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名古屋地方裁判所 昭和54年(ワ)878号 判決 1981年1月30日

原告

金京姫

ほか二名

被告

長谷川靖彦

主文

一  被告は原告であり、かつ、従前の原告金榮現の訴訟承継人である原告(以下、単に原告という)ら三名に対し、それぞれ金七〇万七八八六円及び右各金員に対する昭和五四年四月二二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  本判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告三名に対し、それぞれ金五三八万五七六六円及びこれに対する昭和五四年四月二二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五〇年一一月二七日午後一時三〇分頃

(二) 場所 愛知県一宮市和光町一丁目二番一一号先道路上

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(登録番号名古屋五六そ二一七〇)

(四) 被害車 広原こと李冨士江(以下、訴外李という)運転の普通乗用自動車(登録番号名古屋五六せ四二二二)

(五) 事故の態様 被害車が右折しようとして横断歩道に差しかかつたとき、歩行者が右横断歩道を横断し始めたので、被害車が一時停止したところ、後部から加害車が追突したもの。

(六) 訴外李の受けた傷害

頸部挫傷

(七) 治療の経過

(1) 昭和五〇年一一月二七日から同年一二月三一日まで塚田外科通院

但し、昭和五〇年一二月一六日から同年一二月二九日まで同外科入院

(2) 昭和五一年一月一日から同年八月四日まで五七日間同外科通院

但し、昭和五一年一月五日から同月一三日まで同外科入院

(3) 昭和五一年一月二七日から昭和五二年五月一四日まで名古屋ライトハウス鍼灸治療部に通院

(4) 昭和五三年三月一八日から同年六月一三日まで、意識消失発作起り塚田外科入院

(5) 昭和五三年六月一三日から同年一二月六日まで名古屋大学医学部付属病院入院

(6) 昭和五三年一二月一八日から昭和五四年三月五日まで同仁病院入院、右同日死亡

(八) 本件交通事故と死亡との因果関係

訴外李は本件傷害のため治療に専念していたが、頭重、頭痛、めまい、頸・肩・背・腰の各部位の鈍痛、倦怠等天候に応じ交錯自覚、上肢倦怠感、異常感があつて、食欲不振におちいり、右症状は軽快しないままとなつていたところ、昭和五三年三月一八日午後一時三〇分頃、同訴外人が路上に倒れているところを近所の人に発見され、意識不明のまま塚田外科に収容された。右収容時の病名は頭蓋骨折、頭部外傷(第二、三型)、左下腿挫傷となつている。右入院してからも、頸部痛、嘔気、嘔吐、意識消失発作、けいれん発作は軽快せず、右病状は悪化のため、名古屋大学医学部付属病院に入院して検査を受けることとなつた。同病院における診断は頭頸部挫傷、続発性良性頭蓋内圧亢進症、両側視神性萎縮であつた。そして、同年七月一〇日、腰椎穿刺による脳圧測定を受けた結果は四七〇ミリメートル水柱という数値であり、正常値の約三ないし四倍であつたため、同年八月二一日腰部髄液腔吻合術を施したところ(当時の脳圧測定結果は七〇〇ミリメートル水柱)、頭蓋内圧はほぼ平常に戻つた。しかし、右手術も原因が究明されたわけではなく、頭蓋内圧低下のための一時的な処置であり、患者の生体が本質的に改善されない限り、再び頭蓋内圧は復帰してしまうことになるのであり、訴外李は同年一〇月一八日同病院を退院して一時自宅療養に努めたが、再び悪化して同年一二月再入院した。なお、訴外李の眼底検査の結果、うつ血乳頭がみられ、視神経萎縮障害により、両眼の視力が極度に落ち、右眼は眼前手動ないし眼前指数、左眼は眼前手動光覚のみという状態であつた。これらの検査結果によると、訴外李の脳の機質的にものには異常はなかつたが、脳の静脈の循環時間に明らかな遅延があつて、静脈環流阻害があつたことは明白であり、訴外李に過去においてこのような障害を生ぜしめるような既応歴のない本件においては、本件交通事故による頭頸部挫傷が右訴外人の死亡原因と認むべきであつて、右死亡と本件交通事故との間には相当因果関係がある。

