大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和27年(う)446号 判決 1952年7月21日

控訴人 被告人 近藤慶文

弁護人 高井吉兵衛 外一名

検察官 神野嘉直関与

主文

本件控訴は之を棄却する。

理由

本件控訴の理由は弁護人高井吉兵衛提出の控訴趣意書記載の通りであるから茲に之を引用する。

之に対する当裁判所の判断は次の通りである。

一、弁護人に対する公判期日不通知の瑕疵とその治癒に就て。

記録を調査するに、昭和二十五年二月十七日の原審公判期日は、被告人に対する召喚状の送達があつたのみで、弁護人に対して通知した形跡は之を認めることができないから弁護人所論の通り、右期日は弁護人に対して通知せられなかつたものと看るの外はない。しかし同月十三日に至り、原審主任弁護人高井吉兵衛、弁護人大道寺慶三連名を以て「被告人は他の被告事件につき名古屋拘置所に勾留せられたから右二月十七日の公判期日には自由に出頭し難い」旨の御届と題する書面を原審に提出したところ、原審は期日の変更を為さずして公判を開き、被告人及弁護人大道寺慶三出頭の上審理を為し弁論を終結したのであるが、右開廷並に結審に際り被告人及び弁護人共何等の異議その他の申立が無かつたことは之を明認することができる。

刑事訴訟法第二百七十三条第二項によれば「公判期日は、これを検察官、弁護人及び補佐人に通知しなければならない」と規定せられ、また同法第六十五条第二項に「被告人から期日に出頭する旨を記載した書面を差し出し、又は出頭した被告人に対し口頭で次回の出頭を命じたときは召喚状を送達した場合と同一の効力を有する。口頭で出頭を命じた場合はその旨を調書に記載しなければならない」と規定せられてあるから、公判期日の通知は可なり厳格に取扱われているのである。従つて弁護人が他の情報によつて公判期日を知つた場合に於ても、裁判所は該弁護人に対して公判期日の通知をしなければならないと解するを正当とする。故に弁護人に対する公判期日の通知なくして公判を開廷したとすればそれは明に訴訟手続の違背であると共に一面弁護権の制限ともなるので、その違背は判決に影響すべき性質のものであると謂はなければならない。

しかし飜つて考えると、訴訟手続の違背は往々にして治癒せられる場合がある。弁護人に対する公判期日の不通知にしても、該弁護人が公判期日に出頭して異議なく弁論を為した場合とか又は被告人が後日該弁護人を解任した場合とか或は被告人が該弁護人の弁論を抛棄した場合等に於ては、右の不通知の瑕疵は完全に治癒せられて何等の問題を生ずることが無いのである。

これを本件に就て看るに、原審が弁護人に対して公判期日を通知しなかつたことは明に違法であるが、右の瑕疵中、大道寺弁護人に対する不通知の点は、同人の異議なく出頭したことによつて完全に治癒せられ、高井弁護人に対する不通知の点は、被告人が原審公廷に於て暗黙の中に、同弁護人の弁論を抛棄したことによつてこれ亦完全に治癒せられているのである。

何とならば前記公判期日に於て、被告人及び大道寺弁護人出頭の上、主任弁護人たる高井弁護人の不出頭に関し、何等の異議又は申立なくして審理を受けたことは、その理由を解するに苦しむのであるが、審理を終結するに際しても、主任弁護人不出頭の故を以て期日の続行を求めたことも無く、又同弁護人不出頭の原因を究明して結審につき異議を申立てた形跡もない。即ち被告人及び弁護人共主任弁護人の不出頭を是認し、その弁論を抛棄したと看るの外はないのである。

即ち原審が高井弁護人に対する公判期日の通知を遺脱し、同弁護人不出頭の侭で公判を開いたことは訴訟手続の違背には相違ないが、右の瑕疵は被告人が同弁護人の弁論を抛棄したことによつて完全に治癒せられたのであるから、結局原審の訴訟手続には何等の違法が無いと解すべきものである。従つてこの点の論旨は理由が無い。

