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名古屋地方裁判所 昭和48年(行ウ)32号 判決

原告 石黒巌

被告 一宮税務署長

訴訟代理人 岸本隆男 服部一磨 ほか三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告)

被告が昭和四六年六月二八日付でなした原告に対する昭和四三年分ないし四五年分の各所得税更正処分ならびに過少申告加算税賦課決定処分(但し、昭和四五年分については裁決により一部取消後の分)をいずれも取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文と同旨。

第二主張

(原告)

請求原因

一  原告は被告に対し、昭和四三年分ないし四五年分の所得税につき別表(一)ないし(三)(課税処分表)の各「確定申告額」欄記載のとおり確定申告をなした。

二  これに対し、被告は、昭和四六年六月二八日付で右別表(一)ないし(三)の各「更正および賦課決定額」欄記載のとおり更正ならびに過少申告加算税賦課決定(以下、これらを本件課税処分という)をなした。

三  そこで、原告はこれに対し異議申立をしたところ、被告は昭和四六年一一月八日付で、昭和四三、四四年分につき棄却の、昭和四五年分につき別表(三)の「異議決定額」欄記載のとおりの決定をなした。

四  さらに、原告は昭和四六年一二月七日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は昭和四八年九月三日付で、昭和四三、四四年分につき棄却の、昭和四五年分につき別表(三)の「裁決額」欄記載のとおりの裁決をなした。

五  しかしながら、本件課税処分は適法手続にもとづかず、かつ理由のない推計課税によるものであるから違法である。

よつて、原告は被告に対し、本件課税処分(但し、昭和四五年分については裁決により一部取消後の分)の取消を求める。

(被告)

請求原因に対する認否

請求原因第一ないし第四項の事実はすべて認め、同第五項は争う。

被告の主張

一  原告は、本件係争年当時、稲沢市中ノ庄町辻畑一二九番地において、主として木造建築工事業を営むかたわら農業を営んでいた。

二  推計課税の許容性について

被告は、原告から提出された確定申告書を調査したところ、申告書の事業所得金額欄には収入金額および所得金額が記載されているのみで、所得金額算定の基礎たる必要経費の記載がなく、しかも収支計算書の添付もなく、原告の営業の実態等に照らして過少な申告と認められたので、原告の申告した所得金額がはたして所得税法の規定に基づいて正当に算出されているか否かを確認する必要があつたので、昭和四五年一〇月頃から係員をして原告宅に赴かせ、実地に調査を行なわせた。ところが、原告は、右係員が再三にわたり営業に関する帳簿書類の提示を求め、かつ営業概況および事業所得金額の計算根拠等について説明を求めたのに、これに応じなかつたので、被告は原告の事業所得金額を実額で把握することができなかつた。

そこで、被告は、やむを得ず原告の取引の状況あるいは原告の事業規模等について調査を行なつたうえ、推計により、原告の係争各年分の事業所得金額を算定し、本件課税処分をなしたものである。

三  総所得金額の算定について

営業所得金額の算定については、被告は、原告の取引先を調査して仕入金額、売上金額を把握し、これと同業者の平均算出所得率を基礎として、推計により、本件係争各年分の営業所得金額を算定した。なお、原告には農業所得があるので、原告の申告した農業所得金額を加え、また昭和四三年分については、土地の譲渡所得があるので、これを加えた。

右総所得金額の内容は別表(四)(総所得金額計算表)記載のとおりであり、その明細は以下のとおりである。

1 営業所得金額

(一) 材木仕入金額

昭和四三年分 六、六九三、二四二円

昭和四四年分 八、〇七六、五八六円

昭和四五年分 九、七〇五、二九四円

原告の建築工事のための主要材料である材木の仕入先は、合資会社加藤材木店、株式会社真野木材商会、中村木材株式会社であり、その仕入金額である。

(二) 売上金額

(1) 昭和四三年分 一二、七一七、二〇三円

被告は原告の昭和四三年分の売上金額を実額で把握できなかつた。そこで、原告の期首期末のたな卸資産の金額および事業の状況が昭和四四年分とさして変動がないと認められるところから、被告の把握した昭和四四年分の材木仕入金額八、〇七六、五八六円の同年分の売上金額二六、二〇一、七〇三円に対する割合〇・三〇八二を昭和四三年分の材木仕入金額六、六九三、二四二円に適用して、昭和四三年分の売上金額を推計した。

