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名古屋地方裁判所 昭和58年(ワ)1776号 判決 1988年2月25日

原告

岩月厚人

右訴訟代理人弁護士

鈴木順二

片山主水

右訴訟復代理人弁護士

井上利之

被告

株式会社中央相互銀行

右代表者代表取締役

渡辺脩

右訴訟代理人弁護士

高橋正藏

小川剛

村橋泰志

瀧澤昌雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、被告の営業時間内において、被告の株式名簿を閲覧及び謄写させよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、株式会社である被告の株主であり、その持株数は被告会社における一単位である一〇〇株である。

2  原告は、昭和五八年四月、被告に対しその株主名簿の閲覧及び謄写を求めたが、被告はこれに応じなかつた。

よつて、原告は、被告に対し、商法二六三条二項に基づき、被告の営業時間内において被告の株主名簿を閲覧及び謄写させるよう求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実はいずれも認める。

三  抗弁

1  原告は、かつて、父の訴外岩月半(以下「半」という。)及び兄の訴外岩月隆人(以下「隆人」という。)(以下原告、半及び隆人を「原告ら」という。)と共に、いわゆる総会屋をしており、被告から、植木鉢の賃貸料、雑誌の購読料などの名目で、金員の支払を受けていたが、被告は、昭和五七年九月、右金員の支払を打ち切つた。

そこで、原告らは、被告に対し、従前どおり原告らに右名目による金員の支払を継続するよう要求したものの、被告は、これを拒絶した。

2  原告の本件閲覧及び謄写請求は、原告らの右金員支払要求を被告に承諾させるための嫌がらせないしは右拒絶に対する報復としてなされたものである。

なお、被告が株主に対し株主名簿の閲覧及び謄写をさせるについては、株主数が多く、その名簿も大部であるので、その事務処理上の負担は過大である。

してみれば、原告の本件閲覧等請求は、正当な目的を有しないものであるから、この点において許容されるべきものではないというべく、そうでないとしても、少なくとも権利の濫用として排斥されるべきものである。

四  抗弁に対する認否と主張

1  抗弁1の事実中、原告らがかつて総会屋であり、被告から雑誌の購読料の支払を受けていたこと、被告がその主張の時期に右支払を打ち切つたことは認めるが、その余の点は否認する。

2  同2の事実は否認し、主張は争う。

商法二六三条二項には、営業時間内という以外の条件は何ら付されていないのであるから、株主が同条項に基づき株主名簿の閲覧等を求めるについては、正当な目的を有するかどうかは問うところではないといわなければならず、また、たとえ、右閲覧等につき会社側に事務処理上の負担がかかるとしても、これを根拠に、右閲覧等請求を権利の濫用となすことはできない筋合であるというべきであるから、抗弁は、その主張自体失当である。

なお、被告の役員についてはかねて、老齢化、定年制の必要、不明朗な天下り、業績不振等の諸問題があつたので、原告は、他の株主に対し、資料を送付して右諸問題の提起をなし、かつ、他の株主と共にあるいはその委任を得て、右諸問題の解決を図るという正当な目的をもつて、本件閲覧等請求をなしたものであるから、いずれにしても、抗弁は理由がないものである。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因事実はいずれも当事者間に争いがない。

二そこで、抗弁について判断する。

1 原告が本訴請求の根拠とする商法二六三条二項は、株式会社の株主に株主名簿の閲覧及び謄写請求権を付与しているものであるところ、同条項には、右請求権行使につき、営業時間内ということ以外に明文の制限は何ら付されていない。しかしながら、同条項が右のような請求権を付与したのは、株主をして、株主として有する権利の確保又は行使を容易ならしめるためであることは明らかであるから、株主が、右権利の確保又は行使のためではなく、他の目的のためにする等正当な目的を有しないで株主名簿の閲覧ないし謄写を求めている場合においては、会社は、当該請求を拒むことができるものと解すべきである。

そこで以下更に、原告の本件閲覧等請求が右正当な目的を有しないものであるか否かについて検討する。

2  <証拠>を総合すると、次の(一)ないし(八)の事実を認めることができ、<証拠>中右認定に反する部分はたやすく措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告らは、もといわゆる総会屋であり、原告の父半においては、「財務通信」と称する新聞を発行し、他方鉢植の植物の賃貸業をもなし、昭和五一年六月ころ以降、被告から、右新聞の購読料等及び鉢植の植物の賃貸料の名目で、定期的に金員の支払を受けてきたものであり、原告においては、「企業情報」と称する新聞を発行し、また、その弟訴外岩月清人の主宰する出版社発行の月刊雑誌「時局」の販売に携わり、同月ころ以降、被告から、右新聞、雑誌の購読料等の名目で、定期的に金員の支払を受けてきたものであり、原告の兄隆人においては、「財界ジャーナル」と称する新聞を発行し、昭和五四年二月ころ以降、被告から、右新聞の購読料等の名目で、定期的に金員の支払を受けてきたものである。

ところで、原告及び隆人は、昭和五四年六月ころ、共産主義の撲滅等を標榜して右翼政治結社「国竜会」を結成し、隆人を会長、原告を副会長として、街頭宣伝用自動車による宣伝活動等に従事し始めた。

しかして、原告ら、右清人及び国竜会の活動拠点は、いずれも名古屋市中村区所在の名星セブンスタービル内及び大阪市大正区所在の和田ビル内にあり、互に協力し合う関係にある。