二、主任弁護人の不出頭と公判審理の進行に就て。

刑事訴訟法第三十三条、第三十四条、同規則第十九条乃至第二十五条の規定を通看すると、被告人に数人の弁護人ある場合に於ては、其中から主任弁護人又は副主任弁護人を指定又は選定することを要し、主任弁護人又は副主任弁護人は書類の送達等に就ては他の弁護人を代表し、他の弁護人は主任弁護人又は副主任弁護人の同意がなければ、申立、請求、質問、尋問又は陳述をすることができない等の規定があるので、主任弁護人又は副主任弁護人の地位は極めて重要なものであると謂わなければならない。然らば主任弁護人の出頭が無いと、他の弁護人は、申立、請求、質問、尋問又は陳述をすることができないであろうか。若し然りとせばかかる場合に於て副主任弁護人の指定なくして公判審理を進めることは、訴訟手続の違背を招来するのではなかろうか等の問題を生ずるのである。惟うに被告人に数人の弁護人ある場合に於ては公判廷その他に於て往々にして各異なる申立、請求、質問、尋問又は陳述等を為し、裁判所をして、その何れに依るべきかに就て疑義を生ぜしめ、訴訟手続の円滑進行に支障を生ずる惧れがあると共に、延いては被告人の不利益を招来することもあり得るので之を防止せんとする目的を以て制定せられたのが刑事訴訟法第三十三条、第三十四条、同規則第十九条以下の規定である。従つて主任弁護人以外に尚数人の弁護人ある場合に於ては、主任弁護人の出頭が無いと、前述の弊害を生ずる惧れがあるから、裁判長は必ず刑事訴訟規則第二十三条の規定に基き副主任弁護人を指定しなければならないのであるが、主任弁護人以外に一人の弁護人あるに止まる場合に於ては仮令主任弁護人不出頭の場合と雖もかかる弊害が生じないのであるから、出頭した弁護人は当然主任弁護人と同一の権限を行使することができるものと謂うべく、従つて裁判所は特に副主任弁護人を指定しなくとも適法に公判審理を進めることができると解釈すべきである。これを本件に就て看るに昭和二十五年二月十七日の原審公判期日に於て、主任弁護人高井吉兵衛出頭せず、相弁護人大道寺慶三が出頭したところ、原審は同弁護人を副主任弁護人に指定することなくして審理判決したのであるが、これを目して訴訟手続に違法があると謂う論旨は、右の理由により失当である。

即ち本件控訴は理由が無いから之を棄却すべきものと認め、刑事訴訟法第三百九十六条に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 深井正男 判事 鈴木正路 判事 山口正章)

弁護人高井吉兵衛の控訴趣意

原判決は下記の様な違法があり破毀を免れない。

原審に於ては昭和二十五年二月十七日公判が開かれ其公判に於て(公判調書参照)裁判官より昭和二十四年十一月十三日行われたる証人調の結果等提出され、又立会検察官より証拠の取調の請求あり裁判官は之れを取調べる旨を宣し、検察官より証拠の提出あり裁判官は之れを受理して証拠となし、之れに対し被告人及弁護人の意見を徴し、次で検察官の意見を述べしめ弁論を終結して直ちに即決で懲役一年の判決を言渡した。而し乍ら此公判期日の通知は主任弁護人高井吉兵衛に対して通知することなく(記録参照)而も主任弁護人の出頭なく欠席の侭公判を開き審理を為し直ちに判決を言渡し主任弁護人の弁護権を不当に制限した違法のものである。即ち原審記録を調査するときは昭和二十五年一月六日第二回公判開かれ関係者の出頭したること迄は明かなるも其公判に於て被告後藤欠席の為次回を一月二十日と指定し関係人に出頭を命じたとあるも次回の一月二十日には公判を開きたる形跡もなく又之れを変更したることもなく全く一月六日の公判の決定は如何様に取扱れたるか不明であり、突然二十五年二月十七日公判開廷されたるも主任弁護人其他弁護人には通知なく(記録参照)当日の公判に於ては記録に明確の如く裁判所に於ける証人調の結果及検察官より新証拠の提出あり之れに対し被告人及当日出廷したる弁護人大導寺慶三の意見を聞き証拠として採用した。大導寺慶三の弁論あり即決で判決を言渡された。右様の次第で主任弁護人に公判の通知をすることなく、其欠席の侭公判を行い然も其公判が証拠の取調をなし且つ最後であつたこと等を考えると、主任弁護人のなすべきことも多く且つ弁護人大導寺慶三出頭すると雖も刑事訴訟法各法規により弁護人は主任弁護人の不在の場合其権能を自由に行使出来ざる場合もありて弁護人も其弁護権を完全に行使し得ず殊に主任弁護人は其弁護権を制限せられたるもので原判決は此点に於て破毀を免れない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例