(2) 昭和四四年分 二六、二〇一、七〇三円

その明細は別表(五)(昭和四四年分売上金額明細表)記載のとおりである。

(3) 昭和四五年分 二〇、五四五、七九二円

その明細は別表(六)(昭和四五年分売上金額明細表)記載のとおりである。

(三) 算出所得率

昭和四三年分 一〇・四七パーセント

昭和四四年分 一一・一三パーセント

昭和四五年分 一二・一六パーセント

一宮税務署管内において木造建築工事業を営む個人事業者で、昭和四三年分ないし四五年分の所得税の青色申告者の中から、原告の営業規模と同程度と認められる同業者として昭和四三年分七名、昭和四四年分一〇名、昭和四五年分一一名を選定し、その各平均算出所得率を計算したところ別表(七)(平均算出所得率計算表)記載のとおりであるので、これを原告の各年分の算出所得率とみなした。

(四) 算出所得金額

昭和四三年分 二、二七三、七九一円

昭和四四年分 二、九一六、二四九円

昭和四五年分 二、四九八、三六八円

前記(二)の売上金額に右(三)の算出所得率を乗じて得た金額である。

(五) 特別経費

昭和四四年分 三、〇一六円

昭和四三年、四五年中にはいずれも特別経費の支出が認められないが、昭和四四年中に借入金利子三、〇一六円がある。

(六) 営業所得金額

昭和四三年分 二、二七三、七九一円

昭和四四年分 二、九一三、二三三円

昭和四五年分 二、四九八、三六八円

前記(四)算出所得金額から右(五)特別経費を控除した金額である。

2 農業所得金額

昭和四三年分 二三五、三四五円

昭和四四年分 二六二、七八〇円

昭和四五年分 一六一、五〇〇円

原告の申告した農業所得金額である。

3 譲渡所得金額

昭和四三年分 四九二、三一五円

原告が所有していた稲沢市七ツ寺町長島四九番、同所四七番の田(合計一、九二三・九平方メートル)の譲渡所得である。

四  以上によれば、原告の本件係争各年における総所得金額は前記別表(四)(総所得金額計算表)の「総所得金額」欄記載のとおりであるから、同金額の範囲内でなされた本件課税処分は適法である。

(原告)

被告の主張に対する認否

一  被告の主張一の事実は認める。

二  同二の事実のうち、被告係員が原告宅に来訪したことは認めるが、その余は争う。

三  同三の事実のうち、

1 営業所得金額について、

(一) 材木仕入金額は認める。

(二) 売上金額のうち、

(1) 昭和四三年分については争う。その推計の不合理性については、後記(原告の主張)二、に記載のとおりである。

(2) 昭和四四年分については、別表(五)中の番号15の売上先の売上金額を否認し、その余は認める。右否認した売上先の売上金額は次のとおりである。

15 宮島末光 一、四四二、六五〇円

(3) 昭和四五年分については、別表(六)中の番号1、2、6、9の売上先の売上金額を否認し、その余は認める。

右否認した売上先の売上金額は次のとおりである。

1 浅川元治郎 二九二、〇〇〇円

2 青木規夫  一〇〇、〇〇〇円

6 桑山時雄  五九八、一六〇円

9 鈴村清 一、八八三、〇〇〇円

(三) 算出所得率は争う。

(四) 算出所得金額は争う。

(五) 特別経費は認める。

(六) 営業所得金額は争う。

2 農業所得金額は認める。

3 譲渡所得額は認める。

四  同四は争う、

原告の主張

一  調査手続の違法性について

更正処分は、国税通則法二四条の規定するように、納税申告書に記載された課税標準または税額等が税務署長の調査したところと異なる場合に、その調査したところに基づいてなされるものであるが、右調査は、納税者の権利ないし利益を保護する手続としての意味を有するから更正処分の前提条件をなしている。従つて、その調査が違法であれば、それに基づく更正処分もまた違法になると解すべきである。このように解してはじめて、納税者に対し憲法三一条の適正手続保障の趣旨にそつた実質的な救済が与えられることになる。

