大判例

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名古屋高等裁判所 昭和29年(う)239号 判決 1954年6月07日

控訴人 被告人 田島新逸

弁護人 中沢信雄

検察官 竹内吉平

主文

本件控訴は之を棄却する。

理由

弁護人中沢信雄及被告人の控訴の趣意は同弁護人及被告人各提出の控訴趣意書と題する書面に記載の通りであるから茲に之を引用するが之に対する当裁判所の判断は左の通りである。

弁護人及被告人の事実誤認の控訴趣意について、

論旨は要するに被告人は恐喝の意思なく惹いて事実の誤認を主張するにあるが原判決挙示の各証拠其の他原審に於て取調べた証拠に依れば被告人が原判示日時国島正男に対し前後二回に亘り判示の如く夫々記載した書面就中一通の書面には約三百万円借用したい云々の金額を明示して金員を要求する旨の記載した書面を郵送し更に電話にて判示の如く申向けて脅迫し因て同人から判示金員を喝取せんとした事実を認めるに十分にして右認定を覆すに足る証拠がない。論旨は原審が適法になした証拠の取捨判断を批難するものと言う外はないので採用することが出来ない。

弁護人の量刑不当の控訴趣意について、

原審に於て顕れた総ての証拠の内容を検討するときは被告人が喝取せんとした金員の数額、本件犯行の動機、態様其の他諸般の状況に鑑み原判決の量刑が重きに過ぎるものとは認め難いから論旨は理由がない。

被告人の訴訟費用の裁判に対する控訴趣意について、

訴訟費用の負担を命ずる裁判に対しては本案の裁判に対し上訴があつたときに限り不服を申立て得ることは刑事訴訟法第百八十五条後段の定めるところであつて訴訟費用の裁判に対しては独立して上訴をすることが出来ない。従つて本案の裁判に対し上訴をすると同時に訴訟費用の裁判に対し不服を申立てた時でも本案の裁判に対する上訴が棄却された時には仮令訴訟費用の裁判に対する上訴が理由があつてもその上訴は棄却さるべきである。而して本案に対する控訴の趣意が孰れも理由のないことは前記各論旨に対する判断に依つて明かであるから所論の訴訟費用の裁判に対する論旨についてはそれに対する判断をする迄もなく之を棄却すべきものである。

被告人の爾余の控訴趣意について、

本件訴訟記録を精査するも訴訟手続に所論の如き法令違反あることを発見し得ないから論旨は理由がない。

尚原判決には他にも破棄しなければならないような事由はないから刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却することとし主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 羽田秀雄 裁判官 小林登一 裁判官 石田恵一)

被告人田島新逸の控訴趣意

原審の判決主文と理由に左記の間違及び不当なる点がありますので上申致します。

一、「金員を喝取せんとした」云々とありますが、三百万円の事は仮に私の手紙を文面通りに見て載いても、自動車事業の出資金は凡べて国島家名義にて監督して戴き私は労務による報酬を願つて居ただけにて決して喝取の目的ではありません。従来より国島家とは親兄弟の如く親しく交際して来た関係上、幼少の頃より私の性質をよく知つて居る国島家では手紙の裏の意味をよく知つて居る筈です。裏の意味とは私が美智子の事を三年経つてもあきらめず其の間に十数通の手紙、又は電話にて美智子及び正男氏との面接を申込んでも全然受入れられませんでした。私には理由なく結婚の約束を破棄せられた事に対して不満もあり、あの様ないやがらせな手紙を書いたもので、目的は正男氏及び美智子と面接致し、美智子との結婚につき結論的な交渉をしようと思い、尋常な手段では駄目だから、強硬な手紙を書いたに過ぎません。金員を喝取する目的ではありません。

二、「恋愛関係に破れ」云々とありますが、各証人の証言及び、美智子の手紙によつても明らかな如く、私と美智子の関係は恋愛関係より一歩進んで、結婚の日取り、及び結婚後の住む家まで選定されて居たのであります。

三、昭和二十九年二月二十七日の判決言渡し、及び其の判決謄本中、「刑法第二百二十二条、罰金等臨時措置法中、所定の懲役刑を選択」云々とありました。処が三月九日に書記課より前に渡した判決謄本は条文の適用を間違えて居たからと新しい判決謄本と取換えられました。それには「刑法第二百五十条を適用」云々と変更されて居りました。私はこれは刑事訴訟法違反ではないかと思います。

