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名古屋地方裁判所 昭和52年(ワ)3130号 判決 1981年5月25日

原告 加藤寛成

被告 国 ほか一名

代理人 棚橋隆 横山静 成瀬章 ほか二名

原告補助参加人 株式会社名古屋相互銀行

主文

一  被告川瀬産業株式会社は、原告に対し、原告において別紙目録(一)の所有権移転登記の、(二)及び(三)の各根抵当権設定登記の各抹消登記手続をし、かつ、金四三六万五〇〇〇円を支払うのと引換えに、金四五四三万五一六四円を支払え。

二  原告の被告川瀬産業株式会社に対するその余の請求及び原告の被告国に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用(参加に要した費用を含む)は原告及び補助参加人と被告川瀬産業株式会社との間においては原告及び補助参加人に生じたものを一〇分し、その九を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告及び補助参加人と被告国との間においては全部原告及び補助参加人の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告川瀬産業株式会社は、原告に対し、金四八〇四万三四一六円及び内金三四〇〇万円に対する昭和五一年一一月二〇日から昭和五六年二月一日まで年九・六パーセントの、同月二日から支払い済みまで年五分の各割合による金員を、内金七七〇万円に対する昭和五一年一一月二〇日から支払い済みまで年九・六パーセントの割合による金員を、内金四三一万二五三〇円に対する昭和五三年一月八日から支払い済みまで年五分の割合による金員を、内金一四〇万二五四六円に対する昭和五四年四月二一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を、内金六二万八三四〇円に対する昭和五五年一二月一三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2  被告国は、原告に対し、金二七七五万五八三八円及びこれに対する昭和五一年一一月二〇日から支払い済みまで年九・六パーセントの割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告川瀬産業株式会社)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(被告国の本案前の答弁)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(被告国の本案に対する答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行の宣言が付せられた場合、担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙第一目録記載の土地(以下「本件土地」という。)及び本件土地上に存する別紙第二目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は、もと被告川瀬産業株式会社(以下「被告会社」という。)の所有であつた。

2  被告会社は被告国から差押債権取立訴訟を提起され、これに敗訴し、被告国に対して金一七四五万二二九二円の支払義務を負うことが確定したが、被告会社は右債務を履行せず、被告国は本件建物について強制競売の申立(当裁判所昭和五〇年(ワ)第四二号、以下「本件強制競売」という。)をなし、競売の結果、原告がこれを競落し(昭和五一年四月九日競落許可決定)、本件建物の所有権を取得し、同年一〇月二一日その旨の登記を経由した。

3  被告会社は、昭和四四年六月一八日訴外有限会社大東工務店に対する金二五二万三八八四円の保証金返還債務を担保するために本件建物に抵当権を設定し、同年七月一五日その旨の登記を経由した(以下右抵当権を「本件抵当権」といい、その設定登記を「本件抵当権設定登記」ということがある。)が、右同日、右訴外会社から右債権の一部である金四二万三八八四円が訴外株式会社宇野工務店に、金九〇万円が訴外平工勉にそれぞれ譲渡され、右抵当権のうち右各金額に相当する抵当権持分が移転され、同年一〇月三〇日その旨の登記がなされた。

4  原告は、本件抵当権が存在し、したがつて、本件競売によつて本件建物のために法定地上権が成立すると信じて、本件建物を競落した。

5  ところが、原告から被告会社に対する右法定地上権の存在することの確認を求める訴訟事件(当裁判所昭和五一年(ワ)第二四八二号)において、同裁判所は、昭和五二年一〇月二八日、本件抵当権は登記簿上存在するけれども、本件強制競売以前である昭和四七年二月末日被担保債権が弁済により消滅したものとして、原告の請求を棄却する旨の判決を言渡し、同判決は確定した。

6  以上のとおり、原告は、本件競売の目的を達することができなくなつたので、本訴状をもつて被告会社に対し、民法五六八条、同五六六条に基づく解除の意思表示をなし、右訴状は昭和五三年一月七日被告会社に到達した。

