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名古屋地方裁判所 昭和53年(行ウ)10号 判決 1981年11月30日

原告

権田邦雄

野本弘幸

右原告両名訴訟代理人

長屋誠

外一名

被告

豊川市長

山本芳雄

被告

山本芳雄

右被告両名訴訟代理人

鈴木匡

大場民男

山本一道

鈴木順二

伊藤好之

被告

朝日開発株式会社

右代表者

萩原幹也

右訴訟代理人

小澤三朗

野尻力

主文

一  昭和五二年(行ウ)第二七号事件について

原告らの訴えを却下する。

二  昭和五三年(行ウ)第一〇号事件について

原告らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、両事件とも、原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一昭和五二年(行ウ)第二七号事件について<省略>

二昭和五三年(行ウ)第一〇号事件について

1  原告らが豊川市の住民であること、昭和五二年三月一八日、豊川市議会で可決された昭和五二年度予算歳出には、原告ら主張のとおりの予算項目中に本件会員権を取得するために、被告朝日開発に対し、預託金の名目で七〇〇万円の本件支出が計上されていたこと、昭和五三年三月二九日、その支出がなされたこと、原告らは、昭和五三年四月一二日、右支出が違法であることを理由に豊川市監査委員に監査を請求したが、同監査委員は、同年五月一〇日、右請求を棄却したこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  つぎに、本件支出は、豊川市議会の議決を得ていることは、前記のとおりであるところ「被告山本および被告朝日開発は、本件支出は市議会の議決に基づきなされたものであるから、地自法二四二条所定の監査委員の監査の権限外の事項に属し、したがつて本件支出に関する歳出予算案の提案者にして、支出権者である豊川市長の職にあつた被告山本の所為は、同法二四二条の二第一項違反として問責できない。」旨の主張をするけれども、もし、本件支出が客観的に見て違法支出であれば、市議会の議決の有無にかかわらず、市長として、前記予算案に基づき本件支出をした被告山本を同法二四二条第一項違反として問責できることは多言を要しないから、被告らの右主張は、採用できない。

3  本件支出の適否について

(一)  本件会員権取得に至る経緯

<証拠>によれば、次の事実が認められ、他にこれに反する証拠は存しない。

(1) 昭和四六年夏ごろ被告朝日開発は、豊川市平尾地区の山間部を開発してゴルフ場を造成する計画を発案し、平尾地区に右計画推進の協力方を打診した。

そこで、平尾地区では、地区の有力者数名で研究会を結成し、同被告のゴルフ場造成計画の内容ないし同地区としてこれに協力すべきか否かについて種々検討した結果、平尾地区の山間部がゴルフ場として開発されることは、公害問題が発生するおそれはないことに加えて、平尾地区住民に新たな稼働場所を提供することにもなるから、平尾地区としては、ゴルフ場造成計画に賛成し、これに協力すべきであるとの結論に達した。

また、右計画において、ゴルフ場造成予定地とされている平尾地区の土地所有者の大半も、被告朝日開発のなす土地買収については、これに応ずる意向を示した。

そこで、被告朝日開発は、右計画を実行することに決定し、昭和四七年始めごろから土地買収等の交渉に着手した。

(2) 一方平尾地区は、これに対応し、ゴルフ場対策委員会を発足させ、ゴルフ場造成に伴い発生を予想される水害防止のための河川(稲束川、白川等)改修工事等を被告朝日開発に要請し、種々交渉の結果、昭和四七年七月一五日付で被告朝日開発と平尾地区区長清水某との間に「協定覚書」と題する書面(甲九号証)が作成調印されるに至つた。

右「協定覚書」の要旨は、ゴルフ場造成予定地の買収が完了すれば、右予定地に対する保安林指定処分が解除されるので、右解除に伴い発生を予想される右予定地周辺の農耕地の用水保全対策、右予定地を流下する河川(稲束川)による水害防止対策、土砂等の流出による水害が生じた場合における復旧工事ないし被害補償に関する事項を同被告に義務づけたものであつた。

(3) 豊川市も、ゴルフ場造成に伴い発生を予想される水害防止対策につき、被告朝日開発に対し種々行政指導をなし、被告豊川市長山本は、同被告との間に昭和四九年八月二四日付「平尾カントリークラブ場建設に伴う協定書」と題する文書を作成調印した。

