大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)1506号 判決

原告

森秀夫

ほか一名

被告

富士港運株式会社

ほか三名

主文

被告田中治雄および同浅田啓介は、連帯して原告らに対し各金一六一万二四五一円およびこれに対する昭和四五年六月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告田中治雄および同浅田啓介に対するその余の各請求ならびに被告富士港運株式会社および同岩崎延行に対する各請求はいずれも棄却する。

訴訟費用中、原告らと被告田中治雄および同浅田啓介との間に生じた分は、これを五分し、その四を原告らの連帯負担とし、その一を右被告ら両名の連帯負担とし、原告らと被告富士港運株式会社および同岩崎延行との間に生じた分は原告らの連帯負担とする。

この判決は、原告ら各勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告らは、連帯して原告らに対し各金一〇〇七万五九五〇円およびこれに対する昭和四五年六月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一  亡森俊樹は、昭和四四年六月二九日午前一〇時二〇分ごろ、被告浅田啓介運転の普通貨物自動車(静岡四め九四〇四)に同乗し、静岡県三島市南田町三丁目二七番地先の玉川交差点で右折の際、訴外井上秋男運転にかかる被告富士港運株式会社(以下、被告富士港運という)所有の大型貨物自動車(横浜一き六五九二)が直進してきて被告浅田運転の右自動車に衝突した結果、俊樹は瀕死の重傷を負い、同年七月五日同市北田町七番八号所在の武田医院で死亡するに至つた。

二  右事故は、被告浅田および訴外井上がそれぞれ右各自動車を運転するにあたり、いずれも前方注視義務を十分に尽さず、かつ交差点における安全運転を怠つた過失に基づいて発生したものであるから、民法七〇九条、七一九条により、また被告富士港運はその所有の前記大型貨物自動車を自己のため運行の用に供していたもの、被告岩崎は前記普通貨物自動車を所有し、被告日本レンタカー三島こと田中にこれを貸与し、同被告はこれをレンタカーとしてその営業に使用し、それぞれ自己のために運行の用に供していたものであるから、いずれも自動車損害賠償保障法三条により、連帯して原告らに対し本件事故によつて生じた損害の賠償責任がある。

三  本件事故によつて生じた損害は次のとおりである。

1  被害者森俊樹の損害

(一)  逸失利益の損害

亡俊樹は、原告らの長男で、本件事故当時、満一八才の心身ともに健康な男子で、日本大学商学部会計科一年生として在学中であつたが、同大学卒業後はただちに原告ら一族をもつて経営する株式会社尾関屋(資本金三〇〇〇万円、従業員数六五名)に就職の予定で、入社後は同人が原告ら一族中の唯一の男子相続人であることから、将来同会社の中心的幹部としてその経営を担当することが期待され、約束されていたものである。したがつて、右俊樹は、もし本件事故に遭遇して死亡しなければ、右大学を卒業後四〇年間は右会社で勤務することができ、その間、所得は右事故当時の金三万八〇〇〇円の初任給から同じく最高額金二八万円に至るまで逐年増加していく定期給与のほかに、賞与をもあわせ考慮すれば、平均して一か月金一五万円を下らず(なお、株式会社尾関屋では、右事故後の昭和四六年四月に大幅な初任給等のベースアツプが行われただけでなく、賞与も年間六か月分が支給されているから、仮に亡俊樹が右会社の役員など中心的幹部になることがなくても、四〇才になれば一か月金一五万円位の給与が右会社から支給されることになり、しかして四〇才は前記稼働可能期間のほぼ中間的年令であるから、この点からみても、一か月金一五万円は亡俊樹の所得の合理的な平均値ということができる)、したがつて一年間にすると、金一八〇万円の所得からその三分の一に相当する額の生活費を差し引いた残額金一二〇万円程度の利益を毎年継続して挙げ得た筈であるのに、右事故によつて死亡したため、この得べかりし利益を喪失したが、いま右の年間利益額と稼働可能年数を基礎とし、ホフマン式計算法により中間利息を控除して計算すると、右逸失利益の現在額は金二〇七七万円となる。

(二)  慰藉料

亡俊樹は、洋々たる前途を約束され、希望に充ちた学生生活を始めた矢先き、本件不慮の災厄に遭遇して一命を失い、その無念さは金銭には到底見積り難いものがあるが、同人の被つた右精神的損害に対する慰藉料としては金二〇〇万円を下ることはない。

