大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成5年(行コ)4号 判決 1997年4月30日

控訴人

渡邊育穂

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

伊神喜弘

山田敏

在間正史

鈴木次夫

被控訴人

愛知県収用委員会

右代表者会長

祖父江英之

右訴訟代理人弁護士

入谷正章

右指定代理人

中嶋静夫

外四名

被控訴人

愛知県

右代表者知事

鈴木礼治

右訴訟代理人弁護士

佐治良三

後藤武夫

右訴訟復代理人弁護士

建守徹

右指定代理人

志治孝利

外一八名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2(一)  主位的請求

(1) 被控訴人愛知県収用委員会(以下「被控訴人委員会」という。)が昭和五五年一一月一一日付けで控訴人渡邊育穂(以下「控訴人渡邊」という。)、控訴人小林豊の承継前原審原告小林鍵市(以下「亡小林」という。)及び控訴人宮田定雄(以下「控訴人宮田」という。)に対してした権利取得裁決を取り消す。

(2) 控訴人らの被控訴人委員会に対する同被控訴人が昭和五五年一一月一一日付で控訴人渡邊、亡小林及び控訴人宮田に対してした明渡裁決の取消しを求める部分の訴えを名古屋地方裁判所に差し戻す。

(二)  予備的請求

仮に右(一)の請求が認められないときは、控訴人らの被控訴人愛知県(以下「被控訴人県」という。)に対する訴えを名古屋地方裁判所に差し戻す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人委員会

1  控訴人らの被控訴人委員会に対する本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

三  被控訴人県

1  控訴人らの被控訴人県に対する本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  事案の概要、争点及び当事者の主張

事案の概要、争点及び当事者の主張は、控訴人らの控訴の理由及びこれに対する被控訴人らの反論を次に付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄第二ないし第六の記載を引用する。

一  都市計画決定、下水道事業計画及び同認可が違法とされる場合の一般的基準について

(控訴人ら)

原判決は、都市計画決定が違法となるのは「都市計画法上の考慮要素についての県知事の判断に社会通念上著しく不相当な点があり、その裁量権の範囲を逸脱し、又は裁量権の濫用があったと認められる場合のみ当該都市計画決定が違法となる」としている。

しかし、「社会通念上著しく不相当な点があり」という判断基準は無内容であって、それは行政事件訴訟法三〇条にいう裁量権逸脱ないし裁量権濫用を言い換えたにすぎない。そればかりか、「社会通念上著しく不相当な点があり」の「著しく」という文言を無反省に事案に当てはめるとき、判断基準を必要としないほど極端な場合のみ違法となり、不当に行政庁の裁量権を広く認め、国民の救済を実質上拒絶し、行政事件訴訟法三〇条を形骸化する危険がある。

原判決は、都市計画法の定める基準、すなわち都市計画法二条、一三条一項柱書、同項四号、七号の定めを引用し、これら基準が抽象的な文言で定められているにすぎないので、その性質上、専門技術的な判断と同時に都市政策全体の見地からの政策的な判断を必要とするものということができるとし、これをもって県知事が裁量権を有する根拠としている。しかし、第一に、本件都市計画決定は都市施設たる下水道に関するものであって、下水道法の規制に準拠して決定されるべきである。放流先の水質環境基準を守れないような都市計画決定は違法である。工場排水を受け入れることにより環境負荷が増大する場合も違法となる。公共用水域の水質環境基準を最も合理的、効果的に達成できる最適計画案の選択がされていない都市計画決定も違法である。第二に、公用負担を伴うものであるから、比例の原則によって解釈されるべきである。比例の原則とは、ある目的を達成するために必要最小限度を越えた不利益を課するような手段を禁ずる原則である。計画汚水量の算定を誤り、過大な算定をし、過大な都布施設を計画したときは違法となる。また、処理施設を特定の所に集中させるのではなく分散させた方が国民の負担が分散されるので合理的であると考えられるとき、処理施設を特定の所に集中させる計画は違法である。第三に、他の公共目的を害するものであってはならない。河川でいえば他の公共目的の一つは河川流量の維持、特に流水の正常な機能を維持する流量の確保である。河川として必要な維持流量を確保できないような都市計画決定は違法である。第四に、最少費用、最大効果の原則に従うべきである。これは公共事業である上は当然の原則である。

愛知県知事は、都市計画決定に際して、以上の諸事項において、法律の解釈とその当てはめについて、その裁量権行使を制約されていると解すべきであって、これを逸脱したと判断される場合は、その都市計画決定は違法となる。

都道府県は水質環境基準が定められた公共用水域について、その水質環境基準を下水道の整備によって達成させるため流域総合計画を定めなければならない(下水道法二条の二第一項、同法施行令二条)。流域総合計画を定めるについては、あらかじめ関係都道府県及び関係市町村の意見を聴き、建設省令で定めるところにより建設大臣の承認を受けることになっている。建設大臣はその承認に当たって環境庁長官と協議することが義務付けられている(下水道法二条の二第四項、五項)。そして、当該地域についての個別の排水規制の状況、河川等の下水の放流先の状況などとも密接な関連を有するので、この計画策定に当たっては事前に河川部局、公害部局などの関係部局と十分調整を計ることが求められている。以上の手続を経た上で、下水道法二条の二第三項一号ないし六号の勘案事項を考慮した上、個別の単独公共下水道とするか、単独公共下水道と流域下水道、流域下水道と流域下水道、一個の流域下水道一本とするかとの組合せを決定することとなっている。

本件都市計画では、水質環境基準が定められて流域総合計画を策定しなければならない公共用水域でありながら、流域総合計画は策定されていない。このことは下水道法が定める手続が踏まれておらず、必要な調整もされていないことを意味するのであるから、行政過程の観点から、その適正さは何ら保障されていない。すなわち、県知事の裁量権を正当化する根拠を欠くものである。流域総合計画を定めるべき公共用水域でありながら、それが策定されていない場合は裁判所が判断代置方式の立場に立って大規模流域下水道方式を選択した本件都市計画決定の当否を判断すべきである。

仮に判断代置方式によるべきであるとの解釈が容れられないとしても、勘案事項の検討及び計画案の選択において、勘案事項の検討の有無、案相互の優劣の判断に不合理がないか等、判断過程に不合理がないか否か審査すべきであり、判断過程に不合理な点があれば違法とすべきである。

(被控訴人委員会)

控訴人らの行政庁の裁量権の範囲に関する主張は、本件都市計画に対する理解を欠いたものであり失当である。

控訴人らの主張する本件都市計画の違法性の主張は、本件都市計画に係わる行政庁の裁量権についての理解を欠いたものである。本件都市計画は、愛知県知事が決定したものであるが、右決定が、県知事の自由裁量に属するものであることは都市計画法の解釈上、自明の理であり、控訴人らの主張は本件都市計画が知事の自由裁量に属することを全く無視するものであり、失当である。本件流域下水道に係わる事業計画の策定についても、下水道法の解釈上、県の自由裁量に属するものであることは同様である。

また、本件都市計画については県知事に、本件事業計画については県(流域下水道管理者)に、それぞれ第一次的な裁量権があるものの、これらはいずれも建設大臣の認可を受けなければ確定しないものであるから、その点で制度的な保障も存在しているのである。

二  都市計画事業の認可の違法判断の基準時(争点2の2)について

(控訴人ら)

1 原判決の違法性の判断の基準時に関する判示には、法令解釈の誤りがある。

違法性の承継が認められるのは先行処分(事業認定、都市計画事業認可)と後行処分(収用裁決)とが相結合して一つの効果(収用)の実現を目指し、これを完成する一連の手続である場合、つまり先行処分が後行処分の準備である場合であるが、完成される一定の効果(収用)が一連の手続の目的であって中核をなす。したがって、その効果を完成させてよいか否かが違法判断の基準であり、その効果が完成される時期、つまり収用裁決時を基準として先行処分も含めてすべての行為の違法判断がされるというのがその制度目的や体系からの論理的帰結である。

控訴人らは本件収用裁決により土地収用等、公用負担の不利益を受けるのであるから、違法判断の基準時も当該収用裁決時と考えるべきことは当然である。そのように解さないと、本件収用裁決時には本来違法と判断される事由があるのに、土地収用という不利益を甘受しなければならないこととなり、背理である。

2 原判決が違法判断の基準時について昭和四六年としたのは違法である。

原判決は、違法判断の基準時は都市計画事業認可時であるとする。しかし、原判決は、本件収用裁決の先行処分たる都市計画事業認可は、昭和五三年一〇月九日の本件都市計画事業変更認可としているのであるから、これによれば、違法判断基準時は昭和五三年一〇月九日時点となるはずであり、原判決には重大な理由齟齬がある。

収用裁決は、その告示の日から一年間で失効する事業認定(土地収用法一六条、二九条)に基づくことを要するが、都市計画事業については事業認定を行わず、その事業認可の告示をもって事業認定の告示とみなし(都市計画法七〇条)、事業認定失効の日に事業認定の告示があったものとみなされている(同法七一条一項)。したがって、本件収用裁決の基礎となった事業認定は、みなし告示日である昭和五三年一〇月二六日のものであり、これが違法判断の基準時となるはずである。

3 原判決の都市計画変更義務に関する判示には、法令解釈及び法令適用の誤りがある。

(一) 都市計画法五条は、都市計画に関する基礎調査をおおむね五年ごとに行うべき旨定めている。同法二一条は基礎調査の結果、変更する必要が明らかとなったとき、当該都市計画を遅滞なく変更しなければならないとしている。下水道法上も「流域別下水道整備総合計画は水質環境基準が定められた後、原則として二年以内に策定するよう努め、その策定後も事情の変更等を考慮して原則として五年毎に見直しを行うものとする」とされている(昭和四六年一一月一六日付け建設省都下企発第三五号建設局長通達「下水道法の一部を改正する法律の施行について」)。したがって、原則として五年ごとに原計画を見直し、原計画策定の基礎となった事項(例えば、流域内の工場排水の実態、計画汚水量の算定や大規模流域下水道方式を採用したこと)について事実が異なってくるならば、原計画は直ちに変更されるべきであり、これに違反したと認められるときは、変更義務に違反したものとして、都市計画事業認可ないし事業計画の変更認可を違法と解すべきである。

(二) 都市計画の変更義務が認められる場合、本件都市計画決定は違法となるものであるところ、本件流域下水道及び本件処理場は、その選択が誤っており、その変更の必要があった。(被控訴人委員会)

1 控訴人らは、違法性の承継が肯定されることを前提に主張している(被控訴人らは違法性は承継されないと考える。)が、それは後行行為の取消訴訟において先行行為の違法性が主張できるというにすぎず、その際の違法判断の基準時は、あくまで先行行為の処分時であって、後行行為の処分時と解すべきでないことは明白である。

2 原判決は、違法性の承継が認められる場合には、先行行為の違法判断の基準時は先行行為の処分時であるとしているのであり、この見解を前提とするならば、本件で主要な争点となっている都市計画決定自体の違法性を判断するとなれば、当該都市計画決定のされた昭和四六年当時を基準とすることは、当然のことであり、なんら理由齟齬を来すものではない。

また、控訴人らは、本件収用裁決の基礎となった事業認定はみなし告示日である昭和五三年一一月二六日のものであるから、これが違法判断の基準時となる旨主張するが、そもそも「みなし告示」の制度は、物価の変動に応じて被収用者の正当な利益が侵害されないよう、補償金の額をその時点で時価に修正するためのものであって、違法判断の基準時の問題とは何ら関係ないものであるので、右主張は理由がない。

3 後発的事実の発生によって、一旦適法に決定された都市計画に変更義務が生じ、右変更義務を尽くさなければ当初の都市計画事業認可決定及び事業計画の変更認可が違法になることがありうるとの原判決の判断には、そもそもその妥当性において疑問がある。のみならず、都市計画法六条は、都市計画の策定とその実施を適切に遂行するためには、都市の現状、都市化の動向等について、できる限り広範囲にデータを把握し、これに基づいて計画を策定する必要があるところから、都市計画に関する基礎調査を行うことを規定したにすぎず、また、この規定を受けた同法二一条では、この基礎調査の結果、「都市計画を変更する必要が明らかとなったとき、その他都市計画を変更する必要が生じたときは、遅滞なく、当該都市計画を変更しなければならない」と定め、控訴人らの主張のように「直ちに」変更することまで義務付けているわけではない。また、控訴人ら指摘の通達も「原則として五年毎の見直しを行うものとする。」と規定するように、見直しの原則についての指針を述べたにすぎず、義務付けまでしているものではない。したがって、見直しを行うか否か、見直しを行うとしてもその時期をいつにするかは、いずれも行政庁の裁量に委ねられた問題であり、この見直しを五年ごとに行わなかったとしても直ちに違法となるものではなく、控訴人らのいう変更義務の主張は採用の余地がない。

