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名古屋地方裁判所岡崎支部 昭和40年(ワ)156号 判決 1966年11月30日

原告 国

訴訟代理人 川本権祐 外三名

被告 沼田重夫

主文

被告は原告に対し、金二三三、一〇〇円及びこれに対する昭和三八年八月一七日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、仮に執行することができる。

事実

原告指定代理人は、主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として

一、被告は窃取にかかる他人名義の貯金通帳と印鑑を使用して、金員を騙取しようと企て、別紙一覧表<省略>記載のとおり、昭和三七年八月一四日ころより同三八年八月一六日ころまでの間、六回にわたり神戸市灘区水道橋筋二丁目一六番地の一、水道橋筋郵便局ほか四カ所の郵便局において、当該事務担当局員に対し、貯金の払いもどしを受ける正当な権限を有しないのにこれあるように装い、窃取にかかる浜上ふさゑほか七名名義の貯金通帳と、同様窃取にかかる印鑑を使用して偽造した同人ら名義の払いもどし金受領証を提出して貯金の払いもどし請求をなし、前記担当局員らをして正当な権利者による請求と誤信させ、同人らより合計金二三三、一〇〇円の払いもどしを受けてこれを騙取し、原告に同額の損害を与えた。よつて、原告は被告に対し、右不法行為による損害賠償として金二三三、一〇〇円及びこれに対する不法行為の最終日の翌日である昭和三八年八月一七日より完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、仮に、被告に対する右貯金の払いもどしが、郵便法第二六条により正当な払渡しがあつたものとみなされ、したがつて、当然には原告が右払いもどし金額と同額の損害をこうむつたものといえないとしても、原告は右払いもどし後、昭和三八年一〇月三〇日までに、右払いもどしが正当な払渡手続を欠いたものとして、正当な貯金債権者に対し、当該貯金通帳の提出を求めてこれに右払いもどし金相当額を記入する措置をとつた。右は当該貯金債権者と原告間における当該貯金払いもどし金額に相当する部分の貯金債権が存在することの合意であるが、前記被告に対する払いもどしが、同条により債権の準占有者に対する弁済として有効であるならば、右合意によつて新らたにその金額相当の貯金債権を発生せしめたことになる性質のものであるから、右記入措置によつて原告が負担することになつた債務相当額は、一見して被告の本件不法行為によつて原告がこうむつた損害と観念しえないものといわれるかもしれない。しかしながら、本件のような第三者の欺罔行為に基づく弁済が、債権の準占有者に対する弁済と認めうるかどうかは、具体的な事実関係の認定及びこれに対する法律的な価値判断を要する事柄に属し、実際上の判断に当つても微妙な点が存する故に、かかる主張をあえてするならば、真正な債権者との間にいろいろと困難な問題を生じ、紛争を惹起し易いのである。したがつて、一般国民より、その安全性と確実性について絶対的な信頼と期待を寄せられて郵便貯金事業を行つている原告が、真正な貯金債権者との間に前記のような合意を結んだことは、社会通念上妥当な、少くともやむを得ない措置といわなければならないのであつて、不法行為制度の目的が、社会に惹起した損失、出捐の公平妥当な分担を庶幾するところにあるものとするならば、右合意による原告の債務の負担(出捐)は、被告の本件不法行為によつて原告がこうむつた損害と解するのが相当である。よつて、原告は被告に対し不法行為に基づく損害賠償として前記金二三三、一〇〇円及びこれに対する前記記入措置の最終日の翌日である昭和三八年一一月一日より完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三、仮に、右主張が認められないとしても、二で述べたようないきさつによつて原告が負担した債務(損失)と被告が本件欺罔行為によつて得た利得(もとより法律上の原因なきもの)について、その調整を図らないで放置しておくことは、公平の観念に照らし許しがたいところであつて、被告の利得と原告の損失との間には因果関係があるものというべきであるから、原告は被告に対し、不当利得の返還請求権に基づき、二と同項の金員の支払いを求める。

と述べ

被告の主張に対し

一、郵便貯金法第二六条は、債務者である原告がなした債権の準占有者に対する弁済を有効として、これを保護する趣旨でもうけられた規定であるから、原告において自ら同条による保護を放棄し前記貯金の払いもどしを無効と認めて、不法行為者である被告に対し、損害賠償を求めることは可能というべきである。したがつて被告の主張はそれ自体失当というべきである。

