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名古屋地方裁判所 昭和57年(ワ)1129号 判決 1984年5月29日

原告

小林正治

原告

小林道子

右両名訴訟代理人

森下敦夫

被告

尾張旭瀬戸川特定土地区画整理組合

右代表者理事長

谷口英一

右訴訟代理人

前田義博

福井悦子

主文

一  被告は、原告両名に対し、それぞれ金六四八万〇四七三円及びこれに対する昭和五四年四月一〇日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告両名のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告両名の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告両名に対し、それぞれ金二〇三一万円及びこれに対する昭和五四年四月一〇日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告両名の地位

原告小林正治は訴外亡小林毅(以下、亡毅という。)の父、原告小林道子は亡毅の母である。

2  本件水死事故

(一) 亡毅は、昭和五四年四月一〇日午後二時三〇分頃、尾張旭市瀬戸川町新田地内の別紙図面表示のため池(以下、本件ため池という。)に転落して死亡した(以下、本件事故という。)。

(二) 本件ため池は、昭和五二年頃から被告により開始された土地区画整理事業の工事施行区域内にあり、雨水や生活排水を一時的にためる目的で掘られたもので、縦約一〇メートル、横約五メートルの菱形で、周囲は三〇メートル近くあり摺鉢状になつており水面から地上までは約1.5メートル、深さは最深部で約三メートルであつた。

3  被告の責任

(一) 本件ため池は、被告による土地区画整理事業の進行に伴い宅地造成工事の便宜のため掘られたものであつて、被告が管理責任を負う公の営造物である。

(二) 本件事故の発生は、以下のとおり、本件ため池の管理の瑕疵によるものである。

(1) 本件ため池の周辺は、近隣の子供たちのグランドないし遊び場として利用され、又、本件ため池は市道から一〇メートル位しか離れていない。従つて、本件ため池には幼児等が容易に近づき得た。

(2) 本件ため池の形状からすれば、幼児等がそこに転落した場合は自力ではい上がることは不可能に近く、従つて人の身体・生命に対する危険は極めて高いものであつた。

(3) そこで、被告としては、本件ため池の管理責任者として、本件ため池の近辺に子供たちが近づかないようにするための、若しくは転落防止のための施設を設けるべきであつた。

(4) しかるに、本件ため池には、その周囲に二〜三メートル間隔で杭が打たれ、地上約五〇センチメートルの高さにビニールひもが一本結びわたしてあるだけであつて、それ以外は何らの措置もなされていなかつた。本件事故は、被告が本件ため池の管理責任者として、前記(3)記載の施設を設けなかつたことに起因するものである。

4  損害<以下、省略>

理由

一原告両名の地位

請求の原因1は、当事者間に争いがない。

二事故の発生

1  請求の原因2(一)(本件事故の発生)は、当事者間に争いがない。

2  同2(二)(事故現場)のうち、原告主張の本件ため池が、被告の土地区画整理事業施行区域内にあつたことは当事者間に争いがない。そして、<証拠>によれば、本件ため池は、近隣六軒の生活排水を砂利層に浸透させて右排水を処理する目的で掘削されたものと認められ、従つて、それは、正しくは仮排水施設(以下、本件仮施設という。)と呼ばれるべきものである。

また、<証拠>を総合すれば、本件事故発生当時、本件仮施設はいびつな四角形で摺鉢状になつており、地表面の外周が二五メートル位、地表から水面まで三〇ないし三五度の勾配で一メートル位、水深は1.5ないし二メートルであつたことが認められる。

三被告の責任原因の存否

1  本件事故発生前の状況

<証拠>を総合すれば、以下の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(一)  被告は、都市計画の一環として、尾張旭市の東南部に土地区画整理事業を施行するため、昭和五二年五月二〇日に愛知県知事の認可を受けて設立された公法上の特殊法人である。

(二)  被告は昭和五三年一月より本件土地区画整理事業の工事を開始したが、右工事の大要は、面積17.88ヘクタールの別紙図面表示の事業施行区域内において、既存の集落、道路、田畑につき道路・配水路の築造、宅地造成、公園・緑地の設置等を行なうことであつた。

(三)  被告は昭和五三年一一月から一二月にかけて、右宅地造成工事の一環として、造成地の北端部分のブロックにあつた旧農業用水路(幅三〇〜四〇センチメートル、深さ四〇〜五〇センチメートル)を埋め立てたが、右埋立により、長年右水路に生活排水を流していた近隣の六軒の居住者が生活排水を流す所がなくなつたので、右近隣居住者の便宜のため、同年一二月頃本件仮施設を掘削した。被告の工事計画によれば、昭和五四年五月頃までにはブロックの隣のブロックに排水工事が完成の予定であり、右工事が完成した時は本件仮施設は不要となるものであつた。

