大判例

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名古屋高等裁判所 昭和44年(ネ)572号 判決 1970年3月12日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用および書証の認否は、左記のとおり附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここに、これを引用する。

控訴代理人の陳述

賃貸借が存在すること、すなわち、賃借人が適法な賃借権を有することは、賃借人において賃貸借の目的物を使用収益する権利を有することを意味するものである。従つて、賃借人がその占有する賃借目的物から退去すべき法律上の義務を負つた場合は、賃借人の右目的物を使用収益することのできる権利が法律上否定されたものであるから、もはや、賃借権ないし賃貸借は存在しないものである。すなわち、賃借人の有する賃借権は、賃借人が賃借目的物から退去すべき法律上の義務が発生したときは消滅するものである。

ところで、控訴人は、昭和四一年一一月八日被控訴人を原告、控訴人らを被告とする岐阜地方裁判所昭和四一年(ワ)第五二号事件において、控訴人が高間七夫から賃借した岐阜市日の出町一丁目一八番宅地(以下本件土地と称する)所在家屋番号第一八番軽量鉄骨造陸屋根四階建店舗の二、三、四階の部分(以下本件建物部分と称する)から退去せよとの判決をうけ、右判決は控訴、上告を経て確定しているものであるが、右判決によれば、控訴人が本件建物部分より退去する義務は、高間が被控訴人から賃借した本件土地の賃貸借が解除された昭和四一年一月三日に発生したものである。してみると、控訴人が本件建物部分から退去すべき法律上の義務は右昭和四一年一月三日に発生したものというべきであり、仮りに然らずとしても、右判決のなされた昭和四一年一一月八日に発生したものというべきであるから、これにより、控訴人は賃借目的物たる本件建物部分を使用収益する権利を法律上否定され、その賃借権は消滅したものである。従つて、控訴人が賃借権消滅後被控訴人からの強制執行により明渡すまでの間本件建物部分を使用したのは、賃借権に基づいたものではないから、控訴人はその間の賃料を支払う法律上の義務を有しないものである。そして、その前の控訴人が支払うべき賃料のうち被控訴人が差押および転付命令を得た昭和四一年一一月一日から同年一一月八日までの分が控訴人の相殺の意思表示により既に消滅していることは、控訴人が原審において主張したところから明らかである。

以上の次第で、被控訴人の請求は理由がない。

被控訴代理人の陳述

控訴人主張の岐阜地方裁判所昭和四一年(ワ)第五二号事件の判決により本件建物部分に対する控訴人の賃料支払義務が昭和四一年一月三日又は昭和四一年一一月八日消滅したとの控訴人の主張を否認する。

理由

一、被控訴人が、訴外高間七夫に対する被控訴人主張の確定判決に基づく金七八万円の債権の強制執行として、右訴外人の控訴人に対する本件土地(岐阜市日の出町一丁目一八番宅地)上に在る本件建物部分(家屋番号第一八番軽量鉄骨造陸屋根四階建店舗の二、三、四階の部分)の昭和四一年一一月一日から昭和四二年一一月三〇日までの賃料一三箇月分(一箇月金六万円)合計金七八万円について、岐阜地方裁判所に対し債権差押および転付命令を申請したこと、同裁判所は、昭和四三年八月一五日右申請を容れ、同月一七日第三債務者たる控訴人に、同月三一日債務者たる訴外高間に、それぞれ右賃料債権に対する差押および転付命令を送達したことは当事者間に争いがない。

二、そこで控訴人の抗弁について判断する。

(一)  控訴人が、昭和四一年一一月八日同裁判所において「訴外高間において被控訴人より昭和三八年八月一日に賃借した本件土地の賃借権が同訴外人の賃料不払を理由に昭和四一年一月三日解除され消滅した結果控訴人は被控訴人に対し本件建物部分(控訴人は同訴外人より昭和四〇年一〇月一日賃借)から退去して本件土地を明渡すべき」旨の判決を受けたこと、右判決が昭和四四年二月四日確定し、被控訴人は右確定判決に基づき控訴人に対し強制執行(本件建物部分より退去して本件土地を明渡すこと)をなし、該執行が同四月二二日終了したことは当事者間に争いがない。

(1)  控訴人は、右事実により、昭和四一年一月三日訴外高間(本件建物部分の賃貸人)の控訴人(本件建物部分の賃借人)に対する本件建物部分を使用収益させるべき賃貸人としての義務は、その責に帰すべからざる事由により履行不能となり、民法第五三六条第二項により翌四日以降控訴人の賃料支払義務は消滅し、本件建物部分の賃貸借契約は同月三日に終了したと主張する。しかし、前記事実によれば、本件建物部分の賃貸借は、訴外高間と控訴人との間の契約関係であり、本件土地の賃貸借は訴外高間と被控訴人との間の契約関係であつて、両者全く別個の契約関係であることが窺われ、従つて、たとえ本件建物部分が本件土地上にあるという事実関係があつたとしても、後者の契約関係の終了により当然に前者の契約関係が終了するものでないこと極めて明らかなことである。そして、前記事実によれば、控訴人は、昭和四一年一月三日以降も引き続いて前記強制執行が終了した昭和四四年四月二二日まで本件建物部分を占有使用していたものと推認され、更に、控訴人において、本件土地の賃貸借終了により本件建物部分の賃貸借が当然に終了したということ以外に本件建物部分の賃貸借契約の終了事由を主張していないことおよび右占有使用についての権原につき特に主張していないことから、控訴人の右占有使用は訴外高間と控訴人との間の本件建物部分の賃貸借契約に基づくものであると推認される。そうとすれば、訴外高間は、該契約に基づき控訴人に対し昭和四一年一月三日以降も引き続き昭和四四年四月二二月まで本件建物部分を使用収益させており、その間に該契約上の訴外高間の義務履行が不能状態にあつたことは無いものであるから、控訴人の前記主張は採用できない。

