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名古屋高等裁判所 昭和43年(行コ)13号 判決 1971年2月25日

名古屋市中村区米屋町二丁目一三四番地

控訴人

水谷正吉

右訴訟代理人弁護士

福岡宗也

田畑宏

名古屋市中村区牧野町六丁目三番地

被控訴人

名古屋中村税務署長

田中定男

右指定代理人

服部勝彦

大榎春雄

高橋健吉

大須賀俊彦

右当事者間の昭和四三年(行コ)第一三号所得税更正処分取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し、昭和四一年九月一三日付をもつてなした昭和四〇年一月一日より同年一二月三一日までの控訴人の総所得金額を金一二、八三七、八四九円とした更正決定(但し名古屋国税局長の昭和四二年八月二五日付審査裁決により総所得金額金一二、七五二、八四九円と変更された)のうち総所得金額七、八〇二、八四九円を超える部分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、左に記載するほかは、原判決事実欄の記載と同一であるから、右記載をここに引用する。

一、原判決の訂正

原判決二枚目表三行目から同五行目に「昭和四〇年七月一日より昭和四一年六月三〇日まで昭和四〇年度の所得金額を金七八〇万二、八四九円と確定申告をした」とあるのを、「昭和四〇年一月一日より同年一二月三一日まで昭和四〇年度の総所得金額を金七八〇万二、八四九円と修正申告をした」と、同表末行目に「昭和四〇年度所得金額」とあるのを、「昭和四〇年度総所得金額」と、それぞれ訂正し、原判決四枚目表三行目から同五行目に「(但し昭和四〇年七月一日より昭和四一年六月三〇日までとあるのは昭和四〇年一月一日より同年一二月三一日までの誤りであり、確定申告とあるは修正申告の誤りである。)」とある部分及び同表六行目に「(但し昭和四〇年度所得金額とあるのは昭和四〇年度総所得金額の誤りである。)」とある部分をいずれも削除する。

二、控訴人の主張等

(一)  控訴人は訴外森定不動産株式会社より名古屋市中村区米屋町二番地の六七所在の家屋一棟を賃借していたところ、同訴外会社は右土地上にビルを構築する必要が生じたため、控訴人に対して右家屋の明渡を請求した。そこで控訴人は右明渡を承諾するかわり、代替家屋土地の提供を求めて交渉した結果、同訴外会社は訴外宮田専治外三名所有の中村区米屋町二番の一三三宅地九五・八六平方米(二九坪、以下本件土地という)を借家人訴外石川重一居住のまま右宮田らから買受け(代金一、二五〇万円)、これを控訴人に譲渡し、かつ右訴外石川の立退料を同訴外会社において負担する旨の条件で話合がまとまつた。そして控訴人は代理人伊藤弁護士を通じて右訴外石川の立退を交渉し、右石川は一旦立退料九〇〇万円をもつて承諾したかに見えたので、これを右訴外会社に請求し、同会社も承諾した。ところが右石川はその後前言をひるがえし、立退料の増額を主張して譲らないので、控訴人としても今更訴外会社に追加請求もできず、やむを得ず五〇万円を自ら支出し、結局立退料九五〇万円を右石川に支払つて本件土地を完全な更地として取得したものである。

(二)  そこで、控訴人は、右訴外会社より受けた右収入を昭和四〇年度の一時所得として修正申告をするにあたり、本件土地の更地時価を坪四〇万円と評価して二九坪分合計一、一六〇万円を収入額とし、これから必要経費一七万円及び特別控除額一五万円計三二万円を控除した額の二分の一である金五六四万円を右一時所得金額とした。そして控訴人が本件土地のみを収入額としたのは、前記立退料九〇〇万円は借家人の居住という負担のあつた本件土地を完全な更地とするための費用にすぎず、実質的にみて完全な更地としての本件土地を受領したものと同じことになると考えたからである。しかるに、被控訴人は控訴人の右申告額を認めず、借家人居住の本件土地価額を一二五〇万円と評価し、更に前記九〇〇万円をこれに付加して、総計金二一五〇万円、これより算出した一時所得金額一〇六七万五、〇〇〇円として更正決定をなした。

