大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)2800号 判決

原告 田中政美こと 裴相導

右訴訟代理人弁護士 青木俊二

同 岩瀬三郎

同 伊藤宏行

被告 加藤政美

右訴訟代理人弁護士 石川智太郎

主文

一、被告は原告に対し、金二二九万六、六四二円およびこれに対する昭和四四年二月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四、この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

(一)  被告は原告に対し、金三〇〇万円およびこれに対する昭和四四年二月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)  原告は次の交通事故により傷害を負った。

1 事故の日時 昭和四四年二月一一日午后一〇時一〇分頃

2 事故の場所 春日井市八事町二丁目一三三番地先県道上

3 事故の相手方 被告運転の第一種原動機付自転車

4 事故の態様 被告が右加害車輛を運転して県道を北進中、同所を歩行横断中の原告に衝突した。

5 原告の傷害 頭部、顔面、右下腿、左胸部挫傷(後遺症・左眼失明、恢復不能、右眼視力〇・一、後遺障害等級七級)

(二)  (責任)

被告は加害車輛を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものである。

(三)  (損害)

1 休業損害

原告は、本件事故当時訴外春是産業株式会社の専属下請輸送業をしており、原告の右訴外会社に対する売上高は少くとも一ヶ月当り平均金二六万四、九九六円であり、自動車輸送業に必要な諸経費を差引いても、原告の得ていた純収入は少くとも前記売上額の二分の一に相当する金一三万二、四九八円となる。原告は前記の傷害(後遺症)により本件事故のあった昭和四四年二月一一日から完全に休業状態になり、本訴提起にいたるまでの二〇ヶ月間合計金二六四万九、九六〇円の純収入を失い、同額の損害を被った。

2 将来の逸失利益

本件事故により原告は左眼失明し、後遺障害等級七級の認定を受けたが、その労働能力喪失率は一〇〇分の五六である。原告は大正一二年一二月一三日生れの健康な男子であり、その就労可能年数は少くとも一六年であるから、前記原告の純収入を基として、右労働能力喪失率および就労可能年数を適用して計算してその現価を算定すると、原告は金九九二万五、四七〇円の得べかりし利益を喪失し、同額の損害を被ったことになる。

3 慰藉料

原告は本件事故による傷害を治療するため、村瀬外科医院(入院一四日間、通院四日間)、春日井市民病院(入院五日間)、中村外科(通院五八日間(治療実日数四四日間))および中京病院(入院一二六日間、通院二五四日間(治療実日数一九日間))にそれぞれ入、通院したが、その間における精神的、肉体的苦痛および前記後遺障害による精神的、肉体的苦痛を慰藉するには金二五〇万円が相当である。

(四)  以上のとおり、原告は被告に対し、本件交通事故による金一、五〇七万五、四三〇円の損害賠償請求権を有するが、自動車損害賠償保障法による後遺障害保険金として金一二五万円を受領しているのでこれを控除した金一、三八二万五、四三〇円のうち、取りあえず本訴においては金三〇〇万円およびこれに対する本件事故のあった日である昭和四四年二月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する被告の認否

(一)  請求原因(一)の事実のうち1ないし4の各事実は認める。

同5の事実は不知。

(二)  同(二)の事実は認める。

(三)  同(三)の事実は不知。

三、被告の抗弁

(一)  (過失相殺)

本件事故については、原告が酒に酔って県道上をふらふらと歩いていたことが原因となったものであり、原告の右過失は重大であるから、過失相殺されるべきである。

(二)  (弁済)

被告は原告の損害につき次のとおり支払った。

1 治療費 合計 金二五万八、四九四円

イ 村瀬外科      金九万九、八六二円

ロ 春日井市民病院   金五万〇、二七〇円

ハ 中村外科      金七万六、八六二円

ニ 中京病院(入院費) 金三万一、五〇〇円

2 休業補償、慰藉料

イ 昭和四四年三月      金八万円

ロ 同年四月         金五万円

ハ 同年五月三一日      金八万円

ニ 同年七月二九日     金三〇万円

ホ 同年九月一八日 金一万六、〇〇〇円

3 雑費、交通費等

イ 昭和四四年八月二九日 金一、二〇〇円(調味料代等)

ロ 同年九月一二日    金一、三〇〇円(タクシー代)

ハ 同年八月二九日    金一、二六〇円(文書代)

ニ 同年四月三〇日    金四、六〇〇円(タクシー代)

(三)  (損益相殺)

原告は、本件事故による傷害につき自賠法による後遺障害保険金として金一二五万円を受領しているから、原告の損害から右金額を控除すべきである。

四、被告の抗弁に対する原告の認否

(一)  (過失相殺)について

原告は本件事故前に飲酒した事実はない。本件事故現場は、県道春日井小牧線と春日井市道とが交わる交差点附近(信号機は設置されていない)であり、右県道は歩道と車道の区別もない。したがって、現場附近では交差点を横断する歩行者や県道端を通行する歩行者のあることは当然予想されるのであるから、車輛の運転者としては当然これら歩行者に対して充分注意をして進行すべきである。しかるに、被告は当時夜間で他の車輛や歩行者の少ないことに気を許して右注意を怠り折から右県道を歩行横断中の原告の発見が遅れた結果本件事故を惹起するにいたったものである。