そして、申告納税制度のもとにおいては、納付すべき税額は納税者の申告によつて確定するのが原則であり、しかも調査をなすことが納税者に事実上重大な不利益を与えることは明らかであるから、調査権の行使が許されるのは、当該申告書の記載の適正でないことにつき合理的疑いの存するときに限られるべきである。また、税務調査が国税犯則取締法にもとづく強制捜査と本質的に異なる任意捜査である以上、調査対象者において適切に応答できるよう調査理由を具体的に明示してなすべきである。さらに、調査深度の問題にしても、任意提出にかかる帳簿書類等を検査することができるのみで、納税者の営業活動を停滞させたり、得意先や取引銀行等に対する信用を失墜せしめるような方法においてなすことは許されない。特にいわゆる反面調査は、納税者の信用を毀損するのみならず、調査の対象とされた第三者の営業活動にも重大な支障を来たすから、納税者に対する直接調査のみではその目的を達することのできない事項に限つてなすことができるものである。

本件において、被告は、原告提出にかかる各係争年分の所得税確定申告書が適正であることにつき何ら合理的な疑いが存しないのに、調査の理由を具体的に明示することなく、また原告の都合を無視して調査をなし、しかも原告が被告の直接調査に応ずる意思を明らかにしているのにかかわらず、一方的に反面調査を実施し、もつて原告の信用を毀損し、営業上の損失を与えたものである。従つて、本件調査手続には瑕疵があり、本件課税処分は違法である。

二  売上金額推計の不合理性について

被告は昭和四三年分の売上金額を推計する方法として、昭和四四年分の材木仕入金額の同年分の売上金額に対する割合を、昭和四三年分の材木仕入金額に適用してこれを推計している。しかし、昭和四四年分の右割合は、次のような事情から極めて低くなつており、これを昭和四三年分に適用することは完全に誤つている。

原告は、昭和四三年に、原告所有の農地を提供する見返りとして、三菱電機株式会社稲沢製作所の従業員(以下、三菱社員という)から大量の建物建築の発注を受け、このため同年中に右発注に応じてその分だけ多量の材木を仕入れ、その完成が昭和四四年に繰り越されている。このように昭和四四年分については、前年の仕入れ、しかかり分が多いため、昭和四三年分と四四年分の期首期末のたな卸資産の金額に大幅な差が存在している。従つて、昭和四四年分の仕入金額の売上金額に対する割合が三〇・八二パーセントという低率になつているのである。

右のような特別事情のない場合には、売上金額に対する材木比率は通常五〇パーセント前後の割合である。昭和四五年度の右割合も当然通常の四七・二三パーセントとなつているのであつて、被告の推計方法を前提とするならば、通常の比率である右昭和四五年度の四七・二三パーセントで計算すべきである。

(被告)

原告の主張に対する反論

調査手続違法の主張について

所得税法はいわゆる申告納税方式を採用し、納税義務者が納付すべき税額はその者の申告により確定するのを原則とするが、最終的な税額の確定は税務署長に留保され、その更正のないことを条件として当該申告が承認されるにすぎないものである。そして、税務署長は納税義務者がその義務を正しく履行したか否かを常に調査する職責を有し、申告税額が自己の調査したところと異なる場合には、申告納税額に拘束されることなく、国税通則法二四条に基づきこれを是正しうるのである。

ところで、右法条に定める調査は、各税法に定める課税要件事実の充足を認識し租税債務額を確認するためのあらゆる行為を総称し、かつ更正処分に先行するが、そうだからといつて、法律上当然に更正処分の手続的な適法要件とされるものではなく、法がその履践を更正処分の要件として要求する場合に限つて手続的な適法要件となる。しかるに、国税通則法はもとより現行税法上その旨定めた規定は見当たらないから、国税通則法二四条にもとづく調査は更正処分の手続的な適法要件ではないというべきである。

