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名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)1902号 判決 1970年2月23日

原告

高森忠一

被告

株式会社宇野金型工作所

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し金六万円を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告、その一を被告らの負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分につき、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

原告は、「被告らは各自原告に対し七一万六、七三一円を支払え、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決。

被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、当事者の主張

(原告の主張)

一、原告は、次の交通事故により傷害を受けた。

(一) 日時 昭和四二年一〇月二四日午後六時五一分頃

(二) 場所 名古屋市瑞穂区内浜町地内国道一号線路上丁字型交差点

(三) 加害車 被告宇野運転の普通乗用自動車(名古屋五す三七〇〇号)

(四) 事故の態様 被告宇野が右交差点を南浜通方面から呼続大橋方面に向け右折進行した際、呼続大橋方面より南進中の原告運転の原動機付自転車(以下、被害車という)に衝突。

(五) 傷害 左下腿骨々折、左膝関節内出血、左下腿左足関節挫創

二、責任

(一) 被告宇野は右交差点を右折するに際し、脇見運転の過失があり民法七〇九条の責任。

(二) 被告会社は、加害車の所有者であり、かつ、被告宇野は被告会社の従業員として被告会社の業務を執行中本件事故を惹起したものであるから、民法七一五条、自賠法三条の責任。

三、損害

(一) 被害車の修理代 二万二、三六〇円

(二) 逸失利益

原告は当時、訴外合資会社植田鉄工所に金属仕上工として勤務し、平均一カ月五万二、四九三円の収入を得ていた。また、右勤務のかたわら、訴外合資会社伊藤製作所及び渡辺製作所に技術顧問として勤務し、一カ月伊藤製作所より一万円、渡辺製作所より五、〇〇〇円を得ていた。しかるところ、原告は本件受傷により昭和四二年一〇月二五日より昭和四三年三月二五日までの間右勤務先を欠勤した。したがつて、合計六万七、四九三円の五カ月分合計三三万七、四六五円の収入及び植田鉄工所の昭和四二年度末賞与七万円の収入が得られなかつた。

次に、原告は昭和四三年三月二六日より植田鉄工所に勤務するようになつたが、本件事故による後遺症のため十分作業ができないため、平均一カ月四万八、〇五一円の収入を得ているにすぎない。したがつて、前記五万二、四九三円と右四万八、〇五一円の差額四、四四二円が原告の一カ月の得べかりし利益の喪失であり、この状態は昭和四三年三月二六日より二年間継続するので、この間の逸失利益の現価を求めると金九万六、九一六円となる。

(三) 慰藉料

原告は、本件傷害のため昭和四二年一〇月二四日より昭和四三年三月二五日まで牛巻病院に入院、同月二六日より現在まで通院している。また、右傷害のため右顧問の職務に従事できず、その地位を辞するに至つた。現在も、左足の足首が硬直し、十分曲らず激痛もあり、左足の親指が全然動かず、左足膝の関節が全然曲がらず、したがつて、足に力を入れることができず、足でふんばることもできず、立仕事も十分できない。ために、植田鉄工所においても昇給できず、仕事の量をへらしている関係で、本件事故前の給与を受けることもできない。

このような事情によると、慰藉料は九〇万〇、一〇五円とするのが相当である。

(四) 入浴代 三、二〇〇円

(五) 牛乳代 八、〇〇〇円

(六) 治療雑費 一万八、五二五円

(七) 交通費 一万二、九六〇円

(八) 診断書代 二、三〇〇円

(九) 看護料 五万四、九〇〇円

四、原告は自賠責保険八一万円の給付を受けたのでこれを控除した残額七一万六、七三一円の支払を求める。

(被告の主張)

一、原告主張一は認める、二(一)は否認し二(二)は認める、三(三)のうち原告の入院期間は認める、なお、三の損害の認否については後記三のとおりである。四は認める、その余は争う。

