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名古屋高等裁判所 昭和56年(う)46号 判決 1981年7月14日

被告人 佐野直樹

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人渥美裕資名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官鈴木義男名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用する。

一  控訴趣意第一理由不備の論旨について

所論は、原判示第一の事実について原判決に理由不備の違法がある旨主張するものであつて、要するに、原判決は、原判示第一の事実として、被告人は、同原判示日時道路において普通貨物自動車を運転して時速約六〇キロメートルで進行し、同原判示「交差点を駒野方面へ向け右折しようとしたが、同所付近は片側一車線で公安委員会が最高速度を毎時五〇キロメートル、はみ出し追越し禁止と定めた場所であつたから、右最高速度を順守し道路右側部分にはみ出しての追い越し等は絶対に差し控え、先行車両に続いて進行して順次右折進行すべきはもとより、あえて先行する右折車両の右側方を追い越しあるいは通過して右折するにあたつては、減速徐行し対向直進車両の有無及びその安全に注意し、被追越車両との側方間隔を十分保つて進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、時速約七〇キロメートルに加速して道路右側部分に進出して先行車両を追い越したうえ、おりから直進対向車両の通過を待つて右折すべく停止中の河村伸二(当二九年)運転の普通貨物自動車の右側方を通過するにあたり、対向車両にのみ気を奪われたまま漫然前記高速度で進行した過失により、同車との側方間隔を保ち得ず、同車の後部右側に自車左前部を衝突させ」た旨認定判示しているが、右のごとき摘示をもつてしては、本件における被告人の注意義務の内容及び過失行為の判示が不確定であり、判決に明示されるべき罪となるべき事実の具体的表示を欠くものである、というのである。

そこで記録を調査して検討すると、原判決が、その罪となるべき事実第一として、所論摘録のとおり認定判示して被告人を業務上過失傷害罪に問擬したことは原判文に徴し明らかであるが、右の原判文を精読すれば、所論にかかわらず、原判文が、被告人に業務上の注意義務が存在し、かつその注意義務を懈怠したとの事実を含めて、刑法二一一条前段の業務上過失傷害罪の構成要件を充足する具体的事実を判示して間然するところがないことを認めるのに十分であるから、所論原判示第一の事実に関する原判決の事実摘示に所論のごとき理由不備の違法はないものというべきである。所論は、前記原判文をもつてしては、本件における被告人の注意義務の内容が、(1)最高速度を順守しはみ出し追越しを差し控える義務、(2)先行右折車両の右側方を追い越して右折する際の対向車両注意義務、及び(3)追い越される車両との側方間隔保全義務のすべてをいうのか、あるいは右(2)及び(3)のみをいうのか不明であり(もし(1)をもいうとすれば、はみ出し追越しを差し控える義務の存在を認むべき当該地点の道路状況等の具体的事実をも認定判示することが不可欠である。)、以上に対応して、その過失行為も、(イ)時速約七〇キロメートルの速度で道路右側部分に進出して先行車両を追い越した行為、及び(ロ)対向車両に気を奪われたまま漫然高速度で進行した行為の双方をいうのか、あるいは右(ロ)のみをいうのかも明らかでないばかりか、先行車両の追越し時以後の全行為が過失に該当するのか被害車両の右側方通過時の運転方法についてのみが過失に該当するのかも示されておらず、加えて、右(ロ)が前記(2)及び(3)にいかなる点において反したのかも明らかでない旨指摘する。しかしながら、原判決書に徴すれば、原判決は、原判示第一の具体的状況の下において、自動車運転者が「あえて先行する右折車両の右側方を追越しあるいは通過して右折するにあたつては」と時点・場合を明示したうえ、「減速徐行し対向直進車両の有無及びその安全に注意し、被追越車両との側方間隔を十分保つて進行すべき業務上の注意義務がある」と判示して自動車運転者たる被告人に課せられた注意義務の内容を明らかにし、しかる後、被告人は、同原判示普通貨物自動車の右側方を通過するにあたり「対向車両にのみ気を奪われたまま漫然前記高速度(時速約七〇キロメートル)で進行した」として右注意義務を懈怠した被告人の行為態様を明示したうえ、これが過失である旨判断していることが明らかであつて、原判示注意義務と過失行為との関連に所論のごとき不明確な点はなく、かつ所論、はみ出し追越しを差し控える義務及び道路右側部分に進出して先行車両を追い越した行為が本件注意義務及び過失行為の内容となつていないことは原判文上十分に読みとることができるから、以上の諸点に関する論旨はすべて理由がない。

