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名古屋高等裁判所 昭和35年(ナ)2号 判決 1962年4月06日

原告 高士実

被告 三重県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「訴外平松マサエより提起された、昭和三五年一月一二日執行の安芸郡安濃村議会議員の一般選挙における当選の効力に関する訴願について、昭和三五年三月三一日被告がなした裁決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告は請求棄却の判決を求めた。

(原告の請求原因事実)

一、昭和三五年一月一二日執行の三重県安芸郡安濃村々会議員の一般選挙において、同村選挙会は、候補者高士実(原告)の得票数を一四九票、同田中清七の得票数を一四八・三三〇票、同平松マサエの得票数を一四七票と認定し、原告は当選、田中清七及び平松マサエは各落選と決定された。

二、ところが、前記平松マサエは、右選挙における当選の効力に関し同村選挙管理委員会に対して異議の申立をなし、同委員会において右異議を認容しなかつたため、同人は更に被告に対して訴願を提起した。

三、そこで、被告は審査の結果、同村選挙会において決定した候補者田中清七の得票一四八・三三〇票につき、別に「日中也ナ」なる投票を有効と認めて加算し一四九・三三〇票となし、又、候補者平松マサエの得票一四七票に対し、「マツヘ」及び「ますへ」なる投票二票を有効と認めて加算し一四九票となし、一方、原告の得票一四九票については、そのうち「タカシミノル」なる投票を無効と認めて控除し、一四八票となし、もつて同年三月三一日さきになされた同村選挙管理委員会の決定(異議申立却下決定)を取消し、右選挙における当選人高士実(原告)の当選を無効とする旨裁決した。

四、しかし、原告は被告の右裁決に対して不服である。その理由は次のとおりである。

(一)  「日中也ナ」なる投票を、投票者の意思が不明なるに拘らず田中清七の誤記と速断し、これを同候補者の有効投票と認めたことは、失当である。右投票の記載は、各文字とも完全なる字体であつて、相当文字を解する人が故意に無効となるべきことを予期して、ことさら候補者以外の者の氏名を記載したものである。これを田中清七に対する有効投票と認めることは不当であり、公職選挙法第六八条の精神に反する。

(二)  「タカシミノル」なる投票につき、タカの二字の右側に附せられた傍点をもつて有意の他事記載と認め、これを無効投票としたことは首肯できない。本件選挙に際しては、ムラタタカシ(村田孝)及びタカシミノル(高士実)の両名が立候補し、その氏名が混同せられる恐れがあつたので、原告は自分が戸嶋出身のタカシであることを選挙民に銘記して貰うため、選挙ポスターにタカシミノルと書きタカシの右側に特に傍点を附して注意を喚起しておいたところ、投票者が誤つてタカの右側に傍点を記載して投票してしまつたのである。右のような訳で、これはなんら他意ある記載と認むべきでなく、被告の判定は誤りである。

(三)  平松マサエの有効投票と認められた「マツヘ」及び「ますへ」の二票は、いずれも同人の名前を記載したものでなく、且つ本件の安濃村には同様の名前の選挙民が六三名もいる。したがつて、これを同人に対する有効投票と認めることは、公職選挙法第六八条第二号に違反する。

(被告の答弁事実)

一、原告の請求原因事実のうち一ないし三の事実は認める。

二、右四の主張事実についてはこれを争う。すなわち

(一)  「日中也ナ」なる投票が、候補者田中清七に対する有効投票と認めらるべきことは疑がない。自治庁選挙部長の昭和三〇年五月三〇日付回答にも、「日中」又は「田中」とあるを田中の誤記であると解した先例がある。

(二)  「タカシミノル」の投票のように、タカの右側に各傍点を附したのは他事記載と見る外はない。若し、単にタカシとのみ記載した場合ならば、他の候補者村田孝と区別するため、高士の高であることを意味づける趣旨でタカの二字に傍点をつけることも考えられるが、タカシミノルと完全に氏名を記載したとき、これに傍点を附する必要はなく、右は他事記載と認めるべきは当然である。現に、同村選挙管理委員会においても、同選挙で「大森勉」の森の右側に丸点二個を附した投票を無効投票と解しており、これと同巧異曲なる本件投票も、これを無効とすべきこと勿論である。

なお、仮に右投票を原告のための有効投票に数えても、原告の総得票数は一四九票となるに過ぎず、最下位当選者田中清七の一四九・三三〇票に及ばないから、原告が落選者となる結果には変りがない。

(三)  「マツヘ」及び「ますへ」の名前を有する者が、安濃村選挙民のうちに六三名もいることは不知である。

(双方の立証)<省略>

理由

一、昭和三五年一月一二日執行の三重県安芸郡安濃村村会議員の一般選挙において、同村選挙会が、候補者高士実(原告)の得票数を一四九票、同田中清七の得票数を一四八・三三〇票、同平松マサエの得票数を一四七票と各認定し、原告を当選者(最下位当選者)、田中及び平松の両名を各落選者と決定したこと、右平松マサエは、原告の当選の効力を争い同村選挙管理委員会に異議の申立をしたが、却下せられたゝめ、更に被告に対し訴願の申立をしたこと、被告は、審査の結果(イ)原告の得票中、「タカシミノル」と記載した投票を無効と認め、これを同人の得票数から控除して一四八票となし、(ロ)「マツヘ」及び「ますへ」と記載した各投票を平松マサエに対する有効投票と認め、これを同人の得票数に加算して一四九票となし、更に(ハ)「曰中也ナ」と記載した投票を田中清七に対する有効投票と認め、これを同人の得票数に加えて一四九・三三〇票となし、よつて同年三月三一日、右各候補者の得票数の比較により原告の当選を無効とする旨裁決したこと、以上の事実は、当事者間に争のないところである。

