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名古屋地方裁判所豊橋支部 昭和42年(ワ)140号 判決 1970年2月02日

原告

清水久作

被告

伊藤松三

ほか一名

主文

一、被告両名は各自原告に対し、金八六万五一二〇円及びこれに対する昭和四二年七月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

一、原告その余の請求を棄却する。

一、訴訟費用はこれを五分し、その三を原告、その余を被告等の負担とする。

一、この判決は、原告勝訴部分に限り仮りに執行できる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

「被告両名は各自原告に対し、金二二七万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言。

二、被告等

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

第二、請求の原因

一、本件交通事故の発生

1  日時 昭和四一年一二月一五日午後六時四五分頃

2  場所 豊川市正岡町流田地内国道一五一号線上

3  加害車 普通貨物自動車、運転者被告伊藤松三

4  事故の態様 原告は事故現場付近の国道を徒歩で南進中後方から疾走して来た加害車に跳ねとばされた。

5  事故の結果 原告は左第八ないし第一一肋骨骨折、左腓骨骨折、左下肢打撲傷、頭部打撲症兼内耳損傷全身擦過傷の傷害を受け、事故当日から約三ケ月間豊川市下長山町荻野病院に入院し、一応退院したが全治するに至らず、その後同病院及び豊橋市駅前大通鈴木医院に通院して加療を続け今日に及んでいる。

またその後遺症として、頭部外傷性後遺症兼右膝関節慢性関節炎、外傷性右耳神経性難聴左耳鳴りが執拗に残り、頭痛、重圧感、右膝関節の運動痛が劇しく歩行困難の状態で、完全治癒の見込みは立ち難い状況にある。

二、責任原因

被告等は、夫々次の理由により本件事故により原告に生じた損害を賠償する義務がある。

1  被告伊藤は、鳶職であつて、事故当日建前の祝い事があつて多量に飲酒酩酊し、正常な運転ができないおそれのある状態にあつたから、酔いを覚した後自動車の運転をなし、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、酩酊のまま加害車を運転し、前方注視が不十分となつて歩行中の原告を発見できず、原告に衝突して本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条による責任。

2  被告小嶋は、被告伊藤の親方で、同被告に鳶職の傍ら自動車運転をさせていたものであつて、本件事故当時も被告伊藤に命じて配下の一人を右自動車に同乗させ、且つ自己の鳶道具を運搬させていたものであつて、加害車を自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

三、損害

(一)  逸失利益

原告は、事故当時豊川市下長山町所在東海建機株式会社に工場長として勤務していたが、右事故以来欠勤を余儀なくされたため会社から給与の支払いがなく、被告伊藤から給料分として昭和四二年四月まで毎月金九万円づつ受領したので、同年五、六、七月分として合計金二七万円の得べかりし利益を喪失したものである。

(二)  慰藉料

原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、受傷当初約一〇日間人事不省の状態にあり多量の吐血のほか血尿も認められたため一時絶望視されたが、ようやく快方に向い、入院三ケ月にして一応退院するに至つたがその後も前記のとおり通院加療を続けている次第で、鼓膜が破損し小脳に亀裂を生じているため、頭痛、めまいが激しく歩行にも難渋していること、また、原告は、従来工場長として多数の部下を指導し作業責任者の地位にあつたが、昭和四二年六月右症状のためその任に堪えないとして工場長を免ぜられ、平社員に格下げされ、従つて収入も減少し、他方技術家として充分活動し得る状態にいつ立ち直れるか予測も立たない状況にあつて、資産もないため妻子三人を抱えてその前途暗澹たるものがあること等の諸事情に鑑み、二〇〇万円を相当とする。

四、結論

以上の次第で、被告両名に対し医療費は別に以上の損害額合計二二七万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、請求原因に対する答弁