2  責任原因

被告は前方車両の動静に注意して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠つたために被害車に追突し、訴外李に傷害を負わせたものであり、かつ、被告は加害車を自己のために運行の用に供していた。

3  損害

(一) 逸失利益 金九七九万五二四三円

訴外李は昭和二年六月一五日生れで、本件事故当時四九歳の健康な女性であり、夫である従前の原告金榮現(以下、訴外金という)経営の有線放送事業の事務を担当して働いていたものであり、本件事故がなければ、一八年間にわたり少なくとも年間金一五五万四四〇〇円の収入をあげることができ(昭和五〇年度賃金センサスによる)、生活費としては収入の五割を控除すべきであるから、ホフマン式により右訴外人の逸失利益の現価を算定すると金九七九万五二四三円となる。

(二) 葬儀費 金三六万円

訴外李の葬儀費

(三) 慰藉料 訴外金ほか原告ら三名につき各金二〇〇万円

訴外金は前記のとおり訴外李の夫であり、原告ら三名は右両名間の子である。

(四) 入院治療費 金六三万七六〇六円

訴外金は、訴外李が名古屋大学医学部付属病院に入院中の治療費として金四七万七二〇六円を支払い、同仁病院に入院中の入院治療費として金一六万〇四〇〇円を支払つた。

(五) 弁護士費用 訴外金ほか原告ら三名各金二五万円

(六) 相続及び損害の填補について

右(一)(二)の損害の合計額は金一〇一五万五二四三円となるところ、訴外李の死亡により及び原告ら三名が四分の一の相続分に従つて前主の地位を承継したから(韓国民法による)、右相続によつて取得したものをも含めた訴外金の損害額は金五四二万六四一六円、右同様の原告ら三名の損害額はそれぞれ金四七八万八八一〇円となるところ、右四名は自賠責保険金として金三六三万五五五〇円を受領したので、右四名の損害額に各自の充当額金九〇万八八八七円をそれぞれ均分に充当すると、訴外金の損害額は金四五一万七五二九円、原告らの損害額は金三八七万九九二三円となるところ、訴外金は昭和五五年五月一一日死亡したので、原告らの相続分は各三分の一となり(韓国民法による)、右相続分により取得したものを加えると、原告ら三名の損害額はそれぞれ金五三八万五七六六円となる。

4  よつて、原告らは被告に対し、本件事故に基づく損害の賠償として、それぞれ金五三八万五七六六円及びこれに対する本件事故発生の後である昭和五四年四月二二日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)ないし(六)の事実は認めるが、(七)及び(八)の事実中、訴外李の死亡が本件事故と相当因果関係があるとの点は否認し、その余は知らない。

2  同2の事実中、被告が加害車を自己のために運行の用に供していたことは認めるが、その余は知らない。

3  同3の事実中、訴外金が原告主張の日死亡したこと、右訴外人及び原告ら三名が自賠責保険から金三六三万五五五〇円を受領したことは認めるが、その余は知らない。

第三証拠〔略〕

理由

一  原告主張の日時場所において、訴外李運転の被害車が右折しようとして横断歩道に差しかかつたとき、歩行者が右横断歩道を横断し始めたので、被害車が一時停止したところ、後部から被告運転の加害車が追突し、訴外李が頸部挫傷の傷害を受けたこと、被告は当時加害車を自己のために運行の用に供していたことについては、当事者間に争いがなく、右の事実によれば、被告には前車に対する注意を怠つた過失があることは明らかで、被告は本件事故に基づく被害者側の損害を賠償すべき責任があることは明らかである。

二  そこで、右損害及び因果関係の存否につき検討する。

1  李の受けた傷害の程度及び因果関係について

成立に争いのない甲第三ないし第一四号証、証人古瀬和寛の証言(第一・二回)を総合すると、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

