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名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)1997号 判決 1969年3月28日

原告 深尾金治

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 青木俊二

同 岩瀬三郎

同 伊藤宏行

被告 岡崎市

右代表者市長 太田光治

右訴訟代理人弁護士 黒河衛

主文

一、被告は、原告らに対し、それぞれ三〇万円と、これに対する昭和四二年一月一六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はその二五分の一を被告の、その余を原告らの各負担とする。

四、この判決の第一項は各二〇万円に限り仮に執行することができる。

事実

第一、双方の申立

一、原告ら

被告は、原告らに対し、それぞれ七五〇万円とこれに対する昭和四二年一月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決と仮執行の宣言。

二、被告

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、双方の主張

一、原告らの請求原因

1、事故の発生

昭和四二年一月一六日午後一〇時五五分頃、深尾朋身は普通乗用自動車を運転して岡崎市内の県道岡崎平針線を名古屋方面に向け進行中、日名橋東詰に差しかかった際、被告岡崎市の設置した工事用丸太棒に接触し、そこに置かれてあった石塊に乗り上げて右方に傾いたところを対向して来た成田信一運転の自動車に衝突され車外に放り出されてひきずられ、同橋北側欄干にぶつかり頭蓋骨折の傷害を受け間もなく死亡した。

2、被告の責任

被告は自動車等の往来の頻繁な路上に工事施行用の柵あるいは置き石を設置したのであるから夜間標識用のランプを点灯するなどして交通の安全を確保すべき注意義務があるのにこれを怠り、ランプを点灯せずもって交通の安全を妨げ本件事故を惹起させた。

≪中略≫

二、被告の答弁

1、請求原因1の事故発生の事実は認め、同3の事実は不知、同4の損害は争う。

2、請求原因2の被告の責任原因事実中、被告が原告主張の場所にその主張のような設備をしたことは認めるが、右は後記のとおり不完全なものではなく、赤ランプも点灯されていた。

被告は日名橋の東端から東へ八〇メートル、道路南端に標示板(横一・一メートル、縦一・五メートル)を立てその東向表面に“お願い御通行の皆様、この先五〇米日名橋東詰において水道管修理を(四二年一月一六日から四二年一月二〇日まで)おこないますので御協力下さい。岡崎市水道局”と記載して予告標識とし、更に橋の手前一八メートルの道路の南端に赤点滅灯(電源、乾電池式)一個を設置したうえ水道管破損個所を囲む形に橋の東端に近い部分で欄干より内側に向い一・五メートルの柵を作り、その末端から東に欄干に併行して長さ四・七メートルの柵を作ったが、その東端は欄干の端よりやや突出したので右柵の東端より橋の外側の方向に出した柵の端は欄干に接しない枠を作って水道管破損個所へ車輛等の進入を防ぎ、枠の東側柵の外側に徐行の標識(一辺八〇センチの三角形)一個と赤点滅注意灯二個を、西側柵には前記徐行の標識および注意灯一個を設置した。右の枠は、東側には木製の幅一・三七メートル、高さ〇・六五メートルの移動式の柵を据え、これを固定するためその脚二本の上に板を渡し、その上にコンクリート塊を置いて重さを加え、その南端より西に向って工事用移動式鉄柵を置き、枠の西側にも右同様の鉄柵を置き、これを補強固定するために丸太、角材をあててくくりつけ、橋の欄干に接する部分は丸太をこれにくくり、枠を強固にしたうえに前記の注意灯三個、徐行の標識二個をつけたのであり、その設備は交通の危険を防ぐため十分のものである。なお、前記注意灯は一・五ボルトの電池二個を電源としこれを装填するときは直に点滅式の電球が点灯するものであってそれを止める装置はないので一度電池を装填すれば電池の寿命の続く限り点滅を継続する。そして右注意灯は事故当日の一月一六日午後四時三〇分に前記設備の作業を終った時に点灯したもので事故当時に電池能力は十分維持されていたので点灯していたことが確実である。仮りにそれが点灯されていなかっとしても日名橋東端道路の西側即ち被告の設置した柵の真上に当る個所およびその北約七メートルの個所の地上約七メートルのところに各二五〇ワットの水銀灯が設置してあり、事故当時にも点灯していたので前記の柵および徐行の標識は遠方、東西いずれの方向からも明瞭に認識し得る状況にあったので危険防止に欠けるところはない。