また、いかなる場合にいかなる調査をなすかについては右法条その他の法律によるも何らその手続が定められていないから、すべて税務署長等の権限ある税務職員の合理的裁量に委ねられていると解すべきである。従つて、税務署長において、過少申告なることを疑うに足りる事情の有無を問わず調査することも何ら妨げられるものでなく、調査の際調査理由を明示すべき義務もなく、またいわゆる反面調査の方法を採ることを妨げられるものではない。以上の次第であるから、本件課税処分は適法というべきである。

二 売上金額推計の合理性について

1  昭和四三年中に、三菱社員からの受注建物のための大量の材木発注があつたとの事実は、次に述べる(一)ないし(三)の各理由によつて、認め難い。

(一) 木造住宅の工期からみて

原告が農地提供の見返りとして受注した建物の施主(三菱社員)は、別表(八)記載の一〇名であり、右一〇名に対する売上金額およびその入金状況は同別表記載のとおりである。

一般に、木造住宅の工期は建築申請確認後四か月が標準とされている。ところで、右三菱社員がそれぞれ各注文建物の所在地へ住所を移した時期は右別表(八)の「建物所在地へ住所を移転した日」欄記載のとおりであつて、建物竣工はほぼこれに近接する時期と解されるところ、たとえ原告の工期が標準より長く六か月程度であつたとしても、その受注建物にかかる材木の発注が行なわれた時期は、右各住所移転の時期から六か月遡及した時期以降であるとしか考えられず、このように解する限り、昭和四三年中に材木の発注が行われたと一応認められるのは、別表(八)の番号(1)竹谷夫久一のみである。

(二) 建築代金の入金状況からみて

木造建築請求にあつては、その請負代金を契約成立時、上棟屋根ふき終了時および竣工後引渡時に、それぞれ三分の一ずつ支払う慣行があり、本件原告も右慣行に従つて注文者から請負代金の支払いを受けていたと考えられるところ、三菱社員からの建築代金の入金状況は別表(八)記載のとおりであり、また上棟時から二〇日ないし一か月(構造材の墨付けおよび切組みに必要な日数)を遡及した時点において構造材および造作材の発注が行われたものと判断される。そのように考えて、原告が三菱社員から受注した建物のための材木の発注時点を逆算すると、すべて昭和四四年中となる。

(三) 住宅新築の期間からみて

一般に、施主(建築発注者)が住宅の新築を意図してから実際に着工にこぎつけるまでには、(1)請負人の選定、(2)概略設計、(3)請負人による概算見積り、(4)建築費用の調達、(5)設計図、仕様書の作成、(6)再見積り、(7)請負契約の締結、(八)建築確認申請の諸手順を踏み、これに早くて三か月、遅ければ一年以上かかる場合もある。そして、建築申請確認後の工期になお四か月間要することは前述のとおりである。従つて、三菱社員が原告を請負人に選んだ時期即材木発注の時期というようなことは到底考えられず、両者の間にはかなりの時間的間隔があつたはずである。

2  昭和四四年分および四三年分の各材木仕入高の各売上金額に占める割合(材木比率)は三〇・八二パーセントを上回ることはない。

一般に、木造住宅の木工事費は全工事費の三〇ないし四〇パーセントを占め、木工事費のうち六〇パーセントが木材およびその他の建材費に相当するから、その材木比率は一八ないし二四パーセントである。また、訴外名鉄不動産株式会社に対する照会結果によれば、同社の分譲住宅の材木比率は、昭和四三年建築のもので二七・一七パーセント、同四四年建築のものでは二五・三七パーセントであつて、いずれも被告が本件推計に使用した材木比率三〇・八二パーセントをはるかに下回つている。

3  昭和四五年分の材木比率について

原告の昭和四五年度の受注工事中には特殊な建築工事が含まれており、この分を除外すると、原告の昭和四五年分の材木比率は、四七・二三パーセントではなく、二九・七二パーセントとなる。即ち、

原告は、昭和四五年七月頃、海部郡甚目寺町大字森所在の願正寺から、同寺の庫裡新築に際して、庫裡建築工事のうち屋根工事および木製建具工事部分を除くその余の工事を九、三〇八、二七九円で請負い、右庫裡は昭和四五年一〇月二六日頃上棟され、翌四六年四月頃竣工した。

