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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和30年(く)2号 決定 1955年1月20日

本籍 東京都○○区○○町○丁目○○番地

住居 富山県○○郡○○町○○○○方

少年名 機械見習工 寺川正秋(仮名) 昭和十年四月十一日生

抗告人 保護者養父、付添人弁護士

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の要旨は、「(一)少年は磯田キミ外二名を欺罔して金員を騙取したものでなく、従来、斯る場合いつもそうであつた如く、今回もまた、養父が返済して呉れるであろうことを確信の上、すなわち、他人に迷惑を掛ける意図なく、右磯田等から小遣銭を寸借したものに過ぎず、少年の前記の所為は刑法上の犯罪を構成するものでない。また、少年は○和工機株式会社事務所に於て、同社事務員○島○子所有の現金を窃取したものでなく、養父の経営する同会社の金員を、父に無断で持出したものに過ぎず、少年の右所為もまた、これを犯罪行為として取扱うべきでない。しかるに、原決定は、これ等の所為を、すべて犯罪行為として認定しているものであつて、従つて、原決定には重大な事実誤認が存する。(二)少年には改悛の情が顕著であり、養父もまた、今後、少年の指導監督については、十分の注意を払い、再び斯る非行を反覆せしめないよう、努力する旨誓約して居るのみならず、被害の弁償も既に完了している状況であつて、従つて、少年に対する保護は、観察処分をもつて相当とすると考えられるに拘らず、少年を特別少年院に送致する旨決定した原決定は、著しく不当である。よつて、その取消を求めるため、此処に本件抗告に及ぶ。」と言うのである。

原決定に事実の誤認ありとの論旨について。

磯田キミ、木下作次郎、申在鉉、山本俊正に対する司法巡査作成の各供述調書の記載、原審審判調書中少年の供述記載其の他記録に顕出している諸般の資料にこれを徴すれば、原審認定に係る詐欺の事実、すなわち、少年は磯田キミ、木下作次郎、申在鉉に対し、それぞれ虚構の事実を申向けて金員の借用方を申入れ、同人等をしていずれも其の旨誤信に陥入れ、因つて、貸借名下にこれ等の者より原審認定の如き金員の各交付を受け、もつて、これを騙取したものであることを肯認するに十分である。たとえ、少年が、従来斯る場合いつもそうであつたように、今回もまた養父に於て、弁償その他、後始末をして呉れるであろうと考えていたとしても、斯様な事実は何等少年の詐欺の犯意を、阻却するに足るものでない。次に、○島○子作成提出の被害届、及び司法巡査作成捜査見分書の各記載、其の他記録にあらわれている諸般の資料に徴すれば、原審認定に係る窃盜の事実、すなわち、少年は○和工機株式会社事務所に於て、手提金庫に入れてあつた同社事務員○島○子所有の現金を窃取したものであることを認定するに十分である。たとえ、少年が右の現金を、養父の所有であると誤信していたとしても、斯る所為もまた、刑法上窃盜罪を構成することは勿論であり、これに対し、少年法上保護処分を加えるに、何等さまたげのあることがない。これを要するに原決定は事実を誤認したものでないから、論旨は理由がない。

原決定の保護処分が著しく不当であるとの論旨について。

記録にあらわれている諸般の状況、就中、少年の生活史、行動歴、性格、心身の状況、本件非行の動機、態様、非行後の状況等を綜合すれば、少年に対し、特別少年院送致の処分をした原決定は、決して所論のように、著しく不当なものではない。蓋し、敍上の資料によれば、少年の智能は決してさまで低劣でないにも拘らず、その意思は極めて薄弱であつて、学業を好まず、家庭環境の欠陥も影響して、十七歳頃既に遊興の味を知り、爾来金品の持出、窃盗、傷害、詐欺、強姦等の諸非行を反覆するようになり、職業上不在勝の養父には、十分な監督能力がなく、養母は少年と不和であつて、これまた指導性を欠き、相当高度の保護処分を加えなければ、到底少年の社会復帰を望み得ない状況に立至つていることを認め得るからである。そうして見れば、原決定は所論の如く著しく不当であると言うを得ず、論旨は採用することが出来ない。

よつて、少年法第三十三条第一項少年審判規則第五十条に則り主文の通り決定する。

(裁判長判事 水上尚信 判事 成智寿朗 判事 沢田哲夫)

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