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名古屋地方裁判所岡崎支部 平成2年(ワ)275号 判決 1996年1月25日

甲・乙両事件原告

杉浦博

甲事件原告

杉浦布美乃

右両名訴訟代理人弁護士

岡本弘

中根正義

甲・乙両事件被告

知立市

右代表者市長

塚本昭二

右訴訟代理人弁護士

岡田正哉

右訴訟復代理人弁護士

石上日出男

主文

一  原告らが、別紙土地目録記載(5)の土地部分について、囲繞地通行権を有することを確認する。

二  被告は原告杉浦博に対し、別紙建物目録記載(1)、(2)の各建物について、原告杉浦博が平成二年八月二七日付で被告にした別紙工事目録記載の給水装置新設工事の申込を承認して、給水契約の申込を承諾せよ。

三  被告は原告杉浦博に対し、右給水装置敷設・維持のために別紙土地目録記載(5)の土地部分を使用することを承諾せよ。

四  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は二分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  原告ら

1  原告らが、別紙土地目録記載の(1)ないし(4)の土地部分につき、それぞれ囲繞地通行権を有することを確認する。

2  被告は原告杉浦博に対し、別紙建物目録記載(1)、(2)の各建物について、

(1)(主位的請求)別紙工事目録記載の給水装置新設工事を施工し、上水道を供給せよ。

(2)(予備的請求)別紙工事目録記載の給水装置新設工事の申込に対する承認をして、上水道を供給せよ。

3  被告は原告杉浦博に対し、右給水装置新設工事及び同給水装置の維持、管理、給水受給のため必要な範囲内において、愛知県知立市西丘町西丘一三番一宅地1万2713.83平方メートルを使用することを承諾せよ。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  事案の概要

本件は、原告らから被告に対し、住環境整備事業に基づき被告が周辺土地を買い取り私有道路等を廃止した結果、原告ら所有の土地が袋地もしくは準袋地になったとして、民法二一〇条一項、二項に基づき、囲繞地通行権の確認を求め、さらに、その一の土地上に建物を所有している原告杉浦博から、水道事業者である被告に対し、水道法一五条一項に基づき、主位的には給水装置の新設工事を施工して給水することを、予備的には給水装置新設工事の申込に対して承諾して給水することを求め、かつ、同原告から隣地所有者である被告に対して、右給水装置の敷設のために隣地を使用することの承諾を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  土地、建物所有関係

(1) 被告は、愛知県知立市西丘地区(以下「西丘地区」という。)を対象に道路、公園等の整備、改良住宅、公共施設の建築等を内容とする西丘小集落地区改良事業(以下「本件事業」という。)を計画し、昭和五八年以降西丘地区の土地を順次買収した結果、同市西丘町西丘一三番一宅地1万2713.83平方メートル(以下「本件土地(1)」という。)の所有者となり、右事業を施行するため、それまであった私有道路等を廃止し、別紙図面(1)、(2)のとおり、本件土地(1)の一部に公道を開設し、その余の土地に公共施設、公園等を設置した。

また、被告は、水道事業者であるところ、原告杉浦博(以下「原告博」という。)所有の別紙建物目録記載(1)、(2)の各建物(以下「本件各倉庫」という。)はその供給地域内にある。

(2) 原告らは、昭和五五年一二月三〇日以降、同市西丘六五番二(以下西丘町西丘内の土地については地番のみで表示)畑七一七平方メートル及び六六番一畑八六二平方メートルの土地を共有してきた。

そして、六五番二の土地は、昭和五九年一月五日付で六五番二(四一三平方メートル)と六五番五(三〇四平方メートル)に、さらに六五番二の土地は、同月一九日付で六五番二(五五平方メートル)と六五番六(三五八平方メートル)にそれぞれ分筆され、六五番五の土地は昭和五八年一二月二二日、六五番六の土地は昭和五九年一月一九日にそれぞれ被告に売却された。同様に、六六番一の土地は、昭和五九年一月五日付で六六番一(六七七平方メートル)と六六番四(一八五平方メートル)に、さらに六六番一の土地は、同月一九日付で六六番一(五四六平方メートル)と六六番五(一三一平方メートル)にそれぞれ分筆され、六六番四の土地は昭和五八年一二月二二日、六六番五の土地は昭和五九年一月一九日にそれぞれ被告に売却された。