訴外李は本件交通事故当日の昭和五〇年一一月二七日、名古屋市昭和区所在の塚田外科にて治療を受け、同年一二月一六日から同月二九日まで同外科に入院し、昭和五一年一月五日から同月一三日まで第二回の入院をし、同年八月四日まで同外科に通院し(通院中の実治療日数九七日)、同日同外科にて症状固定の認定を受けた。また右治療と併行して同年一月二七日から昭和五二年五月一四日まで名古屋ライトハウス(鍼灸治療部)において通院治療(治療期間四七三日、内治療実日数六八日)を受け、右ライトハウスにおける当時の李の主訴として、頭重、頭痛、めまい、頸・肩・背・腰各部位の鈍痛、倦怠、その他食欲不振等があり、所見としては、頭部充血、肩背部腫脹、腰腫等があつたこと、次いで、訴外李は昭和五三年三月一八日路上にて意識を失い、倒れているのを近くの人に発見され、意識消失のまま塚田外科に収容され、頭蓋骨折、頭部外傷(第二、三型)、左下腿挫傷の傷病名で同外科に同年四月二八日まで入院したが、右意識消失後諸症状が悪化してきて、頭痛、嘔吐、視力障害、尿意失禁を伴う意識消失発作等の症状が続き、同年六月一三日名古屋大学医学部付属病院に入院し、脳波、血管撮影、CT、髄液検査等を行つたが、脳圧亢進以外特記すべき所見もなく、同病院脳神経外科において外傷に起因するいわゆる続発性良性頭蓋内圧亢進症、両側視神経萎縮の診断を受け、右側眼は眼前手動、左側眼は光覚弁の程度であり、同年七月一〇日腰椎穿刺による脳圧測定の結果は四七〇ミリメートル水柱という数値であり、正常値の約三ないし四倍であり、左記脳室腹腔吻合術を行う直前頃は脳圧が七〇〇ミリメートル水柱となり、同年八月二一日脳室腹腔吻合術を行つて頭蓋内圧下降を行つたところ、右内圧上昇の徴候もなくなり、同年一〇月二六日まで同病院に入院し、症状もほぼ固定するに至つたが同年一二月一八日東京都荒川区日暮里所在の同仁病院に入院し、昭和五四年三月五日脳内圧亢進症のため同病院において死亡するに至つた。

ところで、証人古瀬和寛(第一・二回)の証言によると、続発性良性頭蓋内圧亢進症なる疾状は、原因としては、脳の静脈環流が何らかの形で障害される場合、何らかの炎症が存在した後の後遺性、その他ビタミンAの量、ステロイドホルモンの値が変つたことによつて生ずる等々が考えられ、頭部外傷もまた静脈還流に何らかの影響を及ぼす障害の一原因となりうること、また、脳室腹腔吻合手術の結果、脳内圧を低下せしめることができても、原因を除去しない限りそれは一時的手術にすぎないことが認められる。

以上認定の事実によると、訴外李は本件事故が直接の原因となつて死亡したものではなく、本件事故から死亡するまでの間には三年三か月の期間が経過していること、訴外李の症状は本件事故時から約八か月経過した頃、一時軽快したかの如くみられたが、前記治療の経過に照らして、結局死亡時まで事故前のように際立つて回復することのないままに経過したものとみることができ、本件事故が全く同人の死亡に影響していないものということができないことは前記のとおりであり、同人の死亡を原因とする傷害については、その損害額の三〇パーセントの限度においては本件事故が同人の死亡に影響を及ぼしたものとして、その因果関係を肯定するのが相当である。

もつとも、成立に争いのない乙第一号証によると、新聞記事として、訴外亡李の夫である訴外金は、ある事件に関連して、訴外李とともに警察に連日のように呼び出され、右呼出に怯えた訴外李は極度のノイローゼ状態に陥り、自宅前の路上で昏倒し、脳圧の昂進からくる失明と幻覚症状を呈し、一年間の入院加療の末死亡するに至つた趣旨のことを記載したものがあり、右証拠によると、訴外李はノイローゼが原因で脳圧の昂進が生じ、遂には死亡するに至つたことを窺わせなくはないが、同訴外人が右記事にあるような事件に関連してノイローゼになつたことは他にこれを確認するに足る証拠はなく、右雑誌の記事は全面的には信用できないばかりでなく、仮に、訴外李がノイローゼにかかつたことがあつたとしても、証人古瀬和寛の証言(第二回)によると、ノイローゼが原因となつて脳内圧亢進症が発現し、これによつて死亡することは考えられないことが認められ、したがつて、右乙号証は前記認定の妨げとなるものではなく、他にこれを覆すに足る証拠はない。