(一)  請求原因第一項について

1ないし4は認める。ただし原告が道路を斜めに横断中発生した事故である。5は原告が荻野病院に入院治療を受けた事実のみ認め、その余は争う。原告は昭和四二年三月一五日羽根病院で診療を受けたところ後遺症はないとのことである。

(二)  同第二項について

1については、被告伊藤が鳶職で建前で飲酒したことは認めるが、その余は争う。原告の主張するほど酩酊していたものでない。

2については、被告小嶋が被告伊藤の親方で同被告に鳶職の傍ら自動車運転をさせていたこと及び、本件事故当時被告伊藤に命じて被告小嶋の従業員を同乗させていたことは認め、その余は争う。

第四、被告等の主張及び抗弁

一、加害車の保有関係

被告小嶋の経営する小嶋工務店では、従来店主が自動車を所有し、班長にこれを使用させていたが、仕事の能率向上と責任を持たせる意味で、店主と従業員とが協議した結果次のような作業規定を設けた。すなわち、

(1)  三人ないし四人で一班を編成し、各班に班長を置く。

(2)  工事は各班別の請負制とする。

(3)  車輛は班長の私有とする。

(4)  車両の経費(減価償却費、ガソリン代、修理代、公租公課)は別途計算により班長に毎月支給する。

(5)  交通事故に対する損害は各人の負担とする。

(6)  事故の際出費を容易にできるよう強制保険及び任意保険に加入すること、右保険料は工務店が半額を負担する。

(7)  昭和四〇年五月一日より実施する。

右規定に従い、被告小嶋は被告伊藤に自動車を安値で払下げ、班長である被告伊藤は規定に基づいて請負をして来た。従つて、本件事故の示談交渉も、被告伊藤がその責任において原告とこれをして来ている。ただ、遺憾ながら被告伊藤は任意保険には加入していなかつた。

二、逸失利益について

原告が勤務先から毎月九万円づつ給与の支払を受けていたと主張するので、被告伊藤は原告の云い分どおり九万円づつ休業補償をして来た。しかるに、原告の勤務先東海建機株式会社発行の証明書によると、原告の本件事故前三ケ月間の平均給与は、一ケ月金六万六六三一円に過ぎず、毎月約二万三〇〇〇円の支払超過であることが判明したので、原告に抗議したところ、五月分は支払ずみの計算で結構である旨言明したから、六月分として七万円支払つた。従つて昭和四二年五月分以降休業補償の支払を受けていない旨の原告の主張は誤りであつて、同年七月分まで支払ずみである。

三、治療費その他の支払について

被告伊藤は、原告に対し次のとおり支払つた。

1  治療費 二〇万七四五〇円

2  家政婦代 二万〇一〇〇円

3  付添看護費 四万四一〇〇円

4  休業補償費 四四万六〇〇〇円

5  見舞金 四万円

6  会社旅行に行けぬため 五〇〇〇円

7  近火見舞 二〇〇〇円

以上合計 七六万四六五〇円

なお、原告から種々の名目で費用の請求を受け一々これに応じ難いので、昭和四二年七月七日今後請求しない約束のもとに将来の治療費として金一万五〇〇〇円を交付してある。

四、過失相殺の抗弁

本件事故は、原告が道路右側を歩行中左側に横断しようとした際左右の安全確認を怠り突然走り出て道路を斜めに横断しようとしたため発生したもので、原告にも道路の横断に際し左右の安全を確認せず車両の直前で、かつ道路に対し直角またはこれに近い角度でない角度で横断しようとした重大な過失があり、この過失は被告伊藤の過失と対比すると五分五分というべきであつて、賠償額算定にあたつてこれを斟酌すべきである。

第五、抗弁に対する原告の答弁

一、原告の過失の点は否認する。

原告は国道一五一号線を歩行南進中バスに乗車するため道路反対側にあるバス停留所に赴くため横断しようとしたもので、左右をよく注視し安全を確認したところ、当時被告伊藤運転の車は遙かに離れた地点にあつたので原告は安全と考えた。当時同車の速度は時速五〇粁位であつたが、同被告は先行車を追い越そうとして前方注視を怠り加速して道路中心線を越え対向車道上に出たため、原告の予期に反して早く接近進行して原告に衝突したものである。