7  被告らは、本件強制競売に際し、本件法定地上権の欠缺を知りながら、被告会社においてはこれを申し出ず、被告国においては強制競売の申立をした。

8  被告国は本件強制競売により配当額金二七七五万五八三八円を受領したが、被告会社は無資力である。

9  原告は、法定地上権が存在するものと信じ、左記金員を左記日時までに支出した。

(一) 競落代金 昭和五一年一月二〇日 金四一七〇万円

(二) 登録免許税 同年一一月二一日

(1) 所有権移転登記分 金八七万五〇〇〇円

(2) 抹消登記分 金五〇〇円

(三) 不動産取得税 昭和五二年八月二日 金五二万五〇三〇円

(四) 固定資産税、都市計画税

(1) 昭和五二年度分 昭和五三年三月末日 金二八万〇〇一〇円

(2) 昭和五三年度分 昭和五四年三月末日 金二八万八七六〇円

(3) 昭和五四年度分 昭和五五年三月末日 金二九万三一三〇円

(4) 昭和五五年度分 同年一二月一二日  金二二万三二一〇円

(五) 保証金返還金 昭和五二年一〇月五日 金一〇〇万円

(六) 改装左官工事一式、エレベーター整備、塗装工事一式の株式会社村松工務店に対する請負代金

昭和五二年一一月一八日 金一八〇万円

(七) エレベーター定期点検料等

(1) 定期点検料 昭和五二年七月から昭和五三年九月まで毎月各金三万円 計金四五万円

(2) 官庁検査料 昭和五三年四月と昭和五四年四月の二回分 計金一二万円

(1)(2)双方の最終支払日 昭和五四年四月二〇日 右合計金五七万円

(八) 水道料金 昭和五一年九月分から昭和五三年一月分まで 計金二〇万七七七六円

(九) 火災保険料

原告は、住友海上火災保険株式会社との間で昭和五一年一一月二日から期間を一年と定めて本件建物につき火災保険契約を締結し、毎年更新して、昭和五五年まで各年の一〇月三一日に各金五万六〇〇〇円を支払つた。

(1) 昭和五一年及び昭和五二年分 計金一一万二〇〇〇円

(2) 昭和五三年分          金五万六〇〇〇円

(3) 昭和五四年及び昭和五五年分 計金一一万二〇〇〇円

右合計金 二八万円

(一〇) 以上(一)ないし(九)の合計額は金四八〇四万三四一六円であり、原告はこれを後記のとおり原状回復金として被告会社に対し支払を求める。

10  原告は、本件強制競売に基づく売買契約の解除に伴う原状回復として右9記載の金員の支払いを受けても、なお左記の損害が生ずる。

(一) 右9(一)競落代金のうち、金三四〇〇万円は、原告が昭和五一年一一月二〇日名古屋相互銀行から年利率九・六パーセント、弁済期昭和五六年二月一日との約定で借入れた金員であり、原告は右利息の支払いを余儀なくされており、その間の利率相当分の損害を被つた。

(二) 右9(一)競落代金のうち、金七七〇万円は、右(一)の借入と同日、原告の預金から引き出したもので、少くとも借入日から支払済みまで右(一)と同じ利率相当分は得べかりし損害となる。

11  よつて、原告は被告会社に対して、本件強制競売に基づく本件建物の売買契約の解除に伴う前記の原状回復及び損害賠償として金四八〇四万三四一六円及び内金三四〇〇万円に対する利息発生の日である昭和五一年一一月二〇日から弁済期である昭和五六年二月一日まで借入金の利率年九・六パーセントの割合による損害金、同月二日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、内金七七〇万円に対する預金払戻しの日である昭和五一年一一月二〇日から支払い済みまで借入金の利率相当である年九・六パーセントの割合による損害金の、内9(二)、(三)、(五)、(六)及び(九)の(1)の合計額である金四三一万二五三〇円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五三年一月八日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、内9(四)の(1)、(2)、(七)、(八)及び(九)の(2)の合計額である金一四〇万二五四六円に対する弁済期後の昭和五四年四月二一日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、内9(四)の(3)、(4)及び(九)の(3)の合計額である金六二万八三四〇円に対する弁済期ののちである昭和五五年一二月一二日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求め、被告国に対し、民法五六八条二項、三項、五六六条に基づき、右被告会社に対する請求金額のうち金二七七五万五八三八円及びこれに対する競落代金を納付した日である昭和五一年一一月二〇日から支払い済みまで借入金約定利息の利率である年九・六パーセントの割合による損害金の支払いを求める。

二  被告国の本案前の抗弁

原告の被告国に対する請求は、民法五六八条二項、三項に基づくものであるところ、同条項における債権者(被告国)の責任は、第二次的な担保責任であり、第一次的債務者である被告会社と同一訴訟においてなす請求は主観的予備的請求に該当し、不適法である。

三  右本案前の抗弁に対する認否

争う。

四  請求原因に対する認否

(被告会社)

