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名古屋地方裁判所 昭和52年(行ウ)31号 判決 1980年3月24日

原告 神谷明男

被告 刈谷税務署長

代理人 久野忠志 横山静 ほか四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告)

一  被告が原告に対し、昭和五〇年八月一一日付でなした相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

(被告)

主文同旨の判決。

第二主張

(原告)

請求原因

一  原告の実父訴外神谷忠作(以下「忠作」という。)は昭和四九年二月二八日死亡し、原告はその遺産を相続したため、同年八月二〇日別表(一)(課税の経緯一覧表)の「申告」欄のとおり相続税の申告をした。

右申告には、相続税額の計算の基礎となるべき財産が一部除外されていたので、原告は、昭和五〇年七月二八日別表(一)の「修正申告」欄のとおり修正申告をした。

二  被告は、昭和五〇年八月一一日付で、別表(一)の「更正」欄のとおり更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件課税処分」という。)をなした。

三  原告は、本件課税処分を不服として、昭和五〇年九月一七日被告に対し、異議申立をなしたが、被告は同年一二月一六日付で右異議申立を棄却する決定をした。

原告は、右異議決定を不服として昭和五一年一月一三日国税不服審判所長に対し審査請求をなしたところ、同所長は昭和五二年四月五日棄却の裁決をなし、同年五月一六日付でその旨原告に通知した。

四  しかしながら、本件課税処分は、次の事由により取消されるべきである。

(一) 本件課税処分は相続税の課税価額を過大に認定した違法な処分であり、従つて、本件過少申告加算税の賦課決定処分も違法である。

(二) 原告及び原告の代理人税理士永谷博茂は、本件相続税の申告に先だち、被告庁所属の相続税事務担当者に後記被告主張の土地二筆の売買契約の経緯、履行の状況等を説明してその指導を受け、右担当者より本件申告のような取扱いでよいとの確答を得たので、原告は、別表(一)掲記の申告・修正申告をなしたものである。

ところで、申告納税制度のもとにあるとはいうものの、税法の内容は複雑難解であり、多くの納税者が税務職員の指示に頼つているのであるから税務官庁も相談に対する回答や指導に責任を持つべきであつて、信義誠実の原則、禁反言の原則に照らし、右回答・指導に反する課税権の行使はなし得ないものというべきである。

前記事実によれば、本件課税処分は信義誠実の原則あるいは禁反言の原則に反する違法なものというべきであり、少くとも原告には国税通則法六五条二項所定の「正当な理由」があるから、本件過少申告加算税の賦課決定処分は違法である。

(被告)

請求原因に対する認否

請求原因一ないし三の事実は認める。

同四(一)は争う。同(二)の事実は否認し、その主張は争う。

被告の主張(本件課税処分の適法性)

一(一)  原告のした修正申告の明細は、別表(二)(相続財産種類別明細表)の「修正申告」欄記載のとおりであるが、右申告には、相続税法の定めに反して、(イ)相続税の課税財産に該当しないところの土地(安城市柿崎町御用地三六番地所在、地目田、地積九九一m2、価額一六五万三、一二〇円及び同市同町中尾崎二七番地所在、地目田、地積七四一m2、価額一三三万八、二四〇円、以下両土地を「本件土地」という。)及び債務(本件土地についての後記売買契約上の残代金一、七一六万四、〇〇〇円と未払仲介手数料四八万七、四七〇円の合計一、七六五万一、四七〇円)の価額が相続税額の計算の基礎に算入されており、(ロ)相続税の課税財産に該当する前渡金(二〇〇万円)が相続税額の計算の基礎に算入されていなかつたために被告は本件課税処分をなしたものである。以下詳記する。

(二)  本件土地、債務ならびに前渡金に関する事実関係は次のとおりである。

1 忠作は、昭和四九年一月三〇日訴外岡崎マルサン株式会社(以下「岡崎マルサン」という。)との間で、本件土地を代金一、九一六万四、〇〇〇円で同社より買受ける契約を締結し、同日手付金二〇〇万円を支払つた。