二、被告側より原告に支払われた金額は、

1  治療費 一八万二六五〇円

2  付添費 四万一一〇〇円

3  見舞金 四万円

4  休業補償費 四四万六〇〇〇円

以上合計 七一万二七五〇円

であるが、被告側で強制保険金五〇万円を大正火災海上保険株式会社から受領しているから、現実に被告側が原告に支払つた額は金二一万二七五〇円に過ぎない。

なお、休業補償費については、当初協議の結果原告が勤務先から支払を受ける給与を月額九万円として支払を受けて来たが、昭和四二年七月これを七万円と協定し、従来支払われた分をこれに引き直して計算した結果同年六月分まで支払ずみとなつているので、結局未払は同年七月の一ケ月分となる。

第六、証拠〔略〕

理由

第一、事故の発生

請求の原因第一項1ないし4の事実及び5のうち原告が荻野病院に入院加療を受けたことは、いずれも当事者間に争いがなくこの事実と〔証拠略〕を綜合すれば、被告伊藤は事故当日仕事先で建前があり祝い酒を出されたので午後五時過頃から清酒一合二、三勺を飲酒し、酒酔いのため正常な運転ができないおそれのある状態で、敢えて加害車を運転し事故現場付近の国道を時速五〇粁位で南進中、酒酔いのため前方注視が不確実な状態になつたから、直ちに運転を中止し酒気の解消を待つて再び運転を継続すべきであつたのにこれを怠り、漫然前記速度で運転を続け、前方注視不十分のまま先行車を追い越すため加速して道路右側部分に進出した過失により、折柄原告が進路前方を右方から左方へ横断歩行中であるのをその直前に接近するまで気付かず、同人を認めたときは避譲の措置をとる暇がなく、そのまま加害車前部を原告に衝突させてこれを跳ねとばしたこと、そのため原告はその主張のとおりの傷害を受け主張期間荻野病院に入院し、その後昭和四二年八月まで同病院及び鈴木医院に通院加療を受けたこと、脳波検査の結果は異常が認められないが、原告には頭部外傷性後遺症として、天候の加減もしくは精神緊張、思考作業に際し頭痛感、頭部重圧感が現在なお存すること、自賠法施行令別表に定める後遺障害の認定を受けていないこと、がそれぞれ認められ、〔証拠略〕中この認定に反する部分はたやすく措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

第二、責任原因

一、被告伊藤について

被告伊藤の過失により本件事故が発生したことは前判示のとおりである。

二、被告小嶋について

被告小嶋は被告伊藤の親方として同被告を鳶職に使用する傍ら自動車運転をさせていたこと及び事故当時同被告に命じて自己の従業員を同乗させていたことは当事者間に争いなく、〔証拠略〕によれば、被告小嶋は小嶋工務店の名称で建築請負業を営み、被告伊藤のほか鳶職、人夫等多数の使用人を雇用していたこと、経営の都合上四名一組で班を構成して仕事を割当てその責任者として班長を定めていたこと、被告伊藤はその班長の一人であること、被告小嶋は自己所有の自動車を各班長に安価に払下げ、通勤等に使用させる傍ら指示してその班の人夫及び材料等を現場に運搬させていたこと、本件加害車の所有名義、強制保険加入名義はいずれも被告伊藤であること、しかし、自動車の燃料費、修理費等の維持費として被告小嶋から被告伊藤に毎月出来高の一割を支給していたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。以上の事実によれば、被告小嶋は、本件事故当時、被告伊藤と共同して加害車の運行を支配し、その運行の利益を享受していたと認めるのが相当であるから、被告小嶋は自賠法三条の規定による運行供用者に該当するものというべきである。