そして、昭和六二年、右分筆後の六五番二、六六番一の各土地の地目は宅地に変更された。

その結果、原告らは六五番二(55.00平方メートル)及び六六番一(546.00平方メートル)を共有することになった(以下この二筆の土地を「本件土地(2)」という。その所在は、別紙図面(1)記載のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、イの各点を順次結ぶ直線で囲まれた範囲の土地である)。

(3) 原告博は、昭和六二年四月二〇日、建築確認を経ることなく、本件土地(2)上の別紙図面(1)記載の位置に本件各倉庫を建築し、それを第三者に賃貸した。

(4) 原告らは、昭和五五年一二月三〇日以降、三六番地宅地247.93平方メートル及び三七番宅地79.33平方メートル(以下この二筆の土地を「本件土地(3)」という。その所在は、同土地は別紙図面(2)記載のイ、ロ、b、ハ、ニ、イの各点を順次結ぶ直線で囲まれた範囲の土地である。)を共有して現在に至っており、同土地上の同図面記載の位置に原告杉浦布美乃が別紙建物目録記載(3)の建物(以下「本件建物」という。)を所有し、原告ら及びその家族が居住の用に供している。

2  囲繞地通行権に関して

(1) 本件土地(2)は、本件土地(1)に囲繞されており、袋地である。

(2) 本件土地(3)は、その南側が国道一号線に接しているものの、その接続部分は約四メートルの高低差がある斜面になっており、本件土地(3)のその余の周囲は本件土地(1)に囲繞されている。

3  給水義務に関して

(1) 知立市水道事業給水条例五条は「給水装置の新設をしようとするものは、あらかじめ水道事業管理者(以下「管理者」という。)に申込み、その承認を受けなければならない。前項の申込にあたり、利害関係人があるときは、あらかじめ利害関係人の承諾を得ておかなければならない。」と規定し、同七条は「給水装置の設置及び施行は、管理者又は管理者の認めた給水工事業者(以下「公認業者」という。)が、施行するものとする。前項の規定により公認業者が、設計及び工事を施行する場合は、あらかじめ管理者の設計審査及び材料検査を受け、かつ、工事完成後に管理者の工事検査を受けなければならない。」と規定している。そこで、新規に水道管を設置して水道の供給を受けようとする者は、給水契約の申込にあたり、給水装置の新設工事の申込をし、被告の承認を受けなければならない。被告としては、右申込を承認し、自ら工事を施行するか、公認業者による工事の設計施工の検査を経るかした上で、水道を供給しなければならない。

(2) 原告博は被告に対し、平成二年八月二七日、知立市市役所工務課において、右条例に基づき、本件各倉庫について水道管を新設し水道の供給を受けるために、給水装置工事(支管分岐新設工事)申込書を提出して給水契約の申込をしたところ、被告は、本件各倉庫の敷地の隣地である本件土地(1)につき、土地所有者の給水装置敷設のための使用承諾がないことを理由として、右工事申込書の受領を拒絶した。

(3) そこで、原告博は被告に対し、改めて、知立市市役所庶務課において、本件土地(1)の土地所有者である被告の水道管敷設のための使用承諾を求めたところ、被告は、本件土地(1)は被告の普通財産に属するものであるから、承諾の義務はないことを理由として右承諾を拒絶した。

二  争点

1  本件土地(3)は準袋地か。

2  原告らが囲繞地通行権を主張することは権利の濫用にあたるか。

3  本件土地(2)、(3)の囲繞地通行権の場所はそれぞれどこが相当か。

4  水道法一五条一項の正当な理由が認められるか。

5  給水申込によって被告に直ちに給水義務が発生するか。

6  被告は隣地所有者として土地の使用承諾をする義務があるか。

三  当事者の主張の要旨

1  本件土地(3)は準袋地か。

(原告ら)

本件土地(3)は、その南側が国道一号線に接しているものの、その接続部分は約四メートルの高低差がある崖状の斜面となっており、通路として利用できず、準袋地にあたる。

確かに、本件建物築造当時(昭和八年ころ)は国道一号線側から出入りしていたが、数年を経ずして本件土地(1)内の通路を通行するようになり、また、現在は、被告の要求で建設省が国道一号線の崖下に花壇を設けたこともあって、国道一号線側の斜面を通路として通行することはできない。

(被告)

国道一号線との接続部分は四メートルの高低差のある斜面であるが、通路を開設することは容易であり、準袋地にあたらない。

すなわち、本件建物は、もともと国道一号線から出入りすることを前提に設計され、実際に斜面に通路を開設して利用していたが、原告らが手入れをすることなく放置していたため竹木が繁茂することになったにすぎない。

2  権利の濫用

(被告)