2 忠作は、本件土地の所有権を取得するため、昭和四九年二月一三日安城市農業委員会に対し、農地法三条の定めによる許可申請をした。

3 安城市農業委員会は右申請を許可し、昭和四九年三月七日付で忠作に対しその旨通知した。

4 ところが、忠作は昭和四九年二月二八日既に死亡していたため、その相続人である原告は安城市農業委員会に対して同年三月一一日に許可取消願を申請した。

5 原告は、昭和四九年三月一六日岡崎マルサンに対して本件土地の買受代金の残金一、七一六万四、〇〇〇円を支払い、同年三月一八日に右岡崎マルサンから本件土地につき所有権移転請求権仮登記の移転付記登記を受けた。

6 原告は、本件土地の所有権を取得するため、昭和四九年四月一一日安城市農業委員会に対し農地法三条の定めによる許可申請をした。

7 安城市農業委員会は右申請を許可し、昭和四九年五月八日付で原告に対しその旨通知した。

8 原告は、本件土地の登記簿上の所有権者であつた訴外伊予田穰より昭和四九年五月二〇日所有権移転登記を経由した。

(三)  ところで、相続税の課税価格に算入すべき価額は、相続または遺贈の対象となつた財産について、当該相続または遺贈のあつた時における価額を評価し、その合計額から相続人の負担に属する被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの及び被相続人に係る葬式費用に相当する金額を控除して計算される。

そして、農地の所有権移転を目的とする法律行為は、農地法三条所定の許可を受けない限り法律上の効力を生じないのであるから、被相続人が農地の買受契約を締結していたとしても、その生存中に当該農地の所有権移転について右許可を得ていない以上、当該農地は相続税の課税の対象となる相続財産とはならないのである。

本件において、忠作は、岡崎マルサンとの間で、本件土地の買受契約を締結したが、安城市農業委員会の許可前に死亡したのであるから、本件土地の所有権は忠作に移転するには至らなかつたものである。

従つて、本件土地は忠作の相続財産ではない。

また、本件土地に関する忠作死亡当時における売買代金残額及び未払仲介手数料は、相続開始時において、現存し、かつ確実と認められる相続債務であつたとは到底認め難い。即ち、右売買代金残額等が確実に相続債務と認められるためには、本件売買契約そのものが、相続開始の時点において客観的に確実なものと認識できる必要があるが、前記のとおり、忠作の死亡により法定条件たる農業委員会の許可は発効しなかつたので、右売買代金残額等の支払時期が果して何時到来するものか判然とせず、本件土地を買受けること自体が相続人たる原告自身の選択と計算により不可能となる可能性も皆無ではなかつたから、これをもつて相続税法の規定する確実な相続債務ということはできない。

結局、原告の相続税額の計算に当つて課税価格に算入すべき価額は、相続開始日までに忠作が支払ずみの手付金相当額(前渡金)のみとすべきである。

従つて、本件土地の価額及び本件土地に係る債務(前記未払金)の価額を本件課税価格算定の基礎とし、また前渡金を課税価格算定の基礎としなかつた原告の修正申告は誤つたものというべきである。

(四)  しかして、被告は、別表(二)の「更正」欄のとおり、土地(田)に係る修正申告額四、二九四万六、六九七円のうちに算入されていた本件土地の価額二九九万一、三六〇円を減算するとともに、申告されていなかつた前渡金二〇〇万円を加算し、また修正申告にかかる債務の価額二、四〇三万七、九一〇円のうちに算入されていた本件土地に関する未払金一、七六五万一、四七〇円(買受残代金一、七一六万四、〇〇〇円、未払仲介手数料四八万七、四七〇円の合計額)を減算した結果、課税価額の総額は九、五〇三万〇、三六八円と算定され、これをもととして相続税額の計算を行つたものである。

従つて、本件課税処分は適法である。

二  仮に、原告が、忠作の岡崎マルサンに対する本件土地売買契約上の地位を相続により取得しているとしても、その内容は、本件土地の所有権移転許可申請協力請求権であると解せられるところ、その評価は特別の定めがない限り、相続税法二二条の規定により相続開始の時の時価となる。本件においては、特別の定めがない場合にあたるから、債権的請求権である右許可申請協力請求権の時価(客観的交換価値)は、不特定多数の農地法三条の買受適格者の間で、自由な取引が行われる場合に通常成立と認められる本件土地の取得価額に一致するものというべきである。

しかして、忠作と岡崎マルサン間の本件土地の前記売買価額一、九一六万四、〇〇〇円は、(イ)不動産業者が介入した取引であること、(ロ)忠作とは面識のないものとの取引であること、(ハ)企業ベースの取引であることなどからして、自由かつ客観的な取引として通常成立する取引価額であるというべく、右売買価額が前記許可申請協力請求権の時価というべきである。