(2)  次に控訴人は「控訴人は、前記確定判決により本件建物部分より退去すべき法律上の義務を負い(右義務は昭和四一年一月三日(本件土地の賃貸借が解除された日)又は同年一一月八日(岐阜地方裁判所が前記判決をした日)に発生したものである)、賃借人として本件建物部分を使用収益する権利を法律上否定されたものであるから、控訴人が右義務を負つた日に本件建物部分の賃貸借は消滅したものである。」と主張する。しかし、前記当事者間に争いのない事実によれば、前記確定判決において認められた控訴人の本件建物部分より退去すべき義務は、本件建物の賃貸借契約の当事者でない被控訴人に対するものであつて、該契約における貸主の訴外高間に対するものでないこと明らかである。そして、控訴人が前記確定判決により被控訴人に対し本件建物部分より退去すべき義務を負つたとしても、そのことから直ちに控訴人が訴外高間に対しても本件建物部分より退去すべき義務を負うものでないこと前記確定判決(同判決は、被控訴人と訴外高間との間の本件土地の賃貸借が、同訴外人の賃料不払を理由に解除により消滅した結果、同訴外人において被控訴人に対し右賃貸借に基づいて本件土地上に有する本件建物部分を収去して本件土地を明け渡すべき義務を負い、これに伴い控訴人において被控訴人に対し本件建物部分より退去して本件土地を明け渡すべき義務を負うとしたものであることが窺われる)から明らかである。従つて、前記確定判決により控訴人が被控訴人に対し本件建物部分より退去すべき義務を負つたとしても、これにより本件建物部分の貸主である訴外高間との関係で控訴人の本件建物部分の使用収益する権利が法律上否定されたものといえないから、右義務の発生により本件建物部分の賃貸借が消滅したとの控訴人の主張も採用できない。

(二)  前記のとおり、訴外高間は、被控訴人より本件土地を賃借し、右賃借権に基づき本件土地上に本件建物部分を所有し、これを控訴人に賃貸していたのであるが、賃料を払わなかつたため昭和四一年一月三日被控訴人より本件土地の賃貸借を解除され、本件土地についての賃借権を失つた結果控訴人において被控訴人に対し本件建物部分より退去して本件土地を明け渡さねばならなくなつたものである。しかし、控訴人は、前記のとおり昭和四一年一月三日以降も引き続いて昭和四四年四月二二日まで訴外高間との賃貸借に基づき本件建物部分を使用収益していたのであるから、訴外高間は控訴人に対し右期間中の賃料債権を有するものである。そうとすれば、被控訴人が訴外高間の控訴人に対する右賃料債権の内被控訴人主張の一三箇月分の賃料債権につき転付を受け、右転付債権の弁済を控訴人に請求することが、控訴人主張のように信義誠実義務、公平の原則に照らし許されないとする理由を見出し難く、右主張も採用できない。

(三)  被控訴人が転付を受けた訴外高間の控訴人に対する賃料債権は、昭和四一年一一月一日から昭和四二年一一月三〇日までの一三箇月分の賃料債権である。控訴人が、右一三箇月の間訴外高間との賃貸借契約に基づき本件建物部分を占有使用していたことは前記認定のとおりであるから、控訴人の同時履行を理由とする抗弁も採用できない。

(四)  控訴人の敷金返還請求権又は造作買取請求権行使による買取代金債権を自働債権としての相殺の抗弁および債権者代位権により建物買取代金債権を自働債権とする相殺の抗弁は、いずれも本件建物部分の賃貸借が昭和四一年一月三日終了したことを前提とするものであるところ、該賃貸借が同日終了したことを認めるに足る証拠がなく、かえつて、前記のとおり該賃貸借は昭和四四年四月二二日まで存続していたことが認められるから(控訴人主張の右自働債権はいずれも右賃貸借終了後発生するものであるが、被控訴人は同日以前に本件債権につき転付を受けているものである)、他のことについて判断するまでもなく右抗弁は採用できないものである。

三、右のとおり、控訴人の抗弁はすべて採用できないものであり、控訴人は、他に被控訴人の転付債権金七八万円の請求を免れる事由を主張していないから、被控訴人に対し右金七八万円及びこれに対する昭和四三年一〇月六日(成立に争いのない乙第一証によると右転付債権金七八万円の弁済期は、おそくとも昭和四二年一〇月二五日までに到来していることが認められる)より支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、右義務の履行を求める被控訴人の本訴請求は全部これを認容すべきものである。

四、よつて、右と趣旨を同じくする原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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