本件土地(2)及び本件土地(3)の南側を除く周囲が、本件土地(1)に囲繞されることになったことについては原告らに原因がある。すなわち、

被告担当職員が原告らに対し、本件事業による計画によって、旧六六番一及び旧六五番二が道路や換地用住宅用地に、本件土地(3)が児童遊園用地になることを説明し、その協力を求めた結果、旧六六番一及び旧六五番二の両土地を昭和五八年度から昭和六〇年度の三年度にわけて被告が全部買収し、本件土地(3)についてもこれを被告に売却することに同意し、その代わり、原告らは本件土地(2)の部分に二〇〇坪の土地を優先的に売り渡すよう被告に求めていた。ところが、原告らは、その後、本件土地(2)及び本件土地(3)の両土地の全部につき売却を拒否するに至った。そのため、買収予定に入っていた本件土地(2)及び本件土地(3)の両土地は、すでに買収の終わった本件土地(1)に囲繞されてしまったのである。そうなったのは専ら原告の責に帰すべき原因によるものである。

また、本件土地(2)の周囲にはすぐ近くに公道があり、本件土地(3)の周囲には児童公園があるから、囲繞地通行権を認めなくても、災害が発生した場合の消防活動等には何ら支障がない。

したがって、原告の通行権の主張は権利の濫用にあたる。

(原告ら)

本件土地(2)及び本件土地(3)が袋地もしくは準袋地になったは、専ら被告の責任である。すなわち、

原告らは被告担当職員から道路用地にすると説得されたため、それに必要な限度で一部の土地の譲渡を承諾したに過ぎないにもかかわらず、被告は道路用地に予定のない土地まで勝手に分筆して、買収した結果、本件土地(2)が袋地になってしまったのである。原告らは旧六六番一及び旧六五番二の両土地を三年度に分けて譲渡することに了承した事実はないし、本件土地(2)の譲渡を約束した覚えもない。

また、本件土地(3)上の本件建物内には、白龍海彦命を祀る社があり、原告らは同土地を売却する意志は最初からなかった。

しかも、本件土地(2)と公道の間の本件土地(1)の土地部分は、被告が駐車場として貸し出しており、本件土地(3)と公道の間の本件土地(1)の部分は児童公園として利用されており、いずれも原告らの通行権が認められたとしても被告において支障が生じない。逆に、通行権が認められないことによる原告らの被害は甚大である。

したがって、原告らの通行権の主張は権利の濫用にはあたらない。

3  通行権の位置について

(原告ら)

① 本件土地(2)については、別紙土地目録記載(1)ないし(3)の各土地部分がそれぞれ相当である。なぜなら、

本件各倉庫には別紙図面(1)記載のA、B、Cの三か所にシャッター付きの入口があるから、各入口からそれぞれ公道へ連絡できることが必要であり、周辺地域は住宅地であるから、災害発生等の場合を考慮すれば、車両が通行できる程度の幅員が必要である。また、右各土地部分はいずれも狭隘であり、利用価値に乏しい。

② 本件土地(3)については、同目録記載(4)の土地部分が相当である。なぜなら、

公道に達するための最短距離であり、①と同様に車両が通行できる程度の幅員が必要である。また、被告が本件土地(1)を買収する前は、本件土地(3)から公道まで自動車の出入り可能な舗装道路が敷かれていた。

(被告)

① 本件土地(2)については、別紙図面(1)のニ点付近に幅員一メートルの通路を一か所認めれば十分である。また、空地を挟んで公道があるから、災害等が発生した場合に不都合は生じない。

② 本件土地(3)については、通行権を認める必要はない。

なお、本件土地(3)は、従前から国道一号線との接道以外は公道に接していなかった。そのため、原告らを含む近隣住民が互いに自己所有地を提供していたが、車両の通行はできなかった。

4  水道法一五条一項の正当な理由について

① 建築基準法違反について

(被告)

本件各倉庫は、建築確認を経ることなく建築された違法建築であり、しかも、一時第三者に賃貸されていたが、現在は全く利用されていない。建築基準法に違反する建築物については、通達により、一定の措置を講じた特定行政庁から給水装置新設工事の申込の承諾を保留するように公文書により要請があった場合には、その要請に応じるよう水道事業者を指導するよう求められているところ、本件においては、そのような要請はないが、これに準ずる事案にあたり、給水装置工事の申込の承諾を留保することが是認される。

(原告博)