二、ところで、原告は右裁決は失当で取消さるべき旨主張するので、以下この点について判断する。

(一)  検証の結果によると、右選挙の投票中に、「タカシミノル」と記載した投票一票が存在することが認められ、そのタカの二字の右側に附せられた傍点を見るに、その大きさ、形状及び記載された位置等から考察すると、右はいわゆる有意の他事記載に該ると認めるを相当とする。右認定をくつがえすべき資料はない。

原告は、原告に対する投票中に右のような傍点を附した投票が存する理由として、本件選挙の候補者中に、ムラタタカシ(村田孝)なる者がおり、同人の名と原告の姓が偶々同一発音であるため、その混同を避ける必要上、原告の使用する選挙ポスターの姓に該る部分に特に傍点を施しておいたところ、選挙人が誤つて投票の際にも原告の姓の一部に傍点を附したものと主張する。しかしながら、原告の選挙ポスターの姓の部分に特に傍点を施すことが、他の候補者ムラタタカシと区別するに役立つかどうか疑問であり(そのためなら寧ろ名の部分に傍点を附すべきである)、原告において右のような選挙ポスターを使用した旨の証人青木昌夫及び原告本人の各供述は必ずしも措信しがたいが、仮に右のようなポスターが当時選挙区内に掲示されていたとしても、そのため、投票者が誤つて無意識にタカの二字にのみ傍点を施したものとは考え得ない。原告の右主張はとうてい首肯しがたい。なお、被告も指摘するように投票者において原告の姓のみを記載して投票をなした場合には、或いは高士の高の字を意味づける趣旨でタカの二字に傍点を附することも考えられるが、本件におけるように、原告の姓及び名の全部を記載したときには、他の候補者と区別する必要もなく、特に傍点を用いることの意味が理解できない。結局、右投票の傍点の記載は、投票者がなんらかの意図をもつてした有意の他事記載と認める外なく、この点の被告の判断は正当というべきである。

なお、乙第七及び第八号証並に検証の結果によれば、本件選挙においては、「アサヲ。ミイチ」「アラキ。サカエ」および「大森勉」なる投票が、その姓の右下又は姓の一字の右側に丸点を施されてあるため、本件投票と同様、それぞれ他事記載として無効と判定せられていることが認められる。

(二)  又、検証の結果によると、本件選挙の投票中に、「曰中也ナ」なる記載のある投票一票が存するが、(その字形については、検証調書添付写真六参照)、その記載の筆跡筆勢等より推察するときは、「日」は田中の田を書くべくして誤記し、「也」は「せい」又は「セイ」と書くところを誤記脱字し、更に「ナ」は「七」を書くべくして誤記したものと思われる。

およそ、投票の効力を判定するに当つては、当該選挙が候補者制度をとる以上、投票は一般に何れかの候補者に投票せられたものと推測し、選挙人の意思を尊重して、他に特段の事情がないかぎり出来るだけ有効と解すべきことが必要である。公職選挙法第六七条の法意もこゝにあると考えられる。しかして、本件における前示投票は、その字形及び筆勢等から観察して、投票者が候補者田中清七に対し投票する意思であつたことを看取するに充分である。右認定を左右すべき証拠はない。したがつて、右投票は、田中清七に対する有効投票と認めるのが相当である。

もつとも、証人田中義次の証言によれば、本件選挙においては田中清七の外田中姓の者が数名立候補したことが明らかであるが、右投票の記載は、田中清七の氏名に最も類似性を有すると認められるし、又、(原告主張のように)選挙人において同部落から数人の田中が立候補したゝめ、その何れにも投票することを避ける意味で、ことさら字形をあいまいにし、無効投票とする意思であつたことを窺うべき資料もないから、右投票をもつて田中清七に対する有効投票と認めるに妨げない。

なお、検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件選挙の投票中に、「 スオ」と記載した投票が存在し、同村選挙会において、これを田中清七(通名やすを)に対する有効投票として取扱つたことが明らかである。

(三)  更に、検証の結果によれば、本件選挙に際して、「マツヘ」及び「ますへ」なる二投票が存在したことが認められ、同村選挙会においてこれを無効投票として処理したことは、当事者間に争のないところである。しかしながら、本件弁論の全趣旨に徴すると、右選挙においては、女性の立候補者は平松マサエの外一名もなかつたことが明らかであるから、前示投票が女性の名を表示していることの疑ないこと、及び右記載文字の音感が著しくマサエに近似していること等を考慮すれば、該投票はいずれも平松マサエの有効投票と認めることが至当と思われる。したがつて、右に関する同村選挙会の判断は支持し得ず、被告のなした裁定は正当というべきである。

三、以上のような次第であるから、原告の主張はすべて採用できず、被告が原告の当選をもつて無効と裁決したことは相当であり、これを是認しなければならない。

よつて、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 石谷三郎 山口正夫 吉田彰)

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