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名古屋高等裁判所 昭和48年(う)477号 判決 1974年1月31日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人平田省三、同由良久作成名義の各控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

一  弁護人平田省三の控訴趣意第一(訴訟手続の法令違反)について。

所論は要するに、(一)原判決は、本件「未必の故意による殺人」の公訴事実につき、訴因変更の手続を経ないで原判示第一の傷害致死の事実を認定し、「暴行の確定的故意」を認めた点で、被告人の防禦に実質上の不利益を及ぼしたことは明らかであり、(二)また、被告人の検察官並びに司法警察員に対する各供述調書は、いずれも証拠能力がないのに、これを証拠として援用、取調べをなしたまま排除をせず、とくに、右検察官に対する供述調書は、任意性に疑問があるのに、これを犯罪事実認定の資料に供している。以上の点につき原判決には判決に影響を及ぼすべき法令違反がある、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、検討するに、(一)の訴因変更の要否については、いわゆる未必の故意による殺人の訴因と傷害致死の原判示認定事実との間には、公訴事実の同一性が認められ、犯意の点についても、未必の故意とはいえ殺人の訴因であり、公訴事実の記載によれば、明らかに殺害の結果に対する認識が未必的であつたというに過ぎないもので、基本的な暴行の認識そのものは当然の前提となつているものであるから、原判示認定は、右殺人の訴因中に含まれる暴行の犯意を認定したに過ぎず、いわば縮小された犯意の認定として理解され、しかも、犯行の日時、場所、方法、客体、行為の結果など被告人の防禦の焦点は両者全く共通であるので、被告人の防禦に何ら実質的な不利益を来たすものではない。従つて、原審が、本件につき訴因変更の手続を経ることなくこれを傷害致死罪と認定した点で訴訟手続上の誤りは存しないというべきである。(二)次に、捜査段階における被告人の供述調書に関する主張については、原判決挙示の被告人の検察官に対する各供述調書は、署名押印等の書面の形式、体裁も備わつており、供述内容は概ね本件の事実関係を自白するものであるが、詳細かつ具体的になされていて他の裏付けの関係各証拠とも符合し、供述自体にも不自然、不合理な点は見受けられず、ただ結果に対する認識内容につき一部紆余曲折が認められないわけではないが、この点は、事案の重大性に徴すると、あながち不自然とはいえないので、これをもつて右各供述調書の任意性を否定すべき事由とはなし難く、他に任意性を疑わしめる情況は認められないから、全体的にみて右各供述調書は被告人の任意の供述として十分措信しうるものというべきである。従つて、これが証拠能力ありとして原判示第一の傷害致死の事実認定に供した原判決の措置は相当であつて、何らの訴訟手続の違法は存しない。なお、被告人の司法警察員に対する各供述調書については、その取調べに際して被告人は両手又は片手錠をかけられたまま取調べを受けた形跡が証拠上認められるが、右各供述調書は、原判決が事実の認定に供しておらないのであり、かつ、本件は、原判決の挙示する各証拠によつて原判示各事実は十分認定しうること後に説示するとおりであるから、所論指摘の点につき吟味するまでもなく、それ自体判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の違法ありとはなし難い。論旨は理由がない。

二  弁護人平田省三の控訴趣意第二及び弁護人由良久の控訴趣意二の(一)(いずれも事実誤認をいう点)について。

各所論は、要するに、原判決は、判示第一の傷害致死の事実を認定するにつき、被告人の車両と白バイとの接触地点を全く確定しないで、被告人が白バイの進路妨害、追抜き阻止の意思で、ハンドルを必要以上に右に切つて自車を故意に白バイの進路上に進出させ、被害者に接近させる暴行を加えた旨認定している点及び被告人が、白バイに追跡されて原判示のカーブ地点にさしかかるまでの間に、二回にわたり蛇行運転をして白バイの追抜きを阻止した旨認定している点は、いずれも、右各事実を認むべき証拠がないのに、証拠の評価を誤り事実を誤認したもので、これらの点で原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

