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名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)3178号 判決 1968年8月09日

原告

小徳一輔

被告

三菱自動車販売株式会社

ほか一名

主文

一、被告磯中孝史は原告に対し三、六〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年一二月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告磯中孝史に対するその余の請求および被告三菱自動車販売株式会社に対する請求はこれを棄却する。

三、訴訟費用は原告と被告磯中孝史との間に生じたものはこれを三分し、その一を原告のその二を被告磯中孝史の各負担とし、原告と被告三菱自動車販売株式会社との間に生じたものは原告の負担とする。

四、この判決は主文第一項につき仮に執行することができる。

事実

(当事者の求める裁判)

一、原告訴訟代理人は、「被告らは原告に対し、各自六、七〇〇、一九七円およびこれに対する昭和四一年一二月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

二、被告両名訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(請求の原因)

一、本件事故の発生

(一)  発生日時 昭和四一年一二月一五日午後八時二〇分頃

(二)  発生場所 名古屋市南区道徳本町六丁目二六番地先交差点

(三)  加害車 被告磯中孝史所有の三菱コルト普通乗用自動車(愛五や二〇七八号)

(四)  事故の態様 被告磯中孝史(以下被告磯中という)は加害車を運転し、前記交差点を北から南に向け進行中、同交差点の横断歩道を東から西へ歩行横断中の原告に自車右前部フエンダー附近を衝突させ転倒させた。

(五)  原告の受傷の部位・程度 脳挫傷、左頭頂部・左足背挫創、右上腕・下腿打撲擦過傷、右下顎骨々折、左半身麻痺

二、帰責事由

(一)  被告磯中の過失

同被告は前方不注視の過失により横断中の原告に気付かず本件事故を惹起した。

(二)  被告会社の責任根拠

(1) 被告磯中は被告三菱自動車販売株式会社(以下被告会社という)の従業員であつて、日頃その所有の加害車で通勤し、また時には被告会社の認許のもとにその業務のため同車を使用していた。

(2) 被告磯中の叔父である磯中邦義が被告会社の従業員教育の研修講師として被告会社名古屋営業所における研修を終えて宿泊先へ帰るのを送るべく被告磯中が磯中邦義を同乗させて運行中に本件事故が発生したものである。

すなわち被告磯中は被告会社の依頼もしくは認許のもとに、右磯中邦義ほか二名の研修講師を同乗させ、被告会社名古屋営業所を事故当日の午後五時頃出発し、右講師らの宿舎である「熱田荘」まで送り、そこで前記磯中邦義を除く二名を降ろした後、右磯中邦義を藪井某方へ送るために進行中本件事故が発生したものである。

(3) 被告会社は従業員に対しかねてから自動車購入の便宜を与え、また駐車場の無料使用、ガソリン代を通勤手当として支給するなどの定めを設けて、従業員に対し自家用車で通勤することを奨励していた。これにより被告会社は従業員の作業能力増進という利益を得ており、この自家用車による通勤は被告会社の業務と無関係とは言い難く、むしろ被告会社の利益のために運行されていたものと判断されるべきである。

(4) 被告磯中はガソリン券の給与を受けず、通勤定期(現金)の支給を受けていたものであるが、これは同被告の通勤距離の関係で、有利なほうをえらんだに過ぎない。

(三)  よつて被告磯中は民法第七〇九条により、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条により、原告の蒙つた後記損害を賠償する義務がある。

三、原告の損害

(一)  休業による損害 六八二、五一二円

原告は本件事故当時、名古屋市南区道徳新町、比田井組のとび職として少くとも一ケ月五六、八七六円の収入を得ていたが、本件事故のため昭和四一年一二月一六日から昭和四二年一二月一五日まで休業し、この間六八二、五一二円の収入を得られず、同額の損害を受けた。

