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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)3180号 判決 1987年7月31日

原告

恒川義明

外三五名

右三六名訴訟代理人弁護士

田嶋好博

後藤和男

田嶋好博訴訟復代理人弁護士

尾関孝英

被告

第一生命保険相互会社

右代表者代表取締役

西尾信一

右訴訟代理人弁護士

中村敏夫

山近道宣

主文

一  被告は原告らに対し別紙第一債権目録記載の各金員及びこれらに対する昭和六〇年一〇月二二日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1(主位的)

主文一項と同旨

2(予備的)

被告は原告らに対し、別紙第二債権目録記載の各金員及びこれらに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

3 主文二、三項と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  主位的請求関係

1  請求原因

(一) 原告らはいずれも株式会社天野化工紙(以下「天野化工紙」という。)の従業員であつた。

(二) 天野化工紙は、就業規則により退職年金規程を設け、従業員が退職または死亡した場合に一定の条件、基準のもとに一定の額の退職年金等を給付する旨定めていたが、右退職年金等給付の確実な保障と円滑な運営を図ることを目的として、昭和四一年六月一日、被告との間で、天野化工紙を保険契約者、従業員を被保険者兼受益者、被告を保険者とする企業年金保険契約(以下「本件契約」という。)を締結し、天野化工紙は被告に対し、右契約に基づいて定められた保険料積立金を支払つてきた。

(三) 天野化工紙と被告は、本件契約を締結するに際し、右契約が解約された場合、被告は、解約時に在職中の従業員に対し、従前積立てた保険料から右契約所定の金員を控除した解約返戻金を、その退職年金等にかかわりなく、所定の計算に従い配分して支払うとの特約(以下「本件特約」という。)をなした。

(四) 天野化工紙は、工場設備の増設等の過剰投資とそれに伴う借入金の増大に加えて数年来の業績不振から資金繰りに窮し、昭和六〇年五月三日ころ役員がいずれも所在不明となり、その後も原告ら従業員が操業を続けていたが、同月一六日債権者が工場の機械、材料等を引き上げたため操業不能となり、同月一八日には支払い手形の二回目の不渡りが生じ、事実上倒産した。

(五) 原告らは、このような状況下で、同月一七日、被告に対し、右役員の所在不明と倒産の事実を説明のうえ、原告ら固有の権限として、あるいは天野化工紙の解約権を代位行使して、本件契約を解約したうえ、解約返戻金の請求をした。

(六) 原告らはいずれも右解約時の天野化工紙の従業員であり、右解約時における前記(三)の解約返戻金額は三七三八万六四四七円であつて、原告らの配分額は別紙解約返戻金目録記載のとおりである。

(七) 別紙受領金目録記載の各原告は、同目録記載の日に、被告から、退職一時金名下に同目録記載の金員の支払いを受けた。

(八) よつて、原告らは被告に対し、別紙解約返戻金目録記載の解約返戻金から別紙受領金目録記載の金員を控除した別紙第一債権目録記載の金員及び右各金員に対する弁済期の後である本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否及び被告の主張

(一) 請求原因(一)ないし(三)の各事実はいずれも認める。

(二) 同(四)のうち、天野化工紙の役員が所在不明になつたこと、天野化工紙が事実上倒産したことは認めるが、その余の事実は不知。

(三) 同(五)のうち、原告ら主張の日に原告らの代表者三名が被告を訪問したことは認める。本件契約にも適用のある企業年金保険普通保険約款において、解約権者は、保険契約者と保険者に限られているのであるから、原告らには本件契約を解約する権限はないし、これを代位行使することもできない。

(四) 同(六)のうち、原告らが本件契約を解約したとする時点において天野化工紙の従業員であつたことは否認する。原告らは、天野化工紙が事実上倒産した昭和六〇年五月一六日に解雇されたものである。仮に、右時点に原告らが天野化工紙に在職していたとすれば、原告らが別紙解約返戻金目録記載の金額の解約返戻金債権を有することになることは認める。

(五) 同(七)の事実を認める。

(六) 同(八)は争う。

二  予備的請求関係

1  請求原因

(一) 前記一の1の(一)、(二)、(四)記載の各事実と同旨。

(二)(1) 天野化工紙は、右役員の所在不明及び事実上の倒産により、昭和六〇年五月一六日、原告らに対し黙示の解雇の意思表示をなし、原告らは、解雇予告手当請求権を留保して右解雇を承認した。