(三)  以上(一)、(二)を合算すると、亡俊樹の損害額は金二二七七万円となるが、原告ら父母は、右俊樹の相続人として法定相続分に応じ、その二分の一に相当する各金一一三八万五〇〇〇円ずつを相続したところ、本件事故による自動車損害賠償責任保険金五六一万八〇九九円をすでに受領しているので、その二分の一に相当する金額を右各相続額から控除すると、控除後の原告らの相続額は各金八五七万五九五〇円となる。

2  原告ら遺族の慰藉料

亡俊樹は原告ら夫婦のひとり息子で、その成人を楽しみに、掌中の珠のようになにひとつ不自由させないで養育してきたのに、本件事故のため右俊樹を失つた原告らの悲しみはまことに筆舌に尽し難く、そしてこの苦痛は終生癒やすことができないが、いま金銭をもつてこれを慰藉するには各金一五〇万円ずつを必要とする。

四  よつて、原告らは、被告らに対し右三の1、2の各損害額を合計した各金一〇〇七万五九五〇円およびこれに対する本件訴状送還の日の後である昭和四五年六月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

以上のとおり述べ、

被告らの各主張事実を否認し、

被告富士港運の主張に対し、

被告富士港運は、本件事故は被告浅田の全面的過失に基づくものであつて、訴外井上には自動車運行上の過失がないように主張するが、原告らとしては到底これを是認することができない。すなわち、訴外井上には、第一に、交差点で直進しようとするときは、当該交差点においてすでに右折している車両等の進行を妨げてはならないとする道路交通法三七条二項の規定に違反するばかりでなく、第二に、前方を十分注視し、他人に危害を及ぼさないように適当な速度と方法による運転をなすべきであるのに、これをしないで同法七〇条の定める安全運転義務を怠つた過失がある。いま、これをさらに詳しく述べると、訴外井上は本件事故現場の交差点を直進しようとし、被告浅田は同交差点で右折して該交差点の中心よりやや東北寄りの地点で両者が衝突したのであるが、右衝突直前において、被告浅田は右衝突地点の東南方四メートルの位置で右折のため直進車が通過するのを待つていたところ、訴外井上の自動車が東進してくるのを約四〇メートル前(西)方に認めたので、その前を右折できるものとして発進したのである。したがつて、この発進の時点では、訴外井上の自動車はまだ交差点に進入していないのに対し、被告浅田の自動車はすでに右折している状態になつている。本件衝突後に被告浅田の自動車が進行してきた方向とは反対の箱根方面に向きを変えられてしまつたことから考えてみても、この点は明らかである。それ故、訴外井上としては、すでに右折している被告浅田の自動車の進行を妨げてはならないのであるから、適宜減速して同車を先きに通過させるべきであつたのに、信号が青色であつたため、自己に優先通行権があることを過信する余り、右折のため交差点内で待機して一時停止もしくは発進しようとしている被告浅田の自動車の状態に注意することなく、また警笛を吹鳴して警告を与えることもなく、漫然、高速で直進して被告浅田の自動車と衝突し、その進行を妨害したのであるから、訴外井上の過失は免れ得ないものといわねばならない。なお、ここで特に強調しなければならない点は、訴外井上運転の自動車は、万一、自動車同志が衝突した場合には相手方に大きな被害を与えることが明らかな大型貨物自動車であつて、これを運転する者の注意義務は、被告浅田運転の自動車のような軽小な車両の運転者のそれに比して大きいことである。されば、本件事故の発生について、被告富士港運の主張するように、被告浅田に全面的過失があつて、訴外井上が全く無過失ということは絶対にあり得ない。

と述べた。〔証拠関係略〕

被告富士港運訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁および同被告の主張として、次のとおり述べた。

一  1 原告らの請求原因事実一は認める。

2 同二のうち、本件事故が被告浅田の自動車運転上の過失によつて発生したこと、被告富士港運が原告ら主張の大型貨物自動車を所有していたことは認めるが、右事故の発生につき訴外井上に過失があること、被告富士港運に原告ら主張の損害賠償責任があることは否認する。

3 同三の1の(一)は不知もしくは否認する。なお、原告らがその平均余命を超えて亡俊樹の四〇年間にわたる逸失利益全部を相続することは条理に反する。

同三の1の(二)、(三)および2はいずれも否認する。なお、原告らが受領した自賠責保険金額は金五六二万五〇九九円である。

二  しかしながら、本件事故は被告浅田の全面的過失に基づくものであつて、被告富士港運および訴外井上には前記大型貨物自動車の運行上の過失がなく、かつ右自動車に構造上の欠陥または機能に障害がなかつたから、被告富士港運には原告ら主張の損害賠償責任はない。すなわち、

