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名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)3988号 判決 1970年2月23日

原告

小久保清一郎

ほか一名

被告

鈴村健

主文

被告は原告ら各自に対し、金一一〇万九、二六〇円宛及び、これに対する昭和四三年五月一五日以降完済まで、年五分の割合による金員を支払え。

原告らその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を原告ら、その一を被告の負担とする。

この判決は、原告ら勝訴部分につき、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

原告は、「被告は原告らに対し金八六六万三、四六三円及び、これに対する昭和四三年五月一五日以降完済まで、年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言。

被告は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

第二、当事者の主張

(原告の主張)

一、訴外亡小久保勝彦(以下、被害者という)は、左記事故により死亡した。

(一) 日時 昭和四三年五月一四日午後六時一〇分頃

(二) 場所 豊川市千歳通り一の四二番地先交差点

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(名古屋5ほ六八五七)

(四) 事故の態様 被害者が右交差点を横断して道路中央部附近に至つたとき加害車が被害者に衝突。

(五) 死亡 昭和四三年五月一五日死亡

二、被告は加害車を所有しこれを自己のため運行の用に供していたから自賠法三条の責任。

さらに、被告は、信号機の設置されていない本件交差点にさしか、つたのであるから、横断者の有無等十分確認して進行すべき義務があるのにこれを怠り、因つて、加害車を被害者に衝突させたものであるから、民法七〇九条の責任。

三、損害

(一) 逸失利益 八五一万七、五六三円

被害者は当時六歳の健康な男児であつたから、順調に成長し二〇歳から六三歳までの四三年間十分に稼働し得たものと推定できる。そして、昭和四〇年四月当時、全国産業常用労働者一〇人以上を雇用する事業所の平均年間現金給与額は、二〇歳―二四歳が三六万三、一〇〇円、二五歳―二九歳が四八万一、六〇〇円、三〇歳―三四歳が五八万一、五〇〇円、三五歳―三九歳が六五万六、六〇〇円であり、この合計二〇八万二、八〇〇円を四で除して二〇歳乃至三九歳間の平均年間給与額を求めると金五二万〇、七〇〇円となる。しかるところ、被害者の年間生活費は一四万四、〇〇〇円となすのが相当である。そこで、これにホフマン式計算法を施し、現在価を求めると金八五一万七、五六三円となる

(37万6700円×22.611「43年の係数」)。

原告らは被害者の両親であり、これを相続分に応じ承継取得した。

(二) 原告らの財産的損害 一二万七、三八〇円

内訳

病院治療費等 五万一、四八〇円

葬儀費 七万五、九〇〇円

(三) 原告らの慰藉料 各一五〇万円

しかるところ、原告らは右合計一、一六四万四、九四三円の損害中、自賠責保険二九八万一、四八〇円を受領しているのでこれを控除する。

四、よつて、原告らは、被告に対し右残金八六六万三、四六三円及び、これに対する本件事故発生の日の翌日たる昭和四三年五月一五日から完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

一、原告主張事実中事故発生の事実、被告が加害車の運行供用者であること、原告らが被害者の相続人であることは認めるが、その余は争う。

二、本件事故は、対向車線の対向車の直後から、被害者が左右の確認もせず飛び出したため発生したものである。被告としては、加害車からは全く見えない部分から被害者が飛び出したものであり避けられない事故であつた。仮に、被告に過失があつたとしても、被害者、両親たる原告らの過失は大であるから、過失相殺なさるべきである。

第三、証拠〔略〕

理由

一、本件事故発生の事実は当事者間に争がなく、〔証拠略〕を総合して認定した本件事故発生の状況及び、当事者双方の過失は、次のとおりである。

(一)  本件事故現場は、南北に通ずる国道一五一号線(歩車道の区別があり、車道幅員九米の平坦舗装道路)と、東西に通ずる道路(歩車道の区別なき幅員六米の舗装道路)とが、直角に交差する信号機の設置なく、交通整理の行われていない交差点である。当時は、薄暮であつたが、加害車は前照灯はつけていなかつた。なお、国道の交通量は決して少くなかつた。