1 請求原因1、2の事実は認める。

2 同3の事実のうち主張に係る各登記が経由されたことは認める。

3 同4の事実は否認する。

4 同5の事実は認める。

5 同7の事実は否認する。原告は、被告会社に対し何らの問合わせもしなかつたのであり、被告会社において法定地上権の欠缺につき申し出る義務はなく、したがつて「過失」はない。

6 同9、10の事実は知らない。

7 同11の主張は争う。本件において民法五六六条二項前段を類推適用して同法五六八条による解除を認めるべきではない。

(被告国)

1 請求原因1、2の事実は認める。

2 同3の事実のうち主張に係る各登記が経由されたことは認める。

3 同4、5の事実は知らない。

4 同7の事実は否認する。

5 同8の事実中、被告国が主張の配当金を受領したことは認めるが、その余は否認する。

6 同9、10の事実は知らない。

7 同11の主張は争う。原告の主張する「瑕疵」は、「法律的権利の瑕疵」として、民法五七〇条にいう瑕疵であり、同法五六六条の「瑕疵」ではない。したがつて、同法五六八条二項、三項に基づく本請求は失当である。

五  被告会社の抗弁

1  除斥期間満了

(一) 被告会社は、昭和五一年一一月一三日頃、原告に対し、法定地上権が存在しない旨を通知し、その頃原告はこれを了知した。

(二) 原告が本訴を提起し、原状回復及び損害賠償を求めたのは昭和五二年一二月二七日であり、右了知の時から除斥期間である一年を経過した後である。

2  先履行等

(一) 原告は本件建物について(イ)別紙登記目録(二)記載のとおり株式会社名古屋相互銀行のために昭和五一年一一月一八日極度額三〇〇〇万円の根抵当権を設定した旨の登記、(ロ)同目録(三)記載のとおり加藤公成のために昭和五二年五月一七日極度額二二〇〇万円の根抵当権を設定した旨の登記を各経由しているが、原告は本訴請求に先立つて、右各登記の抹消登記手続をなすべきである。

(二) 仮に、右義務が本訴請求に対し先履行の関係にないとしても、同時履行の関係にある。

3  先履行等

(一) 原告は本件建物について所有権移転登記を経由した日である昭和五一年一〇月二一日以降昭和五三年一月分まで本件建物の賃借人らから一か月あたり金六五万円の賃料を受領しているが、右は、本訴請求に先立つて被告会社に返還されるべきである。

(二) 仮に、右義務が本訴請求に対し先履行の関係にないとしても、同時履行の関係にある。

4  同時履行

原告は、本訴請求と引換えに、別紙登記目録(一)の本件強制競売によつて取得した本件建物の所有権移転登記の抹消登記手続又は被告会社に対する移転登記手続をなすべきである。

六  右抗弁に対する認否

1  右抗弁1(一)の事実は否認する。右通知は被告会社の主張にすぎず、これをもつて不存在の事実を知つたとはいえない。

同2(二)の本訴提起日の事実は認めるが、除斥期間後であることは否認する。

2  同2(一)の登記の存在の事実は認めるが、先履行の主張及び同2(二)は争う。

3  同3(一)の事実は否認する。同3(二)は争う。

4  同4の事実のうち、本件建物の登記が原告にあることは認めるが、同時履行の関係にあることは争う。

第三証拠 <略>

理由

(被告会社に対する請求について)

一  請求原因1、2、5の各事実及び同3の事実のうち原告主張の各登記が経由された点については当事者間に争いがなく、被告会社は同3の事実のうちその余の点を明らかに争わないから自白したものとみなすべく、同6の事実は当裁判所に顕著な事実であり、<証拠略>によれば、本件強制競売は、本件建物に設定された本件抵当権が有効に存在し、したがつて、裁判所の命じた鑑定人の鑑定評価においても、法定地上権が成立することを前提として、その地上権価格を算定し、これに建物の価格を合算して、鑑定評価額が算出されたうえ、本件各抵当権にかかる被担保債権も残存するものとして配当表が作成されたこと、また、原告は不動産登記簿及び競売記録によつて以上の事実を確認し、当然に法定地上権が成立するものと信じて右鑑定評価額を若干上回る価額で本件建物を競落し、その代金を支払つたことが認められ、他にこれを覆すに足る証拠はない。