訴外井上は、本件事故現場の玉川交差点を西方から直進、通過しようとした際、信号は青色で、先行車も無事通過していることでもあり、東方から進行してきて右交差点で右折しようとする被告浅田運転の普通貨物自動車は、直進車優先の原則により、同交差点附近で待機していてくれるものと信じて進行し同所直前の横断歩道附近まで差しかかり、被告浅田の右自動車と至近距離に接近するや、同自動車が突如、予期に反して、道路交通法の定める交差点の中心の直近の内側を進行しないで、そのかなり手前で右折(この右折の方法は、ひとつには法律に反して直進車である訴外井上の信頼に反する点で危険であるばかりでなく、右折の開始からその完了までに要する対向車線横断のための距離と時間が長くなつて直進車との衝突の機会を多くする点でも極めて危険である。)を開始したため、訴外井上としては、も早やこれを避けることができずに自車の右側前部に被告浅田の自動車の前部を衝突させられてしまつたものであつて、自車をすでに右折開始中の被告浅田の自動車に衝突させたのではない。

と述べ、

被告浅田訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁および同被告の主張として、次のとおり述べた。

一  1 原告らの請求原因事実一は認める。

2 同二のうち、本件事故が訴外井上の過失により発生したことは認めるが、被告浅田に過失のあることは否認する。そして、訴外井上の過失は次に述べるとおりである。すなわち、

本件は、交差点における被告浅田の右折車と訴外井上の直進車の衝突事故であるが、直進車であるが故に訴外井上に過失がないとはいえないのである。なぜならば、被告浅田が右折のため交差点内で一旦停止した際、訴外井上は交差点の手前約一三メートルの地点にあつたが、その後、被告浅田が右折を開始したときには、訴外井上はまだ交差点に進入していないか、あるいは進入しようとしていたに過ぎなかつたから、同人としてはすでに右折している被告浅田の自動車の進行を妨げてはならないのに、これを怠つて交差点に進入し、これを直進、通過しようとした過失により本件事故を惹起したものであるからである。加うるに、右事故当時、直進車は訴外井上の自動車一台だけでなく、その前方にも直進車が先行し、また被告浅田の右折車に先行して右折した車両があつたが、このような場合には、たとえ直進車であつても、右折車に後続する次の右折車の有無やその動静に注意を払い、適宜警笛で合図し、徐行などして事故の発生を未然に防止しなければならないのに、訴外井上はこの注意義務をも怠り、漫然、従前の速度のままで交差点に進入し、これを通過しようとした過失もある。

3 同三は不知。なお、原告らが受領した自賠責保険金額は金五六二万五〇九九円である。

二  しかしながら、仮に被告浅田が本件損害の賠償責任を負うとしても、亡森俊樹は右被告運転の本件事故車に次の事情で同乗したものであるから、右損害の算定上は、いわゆる好意同乗者として、相当の減額がなされなければならない。すなわち、

被告浅田は、亡俊樹とは日本大学の学友であつたが、本件事故の前日、同人から「下宿を移るが、引越しのための自動車もその運転者もすでに頼んである。しかし、運転を頼んだ高校時代の友達が万一来ない場合には、自動車の運転をして呉れ」と頼まれ、友情からこれを承諾のうえ、本件事故当日、下宿先へ赴いたところ、当初頼まれた俊樹の友達は来ることができず、被告浅田が本件貨物自動車を運転するほかなかつたため、やむなく同被告は積荷を手伝い、俊樹を助手席に同乗させて右自動車で移転先へ向う途中、本件事故の発生をみたのである。このように、被告浅田は、亡俊樹を右自動車に好意的に同乗させたというよりも、むしろ、反対に俊樹から頼まれ、やむなくこれを運転せざるを得なかつたもので、講学上のいわゆる他人性の弱い場合であるから、賠償額は相当に減額されなければならない。

と述べ、

被告岩崎訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁および同被告の主張として、次のとおり述べた。

一  1 原告らの請求原因事実一は認める。

2 同二のうち、被告岩崎が被告浅田運転の本件普通貨物自動車を所有し、被告日本レンタカーこと田中にこれを貸与し、もつて自己のため右自動車を運行の用に供していたことは否認。その余は不知である。すなわち、右自動車の登録上の使用者名義だけは被告岩崎に残存しているが、その所有者は訴外トヨタオート静岡株式会社である。なお、被告岩崎に自動車登録上の使用者名義が残存するに至つた事情については後記二に述べる。

