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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和35年(う)231号 判決 1961年4月18日

控訴人 被告人 神原健一こと姜好祚

検察官 宇治宗義

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴趣意は弁護人大橋茹、同加藤茂樹の夫々提出した控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。

原判示第三(兇器準備結集罪)に対する事実誤認の論旨について

原判決は罪となるべき事実の冒頭において、被告人は昭和二十年頃からてき屋の仲間に入つて露店商をし乍ら諸所を歩き廻り、昭和二十九年終頃から肩書住居地に定住するようになり(中略)博徒として福井市の八虎組一家(親分奥田作太郎)と誼を通じ、武生市内において勢力を張るようになつたものであるが、もと武生市内の博徒として勢力をもち且つ八虎組身内の者との乱闘事件(いわゆる足羽川原乱闘事件)により服役していた谷緑こと山口龍男が昭和三十二年十月頃出獄し、その後名古屋市在住の博徒浅野大助の援助を得て武生市内で賭場を開くようになつて、被告人と山口との間で賭場の勢力を争うようになり次第に相反目するに至つた旨認定し、原判示第三事実において昭和三十四年五月以後右両者の間は一層不穏の空気に包まれるに至つた経緯を判示した上「被告人は山口がその身内の者と共に自己方に殴り込みをかけるものと考え、身内輩下の者を自己の傘下に糾合し同人等と共同して山口一派の者による殴り込みを迎撃し、その身体に害を加える等して之を撃退しようと企て同日(昭和三十四年六月二十一日)午後四時頃より翌二十二日午前三時頃までの間被告人肩書住居地及び其の附近道路上において兇器である木刀八本(証第一、二号)等を準備し鄭世基、山田昌義、古谷達雄、水野義隆、加藤喜一郎等十数名を集合させたものである」旨認定し、刑法第二百八条の二第二項(兇器準備結集罪)を適用処断したことは記録上明らかであり、原判決挙示の証拠を綜合すれば原判示事実を認めることができる。

弁護人は先づ「原判決は被告人一派と山口龍男一派との間の対立紛争は既に解消されていたのであるから右両者間が険悪な空気に包まれていた旨の原判示認定は誤認である」旨主張する。併し乍ら所論は単に犯罪の動機に対する誤認の主張にすぎないばかりでなく、記録に徴すれば所論両者間の対立紛争は決して円満に解決したものではなく、漸次険悪の一途をたどつていた事が明らかであるから、論旨は採用できない。

