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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和45年(う)6号 判決 1970年7月30日

被告人 草柳寛一

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大橋茹の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点事実誤認の主張について

所論は要するに、被告人は川嶋トシ(以下川嶋と称す)より田仲吉夫(以下田仲と称す)に対する宿泊代金債権の取立委任を受け、これが取立意思の下に、その債権の範囲内における取立をしたものに過ぎず、その交渉の経過において多少の経緯があつたとしても田仲を脅迫した事実がなかつたのに、これを被告人は田仲を脅迫して債権取立名下に金員を喝取した旨認定した原判決は事実を誤認したものであるから破棄を免れないというにある。

よつて審案するに、被告人が本件金員の交付を受けるにあたり脅迫行為があつたか否かの点については、原判決挙示の証拠を綜合すれば、被告人は

(一)  昭和二三年頃より組織暴力団体に属し、昭和三五年頃よりは強大な暴力組織として北陸地方民に公知されている柳川組北陸支部の幹部構成員となり、本件事件当時無為徒食していたものであること、

(二)  川嶋の田仲に対する極めて取立が困難な状態にあつた宿泊代金債権について、被告人の暴力的威力に着目した第三者からその取立の委任を受けたものであり、本件債権は本来被告人の田仲に対する債権ではなかつたこと、

(三)  本件債権の請求に際しては五十嵐益夫を伴つて田仲方を訪れ、田仲に対し「わしは遊んでいるものや」と自己紹介をしながら「二代目柳川組北陸理事草柳寛一」と記載した名刺を呈示していること、

(四)  田仲より債権者川嶋に直接債務の支払をする旨告げられるや、田仲をにらみつけ、ドスの効いた怒声で「川徳(川嶋の家号)とはもう関係はないのや、川徳に話をするとは何事や」、「わしが来ているのに払わんというのか、そんなら明日から毎日若衆を来させる」、「子供の使いではないぞ、わしがここまで来て話がつかんというのでは若い者にしめしがつかん」等と申向け、「わし等はこれとばくちで飯をくつているのや」と附言したこと、

(五)、田仲は常日頃より柳川組は強力な暴力組織であると聞き及んでいたことと相俟つて、右被告人の言動から、債務の支払いを拒めば右暴力組織の力により如何なる害悪が加えられるかも知れないと極度に畏怖し、その害悪から免れるために本件六万円の支払をしたこと、

(六)、右六万円は被告人において、その全額を川嶋より依頼された債権取立の謝礼の名目で領得したこと

が認められ、これ等の事実を綜合すれば、被告人は田仲より本件金員の交付を受けるにあたり、組織暴力を背景とし、もしその要求に応じなければ組織の無法強力な力により、その生命、身体等に如何なる危害を加えるかも知れないことを暗示して同人を脅迫し畏怖させたことは明らかである。

そこで被告人の右所為が権利の正当な行使といえるか否かの点について考察してみるに、凡そ財物の交付を受ける正当な債権を有する者が権利行使の意図に出た場合でも、権利行使の方法として社会通念上被害者において忍容すべきものと一般に認められる程度を超えた恐喝手段を用い財物を交付せしめた場合には恐喝罪が成立すると解する(昭和三一年(あ)第四六九号、昭和三三年五月六日最高裁第三小法廷判決参照)ところ、本件の如く本来の債権者でもなく、又健全な社会常識に照らし債権の取立受任者としても一般に容認し難い組織暴力団体構成員である被告人において、前叙認定の如き脅迫手段をもつて債務の弁済を迫ることは、社会通念上債務者の忍容すべき程度を超えたものであることが明白であつて、被告人の本件所為は権利の正当な行使と認めるを得ず、恐喝罪に該るものといわねばならない。

従つてこれと同旨に出た原判決の事実認定は正当であり、同判決には所論主張の如き事実誤認は存しない。

なお、被告人の原審及び当審における供述並びに証人五十嵐益夫の当審における供述中には前記認定に反し所論に沿う部分があるが、これらの部分は前掲各証拠によつて認められる事実と対比して措信できない。論旨は採用できない。

控訴趣意第二点量刑不当の主張について

所論は要するに、仮りに被告人の本件所為が恐喝罪にあたるとしても、被告人は正当な債権を実行したものであり、その他諸般の情状を考慮すれば、被告人に対し懲役八月を科した原判決の量刑は重きに失し不当であるから原判決は破棄を免れないというにある。

よつて審案するに、証拠によつて認められる本件犯行の動機、態様、結果並びに被告人の前歴、前科、性行等ことに被告人は暴力組織の幹部構成員として無為徒食し、恐喝、傷害、賭博等の前科九犯を重ねこの種犯行の常習者とみられること等にこれを徴すると、原判決の量刑は相当であり、所論のうち肯認できる諸事情を被告人の有利に斟酌しても、なおこれが重きに失するものとは認められない。論旨は採用できない。

よつて本件控訴はその理由がないので、刑訴法三九六条に則りこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

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