3 同三のうち、原告ら主張の損害の数額は争うが、その余は不知。なお、原告らが受領した自賠責保険金額は金五六二万五〇九九円である。

二  しかしながら、被告岩崎は被告浅田運転の本件事故車の運行供用者ではない。その理由は次のとおりである。すなわち、

被告岩崎は、昭和四一年二月から訴外石渡武志と共同で同人が代表者となり、被告岩崎はその補助をしたり、自らトラツクの運転に従事したりして「高橋運送店」を経営し始めたが、その使用トラツク二台が古くなつたため、これを買い換えることとなり、買受人名義および登録上の使用者名義は被告岩崎とし、月賦代金支払のための手形の振出し名義人には訴外石渡がなり、同人が右運送店営業の利益で右手形金を支払うことにして、昭和四三年八月七日訴外トヨタオート静岡株式会社から右中古トラツク二台を下取車として、トヨエース二台を、代金六九万円、右下取車二台の下取り代金三五万円を差し引いた残金三四万円に月賦期間の利息金六万三六四八円を加算した合計金四〇万三六四八円を同年九月末日に金一万七二四八円、同年一〇月から昭和四五年八月まで二三回にわたり毎月末日限り金一万六八〇〇円ずつに分割して訴外石渡振出しの約束手形で支払う、右月賦金の支払期間中は右自動車の所有権は右訴外会社が留保する約定で買い受け、同会社を所有者、被告岩崎を使用者として自動車登録を了したが、そのうちの一台が被告浅田運転の本件事故車であり、爾来、右自動車は二台とも「高橋運送店」の営業に使用されていた。ところが、被告岩崎は、同年一二月三一日訴外石渡との合意により「高橋運送店」の財産関係を清算のうえ、その経営から脱退し、その際、右トラツク二台の所有者および使用者名義の変更は月賦金完済前で前記訴外会社の承諾が得られないため、訴外石渡において右月賦金完済後に同人に右各名義を移すこととした。したがつて、それまで右トラツク二台の使用者名義は被告岩崎に残ることとなつたが、それ以外には同被告は「高橋運送店」とはもちろん、訴外石渡や右トラツク二台とも一切関係がなくなり、翌四四年一月六日から訴外山田車体工業株式会社に雇われ、爾来今日まで同社の自動車陸送仕事に従事している。なお序でながら、訴外石渡は、その後「高橋運送店」を単独で経営し、訴外西濃運輸株式会社沼津荷扱所の配送仕事の一部を下請するなどし、本件事故車も同運送店の営業に使用していたが、そのうち荷扱い量が減少するなど仕事の都合で右自動車を必要としないことになつたところ、レンタカー業を営む被告田中がこれに目を付け、昭和四四年六月始めごろ、訴外石渡にこれが買取方の申込みをし、値段は後日なお協議することとして、とりあえず右自動車の引渡しを受けるや、車体に残されたクリーム色の「西濃運輸」なる表示の上に水色の塗料を塗つて、右文字を抹消するなどして同被告のレンタカー業に使用の準備を整えたところ、同年同月二九日かねて知合いの被告浅田または同被告に紹介された亡森俊樹から下宿移転の荷物運搬用に貸与方の申込みを受けたことから、被告田中は訴外石渡に無断で右自動車を被告浅田ないしは森俊樹に貸与し、被告浅田がこれを運転して本件事故を惹起したものである。

以上の次第で、被告岩崎は、本件事故当時、自動車登録上使用者として名義が残つていたけれども、それは真実の使用者である訴外石渡が自動車の月賦金を完済していない関係上、同人に名義の書替えができずにいたに過ぎないのであつて、本件事故車の所有者でないことはもちろん、使用者でもなく、またその運行を支配していたことも、運行による利益を得ていたものでもないから、被告岩崎は自動車損害賠償保障法三条にいわゆる右自動車の運行供用者にあたらない。

と述べ、

被告田中治雄は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁および同被告の主張として、次のとおり述べた。

一  原告らの請求原因事実のうち、一は認めるが、その余はすべて否認する。

二  しかしながら、被告田中は、自動車賃貸業者であるけれども、被告浅田運転の本件事故車、すなわち普通貨物自動車(静岡四め九四〇四)はかねてから面識のあつた同被告に短時間使用のため無償で貸与したに過ぎないから、被告田中は自動車損害賠償保障法三条にいわゆる自動車の運行供用者にあたらない。

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一  原告らの本訴請求原因事実第一項は当事者間に争いがない。