三  そこで、被害者の被つた損害等について検討する。

1  逸失利益について

訴外李は昭和二年六月一五日生れの韓国人であり、本件事故当時四九歳の健康な女性であり、死亡当時は五二歳であつたことが認められ、本件事故がなければ、訴外李はその後一五年間に亘り少なくとも年間一六三万五三〇〇円(昭和五二年賃金センサス五二歳の女子労働者の平均賃金)の収入をあげることができ、そして同人の生活費は収入の五〇パーセントと考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利益を控除して本件事故当時の現価を算定すると、その額は次の算式どおり金八〇七万二〇〇四円となり、したがつて、本件事故と相当因果関係のある損害額は金二四二万一六〇一円となる。

1,635,300×(1-0.5)×(12.6032-2.7310)18年と3年のホフマン係数=8,072,004円

2  葬儀費について

経験則によれば、訴外李の死亡によりその葬儀が行われたこと、右葬儀の執行により少なくとも金三六万円の葬儀費用を要したことが認められるが、この内本件事故と相当因果関係を認めうるのはその三〇パーセントに当る金一〇万八〇〇〇円とするのが相当である。

3  慰藉料ついて

成立に争いのない甲第一七、第一八号証によると、訴外金は訴外李の夫であり、原告ら三名は右両名間の子であり、いずれも韓国籍であることが認められ、本件事故の態様、訴外李の傷害の部位、程度、受傷後死亡までの治療経過、同人の年齢、親族関係、本件事故と同人の死亡との間の因果関係の程度、その他諸般の事情を考え合わせると、訴外金榮現及び原告ら三名の各慰藉料額はそれぞれ金六〇万円とするのが相当である。

4  入院治療費について

成立に争いのない甲第一五号証の一ないし七及び弁論の全趣旨によると、訴外金は、訴外李の名古屋大学医学部付属病院における治療費として金四七万七二〇六円、同じく同人の同仁病院における治療費として金一六万一四〇〇円を支出したことを認めることができ、右事実によれば、原告主張の金六三万七六〇六円につき、訴外金の被つた損害と認める。

5  弁護士費用について

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、訴外金及び原告ら三名が被告に対して本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は訴外金については金九万六〇〇〇円、原告ら三名についてはそれぞれ金三万二〇〇〇円とするのが相当である。

6  訴外李の死亡による権利の取得について

訴外金は訴外李の夫であり、原告ら三名は右両名間の子であり、いずれも韓国籍であることは前記のとおりであり、訴外李の死亡により、訴外金及び原告ら三名が相続人として韓国民法一〇〇〇条一・二項、一〇〇二条、一〇〇九条一項により四分の一の法定相続分に従つて前主の地位を承継したことになる。しかして、前記1・2の損害の合計額は金二五二万九六〇一円となるところ、右相続によつて取得したものを含めた従前の原告である訴外金の損害額は金一九六万六〇〇六円同じく原告ら三名の損害額はそれぞれ金一二六万四四〇〇円となり、右四名は自賠責保険金として金三六三万五五五〇円を受領し、右四名の損害額に各自の充当額金九〇万八八八七円をそれぞれ均分に充当したことは訴外金及び原告らの自認するところであるのでこれを右損害額から控除すると、訴外金の損害額は金一〇五万七一一九円、原告ら三名の損害額はそれぞれ金三五万五五一三円となる。

ところで訴外金が昭和五五年五月一一日死亡したことは当事者間に争いがなく、そうだとすると、前同様韓国民法の規定により相続が開始し、原告ら三名は三分の一の相続分に従つて前主の地位を承継したことになるので、原告らの損害額はそれぞれ金七〇万七八八六円となる。

四  以上の事実によれば、原告らの本訴請求は被告に対し、それぞれ金七〇万七八八六円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和五四年四月二二日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白川芳澄)

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