三、よつて、被告伊藤は民法七〇九条の規定により、被告小嶋は自賠法三条の規定により、いずれも不真正連帯債務者として本件事故により原告に生じた後記第四項の損害を賠償すべき義務がある。

第三、原告の過失

〔証拠略〕を綜合すると、本件事故現場付近の国道は歩車道の区別のない幅員約一二米の道路で、豊橋方面から豊川方面に通じているため交通がひんぱんであること、原告が横断しようとした事故現場及びその付近には横断歩道が設けられていないこと、原告は横断を開始する直前豊橋方面には接近車輛を認めなかつたが、豊川方面には接近中の車輛を遠方に認めたこと、が認められる。以上の事実から考察すると、原告は事故現場の道路を横断するに際しては、車輛の往来を邪魔しないよう車輛の直前直後の横断を避けるべきことはもちろん、夜間のため接近して来る車輛との距離及びその速度等を判定するのが困難であるから特に接近して来る車輛の動静を注視しその接近前に横断を完了できる余裕があるか安全を確認すべきところ、これを怠つた過失があると請わねばならない。なお、被告等は、原告は事故当時道路を斜めに横断していた旨主張するが、本件全証拠によるもこれを認めることはできない。

原告の右過失が本件事故発生の一原因であることは明かであるが、本件事故が歩行者と自動車の衝突事故であり、自動車運転者は加重された度合いで交通法規上の注意義務を遵守すべき義務があることのほか、衝突の地点その他の諸事情を斟酌すると原告の過失は先に認定した被告伊藤の過失より明かに軽く、その割合は原告二割、被告八割とみるのが相当である。

第四、損害

一、逸失利益

〔証拠略〕を綜合すれば、原告は昭和三九年六月頃から東海建機株式会社に工場長として勤務していたが、事故以来昭和四二年七月末まで働けなかつたこと、原告は事故前勤務先から給与を得ており、昭和四一年度の年収は九七万六七八八円であつたことが認められる。〔証拠略〕によれば、事故前の源泉徴収税控除後の月額給与は、昭和四一年九月六万七八五三円、同年一〇月六万五九二〇円、同年一一月六万六一二〇円であつたことが認められるが、このことは前記年収の認定の妨げとはならない。そして、被告伊藤から原告に休業補償費として合計四四万六〇〇〇円支払われたこと、右金員を昭和四二年六月末までの休業補償費に充当することに協定のできたことは当事者間に争いがない(この点につき被告等の主張のうちに昭和四二年七月分まで支払ずみとの部分もあるが他の主張部分に照らし誤記と認められる)から、結局原告の請求し得る休業補償は昭和四二年七月分の給与相当額となり、前認定の年収は月額にして八万一三九九円であるから、逸失利益は八万一三九九円である。ところで、前認定の原告の過失を斟酌して、原告の請求し得る金額は六万五一二〇円とするのが相当である。

二、慰藉料

これまで認定してきた本件事故の態様、原告の傷害の部位程度、治療の経過、治療期間経過後も原告は屡々頭痛に悩まされている事実と、〔証拠略〕により認められる、原告は昭和四二年八月から勤務先に再び勤務しているが、頭部打撲のため神経に障害を残していて工場長の職務に適さないものと判定され、一旦平社員に格下げされ、現在は工場長代理の地位にあること、従つて、事故前支給されていた工場長手当月額八五〇〇円を失つたほか、給与も月額四万八〇〇〇円程度に減少したこと等諸般の事情を考慮すると、原告が本件受傷によつて被つた精神的苦痛に対する慰藉料は金八〇万円をもつて相当と認める。

第五、結論

よつて、原告は被告等に対し金八六万五一二〇円及びこれに対するいずれも訴状送達の日の翌日であること記録上明かな昭和四二年七月三〇日から支払すみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利があるから、原告の本訴請求は右の限度で正当として認容し、その余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木照隆)

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