以上のとおりであるから被告は本件事故発生につき責任はない。

3、仮りに被告の施した設備に瑕疵があったとしても、朋身は飲酒のうえ自動車を運転し気分も粗暴となり注意力が散漫となって無謀運転をしたため前記標識や柵を認め得なかったものであるから同人にも重大な過失がある。また、朋身の車輛と対向して進行して来た成田信一も被害者が柵の手前で停車するものと軽信して減速措置もとらず時速六〇キロのまま進行を続けた過失により本件事故を惹起させたものであるから同人にも一半の責任があり、この意味において被告の責任は軽減されるべきである。

≪以下事実省略≫

理由

一、事故の発生

原告主張の日時、場所で本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。

二、被告の責任

1、事故現場附近の状況

≪証拠省略≫によると次の事実が認められこれに反する証拠はない。

本件事故現場は県道名古屋、岡崎線の矢作川にかかる日名橋の東詰南側で右県道(その幅員は一〇メートルであるが、橋上は七・二メートルに狭まっている)は岡崎方面からはゆるやかな上り勾配となっており橋を渡って名古屋方面へはやや急な下り勾配をなしている。岡崎方面から日名橋へ差しかかる手前には道路両側に三〇数メートルにわたってガードレールが設けてある。日名橋の両側の欄干には約一〇メートル間隔に高さ六、七メートルの水銀灯が設置されているが、橋上の明るさはその直下で新聞の見出しが判読できる程度のものであり、そこから二〇メートルもはなれると人物も判然としない状況である。なお、右県道上は昼夜とも頻繁に自動車の往来があるものと推認される。

2、本件事故発生の模様

≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

深尾朋身は、事故当日、岡崎市内の飲屋「小鈴」で午後九時前頃から一〇時半過頃まで飲酒し、知人の石川金春をその自宅に送りとどけるため自車に同乗させ、自ら車を運転して同所を出発し、事故現場方面に向った。一方、成田信一は自分の車を運転し名古屋から岡崎市の自宅へ帰る途中、日名橋を渡りきる一四メートル位手前の地点でその二五メートル位右斜前方を対向して来る前記朋身の運転する車を発見したが、同車の前方には被告の設置した工作物(後記のとおり)があるのを知っていたから同車はその手前で当然、一時停車するものと考えそのまま進行していった。ところが朋身の車は一時停車もせず、右工作物にそのまま激突して対向車線内に突入し、成田の車の右側面に自車右前部および側面を接触させたうえ、更に五〇メートル位進行し、日名橋の北側欄干に激突して本件事故の発生となった。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。こうした事実からみると朋身は右工作物が設置されていたことに気付かなかったか、その直前で気付いたものの応急措置をとる間もなくこれに激突したものと推測するほかはない。

3、本件工作物の設置、管理の瑕疵

≪証拠省略≫を総合すると、被告は、配水管漏水修理工事のため所定の手続を経て、その主張の場所にほぼ主張のような工作物を設置したこと(ただし、その注意灯が点滅していたかどうかの点はしばらく措く)が認められ、これに反する原告深尾金治本人尋問の結果は採用できず、他に右認定に反する証拠はない。

そこで本件の主要な争点である右工作物の設置、管理に瑕疵があったか否かについて判断する。およそ道路は、常時、全面的に安全かつ、自由に交通可能な状態におかるべきであって、本件のように明らかに交通の妨害となるような工作物を設置する場合には、当該道路の具体的状況(幅員、交通量、見透しの良否等)に応じた適切な危険防止措置がとらるべきは当然であって、それが行政規程に則っているというだけでは(施行者に過失はなかったとされるであろうけれども)いまだその設置、管理に瑕疵がなかったとすることはできない。しかもそこを通行するすべての車輛運転者が常に自己の安全を守るため細心の注意を怠らないものであることを前提としてこれを設置すればたりるものではない。

