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名古屋地方裁判所 昭和46年(行ウ)17号 判決

原告

坂田坂治外二名

右代理人

福間昌作

被告

名古屋法務局刈谷出張所

登記官

伊藤勝

右指定代理人

山田巌外三名

主文

一、原告らの請求はこれを棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告が、名古屋法務局刈谷出張所昭和四五年九月一八日受付第一〇〇四五号所有権移転登記申請について、同月二一日同出張所日記第三二号をもつてなした却下決定はこれを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1  原告坂田坂治は訴外亡坂田広智の三男であり、訴外坂田〓は坂田広智の養子であり、ともに坂田広智の法定推定相続人であつた。

2  別紙目録一記載の田はもと坂田広智の所有であつた。

3  坂田広智は、昭和二六年九月二六日、名古屋法務局所属公証人内田慶次作成第四九二四八号遺言公正証書(以下本件証書という)により、原告吹田春雄および同神谷鎮方を遺言執行者と定め、別紙目録一記載の田を原告坂田坂治に、其の他のすべての財産を坂田〓にそれぞれ取得せしむべく、遺産分割方法の指定をした。

4  別紙目録一記載の田は、その後、行政区域名称変更および分筆により別紙目録二記載の田(以下本件田という)のとおりに変更せられた。

5  坂田広智は昭和三〇年九月一〇日死亡した。

6  原告らは、昭和四五年九月一八日、原告坂田坂治を権利者とし、原告堀田春雄および同神谷鎮方を義務者坂田広智の遺言執行者として、名古屋法務局刈谷出張所に対し、坂田広智名義に所有権移転登記のなされている本件田について、昭和三〇年九月一〇日遺言により遺産分割された相続を原因とする所有権移転登記申請書および本件証書を添付書類として提出し、同日、被告は同出張所受付第一〇〇四五号をもつて右申請書を受附けた。

7  被告は、右申請に対し、坂田広智は、右登記申請書に添付された本件証書をもつて、原告坂田坂治に対し、本件田を遺贈したものと認定し、右広智の死亡により、特定遺贈による所有権移転であるから農地法第三条に定める知事の許可を要するところ、右許可のあつたことを証する書面の添付がないことを理由に、不動産登記法第四九条第八号の規定に基づき、昭和四五年九月二一日右出張所日記第三二号をもつて、却下決定(以下本件原処分という)をなした。

8  原告らは同年九月二五日本件原処分を知つた。

9  原告らは、同年一〇月八日、名古屋法務局長に対し、本件原処分を不服として、審査請求をなし、右法務局長は昭和四六年一月二九日右審査請求を棄却した。

10  原告らは同年二月一日右審査請求棄却の裁決書の送達を受けた。

11  本件原処分の違法

(1) 原処分が、本件証書に財産を特定して遺贈する旨の文言が記載されていることをもつて、特定遺贈と認定し、遺言による遺産分割の指定と認定しなかつたことは、事実の誤認である。即ち、

(イ) 本件田の所有権移転には農地法上原則として知事の許可を要するところ、原告坂田坂治は非農業者で、右許可を得られないことは明らかであるから、知事の許可を得て本件土地を取得するということは不可能である。坂田広智は遺言の当時、自己の相続人である原告坂田坂治が非農業者であることを知りながら、農地である本件田を取得せしめるため本件証書を作成したものであるが、農地法第三条第一項第七号によれば、被相続人は非農業者である相続人に対して、相続により特定の農地を取得せしめることになんら制限はなく知事の許可にもかからしめていない。

(ロ) 一方、被相続人は、民法第九〇八条の遺言により、遺産の分割方法を指定することによつて、特定の農地を特定の相続人に取得せしめることが可能である。しかして、民法第九〇八条は遺言による遺産の分割を指定する要式を特定していないので、その帰属する主体が相続人であり、その客体が相続財産であつて、その主体と客体とが各個に特定し得るごとく表示されている限り分割の指定としての効力がある。一般に、被相続人が死後の財産を相続人に「やる」という言葉で表現することは経験則上明らかな事実で、むしろ「分割する」という表現をとることは稀れである。これは、被相続人のものを相続人間に分けてやることが主意であり、法律上は遺産の分割の指定の意思であることが社会常識というべきである。本件において、本件証書第二条には、遺言者は原告坂田坂治に左記物件を遺贈する。遺贈物件の表示として別紙目録一記載の田、第三条には、遺言者は坂田〓に第二条に記載する物件を除き其他の凡ての財産を遺贈すると記載があるが、坂田広智の意思はまさに右の遺産分割の指定であつて、本件証書の右記載もその趣旨を表わしているものと解すべきである。