なお、相続税の財産評価に関して、「相続税財産評価に関する基本通達」が定められているが、右通達の適用される範囲は、それに列挙された財産に限定すべきものであつて、本件のような許可申請協力請求権にはこれを適用すべきではない。

よつて、本件相続税の課税財産は、原告の申告額(別表(二)の<E>の額)七、八三七万〇、二五八円から本件土地の評価額二九九万一、三六〇円を減算し、これに前記許可申請協力請求権の評価額一、九六五万一、四七〇円(取得価額一、九一六万四、〇〇〇円、仲介手数料四八万七、四七〇円の合計額)を加算した額となり、これは本件更正処分の額と同額となる。

従つて、この点からしても、本件課税処分は適法である。

三  農地法三条所定の許可がいまだなされていない農地の売買契約について、当該農地は買受人の相続財産となり得ないことは、被告相続税事務担当官の間では周知のことに属し、原告の申告、修正申告につき、原告主張のような指導を行う筈はなく、原告主張のような回答、指導をした事実は存しないから、原告の信義則ないし禁反言の主張は失当であり、本件過少申告加算税の賦課処分は適法である。

(原告)

被告の主張に対する認否

被告の主張一(一)のうち、原告のした修正申告の明細が別表(二)の「修正申告」欄のとおりであること、原告がその修正申告において、被告主張のとおりの本件土地及び未払金債務の価額を相続税額の計算の基礎に算入し、被告主張のとおりの前渡金(手付金)価額を右計算の基礎に算入しなかつたことは認めるが、これが相続税法の定めに反しているとの主張は争う。

同(二)の各事実は認める。

同(三)、(四)の主張は争う。

同二、三の主張は争う。

被告の主張に対する反論

一  本件土地は、登記簿上の地目は田であつたが、昭和四六年頃から休耕中で肥培管理もなされておらず、現況雑種地であり、忠作が岡崎マルサンより本件土地を買受けた当時も農地法上の「農地」ではなかつた。従つて、その所有権移転については、本来農地法三条所定の許可は不要であつて、忠作が岡崎マルサンとの間で売買契約を締結した昭和四九年一月三〇日に本件土地の所有権は忠作に移転したものであり、本件土地は相続財産に含まれるものというべきである。

また忠作は、右契約締結時に本件土地の引渡しを受けて使用収益を始めたのであるから、実質的に忠作の資産であつた。

二  仮に、本件土地が農地法所定の「農地」であり、その所有権移転について農業委員会の許可が必要であつたとしても、安城市農業委員会は、忠作が死亡した日である昭和四九年二月二八日より前である同月二六日に忠作の申請を許可する旨の決議をなしているのであるから、少くとも相続税額を算出するに際しては、本件土地は相続財産に含まれるものというべきである。

けだし、農業委員会からの許可申請人に対する許可の通知が早いか遅いか、たまたま生前に到達したか否かによつて、許可申請人の相続税額が左右されるということは課税の平等性に反するからである。

三  課税の実務においては、本件土地のように、その所有権移転について農地法三条所定の許可を必要とするものの売買があつた場合に、売買契約が成立し、仮登記が付され、その譲渡の許可申請手続が経由されているときは、その許可前においても売主の譲渡所得の申告を受理し(所得税基本通達三六―一二)また買主側における右土地の所有権取得時期を契約成立時とする取扱いがなされている。

従つて、本件土地の所有権取得時期は、実質的に見れば、売買契約成立時と解すべきである。

また、相続税については、例えば、譲渡人が農地法三条所定の許可前に死亡した場合、相続人が被相続人の準確定申告(所得税法一二四条、一二五条)をする際、農地を契約成立日に譲渡があつたものとして申告すれば、当該農地は相続財産に含まれないこととし、代りに売渡代金を相続財産に含める取扱いが認められている。

さらに、贈与税については、譲受人が贈与税を申告する場合、一定の要件があれば、許可申請書類を提出した日に贈与があつたものとして取扱つても差支えないとされている(昭和四八年三月一四日直資二―二六)。