二  右事実に〔証拠略〕を総合すれば、本件事故現場は、三島市南田町三番二七号地先を東西に通ずる白色ペイントでセンターラインが設けられ、幅員一四メートル、左右各二車線ずつのアスフアルトで舗装された国道一号線道路と南北に通ずる県道がほぼ直角に交差する通称玉川交差点で、同交差点の東西両端と南北両端に信号機および横断歩道がそれぞれ設置されていること、被告浅田は、普通貨物自動車(静岡四め九四〇四)の助手席に森俊樹を同乗させてこれを運転し国道一号線道路のセンターライン寄りを西進して玉川交差点に差しかかり、同交差点で右折するべく、その手前で信号待ちのため一時停止し、信号が青色に変るや、先行の普通乗用自動車に続いて発進のうえ、交差点の中心の幾分東寄りのセンターライン附近まで進入し、右先行車が右折したので、その後に追従して被告浅田もまた右折しようと思つたところ、西方から直進してくる赤色の乗用自動車一台を交差点西端附近に認めたことから、やむなく同被告は右直進車に進路を譲り、その通過後に右折しようと考え、同所でさらに一時停止し、同車の通過を待つたこと、そして、被告浅田は、右直進車の通過直後 右折を始めようとした際 西方からまたも直進してくる訴外井上運転の大型貨物自動車(横浜一き六五九二)を交差点の西端よりさらに西方の地点に認めたけれども、同車までの距離やその速度が、その接近前に自車の右折を許すものかどうかをよく確めることなく、かえつて同車まで四〇メートルほどの距離があるうえ、交差点のこととて同車の速度もいくらか加減されようとの判断のもとに、自車が先きに安全に右折できるものと速断して再び発進し、時速七、八キロメートルの速度でゆつくり右折し始めたこと、訴外井上は、右大型貨物自動車を運転して国道一号線道路のセンターライン寄りを時速四七、八キロメートルの速度で前記赤色の乗用自動車の後に続いて東進し、玉川交差点の手前に差しかかつた際、右交差点の中心より幾分東寄りの対向車線上に一時停止中の被告浅田の自動車を認めたが、信号が青色であつたので右速度のままで直進のうえ、同交差点を通過しようとして、その西端附近に至るや、意外にも、右のように停止中の被告浅田の自動車が突然発進し右折し始めたのを前方約二二メートルの地点に認め、急遽、ハンドルを左に切るとともに急ブレーキをかけたが、時すでに遅く、そして被告浅田はまた、前記のとおり発進後約四メートル進行する間には右折進路の方向をもつぱら注視して、訴外井上の大型貨物自動車に対しては同車が目前に迫るまで気付かなかつたため、なんらなす術もないままに、交差点の中心のやや北東寄りの地点において自車の左前部を右大型貨物自動車の右前部に衝突させ、同車は折柄の降雨で湿潤した路面上を滑走して交差点東北隅の歩道上にその前部を乗り上げ 被告浅田の自動車は右衝突のはずみで交差点東端の対向車道上まで逆行してそれぞれ停止したことおよび訴外井上運転の右大型貨物自動車に構造上の欠陥または機能の障害がなかつたことが認められ、右認定を左右するに足りる適当な証拠はなく、そして、車両等は、交差点で右折する場合において、当該交差点において直進しようとする車両等があるときは、どちらが先きに交差点に入つたかに関係なく、当該車両等の進行を妨げてはならず、また 車両等が交差点で直進しようとするときは 当該交差点においてすでに右折している車両等の進行を妨げてはならない(道路交通法三七条参照)のであるから、交差点における直進車と右折車の優先、劣後の関係は、右折車がすでに右折しているか、あるいは右折しようとするかに係つているのであるが、前記認定事実によれば、被告浅田の右折車は一時停止していたセンターライン附近から発進して右折を開始し、約四メートル進み、交差点の中心よりやや北東寄りの地点において同車の左前部を訴外井上の直進車の右前部に衝突させたことが明瞭であつて、この衝突の状態よりすれば、被告浅田の右折車は、右折を開始した直後であつて、右折しようとするものではあつても、すでに右折しているものと認めることは到底できないから、同被告としては、劣後車として一時停止の状態を継続して訴外井上の直進車に進路を譲り、その通過を待つて右折すべきであつたものである。しかるに、被告浅田は、直進車との距離ないしその速度が自車の右折を許すかどうかの判断を誤つたことから、自車が先きに右折できるものと軽信して右折し始めた過失により本件事故を惹起したものというほかはなく、そうだとすると 訴外井上としては 被告浅田の右折車に優先する直進車の関係にあるのだから、その限りにおいては、交差点内で右折しようとして一時停止し待機中の被告浅田の自動車を交差点手前で発見しても、減速、徐行などすることなく、交差点を直進、通過しようとしたことを同人の過失として非難する余地はなく、その運転する車両が大型車である点を考慮してもこの結論に変るところはなく、むしろ、問題は、右のように停止中の被告浅田の自動車が直進車の通過に先き立つて右折を開始することをあらかじめ知りまたは知ることができ、かつその時点で衝突等の結果回避の余地が直進車にあつたかどうかであるが、この点に関し、前記認定事実によれば、訴外井上は、本件交差点の手前に差しかかつた際、右折のため一時停止し待機中の被告浅田の自動車を交差点内に発見したに相違ないけれども、本件全証拠によつてもその当時、訴外井上において被告浅田が直進車の通過を待たず、その先きに右折を開始すべきことを知り、または知ることができる状態にあつたことを認めるに足りる証拠はなく(〔証拠略〕によつて認められる被告浅田が右折を始めようとするに際して西方に認めた訴外井上の直進車の位置と〔証拠略〕によつて認められる訴外井上が交差点内に停止中の被告浅田の自動車が右折のために動き出したのを発見したときの同訴外人の直進車の位置との間には幾分違いがあるけれども、前者の被告浅田が西方に直進車を認めた後、右折のため発車してやや前進するまでには若干の時間を必要とし、また後者の訴外井上においても、交差点内で停止中の被告浅田の自動車が右のとおり動き出し始めてから同訴外人がこれを認知するまでに多少とも時間が経過する筈であることに右の各時間中といえども訴外井上の直進車は時速四七、八キロメートルの速度で進行し続けていることを考え合せば、両者を互に牴触するものとし、そのいずれかを真、他を偽とするには当らないから、前者の被告浅田が右折を始めようとするに際して認めた訴外井上の直進車の位置をもつてただちに訴外井上が右折のために動き出した被告浅田の自動車を発見しまたは発見し得たときの同訴外人の直進車の位置と同一視することはできない。)、また、訴外井上が、右のように交差点内で停止中の被告浅田の自動車がゆつくり発進し右折し始めたことをその約二二メートル手前で発見した際に採つた避譲の措置についても たまたま降雨中で路面がぬれ 滑走し易い状態にあつたことなどを考え合せると、訴外井上の落度として非難すべき点を発見することが困難であり、しかして、以上の認定を覆して本件事故の発生につき被告浅田に過失がなく、訴外井上に過失のあることを認めるに足りる適当な証拠はなく、したがつて、被告富士港運の免責事由(運転者の無過失等)の主張は理由がある。