所論にかんがみ、さらに記録を精査し、検討するに、原判決挙示の各証拠を総合すれば、原判示第一に認定のとおり、被告人が前後三回にわたり自車を蛇行させ、白バイの進路を妨害して追跡を阻止し、三回目の蛇行妨害行為により自車を白バイに接触させるに至つたとの事実を含む一連の外形的事実は、十分これを認定することができる。とくに、熊田巡査の死亡の原因をなす右三回目の蛇行妨害及び被告人の車両と白バイが接触するに至つた状況については、証人河口和美に対する原審受命裁判官の尋問調書によれば、同証人は、右状況を目撃していたが、被告人運転の軽四輪車と単車(白バイ)とが猛スピードで並ぶようにしてせり合つており、単車が少し前に出ると軽四輪車がすぐ右側に出てきてかぶせ運転し、単車の進路を妨害するなどひどい運転の仕方なので、本件接触現場のカーブの辺でぶつかりはせんかと思つていたら、やつぱり音がして火がでたので事故だと思つた旨詳細に証言しているところからも、被告人が、白バイに対しかぶせ運転をして、白バイの進路を妨害し、追抜きを阻止して自車を白バイに接触させた事実関係は明瞭というのほかはないし、また、原判示カーブ地点に至るまでの一、二回の蛇行運転の事実についても、原審第二回公判調書中の証人松田聡、同五十川政一、同吉田宣明の各供述部分(いずれも、被告人が、岐阜市長良天神地内岐阜乗合天神バス停留所付近において行なつた蛇行運転の状況に関する目撃者)その他原判決挙示の関係各証拠に照し容易にこれを認めることができる。そして、右の各認定に関する証人河口和美に対する原審受命裁判官の尋問調書、原審第二回公判調書中の証人松田勝、同五十川政一、同吉田宣明の各供述部分はいずれも自己が目撃した事実をありのまま述べたものとして十分信用に値するものというべきである。しかして、右一連の外形的事実関係に、被告人の検察官に対する各供述調書をも参酌すると、被告人が、熊田巡査運転の白バイの追跡を妨害する意図の下に原判示の如き妨害行為に及んだものであることは明らかというべきである。もつとも、この点に関し、所論は、被告人の原審公判廷における弁解供述等を根拠に、被告人は事故発生地点において自車が道路左外へ逸走しそうな危険を感じ、右危険を避けるためにとつさに右へハンドルを切つた疑があり、白バイの進路を妨害する意図のもとに右のような運転操作をしたものと断定できない旨主張するが、右所論に副う被告人の弁解は、他の関係各証拠に照し到底措信できず、原審第七回公判調書中の証人井戸孝司、同第一五回公判調書中の証人亘野厚の各供述部分も、必ずしも所論に副うものとは認め難いし、他に被告人の右妨害意図を否定すべき証拠は存しないから、右所論の主張は採用できない。

なお、所論は、原判決が被告人の車両と白バイの接触地点の認定を欠いている旨指摘するが、原判示によれば、岐阜市岩崎字京殿二一〇番地先の右に大きくカーブしている路上にさしかかつたところで、被告人が本件(三回目の)妨害行為を決意し、実行した結果両車が接触したと認定していることが判文上明白であるから、厳密な接触地点の記載はなくとも接触地点が不明確なものではなく、勿論犯行場所の特定としては、右の判示をもつて十分と認めるべきであり、さらに、由良弁護人は、本件の原判示カーブ地点に至るまでの一、二回の蛇行運転につき何処で行なわれたか原判決が認定していないとしてこれを非難するが、右の各蛇行運転は、道路上の一定区間内における所為であることは原判文において示すところであり、その位置関係は記録上でも概ね特定しうるものであるが、そもそも、右一、二回の蛇行運転の判示は、本件傷害致死と因果関係にたつ暴行の事実として認定しているものではなく、三回目の蛇行妨害に至る情況事実として判示しているものと理解されるから、その場所的関係については、原判示の程度をもつて足るものというべきである。

ところで、叙上説示の如く、被告人が原判示のカーブ地点で追跡中の白バイの追抜きを阻止する意図のもとに、自車を白バイの進路に進出させる行為に出でたものと認められる以上、かかる妨害行為は白バイの運転者たる熊田巡査の身体に対する有形力の行使にほかならず、この点につき故意を否定すべきいわれはないから、刑法にいわゆる暴行をもつて論ずべきことに疑問を挟むべき余地は存しない。そうとすれば、被告人の右暴行により同巡査が死亡したのであるから、被告人は、傷害致死の罪責を免れ難いことは多言を要しないといわねばならない。

以上の次第であつて、原判決のなした本件傷害致死の事実認定には、所論のいうような事実誤認を疑うべきかどはいささかも認められない。論旨は理由がない。

三  弁護人平田省三の控訴趣意第三及び弁護人由良久の控訴趣意二の(二)(いずれも法令適用の誤りをいう点)について。

各所論は、要するに、本件の如きは、救護義務違反、申告義務違反の罪が成立しないのに、原判決は、これが成立するものとして原判示第二の各事実を認定したうえ、これに当該道路交通法各本条を適用した点で、原判決には判決に影響を及ぼすべき法令適用の誤りがある、というのである。

所論にかんがみ、検討するに、原判示第一事実記載の如く、被告人が車両による交通事故を惹起し、熊田巡査を死傷させたうえ、何らの被害者救護の措置も講じず、また警察官に対する申告もせず、いわゆるひき逃げをしたことが証拠上明らかな本件の事実関係においては、被告人に道路交通法七二条一項前後段所定の救護義務違反、報告義務違反の各犯罪の成立を認むべきことは、右条文の解釈上当然であり、この点右犯罪の成立を肯定する原判示認定及び弁護人の主張に対する判断として原判決が説示するところは、相当として是認すべきものと考える。なお、由良弁護人は、本件被告人の原判示第一の所為につき暴行の確定的故意を認める以上、被告人に事故報告義務を課すべきではないというが、かかる見解は、独自のものというのほかなく採用できない。されば、原判決には、所論指摘のような法令適用の誤りはいささかも存しない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条に則り、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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