このように課税実務においては、譲渡人側の相続税、譲受人側の贈与税について許可前の申告を認めており、経済的な実質に特段の差異がないのに、本件のような譲受人側の相続税についてだけ、農地法に従うよう厳しく要求することは矛盾しており、農地の譲渡人が契約締結日に譲渡があつたとして譲渡所得の申告が認められているのに譲受人の相続人が相続財産に右農地を含めて申告することが認められないとしたら、その矛盾は甚だしいものといわざるを得ない。

右のとおりであるから、本件土地についても、忠作の実質的な所有権取得の時期は、本件売買契約成立の時と解すべきである。

また、売買契約が有効に成立し、その代金の一部に充当されるべきものとして手付金が支払われた後に買主が死亡したとしても、右売買契約が無効に帰したとか、解除されたとかの事情もないのに代金支払義務が消滅する理由はない。本件土地の売買代金残額等の支払義務は、相続時に現存し、かつ確実なものであつて、相続債務に該当するものというべきである。

四  仮に、農地法所定の許可が未了のため、本件土地が相続財産に含まれないとしても、忠作は岡崎マルサンとの間で、本件売買契約を締結したことにより、本件土地の所有権移転請求権、所有権移転登記請求権、農地所有権移転許可申請協力請求権、所有権移転請求権に基づく仮登記移転請求権等を取得し、一方代金支払義務を負担し、原告は忠作の死亡により、右売買契約上の権利義務を相続により取得した。

ところで、原告が相続により取得した右各権利は、本件土地の所有権の取得を目的とするものであるから、一体として、本件土地の「相続財産評価に関する基本通達」による評価額二九九万一、三六〇円(本件土地の固定資産評価額の二〇倍)を最高限度とし、それ以下で評価すべきである。

仮に、本件土地が雑種地と認められるならば、原告は完全な所有権を相続しており、その評価額は付近の土地に適用される倍率により農地の場合と同額の二九九万一、三六〇円となる。

以上のとおりであつて、原告の修正申告には何ら誤りはない。

(被告)

原告の反論に対する再主張

一  本件土地が農地法所定の「農地」であることは明らかであり、また本件土地は衣浦東部都市計画において決定された市街化調整区域に所在するので市街化を抑制されているのみならず、農業振興地域の整備に関する法律六条による農業振興地域の指定地区内に所在し、同法一七条により農業以外の用途に供するには特に制限を受けている土地である。

また、忠作と岡崎マルサン間の本件土地の売買契約において、本件土地の所有権移転及び引渡しの時期は代金完済時と約定されていたから、右契約時に忠作が本件土地の引渡しを受けていたとはいい難い。

よつて、原告の反論一は理由がない。

二  農地法三条所定の許可は、当該許可書が売買当事者に到達することによつて効力を生じ、その時に農地の所有権が移転するのである。

相続税が相続開始時点における相続財産に課されるものである以上、あくまで相続開始時点における所有権の存否を判断すべきであり、このように解したからとて、原告が主張するような課税の平等性が害されることはない。

従つて、原告の反論二も理由がない。

三  農地を譲渡した場合における譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、農地法三条一項本文の場合にあつては、同条所定の許可があつた日、または農地引渡しがあつた日とのいずれか遅い日によるものとするのが原則である。但し、これらの日のうちいずれか早い日または売買契約が締結された日により納税者(譲渡所得者)が自発的に申告した場合、これを認めることとしているが、これはいずれの年分としても譲渡益の金額には変りがないことから、強いて是正措置をとらず、これを認めることとしているのである。

ところで、相続税の課税標準は、暦年間の所得の発生をとらえて課税するところの譲渡所得とはその性質が異なり、相続、遺贈等によつて取得した財産の価格であり、相続開始という一定時点の相続財産の価額をとらえて課税するものであるから、相続財産については、相続開始時点における所有権の存否を判定し、相続財産を評価するものである。

従つて、相続税について譲渡所得のような例外的な取扱いはできないのである。

また、農地法三条二項各号に掲げる農地の売買についての制限はすべて買主の適格性に関するものであり、農地の売主は農地を譲渡するについて何らの制限を受けない。従つて、農地法三条所定の制約は、農地の譲渡人と譲受人において全く異なるものといわなければならない。

農地の譲渡人側における農地の移転と、相続時においていまだに農地取得の適格性が審査されていない譲受人側における農地の移転に関する取扱いを比較すること自体が失当である。

よつて、原告の反論三も理由がない。

四  原告の反論四が理由のないことは、被告の主張二掲記のとおりである。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因一ないし三の事実(本件課税処分の経緯等)は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件課税処分の適否について検討する。