以上の各事実によれば、法定地上権の存在は本件建物競売の内容となつており、独立にその価格が評価され、これを確認して競落人が競落したところ、既に数年前に抵当権の被担保債権が消滅していたことにより、その建物の使用収益を全うすべき用益的権利である法定地上権が存在しなかつたというのであり、これらの事実のもとでは、民法五六六条二項前段を類推適用して、その不存在を知らなかつた競落人である原告は、その目的を達しえないものとして同法五六八条により競売(担保責任の関係では売買)を解除して原状回復を求めることができるものと解するのが相当である。けだし、同法五六八条一項、五六六条一項の明文により競落人が保護を受ける地役権が存在しなかつた場合に比べ本件の場合の競落人を保護する必要性は劣らず、また、右のように抵当権の被担保債権が消滅しているか否かは、債務者においては明らかであるのに対し、競落人においては各抵当権の被担保債権が存するか否かをその都度確認することは困難であり、右規定の類推適用を拒むときは、競落人にきわめて難事を強いることになるからである。そればかりでなく、更に、同法五七〇条但書において、物に隠れたる瑕疵があるときにつき、強制競売の場合は担保責任を生じないとする理由は、物の性状における隠れた瑕疵というものは債権者においては知りえず、また競売自体が債務者(売主)の意思に基づくものではないこと、及びその物を現状のまま競売するという競売手続の性質から、その瑕疵の危険はその物を見て買受ける競落人に負担させるのが相当と解せられるからであるが、しかし、本件の場合は、競売手続において前記のとおり積極的に法定地上権の存在が明示され、建物価格をはるかに上回る地上権価格が鑑定評価額に加えられ、現に原告はその評価額を上回る競売代金を支払い、右代金は被告会社の債務の支払に充当されているのであつて、このような場合同法五七〇条但書によりそれを信頼した競落人を犠牲にしてまで被担保債権の消滅を知りながら数年間抵当権の設定登記を放置していた債務者に本来与えられる以上の代金を与えてこれを保護し、競売手続の安定をはかることは著しく正義に反するというべきであつて、このように適正な手続と当事者の平等を歪めてまで右但書を適用してその担保責任を否定するのが法の趣旨とは到底解されない。

二  そこで、原告が競売(売買)の解除によつて、被告会社に対し原状回復として求めることができる費目及び金額について検討する。

1  競落代金

<証拠略>によれば、昭和五一年四月九日、本件建物について金四一七〇万円で競落を許可する旨の決定がなされ、原告において同年一〇月二〇日右代金を納付したこと、右代金納付により被告会社は配当剰余金一〇六七万四〇五二円、配当異議により取得した金三六三万〇八五九円、被告国に対する債務の消滅による金二七二四万五一四三円の右合計金四一五五万〇〇五四円を利得したことが認められ、右事実によれば、被告会社は右利得を越えて原告に対し原状回復として支払う義務はないから、原告に対し被告会社が返還すべき代金額は金四一五五万〇〇五四円と解するのが相当である。

2  登録免許税

<証拠略>によれば、昭和五一年一〇月二一日本件建物につき原告名義をもつて競落を原因とする所有権移転登記手続並びに本件建物に存した債権者を被告国とする仮差押登記及び前記強制競売の申立登記の各抹消登記手続がなされたこと、そして、本件建物の課税評価額は金一七五〇万一〇〇〇円であり、その登録免許税額は金八七万五〇〇〇円(不動産価額の一〇〇〇分の五〇、但し、一〇〇〇円未満は切捨)となり、また前記各抹消登記の登録免許税額は金五〇〇円であり、原告はおそくとも競落を原因とする所有権移転登記がなされた昭和五〇年一〇月二一日までに右免許税を納付したことが認められる。しかしながら、右登録免許税はいずれも競落人である原告の負担すべきものであつて、これを原告が負担することによつて被告会社が利得したものということはできないので、原告は原状回復としてこれを被告会社に求めることはできないものと解するのが相当である。

3  不動産取得税

<証拠略>によれば、原告は本件建物を取得したことによつて昭和五一年度不動産取得税として昭和五二年六月二日に金二七万五〇三〇円、同年八月二日に金二五万円、合計金五二万五〇三〇円を納入した事実を認めることができるが、右は原告が不動産を取得するものと信じて支出した費用ではあつても、被告会社がそのために支出を免れたということはできないので、原告は被告会社に対し、原状回復としては、その費用の支払を求めることはできないといわねばならない。

4  固定資産税、都市計画税

<証拠略>によれば、原告は昭和五五年一二月一二日までに請求原因9(四)(1)ないし(4)各項記載の固定資産税及び都市計画税として合計金一〇八万五一一〇円を納入している事実を認めることができるが、その支払期日については、<証拠略>によつても、昭和五四年四月二〇日までに昭和五二年度分金二八万〇〇一〇円及び昭和五三年度分の一部である金二一万六六六〇円を納入した事実が認められるにとどまり、それ以上に原告の主張する期日までにそれぞれの金額が納付されたことを認めるに足る証拠はない。ところで、右固定資産税及び都市計画税は本件建物を保有することによつて、その者に対し、建物の価格を課税標準として課せられる公課であつて、本件建物を保有するに必要な費用と解すべきであるから、原告は被告会社に対し、右費用を請求することができるものと解するのが相当である。