(ハ) 公正証書による遺言証書は、公証人が表意者の陳述に基づき、これを補正してその真意に近い法的慣用文言をもつて証書を作成するのであるが、その場合、既存の不動文字のある用紙で近似するものを使用するのが通例であつて、その文言のみに意思を限定することは社会通念に反する。本件証書の場合もその例外でなく、遺贈の文言にとらわれるべきでない。

以上により、本件証書に「遺贈」と表現された坂田広智の真意は、「遺産分割の指定」と解するに十分である。しかるに、被告がこれを特定遺贈と認定したのは事実の誤認である。

(2) 仮りに、本件証書の遺贈の文字が固定的にのみ表現されたものであるとしても、本件原処分が、本件田は被相続人(坂田広智)の相続財産であり、原告坂田坂治が相続人であるにもかかわらず、農地法第三条の知事の許可を要するものとしたことは法律の解釈を誤つたものである。即ち

(イ) 農地法は、相続による農地の帰属は何等の制限をせず、許可にもかからしめていない。

(ロ) 農地法第三条第一項第七号の規定は、遺言によらぬ遺産の分割により農地を取得した場合、法律上は共同相続により取得した持分を分割協議により他の相続人に取得せしめることは、その持分の譲渡の形式となるが、この場合にも実質は相続であるので、創設的な法意でなく、前記(イ)の法意によるべきものであるが、その誤解を避けるため設けられた規定である。

(ハ) 更に、農地法第三条第一項第十号の委任により定められた同法施行規則第三条第五号は、包括遺贈により農地を取得した相続人以外の受遺者についても、許可を要しないと規定している。

(ニ) 相続税法第一七条は、取得財産に係る基礎控除を定めるに当り、被相続人から相続人に対する遺贈と相続人でない者に対する遺贈とを区別し、前者を相続と同一に遇している。

以上により、被相続人の相続人に対してする農地の特定遺贈については、相続の実体を否定することはできず、農地法所定の知事の許可は不要であると解すべきである。

12  よつて、本件原処分は、事実の認定を誤り、かつ法律の解釈適用を誤つた違法があり、取消さるべきであるので、本訴請求に及ぶ。

二、請求原因に対する認否

1  第1項の事実は認める。

2  第2項の事実は不知。

3  第3項の事実のうち、坂田広智が本件証書により原告堀田春雄および同神谷鎮方を遺言執行者と定めたことは認めるが、その余は否認する。

4  第4項ないし第7項の事実は認める。

5  第8項の事実は不知。

6  第9項の事実は認める。ただし審査請求があつた日は昭和四六年一〇月一二日である。

7  第10項の事実は認める。

8  第11項はすべて争う。ただし、本件証書第二条、第三条として原告ら主張のとおりの記載がなされている事実は認める。

9  第12項は争う。

三、被告の主張

1  登記官の審査権について

不動産登記法上所有権移転登記等不動産の権利に関する登記(いわゆる権利の登記)に関しては、登記官は当該申請書および添付書面について、登記申請が不動産登記法第四九条各号所定の登記の形式上の要件を具備しているか否かの、いわゆる形式的審査をなしうるにとどまり、進んでその登記事項が真実であるかどうかのいわゆる実質的審査までする権限を有するものではない。

