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名古屋高等裁判所 昭和44年(行コ)12号 判決 1970年7月16日

控訴人(原告) 永井孝夫 外一名

被控訴人(被告) 豊橋税務署長

訴訟代理人 中村盛雄 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人らの昭和三六年分相続税につき控訴人永井孝夫に対し昭和四一年一二月二七日付でなした重加算税金一〇二万二五〇〇円の賦課決定処分および控訴人永井千歳に対し同日付でなした重加算税金二三万五五〇〇円の賦課決定処分は、いずれもこれを取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用は、次に附加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一、控訴代理人の陳述

(一)  本件賦課決定は信義誠実の原則に反する違法な処分である。すなわち、課税権限を有する行政庁が納税義務者に対し信頼に値する表示行為をなした場合において、納税義務者が行政庁のその表示行為を信頼して従前の地位もしくは利害関係を変更するような作為をしたときは、行政庁は後になつてその表示行為に背反する行政処分をなし得ないことは、信義誠実の原則にてらして明らかであるところ、被控訴人(ただし、当時の署長は滝島義光)は訴外永井海苔株式会社に対し本件定期預金を同会社の簿外預金であると認定してなした法人税更正決定に対し同会社から異議の申立を受けて審理中、昭和四一年一〇月一九日同会社代表者永井孝夫およびその代理人たる訴外浅谷敬一に対し、「本件定期預金が個人資産であることの心証を得たので、相続税の修正申告をするならば法人税の更正処分は全部取り消す。相続税の修正申告について過少申告加算税の賦課決定は避けられないが、重加算税の賦課決定はしない。」と言明した。したがつて本件各賦課決定は右滝島署長の言明を無視してなされた行政処分であり、控訴人らの信頼を破壊する違法な処分であるから、この点においても取り消されるべきである。

被控訴人は、滝島署長の前記発言は法規に違反する無効なものであるから、かゝる場合に信義誠実の原則が適用される余地はないと主張するが、行政庁の言明が信頼に値するものであり、相手方がこれを信頼して行為をなした以上、右言明が有効か、適法かということは、信義則の適用上問題とならない。

(二)  本件賦課決定は租税平等の原則に違反する違法な処分である。

旧相続税法第五四条第一項、第三項の運用については、「納税義務者が課税価格計算の基礎となるべき事実を隠蔽しまたは仮装し、その隠蔽しまたは仮装したところに基づいて過少申告をしていた場合においても、後に修正申告をして正当な税額を申告し、その申告が相続税または贈与税に関する事務に従事している税務署員によりその納税義務者の相続税について直接その納税義務者に対する調査がされたことにより修正申告をしなければ更正処分がなされるであろうことを予知してなされたものであるときのほかは重加算税を徴収しない」こととして、自発的修正申告を促進する取扱が定められ(相続税基本通達参照)、この取扱は昭和二五年相続税法施行当時から公表され、長年に亘つて維持されて来た。したがつて本件のように他の税の調査に関連して発生した事実に基づいて自発的になされた修正申告には重加算税は課税されない取扱であつた。

取扱通達は上級行政庁の下級行政庁に対する命令示達の一形式であつて、それ自体法規としての性質を有するものではないが、通達によつて示達された内容が税務の執行において実施され、納税者においてその取扱が異議なく受容されるとともに、その通達の内容が合理性を有している場合に、その通達に定められている要件を充たしているにかかわらずその適用を受けないとされたときは、当該処分は租税法の基礎原則の一つである公平負担の原則に違背し、違法性を帯びるというべきである。

本件各賦課決定は右のような取扱通達の定める要件に該当する事情があるにもかかわらず、控訴人らについてのみ右取扱通達の適用をしなかつたものであるから、租税平等の原則に違背し、違法な処分として取り消されるべきである。なお、前記滝島義光は原審において、本件課税処分をする際に右取扱通達の存在を知らなかつたと証言したが、下級行政庁として国税庁長官通達を知らないことは許されないし、また前記の理は当該税務署長が通達の存在を知つていたか否かによつて左右されない。

被控訴人は、前記通達は旧相続税法第六〇条の執行に関するものであつて、同法第五四条第三項に関するものではないと主張するが、同一法令中に使用されている同一の用語は、別段の規定がない限り同一の意義を有するものと解すべきであるから、基本通達第二六四条に示された解釈が正当なものであるとすれば、旧相続税法第五四条第三項にいう「当該職員」も同様に「国税庁、国税局または税務署において相続税または贈与税に関する事務に従事している職員」をいうものと解すべきである。

税務署長は同法第六〇条にいう「当該職員」または旧所得税法第六三条にいう「収税官吏」をして必要な調査をさせ、これらの職員は必要があるときは質問検査権を行使して、その調査結果を税務署長に報告し、税務署長はその結果に基づいて更正、決定等の処分をするのであるが、税務署長自ら調査事務に従事するものではない。そして同法第五四条第三項(第五三条第三項)は、納税義務者に対し直接に調査を実施する職員による調査を規定したものであることは、基本通達第二六〇条に「法五三条三項に規定する「予知してなされたもの」であるかどうかは、直接納税義務者について当該職員の調査がされたものであるかどうかにより判定する」という取扱が示されているところからも明らかである。