(四)  本件仮施設は、本件造成地の北端付近を東西に走る市道(別紙図面に10―5号と表示されているもの)から一〇メートル位施行区域内に入つた所にある(当事者間に争いのない事実)が、その付近における造成地の地盤は右市道の路面より六〇センチメートル位高い上、右造成地の市道に面する部分には三〇センチメートル位の小堤があるので、全体で九〇センチメートル位の段差があつた。

本件事故発生当時、本件仮施設の周辺は平坦な空地となつており、本件仮施設の周囲には高さ一メートル位の木杭十数本が二、三メートル間隔で立てられ、右各杭を結んで地上四、五〇センチメートルの所にとらロープ(黄色と黒のまだら模様のビニール製ロープ)が張られていた。

本件造成地内への一般人の立入りは禁止されており、人の入り易い所にはとらロープが張られ、「危険、立入禁止」と書いた立看板五、六〇本が立てられ、本件仮施設のすぐ北側とほぼ北方の前記市道際には右立看板が一本ずつ立てられていたが、本件事故当時はいずれも倒れていた。

なお、被告は本件造成地において、人の立入りを禁止するため、工事開始当初は有刺鉄線を張つていたが、昭和五二年後半頃から子供が怪我をしてはいけないという配慮から、ロープを張ることにしていた。

(五)  本件造成地の周辺の子供が右造成地内に立ち入つて遊ぶことがよくあつたので、被告の役員と本件宅地造成工事の請負業者である株式会社熊谷組の現場監督が一日に二、三回現場の見廻りをして、造成地内に入つて遊んでいる子供を見付け次第追い払つており、また昭和五三年頃には、右役員と現場監督が本件仮施設の東方約二〇〇メートルの所にある東部保育園と付近の東栄小学校に行つて、保育園の主任保母や小学校長などに対し、子供が造成地に入つて遊ばないように注意して貰いたい旨懇請した。

(六)  原告らは、本件仮施設の東北方五〇メートル以内の所にある別紙図面表示の現住居(事業施行区域外)に昭和四三年から居住している。亡毅は昭和四九年一月一日原告らの子として出生し、本件事故当時、原告小林道子に付添われ、本件仮施設の北側の前記市道を通つて前記東部保育園に通園していた。

2  本件事故の発生

前掲各証拠を総合すれば、昭和五四年四月一〇日午後二時三〇分頃、亡毅は、友達四、五人と一緒に本件造成地内に立ち入り、本件排水仮施設付近で遊んでいた際、その周囲に張りめぐらされていたロープを越えて摺鉢状の斜面に入り、右仮施設底部の水の溜つている部分に落ち込んだこと、原告両名は亡毅が本件造成地内に遊びに行つたことを全く知らず、亡毅と一緒に遊んでいた子供が急を知らせに来たことにより、初めてそのことを知つたこと、そこで原告小林正治は現場に駆けつけ亡毅を救出しようとして本件排水仮施設に飛び込んだが、足が底面に十分届かず、同人を救出できなかつたのみか、その形状が摺鉢状であるため、自分自身も自力で這い上がることができなかつたこと、そこで、出動してきた救急隊員が亡毅を引き上げたが、間に合わず、同人は溺死するに至つたことを認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

3  公の営造物の管理の瑕疵の存否

(一)  国家賠償法二条一項にいう公の営造物とは、国又は公共団体の公共の目的に供される物的施設を指し、その物的施設が一時的・仮設的に設けられたものであつても、現に公の目的に供されている場合には、右の営造物にあたるものと解すべきところ、前記認定事実(三ノ(三))によれば、本件仮施設は、被告において宅地造成工事の完成するまでの暫定措置として近隣六軒の仮排水処理用に設置し、被告がこれを管理していたものであつて、公の目的に供せられていたことが明らかであるから、国家賠償法二条一項の公の営造物にあたるものと解するのが相当である。

(二) 前記認定事実(二1、三2)によれば、本件仮施設の地表面から水面までの勾配は三〇ないし三五度、水深は1.5ないし二メートルあり、大人でも自力で這い上がることが困難な程であつて、本件仮施設は少なくとも幼児、子供にとつて危険性のあるものであり、かつその周辺にはよく子供が遊びに入つて来ていたにもかかわらず、その周囲には木杭が十数本立てられ、ビニール製ロープが地上約五〇センチメートルの所に一本張りめぐらされていただけで、立入禁止の立看板は倒れていたものである。