(2) その結果、原告らは、天野化工紙に対し、別紙予告手当金目録記載の解雇予告手当請求権を有する。

(三)(1) 天野化工紙においては、前記退職年金規程の適用がない退職従業員に対し、退職金として一か月分の給与に1.7を乗じた金員を支給する慣行がある。

(2) 従つて、原告らは、天野化工紙に対し、別紙慣行による退職一時金目録記載の退職金請求権を有する。

(四) 原告らは、同月一七日、被告に対し、前記解雇予告手当請求権及び退職金請求権を保全するため、天野化工紙に代位して、本件契約を解約した。

(五) その結果、天野化工紙は、被告に対し、三七三八万六四四七円の解約返戻金請求権を有するに至つた。

(六) 原告らは、同日、被告に対し、前記解雇予告手当請求権及び退職金請求権を保全するため、天野化工紙に代位して、右解約返戻金の支払を請求した。

(七) よつて、原告らは、被告に対し、前記解雇予告手当請求権及び退職金請求権を保全するため、右各請求金額を合算した第二債権目録記載の各金額の限度で、前記解約返戻金及びこれに対する弁済期の後である本件訴状送達の日の翌日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の各事実に対する認否は前記一の2の(一)、(二)と同旨。

(二) 同(二)の(1)の事実のうち、原告ら主張の日に原告らが天野化工紙を解雇されたことは認め、その余は不知。

(三) 同(三)の事実は不知。

(四) 同(四)の事実のうち、原告ら主張の日に原告らの代表者三名が被告を訪問したことは認めるが、解約権を債権者代位により行使できるとの主張を争う。

(五) 同(五)の事実のうち、本件契約が有効に解約されたものとすれば、その当時、天野化工紙が被告に対し、原告ら主張の金額の解約返戻金請求権を有することになることは認める。

(六) 同(六)、(七)は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一主位的請求について

1  請求原因(一)ないし(三)の各事実及び同(四)の事実のうち天野化工紙は役員が所在不明となり事実上倒産したことは当事者間に争いがない。

2  <証拠>によれば、天野化工紙は、合成樹脂製品の製造等を目的として天野辰雄が設立し、同人及びその一族が役員となつて経営する会社であつたが、近年業績が悪化して経営に行詰まり、昭和六〇年五月三日ころ、右天野を初めとする役員が突然所在を暗まし、その後、原告ら従業員が工場の操業を続けていたが、同月一六日、支払手形の一回目の不渡りを出すとともに、債権者らが工場の機械、材料等を引き上げてしまい、翌一七日には工場が閉鎖されて従業員の立入りが事実上不可能となつたことから、同日、原告らは今後の対応を話し合つて検討した結果、被告に対し、本件契約の特約にかかる解約返戻金の支払を求めることを決定し、原告のうち岡山喬を初めとする三名位が原告ら全員を代表して被告名古屋支店を訪れ、右天野化工紙の事実上の倒産に至る事情を説明したうえ、口頭で右解約返戻金の支払を請求したことが認められる。

3  ところで、本件特約によれば、原告らが本件契約による解約返戻金の支払を受けられるのは、本件契約が解約された場合に限られるものであるところ、原告らは、前記解約返戻金請求時に原告ら固有の権限として、あるいは天野化工紙の権限を代位行使して本件契約を解約した旨主張するので、本件契約の直接の当事者ではない原告らの本件契約解約権限の有無及び解約の意思表示の有無について検討することとする。

<証拠>を総合すれば次の事実が認められる。

(一)  本件契約は、天野化工紙の退職年金等の給付を確実に保障するという主に従業員の利益のために締結されたものであり、そのために適格退職年金契約として法人税法上の優遇措置を受けているものであるが、右優遇措置を受ける要件として、契約解除の場合の要留保額は受益者に帰属するものと定められており(法人税法施行令一五九条九項)、右規定を受けて、本件特約が定められたものであつて積立てられた保険料は当初からその性質上天野化工紙に返還されることは予定されておらず、原則として原告ら従業員に帰属するものとされていること