次に弁護人は「原判示木刀等は被告人が兇器として準備したものではなく被告人輩下の若い衆が遊堕に流れるのを防ぎ身体を鍛練するためのものである」旨主張する。案ずるに刑法第二百八条の二の規定にいう兇器の「準備」とは兇器が必要に応じいつでも同条所定の加害行為に使用し得る状態に置くことをいい、又兇器を「準備シ」とは兇器を右のような意味で犯人が自ら準備する場合或は他人に指示ないし命令し若しくは他人と共同して準備する場合等犯人が兇器の準備行為に自ら関与することをいうものと解すべきところ、原判決挙示の証拠殊に山田昌義の検察官に対する供述調書中「谷緑の方からの殴り込み或は谷緑の方との喧嘩出入りにそなえて神原方で用意してあつたのは木刀八本、空気銃一丁、竹刀二本であつた」「これらの木刀空気銃竹刀は(昭和三十四年)六月中旬頃神原の家の奥の間より店の方へ出し、玄関の次の二畳位の部屋の整理ダンスの上へ並べて立てかけておく様になつた。それは神原と谷緑との対立関係が険悪になつて来て何時殴り込みをかけられるか何時喧嘩沙汰になるか判らんという情勢になつて来たので神原の兄貴から私等若い者に対し、″谷緑の方から何時殴り込みに来るかも判らんから何時でも殴り込みに応じられるよう用意して用心しておれ″と云われたので何時でも殴り込みに応じ持ち出せるようにしたのである」「木刀や竹刀は相手を殴りつけるのに便利で且つききめがあり、空気銃はいたんでいなかつたから弾が飛び出すし、又之で相手を殴ることもできるので弾を百五十発くらい箱に入れて右整理ダンスの上に空気銃と一緒に置いておいた」旨の供述記載(記録五七三丁以下)被告人の検察官に対する供述調書中「昭和三十四年四月頃山田昌義が木刀を買つて来た際木刀は若い者の鍛練にもよいし、それに自分のようなやくざ渡世の稼業をしている者には何か事があつた時に用心にもなると思つて其の代金を支払つてやつた」旨の供述記載(記録一三四二丁)等に徴すれば、被告人は谷緑こと山口龍男との間の不穏な空気にそなえて右山口龍男及び其の一派の者の身体に害を加える目的をもつて、自己の輩下の山田昌義等に指示して必要に応じ何時でも本件木刀等を使用し得る状態に置いたものであると認められると共に押収にかかる木刀八本(証第一、二号)によれば本件木刀等が其の用法上人を殺傷するに足る器具即ち兇器であることが明らかであるから前記説示に照し、被告人は山口龍男及びその一派の者に対する加害目的を以て兇器たる本件木刀等を準備したものであると謂うことができる。当審における証人山田昌義同水野義隆及び被告人はいずれも身体を鍛練するために本件木刀等を買い入れたものである旨供述するところであるが、右は原判決挙示の証拠に照し、本件木刀を買い入れた目的の一端を述べているにすぎず、之がために、前記認定を覆えすに至らないものである。所論は「本件木刀を被告人が被告人方のタンスの上に並べておいたのは被告人方において賭博を開張した場合もし其の賭博に詐欺手段を用いる者があれば容赦なく懲らせしめる必要があるので、そのような事の起らないように予め客人に対して相当の備えあることを示すためのものであつて山口龍男一派に対する報仇を容易ならしめる手段のために並べたものではない」旨主張するけれども所論の事実を確認するに足る証拠はない。論旨は採用できない。

更らに弁護人は「原判示日時頃被告人方に原判示鄭、山田、古谷、水野、加藤等十数名が居合せたことは争はないが、被告人は原判示の目的を以つてこれらの者を集合させたものではない。即ち(一)被告人は大阪の友人藤井雄次郎の依頼により同人に代つて同人方の輩下の者の面倒をみることとなり其の結果同人の輩下たる鄭世基、山田昌義、古谷達雄、徐正男、尹正治、大谷一夫は昭和三十四年二月頃より六月中旬頃にかけて大阪より被告人方に来たものであり(二)原判示水野義隆は従前より武生市内に居住し被告人の友人として被告人方に出入していたものであり(三)その他八虎組の輩下の者が福井市より武生市内の被告人方へ来た理由は、山口龍男方では被告人に対し何か含むところがあつて福井及び名古屋方面から若いものを糾合しているとの風評を伝え聞き、被告人の身を案じて来たにすぎず被告人が呼び寄せたものではなく右(一)ないし(三)の場合のいずれも被告人が加害目的をもつて集合させたものではないから原判決は事実誤認である」旨主張する。