本件各倉庫が接道義務に反することになったのは、被告が本件土地(2)の囲繞地を順次買収して勝手に道路を設けたためであり、それ以外は同倉庫は何ら建築基準法に違反していない。したがって、建築確認を経ていないことをもって給水義務を拒絶する正当な理由とすることはできない。

② 利害関係人の承諾を欠くことについて

(被告)

原告博の給水装置新設工事申込には、知立市水道事業給水条例五条二項に定める利害関係人の承諾(本件土地(2)に隣接して存在する被告の普通財産としての本件土地(1)の使用に関する承諾)が得られておらず、申込の要件を充足していない。

(原告博)

水道管の敷設について隣地所有者の承諾のないことは水道法一五条一項の正当な理由にはならない。しかも、そもそも、隣地所有者の承諾を求めているのは、供給施設のための土地等の権利関係を調整し、私人間の後日の紛争を防止するためであるところ、本件では、利害関係人である被告は地方公共団体であって、同時に給水義務者でもあるから、後日の紛争を生じる虞れはない。

③ 給水を必要とする建物の底地が、本件事業により買い取りを予定していた土地であること等が正当な理由にあたるか。

(被告)

原告らと被告との間で、本件土地(2)について売買の合意が成立していたにもかかわらず、原告らがその合意を反古にしたため、本件土地(2)と公道との間に不整形で有効利用が不可能な土地を大量に生じさせ、しかも、本件事業では、良好な住環境整備をめざし、できるだけ住工混在を避ける方針であったにもかかわらず、原告博は、その趣旨に反する本件各倉庫を建設した。被告は、良好な住環境を整備するという近隣住民の意志を尊重するために、給水契約の申込を拒絶する必要がある。

(原告博)

上水道は国民の日常生活に直結し、その健康を守るために欠くことのできないものであるから、水道法一五条の正当な理由の有無の判断にあたっては、他の行政目的を斟酌してはならない。したがって、本件土地(2)が被告の買い取りの対象土地であったこと、そして、原告らがそれに応じなかったことは、斟酌すべきではない。

5  被告は隣地所有者として水道管敷設のための使用の承諾をする義務があるか。

(原告博)

水道は日常生活に必要不可欠なものであるから、民法の相隣関係の規定が準用され、囲繞地でもある隣地の所有者は水道管の敷設を受忍する義務があると解され、これは、地方公共団体についても妥当する。被告は住民の福祉を積極的に向上増進させる責務を負っているのであるから、被告が財産管理者たる地位において水道管敷設に必要不可欠な土地の使用についての承諾を拒絶することは右責務に反し、当然承諾すべき義務があると解すべきであり、承諾を拒絶することは権利の濫用である。

(被告)

前記4③のとおり、被告は原告らのために本件事業に予期しない支障が生じた。被告所有の本件土地(1)の利用について承諾を与えないことは関係住民の福祉の増進に努力すべき義務を負う被告として執るべき当然の措置である。

第三  裁判所の判断

一  本件土地(3)は準袋地であるか。

1  当事者間に争いのない事実及び証拠(甲一四、同一五の一、二、同一九、同二〇、乙一ないし三、同二三、同二四の一、二、同二六ないし二八の各二、同四三、同四四、同四七、同五〇の一ないし三、同五一の一ないし一〇、証人久米正己、同杉浦博章、原告杉浦博)によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件土地(3)はその南側が国道一号線に接しているものの、その接続部分は約四メートルの高低差があり、人がようやく歩ける程度の斜面となっており、雑木が繁茂している。本件土地(3)のその余の周囲は本件土地(1)に囲繞されている。

(2) 本件土地(3)と国道一号線との位置関係は別紙図面(2)のとおりである。本件建物と同様に国道一号線に面する付近の建物(文化センター)等には、国道一号線側に階段を設けているものもある。

(3) 本件建物は、建てられた当時、国道一号線側に玄関を設けられ、本件土地(3)からはその南西角あたりに設けられた通路を通って国道一号線に出入りしていた。

(4) しかし、まもなく、右通路は利用されなくなり、本件土地(3)の北東端あたりから東に向かって集落の間を通って公道に出ていた。その通り路は、直線状ではなく、軽自動車で通行することも困難な程のものであった。

(5) 右通り路は、本件事業に伴う土地区画改良計画によりなくなり、付近に設置された児童公園の敷地となった。そのため、原告らが囲繞地通行権として主張する土地は、別紙図面(2)のとおり、児童公園を横切ることになる。