三  本件都市計画事業の認可の適法性(争点2の4)について

(控訴人ら)

1 流域総合計画の欠如について

(一) 原判決は、流域総合計画を策定することなく流域下水道事業に関する計画を進め、これを実施することを禁止する規定がないこと等の理由で違法ではないとしているが誤りである。

下水道法によれば、都道府県は公害対策基本法九条一項に基づき水質環境基準が定められた河川その他の公共の水域又は海域で、水質の汚濁が二以上の市町村の区域から排出される汚水によるものであり、かつ、当該公共用水域の水質を主として下水道の整備によって当該水質環境基準を達成させる必要があるときは、公共用水域ごとに流域総合計画を定めなければならないと定めている(下水道法二条の二第一項、同法施行令二条)。

右のように、公共用水域ごとに流域総合計画を定めなければならないとされた趣旨は、当該水域の水質を保全するためには、河川等公共用水域を大局的総合的な見地から見て、当該流域全域にわたっての最も合理的な下水道の整備に関する総合的な基本計画を策定し、これに基づいて、個別の公共下水道、流域下水道を整備していくことが不可欠であるとされたためである。したがって、流域総合計画は、河川、湖沼、海域等の公共用水域の水質環境基準を達成維持するために必要な下水道の整備を、最も合理的、効果的に行うことを目的として策定されるものである。境川等とそれらが流入する衣浦港(衣浦大橋より湾奥の衣浦港)は「境川等水域」として昭和四五年九月一日、閣議決定により、下水道整備の促進施策によって水質環境基準を達成すべき水域類型の指定を受けている。そして、同水域は流域総合計画を定めなければならない公共用水域であり、「知多湾等流域」として流域総合計画の対象とされながら、いまだに建設大臣への承認申請すらされていない。知多湾等流域総合計画は、いまだに建設大臣の承認もなく、その承認以前の県知事での調査段階である。計画がこのような段階に止まっている理由は、境川流域下水道等が流域の排水を取り込み下流で放流する(バイパス)ため、河川流量が大きく影響を受ける、つまり維持流量が確保できないため、河川部局との調整がつかないためであるとされている。

右のように、計画が定められていない理由は、流域総合計画を定めるに当たって勘案しなければならない事項の一つとされている「当該地域における地形、降水量、河川の流量、その他自然条件」が満たされていないからである。

したがって、流域総合計画を策定することができないまま下位計画を進行させたものであるから違法である。

(二) 仮に流域総合計画の定めがなくても本件都市計画において流域総合計画を定めるについて検討すべき事項についてすべて検討され同計画の目的と要件に合致していれば違法性が阻却されるということはありうるが、本件都市計画においては、流域総合計画を定めるについて検討すべきものとされている事項について検討していないので違法である。

2 本件調査委員会委員長らによる誤りの自認等

(一) 本件調査報告が仮に原判決の認定するように、「学問的な調査、研究にとどまるものではない。」にしても、高松武一郎教授が述べているように「矢作川、境川流域全体としての下水道を計画するのにどれくらいの大きさの下水道処理プラントをどこにいくつくらい建てれば全体として一番合理的」かという程度のおおざっぱな計画案であった。本件調査報告がその後何らの検討を経ることなく、そのまま「実施計画」として実現するという認識はなかったと思われる。そして、本件調査報告の表紙を変えたのみで本件基本計画の内容とされ、その間に何らの検討もなかったのであるから、基本計画策定のための調査としては不十分である。

(二) 本件調査報告について、組織や機関としての決定を経たものではないけれども、委員長及び中心委員としても本件調査報告の作成に関与した中心メンバーであった三教官がその誤りを認め、ことに重金属等の有害物質について水質の指標として入れていなかったことの誤りを認めたこと、本件都市計画の最適化計画が全く意味のないことが明らかにされたことは、本件都市計画の違法性を推定させる重要な事情となる。

3 工場排水全量受入れの問題点

(一) 工場排水受入れ検討の必要とその欠如

本件都市計画区域内の工場排水は、大規模工場の排水、重金属等有毒物質を多量に含む排水、冷却水など低BOD排水等、下水道に受け入れるには多くの問題点があったにもかかわらず、何の検討もしていない。

重金属などの有害物質については、昭和四〇年代初めの四大公害裁判を通じて、人の生命や環境に重大な影響を与えるものとの認識は一般化していたのであるから、当然その受入れの是非は検討されなければならなかった。

また、主務官庁である建設省の編集した流域総合計画の指針である「流域別下水道整備総合計画調査指針と解説(以下「指針と解説」という。)」(昭和四九年)は、下水道計画における工場排水の取扱いについて、次のように述べている。

下水道整備予定区域内の工場、事業場等の排水の下水道(汚水管)への受入れは、次の基本的な考え方に基づき判断するものとする。

(1) 冷却用水、空調用水等でその水質に関して公共用水域に直接放流することが合理的なものについては除外する。

(2) 工場の処理施設の設置により、公共用水域に直接放流することが合理的なものについては除外する。

(3) 排水量が著しく多量であるもの、その他工場等が単独で処理を行うことが適当であると考えられるものについては除外する。

右(1)は生産工程において汚染されていない水であり、(2)は有害物質等について除外施設により処理され水質的に見て公共用水域に直接放流しても支障がないと考えられる場合であり、(3)は大規模工場などの排水である。

このように、下水道計画の指針において工場排水の取扱いを検討すべきものとされているのに、本件都市計画では、その検討がされないまま、すべての工場排水を受け入れている。被控訴人らは右指針と解説は昭和四九年に作成されたものであり、本件都市計画が決定された昭和四六年にはなかったのであるからその検討の余地はないとしている。確かに、右指針と解説は昭和四九年に作成されている。しかし、流域総合計画は昭和四六年に法定され、その後昭和四九年まで流域総合計画に関する規定についても法律の改正があったわけではない。右指針と解説の発行によって、昭和四九年に法の趣旨が確認されたにすぎない。前記(1)の生産工程において汚染されていない水などの下水道終末処理場の処理水質よりも水質の良好な工場排水は、これを下水道に受け入れ、BOD濃度等を高くした「処理水」として公共用水域に放流することは不合理であり、直接公共用水域に放流した方が合理的であることは、時代の前後を問わない経験則である。これは、前記(2)、(3)も同様であり、右指針と解説は、この当然の経験則を確認的に記載したにすぎない。

(二) 活性汚泥法による処理の限界

本件都市計画の工場排水量は日量五二万トンであり、しかも工場排水量の約四分の三を占める機械鉄鋼という業種の工場排水は、酸、アルカリ、油分、各種重金属、シアン等の有毒物質を多量に含んでいる。活性汚泥法は無機性の汚濁物質を処理することができないのであるから、各種重金属等の有害物質は、何の処理もされないまま終末処理場から放流されたり、汚泥に混入する。

原判決は、工場排水を大量に受け入れるという事実、法が守れなかった場合に起きる重大な事実を過小に評価しており、その判断に誤りがある。各種の工場排水は、種類の異なった工場ごとに個別に自己処理することが有害物質を効率的で確実に除去できる。

(三) 不法投棄の助長

原判決が述べるように、法は水質を規制しており、それを利用者が守らなければならないことは事実である。しかし、現実に供用を開始している公共下水道において、不法投棄が後を絶たないという実態である。ちなみに、東京都の昭和五一年度の実績では、監視回数(立入り回数)を分母にして違反回数を分子にした違反率は四三パーセントである。原判決が違法判断の基準時とする昭和四六年ころの違反率は、前記昭和五一年時を超えることはあっても下ることはなかったものと思われる。右のような実態を無視した下水道計画は、「絵に書いた餅」である。

下水道の構造的、技術的特質や利用者の意識などを十分に勘案して計画は策定されなければならない。法律をいかに守らせるか、守りやすいシステムはどのようなものであるか考慮して検討し、決定すべきである。

原判決が述べる法律の規制の面から見ても、昭和四六年当時は、水質汚濁防止法と比較して、下水道法の水質の規制も甘く、直罰規定もなかったので、不法投棄が安易にされていたのが当時の実情である。下水道法は、その後徐々に規制を厳しくして水質汚濁防止法と同程度の規制を置くようになったのである。

(四) 汚泥処理処分の困難さ

本件都市計画は、汚泥の量の面から見ても、質の面から見ても、重要な問題を提起しており、原判決はその点の認識を欠落させている。

本件都市計画における計画汚水量は、日平均で約八七万トンである。そのうち工場排水の量が日量五二万トンである。スラッジケーキにして年間一〇万トン、そのうち約六〇パーセントが工場排水によるものである。これは昭和六二年度の時点での名古屋市の全処理場の処理水量を合計した量にほぼ匹敵する膨大な汚泥の量であり、かつ、工場排水の割合が五〇パーセントを超えるという他にあまり例を見ない、非常に大きな値である。そして、原判決も認めているように、下水処理場の汚泥中、各種の重金属の量は、工場排水を受け入れるところの方が値が高くなっている。右のような重金属により汚泥が汚染され、重金属の濃度が非常に上がってしまうと、汚泥の有効利用を阻害することになり、汚泥の捨て場所にも困難を来す。資源のリサイクルを有効に機能させるためには、工場排水を下水道に入れないことである。できる限りきれいな汚泥を生産することである。

(五) 低BOD濃度の工場排水の受入れの問題点

原判決は「標準活性汚泥法は流入下水のBOD濃度が一〇〇ないし二〇〇ppmのときに最も効果的に汚泥を処理することができる」と認定した上、「BOD濃度の低い工場排水も、汚水を効果的に処理できる濃度に薄めるという役割を果たすことができ、従って、低BOD濃度の工場排水を公共下水道に受け入れること自体は意味のあること」と述べている。

しかし、本件都市計画の工場排水のうち、低BOD排水を除いても流水下水の濃度は151.0ppmである。本件境川都市計画の汚水処理においては、汚水を効果的に処理できる濃度に薄める役割(希釈効果)をBOD濃度の低い工場排水に求めること自体不必要であり、無意味である。

4 計画汚水量算定の誤り

(一) 工場排水量

控訴人らの工場排水量原単位の将来値が現在値と同じであるため将来の工場排水量が過大になり誤っているとの主張に対し、被控訴人らは、工場排水量原単位については、将来回収利用率が高まり、減少する方向で進むものと予想されることから、冷却冷房用水を除いて定めており(これは一〇〇パーセント回収の意味である。)、小さくしてあると主張しているが、被控訴人らの右主張は事実に反する。

本件調査報告の表3―5は、工場排水量の現在値(昭和四四年値)について、愛知県実態調査値と全国平均値を比較したものである。その目的は、工場排水量の現状をつかみ、将来値の前提となる現在値について、全国平均値か愛知県実態調査値か、いずれを用いるべきかを決めることである。したがって、両者の比較は同じ内容のもので数値の比較をしないと比較の意味がない。

同表の全国平均値は、琵琶湖周辺下水道計画での全国平均値と同じものが用いられている。琵琶湖周辺下水道計画では、工業用水量から原料用水とボイラー用水及び回収水の排水とならない用水等の合計量(消失量と称している。)を引くことにより、工場排水量を計算している。一方、工業用水量の中には、冷却用や冷房用の用水も含まれている。したがって、冷却冷房用水で回収されずに排水となったものが工場排水量に含まれており、これらが工場排水量から除かれていないことは、この工場排水量の算出方法から明らかである。このように、琵琶湖周辺下水道計画では冷却冷房用水は工場排水量から除かれていない。

そうすると、愛知県実態値も全国平均値と同じ内容で比較しなければならないから、全国平均値と同様に冷却冷房用水を除いていない数値でなければならない。

そのうえ、本件調査報告の愛知県実態値は工業用水から工場排水量を計算するというような間接的な方法(いわば入口調査)ではなく、工場排水量を昭和四四年に実施した工場排水量基本調査から直接求めている。工場からの排水は冷却冷房用も洗浄用等のものも一緒に排出される。このような排水の水量調査(いわば出口調査)であるから、冷却冷房用水が回収されずに排水となったのも排水量に含まれているのは、その調査の性質上当然のことである。排水量調査(出口調査)であって、用水量調査(入口調査)ではないから、冷却冷房用水等の用途ごとの用水量の調査は対象外である。

本件調査報告の汚濁予測は琵琶湖周辺下水道計画にならって、これと同じ方法で調査されたものである。そして、琵琶湖周辺下水道計画では、工場排水量原単位は、現在値も将来値も、冷却冷房用水を除いて定められていない。したがって、本件調査報告でも、工場排水量原単位は冷却冷房用水を除いて定められていないのである。