(二)  将来の逸失利益 四、三二〇、五二一円

原告は本件事故当時、四四才になる健康な男子であつたから本件事故に遭遇しなければ、満六五才まで二一年間労働可能であつた。

ところが原告は前記受傷の結果、左半身麻痺(殊に左上肢の不全麻痺)・精神障害・発語障害等の後遺症により、労働能力の五六パーセントを喪失した。

従つて毎月少くとも三一、八五〇円の割合により二一年間の得べかりし利益を喪失したことになり、これをホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して一時に得られるべき金額を算出すると四、三二〇、五二一円になる。

(三)  慰藉料 二、五〇〇、〇〇〇円

原告は従前、強健な身体であつたが本件事故による左上肢不全麻痺・精神および発語障害等の後遺症のため日常の起居生活にも不自由な体となつた。この精神的苦痛を慰藉するには二、五〇〇、〇〇〇円が相当である。

四、原告の受領関係

原告は前記損害に対し、自動車損害賠償責任保険から八〇〇、〇〇〇円の支払いを受けた。

五、よつて原告は被告らに対し、前記損害額の合計額から右の受領額を控除した範囲内で六、七〇〇、一九七円およびこれに対する損害発生の日である昭和四一年一二月一五日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告らの主張)

一、被告磯中の主張

(一)  被告磯中に対する請求原因事実中、衝突の部位、被告磯中の過失内容は否認する。

原告の傷害の部位・程度、損害の額および内容は不知。

その余の請求原因事実は認める。

(二)  衝突の部位は加害車の左前部フエンダー附近である。

(三)  過失相殺の主張

本件事故の発生については原告にも重大な過失があつたので、損害額の算定にあたつてはこれを斟酌すべきである。

すなわち、原告は本件事故当時相当程度酒に酔つたうえ、交差点の信号が停止信号であつたのにこれを無視して横断を開始したものである。

被告磯中は東西方向が停止信号であつたから、これを無視して横断するものがあることは思いもかけなかつたので、そのまま進行したのである。

二、被告会社の主張

(一)  被告会社に対する請求原因事実中、衝突の部位、原告の傷害の部位・程度を除く事故発生の事実、被告磯中が被告会社の従業員であること、被告会社名古屋事務所において研修会が開かれていたこと、被告磯中の叔父にあたる磯中邦義が加害車に同乗していたこと、被告会社がその従業員に対し自動車購入の便宜を与えていたこと、従業員に対し駐車場の無料使用、ガソリン代支給等の処置をとつていたこと、被告磯中が通勤定期代の支給を受けていたことは認める。原告の傷害の部位・程度、損害の額および内容は不知。その余の請求原因事実は否認する。

(二)  被告会社は加害車の運行供用者ではなく、本件事故は被告会社の業務執行中に発生したものでもないから、被告会社は本件事故に関して何ら責任を負うものではない。

(1) 被告会社は被告磯中に対し、被告会社が開催していた研修会の講師として来名していた磯中邦義他二名をその宿舎である「熱田荘」まで送り届けることを依頼したことも、また被告磯中が同人らを送り届けた事実もない。

右磯中邦義は事故当日、久し振りに会つた甥の被告磯中とともに親戚の藪井某方を訪れるために被告磯中の運転する加害車に乗つたものであるが、その際偶々翌日の研修準備のために会場に居残つていた他の講師二名も市電大江電停前まで便乗したに過ぎないのである。

右磯中邦義らの講師の出張旅費は宿舎と会場間を市電で通うものとして計算されており、現に事故当日の朝は市電を利用して来ている。

(2) 自動車損害賠償保障法第三条にいう車両の運行供用者とはその車両について運行支配権をもち、かつその運行利益の帰属が自己にあるものをいうのであつて、自動車販売会社である被告会社が自動車販売の一方法として従業員に自車購入の便宜を与え、また自家用車による通勤従業員に駐車場を無償で使用させ、あるいは所定の手続による届出をした自動車通勤従業員に対し通勤手当としてガソリン代を支給する制度があるからといつて、直ちに被告会社が従業員の自家用車について運行支配権または運行利益があるとはいえない。