(三)  よつて被控訴人の右処分に対し、控訴人は次のとおり主張する。

控訴人の受けた経済的利益という面からみても、前記立退料(控訴人ではなく訴外石川に対する立退料である)九〇〇万円を本件土地と無関係な独立した所得とみることは不当であり、控訴人は結局更地としての本件土地を取得したにすぎず、これにのみ課税されるべきであつて、その取得価額は一一六〇万円が相当である。仮に右の主張が認められないとしても、被控訴人の主張する借家人ある場合の本件土地の価額一二五〇万円は高額に失し不当であるから被控訴人の更正決定額は変更さるべきである。

(四)  被控訴人の後記主張事実のうち、控訴人が取得した土地が仮換地になつている点は知らない。

三、被控訴人の陳述

控訴人の前記(一)の主張事実のうち、控訴人はその立退料として本件土地並びに現金九〇〇万円(訴外石川の立退料相当額)を訴外会社から受領するという条件で、右会社の家屋明渡しの請求に応じることとしたものであり、その余の主張事実は認める。同(二)の主張事実は認める。同(三)の主張はすべて争う。なお、控訴人が取得した土地は、土地区画整理事業により中村第二工区二九ブロツク一一番宅地一〇九・〇一二平方米(三一坪一勺)に仮換地になつている。

四、証拠関係

(一)  控訴代理人は甲第一ないし第三号証を提出し、原審証人牧一光、当審証人武田昇逸同伊藤寛の各証言、原審における控訴人本人尋問及び鑑定人伊藤寛の鑑定の各結果を援用し、「乙第二号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認める」と述べた。

(二)  被控訴代理人は乙第一ないし第一二号証を提出し、「甲第一ないし第三号証の各成立は認める」と述べた。

理由

一、控訴人は名古屋市中村区米屋町二丁目一三四番地において食堂営業をなし、昭和四一年八月三一日被控訴人に対し、昭和四〇年度(昭和四〇年一月一日から同年一二月三一日まで)の総所得金額を金七八〇万二、八四九円(内一時所得額金五六四万円)と修正申告をしたところ、被控訴人は昭和四一年九月一三日右金額中一時所得金額を金一〇六七万五、〇〇〇円と変更し、昭和四〇年度所得額を総額で金一二八三万七、八四九円とする更正決定(以下本件処分という)をなしたこと、控訴人は昭和四一年一〇月一一日名古屋国税局長に対し審査請求をしたが、同局長は原決定の一部を取消し(前記一時所得金一、〇六七万五、〇〇〇円を金一〇五九万円とした)、控訴人の昭和四〇年度総所得金額を金一二七五万二、八四九円と変更裁決したことは当事者間に争がない。

二、成立に争のない乙第一、第三、第四、第一二号証、文書の形式から真正に作成されたと認められる乙第二号証、当審証人武田昇逸の証言並びに原審における控訴人本人尋問の結果(但し後記措借しない部分を除く)を総合すると、右の一時所得というのは、控訴人が訴外森定不動産株式会社から賃借中の名古屋市中村区米屋町二番地の六七所在の家屋(木造瓦葺二階建店舗住宅一棟、一階二八坪七合、二階一九坪八合)明渡しに際し、その明渡代償として右訴外会社から昭和四〇年四月頃同町二番の一三三宅地九五・八六平方メートル(二九坪、この仮換地同市中村区第二工区二九ブロツク一一番宅地三一坪一勺、以下本件土地という)及びその地上の建物(木造瓦葺二階建店舗兼住宅一棟建坪二〇坪一合、二階四坪六勺、以下本件建物という)を同建物の借家人石川重一居住のまま譲り受けたほか右石川重一に対する立退料支払に充当するために、同年四月五日金三〇〇万円、同年一一月二〇日金六〇〇万円計金九〇〇万円の現金を受取り、これを取得したことであること、そして右訴外会社は昭和三九年一一月頃、訴外宮田専治外三名から本件土地建物を借家人石川重一居住のまま代金一二五〇万円で買受けたものであり、また右現金九〇〇万円は前示のとおり右石川重一に対する立退料支払に充当するために授受されたのであるが、右石川の立退についてはその交渉その他立退に関する事柄はすべて控訴人の責任において行い、右訴外会社は全く関知しないものであることが認められ、前記控訴人本人尋問の結果中右の認定に反する部分は前記各証拠に照らし措信できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