二、仮にしからずとするも、本件貯金の払いもどしについては、その払渡手続の上で、次のようなかしがあつた。すなわち、別紙一覧表(1) 、(3) 、(6) の浜上ふさゑ、吉川いく、岩田章子各名義の貯金通帳による払いもどしについては、その預金者はいずれも女性であるから、払いもどし請求者が預金者本人でないことは明らかであり、また同表(2) 、(4) 、(5) の伊部寿一、山口卓荘、同三郎、難波健三、同スガノ各名義の貯金通帳による払いもどしについても、担当局員において、平素預金者と面識があり、払いもどし請求者が預金者本人でないことはわかつていたのであるから、このような場合には、担当局員において、疎明資料の提示を求め、その他適宜の方法により払いもどし請求者が正当な権限を有する者かどうか確認すべきであるのにかかわらず、これを怠り、漫然被告の払いもどし請求に応じて貯金の払渡をなしたものであるから、右は郵便法第二六条の正当な払渡とみなされず、したがつて原告は依然として本件各預金者に対し、貯金の払いもどし義務を負担しているものというべきであるから、被告の主張は失当である。

と述べ

立証<省略>

被告は、請求棄却の判決を求め、答弁として、請求の原因事実のうち、被告が原告主張のごとく昭和三七年八月一四日ころより同三八年八月一六日ころまでの間六回にわたり、窃取した他人名義の貯金通帳と印鑑を使用して郵便局の担当局員を欺罔し、郵便貯金の払いもどし名下に合計金二三三、一〇〇円を騙取したことは認めるがその余は争う。原告の被告に対する右貯金の払いもどしは、被告が正当な権利者であるかどうかの確認につき善意、無過失であつたから、郵便貯金法の上で正当な払渡があつたものとみなされ、したがつて、原告には、現実になんらの損害も生じていないのであるから本訴請求は失当である、と述べた。(証拠省略)

理由

一、被告が、原告主張のごとく昭和三七年八月一四日より昭和三八年八月一六日までの間六回にわたり、窃取した他人名義の預金通帳と印鑑を使用して郵便局の担当局員を欺罔し、郵便貯金の払いもどし名下に合計金二三三、一〇〇円を騙取したことは当事者間に争いがない。

二、被告は、本件貯金の払いもどしは、原告において被告が正当な権利者であると信ずるにつき善意、無過失であつたから正当な払渡があつたものとみなされ、その結果原告にはなんらの損害も生じていない旨主張するのでこの点について判断する。

郵便貯金法第二六条によると、「同法又は同法に基づく省令に規定する手続を経て郵便貯金を払い渡したときは、正当の払渡をしたものとみなす」旨の規定があるが、右は債権の準占有者に対する弁済の効果を定めた民法第四七八条と同様、貯金関係における債務者である原告の利益を保護するためにもうけられた規定であるから、具体的な事情のもとにおいて、債務者である原告が、右規定の効果を主張して真実の債権者に対し、その払いもどし請求を拒否するか、もしくは、表見的な債権者に対する払いもどしの無効を認めて、これに対し損害賠償ないし払いもどし金の返還を請求するかは原告において任意に選択し得るものと解するのが相当である。したがつて、本件における被告に対する貯金の払いもどしが、形式的には郵便貯金法の正規の手続を経て払い渡されたものとしても、被告には、右払いもどしを受ける実体上の権利はなにもないのであるから、原告自ら右払いもどしの無効を認めて、被告に対し、その損害賠償を求めている以上、右払いもどしが手続上正当であることの故をもつて、右請求を拒むことはできないものというべきである。したがつて、被告の右主張は失当として採用しがたい。

三、してみると、原告は前記被告の欺罔行為により合計金二三三、一〇〇円を騙取され、同額の損害をこうむつたものというべきであるから、右不法行為に基づく損害賠償として被告に対し、金二三三、一〇〇円及びこれに対する不法行為の最終日の翌日である昭和三八年八月一七日より完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告の請求は正当といわなければならない。

よつて、原告の請求をすべて認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 桜林三郎)

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