(証拠) 〔略〕

理由

一、本件事故の発生

原告主張の日時・場所において、南進中の被告磯中運転の加害車が横断歩道を西へ歩行横断中の原告に衝突し、転倒させたことは当事者間に争いがない。

二、原告の受傷の内容

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により脳挫傷、左頭頂部・左足背挫創、右上腕・下腿打撲擦過傷、右下顎骨々折、左半身麻痺の傷病を受けて昭和四一年一二月一五日から昭和四二年八月二日まで入院治療を受け、以後も通院中であること、左上肢の不全麻痺、歯牙脱落による発音の構造障害の後遺症があることが認められる。

三、被告磯中の責任

〔証拠略〕によれば次のような事実が認められ、これを左右するにたりる証拠はない。

被告磯中は清酒約二合を飲んで加害車を運転し、南進車道の中央附近を時速約四〇キロメートルの速度で事故現場の交差点へ至つたが同交差点の手前二、三〇メートルの地点で自車の進路の信号を確認したところ青信号であつたのでそのままの速度で進行した。

そして交差点の中央附近まで進行したとき、左前方約六・七メートルの地点に、西へ向つて横断歩道を歩いて渡つている原告を発見し、急制動の処置をとるとともにハンドルを右へ切つたが間に合わず、加害車の左前部を原告に衝突させ転倒させた。

右事実によれば被告磯中は信号が青であつたので危険はないものと判断して前方に注視せず漫然従前の速度で進行を続けたもので、この点に同被告の過失がある。

よつて同被告は民法第七〇九条により原告が本件事故によつて受けた損害を賠償する義務がある。

四、原告の過失

〔証拠略〕を総合すると、原告は事故当時相当な程度に飲酒したうえ、その進行方向の信号が停止信号であつたのにこれを無視し、左右の安全を確認せず横断を始めたものと認められ、右認定を左右するにたりる証拠はない。

従つて本件事故については原告にも過失があつたものといわざるをえない。

五、原告の受けた損害

(一)  休業による損害 六二二、五一二円

〔証拠略〕によると原告は本件事故当時名古屋市南区道徳新町九―一四比田井組こと比田井克義方にとび職として勤務し、一ケ月平均五一、八七六円の収入を得ていたが、本件事故のため昭和四一年一二月一六日から昭和四二年一二月一五日まで休業し、この間合計六二二、五一二円の収入を得られず、同額の損害を受けたことが認められる。

(二)  将来の逸失利益

原告の前示後遺症の部位・程度、〔証拠略〕によつて認められる治療経過および原告の職業、年令その他本件弁論にあらわれた諸般の事情を考慮すると、原告は本件事故により労働能力の五六パーセントを喪失し、この状態は少くとも今後一〇年間は継続するものと認められる。

この間の逸失利益をホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除して計算すると二、七六九、五九一円である。

(三)  過失相殺

ところで前示のように本件事故の発生については原告にも過失があるので、原告は右損害額の合計額のうち二、七〇〇、〇〇〇円を被告磯中に対して請求しうるものとするのが相当である。

(四)  慰藉料 一、七〇〇、〇〇〇円

前示原告の傷害の部位・程度、治療経過、後遺症の程度、本件事故についての原告の過失その他本件弁論にあらわれた諸般の事情を考慮すると原告の慰藉料は一、七〇〇、〇〇〇円と定めるのが相当である。

六、原告の受領関係

原告が本件事故について自動車損害賠償責任保険から八〇〇、〇〇〇円の支払を受けたことは原告の自認するところにである。

七、原告の被告会社に対する請求の当否

原告は被告会社が加害車の運行供用者であつて自動車損害賠償保障法第三条により原告の損害を賠償すべき義務があると主張するので、この点につき判断する。

(一)  被告磯中が被告会社の従業員であること、事故当日被告会社名古屋事務所において研修会が開かれていたこと、右の研修会の講師で被告磯中の叔父にあたる磯中邦義が事故当時加害車に同乗していたこと、被告会社がその従業員に対し自動車購入の便宜を与え、また自家用車による通勤従業員に駐車場の無料使用・ガソリン代支給等の処置をとつていたこと、被告磯中が通勤定期代の支給を受けていたことは当事者間に争がない。