二、被控訴代理人の陳述

(一)  控訴人らは、豊橋税務署長滝島義光が本件相続の修正申告に関し控訴人らに重加算税の賦課決定をしない旨言明したと主張するが、右主張事実は否認する。

仮に同人が控訴人らの主張するような発言をしたとしても、かかる発言は旧相続税法第五四条第一項第三項(第五三条第三項)に違反する無効なものであるから、本件重加算税賦課処分に信義誠実の原則が適用される余地はない。

(二)  控訴人らが主張する「当該職員」についての通達(国税庁長官昭和三四年一月二八日直資第一〇号相続税法基本通達第二六四条)は旧相続税法第六〇条に規定する「当該職員」の意義について定めたものであつて、同法第五四条第三項(第五三条第三項)に関する通達ではない。すなわち右通達は、同法第六〇条に規定する質問検査権が相続税および贈与税の徴収の際になされる強制処分であることに鑑み、右法条に規定する質問検査をなし得る職員の範囲に特に制限を加える趣旨で定められたものである。これに対し、同法第五四条第三項は、重加算税を賦課すべき場合における宥恕事由を規定したもので、右規定の趣旨から明らかな如く、税務職員による各種調査の結果、「更正または決定があることを予知してなされたか否か」が問題なのであるから、同項の「当該職員」の調査とは他の税法(旧所得税法第五六条第五項、旧法人税法第四三条第三項)の規定する「政府」の調査と同意義に広く解すべきものである。したがつて右通達が旧相続税法第五四条第三項(第五三条第三項)に適用されないことは明らかである。

また控訴人主張の「予知してなされたものであるとき」についての通達(相続税法基本通達第二六〇条)は、旧相続税法第五三条第三項に規定する「予知してなされたもの」であるかどうかの判定基準を定めたものであつて、右通達によれば、予知してなされたか否かは直接納税義務者について当該職員の調査がなされたか否かにより判定すべきものとされている。しかるに、本件第二次修正申告書は、すでに明らかにしたとおり、控訴人らが被控訴人の直接調査によつて隠蔽の事実を発見された結果、被控訴人の更正処分があることを予知して提出されたものであるから、右修正申告が基本通達第二六〇条にいう「予知してなされたもの」の場合に該当し、したがつて同法第五三条第三項に規定する「予知してなされたもの」に該当することは明白である。

以上のとおり、本件重加算税賦課処分は、法律およびその取扱通達に従つて適法かつ正当になされたものであつて、租税平等の原則に違反する違法のかどはない。

三、証拠<省略>

理由

当裁判所の判断によつても、控訴人らの本訴請求はいずれも失当であるから、これを棄却すべきである。その理由は、次に附加するほか原判決理由説示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(一)  当審における控訴人永井孝夫本人の尋問の結果中、原判決理由第二項説示の認定に反する部分は、原審証人山下武、同立枩竹男、同滝島義光の各証言に比して措信し難い。

(二)  本件各重加算税の賦課については、昭和三七年法律第二六号附則第二項ならびに同年法律第六六号附則第九条第一項および相続税法(昭和三四年法律第一四八号による改正後の昭和二五年法律第七三号)第二八条第一項の各規定により、昭和三七年法律第二六号および同年法律第六七号による各改正前の相続税法(原判決理由説示および本判決理由中において、これを旧相続税法と称する)の関係規定が適用される。

(三)  控訴人らは、本件第二次修正申告に先立ち、当時の豊橋税務署長滝島義光から同申告に関しては重加算税を賦課しない旨の言質を得た旨主張するが、原審証人浅谷敬一の証言および当審における控訴人永井孝夫本人尋問の結果中右の主張に添う部分は原審証人滝島義光の証言に比して措信し難く、かえつて右証人滝島義光、同浅谷敬一(一部)の各証言によれば、豊橋税務署長滝島義光は控訴人永井孝夫および公認会計士浅谷敬一に対し、同署長としては従来の担当職員による調査の結果原判決理由説示の約一二〇〇万円の架空人名義の定期預金のほかにも亡永井光次の遺産で申告洩れのものがなお相当存するとの心証を得たので、更に調査を続行する所存であるが、もし控訴人らが昭和四一年中に右未調査の申告洩れ分につき任意に修正申告書(第三次)を提出するならば、その修正による課税価格の増額分については重加算税の賦課原因を生じさせないため同年中は調査の続行を見合せることとしたいと申し入れたところ、右両名はこれを了承し、控訴人らにおいて間もなく本件第二次修正申告をした上、更に引続き控訴人ら主張の第三次修正申告をしたため、同署長は爾後の調査を打切り、結局右第三次修正申告に関しては重加算税の賦課はなされなかつたのであつて、控訴人ら主張の重加算税の不課税についての発言は本件第二次修正申告に関してなされたものではないことを認めることができる。

