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名古屋高等裁判所 昭和37年(ラ)101号 決定 1962年10月03日

抗告人 佐藤ゆみ子(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一、抗告理由は別紙のとおりである。

二、案ずるに、

(1)  重婚においては、後婚の相手方である配偶者が前婚の事実を知つて婚姻したとしても後婚は当然に無効とならず、その取消の判決によつて始めて無効となり、その効力を既往に遡らせないことは民法七四八条により明らかである。従つて右取消判決ある迄の後婚は有効である。本件は取消の判決をまたず後婚の当事者が協議上離婚をした場合であるが、前記説示の趣旨により後婚は協議上の離婚によつて有効に解消し得るものにして、本件後婚は右協議上の離婚がなされる迄は有効であつたと云わねばならない。

(2)  抗告人は、右のごとき解釈をとるときは重婚の罪を冒してまで嫡出子でない子を嫡出子たる身分を取得させる途を防止できないと主張するが、かかる目的のみでなされる婚姻は元来当事者に真に婚姻をなす意思があつたものとは云い難く、婚姻をなす意思がなければその婚姻は無効であるから右主張は当らない。

しかして本件の後婚は右のごとき婚姻であるとは認められない。

三、よつて本申立を却下した原決定は相当であつて本件抗告は理由がないから之を棄却すべく、抗告費用の負担につき民訴九五条、八九条に則つて主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 坂本収二 裁判官 西川力一 裁判官 渡辺門偉男)

別紙

抗告人不服の要旨

(1) 原決定は、協議離婚無効の判決が確定すればその離婚は初めから存在せず婚姻関係が継続して居り、後の夫と他人との婚姻を挾む余地のない即ち後から婚姻届をしても前配偶者に対抗出来ない絶対的なものであるに拘らず偶々協議離婚の判決確定前に後の婚姻に付、協議離婚届がなされ、民法第七四三条により、後の婚姻が取消出来ないからと云つて、事件本人の取得した嫡出子の身分は、民法第七四八条の婚姻取消の効力不遡及の原則により之を失わないとし、著しく事件本人を保護するに急であつて、抗告人の如き正当な配偶者の利益を願みない違法の決定であるから、取消せらるべきものである。

(2) 原決定は、民法第七四四条第二項に於て、民法第七三二条に違反した婚姻の取消請求者に前配偶者が含まれているからと云つて、後の婚姻をなした者が、重婚であることを初から熟知している場合に婚姻取消を俟たずして当然後の婚姻は前配偶者との婚姻継続中になされた違法の婚姻、云うならば存在を許されない婚姻を適法化するものでもなければ又当事者なり前配偶者から取消請求を俟たずとも絶対無効のものであり、この絶対無効の婚姻により事件本人が嫡出子の身分を取得したとしても、斯る戸籍の記載は法律上許されないものであるから、之を発見した場合利害関係人たる抗告人は家庭裁判所の許可を得て戸籍訂正を申請する権利を有するに拘らず、絶対無効の後の婚姻を民法第七四四条第二項に引摺られて、取消請求の途しかないもの、換言すれば取消請求が受理されなければ尚不適法な婚姻が効力を持続しているものとの誤つた解釈をなしているものと思われる。即ち絶対無効の協護離婚届によつて後からなされた婚姻届が相対的に取消を俟つ迄は尚有効であると云う謬見をなされているものと存ぜられるが、抗告人は無効な協議離婚届に後に幾ら婚姻届が過つて受理されても該婚姻は協議離婚の無効判決が確定する迄の間尚有効とするも、前の婚姻に付協議離婚無効の判決確定の上は後の婚姻は遡つて当然無効と解する。

(3) 若し夫原決定の如くんば、何人かの手によつて知らぬ間に離婚届をなされ、何時の間にか配偶者の身分を失つていても後の婚姻届が大手を振つて歩き、離婚届の無効裁判が確定されて後に於ても後の離婚によつて婚姻が取消出来ないと云う丈の理由を以て、効力が維持されるとすれば、執行猶予になる程度の刑罰覚悟の上他人の離婚届をなし配偶者の身分を取消し子供に嫡出子の身分を得させようとする者を封ずる途なく、且知らぬ間に自己の身分関係を絶たれても慢然拱手して居らねばならぬ理由は毛頭ない筈で、原決定は法理論の上からも論理法則上からも社会正義の上からも到底首肯出来ない。絶つて事件本人保護の立場から斯る解釈をなすに於ては、それ相当の事由例えば後の婚姻をなしたる配偶者が前配偶者の協議離婚を信ずるに足るべき事由があつたと見るべき場合に限るべきであるのに本件の場合事件本人の両親の悪意は十二分に明瞭であつて、斯る者に法律上の保護を与えることは不公正のみならず著しく社会正義に反し且法の尊厳を傷付けるものと解する。