(二)  〔証拠略〕を総合すると次の事実が認められ、これを左右するにたりる証拠はない。

(1)  本件事故当日である昭和四一年一二月一五日から同月一七日まで被告会社名古屋事務所において、被告会社主催の愛知県およびその近県の農協職員を対象とする研修会が開催され、被告会社の要請で水島自動車製作所の従業員である磯中邦義ら三名が右研修会の講師として招かれた。

(2)  事故当日、磯中邦義は午後四時頃研修会を終つたが、同人の甥であつて被告会社名古屋事務所に勤務している被告磯中とともに同被告の叔父にあたる名古屋市南区宝生町の藪井竹一方へ行くため、翌日の研修会の準備をしながら、同被告の残業が終るのを待ち午後六時頃同所を被告磯中の運転する加害車で出た。その際被告磯中は、同じく翌日の研修会の準備のためにその場に居残つていた他の二名の研修講師を同乗させ名古屋市南区港東通を西進し、途中大江電停前で右二名を降ろした。

そして被告磯中らは名古屋市熱田区内田橋附近の飲食店「とん吉」へ向かい、同店で食事を済ませた後、右藪井方へ向つて南進中、本件事故が発生した。

(3)  磯中邦義らがその宿舎である熱田荘から研修会場へ通う交通機関としては市電を利用するように指定されており、交通費として市電の乗車賃が支給されていた。

(4)  被告会社が被告磯中に対して磯中邦義らの送迎を依頼した事実はなく、右磯中らは事故当日の朝は市電を利用して会場に行つた。

(5)  被告会社はその従業員が社用のために自己の自動車を使用することを禁じており、従業員が社用で外出する場合は被告会社の自動車かあるいはタクシーを利用していた。

(6)  被告会社がその従業員に対して自動車購入の便宜を与え、ガソリン券を支給していたのは、被告会社の系列会社である三菱重工業株式会社の製造にかかり、被告会社がその販売を担当している自動車に限つていた。

(三)  以上の事実によれば、加害車は専ら被告磯中の通勤の用に供されていたものであり、本件事故は被告磯中が退勤の途上、偶々居合わせた叔父の磯中邦義を同乗させ、同人とともに叔父の藪井竹一方へ行く途中発生したものであると認められ、この事実によれば本件事故は被告磯中が自己所有車によつて退勤する過程において発生したものというべきである。

原告は被告会社がその従業員に対して自車車購入の便宜を与えていたこと、駐車場の無料提供・ガソリン代支給等の処置をとり、自己所有車による通勤を奨励して、従業員能力の増進という利益を得ていたのであるから、自己所有車による通勤は被告会社の業務と無関係ではなく、被告会社の利益のために運行されていたと判断されるべきであると主張する。

しかしながら単に社員が自己所有車で通勤していたという一事をもつてしてはその社員の運転が、客観的外形的に見ても会社のため運行の用に供されているものとはいえない(会社の事業の範囲に属しているともいえない)のみならず、本件の場合は自動車の販売会社たる被告会社が自車の販売政策の一環として自車の購入者および通勤者に限り前記のような優遇を与えていたものであるから被告会社が加害車の運行供用者であるとは解しえない(被告会社の業務の範囲に属していたともいえない)。

八、以上の次第であるから原告の被告らに対する本訴請求は被告磯中に対して三、六〇〇、〇〇〇円およびこれに対する損害発生の日である昭和四一年一二月一五日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲内で理田があるからこれを認容し、同被告に対するその余の請求および被告会社に対する請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川正世 渡辺公雄 村田長生)

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