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名古屋地方裁判所 昭和48年(タ)68号 判決

原告 甲野花子

被告 金谷こと 金守人

主文

一、原告と被告とを離婚する。

二、原被告間の長女甲野春子(昭和三九年七月二四日生)の親権者を原告と定める。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、原告は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

1  原告は、昭和三八年頃本籍地において土木工事の飯場で稼働中、同所で人夫として働いていた被告と知り合い、肉体関係が生じ、同年一〇月名古屋市中村区千原町八四番地に転居し、昭和三九年一月二五日同市中村区長宛婚姻の届出をして法律上の夫婦となった。

2  昭和三九年七月二四日、被告との間に長女甲野春子が生れた。

3  昭和四一年五月五日、被告は、「仕事の関係で東京へ行ってくる。住所が定まれば知らせる。」と言い残して出かけたまま、現在に至るまで何の音信もない。原告はその所在を確かめようと苦慮したが、被告の知人関係についても仕事の関係についても、全く手がかりさえ掴めず、今日に至るまでその所在は不明である。原告はその後長女を抱えて生活に困り、生活保護を受けている。

4  よって、原告は被告に対し離婚を求めるとともに、長女春子の親権者を原告と定めることを求める。

二、被告は、公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。

三、証拠≪省略≫

理由

一、人事訴訟手続法一条によれば、離婚の訴は、夫婦が夫の氏を称するときは夫、妻の氏を称するときは妻が普通裁判籍を有する地又はその死亡の時にこれを有したる地の地方裁判所の管轄に専属するものであるところ、≪証拠省略≫によれば、原告と被告とは婚姻後も夫婦の称すべき氏を定めることなく、それぞれ婚姻前の氏を称していることが認められるから、原被告夫婦については、前記規定により管轄裁判所を定むべき称氏者がない。しかしながら、夫婦につき称氏者がなく、かつ、被告が悪意で原告を遺棄し、所在不明で、その呼出しは公示送達によるほかはない本件の如き離婚訴訟については、原告が普通裁判籍を有する地又は被告が最後に普通裁判籍を有した地のいずれかの地方裁判所に出訴しうるものと解すべきであり、本件においては、そのいずれによるも、当裁判所が管轄権を有するものである。

二、そこで、原告の離婚請求の当否について判断する。

≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

1  原告は福岡県京都郡に本籍を有する日本人であり、被告は朝鮮民主主義人民共和国(以下、北鮮という。)の支配圏内に属する朝鮮慶尚北道慶山郡に本籍を有する外国人であるところ、原被告は昭和三八年頃原告の本籍地で知合い、その後名古屋市において同棲関係に入り、昭和三九年七月二四日長女春子をもうけ、同年一一月二五日に至って名古屋市中村区長に対して婚姻の届出をなすとともに、同日、右春子について、被告を父、原告を母とする長女として出生の届出をしたこと。

2  昭和四一年五月五日、被告は、当時従事していた土木工事の仕事の関係で東京へ行くと言い残して家を出たまま、音信不通となったこと。

3  原告は、長女春子をかかえて生活に追われながらも被告の所在を探し求めたが、本籍地町役場の戸籍吏員から被告が北鮮の人であることを聞知した原告が日本赤十字社に照会していたところ、同社から、昭和四一年五月二〇日新潟港出港の第一三七次船北朝鮮帰還者名簿に、「氏名金守人、生年月日一九三六年四月三日」なる者が登載されている旨の回答があったほかは、現在なお被告の所在は不明であること。

4  原告にはもはや被告の帰来を待つ意思はなく、昭和四七年以来訴外乙山太郎と同棲関係に入っていること。

三、ところで、本件は日本国籍を有する原告と、北鮮に本籍を有する外国人たる被告との間の離婚事件であるから、法例一六条により、離婚原因事実の発生した時における夫たる被告の本国法を準拠法とすべきである。しかるところ、朝鮮は、本件離婚原因事実の発生した昭和四〇年以前から北鮮と大韓民国(以下、南鮮という。)とに分れており、北鮮と南鮮は、それぞれ独自の法秩序をもち、いずれも朝鮮半島全域につき朝鮮を正当に代表する政府たることを主張しているが、現実には、いわゆる北緯三八度線の停戦ラインを境として、北鮮、南鮮の各地域を各別に統治していることは顕著な事実である。そこで、本件において北鮮、南鮮のいずれの法を被告の本国法とすべきかを検討するに、被告の本籍は前記認定のとおり北鮮の支配圏内に属するうえ、≪証拠省略≫によれば、被告は、昭和四一年五月二〇日新潟港出港の帰還船により、北鮮に帰還したことが推認でき、かつ、これらの事実関係に照らせば少くともその際、被告は北鮮国籍を選んだものと推認すべきであるのに対し、南鮮との間には、このような格別の身分上の関連を有するものとは認められない。従って、本件においては、被告が身分上密接な関連を有する北鮮の支配圏内において行われている法をもって、法例一六条にいう被告の本国法であると解すべきある。