(二)  被告は加害車を運転して国道を南進し時速三五粁で本件交差点にさしかゝり、十数米手前で対向車とすれちがつたうえ右交差点に進入して直進しようとした。このような場合、自動車運転者としては、前方及び左右に対する警戒を厳にし、さらに、減速徐行する等して、すれちがい直後に発生することあるべき交差点の横断歩行者との接触衝突事故を未然に回避すべき義務あることは明らかである。しかるに、被告は右対向車とのすれちがいに若干注意を奪われ、折から交差点を西から東に横断すべく加害車の進路上にかけ出して来た被害者の発見が遅れ、同人を右斜前方約九米に迫つて初めて発見したうえ、前記速度を持してまん然、直進していたため、急制動をかけたが及ばずして加害車前部を被害者に衝突させてこれを路上に転倒させ、因つて、同人に対し頭蓋内出血等の重傷を負わせ、翌日、死亡させるに至つたものである。

被告は、被害者にも過失があるとして過失相殺を主張するが〔証拠略〕によれば、被害者は昭和三七年一二月二三日生れで当時五年六月足らずであつたことが認められるところ、同人が当時事理弁識能力を有していたことの証拠はないから、この点の主張は理由がない。しかし、〔証拠略〕及び前掲事実によると、当時、被害者の父たる原告清一郎は工員をして夜勤の時は昼間在宅していたため、母たる原告五子はパートタイムの外交員をしていたこと、当時、被害者は幼稚園に通園していたが、退園後は右国道を横断した位置にある友人達の家へ遊びに行くことが多かつたこと、原告方は右事故現場より一〇〇米位の距離にあつたこと、原告らは、被害者が右国道を横断し或はその周辺に遊びに行くことについて放任していたことが認められる。したがつて、被害者の監護者たる原告らにも監護上の過失があり、これも本件事故の発生に寄与しているというべきであるから、所謂被害者側の過失として斟酌さるべきであり、原告らの過失と被告の前記過失を対比すると、その割合はおゝよそ二対八と認めるのが相当である。

二、被告が加害車の運行供用者である事実関係については当事者間に争がないから被告は自賠法三条の責任がある。

三、損害

(一)  被害者が当時五歳有余の男児であつたことは前記のとおりであり、生来健康であつたことは〔証拠略〕により認められるから、被害者は平均余命まで生存することができたと推認し得る。そして、被害者は、満二〇歳頃から就業し満五五歳頃までの三五年間は十分に就労し得たものと考えられる。そして、その間の収入としては、昭和四一年度全産業常用労働者の男子一ヵ月平均給与額四万六、六〇〇円(日本統計年鑑昭和四二年度版、三九〇頁参照)を採用し、生活費を五割とすると年間純益は二七万九、六〇〇円となる。そこで、これにホフマン式計算法を施し本件事故当時の現価を求めると三八三万円(万以下切捨)となる。

4万6600円×(24.70194-10.98083)=383万円

そして、原告らが被害者の相続人であることは当事者間に争がないから、原告らは、右請求権を二分の一宛承継取得したものというべきである。

(二)  原告らの積極支出

〔証拠略〕を総合すると、原告らは、被害者の病院治療費等五万一、四八〇円、葬儀費七万五、九〇〇円を支出したことが認められ、右は相当な損害と認める。

したがつて、原告らの財産的損害は各金一九五万二、九五〇円となるが、前記過失を斟酌してこれを金一五〇万円に減額すべきである。

(三)  慰藉料

原告らの家族構成、生活環境、本件事故の態様、当事者双方の過失の程度その他諸般の事情を彼此総合すると、被害者の両親たる原告らの慰藉料は各一一〇万円とするのが相当である。

したがつて、原告らの損害は各金二六〇万円となるが、原告らの自認する自賠責保険各金一四九万〇、七四〇円を控除すると、残額は各金一一〇万九、二六〇円となる。

四、よつて、原告らの本訴請求は被告に対し、各金一一〇万九、二六〇円宛及び、これに対する本件事故発生の日の翌日たる昭和四三年五月一五日から完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、民訴法九二条、九三条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 可知鴻平)

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