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名古屋高等裁判所 平成元年(う)50号 判決 1990年3月19日

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣旨は、当審第一回公判期日当時弁護人であったC名義の控訴趣意書および各控訴趣意補充書に記載されているとおりであるから(なお、当審第一回公判期日における右弁護人の釈明参照)、ここにこれらを引用するが、その要旨は、原判決の量刑が刑の執行を猶予しなかった点で重過ぎて不当である、というのである。

一  所論に対する判断に先立ち、職件をもって記録を調査して検討するに、原判決は、「名古屋市熱田区<番地略>所在の全名青果事業協同組合に事務員として勤務し、同協同組合理事長振出名義の小切手の振出し、同協同組合名義の当座預金の保管等の業務に従事していた」被告人が、「右協同組合のための業務上保管中の」右協同組合名義の原判示各当座預金から、「ほしいままに、自己の用途に費消する目的で、その任務に背いて作成した右協同組合理事長K振出名義の小切手一七通(金額合計六〇六万八一八三円)を用いて、現金合計六〇六八万八一八三円の払出しを受けて同額の当座預金を横領した」旨認定判示し、被告人の所為を刑法二五三条にいわゆる業務上横領罪に問擬したことが明らかであるところ、原判決の判文(なお、本件起訴状記載の「公訴事実」もこれと同文である。)には、その惜辞に適切を欠く点なしとせず、ためにその趣旨が判然としないきらいがあるが、原判決は、要するに、原判示協同組合(以下、単に「本件協同組合」ということがある。)に事務員として勤務し、本件協同組合振出名義の小切手の振出権限を有し、本件協同組合名義の当座預金を業務の一環として保管していた被告人が、本件協同組合のため業務上保管中の本件協同組合名義の原判示各当座預金(以下、単に「本件各当座預金」という。)から、自己の用途に費消する目的で、右小切手振出権限を濫用して振り出した本件協同組合振出名義の小切手を使用して現金の払出を受け、もって本件各当座預金を横領したというにあり、結局のところ、原判決は、被告人が本件協同組合振出名義の小切手の振出権限を有していたとの事実を認定したうえで、右事実を前提として、右の小切手振出権限に伴いこれに対応する小切手資金の処分権限を有していた被告人には、小切手資金に対する占有・支配があり、従って、被告人は同協同組合名義の本件各当座預金を業務上占有していた旨認定判断し、右の認定判断にもとづき、本件各当座預金から払出しを受けた現金を不法に領得したとの被告人の前記所為を業務上横領罪に問擬したものと解するほかはない。

二  ところで、原判決の挙示する関係各証拠に加えて、当審において取り調べた当審第六回公判調書中の証人Yの供述記載を併せ検討すると、被告人は、昭和四七年ころに本件協同組合に雇用され、昭和五九年五月三一日に同協同組合を退職したものであるが、その間、本件協同組合の理事等のいわゆる役職に就任したことはなく、終始一事務員として勤務していたものであり、昭和五八年一二月七日ころから昭和五九年五月二九日ころまでの間を含めて、本件協同組合の事務全般を統括する事務長の指揮・監督のもとに、主に総勘定元帳等の帳簿類の記帳や伝票類の作成あるいは小切手の換金等の経理関係事務に従事し、右経理関係事務の一環として、本件協同組合の代表者であって小切手の振出権限を有する理事長(登記簿上は「代表理事」、以下同じ)の事務補助者として、同協同組合の業務遂行上の必要に応じて、右組合事務所内の金庫に保管されていた小切手帳や右組合名および理事長名が刻印された記名印、銀行印等を用いて、本件協同組合振出名義の小切手を作成する事務にも従事していたことが認められる。

しかして、右認定事実にかんがみると、被告人は、本人である本件協同組合のために、その業務の全部または一部に関して包括的代理権限を有する理事又は支配人等の役・職員の地位にはなく、単なる使用人にとどまり、小切手の振出権限を有する理事長の許諾した範囲内において、事務的・機械的補助者として本件協同振出名義の小切手の作成事務に従事していたにすぎなかったものというべきであり、かかる被告人には、もとより小切手振出の法律上の一般的な権限はなかったものというほかないし、更に、前記関係各証拠や当審第六回公判調書中の証人Yの供述記載等を含む本件全証拠を精査しても、本件協同組合理事長の名において、被告人が本件協同組合のために小切手を振り出す権限を授与されていたことを認めるに足りる証拠は、全くこれを見出だすことができない(原判決挙示にかかる被告人およびGならびにYの捜査官に対する各供述調書中には、被告人が小切手振出権限を有していたかのごとき供述記載があるが、被告人は、右のとおり、本件協同組合の経理事務に精通していたとはいえ、単なる一事務員の立場にあったにすぎなかったものであり、一介の事務員に小切手の振出権限を授与するがごとき事態は、社会通念上容易に想定しがたいところであり、右の各供述記載は、いずれも小切手振出権限を有する理事長の事務補助者として、被告人が小切手の機械的作成事務を事実上委ねられていたとの趣旨を述べたに過ぎないものと看るのが相当であるから、これらをもって右認定を左右する余地はないというべきである。)。

そうすると、原判決の認定判示する(罪となるべき事実)のうち、被告人が本件協同組合振出名義の小切手の振出権限を有していたとの点は、本件全証拠(当審において取り調べた証拠を含む。)によってこれを認めることができないから、被告人には小切手振出の権限に伴う小切手資金に対する処分権限も認められず、従って、被告人が本件各当座預金を「業務上保管中」であったものとも認められないことに帰着し、結局のところ、原判決には、この点において事実の誤認があるものといわなければならないが、右の本件協同組合振出名義の小切手の振出権限の有無ないし右権限にもとづく本件当座預金に対する占有の有無の点は、被告人の所為に対する構成要件的評価の如何を左右する事実にほかならないから、原判決の右事実の誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるので、原判決は、所論(量刑不当の論旨)に対する判断をまつまでもなく、この点において破棄を免れない。

三  そこで、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条に則り、原判決を破棄するが、原審裁判所において、検察官をして本件公訴事実の同一性を害しない限度で訴因変更の措置を講じせしめるなどして、証拠上肯認し得る被告人の所為がいかなる罰条に該当するかにつき、更に審理を尽くさせるのが相当と判断されるので、同法四〇〇条本文に従い、本件を原審裁判所である名古屋地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田誠吾 裁判官 油田弘佑 裁判官 川原誠)

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