5  保証金返還金

<証拠略>によれば、原告は本件建物を競落し、所有権移転登記を経由することにより、被告会社から本件建物についての賃貸人たる地位を承継し、これとともに、賃借人に対する保証金返還債務を引受けたこと、原告が本件建物の地階を賃借していた雅城園こと山内留男に対し、昭和五二年一〇月五日敷金一〇〇万円を代理人数井弁護士を通じて返還したことが認められ、右事実によれば、右支出は本件建物の収益と密接な関連を有する費用として、原状回復の対象となるものと解すべきである。したがつて、原告は被告会社に対し、金一〇〇万円を請求することができるものと解するのが相当である。

6  改装左官工事一式、エレベーター整備、塗装工事一式の請負代金

<証拠略>によれば、原告は本件建物の改装左官工事、エレベーター整備、同塗装工事を株式会社村松工務店に請負わせ、右村松工務店は各工事を施行し、昭和五二年五月六日改装左官工事一式について金七万円、同年四月八日エレベーター整備について金一五五万円、同塗装工事について金八万円、諸経費一式について金一〇万円、合計金一八〇万円を原告に対し請求し、原告は同年五月六日から同年一一月一八日までに分割して右合計金額を村松工務店に支払つたこと、しかして、右にいわゆるエレベーター整備費用というのは、従来、右エレベーターには各階に止まる装置がなかつたので、同年三月に、各階に停止できるよう右修理・整備をなしたものであることが認められる。

ところで、右費目のうち改装左官工事金七万円及び塗装工事金八万円は、その費目、金額に照らし本件建物を賃貸目的で使用収益するにおいて必要性及び相当性が推認でき、また右エレベーターの整備費についても、本件建物が別紙第二目録記載のとおり地上六階、地下一階の居住用建物であることに照らし、各階に停止できる装置を設置することは必要な工事と認められ、また、以上の工事費及び修理費等に徴し、諸経費一式として金一〇万円を要したこともまた必要な費用と認められ、したがつて、右請負代金額は必ずしも不相当のものということはできず、その必要性及び相当性は肯認できるから、原告は被告会社に対し、右合計金額金一八〇万円を原状回復として請求できると解するのが相当である。

7  エレベーター定期点検料等

<証拠略>を総合すると、原告は昭和五二年七月一日名古屋市緑区にある株式会社親和工業との間で、本件建物の乗用エレベーター七階停止式について、右親和工業において毎月定期点検を行ない、毎年一回建築基準法による定期検査(官庁検査)を法定諸事項について行なうこととし、これに対し、原告は、毎月の定期点検につき月額金三万円、官庁検査につき年一回金六万円を支払うことを約したこと、親和工業は昭和五二年七月から昭和五三年九月までの間各月定期点検を、同年四月に官庁検査をそれぞれ行ない、その総額は金五一万円となつたが、原告はそのうち、金三三万円を支払つたこと、原告は更に昭和五四年四月にも親和工業に金六万円を支払つたこと、本件競売以前に被告会社が本件建物を管理していたころは、賃借人は家賃とは別に共益費を支払つており、右共益費にはエレベーターの修理点検費も含まれていたこと、現在、エレベーターの修理点検費として月三万円を各賃借人に分担してもらつて、被告会社は一括して修理屋に支払つていることが認められ、右認定の事実によれば、原告がエレベーターの修理点検費等として金三九万円を支払つたとしても、従来、右定期点検費月額三万円については家賃とは別に共益費として賃借人から徴収していたものであり、現在においても被告会社が賃借人らから受領して、これを一括して修理・点検費として支払つている事実に照らして、原告の右支払いによつて、被告会社が支払いを免れ、利得したということはできず、したがつて、右費用について原告は被告会社に対し、原状回復としてその支払いを求めることはできないものというべきである。