(一)  忠作が昭和四九年一月三〇日岡崎マルサンとの間で、本件土地を代金一、九一六万四、〇〇〇円で同社より買受ける契約を締結し、同日手付金二〇〇万円を支払つたこと、右契約における不動産業者に支払うべき仲介手数料は四八万七、四七〇円であつたこと、忠作は本件土地の所有権を取得するため、同年二月一三日安城市農業委員会に対し、農地法三条の定めによる許可申請をしたこと、右農業委員会は右申請を許可し、同年三月七日付で忠作に対しその旨通知したこと、ところが、忠作は同年二月二八日に既に死亡していたため、その相続人である原告は、右農業委員会に対して、同年三月一一日に許可取消願を申請したこと、原告は、同年三月一六日岡崎マルサンに対して本件土地の買受代金の残金一、七一六万四、〇〇〇円を支払い、同年三月一八日には右岡崎マルサンが本件土地について有していた所有権移転請求権(仮登記)を取得し、右登記を経由したこと、原告は、本件土地の所有権を取得するため、同年四月一一日安城市農業委員会に対し、農地法三条の定めによる許可申請をしたこと、右農業委員会は、右申請を許可し、同年五月八日付で原告に対し、その旨通知したこと、原告は、本件土地の登記簿上の所有権者であつた訴外伊予田穰より同年五月二〇日所有権移転登記を経由したことはいずれも当事者間に争いがない。

また、農地法上の「農地」とは、耕作の目的に供される土地をいうが(同法二条一項)、この「耕作の目的に供される土地」とは、現に耕作されている土地のみでなく、たまたま何らかの事情で、現在は一時耕作されていない状態の土地であつても、耕作するつもりになればいつでも耕作できるような土地(いわゆる休耕地)も、農地法制定の趣旨から当然「農地」に含まれるものと解すべきところ、<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、本件土地は前記売買契約締結当時、右にいう休耕地であつたことが認められるから、本件土地は、農地法の適用を受くべき「農地」であつたものというべきである。

ところで、原告は、本件相続により本件土地を取得したとして、その修正申告において、相続財産の価額に本件土地の「相続税財産評価に関する基本通達」による評価額二九九万一、三六〇円を算入し、本件土地の買受残代金一、七一六万四、〇〇〇円及び仲介手数料四八万七、四七〇円合計一、七六五万一、四七〇円を相続債務として計上した(右事実を含め原告のした修正申告の明細が別表(二)の「修正申告」欄のとおりであることは当事者間に争いがない。)ところ、被告は、本件土地は忠作の相続財産ではないし、また右未払金債務は相続債務ではなく、従つて、本件土地及び右債務の価額は本件課税財産に該当せず、前記前渡金(手付金二〇〇万円)のみが、本件相続税額の計算の基礎に算入されるべき課税財産である旨主張するので、以下この点について検討する。

(二)  相続税の課税価格に算入すべき価額は、相続または遺贈の対象となつた財産について当該相続または遺贈のあつた時における価額を評価し、その合計額から相続人の負担に属する被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの及び被相続人に係る葬式費用に相当する金額を控除して計算される(相続税法一一条の二、一三条、二二条)。

ところで、農地の所有権移転を目的とする法律行為については、当事者において農地法三条所定の許可を受けない限り、農地所有権移転の効力を生じないのであるから(同法三条四項)、相続開始前に被相続人が農地の買受契約を締結していたとしても、その生存中に当該農地の所有権移転について右許可を受けていない限り、当該農地は被相続人の所有とはならず、従つて、相続税の課税の対象となる財産とはなり得ないものというべきである。

本件において、前記のとおり、忠作は、岡崎マルサンとの間で昭和四九年一月三〇日に本件土地を買受ける契約を締結したが、所有権移転に関する安城市農業委員会の許可通知を受ける前に死亡したのであるから、本件土地の所有権は忠作には移転するには至らなかつたものというべきである。

従つて、本件土地は、本件相続税の課税の対象となる財産には該らない。

原告は、本件土地は現況雑種地であつて、農地法上の「農地」ではなく、従つて、その所有権移転については同法三条所定の許可は不要であつたから、忠作は前記売買契約締結時に本件土地の所有権を取得しており、また忠作は右契約締結時に本件土地の引渡しを受けて使用収益を始めており、実質的には忠作の資産となつていたのであるから、いずれにせよ、本件土地は相続財産に該当する旨主張する。