二  控訴趣意第二法令適用の誤りの論旨について

所論は、原判示第三の(二)の事実について原判決に法令適用の誤りがある旨主張するものであつて、その理由は二点にわたるが、その要旨は次のとおりである。すなわち、原判決は、原判示第三の(二)の事実として、被告人は、同原判示日時に「岐阜県海津郡海津町馬の目一〇三番地の一・ミユキ観光駐車場において、前記自動車を運転後退中、自車を同所付近に駐車中の加藤哲夫所有の普通乗用自動車に衝突させ、同車の右後部フエンダー等を損壊(損害額約九〇、〇〇〇円)する交通事故をひき起こしたのに、その事故発生の日時・場所等法令の定める事項をただちにもよりの警察署の警察官に報告しなかつた」との事実を認定し、被告人の右所為に対し、道路交通法七二条一項後段、一一九条一項一〇号を適用処断しているが、(1)同法七二条一項後段等の立法趣旨に照らすと、同条は道路上における車両等の交通による事故の場合を規制対象としているものであるところ、同原判示ミユキ観光駐車場自体はいずれの点からするも(なお、同原判示事故地点は、同駐車場内の白ペイントの区画線によつて駐車位置とされた区画内である。)同法二条一号にいわゆる「一般交通の用に供するその他の場所」には該当しない(最高裁判所第二小法廷昭和四六年一〇月二七日決定・最高裁判所刑事裁判集一八一号一〇二一頁参照)のに、原判決が同原判示駐車場の道路性を基礎づける格別の事情も示さないまま被告人の所為を同法七二条一項後段、一一九条一項一〇号に該当すると判断したのは法令の解釈適用を誤つた違法があり、また、(2)仮に本件事故が同法にいう「道路」における事両等の交通による事故にあたるとしても、本件事故現場の交通路としての機能は二次的なものであるから、このような場所で軽微な物損事故をひき起こしてそれを最寄りの警察署の警察官に報告しなかつたという被告人の所為は、該法益侵害の態様等に徴して可罰的違法性を具備せず、前記各法条に該当しないものであるのに、前記各法案を適用処断した原判決には、この点においても法令の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

よつて検討するに、道路交通法七二条一項にいう「車両等の交通による人の死傷又は物の損壊があつたとき」とは、道路上における車両等の交通に起因する事故があつたときをいい、その道路とは、同法二条一号に定める道路をいうことは明らかであり、更に、所論ミユキ観光駐車場又はその一部が道路法に規定する道路又は道路運送法に規定する自動車道でないこともまた明白であるから、要は、所論場所が同条にいわゆる「一般交通の用に供するその他の場所」すなわち、現に不特定多数の人ないし車両等の交通の用に供されているとみられる客観的状況のある場所に該当すると認められるか認められないかにある。ところで、記録及び当審における事実取調べの結果によれば、被告人が原判示第三の(二)で報告義務を履行しなかつたとされた事故を惹起した場所は、同原判示のとおり、岐阜県海津郡海津町馬の目一〇三番地の一所在のミユキ観光駐車場内であるが、右駐車場は、同敷地内にあるミユキパチンコ店及びミユキ喫茶店の附属の駐車場で、右敷地は、東西約五四メートル、南北約三六メートルのほぼ長方形(但し、その東北角部分において約一七メートルにわたつてすみ切りが施され、該部分が県道津島南濃線に接している。)の土地であり、右土地の東端にミユキパチンコ店の建物が、また南端にミユキ喫茶店の建物が建てられているが、その余の部分はアスフアルト舗装の広場であつて、その東側及び西側はいずれも水田に、南側は農道に、北側は排水路に面していること、右土地の正規の出入口は、前記東北角部分一か所のみであり、同所に門戸の設備はなく、守衛等も置かれていないこと、その駐車場の部分は、自動車一台ごとの駐車位置を示す白ペイントの区画線によつて仕切られているが、右駐車区画は、右広場の北側及び西側に接した部分、ミユキパチンコ店及びミユキ喫茶店の各西側部分等の周辺部分、更にそれら周辺部分から各通路部分を隔てた広場の中央部分にそれぞれ設けられていて、特にその利用者の制限等を示す標識等はなく常時一般に開放使用されていて、もとより管理人等も置かれておらず、前記パチンコ店及び喫茶店を利用する不特定多数の客が自由かつひんぱんに右駐車場内の駐車区画外の道路部分を通行して車両を駐車区画内に駐車させ、あるいは右通路部分を歩行して通行し、ことに、前記喫茶店を利用する客にとつて右通路部分は唯一の正規の進行路であるばかりか、右通路部分は、前記県道津島南濃線と南側の農道との連絡通路として付近の店舗等に赴く者や近隣の者の通行利用に供されることも稀でないこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。以上認定の事実状態に徴すると、なるほど本件駐車場のうち駐車位置を示す区画線によつて仕切られた各部分は、これを前記「一般交通の用に供するその他の場所」ということが困難であり、これを道路と認めるべきではないが、駐車位置区画線のない通路部分は、同駐車場の一部としてこれを利用する車両のための通路であるにとどまらず、現に不特定多数の人ないし車両等が自由に通行できる客観的状況にあると認められるから、前記「一般交通の用に供するその他の場所」に包含され、したがつて、道路交通法にいわゆる「道路」に該当すると認めるのが相当である。所論引用の判例は本件と事案を異にして適切でない。