四、書記課に於ける公判記録の加入及び削除の件につきまして、1、昭和二十八年十一月四日の公判廷に於ける私の証言中「そしてそれが金を取る為の脅迫手段であつた事、並びにそれが失敗に終つた事も事実であります」云々と云う事は私は申しませんでした。2、昭和二十八年十一月二十四日の公判廷、国島正男の証言に於て「田島君を私が法政大学への入学の世話をし、又、下宿の世話までしました。」云々と証言しました点が削除されて居ります。この点が何故必要かと申しますと神聖なる法廷で宣言、宣誓をしながら、事実無根の偽証をされた点を申し上げたいからです。その当時正男は応召中にて居りませんでした。

五、公判記録を取つて間違つて居る点が多々ありましたので念の為、録音より記録を取ろうと思い、書記課に許可を求めますと、既に録音は消えて居るとの事、私は不審に思いますから再審理を御願いしたいのであります。

六、上申書を私が二通、父が二通結審後に書記課より裁判長宛に提出致しました。(其の内父の一通は赤木先生の指示に従い、二月十五日の結審直後に提出し、記録に残るとの事でありました。)が何れも記録にありません。これも私は不審に思います。

七、判決主文中、海老名幸子、水野豊明、杉江孝子の三名の旅費日当は、被告人に於て支払うべしとありますが、これは昭和二十八年十一月二十四日の公判に於いて国島正男が偽証したるにより、それを明らかにせんが為、かくも多勢の証人に迷惑を掛けたのでありまして、各証人の証言によりまして国島親子三人の偽証は明らかなものであります。従つて費用は被告人持とは不当と思います。

八、本事件は最初より最後まで国島家の策動により市警、毎日新聞一宮支局員と称する二名、平山弁護士、検察官、裁判所の書記課に至るまで感情、私情が交つて居たと疑わざるを得ません。その点に就きましても御説明致したいと思つて居るのであります。私は正しい事実により正当な裁判を受けたいのであります。以上累々申上げましたが何卒御明察を賜りたく控訴趣意書を以つて上申致します。

弁護人中沢信雄の控訴趣意

第一、原判決は事実の誤認がある。

(1)  原判決は被告人が国島正男より金員を喝取せん事を企て同人に対し「金三百万円を借用したい云々」と申向け若し要求の金を出さなければ同人の生命身体等にどんな危害を加えるかも知れない旨暗示して同人を畏怖させて金銭を喝取せんとした旨判示して居る。然し乍ら被告人は公判廷に於て「真実のその時の私の目的はそう云う積りではなかつた」と供述し又如何なる目的で問題の手紙を書送つたかの点に付き、是迄数十回に亘り手紙を出したり電話をかけ会つてくれと申込んだが、会つてくれないので、会つて美智子との結婚の話の結末を付け又現在の心境を述べて就職の世話でもして貰う心算だつた。又三百万円をとる気があつたかとの問に対し最初からそう云う事は出来ないと考えて居たと供述して居る。又本件手紙の相手方へ与える影響に付いて、被告人は、夫れ迄兄弟の様に親しくして居たので相手も自分の右真意が判るものと思つて我侭から云つた、相手方は自分の真意が判つて居る筈、との意味を陳述して居る。

(2)  而して本件手紙の文面は部分的、形式的には一応読者を畏怖せしめ得るやも知れぬが、之を内容全体に亘り孰読すれば被告人が美智子を諦め得ない真情と、その為非惨な境地に在る事を訴え相手方の義理或は同情に訴える真意が強大でありむしろ相手方をして被告人と面会を発意させんとする空気が満ちて居る。而して之が果して脅迫たり恐喝たり得るかは固よりあらゆる具体的事情を顧慮せねばならないところであるが、抑々被告人と相手方とは幼少より真の兄弟関係以上に親密なる間柄に在つた事は疑なく、美智子とは、明らかに結婚を前提として肉体的関係があり且双方の親が承認して結婚の日取迄確定して居たのである。

