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名古屋地方裁判所 昭和45年(む)539号 決定 1970年7月25日

右の者に対する行進又は集団示威運動に関する条例(昭和二四年愛知県条例第三〇号)違反、公務執行妨害被告事件につき、名古屋地方裁判所裁判官鶴巻克恕がなした保釈許可決定に対し、検察官大森敏夫から適法な準抗告の申立があつたので当裁判所は決のとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

一本件準抗告申立の趣旨および理由は、検察官大森敏夫提出にかかる昭和四五年七月一八日付準抗告および裁判の執行停止申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用するが、その要旨は、

被告人については、現在、住居が判明せず、また、証拠隠滅のおそれがあるほか、原決定は、被告人がさきに昭和四四年六月八日いわゆるアスパック闘争伊東事件により逮捕勾留され、その後金一五万円の保釈保証金を納付し保釈されるに際し、静岡地方裁判所沼津支部裁判官がした住居の制限に違反した事実を容認し、右住居の指定を無視して新たな制限住居を指定し、保釈保証金を不当に低額である金一〇万円として保釈を許した違法がある、

というにある。

二よつて按ずるに、本件関係記事等によれば、

被告人は、昭和四四年六月八日いわゆるアスパック闘争伊東事件に関連し、逮捕され、同月一一日勾留され、ついで、同月三〇日、静岡地方裁判所沼津支部に兇器準備集合罪のかどで起訴され、同年七月二二日、同支部裁判官により、保釈保証金一五万円、制限住居、浜松市有玉南町一〇〇五番地高林秀夫(父親)方の指定条件を付して、保釈を許され、その後、その制限住居を同年八月二三日付で、名古屋市瑞穂区亀城町五丁目四二番地明治館内に、さらに、昭和四五年二月二一日付で、前記浜松市の高林秀夫方に、各変更することを許可されていたところ、これより先、被告人は、昭和四五年一月頃から、革労協系熱田反戦の構成員で昭和四四年一一月一六日首相訪米阻止東京闘争で逮捕された前歴者である金田美子の居住する名古屋市中区長岡町三丁目一三番地所在の同女の居宅に同居し、実父はじめ家族との連絡、面接、家族からの生活費の送金も同所で受けるようになり、同年五月頃は、いわゆる常任活動家として学生運動、反戦運動の仕事にたづさわつていたものであるところ、同年六月二一日、前示頭書被告事件について、その被疑者として現行犯逮捕され、刑事訴訟法第六〇条第一項第一号ないし第三号の事由ありとして、引続き同年六月二四日以降、名古屋地方裁判所裁判官小林克巳の発した勾留令状により勾留され、その後、七月三日付をもつて、前示頭書被告事件について、名古屋地方裁判所あて公訴が提起せられ、現在に至つているところ、昭和四五年七月一八日、名古屋地方裁判所裁判官鶴巻克恕が、被告人弁護人平野保他二名の保釈の請求を容れ、保釈保証金一〇万円、制限住居、名古屋市中区長岡町二丁目一三番地金田方などの条件を付し、被告人に対し、保釈を許可する旨、決定したことが、

各認められる。

三そこで、まず、被告人について、現在、刑事訴訟法第八九条第六号にいわゆる住居が存すか否かについて、検討するに、前示認定の事実からすれば、被告人が、金田美子方に居住するに至つたのは、昭和四五年一月頃からであり、そこで数カ月間生活し、家族からする連絡、面接、生活費の送金も、現実に、同所において、これを受けているというのであるから、右場所が被告人の住居であることが明らかであり、検察官の主張するとおり右住居が前示静岡地方裁判所沼津支部裁判官の指定したところの制限住居に違反した住居であり、また右住居がいわゆる学生運動や反戦運動の仲間の居宅であると認められるとしても、右の理由をもつて、前示被告人の住居が、刑事訴訟法第八九条第六号の被告人の住居でないと解するのは、相当でない。

したがつて、本件において、被告人のいう住居が、仮空であるとか、単なる一時の滞留場所にしか過ぎないなど、他に反対の事実について認むべくもない以上、被告人については、現在、前示金田美子方に、その住居が存するものというべきである、

しかのみならず、右金田美子方が、被告人の住居であることは、検察官大森敏夫作成にかかる昭和四五年七月三日付本件起訴状の記載にてらしても、同検察官の自陳するところであつて、この点に対する検察官の主張は、当裁判所において、到底、首肯し得ないところである。