二、本件事故の発生は原告の過失に基くのである。

被告レイ子は本件交差点を右折して国道一号線を南下するため、右折の合図をしながら交差点手前で停車し、国道上の車の流れがと切れるのを待つていた。暫くにして、国道を北進して来た大型貨物自動車が交差点横断歩道手前で停車し、同被告に右折するよう促した。そこで、同被告は左右の安全を確認して右折を開始し、停車中の右大型車の前を通過しようとしたとき、その陰から、国道上の殆んどセンターライン附近を非常な高速で飛び出すように北進して来た被害車が、すでに右折している加害車の前面に衝突して来た。そもそも、原付自転車の運転者たる原告としては道路左側を通行すべくまた、通行区分のある国道一号線では第一通行帯を走行すべく、かつ、右折完了の加害車の進行を妨げてはならない義務がある。さらに、前記の如く大型貨物自動車がすでに停車しているのであるから、徐行し左右の安全を確認して進行すべきである。しかるに、原告は、これに反し、何故、右大型車が停車しているかも考慮せず、同車の右側を、しかも、センターライン附近を原付自転車で追抜くという無謀に等しい運転をしたことにより本件事故が発生したものであるから五割以上の過失相殺がなされてしかるべきである。

三、なお、一にも触れた如く原告の損害は次の如くなる。

(一) 被害車の修理代二万二、三六〇円

(二) 休業補償 三二万一、〇九一円

昭和四二年一〇月二五日から昭和四三年三月二五日までの植田鉄工所勤務による五月分の収入二六万二、四六五円。

将来二カ年間の所得減少率を五%とみて従前の一カ月収入五万二、四九三円を基準とした減収分現価は五万八、六二六円となる

(三) 慰藉料 一、二五万円

入院五カ月 五〇万円

通院実日数七カ月 三五万円

後遺症一二級四〇万円

(四) 雑費 二万二、九五〇円

一日一五〇円の定額による一五三日分

(五) 診断書代 二、三〇〇円

(六) 看護料 五万四、九〇〇円

以上合計一六七万三、六〇一円となるが、これに五割の過失相殺をすると八三万六、八〇〇円となる。

他方、原告は自賠責保険五〇万円、自賠責後遺障害補償費三一万円の給付を受けているのでこれを控除すると、残額は二万六、八〇〇円に過ぎないのである。

第三、証拠〔略〕

理由

第一、本件事故に関する判断

一、原告主張一の事実は当事者間に争いがない。

そこで、〔証拠略〕を総合して認定した本件事故発生の状況及び当事者双方の過失は、次のとおりである。

(一)  本件事故現場は、前記場所を南北に通ずる国道一号線と、西北西に通ずる道路とが交差する交通整理の行われていない三叉路である。国道は幅員一六・六米、舗装平担な見透しよい交通ひんぱんな道路であるが夜間は暗い。西北西道路は幅員九・二米である。両者の道路とも歩車道の区別があり、右交差点の南側の国道上には横断歩道が設置されている。

(二)  被告宇野は前記日時、加害車を運転し西北西道路を右折して国道を南下しようとし交差点手前で停止し国道上の車両のとぎれるのを待つていたところ、北進する一台の大型貨物自動車が横断歩道手前で停車してくれたが、南進車両が多いため右折不能と判断し、暫時、その機会を待つた。すると、また、北進する大型貨物自動車が前同様、横断歩道手前で一時停車して加害車に右折の機会を与えた。そこで、同被告は、南進車に専ら注意しながら時速約二〇粁で右折を開始したのであるが、このような場合、自動車運転者としては、前記のように交通ひんぱんな道路条件に鑑み、一時停車した車両の側方から北進し来るべき車両が皆無ではないことに思いを致し、左右の安全を十分に確認し徐行して北進車との衝突事故を防止すべき義務がある。

しかるに、同被告は、これに違反し、右大型貨物自動車が進路を譲つてくれたことにより北進車はないものと軽信し、南進車の有無、動静に注意をしたのみで右折を開始した過失により、折から、右停止車の右側方を追い抜き北進して来た被害車を衝突寸前に発見し急停車の措置をとつたが及ばずして加害車の前部を被害車の左側面に衝突させて原告を路上に転倒させたものである。