案ずるに一般に「集合」とは二人以上の者が共同の目的で時及び場所を同じくする状態を形成する行為をいうのであるから「集合セシメ」るということも二人以上の者に対し共同の目的で右の状態を形成せしめる行為をいうわけであつて、必ずしも二人以上の者に対し時及び場所を同じくする状態を形成せしめる前提として人の場所的移動を必要とするものではないと解すべきである。従つて刑法第二百八条の二第二項にいう「人ヲ集合セシメ」るとは二人以上の者に対し同条所定の「害ヲ加フル目的」をもつて、場所的移動をなした上新たに時及び場所を同じくさせる場合(第一形態)は勿論、二人以上の者が平素より起居ないし行動を共同にしている場合の如く、既に時及び場所を同じくする二人以上の者が居る場合にこれらの者に対し同条所定の「他人ノ身体ニ害ヲ加フル目的」を付与して其の目的を共通にさせる場合(第二形態)をも含むものと解すべきであり、かく解するのが同条の立法趣旨にも適合するものと思料する。本件について之をみるに、記録によれば(一)鄭世基、山田昌義は昭和三十四年二月頃、古谷達雄、西村こと徐正男は同年三月頃、吉村こと尹正治、大谷一夫は同年六月十八日頃いずれも大阪市内より被告人を頼つて武生市内の被告人方に来たものであるが、これは被告人の友人藤井雄次郎が刑務所に服役することとなり同人の輩下の者達の面倒をみることができなくなつたので、被告人はやくざ渡世の義理として同人輩下の右六名の者達の面倒をみることとなり、被告人方に寄宿させていたこと(二)水野義隆は被告人の身内として平常より被告人方に出入りしていた者であること、以上の七名はいずれも本件犯行当日被告人方にあつて被告人と行動を共にし山口一派より殴り込みを受ける際には之を迎撃するため結束を固めていたこと(三)本件犯行の二日前(六月十九日)被告人は同人方の古谷達雄等若い者に対し「今晩福井から八虎の者が大勢来るからお前達も出て挨拶しろ」と申し向けていること、ところが八虎組の者達は警察官に其の動静を察知されて抑制されたので被告人の予期に反し武生市へ来なかつたこと、そこで被告人は更らに福井市内の八虎組へ電話をかけ八虎組の若い者達が武生市へ来ない事情を問い合せていること、翌二十日夜被告人は再び輩下の若い者に対し「明日福井の八虎の方から大勢来るから明日は皆外へ出ないで家に居れ、皆が来たらお前達は御苦労さんですと挨拶しろ」と申し向けていること、(記録五四三丁以下)翌二十一日午前九時頃八虎組の身内である吉田一男、滝本清が被告人方に来て被告人及び水野義隆と会談した上一旦八虎組に帰つたこと、同日午後三時頃吉田一男ら八虎組の若い者六、七名が自動車に分乗して被告人方に来たこと、更らに同日夕刻加藤喜一郎ら八虎組の若い者約十名位が自動車で被告人方に集つたことを夫々認めることができる。以上認定事実に本件犯罪の動機たる被告人と山口一派との対立紛争の点並びに前段説示の兇器準備の点を綜合すれば所論(一)の鄭、山田、古谷、徐、尹、大谷の六名及び所論(二)の水野義隆は平常被告人と起居行動を共にしていた者であるが、被告人より山口一派の攻撃を受けた場合には、これらの者の身体に害を加える目的を以て之を迎撃すべく指示されて其の結束を固め団結していたものであること即ち被告人はこれらの者に対し右の加害目的を以て山口一派を迎撃すべく指示して団結させたものであると認め得られるが故に、前記「集合セシメ」る形態の第二に該当し、所論(三)の八虎組の者達が福井市より武生市内の被告人方へ来た点は、被告人が八虎組(殊に其の幹部)と連絡交渉して山口一派の殴り込みに対し其の応援を求め山口一派を迎撃して其の身体に害を加える目的を以て被告人方へ呼び寄せたものと認め得られるから、右は前記説示するところに照し「集合セシメ」る形態の第一に属するものと謂うことができる。原判決の説示は右の如き二種の形態に分類するところはないが、畢竟するに被告人が山口一派に対する加害目的を以て、これらの者を集合せしめた旨認定しているのであつて原判決の認定は正当である。右認定に牴触する原審第一回公判調書中被告人の供述記載、当審における証拠調期日調書中証人山田昌義、同水野義隆の各供述記載、当審第二回公判調書中証人川内弘の供述部分はたやすく措信し難く、他に右認定を覆えすに足る有力な証拠はない。

原判示第三に対する事実誤認の論旨はいずれも採用しない。

量刑不当の論旨について。

記録を精査し、被告人の性行、経歴、前科、本件各犯行に共通する暴力事犯性と被告人の地位役割等量刑に影響する諸般の事情を綜合すれば被告人に対し懲役一年の実刑を科した原審の科刑は重きに失するものとは認められない。所論の諸点については十分に検討を加え、之を考慮に容れたが未だ以て原判決の科刑を変更すべき事由とするに至らない。論旨は採用できない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法第百八十一条第一項本文に従い被告人に負担させることとし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田義盛 裁判官 辻三雄 裁判官 内藤丈夫)

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