しかしながら、本件土地が農地法上の「農地」であることは前記認定のとおりであり、買受土地が相続税の課税の対象となる財産であるか否かは、当該土地が相続開始時において、被相続人の所有に属していたか否かによつて決せられるのであつて、当該土地の引渡しを受けていたか否かによつて決せられるものではないのであるから、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、安城市農業委員会は忠作が死亡した日より前である昭和四九年二月二六日に許可決議をしているのであるから、課税の平等性からしても、相続税額を算出するに際しては、本件土地は相続財産に含まれる旨主張する。

<証拠略>によれば、昭和四九年二月二六日に安城市農業委員会は忠作からの許可申請を審議し、同日許可決議をしたことが認められ、これに反する証拠はない。

しかしながら、右許可決議はもとより安城市農業委員会内部における意思決定にすぎず、いまだ許可として効力を生じていないのであるから、右許可決議によつて、前記売買契約に基づく所有権移転の効力が生ずるものでないことは多言を要しない。

ところで、相続税は相続開始時点における相続財産に課されるものであるから、単に農業委員会内部において許可決議がなされたにすぎず、いまだ買受人たる被相続人に所有権の移転しない農地を相続財産に含めるべき合理的理由は見出し難いのであつて、原告の右主張は理由がない。

さらに、原告は、課税実務においては、農地の譲渡所得、農地の譲渡人側の相続税、譲受人側の贈与税について、農地法三条所定の許可前の申告を認めているのであるから、本件相続税に関しても、忠作の本件土地所有権取得の時期を前記売買契約成立の時として処理されるべきである旨主張するので、右主張の当否について検討する。

所得税基本通達三六―一二(注)によれば、譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期に関し、「農地法三条一項若しくは五条一項本文の規定による許可を受けなければならない農地等の譲渡または同項三号の規定による届出をしてする農地等の譲渡については、当該許可があつた日または当該届出の効力が生じた日と当該農地等の引渡しがあつた日とのいずれか遅い日によるものとする。但し、これらの日のうちいずれか早い日または当該農地等の譲渡に関する契約が締結された日により総収入金額に算入して申告があつたときは、これを認める。」旨定めている。

ところで、譲渡所得とは、資産の譲渡による所得、即ち資産の取得時から譲渡時までのその資産の増加益(譲渡益)をいい、譲渡所得に対する課税は、右譲渡益を所得として、資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨のものである。

しかして、右基本通達の趣旨とは、その所有権の移転について農地法三条所定の許可を法定条件とする農地の譲渡については、当該所得の帰属年度を決定するための原則的基準として右許可のあつた日等をもつて収益計上の時期とし、但し、譲渡所得者より自発的に売買契約締結日を収益計上時期として申告があつた場合には、農地の譲渡人については農地法三条所定の適格性の制限がなく、また譲渡益の金額自体には変りがないことから、右申告を認容しても課税権の行使上特段の支障がないため、例外的に、右申告を認める取扱いをなしているものと解せられる。

一方、相続税は、相続開始という一定時点での相続財産の価額を課税標準として課税されるものであるから、相続、遺贈によつて取得されるべき財産が、相続開始時において確定的に相続財産と評価し得るものでなければならない。

買受農地が確定的に相続財産となり得るためには、相続開始時までに農地法三条所定の許可を受けていることが必要であることは、前判示のとおりであつて、前記基本通達において、農地の譲渡所得に関し、契約締結日をもつて収益計上の時期とすることが認められているからといつて、相続税についても右と同様の取扱いをなし得る合理的理由は存しない。

次に、昭和四八年直資二―六通達によれば、農地の取得時期に関し、「農地等で農地法三条一項もしくは五条一項本文の規定による許可を受けなければならないものの贈与または同項三号の規定による届出をしてする農地等の贈与に係る取得の時期は、当該許可のあつた日または当該届出の効力が生じた日の後に贈与があつたものと認められるものを除き、当該許可のあつた日または当該届出の効力が生じた日とする。但し、次の要件のすべてに該当する農地の贈与については、農地法三条一項もしくは五条一項に規定する許可または同項三号に規定する届出に関する書類を農業委員会に提出した日に当該農地の贈与があつたものとして取扱つても差支えない。

