない。

従つて爾余の判断を俟つまでもなく之の点に関する原告の請求は之を排斥する。

次に第二の主張として、右の傷害のため、精神的に蒙つた苦痛の慰謝料として金十四万円の請求について判断する。

証人松井トミエ、原告本人の供述を綜合すると、原告は右の傷害のため約二ケ月療養したが、この間の治療費約一万円、賃金月額一万一千円は被告が全部之を負担し、昭和二十八年十二月一日解雇に際し解雇手当として一ケ月分賃金を支給され、昭和三十年一月下旬頃迄被告方に居住していたのであるが漸く傷害も安定して被告方を立出で他に就職することとなつた。原告の傷害は右認定の通り被告の不法行為により生じたものであつて、当時の精神的苦痛は之を認めることが出来るが、前記認定のように被告の正当防衛の抗弁は弁論の全趣旨よりして原告の過失を主張するものと認むべきであるから此点について判断すると、この被告の不法行為は多分に原告の誘発に原因するものであつて、即被告の母の度々の依頼にも応ぜず帳面付けの義務を果さなかつた点、被告より注意を受け之に対し故なく反ぱつし挑戦的態度に出て被告に迫つた点等原告の過失と認め得べく、従つて慰謝料の額についてもこの点を考慮に入れて計算しなければならない。依つて原告の傷害の程度、家族の情況(妻、子女二人)及原告の収入のみで生活している点等を考慮すると共に被告の浴場経営者としての地位を勘案して、その慰謝料の額は金三万円を以て相当と判断する。

依つて原告その余の請求は之を棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山田常雄)

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