原告の見積書には、木材費は五、一〇〇、五二〇円と記載されているが、材木のうち構造材は上棟の時点まででその大部分を使用し、引続き造作材が使用され、造作が終つて天井、床等の木工事が行われるものであり、右寺の工事は昭和四五年一〇月に上棟されているから、右工事に使用した材木のうち、少なくとも構造材および造作材は、昭和四五年中に仕入れられたと考えちれる。

従つて、右工事の木材費五、一〇〇、五二〇円のうち構造材および造作材費三、五九八、四一六円は、昭和四五年末の仕掛工事(末完成工事)であるから、材木比率算定上、これは四六年分の売上に対応させるべきものである。なお、右構造材費等三、五九八、四一六円は、木材費五、一〇〇、五二〇円に別表(九)の〈12〉F欄記載の比率(木材費中に占める構造材および造作材の比率)七〇・五五パーセントを乗じて求められる。

そこで、昭和四五年中の材木仕入金額九、七〇五、二九四円から右三、五九八、四一六円を減じた残額(昭和四五年分の売上金額に対応させるべき材木仕入高)六、一〇六、八七八円の昭和四五年分の売上金額二〇、五四五、七九二円に占める割合は、二九・七二パーセントとなり、これが昭和四五年分の正確な材木比率である。

以上の理由により、被告のなした昭和四三年分の売上金額の推計は相当である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因第一ないし第四項の事実(本件課税処分の内容、経緯等)については、当事間に争いがない。

二  原告は、被告のなした本件調査手続が違法であり、この違法な調査に基づく本件課税処分もまた違法であると主張するので、先ずこの点について判断する。

所得税法はいわゆる申告納税方式を採用し、納税義務者が納付すべき税額はその者の申告により確定することを原則としているが、最終的な税額の確定は税務署長に留保され、その更正のないことを条件として当該申告が是認されるにすぎないものである。そして、税務署長は、納税の適正を期するため、常に納税者がその義務を正しく履行したか否かを調査する権限と職責を有し、申告税額がその調査したところと異なる場合には、申告税額に拘束されることなく国税通則法二四条に基づきこれを更正しうるのであり、税務署長がいかなる場合にいかなる調査をなすべきかについて法律に特に定めるところはない。従つて、税務署長は、過少申告なることを疑うに足りる事情の存する申告について調査しうるのは勿論であるが、かかる事情の存しない申告について調査することも何ら妨げられるものではなく、該調査の結果、過少申告であることを発見した場合には、申告税額を更正しなければならないのである。

また、国税通則法二四条、二六条、二七条等の規定によるも、右調査については何らその手続が定められていないから、調査の範囲、程度および手段等については、すべて税務署長等の権限ある税務職員の裁量(合目的性の裁量)に委ねられていると解すべきである。従つて、右調査が実質的に不十分であつたとしても、かかる事由は更正処分の違法事由とはならないものと解される。仮に調査が不十分であつたため更正された所得金額ないし税額が不当であつた場合には、これを理由として更正処分の取消を求めれば足りるのである。

もつとも、更正処分をなすにあたり、調査のための質問検査権の行使が社会通念上相当と認められる裁量の限度を超えて濫用にわたつた場合など調査手続に重大な違法があり、しかもその違法な調査のみに基づいて更正がなされたような場合には、当該更正は違法として取消されうるものと解すべきである。

本件において、原告は調査手続の違法を主張するけれども、右に述べたとおり、それらは合目的性の裁量に委ねられている事項であつて、税務署長は過少申告なることを疑うに足りる事情の有無を問わず調査することも何ら妨げられるものではなく、調査の際具体的理由を明示すべき義務もなく、いわゆる反面調査の方法を採ることも妨げられるものではない。