右認定の事実からすると、控訴人が借家明渡しに際し、その代償として取得したものは借家人の存在する本件土地建物と現金九〇〇万円であると認めるのを相当とする。

控訴人は、前記現金九〇〇万円は借家人の居住という負担のあつた本件土地を完全な更地とするための立退費用にすぎず、実質的にみて完全な更地としての本件土地を受領したと同じことになるから、控訴人が借家明渡しに際しその代償として取得したものは賃借権の負担のない更地としての本件土地であると主張する。そして前記現金九〇〇万円が本件土地上の建物の借家人石川重一に対する立退料支払に充当するために授受されたものであることは前に認定したとおりであり、成立に争のない乙第一一号証に原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は昭和四〇年三月一八日訴外石川重一との間で、訴外石川は控訴人に対し同年六月一五日限り本件建物を明渡し、控訴人は訴外石川に対し右明渡しの補償として金九五〇万円を、同年三月一八日金一〇〇万円、同年四月六日金二〇〇万円、同年六月一五日金四〇〇万円、同年一一月二〇日金二五〇万円をそれぞれ分割支払う旨契約し、右約定どおり訴外石川に対し金九五〇万円を支払い、同年六月一五日には本件建物の明渡しを受けたことが窮えるから、昭和四〇年六月一五日の時点からみれば控訴人は賃借権の負担のない更地としての本件土地建物を取得したと同じであると云えないことはない。然しながら所得税法第三六条第一項にいう収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とは、収入すべき権利の確定した金額をいい、その確定の時期は、本件の如く一時所得として土地建物を取得した場合には、現実にその所有権の移転を受けた時と解するのを相当とする。従つて現実に借家人居住のままの本件土地建物の所有権の移転を受けた昭和四〇年四月以後において、控訴人がその責任において本件建物の借家人石川重一に立退料を支払つて立退を受け、これがため本件土地建物が賃借権の負担のないものとなつたとしても、これをもつて控訴人が本件借家明渡しに際しその代償として取得したものを賃借権の負担のない更地としての本件土地建物であるとすることはできない。それ故控訴人の前示主張は採用しない。

三、次に不動産をもつて収入した場合の収入金額とすべき価額につき、所得税法第三六条第二項は、当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額すなわち時価とする旨定めているので、控訴人の取得した昭和四〇年四月当時における借家人の存在する本件土地建物の価額について考察する。