右文書の要旨は、「同被告は、ゴルフ場造成工事につき、豊川市の行政指導の下に水害の発生防止につき万全を期すること、同被告は、平尾区長との間で調印した前記協定覚書を誠意をもつて履行すること、同被告は、自己の責に帰すべき事由による水害のみならず、不測の事故又は水害により生じた損害についても全責任をもつてその補償又は原状復旧工事をなすこと。」というにあつた。

(4) かくて、被告朝日開発の用地買収、ゴルフ場造成工事は、順調に進行し、昭和四九年一一月にゴルフ場の一部につき仮開場し、昭和五〇年一一月一〇日にゴルフ場全地域につき本開場をなすに至つた。

(5) これより先、被告朝日開発は、いわゆる預託会員制のゴルフクラブ会員の募集を始め、昭和五四年四月現在その会員数は法人、個人を合わせて約一二〇〇名に達し、これらの会員の預託金は合計約三〇億円余に上つた。

被告朝日開発の右預託会員制は、規約(乙一号証)によれば、会員は、所定の入会申込手続をなし、会社の承認の下に所定の入会保証金を会社に納入する。法人会員は法人名義で加入し、一口につき一名の割合で記名する(第七条)。入会保証金には、利息および配当金はつけない。会員資格を失つた場合には、入会保証金払込の日から起算し三年経過後返還する(第九条)。会員は、会社の承認を得て、その資格の譲渡および法人会員のプレーヤーの指定変更の名義書替をすることができる(第一二条)。会員は会社が別に定めた年度会費、諸費用、負担金を会社に納入すること(第一三条)等の規定が存する。

(6) 昭和五一年ごろ、豊川市を含む一市四町は、火葬場を新たに設置する必要に迫られたが、設置場所の選定が難航したので、被告豊川市長山本は、平尾地区に用地提供方を強く懇請し、種々接衝の挙句同地区の諒承を得た。

このときの交渉の経過の中で、平尾地区有志(ゴルフ場対策委員長中田ら)から被告朝日開発の平尾カントリーゴルフ場は、平尾地区の誘致協力により開場に至つたのであるから、豊川市にある東海カントリークラブと同等の待遇をしてもらいたい趣旨の発言がなされた(東海カントリークラブに関しては、豊川市が誘致に協力した関係から豊川市は、同市役所の名義で同社発行の株券三枚を取得していた。)。

火葬場の設置場所は、最終的には昭和五二年に御津町に決定されたが、被告豊川市長は、平尾地区有志の前記発言を重視し、東海カントリークラブとの権衡上からも、また、被告朝日開発の支払う税収その他豊川市に対する貢献度の高いこと(この点は後述)からも、豊川市として応分の出資をなし、平尾カントリーゴルフ場会員権を取得すべきであると考え、豊川市の財政担当者に、その検討を指示した。

かくして、昭和五二年三月一八日開催の豊川市議会において市長山本は、市の歳出予算案中に前記のとおり出資金名下に本件支出を計上し、同議会の議決を得た。

本件支出に関する右議会における市当局の説明の要旨は、「平尾地区の要請、東海カントリークラブとの権衡、被告朝日開発経営にかかる平尾カントリークラブの納付する固定資産税等の多額の税金が豊川市に対する財政面における寄与の大なること」

以上の三点を勘案し、本件支出を計上したというにあつた。

(7) 被告朝日開発経営にかかる平尾カントリークラブの納付税金は、法人市民税、固定資産税、都市計画税、特別土地保有税、娯楽施設利用税交付金等を合計すると、昭和五一年度六〇七三万六四二〇円、昭和五二年度五五七三万六九九〇円であつた(本件会員権取得後である昭和五三年度は、四八一三万〇五六〇円、昭和五四年度は、四五九五万五五二〇円)。

(8) 平尾カントリークラブにおける従業員総数一七八名中豊川市在住者は一二七名であり、キャディーは殆んど同市在住者である(昭和五二年一二月現在)。

(9) 本件会員権の会員権証書には、発行日を昭和五三年三月三〇日、会員名豊川市長(山本芳雄)と記載されており、その入会保証金は一口三五〇万円であり、豊川市は、二口分七〇〇万円を支出し、二枚の会員権証書を取得した(右入会保証金は、昭和五四年ごろは一口四〇〇万円に値上りしている。)。