そして、証人加納一義の証言によれば、被告は、原告提出の各係争年の所得税確定申告書にはいずれも収入金額と所得金額が同額で記載されているのみで必要経費の記載がなく、また収支明細書の添付もなかつたこと、および原告の事業実態からみて過少な申告所得額であると認めたことなどから、調査の必要があるとして、昭和四五年一〇月頃から六回にわたり一宮税務署職員を原告方へ調査に赴かせたこと、その際原告は、取引内容については記帳してなく、所得計算のできる資料がない旨述べ、営業概況などについても明確な説明をなさなかつたこと、被告はそれ以上の調査の協力が得られなかつたので、やむを得ず、原告の取引先等を調査するなどしたうえ、原告の所得金額を推計して本件課税処分をなしたものであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、本件更正処分については、原告の所得調査についてなされた被告の調査手続が調査権の濫用にわたるなど違法になされたと認むべき点はない。そして、被告は原告の所得の実額調査につとめたが、実額計算に必要な帳簿書類が提示されないなど原告の協力が得られなかつたため、やむを得ず推計課税をなしたものであることが明らかである。

従つて、本件課税処分の手続的違法をいう原告の主張はすべて理由がない。

三  そこで、次に本件課税処分の内容の当否について判断する。

原告が係争各年当時、肩書住所地において、主として木造建築工事業を営むかたわら農業を営んでいたことは当事者間に争いがないところ、被告は、昭和四四、四五年分の営業所得金額については、原告の取引先を調査してその売上金額を実額で把握し、昭和四三年分の営業所得金額については、原告の昭和四三年分の材木仕入金額に昭和四四年分の材木比率を適用して売上金額を推計し、右各売上金額に類似同業者の平均算出所得率を乗じて原告の算出所得金額を算定している。以下、この点の当否について検討する。

1  営業所得金額

(一)  材木仕入金額

昭和四三年分 六、六九三、二四二円

昭和四四年分 八、〇七六、五八六円

昭和四五年分 九、七〇五、二九四円

右は原告の建築工事のための主要材料である材木の仕入金額であり、当事者間に争いのないものである。

(二)  売上金額

昭和四三年分の検討に先立ち、昭和四四、四五年分について判断する。

(1) 昭和四四年分

昭和四四年分の売上金額であるとして被告が主張する別表(五)のうち、番号15、宮島末光に対する分を除いて、その余は原告も認めて争わない。

〈証拠省略〉によれば、右宮島末光に対する売上金額は被告主張額どおりであることが認められ、原告主張額と認めるに足りる証拠はない。

従つて、昭和四四年分の売上金額は合計二六、二〇一、七〇三円である。

(2) 昭和四五年分

昭和四五年分の売上金額であるとして被告が主張する別表(六)のうち、番号1、浅川元治郎、同2、青木規夫、同6、桑山時雄、同9、鈴村清に対する分を除いて、その余は原告も認めて争わない。

〈証拠省略〉によれば、右浅川元治郎外三名に対する売上金額はいずれも被告主張額どおりであることが認められ、原告主張額と認めるに足りる証拠はない。

従つて、昭和四五年分の売上金額は合計二〇、五四五、七九二円である。

(3) 昭和四三年分

被告は、原告の昭和四三年分売上金額を実額で把握できなかつたとして、原告の昭和四四年分売上金額に対する同年分材木仕入金額の割合(材木比率)を昭和四三年分の材木仕入金額に適用して、昭和四三年分の売上金額を推計する。前示のとおり、被告は昭和四三年分の売上金額の実額把握に努めたが、その計算に必要な帳簿書類が提示されないなど原告の協力が得られなかつたのであるから、これを推計によつて算定せざるをえないものであるところ、原告のごとき木造建築工事業を営む者の売上金額をその主要材料である材木の仕入金額を基とし、その売上金額に対する材木比率を適用して推計することは合理性を有するものということができる。

被告は、原告の昭和四四年分の材木比率〇・三〇八二をもつて昭和四三年分の材木比率と主張するところ、原告は、昭和四三年中に、原告所有の農地を提供した見返りとして三菱社員から大量の住宅建築の発注を受け、このため同年中に多量の材木を仕入れ、その完成が昭和四四年に繰り越された結果、昭和四四年分の材木比率が低率となつており、通常の材木比率は五〇パーセント前後と認められるので、原告の昭和四五年分の材木比率四七・二三パーセントを適用して計算すべきであると主張する。

