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名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)3657号 判決 1972年2月25日

原告

高橋淳

外六名

右七名代理人

大脇松太郎

外二名

被告

昭和土木株式会社

右代理人

入谷規一

外三名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  申立

一  原告ら七名

「被告は各原告に対し別紙「請求金額」合計額欄記載の各金額と、これに対する昭和四三年一二月七日から各支払済みにいたるまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする」

との判決および担保を条件とする仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文と同旨の判決を求める。

第二  主張

一  原告らの請求原因

(一)  原告らはいずれも二十数年前から住宅地である名古屋市昭和区駒方町四丁目に別紙「土地・建物所有・居住関係」記載のとおり土地、建物を所有・居住し、充分な日照・通風を享受して平穏かつ健康な環境のもとに快適な生活を営んできたものである。

(二)  被告は土木工事請負等を業とする会社で、原告ら居住地の南側に隣接する同所三八番宅地三五〇坪余り(別紙図面表示(タ)(レ)(ソ)(ツ)(タ)を他から賃借して木造トタン葺平家建居宅兼物置等を建築所有していたものであるが、昭和四三年三月頃従前の建物の一部を撤去して右宅地上北側部分に東西に細長い鉄筋コンクリート造四階建従業員宿舎の新築に着手し、同年一〇月頃別紙図面に被告会社建物と表示した位置に別紙建物目録記載の建物を完成させてその頃被告従業員らを入居させたが、右建物は原告ら居住地の南端である同図面表示、(リ)、(タ)線上にあるコンクリート塀から南にわずか三米ほど離れているだけである。

(三)  そのため原告らの居住家屋は同年一〇月一〇日頃から被告の建築した右建物に妨げられて、日照・通風が極度に悪化して昼なお暗く、夏期はひどくむし暑いのに対して冬期は逆に肌寒く、それまであり余る程の日照と通風を享受してきた原告らの快適な生活は一挙にくつがえされて、居住者の肉体的・精神的健康にとつては甚だ劣悪な生活環境に一変したばかりでなく、被告建物の四階からは原告ら居宅内部を望観されるおそれもあるのであつて、これらのため原告らはいずれも多大の精神的苦痛を強いられることとなり、加えて、従前より長時間にわたつて電灯および冷暖房用電気器具を使用せざるをえなくなつたためその電気料金は旧倍するにいたつたところ、被告の建築した前記建物の構造等からすれば、このような状態は半永久的に継続するものと予測せざるをえず、そうなると、原告高橋淳・同大崎峻・同堀田および同田中の所有する前記「土地・建物所有・居住関係」所有土地欄記載の各土地の価格もおのづと低落を免れない。

(四)  右は、被告において、原告らが従前から前記のような環境のもとに居住しその生活を営んできたところからいわば先住特権を有することを知りながら、敢えてこれを侵害するも辞さずとしてその必要の範囲をこえ、その敷地南側には充分余裕があるのに自らの日照を確保すべく北側に偏して高層の建物を建築したことによつてもたらされるものであるから、被告は不法行為者として原告らに対しこれによつて原告らの受けた全損害を賠償する義務があるものというべきところ、被告は、同年四月頃原告らが日照・通風・望観等前記のような不都合が生ずるにつきその建築にあたつては位置・構造等原告らの生活環境を侵害することのないよう配慮されたい旨申入れるべくその代表者に面談を求めたのに対し不在といつわつてこれを拒否し、やむなく居合わせた被告会社関係者に対し、その敷地南側は充分に広いのであるから、せめてあと六米程南に建築されたく、さすれば原告らの日照等も妨げされずに済むであろうことを力説して要請したのにもかかわらずこれを無視して工事を強行したばかりでなく、その着工の際にはもとより完成入居の際にも、工事関係者はもとよりのこと被告会社関係者も原告らに対しては一言半句の挨拶をすることもなく、その存在を無視してはばからなかつたのであつて、これらのことからしても被告の悪意ないし不誠実は推して余りあるというものである。