四つぎに、被告人について、証拠隠滅のおそれが存するか否かについて、検討するに、前示認定の事実からすれば、被告人は、いわゆる現行犯人として、犯行現場において、逮捕せられたものであること明らかであるほか、この種事案の性質上、いわゆる被告人の現場における犯行については、警察官において、十全の証拠集取措置を講じていることがうかがわれ、また、被告人において、警官らに対し、本件関係証拠の隠滅をなさしめるが如きは、事実上不可能であるものと認められる。さらに、検察官のいういわゆる事前共謀の点に関する証拠についても、それ自体その存在が不明確であるばかりか、かえつて、本件については、単なる黙示の現場共謀がうかがわれるにとどまり、そのうえ、現段階においては、いわゆる共犯者全員が、すでに保釈せられている以上、とくに、被告人について、その証拠隠滅の可能性が存するとも考えられない。

したがつて、この点に関する検察官の主張は、現段階においては、当裁判所において、採用し得ないところである。

五また、原裁判が前示静岡地方裁判所沼津支部裁判官の制限住居としたところにしたがわないで、これとは別個に、前示金田美子方をその制限住居としたことの違法をいう点について検討するに、この点は、一見、原裁判官が、前の裁判が存するにもかかわらず、これを無視し、これと抵触する違法な裁判をなしたものの如くである。

しかしながら、本件被告人については、昭和四四年六月一一日付、静岡地方裁判所沼津支部裁判官による勾留の裁判のほか、これとは、別に昭和四五年六月二四日付当裁判所裁判官による勾留の裁判がなされていることは、明らかなるところ、右両者は、各々それぞれ別個の罪を基礎に、その勾留要件を判断し、なされたものであり、これら各勾留に対する保釈の裁判も、事の性質上、それぞれ、各別個に独立してなさるべきものであると解される以上、原裁判官が、保釈の裁判に際し、前示沼津支部裁判官の保釈条件に拘束されるものではないことは、当然であり、原裁判官が、前示本件の制限住居を指定したとしても、そのことの実際上の当否は格別、これをもつて直ちに刑事訴訟法第九三条に違背するものとはいえない。この場合においては、被告人が、一方について、制限住居の変更を申し立て、その裁判の是正を求めることも一応可能であり、本件については、現にその手続中であることが認められる。仮に、それが容れられないとしても、被告人が、現実に一方の住居にのみ居住することが当然、他方の保釈条件に違反し、刑事訴訟法第九六条本文の規定によつて保釈の取消さるべき場合に該当するものといえないのは勿論、そもそも、この場合においては、被告人について、結果的に二つの住居が許容された趣旨と、解する余地もあるのであり、いずれにしても、前示の如き事情の下では、原裁判の如き指定をもつていまだその裁判の取消事由を構成するもの、と解することはできない。

もつとも、この点については、「被告人の保釈に際し、刑事訴訟法第九三条第二項が一定の条件を附すことを認めたのは、少くとも、被告人の住居の指定に関する限り、被告人の現住所を特定制限し、裁判所からする諸般の手続、連絡を容易、確実にし、ひいては、これによつて被告人の公判への出頭を確保しようとする目的に出たものであるから、被告人について別の裁判所(裁判官)による保釈に際し、すでに制限住居の指定がなされている以上、他の裁判所(裁判官)が別個の保釈をなすに際し、被告人に対しこれと異なる場所を制限住居として指定するのは、住居の選定につき被告人に現実の不可能を強い、また訴訟手続の確実を害するもので許されない、」とする反論も予想されないわけではない。

しかしながら、仮に、かかる見解によるときは、将来、被告人から、その制限住居の変更が申出られた際、それぞれの裁判所(裁判官)は、他の裁判所(裁判官)の制限住居の指定に拘束されるほかなく、結局、いずれの裁判所(裁判官)においても、制限住居の変更をなし得ないという不合理な結果を招来する。したがつて、かかる場合の手続的な調整について特段の規定も存しない現行法の下では、裁判所が、前示のとおり、各独立して、その条件の指定をなし得ると解するのがなお合理的で、その際、現実に生ずる条件遵守上の不合理については、被告人において、変更申立をなし、これを是正するのが、相当と解される。

したがつて、この点に関する検察官の主張は、排斥を免れない。

六また、保釈保証金の過少をいう点について検討するに、この点については、前示昭和四四年七月二二日付、静岡地方裁判所沼津支部裁判官のなした保釈決定の事案と本件原決定の事案とは、被告事件の性質、情状、証拠の証明力、その他被告人の出頭を確保しうる可能性などの点において異なることがうかがわれ、これが同一であることの証明は何等存しない。したがつて、原裁判官の保釈保証金の決定が前示静岡地方裁判所沼津支部裁判官の決したところにしたがわず、これを下廻つたとしても、そのこと自体、原裁判官の適法な裁量権の行使によるところというべきであり、その他原裁判官の保釈保証金一〇万円の決定について、その金額が不当に過少であると断じうべき事情については、これを認むべくもない。

七よつて、本件準抗告の申立は、理由がないものと認め、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項により主文のとおり決定する。(野村忠治 川瀬勝一 鬼頭史郎)

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