〈証拠省略〉によれば、原告は昭和四二年頃までは日雇いの大工仕事が多かつたところ、同四三年八月下旬頃から仕事先の社長に農地を提供した見返りとして三菱社員からの住宅建築の依頼を受けるようになり、その三菱社員の氏名は別表(八)記載の一〇名であつたこと、そして一〇名からの建築代金入金額とその入金時期は同別表の「建築代金の入金状況」欄記載のとおり(但し、番号(1)竹谷夫久一については、昭和四三年中にも入金があつたものと認める。)であること、原告は右三菱社員と請負契約を締結して着手金(請負代金額の約三分の一)を受領すると、できるだけ早く契約分の建築材木を仕入れて、一三〇坪位の自宅裏の仕事場に確保していたことこのようにして原告は昭和四三年中に、右別表(八)のうち番号(1)竹谷夫久一、同(2)小島昭、同(3)井上とき子、同(4)原田秀文の四名分につきそれぞれ材木仕入を了していたこと、が認められる。なお、前掲各証拠によれば、右とは逆に、昭和四五年分の売上とされている番号(9)岩田文雄および同(10)横井和夫の建築材木は昭和四四年中に仕入れられたものと認められる。

被告は、注文建物の完成時期からみて、昭和四三年中に材木を仕入れた可能性のあるのは右竹谷夫久一のみであると主張するけれども、前掲乙号各証によれば、原告は、右小島昭から昭和四三年九月中に五〇〇、〇〇〇円、右井上とき子から同年九月二一日に四〇〇、〇〇〇円、右原田秀文から同年一〇月一日に四〇〇、〇〇〇円をそれぞれ受領していることは明らかであり、建築資材は年々値上がりの傾向にあつたところ、三菱社員分については、請負契約を締結して第一回分の入金があるとできるだけ早く必要な分だけの建築木材を仕入れてしまつていた旨の原告本人の供述は信用することができる(もつとも、原告の供述中に「棟上げまで一か月というのは、材料を買つてから、墨付けをやつて、刻んで、棟上げをするまでです。」との供述があるが、原告の供述全体の趣旨からみれば、右「棟上げまで一か月」というのは、「材木の墨付け、刻みの仕事に着手してから棟上げまで一か月」との趣旨に理解すべきである。)ので、被告の右主張は採用することができない。

原告は、通常の材木比率は五〇パーセント前後であるところ、原告の昭和四五年分の比率も四七・二三パーセントとなつているので、昭和四三年分の材木比率は右四七・二三パーセントを適用すべきであると主張する。しかしながら〈証拠省略〉によれば、一般に、木造住宅の木工事費は全工事費の三〇ないし四〇パーセントを占め、その木工事費のうち約六〇パーセントが木材その他の建材費に相当することが認められるから、その材木比率は一八ないし二四パーセントである。因みに、訴外名鉄不動産株式会社の分譲住宅の材木比率は〈証拠省略〉によれば、昭和四三年建築のもので、二七・一七パーセント、同四四年建築のものでは二五・三七パーセントであることが認められる。また、原告の昭和四五年分の材木比率四七・二三パーセントについては、〈証拠省略〉によれば、原告が同年七月頃請負つた願正寺の庫裡建築工事という特殊な事情があつたためにその材木比率が異常に高くなつており、昭和四五年分のより正確な材木比率は被告のいうとおり二九・七二パーセントであると認められるので、前記四七・二三パーセントをもつて原告の昭和四三年分の材木比率とすることは適当でない。

そこで、原告の昭和四四年分の材木比率を計算すると、昭和四四年分の売上金額二六、二〇一、七〇三円のうち、三菱社員の竹谷夫久一の家屋建築売上代金一、九三〇、二五〇円、小島昭の同一、六〇五、〇〇〇円、井上とき子の同一、三三〇、〇〇〇円および原田秀文の同一、四九三、六四〇円、合計六、三五八、八九〇円は、前述のとおりその売上に対応する建築材木が昭和四三年中に仕入れられていると認められるので、昭和四四年分の材木比率を算定するには、右六、三五八、八九〇円を昭和四四年分の売上金額から控除して計算するのが相当であり、また前記岩田文雄、横井和夫の売上代金合計四、三二四、〇〇〇円はこれを昭和四四年分の売上金額に加算する(より正確には、右両名の材木仕入金額を昭和四四年分材木仕入金額から控除すべきであるが、その正確な金額が不明のため、売上代金の方を加算する)のが相当である。