(6) 昭和六二、三年頃、建設省が国道一号線の歩道部分と本件土地(3)の法下との間に花壇を設置したが、原告らが要請すれば廃止も可能である。

(7) 本件建物には、原告らが居住している。

(8) 本件土地(3)と児童公園との境界にはフェンスが張られているが、別紙図面(2)のとおり、もとの通路があったところはフェンスが張られておらず、事実上原告らはその隙間を通って公道との間を行き来している。本件事業については、後記のとおり、原告らも少なくとも当初は計画に賛同していた。

(9) また、本件土地(3)の周囲は児童公園であるため、公園を通じて公道に出ることができ、災害等の緊急時においては児童公園を利用して、消防活動や緊急時の避難行動を行なうことが可能である。

2  準袋地であるかは、一般に、土地の位置、形状、公路に至るまでの階段設置工事の難易、費用、この工事により土地が土地利用の面でこうむる影響、同一状況にある近隣の土地利用の状況、その他の諸事情を考慮して判断される。本件においては、前記認定のとおり、本件土地(3)と国道一号線との高低差が約四メートルあるものの、そこに階段を設置すれば公道に出入りできること、その工事自体は本件建物の位置関係から考えてそれほど困難でないこと、付近に階段を設けている建物も存在すること、原告ら自らも国道一号線側に玄関を設け、実際にも国道一号線側から出入りしていた時期もあることなどを勘案すれば、本件土地(3)は袋地ないし準袋地には当たらないというべきである。したがって、原告ら主張の通行権を認めることはできない。

二  本件事業の経緯及び本件紛争の経緯について

1  当事者間に争いのない事実及び証拠(甲一ないし五、同一〇ないし一四、同一八、同二三、同二五ないし二七、乙一ないし六、同七の一ないし一二、同八の一、二、同九ないし一三、同一四の一ないし三、同一五の一、二、同一六の一ないし五、同一七、同二〇の一ないし三、同二一の一、二、同二二、同二三、同五五ないし五九、証人久米正己、同川井達夫、神谷繁雄、同杉浦博章、原告杉浦博)によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件事業の立案について

西丘地区は、従前から住宅環境整備が立ち後れ、公道が少なく袋地に建てられている建物が多く、建て替えが困難な状況にあった。そのため、昭和五五年、愛知県部落開放運動連合会知立支部は、被告に対して環境の整備を要求した。

これを受けて、被告は、調査等を開始し、西丘地区の住民、右連合会、愛知県、総理府等と協議を行なった。

同時に、西丘地区の住民は、昭和五七年六月一九日、住環境整備準備委員会(以下「準備委員会」という。)を発足させ、同月二五日、被告に対して住環境整備を最優先で取り組んでもらいたい旨等の陳情書を提出した(乙八の一、二)。そして、同年八月二一日、準備委員会をもとに、地域改善推進協議会(以下「協議会」という。)を発足させ、同年七月四日、被告に対し、①児童公園の面積を最小限四七〇〇平方メートル確保してほしいこと、②改良住宅は多様な建築、レイアウトにしてほしいことを主な内容とする要望書を提出した(乙二二)。さらにその後、協議会の下に組別懇談会(全七組)が発足した。

準備委員会には、原告博も委員として参加していた。

(2) 基本構想策定及び原告らに対する協力要請について

被告は、これらの住民の意見を聞き、他の同様の地区の調査、関係機関との調整を経て、昭和五八年五月、「知立市西丘地区基本構想 住みよいまちづくり」を立案し(乙一)、これを西丘地区の住民に配布した。これには、①基幹道路として九メートル道路、生活道路として六メートル道路を配置すること、②地区の西端にソフトボールができる規模の公園と、国道一号線沿いに緑地帯を設けること、③地区施設を設けること、④住宅の整備については、改良住宅(賃貸)、換地住宅(地区内で自力建設)、存置住宅(地区内で自力で改修)、地区外に転出の四つの方法があること、④住工混在を避けることが構想として掲げられていた。

被告は、組別懇談会に対する説明会を順次開催した。同月二二日、原告博は、同人の属する四組の組別懇談会に出席し、その際は、本件建物を解体移築したい旨発言していた(乙一四の一ないし三)。

そして、被告は住民各人についての希望調査を行った。原告博は、同年六月二三日、被告の担当調査員に対して、新しい町づくりについては賛成していること、住宅に関しては、第一希望として、曳き家、切り取り等があっても存置住宅を、第二希望として、現建物の移転による換地住宅を、第三希望として、地区外の自力建設を希望している旨答え、さらに、原告博が経営する喫茶店と道路との間の三角地が欲しいと述べた(乙九)。