三  そうすると、本件事故は被告浅田の過失に基づいて発生したことが明らかであるから、同被告は民法第七〇九条により原告らに対し本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務があるものといわねばならないが、被告富士港運については、右被告が前記大型貨物自動車を所有し、自己のためにこれを運行の用に供していたものであることが原告らと同被告の間で争いがないけれども、前叙のとおり自動車損害賠償保障法三条但書の免責事由の主張が理由があつて、これを肯定すべきである以上、同被告に対し右事故による損害賠償の責を帰せしめることはできない。

よつて、次にその余の被告らの自動車損害賠償保障法三条に定める責任の有無につき検討する。

まず、原告らは、被告岩崎は被告浅田運転の前記普通貨物自動車を所有し 自己のためこれを運行の用に供していたものであると主張するけれども、これを認めるに足りる適当な証拠はなく、ただ右自動車の使用者名義が本件事故当時被告岩崎になつていたことは同被告の認めるとこであるが、〔証拠略〕によれば、被告岩崎は、昭和四一年二月ごろ、訴外石渡武志と一緒に半額位ずつの出資をもつて訴外「高橋運送店」こと高橋喜一から同人の営業であつた自動車運送業を営業用自動車数台とともに譲り受けて以来、訴外石渡と共同で従前の「高橋運送店」なる名称を使用して自動車運送業の経営にあたつていたこと、その後、営業用自動車の一部が古くなつたため、これを下取りに出して新車を購入することになり 昭和四三年八月訴外トヨタオート静岡株式会社からトヨタミニエース(UP一〇〇B)四三年型二台を代金合計金六九万円、これから右下取車二台の代金合計金三五万円を差し引いた残金三四万円を二四回の月賦払、所有権は右月賦金完済まで訴外会社に留保する約定で買い受けたうえ そのころ右自動車二台の引渡しを受け、同自動車の所有者名義は訴外会社、使用者および自動車損害賠償責任保険契約者名義は被告岩崎とし、爾来、これを同被告と訴外石渡両名の共同経営にかかる前記運送業に使用し、その収益金を右月賦金の支払にあててきたこと、被告浅田運転の本件事故車(静岡四め九四〇四)は右自動車二台のうちの一台であること、ところが、その後、被告岩崎は、一身上の都合から同年一二月三一日訴外石渡との合意で右共同経営事業の財産関係を一切清算のうえ、右経営から脱退し、したがつてその後は訴外石渡が右自動車二台を含む営業用自動車全部を使用し単独で前記自動車運送業の経営にあたり、右自動車の月賦金やその自賠責保険契約の保険料なども同人ひとりで支払い、一方、被告石渡は、訴外石渡の右営業とは全く関係のない他の会社に運転手として雇われて自動車陸送の仕事に従事し、訴外石渡の営業には一切関与せず、みずから本件事故車の管理はもちろん、使用したことがないこと、しかるに、右事故車の使用者名義はその後も被告岩崎のままとなつている間に本件事故の発生をみたが、このように使用者名義が右事故当時まで被告岩崎のままに残されていたのは、当時まだ右自動車の月賦金の支払が全部済んでいなかつた関係上、被告岩崎などにおいて名義変更の手続を求めないで放置していたことによるに過ぎないことが認められ、右事実によれば、被告岩崎は被告浅田運転の本件事故車を使用する権利を有し、自己のためこれを運行の用に供するものとは認め難く、原告らと被告岩崎の間で成立に争いがなく、原告らとその余の被告らの間では被店岩崎延行本人尋問の結果により成立を認めうる甲第六号証の三のみによつては前記認定を覆して、被告岩崎を右事故車の保有者と認めるのに十分でなく、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、被告岩崎には自動車損害賠償保障法三条に定める責任を負わせることはできない。