従つて、昭和四四年分の材木仕入金額八、〇七六、五八六円の右売上金額二四、一六六、八一三円(=二六、二〇一、七〇三円-六、三五八、八九〇円+四、三二四、〇〇〇円)に対する割合は〇・三三四二となる。

そして、原告の昭和四三年の営業状況は、当事者間に争いのない昭和四三年分ないし昭和四五年分の材木仕入金額および昭和四四、四五年分の売上先別の売上金額(別表(五)(六))等より判断すると、原告の昭和四四年の営業状況とさして変りないこと、原告の営業は家屋新築工事ばかりでなく、改築修繕工事も含まれていることが認められるので、昭和四三年分の売上金額の算定には原告の昭和四四年分の材木比率を適用するのが相当である。なお、昭和四三年分の材木仕入金額のうち、前記竹谷夫久一外三名分の材木仕入金額はこれに対応する売上金額が同年中にないのであるから、この分を控除すべきである。そこで右竹谷夫久一外三名分の材木仕入金額は、その売上金額六、三五八、八九〇円に、前記名鉄不動産の分譲住宅の材木比率〇・二七一七(別表(九)のA〈11〉欄。住宅の材木比率としては証拠上最も高いものである。)を乗じて計算すると、一、七二七、七一〇円である。

従つて、材木仕入金額四、九六五、五三二円(=六、六九三、二四二円-一、七二七、七一〇円)に前記材木比率〇・三三四二を適用して計算すると、昭和四三年分の売上金額は一四、八五七、九六五円である。

(三)  算出所得率

被告は一宮税務署管内の類似同業者、昭和四三年分七名、同四四年分一〇名、同四五年分一一名の各平均算出所得率を求め、これを原告の右各年分の所得率とみなしているが、〈証拠省略〉により認めうる被告のなした同業者の選定方法等右所得率の算出方法は、同業者の類似性、同業者数および資料の客観性等の諸点よりみて、合理性を有すると認めることができるものである。そして〈証拠省略〉によれば、昭和四三年分ないし同四五年分の各平均算出所得率は次のとおりであることが認められる。

昭和四三年分 一〇・四七パーセント

昭和四四年分 一一・一三パーセント

昭和四五年分 一二・一六パーセント

(四)  算出所得金額

前記(二)の売上金額に右(三)の算出所得率を乗じて得た算出所得金額は次のとおりである。

昭和四三年分 一、五五五、六二八円

昭和四四年分 二、九一六、二四九円

昭和四五年分 二、四九八、三六八円

(五)  特別経費

昭和四三年、四五年中にはいずれも特別経費の支出はないが、昭和四四年中に借入金利子三、〇一六円があることは、当事者間に争いがない。

(六)  営業所得金額

前記(四)の算出所得金額から右(五)の特別経費を控除した原告の営業所得金額は次のとおりである。

昭和四三年分 一、五五五、六二八円

昭和四四年分 二、九一三、二三三円

昭和四五年分 二、四九八、三六八円

2  農業所得金額

原告の申告した農業所得金額が次のとおりであることは、当事者間に争いがない。

昭和四三年分 二三五、三四五円

昭和四四年分 二六二、七八〇円

昭和四五年分 一六一、五〇〇円

3  譲渡所得金額

昭和四三年中に、原告が所有していた稲沢市七ツ寺町長島四九番、同所四七番の田(合計一、九二三・九平方メートル)の譲渡所得が四九二、三一五円あることは、当事者間に争いがない。

以上によれば、原告の総所得金額は次のとおりである。

昭和四三年分 二、二八三、二八八円

昭和四四年分 三、一七六、〇一三円

昭和四五年分 二、六五九、八六八円

四  してみると、被告のなした本件各更正にかかる原告の所得金額(但し、昭和四五年分については裁決により一部取消後の分)が係争各年分とも右認定所得金額の範囲内であることは明らかであるから、本件各更正処分はいずれも適法であり、かつ各年過少申告分にかかる過少申告加算税賦課決定処分も適法であるということができる。

よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないから失当として棄却することにし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井俊彦 窪田季夫 山川悦男)

別紙(一)~(九)〈省略〉

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