(二) 家庭汚水量

家庭汚水量原単位の実績値とその推移を本件調査報告での予測値と比較すると、予測値は実績値に比べてすべて大きく、それも後の年ほど大きくなり、予測と実績の乖離が年々大きくなっている。本件調査報告では、家庭汚水量と営業汚水の和で一般家庭汚水量を定めているが、一般家庭汚水量の実績は家庭汚水量の予測値程度でしかない。

したがって、本件調査報告の表3―15の家庭汚水量のように水が使われておらず、本件都市計画が前提とする家庭汚水量原単位の算定状態が崩れている。家庭汚水量も、予測が実績に合致しないことが昭和五〇年には客観的に明らかになってきている。

5 最適化計画決定の誤り

原判決は、本件調査報告において、投資効果面の費用計算(ステップ1、2)には差はなく、意味がないが、行政面(ステップ3)や水域面(ステップ4)の検討がされているから合理性があるというようである。

しかし、ステップ1、2の投資効果面の費用計算に意味がないならば、そこで捨てられた三二のケースについても行政面や水域面の検討をして最適計画を選択する必要がある。本件調査報告は、四ケースについてだけしか(水域面は一ケース)これらの検討をしていない。捨てられた三二ケースの中に選択されたケースよりも優れているものがあれば、本当の最適計画は選択されていないのである。費用計算の意味を否定したならば、三六ケースすべてについて行政面、水域面の検討をしていない本件調査報告書の選択の経過は、一応の合理性すら肯定できるものではない。

6 流域下水道方式採用の問題点

(一) 流域下水道方式の採用自体の違法性

流域下水道が制度としては法律上認められていても、それが実際にはマイナスが多かったり、計画汚水量が一〇〇万立方メートル/日という大規模なもので、また、工場排水を多量に含んでいるためにマイナスが多いというのが現実である。

そうすると、下水道計画の決定という下水道方式を含めて下水道の内容を決定する場合、単独公共下水道方式による下水道計画案や計画汚水量が少なく(一〇万ないし二〇万立方メートル/日程度)、また、家庭系類似以外の工場排水を含んでいない流域下水道方式による下水道計画案を棄てて、流域下水道方式による下水道計画案、特に計画汚水量が一〇〇万立方メートル/日で無機系工場排水を多量に含む流域下水道方式による下水道計画案を選択し採用することは、それ自体違法である。

(二) 環境負荷の増大

悪質下水の排水等の不法投棄がされたか否かは、処理場での処理の悪影響、水質測定等、処理場がその発見の端緒となることがほとんどである。したがって、処理場管理者が直接排水監視ができる体制が最も優れている。流域下水道は、処理場管理者が直接排水監視ができない制度なのであり、監視制度として劣っていることは明らかである。

また、汚水量が一〇〇万立方メートル/日のような大規模の場合、不法投棄があっても他の下水で希釈されて処理場流入時には発見できなくなっていることが多い。そのため、このような流域下水道は、処理場からの放流水による環境負荷が増大する方式なのである。

そして、流域下水道の場合、市町村は下水を受け入れる管渠を管理するだけである。下水処理水による影響については、責任もなく利害関係がない。そして、下水道会計からは下水排水者は料金収入を得る相手であっていわば顧客である。そのため、排水調査に熱意を欠き、人員、設備が削減されることは十分に予想される。そうすると、法律はあっても、それを機能させる体制と意欲が欠けることになり、流域下水道は、この点も単独公共下水道より劣っているのである。

(三) 経済性

大規模流域下水道が採用される理由は経済的であるからと説明されている。流域下水道は、建設費では、幹線管渠を必要とし、管渠建設費用が高くなるが、処理場建設費に規模の利益が働くので(建設省によれば、処理水量一立方メートル当たりの建設費単価は、処理水量の約0.7乗に比例すると説明されている。)全体としては、単価は安くなり、また、維持管理費でも、規模の利益が働くので(同様に処理水量の約0.7乗に比例すると説明されている。)単価は安くなり、両面で経済的と説明されている。そうすると、処理水量一〇〇万立方メートル/日では、規模の利益が働かなくなっているということになると、大規模流域下水道は余分な幹線管渠を必要とするから、全体の建設単価が安くはならず、むしろ高くなることがある。また、この経済性は、下水道が短期間に完成することを前提としているが、大規模流域下水道は規模が大きくなるほどその完成に長期間を要するので、それまでの間、処理水量当たりの建設費、維持管理費とも高くなり経済的でなくなる。

(四) 上流市町の下水道整備の遅れ

下水道計画は、単独公共下水道か流域下水道かという方式、更にどれだけの規模のものにするか、どの区域とどの区域を組み合せるか等、多様な選択肢がある。その中で、現に汚濁源となっている上流市町の下水道整備につき、その早期整備が可能な方法(単独公共下水道等)があるのに、これを棄てて、その整備が遅れることが明らかな本件都市計画案を選択することは合理的でない。

本件都市計画決定の違法は下水道計画決定についての違法である。下水道計画の決定は、下水道法二条の二第三項からも明らかなように、複数の計画案の中から、その中で最も優れた計画案(最適計画案)を選択することによってされる。その際、当該公共用水域の水質環境基準が定められ、同条により流域総合計画を定めなければならない流域での下水道計画は、その目的である当該水質環境基準を最も早く達成しうるものでなければならない。境川―衣浦港水域の場合、既に昭和四五年九月一日、閣議決定により、境川等水域として、境川、逢妻川、猿渡川等と衣浦港(衣浦大橋より湾奥の衣浦港)の水域が、下水道の整備の促進の施策により、各水域の水質環境基準を達成すべき水域類型の指定を受けている。境川水域の下水道計画は、最も速やかに下水道整備が可能であって、各水域の水質環境基準を速やかに、少なくとも所定の達成期間内に(境川―衣浦港水域の場合は、境川(新境橋)下流、逢妻川(水干橋)下流、衣浦港は五年以内で可及的速やかに、その他は五年を超える期間で可及的速やかに)達成することができるような計画案が選択されなければならない典型である。

境川水域の場合、既に昭和四六年三月の本件基本計画決定時において、それ以後、水域内の各市町が下水道整備を行うことにより、各水域の水質環境基準を速やかに達成する必要があったのである。水域の各市町は、本件基本計画決定時において、下水道の(面)整備を、単独公共下水道の場合は直ちに下水処理場を建設して、流域下水道の場合は県による幹線管渠の接続時に合わせて行うことが予定されていたのである。

複数の案から最適な案を選択する下水道計画の決定の場合、各計画案それぞれの下水道整備は、技術的に可能であれば、直ちにされるのがすべての案に共通の条件である。本件基本計画(都市計画)は、本件調査報告から明らかなように、各ユニットを組み合わせた三六の案の中から選択されたものであるが、ユニットは現地調査により地形等を考慮して決定し、各ユニットにはそれぞれ一つの処理場の建設が予定され、その候補地は現地調査によって適当に選ばれるものとして決定されているのである。

本件都市計画(基本計画)決定の場合、流域の市町の下水道整備の時期は明らかである。それは、本件都市計画(基本計画)決定後、単独公共下水道方式であれば、市町は直ちに下水道処理の建設に着手して下水道面整備を行うということであり、流域下水道方式であれば、県は直ちに下水道処理場と幹線管渠の建設に着手し、市町は幹線管渠の接続に合わせて下水道面整備を行うのである。単独公共方式と流域方式を組み合わせたものであれば、両者が混在することになる。

流域方式の場合は、幹線管渠の各市町への接続という、市町ではどうにもならないもので、かつ、下水処理場からの距離等という地理的条件によって、各市町の下水道整備が制約されるが、それは流域方式の本質として避けられないことである。したがって、本件都市計画区域の境川流域の場合、豊田市、三好町、東郷町、豊明市、安城市という上流域に汚濁源となる市町がある場合、流域下水道方式を採用する案、特に本件都市計画のように最下流部に一箇所の下水道処理場を建設する案では、これら上流市町の下水道整備が最も遅れることになることは、その案に本質的なもので回避できないことである。そのため、流域総合計画策定義務水域である境川水域の水質環境負荷を削減して、水質環境条件を速やかに改善することができず、速やかに水質環境基準を達成するという下水道に課せられた役割が果たせないのである。原判決が流域下水道方式を採用したため環境負荷が増大すると見るべき根拠はないとするのは明らかな誤りである。

7 環境への影響及び環境影響評価

(一) 河川流量の枯渇

原判決は、「本件都市計画によっても、自然の流水量は河川流量となるし、雨水は分流式であって直接河川に流れ込み、又、境川流域のうちの排水区域とされている区域以外における排水も河川流量として残ることとなったのである」というが誤りである。

河川流量の枯渇が問題となるのは冬期の降水量が少なくて自然の流水量(降水による地表水と地下水により生ずる)が乏しくなり、かつ、農業かんがい用水の利用がなく、その排水による流水量がない時期である。

原判決のいう自然の流水量は、降水によるものであって、自然の流水量と雨水の流れ込みとは同じことを述べているのである。そして、河川流量の枯渇が問題となるのは、降水が少なく自然の流水量が乏しい時期であって、自然の流水量や雨水による流量の存在を述べても無意味である。

また、本件都市計画の排水区域(処理区域)は、市街化区域であり、ここから生ずる汚水はすべて下水道に入れる計画である。他方、非排水区域は非市街化区域であって、そのほとんどは水田、畑、山林である。非排水区域の中で、非降水時に水源となるのは、主として水田かんがい排水である。したがって、水田かんがい期(三月ないし一〇月)には非排水区域から排水があるが、非かんがい期には非排水区域からの排水はほとんどないので、それによる河川流量は生まれようがないのである。

境川のような中小河川は、冬期は自然の流水量が乏しくなり非排水区域以外からの排水もなく、排水区域からの排水により流量が維持されているのである。原判決が述べるような水源がないので問題なのである。

(二) 衣浦湾への影響

模型実験の結果、流域下水道が完成すると、境川流域下水道の放流先である衣浦湾奥では、環境基準値八ミリグラム/リットルが維持できないことが明らかである。また、模型実験の限界、信頼性を考え、実験結果を正しく修正すると、衣浦湾奥はもちろん、衣浦湾でも、COD値は数倍ないし十倍大きくなり、環境基準は更に維持できないのである。

原判決は、愛知県衣浦地区産業公害事前調査報告書の下水道終末処理場の放流水の構内放流は望ましくないとの記載に関し、「本件調査報告は昭和六五年の本件流域下水道完成時の実験まで含んでいる(乙七一)のに対し、事前調査報告書においては昭和五五年までの埋立計画、火力発電所の設置等を条件として実験したものである(甲一一六)から、両者を単純に比較することはできず、右のような記載から、本件調査報告における前記判断が誤っているということはできない。」と述べるが、両者は、埋立計画においても、火力発電所の設置においても条件の違いはなく、右理由は成り立たない。前記事前調査報告書では、昭和四五年の流入汚濁負荷量を、昭和五〇年、同五五年と順次改善していく計画であり、その結果、昭和五五年には汚濁条件が水質環境基準(昭和五〇年・衣浦港COD八ミリグラム/リットル、昭和五五年・衣浦湾COD二ミリグラム/リットル)程度になることが期待され、以後の流入汚濁量の一層の削減により、水質環境基準の達成がより期待されている。しかし、本件処理場等の流域下水道の処理放流水は、このようにして流入汚濁量を削減し、衣浦海域の水質改善をしてきたのに、新たな汚濁量を流入させるものであって、衣浦海域の汚濁条件を再び悪化させるものである。その結果、水質環境基準の達成が期待されていたが、それが達成できないこととなってしまうのである。

(三) 計画アセスメントの必要性

代替案からの最適計画の選択は法律上定められたものである。原判決は、代替案からの計画の選択を計画手続の適法要件とし、それは手続に関するものであり、また、法律上の適法要件とは別個のものであるとしているようである。しかし、控訴人らが主張しているのは最適計画の選択であり、最適とは、内容が総合的に最も適切であるということである。したがって、最適計画の選択とは、複数案の中から計画が選択されていればよいというのではなく、内容において、最も適切な案が計画として選択されていることを要するのであって、単なる手続ではない。原判決は、本件都市計画及び本件下水道事業計画の適法要件は、都市計画法一三条一項柱書、同項四号、七号、下水道法二五条の五であると述べる。都市計画の適法要件である「適切な規模で必要な位置に配置すること」(都市計画法一三条一項四号)や、下水道事業計画の適法要件である「配置及び能力が…適切に定められていること」(下水道法二五条の五第一号)の判断は、観念的、抽象的には、適切、必要なものが存在し、専門技術によりそれを発見することのように見えるが、専門技術の現状では、そのようなことは不可能である。現実には、多数の勘案事項の要素を比較衡量して適切との最終判断がされるものであって、具体的にはいくつかの代替案の中から相対的に最も適切な案を選択することによってしか、「適切」等の判断はできないのである。したがって、代替案の中からの最適計画の選択というのは、これらの法律上の計画適法要件なのである。