右の如き本件仮施設の形状よりすれば、被告としては、その周囲に有刺鉄線を張りめぐらすなど、子供がそこに容易に近寄れないようにするために相当な設備を設けるべきであり、右の如きロープを張りめぐらしただけでは、(それが子供のため物理的に安全であるとの配慮の下になされたものであるとしても)不十分であつたといわざるを得ない。

ところで、証人谷口久夫及び同河田信義は、本件仮施設は本件事故以前には、せいぜい二〇〜三〇センチメートル程度の水が溜るだけであつて本件仮施設の危険性はなかつたと供述する。しかし、他方、右両名の証言によれば、昭和五四年二月頃本件仮施設の浸透力が弱まり五〇ないし六〇センチメートルの水が溜つたことがあつたこと、四月に入つてからかなり大量の雨が降つたこと、それにもかかわらず事故当日まで本件仮施設の貯水状況を把握していなかつたこと、が認められ、これらの事実からすれば、本件仮施設が本来危険性のないものであり、その管理も不十分ではなかつたとは言えない。

従つて、本件仮施設は通常有すべき安全性を欠いていたと認められるから、その管理に瑕疵があつたというべきであり、かつ、本件事故による損害は、右瑕疵により発生したと認められるから、被告は、国家賠償法二条一項により右損害を賠償すべき責任を有する。

四損害

1  逸失利益

<証拠>によれば、亡毅は死亡当時五歳四ケ月の健康な男子であつたことが認められるので、本件事故により死亡しなければ、満一八歳から満六七歳まで稼働しえたものと推認される。そして、当裁判所に顕著な昭和五四年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の男子、労働者の平均年収額は三四〇万八八〇〇円であるから、これを基礎に、右稼働期間を通じて控除すべき生活費を五割とし、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して、亡毅の逸失利益を算定すれば、左記のとおり金一六四二万一八九四円となる。

340万8800円×(1−0.5)×9.635(ライプニッツ係数)=1642万1894円

被告は、養育費の控除を主張しているが、当裁判所は、養育費控除はしない。

原告両名は、亡毅の父母として、右金額の二分の一、金八二一万〇九四七円ずつの損害賠償請求権を相続した。

2  慰謝料

前記認定の本件事故の態様、その他口頭弁論に顕われた一切の事情を考慮すると、原告両名の精神的苦痛を慰謝するには、各自金三五〇万円が相当である。

なお、原告らは亡毅の慰謝料請求権を相続した旨主張するが、右慰謝料請求権は相続の対象とならない一身専属権であり、本件の場合、被害者亡毅の両親である原告両名が亡毅に代わつて固有の慰謝料請求権を取得したものと解すべきであるから、原告の主張はそれ自体失当である。

3  葬儀費用

<証拠>によれば、原告両名は、死亡した毅の葬儀関係費用として金五〇万円を下らない支出を余儀なくされたことが認められるが、葬儀関係費用として被告に支払を命ずべき分は金五〇万円(各自金二五万円)をもつて相当と認める。

4  過失相殺

本件仮施設が危険な個所であることは前記判示のとおりであり、その危険性の存在、従つて、そこに立ち入るべきではないということは、本件仮施設の形状及びその周囲の木杭、ロープによる囲い、によつて、五歳の幼児においても十分認識可能であつたと思われる。また、原告両名においても、本件土地区画整理事業の施行区域内の造成地には既存の用水路廃止により生じた水溜り等があり、幼児が立ち入ること自体が危険であることは、日常における造成工事の進捗状況の見聞並びに保育園の指導によつて十分認識可能であつたはずであるから、亡毅が造成地内に立ち入らないように十分注意し、かつ同人の行動を監督監護すべきであつた。しかるに、前記認定事実によれば、亡毅も原告両名もそのような注意をしていたとは認められず、本件事故発生につき相当大きな過失のあることは明らかであるから、原告両名の損害を算定するに際し、被害者側の過失として過失相殺をするのが妥当であり、諸般の事情を考慮し、損害の五割を減ずるのが相当である。

5  弁護士費用

本件事故の難易、審理経過、本訴認容額等に鑑み、本件事故と相当因果関係を有するものとして原告両名が被告に対して請求しうべき弁護士費用の額は、各自金五〇万円をもつて相当とする。

五結論

以上によれば、原告両名の本訴請求は、被告に対し、それぞれ金六四八万〇四七三円及びこれに対する本件事故発生日である昭和五四年四月一〇日より支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(川井重男)

<図面、省略>

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