次に、原告らは、被告田中は被告岩崎から借り受けた本件事故車をレンタカーとしてその営業に使用して自己のためこれを運行の用に供していたと主張し、被告田中は、同人は自動車賃貸業者であるけれども、右自動車をかねて面識のある被告浅田に短時間無償で貸与したものであるから、自動車損害賠償保障法三条にいわゆる自動車の運行供用者にあたらないと主張するので、調べてみるに、〔証拠略〕の結果(ただし、被告田中治雄本人の供述中後記信用しない部分を除く。)を総合すると、被告田中は、昭和四四年一月ごろ以来、日本レンタカー三島なる名称を使用して自動車の賃貸業を営んできた者であるが、同年六月始めごろ、訴外石渡武志が単独で使用、管理し、訴外トヨタオート静岡株式会社が前記のとおり月賦金完済まで所有権を留保している本件事故車(静岡四め九四〇四)を、自己の営業用のレンタカーに使用する目的で、同訴外人との間で代金およびその支払方法等は後日双方協議して決める約定のもとに、買い受ける約束をしたうえ、そのころ同訴外人から右自動車の使用の許諾を得てこれが引渡しを受けるや、その車体に残された訴外石渡の従前の営業関係の「西濃運輸」なる表示を塗料で塗りつぶすなどして自己の用途に使用していたこと、同年同月二九日朝、被告田中は、その自動車賃貸業の営業所で亡森俊樹の意を受けた被告浅田から引越し荷物の市内運搬に使用するため貨物自動車一台を貸与されたいとの依頼を受けたことから、本件事故車は当時まだ訴外石渡との間で買受けの値段などの取り極めができていなかつたので、自己の営業用のレンタカーとして正式に貸与することが憚られたが、被告浅田の折角の依頼でもあるので、同被告に対し一、二時間で用済み次第ただちに返還する約束のもとに、右自動車を貸与したこと、被告浅田は、同日、右借受け後程なくして同自動車に森俊樹の依頼による同人の下宿引越しの荷物を積み込み、その助手席に俊樹を同乗させてこれを運転中本件事故を惹起したものであることが認められ、被告田中治雄本人の供述中、右認定に反する部分は信用することができず、その他に右認定を左右するに足りる証拠はなく、そうすると、被告田中は訴外石渡から右事故車を買い受ける約束をしてこれが使用の許諾を受け、自己の用途に使用していたものであるから、一般的、抽象的にみて右自動車を自己のため運行の用に供する者と解すべきであり、そして、このように自己のため自動車を運行の用に供する者は、その自動車をたとえ他人に貸与した場合でも、その運行が借受人のためもつぱら排他的に行われたという特段の事情のない限り、貸与者の運行支配はなお継続し、運行利益もこれに残存するものと認めるのを相当とするところ、いま本件についてこれをみると、被告浅田が本件事故車を被告田中から僅かな時間を限つて一時的に借り受けたに過ぎないことは右認定のとおりであつて、その他に右自動車の運行が借受人である被告浅田のためもつぱら排他的に行われたという特段の事情として認めるべきものが見あたらないから、被告田中の同自動車に対する運行支配はなお継続し、運行利益も残存していたものと認めざるを得ず、そうすると、被告田中は本件事故車を自己のため運行の用に供した者として自動車損害賠償保障法三条に定める損害賠償責任を免れ得ないものといわねばならない。