さらに、被告は協議会と家屋補償についての打ち合せを行なった後、個別説明会を開催した。原告博は同年一一月一六日、右説明会に出席し、被告が提示した本件建物等の補償額一二四二万九〇〇〇円について、①井戸の評価の有無、②立木、石の評価が安いこと、③倍はもらえると思っていたこと、④解体移築の可否等についての意見や要望をしていた(乙一五の一、二)。

(3) 実施案について

同年一二月四日、被告は、実施案についての説明会を開催した。原告博は、これに出席している。その際、被告担当職員は、公園緑地道路の配置は計画図のままで実施したいことを述べ協力を求めた。

そして、実施案は、昭和五九年三月策定され、西丘地区の住民全員に配布された。その内容は、基本構想とほぼ同様であったが、児童公園の面積は約三九〇〇平方メートルに減少され、その土地利用計画図において旧六六番一及び旧六五番二の各土地は換地住宅用地及び道路用地として、本件土地(3)は児童公園用地及び緩衝緑地帯として利用することが計画されていた。

そして、昭和五八年一二月二〇日、被告は、地域改善対策特別措置法に基づき建設省の事業承認を受けて本件事業の施行を開始した。事業概要は、

施行期間

昭和五八年度から六二年度まで

事業施行面積

四万七〇〇〇平方メートル

総事業費 約五〇億円

事業完了日 昭和六三年三月三一日であった。

本件事業は、土地収用法の適用のない事業であった。

また、西丘地区は従来工業地区であったが、本件事業によって住宅を集中して、第一種住居地域にすることが予定されていた。

(4) 具体的交渉について

原告らは、被告担当者久米正己らの説得により、旧六六番一及び旧六五番二の各土地から六六番四及び六五番五の各土地を分筆し、これを改良住宅用地として被告に坪一六万円で譲渡し、これに沿う登記を経由した。そして、その直後にさらに、原告らは久米から改良住宅等の道路のために、年度がかわると補助金が受けられなくなり資金が不足するからと説得されて、昭和五九年一月一九日、右分筆後の旧六六番一、旧六五番二の各土地から六六番五及び六五番六の各土地を分筆し、これを坪一六万円で被告に譲渡した。その際、右各譲渡土地の面積を定めるに当たっては、譲渡所得税が軽減されるよう考慮されたが、分筆のための測量には原告らは立ち会わなかった。

昭和五九年一一月一四日、被告担当者は原告博に対し、残された本件土地(2)についての造成工事の承諾書の提出を求めたところ、原告博は、本件土地(3)については存置を希望し、かつ本件土地(2)の代替として地区内の希望する場所に一五〇坪取得したい旨述べた。これに対して、被告担当者久米及び協議会の担当者山本及び杉浦三雄らは、協議会としては、存置であるならばせいぜい一宅地分六〇坪多くて一〇〇坪ということになる。換地希望でも現有面積プラス一〇〇坪が限度であること、どうしても存置というのであれば公園側はフェンスを張るので住宅への出入りは国道一号線側となり、階段をつけることに要する費用は原告らの負担になることは覚悟しておいてほしいこと、一一月一八日に再度換地先アンケートを実施するので前日までに態度を決めてほしいこと、換地を希望するのであれば、希望する場所を取得できるよう誠意をもって対応する旨返答し、原告らから造成工事の承諾書を受け取ることができた(乙一二)。そして、同年一二月二日西丘文化センターにおいての調整作業において、原告博は被告に対し、換地住宅用地として第一希望として二〇〇坪の土地(本件土地(2)付近)、第二希望として六〇坪の土地を希望した(乙二〇の一、二)。

ところで、本件事業においては、道路や移転先の改良住宅や換地住宅用の宅地を確保するために空地を買収することとし、換地住宅用の宅地の取得基準については、事業承認日現在居住の用に供している土地(車庫・物置等の付属家を含む)と同面積程度まで取得することができるとし、もっとも、右土地が六〇坪未満の者については、五〇坪以上六〇坪まで取得できると定めていた。

原告らは、本件事業区域内において、本件事業の承認日現在、旧六六番一及び旧六五番二の各土地の畑(一五七九平方メートル)、及び本件土地(3)(327.26平方メートル)を所有していた。そのため、換地住宅用宅地は、右基準によると一〇〇坪弱が割り当てられるはずであるが、原告らから農地を多く買い取ることになっていたため、被告としては例外的に割増の割り当てを考慮することにした。