したがつて、本件賦課処分が信義誠実の原則に反する旨の控訴人らの主張はその前提事実を欠くから、採用することを得ない。

(四)  控訴人らは、本件各重加算税賦課処分が租税公平負担の原則に反すると主張し、その理由として、第一に、旧相続税法第五四条第一項、第三項、第五三条第三項の運用に関しては、国税庁長官の基本通達により、「当該職員」とは相続税または贈与税に関する事務に従事している税務職員を指称するものと各税務官庁における解釈、取扱が統一されており、第二、同じく国税庁長官の基本通達により、旧相続税法第五三条第三項に規定する「予知してなされたもの」であるかどうかは、直接納税義務者について当該職員の調査がされたものであるかどうかにより判定すべきものと各税務官庁における解釈、取扱が統一されているにもかかわらず、本件各重加算税賦課処分は右の何れの解釈、取扱にも反し、法人税担当職員による訴外永井海苔株式会社に対する調査に基づいてなされたものである旨主張する。

しかし、右の主張は二重の意味において理由がない。すなわち、第一に、

(イ)  控訴人らの主張する「当該職員」の意義に関する国税庁長官の通達(昭和三四年一月二八日直資一〇号相続税法基本通達第二六四条)は旧相続税法第六〇条に関するものであつて、同法第五四条第一項、第三項、第五三条第三項に関するものでないことは、原判決理由説示(原判決一四枚目裏一行目から八行目までのかつこ内)のとおりであり、同法第五三条における「当該職員」の意義を右基本通達第二六四条のとおりに解する取扱が各税務官庁において行なわれていることについては、主張も立証もない。

(ロ)  旧相続税法において「当該職員」の語が統一用語として用いられているとは解し得ない。元来「当該」の語は他の語、句または文章との関連性を示すために用いられる語であつて、同法第五三条第三項の文意からみれば、「当該職員」の「当該」は直接にはその後に続く「調査」の語に関係し(なお、「納税義務者に係る」も、同じく「調査」に関係すると解すべきである)、したがつて同条項の「当該職員」とは、期限後申告または修正申告の原因たる事実を調査した職員を指称するものと解するのが相当である。

(ハ)  ちなみに国税通則法第六五条第三項の規定も、調査をした職員が当該国税の担当職員であることを要するものと定めているものではないと解すべきである。

(ニ)  同族会社およびこれと類似し経営の実体が個人営業と大差のない法人ならびにこれらの法人の役員個人の所得または財産に関する法人税、所得税、相続税、贈与税等については、納税義務者が法人でなければ役員個人、役員個人でなければ法人という二者択一の関係にある場合の多いことは公知の事実である。かかる場合に、たとえば法人税の担当職員が法人を特定の隠蔽財産に関する納税義務者と認めて法人役員につき調査した結果、当該役員の個人財産であるとの回答を得たときは、必然的に役員個人を納税義務者とする他の国税につき調査をした結果を招来するのであつて、かかる結果を一概に違法視することはかえつて国税の公平な賦課を阻害することとなり、許されないものといわなければならない。本件においては、原判決の認定したとおり架空人名義の定期預金を訴外会社の簿外資産としてなされた法人税の更正処分に対する異議の申立において、訴外会社は右預金は亡永井光次の個人財産で控訴人らが相続したものであると主張したのであり、しかも控訴人孝夫は訴外会社の代表取締役であり、控訴人千蔵は取締役であるから、右異議申立の手続中において必然的に法人税担当職員により控訴人らに対する相続税の調査も併行的に行なわれたというべきであつて、他に違法原因の存しない限り、かかる調査をもつて旧相続税法第六〇条第一項に違反し、または同法第五三条第三項所定の調査に当らないと断ずべきではない。

以上のとおり、控訴人らの前記主張は法律の解釈上すでに理由がないのであるが、第二に、その前提たる事実を誤まつている。すなわち、前記証人滝島義光の証言および控訴人孝夫本人尋問の結果によれば、豊橋税務署長滝島義光は本件第二次修正申告に先立ち、訴外会社の法人税更正処分に対する異議に基づく担当職員の調査の結果を検討し、直接控訴人孝夫と面接して説明を聞いた上で、本件定期預金は亡永井光次の遺産であるとの心証を得たので、即時同控訴人に対し相続税の修正申告を促し、かつ修正申告をしない場合には更正処分をする旨を警告した事実を認めることができ、右認定事実と原判決認定事実を併せてみるときは、本件各重加算税賦課決定に関する旧相続税法第五三条第三項所定の「当該職員の調査」は税務署長自らによつてなされたことが明らかである。税務署長は配下の職員を指揮監督するほか自らも相続税の調査をする権限を有することは同法第三五条第一項ないし第三項の各規定によつても明らかであるから、同法第五三条第三項所定の「当該職員」中には当然税務署長も含まれると解すべきであつて、右と反する控訴人らの見解は採用し得ない。

(五)  当事者間に争いのない控訴人らの第一次修正申告および第二次修正申告に係る各納付相続税額を基礎として旧相続税法第五四条第一項、第四項、第五三条第四項、第五一条第五項により各重加算税額を算出すると、本件各決定額のとおりとなる。

してみると、右と同一結論に達した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて本件控訴を棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条第一項本文の規定に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 福島逸雄 廣瀬友信 大和勇美)

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