(3)  この関係は本件に於て極めて重大であるが相手方たる国島正男乃至同美智子等はこの点に付き殊更虚偽の供述をして居る。然し乍ら同人等の供述は自体矛盾、且不条理で信憑力なく、却而証人広瀬禁治及びかず子、同奥田しま、同海老名幸子、同田島藤助、同よしの各供述は何れも平明に被告人の供述と一致し且真実と認められる。猶証第十一号乃至第十五号の手紙は美智子が被告人に書送りたるものなることは同女も自認して居り文面は明らかに美智子が真実心より被告人を愛し結婚する意思であつた事が認められる。就中証第十一号手紙は昭和二十六年四月初め頃被告人が美智子と常滑町へ「馳落」したる後に美智子が自宅から出した事はその記事から明白であるが「幸福な人の羨む様な家庭を築き上げる様二人が一緒に努力致しましよう」「後もう少しの辛棒私を信じて」「二人一緒になつてから」又「やがて来るべき日を楽しみに母に孝養して」等とあつて親や兄が認めて結婚の日取りが定まつて居た事が判然として居る。にも拘らず同女は公判廷に於て「始めから結婚の対象とも愛しても居なかつた」或は「親密でもなかつた」等と余りにも虚構の侮辱的供述をして居るのである。証人国島ふくは「新吾がしつかり考え直してくれたら一緒に岐阜で住ませたらと、内輪で正男が言つた事がある」と供述して居り結婚日取の定まつた点を裏付けて居るのであるが証人正男はその点をも敢えて否定し而も被告人が美智子を騙して連出したとし其他殊更被告人との親密関係を否定せんとして虚構の供述を敢えて行つて居る事は明白であり、要するに被告人と美智子の関係は「恋愛に破れ」では無く「結婚の日取り迄定められたるに相手方より漫然破棄され或は破棄されんとして」である。

(4)  斯様な具体的親密関係に在り、殊に本件手紙に先立ち数十回に亘り面会を求めて手紙又は電話が為されて居た上の事である。この特殊関係を確認して本件手紙を通読すれば、その意図、真意は恰かも親子又は親友間の我侭な言葉(外部の者からは一見驚く程度)の如きものであり、被告人は勿論相手方に対しても真実に文面通り脅迫又は恐喝として通用されぬものであつたと信ずる。尚相手方等の前記虚構な証言、と相手方が既に被告人の父母の性質並に行動性を知り乍ら本件手紙につき一片の通知相談もせず逸早く文面通りのものとして警察問題とした経緯を見れば、相手方が之を機会として将来の関係を一挙に断絶せんと企てたものと認めざるを得ないのである。又証人国島正男も三百万円の要求に対し如何に解釈したかの質問に答え「現在の生活に困つて居ることを知つて居たので当場の苦痛を言つてきたと思つた」と洩らして居る事に依つても真相の一端が判る。以上の如く本件は脅迫でも又恐喝でもないのに拘らず原審が恐喝罪として認定したのは重大なる誤りである。

第二、原判決は刑の量定が不当である。

前段の如く被告人と国島美智子は相思の仲で肉体関係もあり、両者の親も承認して結婚の日取迄定められて居たところ相手方が漫然変心したことは疑の余地無く、年若い被告人としては、遂に美智子を忘れ得ず日夜懊悩死に勝る苦しみを味はい為に事業にも次々失敗したのに対し、相手方は冷酷にも何等之を顧みず捨て去り、堅固な城に閉じこもり被告人の面会懇請に耳をかさず被告人の親にも何等の挨拶も行わなかつたのである。本件手紙が仮りに恐喝手段と仮定するもこれはむしろ歎願的、又は語気を強めて苦悩を訴えて居るものであり、真に相手方を畏怖せしめ因て金銭を交付せしむるが如き意図は甚だ微弱と確信する。又問題の手紙にも「いくら金に困つても悪いことはしたくない」と明記されて居り、被告人としてはこれが犯罪として原審の如く取扱われる如きは全く予期し得なかつたのである。何れにしても本件は実質問題として有罪と断定処分するに於て、何物か不自然且物足りぬ不味が多分に在る。本件事態の責任はむしろ全面的に被告者側で負担するを妥当とする案件と信ぜられるに拘らず茲に被告人のみ有罪として処分せられるは余りにも片手落且冷酷であり、被告人を善導する所以でない。以上の理由に依り仮りに有罪とするも原判決の量刑は不当に重く破棄せらるべきものと信ずる。

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