これを本件申請についてみるに、被告登記官のなした本件原処分は、形式的審査権の範囲内における審査を尽したものであつて、なんら違法はない。本件申請書についてみると、登記原因として、「遺言により遺産分割された相続」と記載され、添付書面として除籍騰本、本件証書が添付されていたので、登記原因は遺言分割による「相続」と解されるところ、遺言分割を証する書面として原告らが添付した本件証書が、はたして遺言分割を証する遺言書といえるか否かが審査されることになる。この場合、登記官の審査権の範囲としては、本件証書がその記載文言から判断して、誰しもが明白に遺産分割の指定をしたものであると判断しうる表現がなされているか否かについてのみ審査権を行使しうるのであるが、本件証書は、その記載の形式及び文言から、これをもつて遺言分割を証する書面とは認められないものである。原告主張のごとく、本件証書の「遺贈」の文言を超えて遺言者たる坂田広智の真意を探究し、細密な法律解釈を行なうなどして本件遺言者たる坂田広智の意思が「分割の指定」であると認定することこそ、まさに被告の権限を超えた実質的審査に属することであるといわねばならない。とすれば、遺言分割書の添付のない本件では、不動産登記法第四九条第八号の規定により却下を免れない。したがつて、原告らの右主張は失当たるを免れない。

2  相続人を受遺者とする農地の特定遺贈による所有権移転について

農地法第三条第一項本文によれば、農地等の権利の設定もしくは移転には原則として知事の許可を要するものと規定され、同項但書において特にこれを要しない場合が列挙されているのであるが、同規定は国の農地政策の基本的施策に関するもので、もとより強行法規と解すべきであるから、右但書による除外例もいわゆる制限列挙と解される。しかるに特定遺贈については、これを除外例とする明文規定を欠き、かかる法制限を超えて徒らに除外例を類推拡張するがごときは許されないのであり、更に、特定遺贈については、知事の許可を不要とする合理的理由は存しない。蓋し、特定遺贈は、遺産のうちの特定物を対象として、遺贈者の自由意思に基づいてこれを譲与するものであるから、本来私人の自由意思とかかわりなく、被相続人の死亡という事実の発生によつて遺産を相続人に帰属せしめんとする制度たる相続とは異なるものであり、また、これと同視しうる包括遺贈とも異なるのであつて、たまたま受遺者が推定相続人であつたという事実が存したとしても、それ故に右両者の本質的差異が解消されるという性質のものではない。なるほど、結果的には、相続人たる受遺者は遺贈を受けなくても相続により当該財産を取得することができるし、また、指定分割によつてもこれを取得しうるが、しかし、それはあくまで、同一の結果となりうるというに過ぎないのであつて、同一の結果となるからといつて、特定受遺者が遺産につき相続人と同一の権利義務を有するものでなく、また他の相続人との間に共同相続人としての法律関係を生ずるものでもないのである。したがつて、農地の特定遺贈には知事の許可を要すると解すべきである。

3  以上により、被告のなした本件原処分には何らの瑕疵も違法もない。

四、被告の主張に対する反論

登記官が形式的審査権を有するにすぎないことは争わないが、文字を単純解釈するのみでは形式的審査を尽したとはいえない。即ち、登記官は単なる形式上の文言を審査するのみでなく、当面の資料が表現する真実を審査し、これに即応する登記手続をすべき義務がある。特定遺贈のみが自由意思でなされたものであるから農地法の規制を要し、包括遺贈と遺産分割の協議とが規制を要しないとの解釈は無用な区別である。包括遺贈も特定遺贈も遺言者の意思に差異はなく、その遺贈の目的物件を表現するのに特定してなしたか、包括してなしたかの差異があるに過ぎず、また、遺産分割の協議こそ明らかな相続人間の自由意思による権利の移動であるが、これらが農地法の規制の外にあるのは、一つに取得物件が相続物件であることによるものである。

第三、証拠〈略〉

理由

一、原告坂田坂治が訴外亡坂田広智の三男であり、訴外坂田〓が坂田広智の養子であり、ともに坂田広智の法定推定相続人であつたところ、坂田広智は昭和二六年九月二六日本件証書により、原告堀田春雄および同神谷鎮方を遺言執行者と定め、本件証書第二条、第三条に原告ら主張のとおりの記載があり、坂田広智は昭和三〇年九月一〇日死亡したこと、原告らは同四五年九月一八日、原告坂田坂治を権利者とし、原告堀田春雄および同神谷鎮方を義務者坂田広智の遺言執行者として、名古屋法務局刈谷出張所に対し、坂田広智名義に所有権移転登記のなされている本件田について、昭和三〇年九月一〇日遺言により遺産分割された相続を原因とする所有権移転登記の申請書および本件証書を添付書類として提出して登記申請をなし、同日被告が同出張所受付第一〇〇四五号をもつて、右申請書を受附けたこと、被告は右申請に対し、昭和四五年九月二一日、原告主張の理由により、その主張のとおりの本件原処分をなしたこと、原告らは右処分を不服として名古屋法務局長に対し審査請求をなし、同法務局長が同四六年一月二九日審査請求を棄却する旨の裁決をなし、原告らは同年二月一日右裁決書の送達をうけたことは当事者間に争いがない。弁論の全趣旨によれば、原告らが本件原処分を知つたのは昭和四五年九月二五日であり、審査請求をしたのは同四五年一〇月一二日であることが認められる。