8 既存計画との関係

既存の下水道及び下水道計画が、下水道計画の決定において事業効果に関する勘案事項の一つであることは下水道法二条の二の流域総合計画策定に関する勘案事項についての行政解釈と指針である指針と解説(昭和四九年)において明らかにされている。市町の意思とは別に、既存の下水道計画を事業効果の観点から勘案しなければならないのである。

9 用地取得の難易

処理場用地の取得の難易は下水道法二条の二第四項の流域総合計画の勘案事項に関する行政解釈と指針である指針と解説(昭和四九年)でも事業効果に関する勘案事項の一つとされている。したがって、処理場用地取得の難易は、下水道法二条の二第三項の定める法律上の考慮事項である。

(被控訴人委員会)

1 流域総合計画の欠如の主張について

下水道法二条の二第一項は、流域総合計画策定にかかる都道府県知事の行政上の責務を定めた規定であるから、流域総合計画の定めを欠いているからといって、本件都市計画が違法となるものではなく、このことは、以下の点から明白である。

すなわち、下水道法二条の二は、昭和四五年一二月の改正(同年法律第一四一号)により追加され、昭和四六年六月二四日に施行された規定である。しかして、その施行に当たって発せられた昭和四六年一一月一〇日付け建設省都下企発第三五号各都道府県知事・各指定市市長あて建設省都市局長通達「下水道法の一部を改正する法律の施行について」によれば、「流域別下水道整備総合計画が定められた地域においては、具体の下水道の整備は、この総合計画に適合して実施していくこととなるので、公共下水道又は流域下水道の事業計画の認可基準においても、この旨が規定されている(改正法六条五号、改正法二五条の五、四号)。」とされ、また、下水道法自身もその二五条の五(流域下水道の事業計画の認可基準)の四号で「当該地域に関し流域別下水道整備総合計画が定められている場合には、これに適合していること。」という定めを置いている。これら一連の定めから、(1) 改正法は、都市施設に関する都市計画決定に当たって、流域総合計画との適合を要件とする規定は置いていないこと、(2) 流域下水道事業計画の認可基準においても、流域総合計画が「定められている場合」にのみ、それとの適合性を判断すれば足りるとしていることが明白なのである。よって、流域総合計画の定めを欠いているからといって、本件都布計画が違法となるものでないこともまた明白である。

2 本件調査委員会委員長らによる誤りの自認等の主張について

(一) 被控訴人県が下水道協会に調査を依頼した趣旨は、「公共用水域の水質汚濁の現状と将来の産業経済の進展や、土地利用、利水などを調査、検討した上、水質環境基準を達成できる流域下水道計画を立案するための調査報告書を作成する業務を依頼」するというものであったこと、本件調査報告が施設の配置、構造にまで及ぶ具体的な基本計画案を提示していること、被控訴人県における本件基本計画の立案、決定と本件調査報告の取りまとめが関連していたこと等からすれば、本件調査報告が単に学問的な調査、研究にとどまるものではなく、また、無批判に本件調査報告の内容が本件基本計画の内容とされたものでないことは明白である。

(二) 高松教授ら三教官の意見が、本件調査報告の主体である下水道協会ないし調査を担当した本件調査委員会の意見ではなく、個人的な見解の表明にすぎないものであることは明白であり、これをもって本件都市計画の違法事由とはなしえない。

3 工場排水全量受入れの問題点の主張について

(一) 工場排水受入れ検討の必要とその欠如の主張について

下水道法は、「工場排水受入れの是非の検討」という手続を、都市計画の適法要件としていないのであり、控訴人らの右主張は無意味である。

指針と解説(昭和四九年)は、昭和四九年八月の発行であるが、同年一月一六日に「下水道法施行令の一部を改正する政令(昭和四九年政令第九号)」が公布され、同年七月一日から施行されている。この政令によれば、公共下水道又は流域下水道からの放流水について水質汚濁防止法三条三項の規定に基づく条例による上乗せ排水基準又は地方公共団体の独自の条例による横乗せ排水基準が適用される場合においては、公共下水道管理者は、これらの排水基準に適合しない水質の下水についても除外施設の設置等を義務付ける条例を制定することができることとされた。このことを受けて、同年二月九日、建設省都市局長は各都道府県知事あてに「処理区域内の工場排水等で冷却水等公共用水域への排水基準に適合し直接公共用水域へ排水することが合理的なものについては、下水道法一〇条一項ただし書の許可をしてさしつかえない。」旨の通達(同年二月九日付け建設省都下企発第一二号建設省都市局長通達「下水道法施行令の一部を改正する政令の施行及び下水道からの放流水の水質管理の適正化について」)を行っているのである。右のような事情の変更を受けて、右指針と解説は、控訴人ら主張の前記(1)ないし(3)の三つのケースについては、下水道法一〇条一項ただし書の運用のあり方の判断として解説をしたものである。したがって、控訴人らの右の点に関する主張は誤りである。

(二) 活性汚泥法による処理の限界の主張について

控訴人らの右の点についての主張は、何の根拠もない単なる控訴人らの主観的な判断にすぎない。

(三) 不法投棄の助長の主張について

控訴人らの右の点についての主張は、人は工場排水を下水道に排出するときは違法行為を犯すが、公共用水域へ排出するときは違法行為を犯さないというドグマにその根拠を置いた上、前者の場合は不法投棄を助長するが、後者の場合は助長しないというものである。しかしながら、その論理が事実かどうかは、前者の場合の違反率のみを証明するだけでは不十分であり、後者の場合に生ずる違反の可能性との比較、あるいは一旦違反が発生したときの影響を受ける環境の範囲の大小の比較等についても明らかにしなければならないはずである。要するに、控訴人らの右主張は、右の程度まで立証されない限り、単に、一方の政策的立場からの下水道管理者の計画に対するフリートーキング的な反対意見の表明にすぎないこととなり、裁量権の逸脱を指摘するレベルに達する主張とは到底いいえないのである。

下水道法は、昭和四五年以降、水質規制や罰則等の面でも幾多の改正を行ってきたが、それ以前においても、除外施設の設置義務等を規定し、違反者に対する監督処分及びそれに違反した場合の罰則等の規制を定めていたのであるから、原判決は、それらを前提に、その後の改正による規制の強化をも斟酌しつつ判断をしていることは明らかであるから、控訴人らの主張は失当である。

(四) 汚泥処理処分の困難さの主張について

控訴人らの右の点についての主張は失当である。

原判決の「工場排水を公共下水道に受け入れた上で汚泥処理をすることにより環境負荷が増大するということは必ずしもできない」、「工場等における処理の結果、発生する有害物質を含む汚泥について、その処理は廃棄物処理法等の規制の範囲内でそれぞれの工場に委ねられることになる」とする判断は正当である。

(五) 低BOD濃度の工場排水の受入れの問題点の主張について

控訴人らが主張するBOD濃度値は、単なる仮定の上に立った数値にすぎず、本件調査報告のBOD濃度を表すものではないから、控訴人らの右主張は失当である。

なお、工場排水の下水道への受入れについては、「下水処理」という目的のみから決せられるものではなく、「下水排除」という目的もあり、二つの論理から総合的に判断しているものであるので、控訴人らの右主張は、一面的な立場からの主張というほかない。

4 計画汚水量算定の誤りの主張について

(一) 工場排水量

本件調査報告の表3―5の全国平均値は、参考として比較対照するために記載してあるにすぎないので、この記載をもって、愛知県値から冷却冷房用水は除かれている事実を否定する根拠とはならない。

業種別の排水量の実態調査を行った際は、控訴人ら指摘の冷却冷房用水等の調査は行っており、排水量から冷却冷房用水を除いて算定している。

別途された他県の計画をもって、本件調査報告を推認することはできない。本件調査報告では、工場排水量原単位は実態調査結果によっているが、琵琶湖周辺下水道計画では本県のような工場排水量の実態調査は行われていないのである。

(二) 家庭汚水量

本件都市計画の家庭汚水量は、計画人口の予測を第三次愛知県地方計画に基づき、また、汚水量原単位の変化予測については、昭和四四年度の愛知県総合排水計画で予測した値から定めたものであり、何らの問題はない。

確かに、控訴人らも指摘するとおり、当初計画の際の予測と現実の汚水量には多少の差は出ているが、流域下水道が長期にわたって事業実施されていくものであり、長期展望に立って計画されたものであるという性質を本来的に有するものである以上、当初の予測が現実と多少の誤差があったとしても、中途での見直しが許されるものであってやむをえないものである。

5 最適化計画決定の誤りの主張について

本件では、確かにステップ1で捨てられたケース31が後のステップ3で結果的には最適計画として選択されている。これは、ステップ3の段階でケース14(矢作川流域を一処理区域・境川流域を二処理区域としたケース)が総合的に優れているとの判断に達したものの、ケース14では衣浦湾横断のルートを建設する必要があり、これは維持管理上及び施工技術上の問題を含んでいるので、右横断のルートの建設は適当ではないとして、ケース14を踏まえて総合的評価の結果、境川処理区、矢作川処理区、衣浦西部処理区及び衣浦東部処理区からなる処理区構成を最適なものと評価したのである。この最適計画決定パターンは、結果的にはケース31と同一のものとなったが、この結論は、右の総合的評価を踏まえ、ケース14を発展させたものとして生み出されたものであるので、手順の論理性に問題はない。

また、本件調査報告書では、一五のユニットの連結ルート、処理場の設置位置に応じて、ケース1からケース36までの三六ケースを設定した上で、ステップ1からステップ4の手順で最適計画の決定を行ったが、原判決が指摘しているように、最適化計算の前提条件は不確定であり、計算された費用の差自体には、さほど意味がないことや、最適計画を工学的に決定する方法は確立されていないことを考慮すれば、すべてのケースについて同一の検討がされなかったとしても違法となるものではない。

加えて、土地収用法二〇条三号では「事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであること」を事業認定の要件に掲げているが、右の解釈に当たっては、特定の土地を利用しようとする当該事業計画のみが審査の対象とされていると解すべきであって、ある事業の適地として複数の適地が存在しうる場合に、事業認定庁が独自の案に基づき、すべての適地と申請に係る起業地との優劣関係を判断することまで要求されているとは解しえないとされている。右の見解は、本件にも当てはまるものであって、三六ケースすべてについて検討事項の検討がされなければならないという控訴人らの主張は独自の見解といわざるをえない。

6 流域下水道方式採用の問題点の主張について

(一) 流域下水道方式の採用自体の違法性の主張について

行政庁の裁量処分が違法となるのは、当該処分が社会観念上著しく妥当性を欠いて、行政庁に裁量権が付与された目的を逸脱し又は行政庁が裁量権を濫用したと認められる場合に限られる。したがって、適切な代替案が他に多数存在するとしても、そのことによって、当該処分が当然違法となるものではなく、当該処分に裁量権付与の目的からの逸脱又は裁量権の濫用が認められない以上、当該処分は違法ではない。

(二) 環境負荷の増大の主張について

工場、事業場等の下水の下水道の排除の監視(以下「監視業務」という。)は、流域関連公共下水道管理者が流域関連公共下水道の維持管理の一環として行う業務であって、下水道法二五条の八の規定により流域下水道管理者は流域関連公共下水道管理者に対し原因調査をし、必要な措置をとるべきことを求めることができるとされている。

本件においては、終末処理場の運転開始に際し、あらかじめ監視業務等、流域関連公共下水道管理者とその責務について協議して監視体制の確立を図り、県及び関係市町の緊密な連携の下に適正な維持管理がされている。

また、控訴人らは、流域下水道の場合には、市町村は排水調査に熱意を欠き、人員・設備の削減されることも予想される旨主張しているが、控訴人らが予想している事態が生じたとのことは、全く耳にしないところである。

(三) 経済性の主張について

処理能力一五万立方メートル/日以上の規模の場合にも、処理能力一五万立方メートル未満の場合ほど極端ではないが、規模の利益が働くことを認めることができる。仮に処理能力一五万立方メートル/日以上の規模についての規模の利益を認めることができないとしても、少なくとも処理能力一五万立方メートルの規模までは規模の利益が働くことは、控訴人らの自認しているところであり、そして、処理能力一五万立方メートル/日以上の規模の場合には、単位立方メートル/日当たりの建設費は横這いとなるわけであるから、本件流域下水道処理場の立方メートル/日当たりの建設費は、小規模な単独公共下水道処理場の場合よりも当然低廉となるのである。

公共下水道にも幹線管渠は必要であり、流域下水道に限って必要なものは、関係市町を結ぶ幹線管渠のみであるから、右幹線管渠の建設費が規模の利益を全部相殺してしまうことはありえないところである。