(五)  そして、原告高橋・同大崎峻・同堀田および同田中所有の前記各土地の昭和四五年度における課税評価額は前記「土地・建物所有・居住関係」各所有土地欄記載のとおりであるところ、被告の本件不法行為によつてその価格は少くとも四割低落して六割に減じたものとせざるをえず、これによる右各原告らの損害は同土地減価額欄記載のとおりであり、原告大崎利三を除くその余の原告らにおける昭和四三年一一月一日から同四五年六月三〇日までの二〇ケ月間における増加電気料金額も同増加電気料金欄記載のとおりであり、しかして、原告らの受けた精神的苦痛による損害は同精神的損害額欄記載の各金額に相当する。

よつて、原告らは不法行為による損害賠償として被告に対しそれぞれ、同合計額欄記載のとおりの金額と、これに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四三年一二月七日から支払済みにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(六)  なお、被告は、原告高橋恒雄の所有居住する建物はその一部が同人方南側のコンクリート塀に接着して建てられているのであるから同原告は自ら日光の享受を放棄したかの如くいうのであるが、居住建物が南側の塀に接着して建てられているからとてその建物居住者自らが日光の享受を放棄したことになるはずはなく、まして同原告方建物のうち右の塀に接着しているのは別紙図面表示の車庫の一部にすぎないのであるから右の主張は論外というのほかなく、また、原告大崎両名方と原告堀田方との間に四階建建物が存在することは被告主張のとおりであるが、右は被告建物が建築された後に建築されたものであるのみならず、被告建物とは比較にならない程小さな建物であつて、その東西に位置する右原告ら方に日影を与えることはない。

二  請求原因に対する被告の答弁

(一)  請求原因(一)の事実は知らない。

(二)  同(二)の事実は認める。但し、被告建物はコンクリート塀から南に、三ケ所の階段部分において2.5米、その余の部分において5.7米離れている。

被告は約八〇名の従業員を擁する土木建設請負業者であつて、昭和三七年頃原告ら居住地の南側に隣接する右三八番宅地約三五〇坪を賃借してその地上に

木造瓦葺平家建居宅床面積24.62平方米(別紙図面表示(A))

木造トタン葺平家建物置床面積107.38平方米(同(B))

木造トタン葺建物床面積145.07平方米(同(C))

木造瓦葺二階建居宅床面積計124.80平方米(同(D))

木造瓦葺平家建物置床面積103.60平方米(同(E))

各一棟を建築所有して各居宅には被告会社従業員計五名を居住させていた(なお、右(B)建物の高さは3.8米であり(C)建物の高さは4.20米であつたが、原告らに対する日照・通風等については何ら支障はなかつた)のであるが、仕事の受注量が増加したうえ名古屋市の災害対策業者に指定されたため、就中災害等の緊急時には迅速かつ多人数の動員が要求されることになつたところから、名古屋市内およびその周辺に分散居住するその他の従業員のために、そしてより多くの従業員を確保するために、共同住宅の確保が必須となつたので、昭和四二年八月頃地主の承諾を得て前記借地上に従業員用の共同住宅を新築することとし、翌四三年二月建築確認を得たうえ被告自ら前記(A)、(B)の各建物および(C)の建物のうち南側の一部を残してその余の部分をそれぞれ撤去しその跡地に地盤工事を施し、株式会社竹中工務店請負のもとに間もなく着工して同年一〇月末頃完成し、同年一一月三日被告会社従業員を入居させたのであるが、右建物の位置は、前主張のとおり、原告ら居住地との境界から南に、本屋部分においては5.7米、北側に突出した三ケ所の階段部分においても2.5米離れているのであつて、建築基進法等の諸基準に準拠した適法の建築物である。

(三)  同(三)の事実中、被告所有建物の存在が原告堀田を除くその余の原告ら居住建物に対し社会生活上の受忍限度をこえて日照・通風を妨げていることは否認し、その余の事実は知らない。