以上の観点から本件事案を考察してみると、現場検証の結果によれば次の事実が認められる。即ち、岡崎方面から日名橋に至る車輛の運転者は、工作物設置地点から東八〇メートル辺りに設けられた注意標示板(夜光塗料でつるはしの図案が描かれている)をその手前五〇メートル位のところで確認でき、更に三〇メートル位進行すると同所に設けられた徐行の標示板もこれを認めることができる。しかし同所を通過する際にはその前方のどこにいかなる工作物があるかは全く判然としない。そして、なお四〇メートル位進んで始めてその前方に工作物らしいものの存在を認めるものの、その位置と形態が判明するのは右工作物から二〇メートル位の地点に近接したときである。そして全体的にみて点滅灯の光度が弱く、それが点灯されている場合には運転者の注意喚起に多少役立っているに過ぎない。以上の事実が認められるけれどもこれは検証時における実験が検証者において注意標識、工作物等の存在とその形状を予め知ってなされたものであることを考慮して評価されねばならない。しかも、事故当時点滅灯が果して点灯されていたかどうかに関しては本件全立証によるもこれをいずれとも確定し難いところである。こうした事実からみると夜間、事故現場附近を走行する車の運転者が、所定の速度(制限速度は六〇キロ)に従い、前方注視義務を十分尽しておれば、予め、前記障害物の存在に気付き事故防止措置をとるのもあながち困難であったとは考えられないけれども、右現場附近の道路状況は完全舗装された極めて見透しの良好なところであるから夜間交通量の少ない時には、時速六〇キロあるいはそれをやや超える程度の速度で走行する車輛のあることは容易に予測できるところであり、そうした車の運転者が普通の注意を払っていたのでは工作物の存在に気付くのがその手前四〇メートルの距離に近接した地点であることからするとその時直ちに急停車措置をとったとしても右工作物への衝突を避け得られないことは明らかである。しかも工作物設置地点で右道路の幅員がかなり狭まっていることや赤ランプが点灯されていることにつき心証を得なかったことも併せ考えると本件事故が深尾朋身の前方不注視による過失にのみ起因するとみるのはいささか酷に過ぎ、被告としても右現場の道路状況に照らすと冬の夜間冷え込みが厳しい時にはフロントガラスが曇って視界の妨げられることもあり、雨天や雪の日などには一般に視界も悪くなって遠望がきかないうえ、スリップしやすく制動距離も長くなることなども考慮して点滅灯の光度を強くするとか、現場に至るさらに手前で一見して明確に判別できる注意標識等を設置し事故発生防止に万全の措置を講ずるべき義務がある。

以上、本件における被告の工作物の設置、管理には瑕疵があったといわざるをえない。

4、右瑕疵と本件事故との因果関係

さきに認定してきた諸事実に照らすと本件事故が右瑕疵と相当因果関係にたつものであることはたやすく肯認できるところである。

三、被害者の過失

本件事故発生につき被告に責任のあることは叙上のとおりであるけれども、前記認定事実に照らし深尾朋身が飲酒のうえ車を運転し、しかも十分に前方注視義務を尽さなかったことが本件事故の主因をなしていることは否定すべくもなく、同人の右過失は重大なものといわざるを得ない。

四、原告らの身分関係

≪証拠省略≫によると原告両名は深尾朋身の父母であることが認められる。

五、損害

1、深尾朋身の逸失利益

≪証拠省略≫に弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

深尾朋身は昭和一九年八月一三日生れ(事故当時満二二才)の男子で、事故当時は株式会社マツダオート名古屋にセールスマンとして勤務していたが、本件事故に遇わなければ定年の満六〇才に達するまで右勤務を継続し、原告主張のような給与収入を挙げ、かつ、退職時にはその主張のような退職金を支給されたであろうこと、以上の事実が認められる。また、同人の生活費はその収入の上昇と家族構成等により変転するものと考えられるのでこれを平均して収入の五割とみるのが相当である。

そこで朋身の右収入から生活費を控除した逸失利益の総額につきホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して合算し、事故当時の価額を求めると八〇五万円(一万円未満切捨)となり、更に退職一時金についても前同様年五分の割合による中間利息を控除して事故当時の一時払額を求めると九四万円(一万円未満切捨)となる。以上、朋身の逸失利益の合計額は八九九万円である。

2、過失相殺

ところで本件事故発生については同人にも重大な過失のあったことは前説示のとおりであるからこの点を斟酌するとこのうち被告に賠償を求め得べき金額は一五〇万円とするのが相当である。

3、深尾朋身の慰藉料 二〇万円

頭書の金額が相当である。

4、相続

原告らは前記身分関係にもとづき右損害賠償請求額を相続により承継取得したものであるがその取得額は各八五万円となる。

5、原告らの慰藉料 各二〇万円

本件にあらわれた一切の事情、特に本件事故の態様、朋身の過失を考慮すると原告らの受くべき慰藉料は頭書の金額が相当である。

6、損益相殺

以上により原告両名の被告に対する損害賠償債権額は各一〇五万円となるが、自賠責保険金をそれぞれ七五万円受領していることは当事者間に争いないのでこれを右損害に充当すると結局その残存損失は各三〇万円となる。

六、結び

よって原告らの本訴請求は各三〇万円とこれに対する損害発生の日である昭和四二年一月一六日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用は各一部敗訴した原被告が主文掲記の割合で負担すべく、原告らの申立により各二〇万円について仮執行の宣言を付して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺公雄 裁判官 磯部有宏 村田長生)

<以下省略>

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