抗告の理由

1 事実関係は概ね原決定理由欄記載の通りであるから之を援用する。

2 原決定は、著しく事件本人の利益擁護に偏し、抗告人の如き善良なる前配偶者の立場を全然顧慮していない。

即ち原決定記載の如く事件本人の両親が婚姻届をなし且抗告人対佐藤修一間の協議離婚無効確定訴訟の第二審判決間際に於て、修一は勝訴の見込なしと見るや協議離婚届をなすと共に該無効確認控訴の取下げをなして居り、云うならば抗告人が事件本人の婚姻無効訴訟の訴提起の途を先に封じて了つたのであるから、原決定理由1後尾の説示をなしても抗告人には何等対抗して打つ手はなかつたのである。

さすれば抗告人は手を拱いて傍観している外ないと云うことになり、国民は法の前に平等であるべき筈なのに、事件本人の父母のなす儘看過せねはならぬ理由がない。

斯る法の解釈は畢竟するに法の解釈を誤つた形式論理であり、山田タミが善意で佐藤修一と婚姻届を出して居れば、或いは斯る保護に値するかも知れないが、山田タミは佐藤修一の二号として抗告人の立場を無視して来たもので、事件本人には気の毒であつても佐藤修一と善意の婚姻届をなしたものでなく、佐藤修一は重婚の罪により御庁に於て有罪判決を受け、目下上告中の由であつて、斯る違法婚姻により嫡出子の身分を取得しても、法律上保護されないのである。

即ち協議離婚無効の効果は、離婚がなかつたこと、云いかえれば婚姻が継続していたことは絶対的であつて、民法総則の第三者保護の規定(例えば九四条二項)も適用されない(法律学全集二三巻我妻栄著「親族法」P一三八参照)。

従つて、事件本人の両親の婚姻届は外形的に有効としても、その実不適法な法律上保護に値しない空な存在であり、斯る無効な婚姻関係によつて生じた事件本人の嫡出子の身分取得は、空中樓閣の如きものであつて、両親の婚姻は民法第七四八条第一項の婚姻取消に所謂婚姻をなしたことにならないのであるから、婚姻取消不遡及の問題は生じない。

尤も抗告人より修一及び山田タミの婚姻無効の訴及び協議離婚無効の訴提起すべきも訴の利益がないから、提起出来ないと原決定は説示するも戸籍簿に斯る婚姻、協議離婚無効の記載がないから、敢て事件本人が嫡出子の身分を維持するに於ては、抗告人としては佐藤修一及び山田タミ相手に婚姻無効及び協議離婚無効の審判申立するのに吝でない。

民法第七四八条第一項に於て婚姻取消と云い無効と云つていないことよりしても、その法理は明確であるのに原決定は修一とタミとの婚姻届出及び離婚届が取消出来ないことを前提とするものの如くであるが、民法第七三二条の重婚により第七四四条に於て前配偶者に於て取消請求を認め且第七四八条第一項に於て婚姻取消の効力不遡及は重婚者の善意の場合にのみ適用せらるべきで、印鑑冒用により協議離婚届出をなしたる無効な協議離婚を知り敢てその事情を熟知の上婚姻届を出した者には、婚姻の取消と無効とを前配偶者に於て択一的に選択し得べく、婚姻無効により嫡出子の身分を取得した事件本人の如き場合正に当然無効婚姻によつて取得した無効の嫡出子の身分であつて原決定所論の如き保護は与えられないものと解すべきである。若しそうでなければ抗告人の如き立場に立つ前配偶者の利益保護と到底衡平を保つことが出来ないからである。

3 次に原決定は、事件本人の養育監護やその将来に思いを致すとき、却つてこのような記載が消除又は訂正されないことが事件本人の福祉とも合するものと判断され、外観上取引の安全を害する虞もないと云うが、事件本人は両親の不徳義な而も父親の刑事犯罪によつて嫡出子の身分を保持しても尚保護することが果して法の精神であろうか。

公序良俗の面からも斯る戸籍上の取扱が放置せられるべきでないし、社会正義の上からも断乎却けなければ不公平である。極論すれば、相当の富豪の妾か情夫の財産を目当にして敢て情夫と妻との協議離婚届をなし、且自己との婚姻届をなしたる上自己の子供に嫡出子の身分を取得し、莫大な財産を相続することを企図しても許されるであろうか。

前配偶者の直系卑属は之により相続分を多分に侵害される虞のあることは当然であろう。

偶々本件の場合抗告人に直係卑属がないから、自己の相続分に消長を来さぬであろうとの見方も立つが、之によつて少くとも抗告人の養育した先妻の子供の相続分が侵害されることは間違いないし、佐藤修一及び山田タミが敢て事件本人に嫡出子の身分を与える為に敢て抗告人を蹂りんして離婚届を提出したとするならば、感情の面からしても到底許容出来ないのである。