二、次に、本件原処分が原告ら主張のような違法な処分であるか否かについて判断する。

いわゆる登記官の形式的審査は、登記手続の迅速・単純を図り、物権の公示を完からしめんとする趣旨に出たものであつて、登記官の審査は、まず提出を必要とする書面が外形上提出されているか否かについてなし、次に原則として申請にあたつて提出された書面と、これに関連する既存の登記簿のみを資料としてなされる(書面審理の原則)べきであつて、この書面の審査の方法は、提出書面の実質的真正については原則として審査権は及ばないものと解される。これは、書面に記載された内容が実体関係に符合するか否かを審査することは原則としてできないことをいうのであり、その帰結として、実体関係に符合するように書面に記載された内容を解釈することもできないものと解される。即ち、書面の記載そのものについての審査は、形式的厳格性が要求されるというべきである。なぜなら、前述した書面審理の原則の枠があることにより、書面以外から実体関係を知ることはできないとはいえ、もし書面の記載そのものについて実質的判断をすることに審査権が及ぶとすると、互に記載に差異のある書面(例えば申請書と相続を証する書面)がある場合、どちらが実体関係に符合する記載か判断する必要を生じ、結局いずれかが実体関係に符合するかという判断を登記官にせまることとなり、前述の登記手続の迅速・単純の要請に反することになるからである。

ところで、前記争いのない事実のとおり、本件申請書の原因欄には、「昭和三〇年九月三〇日遺言により遺産分割された相続」との記載があり、右登記申請書に添付された本件証書には、第二条に「遺贈」との記載があるので、これを前述した形式的審査によれば、「遺言により遺産分割された相続」と「遺贈」とは明らかにその記載そのものに差異があり、同一性の認め難いものといわなければならない。そうすると、本件証書以外に、本件申請の登記原因である相続を証する書面の添付なき本件申請は、不動産登記法第四九条第八号により却下されるべきものである。従つて、本件原処分は理由は異なるが、結局相当であつて違法ということはできないから、原告らのこの点の主張は理由がない。

三、次に、原告らは、仮に本件登記申請書に添付された本件証書が遺言により遺産分割された相続ではなく、特定遺贈を示すものであるとしても、本件申請は知事の許可書を添付する必要のないものである旨主張するが、二で述べたとおり本件申請書には、登記原因として、「遺言により遺産分割された相続」と記載されているのであり、この登記原因である相続を証する書面の添付がない限り本件申請は不動産登記法第四九条第八号により却下されざるを得ないものである。換言すれば、本件証書が特定遺贈を証する書面であると認定したところで、本件登記申請書記載の登記原因が特定遺贈と補正されていない限り、二に述べたと同様の理由、即ち、被告(登記官)としては、本件登記申請書の登記原因が遺言により遺産分割された相続と記載され、添付書面たる本件証書には特定遺贈と記載され、両者の記載の同一性がみとめられないから、申請書に必要な書面を添付しない場合にあたり、原告ら主張の相続人に対する特定遺贈の場合に登記申請書に知事の許可書の添付を要するか否かを判断するまでもなく、結局、不動産登記法第四九条第八号により本件申請を却下するのが相当である。

四、以上によれば、原告らの本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。

(西川豊長 小林真夫 岡村稔)

目録

一、昭和二六年九月二六日当時

碧海郡富士松村大字逢見字新屋敷五五番

田   一反一畝一九歩

二、現在

(一) 刈谷市一里山町新屋敷五五番の一

田   九五五平方メートル

(二) 右同所五五番の二

田   一九八平方メートル

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