その上、流域下水道処理場と単独公共下水道処理場の建設費についての経済性を論ずる場合には、両者の立方メートル/日当たりの建設費を対比するのみでは不十分であって、流域下水道の処理区域内に存在する複数の市町村がそれぞれ建設する単独公共下水道処理場の建設費総額と一個の流域下水道処理場の建設費を対比すべきである。そして、本件流域下水道処理場の建設費とその処理区域内の九市町がそれぞれ建設しなければならない単独公共下水道処理場の建設費の総額とを対比した場合には、前者が後者より著しく低廉であることは、明らかであるから、結論として本件流域下水道処理場の建設費に規模の利益が働いていることは否定できないところである。

(四) 上流市町の下水道整備の遅れの主張について

本件流域下水道については、平成元年の供用開始以来平成五年までに全九市町のうち、刈谷市、大阪府、豊明市(境川左岸幹線の最上流都市)、東浦町(東浦幹線の最上流都市)の四市町が供用済みとなっている。

また、平成六年の一月に豊田市(逢妻川幹線の最上流都市)が、同年三月に知立市(知立幹線の最上流都市)が供用となった。続いて平成八年度中に安城市、三好町、東郷町を供用すべく整備を進めている。

単独公共下水道の場合には、各市町村ごとに処理場を必要とする。そのため、右処理場建設用地の買収が難航すれば、処理場建設が遅くなることは当然である。特に大都市周辺においては、地価の値上がりを見込んで土地の売却を渋る地主が多く、そのため処理場用地の確保が著しく困難となり、処理場建設の目途が立たない事例さえ生じている。一方、流域下水道の処理場は、一箇所に集約できることから、用地確保に関する限り、流域下水道方式の方がはるかに便宜である。控訴人らの主張は、右の点をことさら無視し、単独公共下水道方式さえ採用すれば、瞬時にして処理場の建設が可能となるかの如き印象を与えようとするものであり、明らかに不当である。

7 環境への影響及び環境影響評価の主張について

(一) 河川流量の枯渇の主張について

右の点に関する控訴人らの主張は、控訴人らの誤った先入観による杞憂にすぎず、控訴人らの主張する冬期等の時期に枯渇する恐れはない。

本件処理場は、平成元年四月一日から供用が開始されたものであるが、以後、境川流域の流量が冬期等に枯渇したことはない。

(二) 衣浦湾への影響の主張について

控訴人らは、本件調査報告が正確なものではないとして、いろいろ論難するが、右は誤った事実を前提とするものである。

更に、控訴人らは、前記事前調査報告書の「下水道終末処理場の放流水の港内放流はのぞましくない」との記載をもって、「衣浦湾への悪影響」を強調する。事前調査報告書がいかなる理由をもって右のような記載をしたのかは明らかでないが、その記載には疑問を持たざるをえない。けだし、本件処理場は、新たに汚濁を流入させるものではなく、衣浦湾の大半の汚濁源である本計画区域から発生している排水を浄化するもので、新たに汚濁量を削減させるものであり、衣浦海域内の水質改善に大きく寄与するものであるからである。しかし、右の点はしばらく措くとして、事前調査報告書は、その作成目的が衣浦湾域の水質改善を唯一の目的として作成されているものであるところ、その目的からすれば、少しでも水質改善に反すると予測されるようなすべての新たな汚濁の流入は避けたいと考えるのは当然であり、その点から本件処理場の放流水が衣浦湾へ放流されるのは望ましくないと考えていたこともまた当然である。しかし、環境基準を遵守できないような処理水の放流が予測されない本件のような場合であれば、衣浦湾域の水質改善に多少マイナスになる放流事実も、本件流域下水道の他の多くの効用のためにはやむをえないものであって、何ら違法とされるべきものでないことは明らかである。したがって、事前調査報告書の前記記載をもって、衣浦湾への処理水の放流が違法とされなければならない理由はない。

(三) 計画アセスメントの必要性の主張について

控訴人らの主張する下水道計画の適法要件なるものは、単に控訴人らの独自の見解にすぎず、実定法上何らの根拠をも有しないものであるばかりか、本件都市計画の決定権者である下水道の管理者である愛知県知事の裁量権を事実上否定する論理と言っても過言ではないのであり、到底現行法制の下において受け入れられるものではないのであるから、それ自体失当として考慮の余地はない。

8 既存計画との関係の主張について

指針と解説(昭和四九年)を下水道法と同一視し、既存計画を勘案することが流域下水道計画策定のための適法要件のようにいう控訴人らの主張は理由がない。

本件都市計画は、既存計画(知立市及び岡崎市の既存の処理施設など)について十分検討し、合わせて他の諸事情を総合的に勘案した上で、都市計画法及び下水道法の定める手続により関係市町の意見を聴き決定したものである。

9 用地取得の難易の主張について

下水道法二条の二第三項には処理場用地取得の難易に関する定めはない。確かに、指針と解説(昭和四九年)では、処理場用地取得の難易を勘案事項の一つとしているが、右指針と解説を下水道法と同一視し、法律上の考慮事項とする控訴人らの主張は理由がないから、右の点を問題にすること自体失当である。

本件土地は、都市計画法及び下水道法上必要な考慮をした結果、選定したものである。用地取得に当たっては、関係農家が営農に支障を来さないようにとの配慮から、土地の交換、斡旋等可能な限りの対応をしたものであり、本件収用裁決において替地補償の方法を採ったのも同様の配慮に基づくものである。

四  主観的予備的併合の適法性(争点3の1)について

(控訴人ら)

1 主観的予備的併合を認めたとしても、共同訴訟人独立の原則の下では、併合関係が維持されなくなったときには複数被告の間で統一的な裁判がされるという保障がないともいえよう。しかし、そのような例外的場合が存するからといって、それが主観的予備的併合を否定する論拠となるものではない。検討すべきなのは、制度として初めから主観的予備的併合を否定してすべて被告ごとに別訴を提起させるものとした場合と、(例外的に併合関係が途中で解消されることがあるとしても)主観的予備的併合を容認するものとした場合とで、いずれにおいてより訴訟当事者間で統一的裁判が保障されるかという点である。この観点に立って検討するならば、主観的予備的併合を認めた場合の方が、少なくとも併合関係が維持されている限り(現実の訴訟の場面ではこのような場合がほとんどすべてといってよいであろう。)、統一裁判の保障があるから、よりその保障があるといえるのである。

2 主観的予備的併合が許容されるか否かは事案に応じて個別具体的に判断されるべき事柄である。そして、具体的事案において予備的被告を各被告に対する両請求が同時に別訴として提起された場合に比較して応訴上著しく不利益、不安定な地位に置くものでない場合には、主観的予備的併合が許容されるべきである。

そこで、本件のように、収用裁決取消請求と損失補償に関する請求という二つの請求がともにされた場合について検討することとする。

損失補償に関する請求は、実体法的に収用裁決が適法であることを当然の前提とするものであるから、両請求は理論上相排斥する関係にあって、同時に両立しえない。要するに、収用裁決取消請求が第一次的、損失補償に関する請求が第二次的という関係にある。そこで、仮に後者を予備的とする主観的併合形態での訴えが許容されないとすると、原告としては、まず収用裁決の取消請求の訴えを提起し、その敗訴が確定した後に損失補償に関する訴えを提起することとなるが、後者の訴えの提起期間が制限されている(土地収用法一三三条一項)関係上、訴訟の実状からいって、すべてのケースにおいて、前者の請求を棄却する判決が確定したときには既に後者の請求の出訴期間を経過していて、もはやこの訴えの提起ができなくなっているであろう。したがって、原告としては、右出訴期間を遵守するために、一方で収用裁決取消請求の訴えを提起し、他方で、同時に、右訴えの結果を待つことなく別訴で損失補償に関する訴えを提起するほかないことになる。

そこで、両請求を主観的予備的併合の形態で訴えた場合と別訴で訴えた場合とで、損失補償に関する請求の被告となる起業者の地位の不利益、不安定に差異があるか否かを検討するに、ある論者によれば、主観的予備的併合の場合には、予備的被告とされた起業者は、訴訟の当初から訴訟に関与させられるのに、主位的請求である収用裁決取消訴訟が認容されれば、自己に対する損失補償に関する請求については判決を得ることができず、更に、右認容判決が確定すれば、自己に対する右請求につき同意に関係なく訴訟係属を消滅させられることになり、この点で起業者の地位が不利益、不安定であると言う。しかしながら、右のように収用裁決取消判決が確定すれば、損失補償に関する請求権は発生しなかったことになるのであるから、起業者が再度提訴されることはありえないのであるから、同意なくして訴訟係属を消滅させられることをもって不利益、不安定というのは空理に近い。

他方、別訴により訴えられた場合でも、起業者の地位が不利益、不安定であることは同様である。すなわち、起業者としては、別訴である収用裁決取消訴訟の進行とは関係なく、自己の損失補償に関する訴訟を遂行し判決を得ることは理論上は可能で、これが確定することもあり得よう。しかし、別訴の収用裁決取消請求訴訟で認容判決が確定したら、自己の得た右確定判決は全く無意味なものと帰するし、右判決の確定前であれば、それまでの訴訟遂行は無駄となり、以後の訴訟進行は不必要となるのであって、その地位はやはり著しく不利益、不安定といわざるをえない。このように見てくると、主観的予備的併合訴訟の場合と別訴の場合とで、被告である起業者の地位の不利益、不安定に差異はないといわざるをえない。

右に見たようにいずれの訴訟の形態においても起業者の地位に等しく不利益、不安定が生ずるのは、収用裁決取消請求と損失補償に関する請求とが本来一個の収用裁決を対象とするものであって、実体法的に第一次的、第二次的関係にあること、ところが後者の被告を本来の収用委員会ではなく起業者とする特別規定(土地収用法一三三条二項)を置いたこと、そして後者の請求の出訴期間が前述のとおり制限されていることに由来するのであって、訴訟法的に主観的予備的併合を許容したがゆえに予備的被告にこのような不利益、不安定が生ずるという関係にはないのである。

更に敷衍するならば、実態は逆で、主観的予備的併合を認めた方が被告となる起業者の地位は、より有利、安定的であるとさえいえる。両請求が別訴で格別に提起された場合、収用の効果、利益を享受する起業者としては、収用裁決取消訴訟の帰趨に直接かつ多大の利害を有し、また右収用裁決の適否に関する訴訟資料、情報を収用委員会以上に保有しているのが常態である。したがって、起業者は自ら右訴訟に参加する(行政事件訴訟法二三条一項)こととなるのも必定である。現実には収用裁決の適否をめぐって主として主張立証活動をしているのは当該被告の収用委員会ではなく、参加人の起業者であるという例がほとんどである。そうすると、結局、起業者は、両訴訟について格別に応訴せざるをえず、両請求が(主観的予備的にであれ)併合され一つの訴訟で提起されこれに応訴する場合に比べて、より多くの応訴上の煩を免れえないのである。具体的に本件訴訟を概観してみると、一審では収用裁決の適否をめぐって専らといってよいほど応訴、主張立証活動を行ってきたのは起業者である被控訴人県であった。本件でもし両請求が別訴で行われていたら、起業者の被控訴人県は応訴の手間を二重に負担することになったであろう。

以上に述べたように、起業者は、予備的被告とされることによって、別訴を提起される場合に比べ、特に不利益、不安定に地位に置かれることはない。したがって、収用裁決取消請求と損失補償に関する請求がともにされる場合、これらを主観的予備的に併合したとしても予備的被告を応訴上著しい不利益、不安定な地位に置くことになるとは到底いえないから、主観的予備的併合訴訟は適法なものとして許容されるべきである。

3 原判決は、一つの訴えで収用委員会に対する訴えと県に対する訴えを主観的に(予備的にではなく)単純併合することができるとするが、疑問である。まず、実体法的に見て、損失補償に関する請求は、収用裁決の取消請求が棄却されることを前提としている。両請求ともに理由があるということは実体法的にありえない。したがって、両請求が共同訴訟(単純併合)の形態で提起されたとすると、それは実体法的、理論的に両立しえない二つの請求が一つの訴えでもってされたということを意味する。このような訴えの適法性には多大の疑問がある。

共同訴訟許容の要件を定めた行政事件訴訟法一七条一項が、このように両立しえない複数の請求の単純併合を認めたものとは考えられないところである。両立しえない請求の単純併合が許されるかは、行政事件訴訟法の次元ではなく、民事訴訟法一般の次元における問題である。もしこれが許容されると、受訴裁判所は両請求について同時に併合して審理せざるをえないこととなって、常に審理の一半は無駄なことをしていることに帰し、訴訟経済その他訴訟の基本構造上許容されないものといわざるをえない。