(二)  (弁済)について

1 治療費

原告がその主張の治療費を支払った事実は認める。

2 休業補償、慰藉料

原告主張のうち、ハ、ニ、ホの合計三九万六、〇〇〇円を生活費の一部として受領した事実は認める。その余の事実は否認する。

3 雑費、交通費等

原告の主張事実は否認する。

(三)  (損益相殺)について

原告の主張事実は認める。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、請求原因(一)の1ないし4の事実は当事者間に争いがなく、原告の負った傷害が頭部、顔面、右下腿、左胸部挫傷等であることは≪証拠省略≫によりこれを認めることができる。

二、被告の過失

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると次のとおりの事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

本件事故現場は愛知県春日井市八事町二丁目一三三番地先の県道春日井小牧線道路上である。同県道は、ほぼ南北に通ずる幅員一〇メートルの舗装道路で、本件衝突事故はその西側(北行)車線上の西側端から三・四メートルの地点で発生した。右衝突地点は、これから東方に向い県道と直角に交る幅員五メートルの非舗装道路と、南西方向に交る幅員五・五メートルの舗装道路との交差点である。同所は速度制限四〇キロメートルの交通規制がなされている。道路の照明状況は衝突地点から北西約六・二メートルの県道路肩に街路灯が設置してあり夜間であってもかなり明るく、車輛の前照灯の照射がなくても、右街路灯の明りで二〇メートル位前方の歩行者の確認は充分可能である。

被告は、昭和四四年二月一一日午后一〇時一〇分頃、加害車(原動機付自転車)を運転して前記県道西側(北行)車線を鳥居松町方面に向けて前照灯を滅光したまま時速約四〇キロメートルの速度で北進し、本件交差点にさしかかった。被告が衝突地点の手前約三・八メートルの距離にきたとき、前方道路を右側から左側(西方向)に向かい歩行横断するためふらふらしながら衝突地点にいたった原告を発見し、直ちに急制動をかけるとともにハンドルを左に切ったが及ばず、加害車前部を原告に激突させ、同人を路上に転倒させた。

(二)  右認定の事実によれば、本件事故の主要な原因は、被告が前照灯を滅光したまま前示速度のままで本件交差点を通過しようとしたことと、前方注視を怠ったため被害者の発見が遅れた過失によるものと認められる。しかしながら、原告においても前示道路を横断するに際し、車輛の交通に注意し、安全を確認したうえで横断をすべきであるのにこれを怠った過失も認められる。しかして、両者の過失の割合を勘案すれば被告の過失六五パーセントに対し、原告のそれは三五パーセントと認めるのが相当である。

三、被告の責任

被告が前示加害車輛を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いのないところであるから、被告は自動車損害賠償保障法三条により原告の本件事故にもとづく後記損害を賠償する義務がある。

四、損害

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、原告は本件事故による傷害を治療した経過は次のとおりであることが認められる。

1  村瀬外科医院

入院 昭和四四年二月一一日から同月二四日まで(一四日間)

2  春日井市民病院

入院 同年二月二四日から同月二八日まで(五日間)

3  中村外科

通院 同年二月二八日から同年四月二六日まで(診療実日数四四日)

4  中京病院

入院 同年四月二六日から同年八月二九日まで(一二六日間)

通院 同年八月三〇日から昭和四五年五月九日まで(診療実日数一九日)

原告は右のとおり治療を受けたが、左視東管骨折、左視力障害による視力障害(左眼失明し恢復不能。右眼、眼鏡を使用して視力〇・一)の後遺障害を残すにいたった。原告は右後遺障害につき自賠法施行令別表に定める後遺障害七級の一の認定を受けた。

(二)  休業損害、将来の逸失利益

(1)  ≪証拠省略≫によれば、原告(本件事故当時四五歳)は昭和四二年一一月頃代金七八万円で大型貨物自動車(採石運搬用ダンプ車、積載量六トン)を購入し、以来これを使用して訴外春是産業株式会社の専属的下請として採石運搬の業務に従事してきたものであるが、右自動車運送事業については原告は道路運送法四条一項所定の運輸大臣の免許を受けていなかったことが認められる。

(2)  ところで、原告は右運送事業により訴外会社から取得していた運送賃等の収益を原告の得べかりし利益として前示休業損害および将来の逸失利益を請求しているので、この点について判断する。