本件土地建物は訴外森定不動産株式会社が昭和三九年一一月頃訴外宮田専治外三名から借家人石川重一居住のまま代金一二五〇万円で買入れたものであることは前に認定したとおりであり、前記乙第一ないし第四号証と当審証人武田昇逸の証言及び原審での控訴人本人尋問の結果の一部によれば、右訴外会社は、控訴人が同訴外会社から賃借中の前記借家の敷地を含めその附近一帯の土地上にビルを建設する必要が生じたため昭和三七、八年頃から控訴人に対し右借家の明渡を請求し、控訴人は右明渡を承諾する代りに代替家屋若しくは土地の提供を求めて交渉中訴外会社は昭和三九年一一月頃右借家の隣りである本件土地建物を借家人居住のまま訴外宮田らから代金一二五〇万円で買受けたものであるが、本件土地建物の売買については売主である訴外宮田らと買主である右訴外会社との間には特別の関係はなく、右売買の当事者は本件土地建物の売買契約締結前にそれぞれ本件土地の価格につきある程度の情報を収集した上で売買の交渉に臨み両当事者の予定売買価格の中間で代金一二五〇万円なる売買価格が成立したものであり、この間買主である右訴外会社の足もとを見られ価格がつり上げられたという形跡もないことが認められる。控訴人は、右代金一二五〇万円は当時右訴外会社がビルを早急に建築する必要があつたため殆んど売主の言分通りに価格をきめた特殊価格である旨主張するがこれを肯認するに足る証拠はない。

ところで、所得税法第三六条第二項の場合の時価とは、取得時における通常の取引価格、すなわち売買当事者間に特別な関係ないしは動機をもたず自由な取引が行われた場合において通常成立すると認められる客観的な取引価格を指すものと解されるところ、本件の如くその物自体の売買実例が存し、しかもその売買価格が成立するに至つた過程が前認定のとおりで、その間に特別な関係ないしは動機による価格のつり上げ等の事情も認められない以上、右の実際の売買価格は一応自由な取引のもとに成立した通常の価格で、売買当時の時価を反映した客観的な取引価格であると認めるのを相当とする。従つて被控訴人が控訴人の取得した昭和四〇年四月当時における借家人の存在する本件土地建物の価額を実際の売買価格である金一二五〇万円と認定したのは相当であるとしなければならない。

原審における鑑定人伊藤寛の鑑定の結果をみると、昭和四〇年三月当時における本件建物に賃借権ある場合の本件土地の時価は金九、五五一、〇八〇円(三・三平方メートル当り金三〇八、〇〇〇円)、同じく本件建物の時価は金七四、一〇〇円(三・三平方メートル当金三、〇〇〇円)である旨評価鑑定がなされ、更に訴外宮田らと森定不動産株式会社間の本件土地建物の売買代金一二五〇万円なる価格は、当時ビル建設のために特に場所と時間を制限された特殊価格であり、しかもその価格の内には土地以外に借家人石川重一の営業補償金、費用償還請求権等が含まれているから減額修正を要する旨指摘しているけれども、右鑑定中本件土地の時価の評価算定については、その算定の基礎となつた本件土地附近の各売買実例についていずれも買進みの特殊事情があつたことを前提として減額修正しているが、成立に争のない乙第五、第六、第九号証によれば、本件土地附近の右各売買実例において当時買進みの特殊事情があつたとは必ずしも認められないから、前記鑑定の結果中本件土地の時価に関する部分は直ちに採用し難く、また本件土地建物の売買についてビル建設のための特別な関係ないし動機による価格のつり上げ等の事情も認められないことは前に認定したとおりであり、更に本件土地建物の売買は前示のとおり借家人居住のままの状態における売買であるから、その売買価格中に借家人石川の営業補償金等が含まれているとは考えられず、従つてこれ等の点で減額修正を要する旨の前記鑑定人の見解も採用できない。而して他に借家人の存在する本件土地建物の時価についての前示認定を覆えすに足る資料はない。

四、してみれば、控訴人が借家明渡しに際しその代償として取得した借家人の存在する本件土地建物の価額一二五〇万円と現金九〇〇万円計金二一五〇万円を控訴人の一時所得の収入金額として算定した本件更正処分は、名古屋国税局長の審査裁決により変更された限度において相当であり、これを違法ということはできない。よつて本件更正処分のうち総所得金額七、八〇二、八四九円を超える部分の取消を求める控訴人の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却すべく これと結論を同じくする原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

そこで本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 広瀬友信 裁判官 大和勇美 裁判長裁判官福島逸雄は退官につき署名捺印することができない。裁判官 広瀬友信)

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