確かに、このような場合、裁判所の具体的訴訟指揮によって、相矛盾する一方の請求に対する審理を先行させて、その判断を待って他の請求に対する審理を進めるということも考えられよう。しかし、これはまさに主観的予備的併合訴訟にこそふさわしい審理形態というべきである。収用裁決の取消請求と損失補償に関する請求とを関連請求として取り扱い、これらを共同訴訟として認める以上、その併合形態は主観的予備的併合となってしまうのである。

4 原判決は、土地収用法一三三条の規定は、損失補償に関する紛争を収用に関する争訟と切り離して早期に確定、解決させようとの趣旨に出たものであると説明するが、右は説得的とはいいがたい。何故ならば、まず損失補償に関する請求が認容され確定したとしても、その判断自体、未だ収用に関する争訟の結果いかんにより覆される可能性があるのであり、何ら最終的に早期解決が図られたことになっていないからである。また、損失補償に関する請求が棄却され、確定したとしても、その後収用に関する取消請求が認容されれば、当初の損失補償の裁決自体が覆されることになるのであり、やはり紛争は何ら早期解決されたことにならないからである。

(被控訴人県)

1 主観的予備的併合訴訟を容認した場合における統一的裁判の保障の程度は、この場合に生ずる応訴上の不利益、不安定を予備的被告に甘受させることを合理化しうるものであるかどうかが問題とされなければならないのであって、単なる比較の問題ではない。仮にこれを比較の問題と位置づけた場合においても、主位的請求と予備的請求を単純併合の態様で訴えが提起された場合と右両請求を予備的併合の態様で訴えが提起された場合とを対比して見ると、双方の場合における統一的裁判保障の程度が全く同一であることは、多言を要さずして明らかであるから、主観的予備的併合訴訟を容認した方が統一的裁判保障の程度が高いとする控訴人らの主張は、明らかに事実に反するものである。

2 起業者が予備的被告とされた場合に限って、通常の予備的被告と異なり、不利益、不安定な地位に置かれることを免れうるものではなく、かえって収用裁決取消しの訴えと損失補償の訴えの法的位置づけから見て、予備的被告とされた起業者は、通常の予備的被告よりも一層不利益、不安定な地位に置かれるものであることが明らかである。すなわち、土地収用法一三三条が収用裁決そのものに対する不服の訴えとは別個に損失補償に関する訴えを規定したのは、収用に伴う損失補償に関する紛争については、収用そのものの適否とは別に起業者と被収用者との間で解決させることができるし、また、それが適当であるとの見地から、これを収用そのものの適否ないし効力の有無又はこれに関する争訟の帰趨とは切り離して、起業者と被収用者との間で早期に確定、解決させようとする趣旨に出たものである。したがって、収用裁決取消訴訟に損失補償に関する訴訟を予備的に併合することを認めると、起業者は、いつ自己に対する請求上の争点である補償額の当否についての審理に入るのか不明であるため、終始弁論に関与することとならざるをえず、しかも予備的請求については、常に主位的請求についての判断の後に判断されることとなるので、収用に関する争訟の帰趨と切り離して、損失補償に関する紛争を早期に解決し、応訴の負担から解放されるという土地収用法によって保護されている利益を不当に奪われ、長期間にわたり不安定な地位に置かれることは見易いところである。

3 請求の主観的併合の場合は、異なった当事者間の訴訟であって、いわば別個の訴訟の弁論と証拠調べが共通に行われるだけのものであるから、一方の当事者に対する請求について主張した事実は、当然には他方の当事者に対する請求の訴訟資料とはならず(民事訴訟法六一条)、複数の相手方当事者に対し相互に矛盾する事実を主張しても、両請求についての主張の一貫性を欠くことにならないことは明らかである。したがって、主観的予備的併合の態様をとらなくても、被収用者は収用委員会と起業者に対する収用裁決の取消しと損失補償の増額という論理的には両立しえない請求を予備的にではない単純な通常共同訴訟として併合提起することは、法律上許容されているところである。

4 収用裁決取消訴訟と損失補償に関する訴訟とは、制度(手続)的にも、内容(実体)的にも全く別個の訴訟であり、後者は前者の帰趨と切り離して、起業者と被収用者との間で早期解決が図られるべきものであるから、両者の主観的予備的併合は許容されないと解するのが妥当である。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の証拠に関する目録の記載を引用する。

第四  当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人らの被控訴人委員会に対する本訴請求のうち、本件裁決中権利取得裁決の取消しを求める部分は理由がないから棄却し、控訴人らの被控訴人委員会に対するその余の訴え及び被控訴人県に対する訴えはいずれも不適法であるから却下すべきものと判断するが、その理由は、原判決の「事実及び理由」欄第七及び第八の記載を引用し(ただし、原判決一八八頁三行目の「汚泥」を「汚水」と、同一九〇頁五行目及び一九五頁九行目の「用水」をいずれも「排水」と、同一九六頁三行目及び六行目の「冷却水」をいずれも「冷却冷房排水」と各訂正し、同二一一頁二行目の「ない」の次に「と」を付加する。)、控訴人らの控訴の理由につき次のとおり判断を付加する。

一  都市計画決定、下水道事業計画及び同認可が違法とされる場合の一般的基準について

都市計画は、都市計画法の定める基準に従って決定されなければならないが、都市計画法(昭和五五年法律第三四号による改正前のもの)一三条の定める都市計画基準は一般的、抽象的な文言をもって規定され、また、その決定には、事柄の性質上、行政庁の専門技術的判断が要求される上、都市政策上の政策的判断が必要とされるのであるから、このような判断は、決定権者である県知事の裁量に委ねられているものと解すべきである。そうすると、都市計画が違法となるかどうかを審理、判断するに当たっては、決定権者である県知事と同一の立場に立って当該具体的事案について裁量権の行使はいかにあるべきかを判断し、その判断の結果を県知事の判断に置き換えて結論を出すこと(判断代置)は許されず、あくまでも、右判断が県知事の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、県知事の判断に社会通念上著しく不相当な点があり、その裁量権の範囲を逸脱し、又は裁量権の濫用があったと認められる場合にのみ、当該都市計画決定を違法であるとすることができるものと解するほかない(最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁参照)。

また、本件都市計画に係る流域下水道についての事業計画の決定、変更も、計画策定者である県(流域下水道管理者)の裁量に委ねられていると解すべきであり、その判断に社会通念上著しく不相当な点があり、その裁量権の範囲を逸脱し、又は裁量権の濫用があったと認められる場合にのみ、当該事業計画及びその認可を違法であるとすることができるものと解するほかない。

なお、控訴人らの主張する「比例の原則」等の基準は、本来、裁量権行使の基準すなわち処分の妥当性を確保するためのものと解すべきであるから、これらの原則の違背は、原則としては、処分の当不当の問題を生ずるに止まり、当然には裁量権の逸脱、濫用として処分の違法を来すものではない。

以上のとおり、控訴人らの右の点に関する主張は、独自のものというほかなく、採用することができない。

二  都市計画事業の認可の違法判断の基準時(争点2の2)について

1 抗告訴訟においては、行政処分の違法性の有無は、当該行政処分がされた当時を基準として判断すべきである(最高裁昭和三六年三月七日第三小法廷判決・民集一五巻三号三八一頁参照)。したがって、本件裁決の違法性の有無は、本件裁決がされた昭和五五年一一月一一日を基準として判断すべきであるが、本件裁決の先行行為である本件都市計画事業の認可の違法性の有無は、同認可がされた昭和四六年一一月二六日を基準として判断すべきこととなる。控訴人らは、本件都市計画事業の認可の違法性は本件裁決に承継され、その違法性は、本件裁決時を基準として判断されるべきであると主張する。前記(原判決「事実及び理由」欄第八の一1、2引用)のとおり、都市計画事業の認可と収用裁決とは、先行行為と後行行為が相結合して一つの効果を形成する一連の行政行為に当たり、このような場合には、原則として、先行行為の違法性は後行行為に承継され、後行行為に対する取消訴訟において先行行為の違法性を主張することが許されると解すべきである。しかし、右は後行行為の取消訴訟において先行行為の違法性が主張できるというにすぎず、先行行為の処分が後行行為の処分時にされたものとして取り扱うことを意味するものではないから、本件都市計画事業の認可の違法性は同認可時を基準として判断すべきものというほかなく、控訴人らの右主張は採用することができない。

2  証拠(乙五九の二、乙六一の四)によれば、本件都市計画事業について、昭和五三年九月一八日、被控訴人県は下水道法二五条の三第四項に基づき事業計画の変更(事業地について、収用の部分を愛知県刈谷市衣崎町一丁目及び二丁目、浜町一丁目、四丁目、五丁目、六丁目及び七丁目並びに港町四丁目、七丁目及び八丁目並びに知多郡東浦町大字森岡字己成、字小新田、字六畝及び字葭野並びに大字緒川字東新町並びに大府市大府町豊寿新田及び北川添並びに横根町砂原地内、使用の部分を愛知県刈谷市港町一丁目、四丁目、六丁目及び七丁目、司町三丁目、四丁目及び六丁目、城町一丁目、逢妻町四丁目及び六丁目、熊野町六丁目並びに衣崎町二丁目並びに知多郡東浦町大字緒川字辰新田一区、字東新町、字東栄町、字北新田、字下家左川、字三角、字臨時、字昭和一区及び字昭和二区並びに大字森岡字己成、字浜小新田、字六畝、字葭野及び字洲崎並びに大府市大府町屋敷前、豊寿新田及び北川添並びに横根町砂原、折戸、子新田、西新田及び寺下地内と変更するもの。)の認可を申請し、同年一〇月九日、建設大臣はこれを認可したことが認められる。しかし、本件都市計画事業の認可と右事業計画の変更の認可は、各別の行政処分であって、同事業計画の変更の認可時を基準として本件都市計画事業認可の違法性を判断すべき理由はないから、この点に関する控訴人らの主張は失当というほかない。

また、控訴人らは、都市計画法七一条一項の規定により土地収用法二六条一項の告示があったとみなされる昭和五三年一〇月二六日を基準として本件都市計画事業認可の違法を判断すべきである旨主張するが、都市計画法七一条一項によるいわゆる「みなし告示」の制度は、物価の変動に対応して補償金の額をその時点で時価に修正するためのものと解されるところ、右規定の趣旨に鑑みれば、右規定により告示があったとみなされる日を基準として当該都市計画事業認可の違法性を判断すべきものと解することはできないから、控訴人らの右主張も失当というほかない。

3(一)  都市計画法六条一項は「都道府県知事は、都市計画区域について、おおむね五年ごとに、都市計画に関する基礎調査として、建設省令で定めるところにより、人口規模、産業分類別の就業人口の規模、市街地の面積、土地利用、交通量その他建設省令で定める事項に関する現況及び将来の見通しについての調査を行うものとする。」と、同二一条一項は「都道府県知事又は市町村は、都市計画区域が変更されたとき、第六条第一項の規定による都市計画に関する基礎調査又は第一三条第一項第一三号に規定する政府が行う調査の結果都市計画を変更する必要が明らかになったとき、遊休土地転換利用促進地区に関する都市計画についてその目的が達成されたと認めるとき、その他都市計画を変更する必要が生じたときは、遅滞なく、当該都市計画を変更しなければならない。」と規定している。そして、右規定に基づく都市計画の変更も、都市計画の決定と同様に事柄の性質上、行政庁の専門技術的判断が要求される上、都市政策上の政策的判断が必要とされるのであるから、その判断は、決定権者である県知事の裁量に委ねられているものと解すべきである。そうすると、都市計画が違法となるかどうかを審理、判断するに当たっては、右判断が県知事の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、県知事の判断に社会通念上著しく不相当な点があり、その裁量権の範囲を逸脱し、又は裁量権の濫用があったと認められる場合、すなわち当該都市計画が決定後相当の長期間を経過したものであり、その間、社会的、経済的条件が著しく変化し、これに応じて都市計画を変更しなければ、当該都市計画が都市計画法の定める都市計画基準を満たさないこととなり、かつ、都市計画の決定権者において当該都市計画を変更しないで維持することが決定権者に与えられた裁量権を逸脱、濫用するものといえる場合にのみ、当該都市計画そのものは適法に決定されたものであるとしても、これを変更すべき義務に違反したものとして、都市計画事業の認可ないし事業計画の変更の認可を違法であるとすることができるものと解するのが相当である。

(二)  そして、前記(原判決「事実及び理由」欄第八の四4引用)のとおり、本件都市計画事業の事業計画の変更認可がされた昭和五三年一〇月の時点において、本件都市計画を変更すべき必要性が明らかとなっていたとはいいがたく、本件都市計画を変更しなかったことを違法であるとすることはできない。