しかして、被告人の原判示普通貨物自動車(長さ約四・六八メートル、幅約一・六九メートル)は、前記ミユキパチンコ店西側の駐車区画の南寄りに、南方を向け、一部通路部分にかかつて駐車されており、原判示被害者加藤哲夫の普通自動車(長さ約四・五〇メートル、幅約一・六七メートル)は、被告人の車両の後方の駐車区画にそれと同方向を向けて駐車されていたこと、被告人が自車を運転して南から北に後退進行する際、自車を右被害車両右後部フエンダー等に衝突させ、同車の該部分を損壊(損害額約九万円)する交通事故を惹起させたことはいずれも記録によつて明らかであり、被告人運転車両が後退進行した際、同車の車体の全部がその発進後右事故の惹起までの間、終始、右駐車区画の外部、すなわち通路部分を進行通過したものでないことは認められるけれども、前記のとおり駐車位置区画線のない通路部分が道路に該当し、かつ、被告人運転車両がその一部にしろ右通路部分を進行する間前記事故を惹起したと認められる以上、該事故発生地点が右駐車位置区画線内であつても、本件事故が道路上における車両等の交通に起因する事故と認めるのになんらの支障となるものではない。

そして、前認定の被害車両の損壊の部位・程度等は決して所論のごとく軽微なものでないことは明らかであり、その他関係記録によつて認められる本件犯行の態様、法益侵害の程度等諸般の事情に徴すると、前記交通事故現場の状況を考慮しても、本件における被告人の所為が、いわゆる可罰的違法性を欠いて犯罪を構成しないものであるとはとうてい認められない。

なお、原判決が、原判示第三の(二)の事実について所論摘録のごとく判示し、ミユキ観光駐車場の道路性を基礎づける格別の事情を示していないことは原判文上明らかであるが、前叙のとおり、同原判示事故が原判示ミユキ観光駐車場内でひき起こされた車両等の交通に起因する交通事故と認められる以上、その旨の事実を摘示すれば十分であり、その道路である所以を逐一罪となるべき事実に摘示することまでは必ずしも必要ではないというべきである。

以上の理由により、本件被告人の所為に対し、道路交通法七二条一項後段に違反し、同法一一九条一項一〇号に該当するとした原判決には、なんら法令の解釈適用の誤りはなく、本論旨も理由がない。

三  控訴趣意第三量刑不当の論旨について

所論の要旨は、原判決の量刑が刑の執行を猶予しなかつた点で重過ぎて不当である、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、証拠に現れた諸般の情状、とくに、本件は、被告人が、法律によつて厳しく禁じられている危険な自動車の無免許かつ酒酔い運転を敢行し(原判示第二)、しかも該運転中、原判示第一のごとき注意義務を怠つた危険かつ無謀な右折方法をとつたため、折から対向直進車両の通過を待つて右折すべく停止していた先行普通貨物自動車(河村伸二運転)の後部に自車を衝突させる交通事故(運転者河村伸二に対する人身事故については原判示第一、右普通貨物自動車の物損事故に関する報告義務違反については原判示第三の(一))を惹起したのみならず、右事故に先立ち、自動車の運転開始直後に原判示第三の(二)の物損事故を、また、原判示第一の交通事故後逃走中、原判示第三の(三)の物損事故を次々と惹起したのに、右原判示第三の各事故について、いずれも最寄りの警察署の警察官に対する事故報告義務を履行しなかつたという業務上過失傷害罪及び道路交通法違反罪の案件であつて、右事故は被告人の一方的過失に起因していて、その過失の程度も、被害者河村の被つた傷害の程度も決して軽微なものということはできず、更に、被告人には、これまでにも本件と同種の自動車の無免許運転の道路交通法違反罪による罰金前科一犯があり、被告人にこの種事犯に対する順法精神の欠如が看取されることなどを総合考察すると、原判決の量刑(懲役六月)はこれを相当として是認せざるを得ず、所論のうち、前記被害者らとの示談及び該示談金支払いの状況並びに被告人方の家庭の状況など、肯認し得る被告人に有利な一切の事情を十分に斟酌しても、右量刑が所論のごとく重過ぎて不当なものであるとは認められず、もとより本件についての刑の執行を猶予するのを相当とする特段の情状はとうていこれを見いだすことができない。本論旨もまた理由がない。

よつて、本件控訴は、その理由がないから、刑事訴訟法三九六条に則り、これを棄却し、なお、当審における訴訟費用については、同法一八一条一項本文を適用し、これを全部被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 海老原震一 服部正明 土川孝二)

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