(二)  天野化工紙は、その退職年金規程において、退職年金制度が廃止された場合、被告の管理運用する年金基金を加入者(従業員)に配分する旨規定し、原告らとの関係でも保険料積立金は原告ら従業員に本来的に帰属することを明らかにしていること

(三)  原告らは、前記倒産時の天野化工紙の全従業員であり、他に同社の従業員はおらず、また、年金受給資格を有する者もいないこと

(四)  被告は、天野化工紙が前記倒産時以降保険料の支払をしないため何時でも本件契約を解約し得る立場にあるものであるが、天野化工紙が今後も保険料を支払う見込みはなく、しかも、後記(七)のとおり原告ら従業員は全員解雇という事態により、将来的にも本件契約に基づく退職年金等支払の要件が満たされることがないことは確実となつて、本件契約による保険料積立金は言わば宙に浮いた形になつているのに格別の措置を講じていないこと

(五)  天野化工紙は前記2で認定したとおりの経過で事実上倒産したものであるが、加えて、同社は約一三億円もの負債を抱え、同社の二つある工場のうち、本社工場は債権者らによつて機械、材料等が実力で運び出されたうえ、閉鎖されて同工場への立入りが事実上不可能となり、師勝工場は既に取り壊され、代表取締役天野辰雄初め同社の役員は依然として所在不明であり、営業を再開する見込みは皆無と言つてよく、再起不能の状態にあるといわざるをえないこと

(六)  天野化工紙の役員は、前記倒産時に倒産に際しての事後処理もせずに、本件契約の解約権を行使することもなく突然所在を暗ましたものであり、原告ら従業員にとつては、天野化工紙に依頼して本件契約の解約権を行使してもらうこともできない状態であること

(七)  原告らは、前記認定にかかる天野化工紙倒産の過程において、同社から黙示の解雇の意思表示をされたものと認められるが、昭和六〇年五月分(解雇時まで)の賃金(さらに一部の原告については同年四月分の賃金も)の支給を受けておらず、そのうえ、同社においては、退職年金規程以外に、右年金等支給の要件に該当しない者に対しても一か月分の賃金の約1.7倍程度の退職一時金を支給するとの慣行があつたから、原告らは、天野化工紙に対し、少なくとも右未払い賃金及び退職一時金請求権を有するものであり、これらは、先取特権のあるものとして天野化工紙に対する一般の債権者に優先するものであり、また、右退職一時金請求権は、前記被告に対する解約返戻金請求権とは法律上別個のものであるが、両者を比較検討すると、解約返戻金はもともと天野化工紙が積立てた保険料であつて、これは従業員に対する退職年金及び一時金等の支給に充てて退職後の従業員の生活の安定を図ることを目的としていたものであり、他方右慣行による退職一時金は本件契約による保険の対象とはなつていないものの、これを支払うことによつて同様の目的を達しようというものであり、両者はその目的において実質的に共通し、社会的、経済的に類似した機能を有していること

以上の事実を前提にして、原告らの本件契約解約権限の有無を判断するには、本件契約の趣旨、目的を踏まえたうえ、原告ら、被告、天野化工紙及びその一般債権者等関係者の保護すべき利益を衡量して、宙に浮いた状態にある本件契約による保険料積立金をいずれに帰属させるのが最も妥当かということを検討する必要がある。

本件契約は、まず第一に原告ら従業員の利益のためになされたものであつて、契約上保険料積立金は本来的に従業員に帰属するという思想で一貫しており、それ故に法人税法上の優遇措置を受けることにもなつているものであり、本件契約の主たる目的は、天野化工紙が本件のように倒産する事態を含め、経営状態の如何に拘らず、原告ら従業員に確実に退職年金等の支払を受けさせることにあり、本件契約を解釈するうえで、この趣旨は、最大限に斟酌すべきである。とりわけ本件のようにその本来の目的を果たす以前に中途で企業倒産という原告らに何ら落度のない理由により企業年金保険契約を続行させることが事実上不可能になつた場合、原告らは、退職年金等の受給資格は未だ取得していなくても保険料積立金について潜在的な期待権を有するものであり、かかる非常事態にこそ、その利益は保護されるべきものといえるのである。