被告堀田方住居は西方よりの日照は妨げられていないけれども冬至の日の正午には二階部分を含めて全く日陰となる。しかしながら、相隣関係においては、本件のような四階建の高い建物はともかくとして、住宅地帯における通常の二階建建物(高さ七米前後)が境界線より民法二三四条一項所定の五〇糎の距離を存している以上、隣地所有者らはその建築の禁止または制限を請求することはできない場合であるところ、もし原告堀田所有地の南側にその境界線から五〇糎離れて右のような二階建建物が建築されたとすれば、原告堀田方居宅がその境界線より北に僅か2.5米しか離れていない関係上、冬至の正午にはその建物に日照を妨げられて全く日陰となることは必定で、これをさけて一階部分まで日照を受けようとすれば境界線より約10.3米、二階部分だけでも日照を受けるためにはこれより約5.5米北に離れた位置に自己の建物を建築すべきであつた(なお、前記、(B)、(C)の建物によつても原告堀田方居宅の一階部分は日陰となつていた)のであつて、これを要するに、原告堀田はその敷地北側に奥行一二米の空地があるのに極度に南側に偏して居宅を建てたために自らその日照・通風を悪くしているものにして、自己の建物を北側に移築すれば事足りるのであり、その余の原告らはいずれも通常の日照・通風を享受している。

そして、原告ら居住地と被告借地との境界には被告建物建築前からコンクリート塀が存在するのであるが、原告高橋恒雄方居住は右の境に接着して建てられているところからすれば、同原告は自ら日光の享受を放棄したものともいうべく、なお、原告大崎両名方と原告堀田方との間には被告建物に匹敵する高さの鉄筋コンクリート造四階建建物が被告建物と相前後して建築されたが、原告ら居宅に対する日照・通風が妨げられているとすれば、この建物による影響も考慮されなければならない。

(四)  同四の事実中、昭和四三年四月頃原告高橋鹿之助・同堀田両名が被告会社代表者と面談を求めて来訪したことのあることは認めるが、その余の事実は否認する。

被告代表者は脳軟化症による言語障害のため応対することができないので、その旨右原告両名に告げて従業員横井幸吉が応対したのであるが、その際右原告両名から本件建物建築用の青写真を求められたので翌日原告堀田方に届けたところ、これに対しては原告らから何らの異議も述べられなかつた。

そして、被告は着工前の同年二月頃請負人の従業員を各原告方に出向かせて挨拶させたが、これに対してはもとより何ら苦情の申出はなく、完成に際してもその旨の挨拶をしている。

(五)  同(五)の事実は知らない。

日照・通風の関係はいうまでもなく土地と土地との相隣関係であるから、土地所有者において、隣地に建物が建築されることによつて日照・通風を妨げられるおそれがあるときには、隣地の将来における利用関係を考慮して予め自己所有地に可能な限り充分な空地を残して建物を建てるか、さもなくば、隣地所有者との間に隣地を承役地とし、自己の土地を要役地として、日照・通風を妨げるような建物を建築しないという地役権を設定するなど日照・通風を享受しうるための措置をこうじておくべきであつて、これをなさずして、適法に本件建物を建築所有する被告に対し、該建物により日照・通風を妨げられたとして損害賠償を求める原告らの本訴請求は失当であるといわなければならない。

第五  証拠関係<略>

理由

一<証拠>を総合すれば、いずれも戦前あるいは敗戦後間もない頃から、住宅地である名古屋市昭和区駒方町四丁目に、原告高欄淳は別紙「土地・建物所有・居住関係」所有土地欄記載の各土地を所有し、その地上に同所有建物欄記載の二階建居宅(別紙図面に高橋淳と表示)を所有してこれに居住し、その息子である原告高橋恒雄は右地上に同所有建物欄記載の平家建居宅二棟を所有しそのうちの一棟(同図面に高橋恒雄と表示)に自ら居住し、他の一棟(同図面に高橋鹿之助と表示)には原告淳の父である原告高橋鹿之助が居住し、原告大崎峻は同所有土地欄記載の土地を所有し、その地上に同所有建物欄記載の二階建居宅(同図面に大崎峻(利三)と表示)を所有してその一階部分に自ら居住し、その二階部分には原告峻の息子である原告大崎利三が居住し、田中実は同所有土地欄記載の土地を所有し、その地上に同所有建物記載の二階建居宅(同図面に田中実と表示)を所有して自らこれに居住し、後に説示する被告建物が建築されるまではその周辺特にその南側に日照・通風を妨げるような建築物等もなかつたところから、通常の市民生活を営むにおいては格別の支障をきたすことがない程の日照・通風を享受して、それぞれ平穏で健康な生活をしていたものであることが認められるのであつて、この認定をくつがえすにたりる証拠はない。