三  本件都市計画事業の認可の適法性(争点2の4)について

1  流域総合計画の欠如について

(一)  下水道法の一部を改正する法律(昭和四五年法律第一四一号)により下水道法に流域総合計画に関する規定(下水道法二条の二)が新設され、同条は、都道府県は、公害対策基本法(昭和四二年法律第一三二号)九条一項の規定に基づき水質の汚濁に係る環境上の条件について生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準(水質環境基準)が定められた河川その他の公共の水域又は海域で政令で定める要件に該当するものについて、その環境上の条件を当該水質環境基準に達せしめるため、それぞれの公共の水域又は海域ごとに、下水道の整備に関する総合的な基本計画(流域総合計画)を定めなければならない旨を規定し、昭和四五年九月一日、閣議決定により、境川等水系のうち境川上流(新境橋より上流)、境川下流(新境橋より下流)、逢妻川上流(水干橋より上流)、逢妻川下流(水干橋より下流)、猿渡川(全域)、朝鮮川(全域)、半場川(全域)、長田川(全域)、稈田川(全域)、高浜川(全域)、新川(全域)、油ヶ淵(全域)及び衣浦港(衣浦大橋より湾奥の衣浦港)の各水域が水質環境基準を達成すべき水域類型の指定を受けた。そして、下水道法の右同条は流域総合計画策定についての都道府県の行政上の責務を定めた規定と解されるところ、同法二五条の五第四号は、流域下水道の設置に係る認可基準として、当該地域に関し流域総合計画が定められている場合には、これに適合していることを定め、また、右「下水道法の一部を改正する法律」を施行するに当たって発せられた建設省都市局長の通達である昭和四六年一一月一〇日付け建設省都下企発第三五号各都道府県知事・各指定市市長あて建設省都市局長通達「下水道法の一部を改正する法律の施行について」は、流域総合計画が定められた地域においては、具体の下水道の整備は、この総合計画に適当して実施していくこととなるので、公共下水道又は流域下水道の事業計画の認可基準においても、この旨が規定されている(改正法二五条の五第四号)としており、右規定の文言及び通達の趣旨に鑑みれば、下水道法は、流域総合計画が定められている場合には、これとの適合性を流域下水道事業計画の認可基準としているものの、流域総合計画を策定することなく流域下水道事業に関する計画を進め、これを実施すること自体を禁止する趣旨とは解されない。したがって、流域総合計画のないまま本件都市計画を進行させたことは違法であるとの控訴人らの主張は採用することができない。

(二) なお、流域総合計画を定めなければならないとされている公共の水域又は海域に関しては、その環境基準を達成するために、下水道の整備に関する総合的な計画が必要であるとされているのであるから、このような見地からの検討を全く行うことなく流域下水道を計画することは、下水道法が流域総合計画についての規定を置いた趣旨に反することとなり、許されないこととなると解される余地があるが、前認定(原判決「事実及び理由」欄第八の四1、2引用)のとおり、本件都市計画及び本件下水道事業計画を定めるに当たっては、流域総合計画を定めるについて検討すべきものとされている事項についても検討されているということができるので、本件都市計画においては流域総合計画を定めるについて検討すべきものとされている事項について検討していないので違法であるとの控訴人らの主張も採用することができない。

2  本件調査委員会委員長らによる誤りの自認等

(一) 前認定(原判決「事実及び理由」欄第八の四1(一)引用)のとおり、本件調査報告は、被控訴人県が下水道協会に公共用水域の水質汚濁の現状と将来の産業経済の進展や、土地利用、利水などを調査、検討した上、水質環境基準を達成できる流域下水道計画を立案するための調査報告書を作成することを依頼し、右依頼の趣旨に従って作成され、矢作川、境川流域下水道の最適計画を策定するための重要事項について検討し、その内容としても施設の配置及び構造等の具体的な基本計画案が提示され、また、これをまとめる過程では、各項目ごとに愛知県関係者より、行政的、技術的意見を述べ、協議検討することにより、被告県の意見が反映されているのであって、矢作川、境川流域下水道の具体的計画案ということができ、これを調査不十分なおおざっぱな計画案にすぎないということはできない。

(二) また、前認定(原判決「事実及び理由」欄第八の四3(二)(2)①ないし⑤引用)のとおり、高松教授らが被控訴人県に対し提出した意見書は、本件調査報告の主体である下水道協会ないし調査を担当した本件調査委員会の意見ではなく、個人的な見解の表明にすぎないから、これをもって本件都市計画の違法事由とすることはできず、また、右意見書の指摘する問題点については、前記(原判決「事実及び理由」欄第八の四3(三)ないし(七)引用)及び後記3ないし7記載のとおりである。

3  工場排水全量受入れの問題点

(一) 工場排水受入れ検討の必要とその欠如

前記(原判決「事実及び理由」欄第八の四3(三)(2)引用)のとおり、下水道法上は、排水区域内に存する工場の工場排水はすべて公共下水道に受け入れることを原則とし、例外的に排水の水質等の点から直接公共用水域に排水してもよいもののみを、個別に公共下水道管理者の許可を受けて、下水道に受け入れることができないものとしていると解されること、また、工場排水を原則として公共下水道に受け入れるという方法は、下水道整備の実務においても一般的な考え方であったと認めることができるのであるから、右のような法制度及び実務に照らせば、処理区域内の工場排水をすべて受け入れることを前提として都市計画を策定すること自体をもって違法なものということはできない。

なお、控訴人らは、甲一八(指針と解説(昭和四九年))の記載を引用し、生産工程において汚染されていない水などの下水道終末処理場の処理水質よりも水質の良好な工場排水は直接公共用水域に放流した方が合理的であることは時代の前後を問わない経験則であると主張するが、右指針と解説の記載は、下水道施行令の一部改正(昭和四九年政令第九号)により水質汚濁防止法三条三項の規定に基づく条例による上乗せ排水基準又は地方公共団体の独自の条例による横乗せ排水基準が適用される場合において、公共下水道管理者はこれらの排水基準に適合しない水質の下水についても除外施設の設置等を義務付ける条例を制定することができることとされたことから、下水道法一〇条一項ただし書の運用の指針として記載されたものであると認められ、控訴人の主張するような考え方が本件都市計画が策定された昭和四六年当時において一般的であったということはできず、控訴人らの右主張は採用することができない。

(二) 活性汚泥法による処理の限界

前認定(原判決「事実及び理由」欄第八の四3(三)(3)①引用)のとおり、標準活性汚泥法は、重金属などの有害物の中には除去できないもの、処理場の運転に悪影響を及ぼすものもあり、また、いわゆる難生物分解性物質については処理できないという限界があるが、下水道法(昭和五一年法律第二九号による改正前のもの)は、継続して政令で定める量又は水質の下水を排除して公共下水道を使用しようとする者の使用の開始等の届出義務(一一条の二)、著しく公共下水道の施設の機能を妨げ、又はその施設を損傷するおそれのある下水、及び多量の有毒物質を含む下水その他流域下水道からの放流水の水質を同法八条の技術上の基準に適合させることを著しく困難にするおそれのある下水を継続して排除する者に対する除外施設(当該下水による障害を除去するために必要な施設)の設置の義務(一二条)、水質の測定義務等(一二条の二)、配水設備等の検査(一三条)、報告の徴収(三九条の二)などの規定を置き、また、これらの規定に違反した者に対する罰則を定めている(四五条以下)のであり、右規定等により、前記のような処理場の運転に悪影響を及ぼす物質が公共下水道に流入することは防止できるものと考えられるところであり、工場排水を公共下水道に受け入れることにより、各種重金属等の有害物質が何の処理もされないまま終末処理場から公共用水域に放流されたり、汚泥に混入する事態が生ずるものということはできない。

(三) 不法投棄の助長

前記(二)のとおり、下水道法は、公共下水道に受け入れる工場排水の水質を規制し、これを遵守させるために事前の届出、水質の測定義務等種々の手段を規定し、違反者に対する罰則も定めているのであるから、右規定等により不法投棄に対応できるものと考えられるところ、工場排水を公共下水道に受け入れた場合、これを公共下水道に受け入れない場合と比較して、前者の方式を選択することを違法とする程度に明らかに有害物質の不法投棄を助長する結果を生じさせるという控訴人らの主張事実を具体的に認めるに足りる証拠はなく(甲一九二によれば、東京都の昭和五一年度の監視において、監視件数三九八七件について違反件数一七一六件であり、違反率は四三パーセントであることが認められるが、右事実から右控訴人ら主張の事実を直ちに認めるには足りない。)、控訴人らの右主張は理由がないものといわざるをえない。

(四) 汚泥処理処分の困難さ

工場排水を公共下水道に受け入れることにより、重金属により汚泥が汚染され、重金属の濃度が非常に上がって汚泥の有効利用を阻害する結果を生じさせるという控訴人らの主張事実を具体的に認めるに足りる証拠はなく、控訴人らの右主張は採用することができない。

(五) 低BOD濃度の工場排水の受入れの問題点

控訴人らは、本件都市計画の工場排水のうち低BOD排水を除いた流水下水の濃度は151.0ppm(なお、BOD濃度については、主張及び証拠において、その単位をppmとしたものとミリグラム/リットルとしたものがあるが、両者の数値は実質上同一であると認められるので、本判決においては、ppmを使用することとする。)であり、右数値は標準活性汚泥法において最も効果的に汚泥を処理することが可能なBOD濃度である一〇〇ないし二〇〇ppmの範囲内であるから、低BOD濃度の工場排水を公共下水道に受け入れることにより汚水を効果的に処理できる濃度に薄める役割(希釈効果)を期待することはできないとの趣旨の主張をし、当審証人中西も同主張に沿う証言をする。しかし、控訴人らが主張する151.0ppmは若山秀夫作成の「BOD濃度比較表」(甲一三三)を根拠としているものであるところ、同表においては公共水域に排出しえないBOD濃度の木材(88.3ppm)、繊維(59.3ppm)等の工場排水を低BOD工場排水として除外していて、その前提において首肯しえない点が存する上、証拠(原審証人松井)によれば、低BOD濃度の工場排水であっても、SSを除去する必要はあり、また、汚水そのものを排除する必要があることが認められるのであるから、控訴人らの右主張は採用することができない。

また、前記中西の証言及び同人作成の意見書(甲二〇三)中には、若山秀夫作成の「BOD物質排出量の比較表」(甲一三二)を根拠に、公共下水道に低BOD濃度の工場排水を受け入れることは公共用水域に排出されるBOD負荷が増大しマイナスとなるとの趣旨の部分がある。しかし、右比較表は、(1)計画汚水量一〇〇万立方メートル/日、そのうち低BOD工場排水五〇万立方メートル/日、その平均濃度五ppmとし、(2) 低BOD工場排水を公共下水道に受け入れるか否かにかかわらず終末処理場放流水のBODを一五ppmとする、との前提で作成されているが、右(1)のうち低BOD工場排水五〇万立方メートル/日についてはこれを裏付ける具体的根拠に乏しいといわざるをえず、(2)については不合理といわざるをえないのであって、その信用性には疑問を容れざるをえず採用することができないのであり、また、同比較表の記載を前提とした右中西の証言及び同人作成の意見書中の右に関する部分も採用することができない。

4  計画汚水量算定の誤り

(一) 工場排水量

控訴人らは、本件調査報告において工場排水量原単位は冷却冷房用水を含んで定められており、この点において原判決の事実認定には誤りがあると主張し、当審証人島津は、本件都市計画の工場排水量原単位の設定の基礎となった愛知県が昭和四四年八月に実施した業種、業態別排水量基本調査(乙七一の七一頁以下。)においては冷却冷房排水を除いて調査されていない旨の右主張に沿う証言をしている。しかし、証拠(甲一一、原審証人中川、同秋田)によれば、本件調査報告が工場排水量原単位を定めるに当たって基礎とした前記排水量基本調査においては冷却冷房排水を除いて調査されていることが認められるのであり、前記島津証人の証言は同人の推測を述べたものにすぎないのであって、右認定を左右するものではなく、控訴人らの前記主張は採用することができない。

(二) 家庭汚水量

証拠(甲一六一の二二、乙七一、原審証人島津)によれば、本件調査報告においては、家庭汚水量原単位を昭和五〇年について四五〇リットル、昭和五五年について六〇〇リットルとしているところ、島津証人の試算によれば、家庭汚水量原単位の実績値は昭和五〇年及び昭和五五年とも三六七リットルとなり、本件調査報告書の予測値をかなり下回ることが認められる。しかし、前記(原判決「事実及び理由」欄第八の四1(二)(2)③引用)のとおり、本件調査報告における家庭汚水量の原単位は昭和四四年度の愛知県総合排水計画によって示された流域別汚水量原単位に基づいて定めたものであり、本件調査報告が作成された昭和四六年三月の時点においては一応の合理性を有するものということができる。流域下水道が長期にわたって事業実施されていくものであり、長期の予測によって計画されるものであるという性質を本来的に有するものである以上、当初の予測が実績との間にある程度の誤差が生ずることはやむをえないものというべく、右程度の誤差があるからといって本件都市計画を違法とまでいうことはできない。