(二)  本件会員権の法的性質等

以上に認定した事実によれば、本件会員権は、いわゆる預託金会員組織のゴルフ会員権であり、会員(本件では法人会員で、名義は豊川市長山本)は、入会保証金名下に一定金額の金員(本件では二口七〇〇万円)を三年の据置期間経過後退会と共に返還するとの約束の下に預託し、その旨の会員権証書が発行されていることは明らかであり、このような預託金会員組織のゴルフ会員権は、右の預託によつて生ずる権利であり、それは、①ゴルフ場施設優先利用権、②預託金返還請求権、③年会費納入等の義務よりなる債権的法律関係であると解される。

したがつて、本件会員権の前記法的性質にかんがみると本件会員権取得のための本件支出が、地自法二三二条の二所定の「補助」に直接該当すると認めることは困難である。

しかしながら、先に認定した本件会員権取得に至る経緯に徴すると、右会員権取得のための本件支出は、右会員権によるゴルフ場施設の利用やその有する財産的価値に着目して計上されたものでなく、もつぱら、平尾地区の要請、東海カントリークラブとの権衡、平尾カントリークラブの豊川市税収における寄与度等を勘案して計上されたものであることが明らかである。

してみれば、本件会員権の取得は、形式上からすれば、地自法一四九条六号所定の「財産の取得」に該当するが、実質上からすれば、被告朝日開発に対する資金援助(別言すれば一定期間無利息の約定でなした融資)の性質を帯有していることは否定できないというべきである。

ところで、地方自治体の財務会計は、当該地方自治体の住民のため適正に行われるべきものであることは多言を要しないところであるから、本件支出の前記のような性質にかんがみると、その適否については、地自法二三二条の二を準用し、公益上の必要性の具備の有無を判断することを要すると解するのが相当である。

以上の説示に反する被告らの主張は、採用できない。

(三)  本件支出の公益上の必要性の存否について

地自法二三二条の二にいう「公益上の必要性」の存否については、地方自治体のこの点に関する判断につき著しい不公正もしくは法令違背が伴わない限り、これを尊重することが地方自治の精神に合致する所以と考える。

この見地に立つて、本件を見るに、先に認定した事実によれば、平尾カントリークラブは、ゴルフ場という娯楽施設を営む営利企業ではあるが、平尾地区の全面的賛成の下にゴルフ場用地を造成し、多数の豊川市在住の住民に稼働場所を提供し、加えて多額の固定資産税等を毎年納付し、豊川市財政に貢献し、かつ、将来もその蓋然性の高いこと、本件支出は七〇〇万円であり、東海カントリークラブに対する株券による出資金と対比し、それ程高額とは言えないことが明らかであり、以上の事実に加えて、<証拠>によれば、豊川市役所職員有志で組織しているゴルフ同好会は、近時本件会員権により準会員の扱いを受け平尾カントリークラブでプレーしており、本件会員権が豊川市役所職員のために活用されていることが認められることを併せ考えると、本件支出に公益上の必要性が欠如していると認めることは困難である。

以上の説示に反する原告らの主張は採用できない。

なお、原告らは、「被告朝日開発は、平尾カントリークラブによるゴルフ場造成の結果、右地域を流下する稲束川や白川で水害を発生させ、付近住民に多大な被害を蒙らせている外、右ゴルフ場内の市有地(市道廃止後の道路敷地跡地)を不法に使用している。」となし、かかる公害企業に対する本件支出は公益上の必要性を欠如している旨の主張をなし、原告両名各本人尋問の結果中には右主張にそう部分が存するが、右各本人尋問の結果部分は、たやすく信用し難く、他に右主張を認めるに足りる的確な証拠は存しない。

4  以上の次第であるから、本件支出には、原告ら主張の瑕疵はなく、適法というべきである。

三よつて、原告らの被告市長に対する訴えは却下し、豊川市に代位してなす被告山本および被告朝日開発に対する請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(松本武 澤田経夫 加登屋健治)

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