(1)  当該農地の所有権の移転についての許可等の効力が、当該許可等に係る申請書等を農業委員会に提出した日の属する年の翌年一月一日から三月一五日までの間に生じていること。

(2)  当該農地に係る贈与税の申告書が、当該農地の所有権の移転についての許可等の効力が生じた日からその年の三月一五日までの間に提出されていること。」

とされている。

ところで、贈与によつて財産を取得した者は、その年の翌年二月一日から三月一五日までに贈与税の申告をしなければならないことになつているが(相続税法二八条一項)、農地等の贈与について前記(1)、(2)の要件を具備している限り、例外的取扱いを認めても徴税上特段の支障がないため、前記通達による例外的取扱いが講じられているにすぎないものと解するのが相当であつて、相続開始時における確定的な相続財産の価額を課税標準とし、申告期限に関し、贈与税とは別異の定めがなされている相続税においては、贈与税に関する前記通達と同一に取扱うことができないことは明らかである。

また、原告は、課税実務上農地の譲渡人が農地法三条所定の許可前に死亡した場合に、相続人が被相続人の準確定申告をする際、当該農地を売買契約成立日に譲渡があつたものとして申告すれば、当該農地は相続財産に含まれないこととし、代りに売渡代金を相続財産に含める取扱いが認められている旨主張する。

本件各証拠によるも、課税の実務において、右の如き取扱いがなされているか否か明らかではないが、仮に右取扱いがなされていたとしても農地法三条二項各号に掲げる農地の譲渡についての制限はすべて譲受人側の適格性に関するものであつて、農地の譲渡人に関しては右の制限はないのであるから、買受農地の所有権が相続開始時に相続財産に含まれていたか否かが問題とされるべき譲受人側の相続税と前記取扱いとは同一には論じ得ないというべきである。

以上のとおりであつて、本件土地が本件相続財産に含まれる旨の原告の主張は理由がない。

(三)  前記のとおり、農地所有権の移転には、農地法三条所定の許可を要するが、許可を得ていない段階においても、農地の売買契約自体はもとより契約として有効であり、売買契約の成立と同時に、買主は売主に対し、債権的請求権としての所有権移転請求権、所有権移転登記手続請求権、所有権移転許可申請協力請求権を取得し、一方特段の事由の存しない限り、右契約の成立と同時に代金支払義務を負担するに至るものと解するのが相当である。

本件において、忠作は本件土地の売買契約を締結したことにより、岡崎マルサンに対して前記各請求権を取得し、また<証拠略>によれば、代金支払義務の発生は本件土地の所有権移転の時とするなどの約旨は存しないことが認められるから、右契約の成立と同時に、岡崎マルサンに対して代金支払義務を負担するに至つたものというべきである。そして、原告は忠作の死亡により、その遺産相続人として忠作の右売買契約上の権利義務(但し、代金については未払分)を当然に承継したものというべきである。

同様に原告は、忠作が不動産業者に対して負担していた前記仲介手数料債務も相続債務として承継したものというべきである。

右売買代金残額及び仲介手数料は相続債務には該当しないとする被告の主張は理由がない。

(四)  ところで、前記のとおり相続税の課税価格に算入すべき価額は、相続、遺贈の対象となつた財産について当該相続または遺贈のあつた時における価額を評価し、その合計額から相続人の負担に属する被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの及び被相続人に係る葬式費用に相当する金額を控除して計算されるが、相続税法二二条によれば、相続により取得した財産の価額は特別の定めがあるものを除く外、相続開始時の時価によるものとされている。ここで時価とは、当該財産の客観的交換価値をいい、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立する価額をいうものと解するのが相当である。

しかして、本件相続により原告が取得した債権的請求権としての前記所有権移転請求権、所有権移転登記請求権、所有権移転許可申請協力請求権の価額については、何ら特別の定めがないので、右各請求権の価額は相続開始時における時価によることとなるのであるが、右時価は、当該土地の取得価額が通常の取引価額に比して著しく高額であるとか、もしくは低額であるとかの特段の事情がない限り、右取得価額に一致するものと解するのが相当である。

けだし、右のような観点から相続財産の時価が評価される限り、右評価額は相続税の性格・目的に合致した課税標準としての経済的価値を適確に具現しているものと解せられるからである。