8  水道料金

<証拠略>によれば、原告は、昭和五一年九月分から昭和五三年一月分までの本件建物の水道料金について金二〇万七七七六円の請求を受け、その支払いをなしたこと、右水道料金について本件競売以前には、被告会社は賃借人から共益費として徴収して支払つていたことが認められる。ところで、一般の賃貸ビルにおいては、特に水道料金を賃貸人の負担とする旨定めたり、または、その立地、面積等に比し、不相当に高価な賃料を徴収するなどの特段の事情がない限り、水道料金及び光熱費等は賃借人において負担する約定と解するのが相当である。そして、本件建物に関しては、右特別の定め、その他特段の事情について何らの主張立証もなく、これに右に認定した従前の経緯をあわせ考えると、原告の支払つた水道料金は、本来、賃借人の負担に帰すべきものであり、原告の右支払いにより、被告会社が不当に利得したものとは認められないから、原告は被告会社に対し、原状回復として、前記水道料金の支払いを求めることはできないものというべきである。

9  火災保険料

<証拠略>によれば、原告は昭和五一年一一月二日、住友海上火災保険株式会社との間で、期間を一年と定めて本件建物について火災保険契約を締結し以来、毎年更新して昭和五五年一〇月三〇日まで五回にわたり毎年各金五万六〇〇〇円の保険料を支払つたこと、被告会社は従前火災保険料を賃借人から共益費としては徴収していなかつたことが認められる。右認定の事実によれば、原告と住友海上火災保険株式会社との間の火災保険契約は、昭和五一年一一月二日から始まり一年毎に更新され、昭和五五年一一月二日の更新まで継続したもので、また一年間の保険料は金五万六〇〇〇円であると認められ、他にこれを覆すに足る証拠はない。そして、右事実によれば、毎年新たな保険証券が作成され、右更新に際し、その都度、保険料が支払われたと推定され、そうすると、遅くとも、各年度とも一一月二日には毎年の保険料が支払われたとみるのが相当である。しかしながら、本件建物が被告会社の所有に属していた当時、被告会社において本件建物に火災保険を付していた等の事情がある場合は格別、被告会社代表者尋問の結果によれば、被告会社は建設当初の一、二年間は本件建物に火災保険をつけていたが、本件建物が鉄筋コンクリート造りであつて防火設備もあるので、その後は火災保険をつけていなかつたことが認められ、右事実に照らし、原告が本件建物に関し保険料を支払つたことが建物保全のための必要経費であつたとしても、これがために被告会社が支出を免れたものということはできないので、原告は原状回復として、その費用の支払を求めることはできないものといわなければならない。

10  以上認定の事実によれば、原告が被告に対し、原状回復として、その支払いを求めることができる金額は、合計金四五四三万五一六四円となる。

三  次に、原告は、被告会社が本件法定地上権の欠缺を知りながら申し出なかつたことを理由に、原告が本件建物を競落するために金融機関から借り出した金員の利息分または自己の預金から引き出した金員の利息分を原告の被つた損害として請求するので検討する。

思うに、民法五六八条にいわゆる売主の担保責任については、買主が契約を解除した場合、原則として、売主に原状回復義務を認め、損害賠償義務については、同条三項所定の場合についてのみこれを課することとし、もつて競売の場合における信用の保持及び当事者間の公平をはかるものとしていることに鑑みると、債務者(売主)の負担すべき損害賠償の範囲も売買の目的たる不動産のために存せりと称した地役権(本件においては法定地上権)が存在しなかつたときに、売主がこれを買主に移転することができないことを知つていたならば買主において被ることがなかつたであろう損害すなわち信頼利益の賠償に限られ、債務不履行の場合のように契約が有効に存在することを前提として売買の目的物に瑕疵がなかつたならば買主が得たであろうすべての利益を損害とする履行利益の賠償には及ばないものと解するのが相当である。しかしながら、原告主張の競落代金を調達するために借り受け、または預金から引き出した金員の金利負担分は右にいわゆる相当因果関係のある信頼利益にはあたらないので、その余の点について検討するまでもなく、原告の右損害賠償の請求は理由がないものといわなければならない。

四  そこで、被告会社の抗弁について検討する。

1  除斥期間満了について

<証拠略>によれば、被告会社が昭和五一年一一月一三日原告に対し、内容証明郵便をもつて法定地上権が存在しない旨を通知した事実が認められるが、その理由とするところは、強制競売によつて本件建物を取得したのであるから法定地上権は成立しないというのであり、本件抵当権が被担保債権の消滅によつて既に消滅していたことを理由とするものではないのみならず、<証拠略>によれば、当時、法定地上権の存否につき当事者間に争いがあり、原告は同年末頃、被告会社を相手方として当裁判所に法定地上権存在確認請求の訴を提起し、その訴訟において初めて被告会社から本件抵当権の被担保債権が弁済により消滅している事実が主張、立証され、昭和五二年一〇月二八日、右被担保債権消滅により本件抵当権が消滅していたから法定地上権は成立しないことを理由に原告の請求を棄却する旨の判決が言渡されたことが認められ、以上の事実を総合すると、原告が法定地上権が存在しないことを知つたのは早くとも右同日以降であり、これに対し原告が本訴を提起し被告会社に対し、解除に基づく原状回復を請求したのは同年一二月二七日であることは当事者間に争いがなく、そうすると、被告会社の一年の除斥期間が経過した旨の主張は理由がないというべきである。