四、そこで、北鮮における離婚の許否ないし離婚原因についてみるに、北鮮の「男女平等権に関する法令」(一九四六年七月三〇日北鮮臨時人民委員会決定第五四号)五条一項は、「結婚生活において夫婦関係の持続困難にして、それ以上継続しえない条件が生じた場合には、婦人は男子と同等の自由な離婚の権利を有する。」と規定して離婚を許容しており、同条三項において「母性として児童の養育費を以前の夫に要求しうる訴訟権を認め、離婚と児童養育に関する訴訟は、人民裁判所においてこれを処理するよう規定する。」と定め、離婚原因については、右男女平等権に関する法令五条一項のほか、「離婚事件審理に関する規定」(一九五六年三月六日司法省規則第九号)においても「夫婦関係をそれ以上継続しえない場合」として、相対的かつ包括的に離婚原因を定めている(「朝鮮民主主義共和国重要法令集」一九四九年政治経済研究所編訳、金具培氏「朝鮮民主主義人民共和国の家族法」法律時報三三巻一〇号七二頁以下、なお、欧竜雲氏「朝鮮民主主義人民共和国および中華人民共和国の領域内に在籍する外国人と日本人との間の離婚の準拠法等に関する鑑定書」家庭裁判月報二二巻二号二〇五頁以下)。

これを本件についてみるに、前認定のとおり、被告は、当時二歳に満たない長女春子と妻の原告を残して出奔し、送金はもとより何ら連絡もないまま所在不明となって以来七年余を経過しており、かつ、すでに北鮮に帰還していることが認められるのであって、原告の意思に照らしても、もはや原被告間の婚姻関係をこれ以上継続させることは困難な段階に立至っているものと認められるから、前記北鮮における離婚裁判に関する法令の定めるところに照らし、原告の本件離婚請求は容認されるものと解せられる。

そして、前記認定の事実は、わが国においても、民法七七〇条一項二号にいわゆる配偶者から悪意で遺棄された場合に該当することは明らかであるから、被告との離婚を求める原告の本訴請求は正当として認容すべきである。

五、原被告間には未成年の長女甲野春子があることは前記認定のとおりである。しかして、離婚当事者間の未成年の子に対する親権者の指定の問題は、親子間の法律関係として法例二〇条により、父の本国法が準拠法となるものと解するのが相当であるから、本件においては、前示のとおり、北鮮法によるべきものである。しかるところ、離婚に関する北鮮の前掲各法令には、離婚の場合における親権者の指定に関する明文の規定はなく、前掲「離婚事件審理に関する規定」二〇条において、裁判所は離婚判決に際して子の養育問題を同時に解決しなければならない旨定められているのみである(前掲欧竜雲氏鑑定書)。しかして、憲法(二二条)及び男女平等権に関する法令において男女の平等を強く宣明している北鮮においては、子に対する親の権利義務は離婚によって左右されないものと考えられ、親権者として指定されない他方当事者の親権を根本的に変更するおそれのある親権者指定を行いうるか否か若干の疑問もなくはないが、他方、本件のように、一方の親が所在不明で配偶者及び子を放置して顧みない場合についてまで、両親の権利義務の平等の名のもとに共同親権の形骸を存続させるべきことを北鮮の親子関係法が期待しているものとは解せられず、むしろ、子の養育監護上適当な一方の配偶者を親権者として指定し、子の養育監護に万全を期することこそ、このような場合における離婚に伴う最も適切かつ直截な措置として、右規定二〇条の趣旨にそうものであると解する。そうだとすれば、前記認定の被告の出奔以後の事情のもとでは、原被告の子甲野春子の親権者を原告と指定するのが相当である。

六、よって、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荒井史男)

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