法は相手が未成年者であるからと云つて常に他の善良なる者に犠牲而も法無視の挙に出でた者に対し、一率に保護を与えることが精神でないと存ずる。

以上の理由により速やかに原決定を取消の上抗告申立認容の御決定ありたく、本申立に及んだ次第である。

参照

原審(名古屋家裁 昭三七(家)一四六九号 昭三七・六・一五審判)

申立人 佐藤ゆみ子(仮名)

事件本人 佐藤昌之(仮名)

主文

本件はこれを却下する。

理由

申立人は本件申立の趣旨として、昭和三四年七月四日、海部郡佐織町長受附「事件本人の父母の氏を称する入籍届出」および昭和三五年七月一五日同職受附「父母協議離婚親権者を父修一と定める旨届出」を取消し、事件本人を佐藤修一の男と戸籍訂正を求めると述べるものであり、その申立の理由を見るに父母の氏を称する届出ならびに親権者を父修一と定める旨の届出を取消し「修一の男」と戸籍訂正を求めるため本申立に及んだものであり、またその審判申立書に戸籍訂正申立事件と表示しているので、その申立の趣旨で言うところの取消は愛知県海部郡佐織町役場備付の本籍愛知県海部郡佐織町大字千引○○○番地筆頭者佐藤修一の戸籍中事件本人佐藤昌之の身分事項欄にある当該記載事項の消除であり、また佐藤修一の男と戸籍訂正を求めると言うは事件本人と父母との続柄欄に「長男」とあるを「男」とする、三つの事項につき戸籍訂正の許可の審判を求めるものと考察される。

然るに、

一 第一の記載事項である父母の氏を称する入籍の記載事項について。

申立の際添付された戸籍謄本ならびに当庁調査官高柳寿男の調査によれば、事件本人は申立外父佐藤修一および同母山田タミ間に昭和三三年一月一〇日出生しその母より同届出せられ、また昭和三四年四月六日に至り父の認知するところとなり同届出られた。次に申立外佐藤修一が申立人佐藤ゆみ子との協議離婚届出した昭和三四年四月一七日以後の昭和三四年五月八日申立外佐藤修一と申立外(事件本人の母)山田タミの婚姻届出のあつたことが明らかである。されば事件本人はこれらにより嫡出子の身分を取得したもので、民法第七九〇条第一項本文によりその父母の氏を称して入籍することは戸籍法第一一三条の法律上許されないものに該らないと言わねばならない。事件本人が嫡出子たる身分を取得する原因となつたその父母の婚姻につき考察するに、昭和三五年八月一日申立人佐藤ゆみ子との離婚無効の裁判確定し、それは当初に遡つて無効であるから申立人と申立外佐藤修一の婚姻は有効に継続することとなり、申立外山田タミと同佐藤修一との昭和三四年五月八日届出の婚姻は重婚にして、民法第七四四条第一項本文に基き取消されるべきものではあるが、婚姻取消は同法第七四八条第一項により遡及効を与えられておらないので、例えこれを争つて勝訴し取消判決を得たとしてもその取消判決確定の時までの婚姻は依然有効であり、かつまた昭和三五年七月一五日協議離婚した現在においては婚姻取消の訴をなす利益もないものである。

二 第二の記載事項である事件本人の親権者を父修一と定める記載事項について。

申立外佐藤修一と同山田タミとの婚姻が既に前項で述べたとおり取消されるまでは有効なものであり、昭和三五年七月一五日協議離婚届出により解消されればその離婚に伴つて、未成年の子である事件本人の親権者をその協議によつてその一方に定めなければならないことは民法第八一九条第一項により当然のことであり、この協議の記載のない届書は受理されないものである。しかしてこれまた戸籍法第一一三条のその記載が法律上許されないものであること又はその記載に錯誤か若しくは遺漏があることに該るものではない。

三 第三の続柄欄に「長男」とあるを「男」とするについて。

戸籍上父母との続柄欄に長男と登載されるには、長子たる男子の嫡出子である身分関係を保存しなければならないが、事件本人は父の認知と取消されるまでは有効な父母の婚姻によつて嫡出子の身分を取得した長子たる男子であるから、これもまた戸籍法第一一三条に反するものであるということはできない。

以上を綜合するにそのいずれも適法であり、事件本人の養育監護やその将来につき思いを致すとき、却つてこのような記載が消除または訂正されないことが事件本人の福祉にも合するものと判断され、申立人の言う外観上取引の安全を害する虞もないものであつて理由のないものであるから、主文のとおり審判するものである。

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