2  根抵当権の抹消登記について

本件建物の登記簿に被告会社の抗弁2(一)記載の(イ)、(ロ)の各登記がなされていることは当事者間に争いがなく、右各登記が本件強制競売後になされたことはその設定期日から明らかであり、原告は本件建物の競売の解除に伴う原状回復として、被告会社に対し、右各登記の登記権利者と協力して右各登記を抹消する義務を負うといわねばならない。そして、一般に、双務契約の解除による原状回復義務は相互に同時履行の関係に立つのであるから、強制競売の解除である本件についても、これを類推して、原告と被告会社の原状回復義務は同時履行の関係に立つものというべきである。そうすると、原告の本訴請求は右各登記の抹消登記手続と引換えにのみ認められるものというべきである。なお、被告会社は右各登記の抹消登記手続は、本訴請求に先立つてなさるべきであるとの主張は右説示するところに照らして採用することができない。

3  受領賃料について

<証拠略>を総合すると、原告は本件建物について所有権移転登記を経由した昭和五一年一〇月二一日以降、本件建物の賃借人から賃料を受領する資格を取得するに至つたこと、本件建物の賃借人及び月額賃料は本件競売当時は左のとおりであつたこと、

(一) 一・二階 有限会社川瀬書店     一三万三七五〇円

(二) 三階   数井恒彦法律事務所     八万〇〇〇〇円

(三) 四階   アサヒスタジオ       六万五〇〇〇円

(四) 五階   株式会社商工信用センター  七万五〇〇〇円

(五) 六階南側 スタジオ岡田陽吉      三万五〇〇〇円

(六) 六階北側 株式会社中央産経協会    五万〇〇〇〇円

(七) 地階   雅城園こと山口留男     八万七〇〇〇円

(八) 屋上   愛知県第一官報販売所    二万〇〇〇〇円

原告は、昭和五三年六月一五日右賃借人のうち、(二)、(四)、(五)、(六)の者を相手方として当裁判所に対して仮払仮処分命令の申請をしたが、その際、支払いを求めた賃料は、(二)については昭和五一年一一月一日約定の月額賃料金一二万円を昭和五三年一月分から、(四)については昭和五一年一一月一日約定の賃料同額を昭和五三年二月分から、(五)については昭和五一年一一月四日約定の賃料金五万五〇〇〇円を昭和五二年一一月分から、(六)については昭和五一年一一月六日約定の賃料金七万五〇〇〇円を昭和五二年二月分から、それぞれ昭和五三年五月分までの合計金額であつたこと、(一)については昭和五二年一二月分まで支払いがなされたことが認められ、以上の事実によれば、原告は本件建物競落後、少なくとも(二)、(四)、(五)、(六)については新たに右仮払いを求めた月額に賃料を増額し、右仮払いを求めた前月までの賃料を受領していたこと、他の(一)、(三)、(七)、(八)については仮払いの申請がなされておらず、したがつて支払いまたは供託がなされていたことが推認され、一部右認定に反する原告本人の供述は措信することができず、他にこれに反する証拠はない。右認定の事実によれば、原告は少なくとも昭和五一年一一月分から(二)については昭和五二年一二月分まで月額金一二万円の計金一六八万円、(四)については昭和五三年一月分まで月額金一二万円の計金一八〇万円、(五)については昭和五二年一〇月分まで月額金五万五〇〇〇円の計金六六万円、(六)については同年一月分まで月額金七万五〇〇〇円の計二二万五〇〇〇円、右合計金四三六万五〇〇〇円の賃料を受領していたものと認めることができ、右は本件建物の法定果実であるから、被告会社は本件解除に基づく原状回復として原告に対し、右金員の支払いを求めることができ、原告の被告会社に対する右支払義務は、原告の被告会社に対する本訴請求と同時履行の関係に立つものというべきであるから、原告は被告会社に対し、右支払いと引換えに本訴請求をなしうるものと解すべきである。なお、被告会社は右賃料の支払は先給付の関係にある旨主張するが、右説示するところに照らして採用するをえない。