5  最適化計画決定の誤り

本件調査報告における最適計画の決定に至る経過は、前認定(原判決「事実及び理由」欄第八の四3(五)(1)引用)のとおりであるところ、ステップ1、2で最適ケースを選んだ後にユニット間の接続を一部変更したために、結果的にステップ1で最適とされなかったケース31と同一のパターンが選択されるという論理的には整合しない選択過程となったことは否めないところである。しかし、ステップ1からステップ4に至る最適化計算の方法が唯一の正しい方法であったとはいえず、前記の最適計画の決定に至る経過には一応の合理性が認められるのであって、右論理的な不整合があるからといって本件都市計画を違法とまでいうことはできない。

6  流域下水道方式採用の問題点

(一) 流域下水道方式の採用自体の違法性

流域下水道の制度自体は法律上定められているものであるから、流域下水道方式を採用すること自体が違法であるといえないことは当然であり、控訴人らが、流域下水道方式を採用すること自体が違法であると主張するのであれば、主張自体失当といわざるをえない。

なお、本件具体的な状況の下で流域下水道方式を採用したことが違法となるかについては、次に検討するとおりであり、これが社会通念上著しく不相当であって、行政庁の裁量権の範囲を逸脱し又は裁量権の濫用があったものということはできない。

(二) 環境負荷の増大

前記三3(三)のとおり、下水道法は、公共下水道に受け入れる工場排水は、公共下水道に受け入れる工場排水の水質を規制し、これを遵守させるために事前の届出、水質の測定義務等種々の手段を規定し、違反者に対する罰則も定めているのであるから、右規定等により不法投棄に対応できるものと考えられるし、また、同法二五条の八の規定により流域下水道管理者である愛知県は流域関連公共下水道の管理者に対し原因調査をし、必要な措置をとるべきことを求めることができるのであるから、これにより適正な維持管理が期待されるものといえるから、流域下水道は処理場からの放流水による環境負荷が増大する方式であるとする控訴人らの主張は採用することができない。

(三) 経済性

本件具体的な状況の下で流域下水道方式を採用したことが社会通念上著しく不経済であったことを具体的に示す証拠はない上、証拠(乙一八三)によれば、活性汚泥法により規模の大小にかかわらず同質の建設及び維持管理がされるものとして処理流量及びそれに対応するBOD負荷を仮定した場合の日本水道コンサルタントKKによる計算結果によると、建設費、維持管理費とも、処理能力一五万立方メートル/日以上の規模の場合であっても、一五万立方メートル/日未満の場合ほど顕著ではないにしても、規模の利益が働くことが認められるのであって、右によれば、控訴人ら主張のように、処理水量一〇〇万立方メートル/日の場合には規模の利益が働かず不経済であるということはできない。

(四) 上流市町の下水道整備の遅れ

控訴人らの主張は、流域下水道方式を採用した場合は各市町において単独公共下水道方式を採用した場合よりも下水道の整備が遅延することを前提としている。しかし、流域下水道の場合は幹線管渠を各市町に接続する工事を必要とすることとなるが、他方、単独公共下水道の場合には、各市町ごとに処理場を必要とするため、その用地確保に困難をきたす場合も想定しうるところであり、控訴人らの右前提自体これを容易に首肯することができないものといわざるをえない。したがって、控訴人らの主張は採用することができない。

7  環境への影響及び環境影響評価

(一) 河川流量の枯渇

当審証人若山は、愛知県土木部下水道対策監石川功作成の「公共用水域の水質と推量について」(甲二〇一の一。ただし、書込部分を除く。)及び愛知県土木部下水道課作成の「境川流域下水道について」(甲二〇一の二)の記載によれば、境川流域下水道に工場排水を全量受け入れた場合には、境川流域の河川の流量が減少する旨を証言し、当審証人中西も流域下水道のため河川の流量が減少する旨を証言する。右甲二〇一号証の一及び二によれば、境川流域下水道が工場排水を受け入れることにより、その分河川流量は減少することが認められるが、自然の流水量に起因する事故流量には影響を及ぼすことはなく、河川流量は維持されることが認められるのであって、境川流域の河川の枯渇が生じるということはできない。そして、前記(原判決「事実及び理由」欄第八の四3(七)(1)引用)のとおり、本件都市計画において、河川流量の減少が生じること自体はやむをえないというべきであるから、控訴人らの河川流量が枯渇するとの主張は採用することができない。

(二) 衣浦湾への影響

当審証人中西は、本件調査報告によれば衣浦湾においてCOD値が環境基準に適合しなくなる旨証言し、同人作成の意見書(甲二〇三)にも同趣旨の記載がある。しかし、証拠(乙七一)によれば、本件調査報告では、衣浦海域については三次処理の手法を十分に検討する必要があるが、湾施設が大幅に変わらない限り水域に対し悪影響は少なく、十分水質を保全していけるとされているのであり、また、右意見書が環境基準に適合しない根拠として指摘する本件調査報告の図5―28(昭和六五年度(流域下水道完成時)実験結果)には環境基準点の位置は記載されていないのであり本件調査報告によっては衣浦湾においてCOD値が環境基準に適合しなくなるとはいいえず、右証言は採用しえない。そして、本件処理場は平成元年四月一日から一部供用が開始されたものである(当事者間に争いがない。)ところ、証拠(乙一七三、一八五)によれば、愛知県による公共用水域及び地下水の水質調査結果により、供用が開始された平成元年度から平成五年度までの間における衣浦港水域の環境基準点K―1、衣浦港南部水域の環境基準点(ただし、同基準が指定されたのは本件都市計画決定後の昭和四七年三月三一日である。)K―2、K―3でのCOD値は、いずれも環境基準値(いずれも八ミリグラム/リットル)に適合していることが認められるのであって、右によれば控訴人ら主張のように境川流域下水道により環境基準値が達成できなくなるものということはできない。なお、右乙一八五によれば、衣浦湾水域の環境基準点K―4、K―5、K―6、K―7においては環境基準値(二ミリグラム/リットル)に適合していないが、右環境基準値は本件都市計画決定後の昭和四七年三月三一日に指定されたものであるから、これにより本件都市計画決定を違法ということはできない。

(三) 計画アセスメントの必要性

控訴人らの主張の趣旨は必ずしも明らかではないが、本件都市計画及び本件下水道事業計画の適法要件は前記(原判決「事実及び理由」欄第八の一4引用)のとおりであり、右以外に計画アセスメントが法律上の要件とは解されないから、控訴人らの主張が右の趣旨であるとすれば主張自体失当というほかない。そして、本件都市計画及び本件下水道事業計画の適法要件については、ほかの部分に検討するとおりである。

8  既存計画との関係

流域下水道方式を採用したことの適法性については前記のとおりであるところ、本件都市計画は、前認定(原判決「事実及び理由」欄第二の三3(三)引用)のとおり、関連市町の意見を聴取した上で決定されたものであることが認められるのであり、関連市町の既存計画を無視して決定されたものとはいえないのであり、この点に関する控訴人らの主張は理由がない。

9  用地取得の難易

用地取得の難易の検討自体は、都市計画法上あるいは下水道法上の要件とされていると解することはできない。証拠(甲一一三の六)によれば、建設省編集に係る指針と解説(昭和四九年)には、処理場用地取得の難易を勘案事項として記載されているが、右は流域総合計画調査のための指針とその解説を記したものにすぎず、同記載によりこれが法律上の要件となるものではないから、控訴人らの処理場用地取得の難易は下水道法二条の二第三項の定める法律上の考慮事項であるとの主張は失当というほかない。

四  いわゆる主観的予備的併合の可否(争点3の1)

1 本訴請求のうち被控訴人県に対する請求は、収用裁決が取り消されないときに備えて予備的に、土地収用法一三三条に基づき、損失の補償に関する訴えとして起業者に対し替地による補償を求めるものであって、主位的請求である収用裁決の取消しの訴えとは主観的予備的併合の関係に立つものである。そして、行政事件訴訟法一七条一項は、数人は、その数人に対する請求が処分又は裁決の取消しの請求と関連請求とである場合に限り、共同訴訟人として訴えられることができるものとしているところ、本件における被控訴人委員会に対する請求と被控訴人県に対する請求とは、同法一三条二号又は五号に準ずる同条六号の関連請求に当たるということができるので、前記共同訴訟の要件を満たすものということができる。

控訴人らは、具体的事案において予備的被告を各被告に対する両請求が同時に別訴として提起された場合に比較して応訴上著しく不利益、不安定な地位に置くものでない場合には、主観的予備的併合が許容されると解すべきところ、本件においては、起業者である被控訴人県は、予備的被告とされることによって、別訴を提起される場合に比べ、特に不利益、不安定な地位に置かれたとはいえないから、主観的予備的併合訴訟は適法なものとして許容されるべきである旨主張するのでこの点について検討する。

2 民事訴訟においては、主観的予備的併合は、主位的請求の被告と予備的請求の被告が同一でないことから、予備的請求の被告を応訴上著しく不利益、不安定な地位に置くことになり、許されないものというべきである(最高裁昭和四三年三月八日第二小法廷判決・民集二二巻三号五五一頁参照)。

抗告訴訟においては、行政事件訴訟法一一条により、国又は地方公共団体の機関である行政庁が被告とされるが、右抗告訴訟と関連請求の関係にある国又は地方公共団体に対する請求とが実質的に同一であると解されるときには、抗告訴訟が容れられないときに備えて予備的に国又は地方公共団体に対する請求を併合しても、実質的に客観的予備的併合と差異がなく、被告の地位が不利益、不安定なものとなるとはいえないとして、このような場合には、主観的予備的併合を許容する余地がないではない。

そこで、これを収用裁決取消訴訟の被告と損失補償に関する訴訟の被告との関係について見るに、前者は国の機関としての地位に立って収用という国家事務を行う収用委員会であり、その裁決に係る事務は国に帰属するのに対し、後者は起業者とされているから、起業者が国である場合以外は、主位的被告と予備的被告が同一であるとはいえない。本件においては、予備的請求の被告である起業者は愛知県であり、国と実質的に同一であるということはできない。したがって、本件において起業者である被控訴人県が予備的被告とされることによって別訴を提起される場合に比べ特に不利益、不安定な地位に置かれたとはいえないとの控訴人らの主張は採用することができない。

3 加えて、土地収用法一三三条が収用そのものに対する不服の訴えとは別個に損失補償に関する訴えを規定したのは、収用に伴う損失補償に関する争いは、収用そのものの適否とは別に起業者と被収用者との間で解決させることができるし、また、それが適当であるとの見地から、収用裁決中収用そのものに対する不服と損失補償に関する不服とをそれぞれ別個独立の手続で争わせることとし、後者の不服の訴えについては前者の不服の訴えと無関係に独立の出訴期間を設け、これにより、収用に伴う損失補償に関する紛争については、収用そのものの適否ないし効力の有無又はこれに関する争訟の帰趨とは切り離して、起業者と被収用者との間で早期に確定、解決させようとする趣旨に出たものと解される(最高裁昭和五八年九月八日第一小法廷判決・裁判集民事一三九号四五七頁)ところ、収用裁決取消訴訟に損失補償に関する訴訟を予備的に併合することを認めると、損失補償に関する紛争は、収用裁決取消訴訟の帰趨を待って判断されることになるから、同紛争を収用に関する争訟の帰趨とは切り離して早期に確定、解決させようとする同条の趣旨に反することになり、起業者にとっても、損失補償に関する紛争を早期に確定、解決し、応訴の負担から解放される利益があるにもかかわらず、予備的被告とされることによって、その利益を不当に奪われることになる。そして、このような主観的予備的併合を認めなくても、両請求を別訴で提起し、又は並列的請求(単純併合)として併合提起することが法律上も事実上も可能であるから、原告が右両請求を併合提起したい場合であっても、あえて予備的併合にする必然性はない。

4 右に説示したところによれば、被控訴人委員会に対する収用裁決取消請求に被控訴人県に対する損失補償に関する請求を予備的に併合することは許されないというべきであり、被控訴人県に対する予備的請求は不適法といわざるをえない。そして、被控訴人県に対する請求は、これを主位的請求から分離したとしても、それ自体としては条件付きの不適法なものといわざるをえないので、結局、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人県に対する訴えは、却下を免れない。

よって、原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渋川満 裁判官遠山和光 裁判官岡本岳は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官渋川満)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例