本件において、本件土地の取得価額は一、九六五万一、四七〇円(買受代金一、九一六万四、〇〇〇円と仲介手数料四八万七、四七〇円の合計額)であるところ、<証拠略>によれば、忠作・岡崎マルサン間の本件土地売買契約における代金額はその当時において通常の取引価額であつたことが認められ、また宅地建物取引業法及び建設省告示によれば、前記仲介手数料も相当額であることが認められる。

従つて、前記所有権移転許可申請協力請求権等の価額は右一、九六五万一、四七〇円と評価され、右価額は、本件相続により原告が取得した財産の価額に算入されるべきである。

原告は、前記各請求権は本件土地の所有権の取得を唯一の目的とするものであるから、本件土地の「相続財産評価に関する基本通達」による評価額二九九万一、三六〇円を最高限度とし、それ以下で評価すべきである旨主張する。

なるほど<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、税務行政実務上、国税局においては、「相続税財産評価に関する基本通達」、「相続税財産評価基準」を定めており、右によれば、本件土地の評価額は原告の右主張額であることが認められるが、右基本通達等には、その適用すべき財産の中に、前記各請求権等は含まれていないばかりか、右基本通達等は、その規定する各種財産の評価に関し、全国的な課税の公平を期するため課税庁の評価方法として一般的な基準を示したものであつて、そこに定められている方法が絶対的なものではなく、他の方法により、より適確な時価を把握できる場合には、その方法によるのが相当であると解すべきである。

よつて、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、本件土地が雑種地と認められる場合には、その価額は右評価額と同額である旨主張するが、前記認定のとおり、本件土地は雑種地ではないのであるから、右主張も理由がない。

(五)  以上のとおりであるから、本件相続により原告が取得した財産の価額は、原告の修正申告にかかる九、八〇四万〇、二一七円から二九九万一、三六〇円(本件土地の価額)を減算し、本件土地所有権移転許可申請協力請求権等の前記評価額一、九六五万一、四七〇円を加算した一億一、四七〇万〇、三二七円となり、債務及び葬式費用の合計額は修正申告額と同額の二、四五七万九、四五九円となるから、差引純資産価額は九、〇一二万五、三六八円であつて、これに修正申告にかかる贈与財産価額四九〇万五、〇〇〇円を加算すると、課税される財産の価額は九、五〇三万〇、三六八円となり、国税通則法六五条一項によれば、過少申告加算税額は四九万〇、二〇〇円となる。

右は、本件更正処分額、過少申告加算税賦課決定額と同額である。

三  原告は、本件相続税の申告については、被告所属庁の相続税事務担当者の指導を受けて行つたものであるから、本件課税処分は信義誠実の原則あるいは禁反言の原則に反する違法なものであるのみならず、原告には、国税通則法六五条二項所定の「正当な理由」があるから、本件過少申告加算税の賦課決定処分は違法である旨主張するので、この点について検討する。

<証拠略>によれば、原告は、昭和四九年三月七日頃被告所属庁の資産税担当係員に、本件相続税の申告をするについて本件土地の売買残代金債務を相続債務として計上してよいかどうか質問し、同係員より計上してもよい旨の回答を得たこと、さらに本件相続税の申告について原告より委任を受けた税理士訴外永谷博茂は同年三、四月頃被告所属庁の資産税担当係員より右と同様の回答を得ていることが認められる。しかし、<証拠略>によれば、農地法三条所定の許可がない場合の農地について、これが買受人側の相続財産となり得ないことは相続税事務担当者間において周知の事実であつたことが認められ、右事実と<証拠略>を併せ考えると、原告及び訴外永谷博茂は、本件土地は農地法三条所定の申請手続が了されていれば、当然に忠作の相続財産に含まれるものと認識していて、前記質問の際、本件土地の売買契約の経緯、農業委員会の許可の有無等についての詳細は前記係員に説明しなかつたものと窺われることなどからすると、前記係員が原告及び永谷博茂に対し、本件土地が忠作の相続財産に含まれ、しかも本件土地の「相続税財産評価に関する基本通達」による評価額を本件申告の取得財産価額に算入してもよい旨の指導をしたとは認め難く、本件申告について右の如き指導があつたとする<証拠略>は措信し難い。他に原告主張の前記事実を認めるに足る証拠はない。

従つて、原告の前記主張は理由がない。

四  よつて、本件課税処分は適法であるから、その取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本武 浜崎浩一 山川悦男)

別表(一)、(二) <略>

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