4  所有権移転登記の抹消について

原告が本件建物を競落し、昭和五一年一〇月二一日所有権移転登記を経由したことは当事者間に争いがなく、原告が本件競売を解除したことにより、本件建物の所有権は被告会社に復帰したものと認められ、原告は被告会社に対し解除に基づく原状回復として右所有権移転登記の抹消登記手続をなす義務があり、右義務は原告の本訴請求と同時履行の関係に立つものというべきことは前同様であるから、原告の被告会社に対する本訴請求は右抹消登記手続と引換えになされるべきである。

五  次に、原告は、前記認定の原状回復としてその支払いを求める金員につき弁済期後の遅延損害金を請求するけれども、同時履行の抗弁権を有する被告会社は履行期を徒過しても遅滞の責を負うものではないから、右請求は理由がないものといわなければならない。

六  以上説示のとおり、原告の被告会社に対する請求は原告において別紙目録(一)ないし(三)の各登記の各抹消登記手続及び金四三六万五〇〇〇円を支払うのと引換えに金四五四三万五一六四円の支払を求める限度において理由があり、その余は理由がないものといわなければならない。

(被告国に対する訴について)

被告国は、本件訴がいわゆる主観的予備的併合に該当する旨主張し、訴の却下を申し立てているので、まず、この点について検討する。

いわゆる主観的予備的併合として訴の適否が議論されるのは、ある法主体に対する主位請求が認容されない場合を慮つて、その認容を解除条件として、別の法主体に対する副位請求につき審判を求めるという訴の併合であり、両請求が排斥的関係に立つ場合である。ところで、原告の被告会社に対する請求は民法五六八条一項、三項に基づくものであり、被告国に対する請求は同条二項、三項に基づくものであるところ、右の場合、債務者である被告会社が第一次的な担保責任の主体であつて、競落人たる原告が配当を受けた債権者である被告国に対し請求できるのは、被告会社が無資力である場合に限られる。しかし、そのことは、被告会社に対する請求が認容されれば、被告国に対する請求が認容されないという関係に立つ趣旨ではなく、仮に、被告会社に対する請求が認容されても、被告会社が右認容額を弁済する資力を有しない場合は、原告は更に被告国に対し請求することができるのである。そうすると、原告の被告らに対する両請求は、一方の認容を他方の請求の解除条件とするものでもなければ、両立しえないものでもないから、これをもつて予備的併合ということはできず、これを前提として請求の却下を求める被告国の主張はいわゆる主観的予備的併合による訴の適否について触れるまでもなく理由がない。

(被告国に対する請求について)

一  請求原因1、2及び同3の事実のうち原告主張の各登記が経由された点については当事者間に争いがなく、被告国は同3の事実のうちその余の点を明らかに争わないから自白したものとみなすべく、同6の事実は当裁判所に顕著な事実であり、<証拠略>によれば、請求原因4及び5の事実を認めることができる。

二  そこで、被告会社が無資力であるか否かにつき検討する。

<証拠略>によれば、被告会社は、昭和五一年一〇月二〇日作成の本件強制競売の配当表に基づき、剰余金として金一〇六七万四〇五二円の配当を受けたこと、その後被告会社は右配当表に記載のある有限会社大東工務店、株式会社宇野工務店、平工勉の債権が既に弁済により消滅している旨主張して、配当異議訴訟を提起し、その結果、被告会社は勝訴し、その頃右判決が確定したこと、右不存在と確定した配当額は合計金三六三万〇八五九円であることが認められ、そして、本件建物及びその敷地が被告会社の所有であつたことは前記のとおり当事者間に争いがなく、本件建物の競売が解除されれば、本件建物は被告会社の所有に復し、他に特段の事情の認められない本件においては、被告会社はその敷地所有権とともに一体としてこれを使用収益できるものと認められる。

以上の事実を総合すると、被告会社において原告に対する現状回復義務を履行する資力がないとは認められず、したがつて、被告会社は無資力であるということはできない。

三  更に、被告国が法定地上権の存在しないことを知つて競売申立をしたか否かにつき検討するに、本件全証拠によつても右事実を認めることはできず、したがつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告国に対する本訴請求は理由がないものといわなければならない。

(むすび)

よつて、原告の被告会社に対する請求は前記説示の限度においてこれを認容し、その余の被告会社に対する請求及び被告国に対する請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条ないし九四条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白川芳澄 成田喜達 大塚正之)

別紙 第一目録、第二目録、登記目録 <略>

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