尤も、前掲各証拠によると、原告にも被告が主張する如き重過失が存することは明白であり(この点に反する原告本人の供述は措信できない)、本件損害額の算定については、少くとも、被告主張の如くおおよそ五割の過失相殺をするのが相当である。

二、以上の次第で、被告宇野は民法七〇九条に基く責任がある。また、原告主張二(二)については被告の認めるところであるから、被告会社は民法七一五条、自賠法三条の責任がある。

第二、損害額に対する判断

原告が本件事故により左下腿骨々折、左膝関節内出血、左下腿左足関節挫創を負つたこと、及び原告が昭和四二年一〇月二四日より昭和四三年三月二五日まで牛巻病院に入院したことは当事者間に争なく、〔証拠略〕を総合すると、原告は、同病院を退院後も、同年三月は五回、同年四月は二二回、同年五月は二四回、同年六、七月は各二五回、同年八月は二六回、同年九月は一八回同病院に通院したこと、後遺症として左足関節、左足親指関節に若干の運動障害が存すること、右障害は好転の見込がないとはいえないこと、正座、長時間立つていることは可能であるが、長距離の歩行は疲れ易いこと、通常の労働にはさして支障がないことが認められ、原告本人の供述中、右認定に反する部分は措信し難い(右後遺症は労災等級一二級に該当)。

(一)  被害車の修理代二万二、三六〇円

被告の認めるところである。

(二)  逸失利益

原告が当時、合資会社植田鉄工所に金属仕上工として勤務し平均一カ月五万二、四九三円を得ていたところ、本件受傷により昭和四二年一〇月二五日より昭和四三年三月二五日まで欠勤しその間の給与合計二六万二、四六五円を失つたことは被告の認めるところである。

原告は伊藤製作所、渡辺製作所の技術顧問料毎月一万五、〇〇〇円を失つた旨主張するが、この点に関する原告本人の供述は、これを仔細に検討するとにわかに採用し難いものがあり、〔証拠略〕も、原告本人の供述と対比して、にわかに措信し難く、他に、これを認めるに足る証拠はない。

また、植田鉄工所の昭和四二年度末賞与についても、〔証拠略〕を以てしてもこれを認めるに十分でなく、他に、これを認めるに足る証拠はないからこの部分も認容できない。

次に、将来の逸失利益については、〔証拠略〕を彼此対比し、前記後遺症が労災等級一二級に該当することに照すと、原告の将来の逸失利益は、原告主張の如く昭和四三年三月二六日以降二年間に亘り、植田鉄工所の一カ月収入五万二、四九三円の一四%の減損を生じたものとするのが相当であり、その現価を求めると一六万円(万以下切捨)となる。

したがつて、逸失利益は四二万二、四六五円となる。

(三)  入浴代は認め難い。

牛乳代、治療雑費、交通費(原告入院中の家族の交通費であるから、それは、定額雑費に包含さるべきものである)等は一括して、一日二〇〇円の割合による入院期間一五三日分三万〇、六〇〇円を認容する。

(四)  診断書代二、三〇〇円については被告の認めるところである。

(五)  看護料五万四、九〇〇円については被告の認めるところである。

以上財産的損害は合計五三万二、六二五円となるが、原告の前記過失を斟酌してこれを金二七万円に減額すべきである。

(六)  慰藉料

原告の傷害、入通院期間(入院五カ月、通院実日数一四五日)後遺症(労災等級一二級)本件事故の態様当事者双方の過失の程度その他諸般の事情を斟酌すると、慰藉料は金六〇万円とするのが相当である。

したがつて、本件損害は合計八七万円となるが、原告が自賠責保険及び同後遺障害補償費八一万円の支払を受けたことは当事者間に争がないからこれを控除すると、残額は金六万円となる。

第三、結論

よつて、原告の請求は被告ら各自に対し金六万円の支払を求める限度で正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべく、民訴法九二条、九三条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 可知鴻平)

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