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名古屋高等裁判所 昭和25年(う)1977号 判決 1951年3月03日

控訴人 被告人 藤井三之助

弁護人 志貴三示

検察官 柳沢七五三治関与

主文

原判決を破棄する。

本件を津地方裁判所四日市支部に差戻す。

理由

弁護人志貴三示の控訴趣意第一点について。

原審検察官が冒頭陳述において罪責認定に関する事実の外に「情状として被告人には前科のある事実」と述べた事は原審第二回公判調書により明らかである。然しながら我が国の刑事訴訟制度の如く職業的裁判官のみによる裁判にあつては「情状として被告人には前科のある事実」と述べたことにより予断を抱かしめるとは考えられないのみならず、現行刑事訴訟法上証拠調べにつき罪責認定と刑の量定の段階を区別していないのであるから、検察官において若し刑の量定に関し被告人の情状に関する事実を立証せんとするならばいわゆる冒頭陳述においてその証明すべき事実を明らかにする事は何等違法ではない。論旨は独自の見解に立つものであつて採用出来ない。

同第二点について。

被告人の前科は所論の通り古いものであつて、刑法第三四条の二により刑の言渡の効力は失われたものであつても、そのために被告人の情状に関する資料となし得ないわけではないから、検察官が情状に関する事実として右前科の事実を立証したからとて違法とはいわれない。論旨は理由がない。

同第三点について。

検察官は、被告人側において被告人の性質素行が善良である事を立証された後でなければ、被告人の悪い性格について立証することは出来ないと云うような規定は存しない。本件において所論の前科調書は之を証拠とするにつき被告人並に弁護人は同意しているのみならず、その取調べは検察官の立証の最終として為されたものであることは原審公判調書の記載により明らかである。されば原審が右前科調書を証拠として取調べたのは何等違法ではなく論旨は理由がない。

同第五点について。

原判決が罪となるべき事実の第二として判示したところは「被告人は小林光吉から甘藷買付の依頼を受けこれが資金とし昭和二四年一〇月二二日頃から一一月中旬頃までに合計金九万一千円を預り保管中その頃内金二万六千九百余円を擅に着服横領した」というのであつて、その証拠として被告人の原審公判廷における供述と証人小林光吉の証言を挙示する。仍つて右証拠を検討するに、証人小林光吉の証言によれば同人が被告人に対し右判示の如く甘藷買入資金を交付した事並にその内甘藷又は現金で返された残金二万六千九百十円は他に使い込んでもらつては困る金であるとの事実が認められる。而して被告人の原審公判廷における供述は、同人が使い込んだ金は右証言の通り結局二万六千九百十円であること並にその金は色々な事情から自分の金同様に振舞い生活費等に使い込んでしまつて申訳ないと云うのであつて、右二万六千九百十円は被告人が小林光吉に返し得なかつたところの計算上の金額に過ぎないのであつて、該金員を生活費等に費消した事は明らかであるが、果して之を一つの犯意の下に着服したかどうかの点は不明である。従つて原判決挙示の証拠では被告人の判示着服の事実は之を認定し難い。此の点において原判決は証拠によらずして事実を認定した違法がある。(尚ほ若し本件が費消横領であるとせば、その費消行為は起訴状によるも一回ではないようであるから、本件横領罪の訴因が一個なりや数個なりやにつきよろしく検察官に対して釈明を求めなければならない。従つて費消横領とせば此の点においても原審は審理不尽の違法を免れない)仍て原判決が証拠なくして事実を認定した違法があるという論旨は理由があつて原判決は破棄を免れないから、その余の論旨に対する判断を省略し、本件控訴は理由があるものとして刑事訴訟法第三七八条第四号第三九七条に則り原判決を破棄する。

而して同法第四〇〇条本文に則り本件を原裁判所に差戻すべく主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 石塚誠一 裁判官 若山資雄 裁判官 佐藤盛隆)

弁護人志貴三示の控訴趣意

第一点原審に於ては検察官が冒頭陳述する時に、被告人が前科がある事実を述べて居る点 冒頭陳述は公訴された事実の法律上構成せらるる事実を述べ然かも裁判官をして予断を抱かしめる事は陳述すべからざるは勿論情状に関する事実は述べる事は出来ん。若し之が許される事になれば裁判官は知らず知らずの間に不公平の裁判をする事になる虞があるからである。犯罪の成否に関係のない前科は起訴状に記載する事は許されないと同趣旨である。刑事裁判の実際 横川敏雄著、十三頁二行以下

第二点検察官は被告人に前科ありとして前科調書を証拠に提出せる違法あり。前科調書によると被告人は、(一)大正十五年二月二十二日詐欺罪で懲役一年。(二)昭和十一年九月九日詐欺横領罪で懲役一年六月に、各処刑せられ、最後の刑は昭和十三年三月八日終了したる事は右調書の記載で明である。

刑法第三十四条の二によると禁錮以上の刑に処せられ之が終了してから十年を経過すれば刑の言渡は其の効力を失ふ事になつて居る。之は前科者扱にせん規定で十年間も真面目にやつていた者を過誤が仮りにあつたとしても、前科を参考する事は出来ぬ規定である。

本件被告人は酒色に耽つて本件犯行をしたものでなく商売の失敗で記録上明なる通り、安達に引つかけられて損をしたので斯様な事案に対し古い前科を持出すのは違法である。

第三点被告人が悪性である立証本件に於ては前科調書の提出は被告人側に於いて被告人の性質素行が善良である事を立証された後でなければ、被告人の悪性に付検察官は立証出来ん。新証拠論 鈴木勇著 二八四頁以下。参照 英米法は印度証拠法を根拠としてる 印度証拠第五十四条には、刑事々件に於ては被告人は曽て不良な性格であつたという事には関連性が無い。但し被告人の性格が善良であると云う証拠が提出せられた場合には当該事件に於ては其不良性は関連あるものと規定されてる。

本件に於て弁護人は被告人の善良性なる事を何等立証せんに拘らず、検事が前科調書を提出したのは違法である。

第五点原判決は判示第二の事実に被告人が二万六千九百余円を着服横領をしたと認定したが、証拠上斯る事実は認められぬ。被告人は旅費とか生計費に消費したと述べてる。横領の態様は事実認定の上で正確であるべく公訴事実は費消横領となつている。公訴事実にない事実を認定した事に帰する。原判決の如く認定するならば訴因を変更せしめるのが当然である。此の点に於いても(一)誤認であると共に、(二)起訴されぬ事実を認定した違法がある。

(その他の控訴理由は省略する。)

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