≪証拠省略≫は訴外会社作成の「勘定明細書」と題する書面であって昭和四三年一月から同年一二月までの原告の右運送事業による毎月の水揚高およびこれより同会社が立替金として控除した修理代金等の金額が記載されているものであるが、右水揚高については毎月の合計額が記入されているのみで、その具体的内容が不明であるのみならず右立替金についても修理代金のほか部品代金および保険(任意・強制)金額の記載があるのみでその他の必要経費についての記載がないのであるから、同号証のみをもってしては原告の前示逸失利益の額を確定することができないし、他にこれを認定するに足る証拠は存しない。

しかも、仮に原告にかかる損害があるとしても、道路運送法は、道路運送事業の適正な運営および公正な競争を確保するとともに、道路運送に関する秩序を確立することにより、道路運送の総合的な発達を図り、もって公共の福祉を増進することを目的とし(同法一条)、自動車運送事業を経営しようとする者は運輸大臣の免許を受けなければならないものとし(同法四条一項)、右免許を受けないで叙上認定のような自動車運送事業を経営する者に対し罰則を規定しているのであって、かかる無免許営業が当然反道徳的で醜悪な行為とはいえないとしても、このような違法な行為を継続することを前提とした得べかりし利益の喪失による損害賠償請求を認容することは、一方において同法六条所定の免許基準に該当しないがために不本意ながら運送事業経営者に雇傭されている善良な運転手等との比較において、無免許営業者を不当に保護する結果となり、ひいては損害賠償制度における倫理性を著しくそこなうものであって、とうてい許されないものと解すべきである。

(3)  しかしながら、もともと得べかりし利益の喪失による損害額の算定の認められるゆえんが、身体の傷害ないしは死亡という結果について、これを経済的な面から適正に評価するための技術的方法にすぎないものであることを考慮するならば、前段に説示した理由によって原告の得べかりし利益の喪失による損害を全部否定することは相当ではないのであって、前示のとおり勤労の意思およびその能力を有し、これに加えて自動車運転の免許を有していた原告の労働能力ないしは収益能力に対してはその能力に応じて相当と認められる限度において逸失利益を算定することが許されるものと解する。

これを本件についてみるならば、原告の年令、経験、能力および資格等を勘案し本件事故当時における運輸・通信業男子常用労働者の平均賃金六万四、七〇〇円(総理府統計局編「日本統計年鑑」昭和四五年・常用労働者五~二九人の事業所三九五頁)をもって原告の逸失利益を算定するための一ヶ月当りの収益とみるのが相当である。また原告の治療経過、後遺障害の内容程度その他前示の諸事情を考慮すると、治療期間中の休業損害については六ヶ月分の逸失利益を、後遺障害による逸失利益については労働能力喪失率を五〇パーセント、その継続期間を一五年とみるのが相当である。したがって右各数値を基礎として(逸失利益についてはホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して右期間の逸失利益の現価を求める方法による)計算すると

(1)  休業損害については、次のとおり金三八万八、二〇〇円

64,700円×6=388,200円

(2)  後遺障害による逸失利益については、次のとおり金四二六万二、七四六円

64,700円×12=776,400円

(年間収益)

(776,400円×0.5)×10.9808=4,262,746円

となり、これを合計すると金四六五万〇、九四六円となる。

(三)  過失相殺

原告の前示損害金四六五万〇、九四六円に被告がすでに支払った原告の治療費合計金二五万八、四九四円(当事者間に争いがない)を加えると合計金四九〇万九、四四〇円となるところ、これについて、さきに認定した割合による過失相殺をすれば金三一九万一、一三六円となり、この金額から右治療費分を控除すると、原告の請求し得べきものは金二九三万二、六四二円となる。

(四)  慰藉料

本件事故の態様、過失の割合、原告負傷の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容、程度、原告の職業、年令、家族関係その他本件に顕われた一切の事情を斟酌すれば、本件事故について原告が慰藉料として請求し得べきものは金一一四万円と認めるのが相当である。

(五)  弁済および損益相殺

被告が原告に対し休業補償および慰藉料の一部として三回にわたり合計金三九万六、〇〇〇円を支払ったことは当事者間に争いのないところであり、≪証拠省略≫によると被告は右のほか同様の趣旨で二回にわたり合計金一三万円を支払った事実が認められる。以上合計すると被告弁済額は合計金五二万六、〇〇〇円となる。

なお、被告は右のほか雑費、交通費等として合計金八、一〇〇円を支払った旨主張するが、これらの損害については原告が本訴において請求していないので、被告の右支払分を控除することは相当でない。

次に、原告が本件事故による前示後遺障害につき自賠法による保険金として金一二五万円を受領していることは当事者間に争いがない。

右被告の弁済額と後遺障害保険金を合計すると金一七七万六、〇〇〇円となるが、これを前示(二)、(四)の損害合計額金四〇七万二、六四二円から控除すると、残額は金二二九万六、六四二円となる。

五、以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告に対し金二二九万六、六六四二円およびこれに対する本件事故の日である昭和四四年二月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容できるけれども、その余の部分は理由がないので失当として棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川端浩)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例