(5) 売買交渉の決裂について

ところが、被告が昭和五九年秋ころ、旧六六番一及び旧六五番二の各土地について、造成工事を開始したところ、本件土地(2)、(3)の各土地及び本件建物について債権者による競売開始決定の差押登記が経由されていることが判明した。そのため、被告は債権者と協議したが、話し合いがつかない状態であったが、昭和六一年九月右競売申立が取り下げられたことから、再び被告は原告らに対して、本件土地(2)、(3)の買収の交渉を開始した。ところが、原告らは、本件土地(3)については、同土地上に白龍海彦命を祀る社があるが、その神様に確認したところ、その土地から移る意志はないと応答されたということを理由に売買に応じなかった。そして、本件土地(2)についても売却を拒否するに至った。

(6) 原告らが売却を拒否したことによる状況

本件土地(2)、(3)の買収が計画どおりにいかなくなったことにより、設置予定の児童公園の一角に原告らの住宅地が残ってしまうことになり、計画どおりの面積も確保できなくなった。また、本件土地(2)を被告が買収できていれば、農地として原告らから坪一六万円で購入して、換地住宅用地として坪単価最低二三万円以上で売り渡すことができたはずであり、不整形の土地を残すこともなかった。不整形の土地は被告がやむなく無償で駐車場として開放している。

(7) 本件各倉庫の建築について

原告博は、昭和六一年、本件土地(2)上に倉庫を建てることを計画し工事を開始したところ、建築確認を経ていないことに気付いた。そこで、昭和六一年一二月一一日、被告に対し、本件土地(1)の一部について通路として無償で使用させてほしい旨の普通財産使用許可申請を申請したが、被告は、本件事業に差し支えることを理由に却下した。そして、昭和六二年三月六日、原告博は、本件各倉庫について、建築確認の申請を行なったが、確認を得る前である昭和六二年四月二〇日、本件各倉庫は完成した。

そのころ、右工事について、本件事業を進めてきた多くの周辺住民から被告に対して反対の声が寄せられていた。

三  原告らが本件土地(2)について囲繞地通行権を主張することは権利の濫用にあたるか。

一般に、土地の客観的効用にかかわる囲繞地通行権についてその行使が権利の濫用にあたるかについては、袋地が生じた経緯、土地の客観的利用状況、周辺の土地の状況、権利の行使を認めることによる利益、権利行使を認めることによる相手方の損害等を比較考慮して、慎重になさるべきである。

前記認定各事実によれば、原告博は、本件土地(2)については売却の説得に応じる態度も示していたことが窺えるが、本件土地(3)については、本件建物の補償について具体的に交渉したり、本件土地(3)の換地住宅用地として本件土地(2)の付近の二〇〇坪の土地を希望している一方で、換地の調整作業の最終段階である昭和五九年一二月においても、原告博は換地によるか存置によるか決断しかねており、本件土地(3)には原告らが信仰する神の社があったことや、本件土地(3)を売却しても、本件土地(2)の付近に本件土地(3)の面積とほぼ同じ面積の土地を換地として取得するにとどまることなどから、最終的には合意に至らなかったことが認められる。

これら交渉経緯に照らせば、本件事業の遂行にとっては本件土地(2)、(3)を被告が買い取る必要があり、原告らは本件事業に抽象的に賛意を示したものの、いまだ右土地について売買契約が成立したわけではなく、原告らにとっては、右土地の売却をためらうこともあながち理不尽とはいえず、すでに売買契約が成立した土地についてはその分筆手続が被告の主導でなされたこともあわせ考慮すれば、不整形の土地が残り袋地になったことについても、そのすべてを原告らの責任に帰することはできない。実際にも、本件土地(2)と公道との間に存する土地は狭隘であって、利用価値が乏しいのに対し、他方、本件土地(2)は宅地であり、同土地について囲繞地通行権の行使を認めないことによって、適法に建物を建てることはできず、その効用の低下は少なくない。

以上を総合すれば、本件土地(2)について囲繞地通行権を主張することが権利の濫用にあたるということはできない。

四  本件土地(2)の囲繞地通行権の場所はどこが相当か。

一般に、通行権の場所及び方法は、通行権を有する者のために必要にしてかつ囲繞地のための損害の最も少なきものを選ぶことを要するところ、前記認定のとおり、本件土地(2)の周辺は住宅が立ち並んでいること、本件土地(2)と公道との間の土地は事実上駐車場として開放されており、通路として利用されても実害は少ないこと、本件土地(2)と公道との位置関係、土地の形状、本件各倉庫には入り口が三か所あるが、本件各倉庫は本件土地(2)が袋地の状態になってから後に建築されたことなどに照らすと、本件土地(2)にとって必要でありかつ囲繞地にとっても損害の小さい通路の場所は、本件土地(2)の南側であり、その幅については、その通路が公道に面した間口で三メートルが相当であり、二か所以上の場所を認める必要は認めがたい。