二そして、請求原因(二)の事実は原告ら居住地南端と被告建築の建物との距離を除いて当事者間に争いがなく、鑑定人加藤健一郎の鑑定の結果によれば、被告の建築した右建物の高さは三ケ所の階段部分において14.77米、その余の部分において12.61米であり、これと原告ら居住家屋およびその敷地南端との距離関係は別紙図面表示のとおりであることが認められるところ、鑑定人平沢康男の鑑定の結果によれば、被告建物が日光をさえぎることによつて原告らの居宅に与える日陰の状況は別紙「日照状況」記載のとおりであることが認められるのであつて、この認定に反する証拠はなく、右の事実に<証拠>を綜合すれば、被告建物が建築されたことによつて、原告高橋淳方および高橋恒雄方居宅にあつてはいずれも冬至前後の二・三ケ月間午後の日照が妨げられ、同高橋鹿之助方居宅にあつては冬至前後の若干の期間午後遅くの日照が妨げられ、同大崎利三方居宅(二階建の二階部分)にあつても右鹿之助方とほぼ同じ状況にあり、同田中方にあつては冬至の前後において午前の日照を妨げられることとなり、同大崎峻方(二階建の一階部分)および同堀田小三郎方居宅にあつてはいずれも、右のいずれにも増してより多く日照を妨げられることとなつたことが認められる。

三しかしながら、被告が右建物を建築基準法等諸法規に準拠して適法に建築したものであり、かつその従業員用共同住宅を確保する必要にせまられてこれを建築したものであることは、いずれも<証拠>を綜合して明らかであるから、被告が右建物を建築したことそのこと自体は何ら非難するに値いしないものというべく、しからば、その建築位置は如何というのに、なるほど、<証拠>によれば、右建物の南側にはかなりの余剰地があつて、そこにある古い木造建物を撤去ないし移築すればもとより、これをしなくても、少くとも数米は南に建築しえたはずであり、そうすることに格別の支障もなかつたと認められるのであつて、しかるときは、原告ら居宅に対する日照妨害という事態は全くあるいはほとんど惹起しなかつたであろうことは推測するに難くないのであるけれども、一方土地所有者(ないし借用権者)に対しては、相隣関係上不当の所為に出でない限り、これを任意に利用しうべきこともまた承認せざるをえないところであつて、被告において原告らが従前日照を利用して享受してきた生活利益を敢えて侵害すべく故意にその位置にそのような建物を建築したことはこれを認めるにたりる証拠がなく、他には被告の右建物建築を違法性あるものと断すべき根拠も見出し難い以上、前認定の程度の妨照日害は原告らにおいて社会生活上これを受忍すべき限度内にあるとするのが相当である。

四しかして、被告建物の存在が原告ら居宅における通風を日常生活上耐え難い程に妨害していること、および右建物から原告らの私的生活の秘密ないし平穏等の生活利益が侵害される程にその居宅内部が望観されたとか、そのおそれがあることはこれは認めるにたりる証拠がないから、被告が右建物を建築したことによつて日照・通風を妨害され、あるいは望観されるおそれがあるとして被告に対しこれによる損害の賠償を求める原告らの本訴請求は、原告らその余の主張について判断するまでもなく理由がないといわなければならない。

よつて、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条・九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。 (金野俊雄)

請求金額《省略》

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