四  されば、以下に本件事故によつて生じた損害額について判断する。

1  被害者森俊樹の損害

(一)  逸失利益の損害

〔証拠略〕、原告らと被告田中を除くその余の被告らとの間で成立に争いがなく、原告らと被告田中の間ではその方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき〔証拠略〕によれば、被害者森俊樹(昭和二五年一〇月四日生れ)は、原告らの長男で、本件事故当時、満一八才の健康な男子であり、かつ日本大学商学部経営学科一年生であつたが、将来、同大学卒業後は原告森セキ子の父山田治助一族が経営し、原告森秀夫も役員をしている株式会社尾関屋(小間物・美容材料販売および貸衣裳営業、資本金三七五〇万円、従業員数約六五名)に就職すると決まつており、右就職後は同会社から月給金三万八〇〇〇円位のほか、年二回の賞与として少くとも四か月分ずつ合計金三〇万四〇〇〇円程度支給を受けることが見込まれていたもので、もし本件事故に遭遇して死亡しなければ、同人は右大学を卒業して就職後少くとも四〇年間は就労することができ、そして、その間、右収入すなわち一年間にすると、金七六万円からその二分の一に相当する生活費を差し引いた残額金三八万円程度の利益を毎年継続して挙げ得たであろうことが認められ、したがつて、亡俊樹は、本件事故によつて死亡したため、この得べかりし利益を喪失した次第であるが、右の年間利益額と就労可能年数を基礎とし、ホフマン式計算法により中間利息を控除して計算すると、右逸失利益の現在額は金七三五万円(380,000円×(22,9230-3,5643)-7,356,306円 一万円位未満の端数切捨。)となる。

(二)  慰藉料

亡俊樹は、大学に入学して間もなく本件災厄に遭遇して一命を失つたが、これに本件証拠にあらわれた同人が前記株式会社尾関屋の経営者の一族であつて、同会社に就職後は将来同社幹部に昇進の見込がない訳ではないなど比較的恵まれた立場にあつたことその他の諸事情を考慮し、かつ前記三で認定したとおり、本件事故が亡俊樹の依頼による下宿引越しの荷物運搬のため、その意を受けた学友の被告浅田が被告田中から借り受けた自動車をもつて右荷物運搬中に発生したものであつて、亡俊樹は右事故車の一種の好意同乗者である点をあわせしんしやくするときは、亡俊樹が本件死亡によつて被つた精神的損害に対する慰藉料は金七〇万円をもつて相当と認める。

2  原告ら固有の慰藉料

原告らは、前叙のとおり、その長男俊樹を大学に進ませた矢先きに本件不慮災厄のため右俊樹を失つたもので、その悲しみは察するに余りあるが、本件証拠にあらわれた諸般の事情を考慮し、かつ亡俊樹が前記のとおりその下宿移転の引越し荷物運搬のため被告浅田に運転を依頼した本件事故車の一種の好意同乗者である点をあわせしんしやくするときは、右俊樹の本件死亡によつて原告らが被つた各精神的損害に対する慰藉料としては、各金四〇万円をもつて相当と認める。

3  保険金の受領と右控除後の損害額

右の(一)、(二)の被害者俊樹の損害額は合計金八〇五万円であるが、右俊樹が原告らの長男であることは前記のとおりであるから、原告ら父母は、俊樹の本件死亡により、その相続人として法定相続分に応じ右損害額の二分の一に相当する各金四〇二万五〇〇〇円ずつの損害賠償請求権を相続し、そして、これに右2の原告ら遺族固有の各損害を合算すると、原告らの損害総額は各金四四二万五〇〇〇円となるが、〔証拠略〕によれば、原告らは本件事故による自動車損害賠償責任保険金五六二万五〇九九円をすでに受領したことが明らかであるので、その二分の一に相当する各金二八一万二五四九円(円位未満の端数切捨)を原告らの右各損害総額からそれぞれ控除すると、右控除後の原告らの損害額は各金一六一万二四五一円となる。

五  以上の理由により、本件事故による損害賠償として、すでに受領したもののほか、原告らがそれぞれ賠償を受けるべき損害金額は各金一六一万二四五一円であるから、原告らの本訴各請求は被告浅田および同田中に対し、右各金員およびこれに対する本件訴状送達の日の後であることが記録上明らかな昭和四五年六月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で正当として認容するが、右被告らに対するその余の請求ならびに被告富士港運および同岩崎に対する各請求はいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項但書、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡村利男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例