(二)  ところで、被告は、昭和五七年一〇月一日から改正商法が施行され、株主権の行使に関する利益供与が禁止されることとなるに当たり、原告らとの間の従来からの金員の授受等の関係を打ち切ることとし、同年八月から九月にかけて、原告らに対し、同年一〇月以降原告らから新聞、雑誌あるいは鉢植の植物を受領することを一切取りやめる旨及び被告から原告らへ従来行つてきた金員の支払を一切しないこととする旨通告し、右金員支払停止の点は、右通告どおり実行して今日に至つている。なお、同年一〇月八日に至り、雑誌「時局」が被告方に送付されたので、被告は、再度原告に対し、同誌の送付中止を申し入れたところ、原告は、これに対し、強く抗議したものの、結局昭和五八年三月分まで購読料を受け取つているので、それまでは送付させてほしいと申し入れ、被告もこれを了承して、同月まで同誌が被告に送付された。その余の原告らからの新聞等の提供は、昭和五七年一〇月以降行われないまま今日に至つている。

(三)  半は、昭和五八年三月七日、被告方に至り、応待に出た被告の役員や従業員に対し、被告の社長との面会を要求し、これが拒否されるや、「時局」の購読あるいは鉢植の植物の賃借再開の意向について打診し、暗に右再開方の要求をした。さらに、半は、同月二九日にも被告方に赴き、応待した被告の従業員に対し、同月七日訪問の際と同様の打診をして当該意向がない旨告げられるや、被告の株主総会では一〇〇の質問を用意しているから、二時間や三時間では終らないという趣旨のことを申し向けた。

(四)  原告らはいずれもそのころまで被告の株式を保有したことはなかつたが、原告は、昭和五八年三月に至り、被告の株式一単位すなわち一〇〇株を取得して、同月一七日、原告名義に書き換える登録を了した。

しかして、原告は、同月三一日、被告方を訪れ、応待に出た被告の役員や従業員に対し、被告の社長との面会を執拗に要求し、これを拒否されるや、「国竜会の街宣車で社長の自宅に会いに行く方法もある。」、「株主総会までに会えなければ総会で会おう。」などと申し向けた。

(五)  しかるところ、原告は、昭和五八年四月一四日、被告方に赴き、口頭で株主名簿の閲覧及び謄写を求めた。被告は、株主数約六〇〇〇名に達し、株主名簿はカード式で大部なものであるため、これを全部閲覧及び謄写させるとなれば、事務的負担は過大なものとなるのみならず、不用意に右名簿の閲覧等をさせることにより他の株主から苦情が出るおそれもあると考えたので、原告の右請求につき返答を留保し、検討の結果、原告に右請求の全部又は一部の撤回を求めて交渉すること及び右請求の理由を問い質すこととした。

(六)  原告は、昭和五八年四月二三日到達の書面で被告に対し、改めて株主名簿の謄写請求をなし、被告から右謄写の理由を問われるや、同年五月七日到達の書面で被告に対し、謄写の理由は、「株主の資産状況」と「株主の動向」である旨回答した。

しかるのち、被告は、前記検討の結果に基づき、原告と交渉をなしたが、右交渉中に原告らは、被告の交渉担当の役員あるいは従業員に対し、次のとおりのことを申し向けた。

(1) 原告は、同年六月二日、電話で、謄写請求に対する回答を同月四日までになすよう求めた上、「他社にも同じような請求をしたが、勘弁してくれというところは、勘弁してやつた。」などと述べた。

(2) 原告及び隆人は、同月四日、名古屋市中村区所在の名星セブンスタービル内の国竜会事務所において、「お宅ら、手ぶらでよう来たなあ。」、「今までの総会の八時間なんていうのは、トルコでいえばおスペだ。自分らならバランスシートだけでも八、九時間はやれる。」などと申し向け、また、昭和五七年一〇月以降被告が原告らとの間の金員の授受等の関係を打ち切つたことを難詰する趣旨の発言をした。

(3) 原告は、同月六日、被告方において、「うちの街宣車を社長宅へまわしますよ。」、「一つ頼むと土下座でもすれば、勘弁するつもりだつた。」、「東海銀行(被告の筆頭株主)は素直に名簿を見せると言つたから、もういいよと言つた。」などと述べた。

(七)  しかして、原告は、被告に対し、本件株主名簿謄写の理由として、前記(六)のとおりの事由を示したものの、その具体的内容を示したことはなく、また、本訴で原告が主張するような目的を有することについては、本訴提起に至るまで直接にも間接にもついに全く示したことはなかつた。のみならず、原告らは、本訴提起に至るまで、右のような目的のために、何らかの活動をなしたということは全くなかつた。

(八)  なお、原告は、被告に対して株主名簿閲覧等の請求をなしたのとほぼ同じころに、他の多数の株式会社に対しても、同様の請求をなしているものである。

3  原告は、被告の役員についてはかねて老齢化等の諸問題があり、本件株主名簿の閲覧及び謄写等の請求は、他の株主に対し右諸問題の提起をなし、他の株主と共にあるいはその委任を得て右諸問題の解決を図るという正当な目的をもつてなしているものと主張し、原告本人尋問の結果中には、右主張に沿う供述部分があるが、右供述部分は、その内容自体からみてもたやすく措信し難いものであるところ、右2で認定した事実関係に照らすと、到底信用できないものである。

しかして、右認定の事実関係に弁論の全趣旨を合わせ考えれば、かえつて、原告の本件株主名簿閲覧等の請求は、株主としての権利の確保等のためではなく、新聞、雑誌の購読料名下の金員の支払を再開、継続せしめる目的をもつてなされた嫌がらせであるか、あるいは、右金員の支払を打ち切つたことに対する報復としてなされたものと推認することができ、この認定を左右しうる証左はない。

してみれば、原告は、正に正当な目的を有しないで、本件閲覧及び謄写請求をなしているものというべきであるから、抗弁は理由がある。

三よつて、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官伊藤邦晴)

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