なお、一般的には、本件契約の如き企業年金保険契約は、受益者が多数存するという団体契約としての性質を有し、かつ、当該企業の従業員が当然に受益者となるため従業員の入退社により受益者が変動して固定されず、経時的な変遷が予想されることから、個々の受益者が恣意的に契約を解約し、保険料積立金を処分し得ると解することはできないものであるが、本件の場合、天野化工紙には、未だ年金受給資格を有する者はおらず、倒産時に原告ら以外に従業員はいなかつたというのであるから本件契約の解約は同社の従業員全員の意思に基づくものであり、原告ら以外の他の従業員の損害を考慮する必要はない。また、同社は前記のとおり事実上倒産しているのであるから同社の従業員即ち本件契約の受益者は確定しておりその変動を考慮する必要もない。

他方、被告にとつても、前記のとおり今後本件契約を継続できる見込みはなく、また、その合理的利益もないものであるから、本件契約を継続、維持すべき実質的理由には乏しいものといえるのに、被告は自己の解約権を行使することなく放置しているものである。

さらに、天野化工紙は、倒産して再起不能の状態であり、実質的に本件契約を継続することは不可能であり、事実上本件契約は終了しているものと解することもでき、そのうえ、同社は、前記(二)の退職年金規定の趣旨から本来倒産時に本件契約を解約して保険料積立金を原告ら従業員に引き渡すべき義務を負うのに、たまたま代表者を初めとする役員が事後処理もしないまま無責任にも所在不明になつているために本件契約を存続、維持させて宙に浮いた形の保険料積立金を放置せざるを得ないとすることは、かかる状態になつたことについて何ら落度がない原告らに不利益を負わせるものであつて不当というべきである。

最後に、天野化工紙の一般債権者の利益を検討すると、天野化工紙は原則として本件契約の解約返戻金請求権を有しないのであるから、保険料積立金は一般債権者の債権の引当としては本来予定されておらず、一般債権者の方でもこれについて正当な期待を抱くことはできない性質のものである。なお、付言するに、原告らは、天野化工紙に対し、前記慣行による退職一時金請求権等の優先債権を有しており、しかも、その債権は本件契約と実質的に目的を共通にするものであるということも、本件保険料積立金を一般債権者よりも原告らに帰属せしめるべき要因の一つとなるのである。

以上を総合すると、前記認定にかかる本件の事実関係のもとでは、明示の特約がなくとも、天野化工紙の従業員の全員である原告らが本件契約を解約することができるものと解するのが相当である。

4  また、前記認定のとおり原告らは、昭和六〇年五月一七日、原告岡山喬ら代表者三名を介して被告に対し本件契約の解約返戻金の請求をしたものであるが、右意思表示には、本件契約を解約する旨の意思表示も当然に含んでいるものと解することができる。

5  なお、被告は、原告らが、天野化工紙の倒産により昭和六〇年五月一六日黙示の解雇の意思表示をされているから、同月一七日には天野化工紙の従業員ではなくなつている旨主張するが、右主張を前提としても右解雇は解雇予告手当を支払つていないものであるから、同月一七日にはその効力が未だ発生していないことが明らかであり、原告らは天野化工紙の従業員の地位を有しているものである。

6  従つて、原告らは、被告に対し、本件契約の解約返戻金請求権を有することが認められ、その金額が合計三七三八万六四四七円であり、各原告の配分額が別紙解約返戻金目録記載のとおりであること及び別紙受領金目録記載の各原告が同目録記載の日に被告から退職一時金名下に同目録記載の金員の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

7  以上のとおり、原告らは被告に対し、本件契約に基づく解約返戻金として別紙解約返戻金目録記載の金員から別紙受領金目録記載の金員を控除した別紙第一債権目録記載の金員及び右各金員に対する弁済期の後である本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六〇年一〇月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求する権利を有することが認められる。

二結論

よつて、予備的請求について判断するまでもなく、主位的請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宮本増 裁判官福田晧一 裁判官根本渉)

別紙第一債権目録<省略>

第二債権目録<省略>

解約返戻金目録<省略>

受領金目録<省略>

予告手当金目録<省略>

慣行による退職一時金目録<省略>

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