したがって、別紙土地目録(5)記載の土地部分について、囲繞地通行権を認めるのが相当である。

五  本件において、水道法一五条一項の正当な理由が認められるか。

水道法一五条一項は、給水契約の申込みがなされた場合において、水道事業者は正当な理由がなければこれを拒んではならないとして契約の締結を強制している。この正当の理由とは、水道法固有の目的並びに国及び地方公共団体に課せられた水道事業の清浄にして豊富低廉な水の供給を図るという責務(一条)に即して判断されるべきであり、水道事業者の正常な企業努力にもかかわらず、その責に帰することのできない理由により給水契約を拒否せざるをえない場合に限られると解され、それ以外の行政目的を達成することをその理由にすることは許されない。

したがって、被告の主張するように、本件各倉庫の建築が本件事業の目的に反することをもって直ちにその理由とすることはできない。

また、前記認定のとおり、本件各倉庫は事前に建築確認の手続きを経てない建物であるが、その確認がなされなかった理由である接道義務違反の点については、確認申請の段階では被告が囲繞地通行権を争っていたとはいえ、本判決により通行権が確認されることにより、前記通路を経て公道に接することになるので、実質的には違法性は認められず、それ以外の点では建築基準法に反していないのであるから、建築確認を経ていないことをもって正当な理由とすることはできない。

さらに、利害関係人の承諾を欠いていることについても、水道法に基づく知立市水道事業給水条例五条二項は、利害関係人の承諾を得ることを要求しているが、右承諾は供給施設のための土地等の権利関係を調整して、後日の私人間の紛争を防止するためのものであるにすぎないのであるから、水道法上は、右承諾を欠くことをもって正当の理由とすることはできない。

六  給水申込によって直ちに被告に給水義務が発生するか。

水道の利用についての法律関係は、基本的には私法上の契約関係であるから、その契約は、契約当事者の一方的意思表示によって成立するものではない。

水道法一五条は、給水申込がなされた場合、正当な理由がないかぎり申込を承諾しなければならないと定めているに止まり、申込によって当然に契約

が成立することまでは規定していない。

もっとも、水道事業が国民の健康な生活に不可欠な上水道の確保を担うことに鑑みれば、給水申込に対して、水道事業者が正当な理由なくこれを拒否した場合には、民法四一四条二項による債務者の意思表示に代わる裁判を請求できるものと解される。

したがって、本件において、原告博の本訴請求は、水道事業者たる被告に対し、給水義務の成立を前提として給水を求める部分は認容することはできないが、水道事業者たる被告に対し、給水装置新設工事の申込を承認して、給水契約の申込の承諾を求める範囲で認容することができる。

七  被告は隣地所有者として原告博に対して、水道給水装置の敷設・維持のために土地の使用承諾をする義務があるか。

本件土地(1)は、地方公共団体である被告の所有する普通財産である。したがって、被告が本件土地(1)の貸し付け、交換、譲渡、若しくは出資の目的とし、又はこれに私権を設定することは可能であり(地方自治法二三八条の五)、その管理及び処分の適正を期すための一定の規制等に反しない限りにおいて、その処分が自由であることは私人間の取引と異なるところはない。

本件においては、別紙土地目録記載(5)の土地について囲繞地通行権が認められるうえ、上水道の必要性は、現在の日常生活において排水の必要性とほとんど異ならず、排水に関しては隣地所有者は承水義務・疎通工事を受忍すべき義務を負担していることなどに照らすと、前記認定の事情のもとでは、相隣関係を定める諸規定に照らし、原告博は隣地である被告所有の本件土地(5)の土地部分について水道給水装置の敷設・維持に使用する権利があると認められる。したがって、少なくとも、その使用の申込について承諾する義務を負っていると解するのが相当である。

八  以上のように、原告らの請求は、本件土地(2)について、別紙土地目録(5)記載の位置について囲繞地通行権の確認を求め、水道事業者たる被告に対し、給水契約について承諾義務を認め、隣地所有者としての被告に対し、給水装置敷設のための土地使用の承諾を求める範囲で正当であるから、その範囲で認容し、その余の請求についてはいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担については、民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大橋英夫 裁判官山川悦男 裁判官舟橋恭子)

別紙土地目録<省略>

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