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名古屋地方裁判所 昭和41年(行ウ)47号 判決 1970年7月28日

名古屋市中村区梶江町一丁目二三番地

原告

近藤道訓

右訴訟代理人弁護士

寺沢弘

竹下重人

名古屋市中村区牧野町六丁目三番地

被告

名古屋中村税務署長

小林弘

右指定代理人

松沢智

加藤元人

井原光雄

山下武

右当事者間の所得税更正処分取消請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

(原告の求める裁判)

原告の昭和三五年分の所得税について、被告が昭和三九年二月二一日付でなした総所得金額を三〇、四二七、一五〇円所得総額を一五、九二九、一一〇円(他但し昭和四一年一二月二六日名古屋国税局長の裁決により一部取消された後の金額)とする更正処分のうち、総所得金額一、一五一万円、所得税額四、九九一、〇〇〇円を超える部分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

(被告の求める裁判)

主文同旨の判決。

第二、主張

(請求原因)

(一)  原告は、昭和三五年八月その所有にかかる別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を、訴外正村竹一に対し、総額二、六六七万円(仮換地後の坪当り(以下の単位はこれによる。)四四九、九七四円)で売却(以下「本件売買」という。)した。

(二)  そこで原告は昭和三五年分の所得税につき、昭和三六年三月一五日被告に対し別表確定申告欄記載のとおり確定申告をした。

(三)  ところが被告は昭和三九年二月二一日付で原告に対し別表更正欄記載のとおりの更正処分(以下「本件処分」という。)をなした。

(四)  そこで原告は昭和三九年三月一九日被告に対し異議の申立をなしたところ、右申立は国税通則法八〇条により訴外名古屋国税局長に対する審査請求とみなされ、同局長は昭和四一年八月一二日審査請求を棄却する旨の裁決をなした。

(五)  その後同局長は右裁決に所得税額の誤りがあつたとして、同年一二月二六日付で別表裁決欄記載のとおり原処分を一部取消す旨の裁決をなした。

(六)  しかしながら本件処分には次のような違法がある。すなわち本件売買は坪当り四五万円弱でなされたのに、被告は本件土地の時価は坪当り一〇九万円であり、右売買価額は、時価の二分の一に満たない価額であるとして、所得税法(昭和三六年法律三五号により改正される前の法律)第五条の二第二項、同法施行規則(昭和三六年政令第六二号により改正される前の規則)第二条を適用し、時価による譲渡がなされたものとして本件処分をなしたものであるが、これは時価の認定を誤つて右法条を適用した違法なものである。

(七)  よつて本件処分の取消を求める。

(被告の答弁および主張)

一、請求原因第一項ないし第五項記載の事実は認める。第六項記載の事実のうち被告が原告主張の規定に基づき、時価による議決があつたものとみなして本件処分をなしたことは認めるが、その余は争う。

二、本件処分には何らの違法も存しない。その理由は次のとおりである。

(一) 本件土地の譲渡時の価格

被告は、本件土地の譲渡時の価格を、左記(1)ないし(4)の事情を総合して坪当り一〇九万円と評価したのである。

(1) 譲渡時における本件土地附近の状況

本件土地は名古屋駅前豊田ビル裏通り東側に面した土地であつて、本件土地周辺はいわゆる名古屋駅前飲楽街を形成し、地下鉄の開通、豊田ビル第二期拡張工事の開始、中経ビルの建設工事計画の発表、その他地下街の開発が行われて、各企業の土地需要が強く、そのため地価は上昇気温にあつた。

(2) 近傍類地の売買実例の平均価格の算出

近傍類地の売買実例のうち、規範性のある七例を選択し、本件売買と時間的場所的周一性をもたせるために、各実例につき不動産研究所の「地域別六大都市市街地価格移換表」の商業地指数により時点修正、昭和三五年分相続税財産評価基準(路線価)により場所的価格差修正を行つたところ、平均坪当り一、五六二、〇四〇円となつた。

(3) 隣接地の価格

本件土地の隣接地である名古屋市中村区堀内町四丁目二九番の四、宅地八九坪一六(二九四・七四平方米)と同区泥江町一丁目二二番の二、宅地七坪(二三・一四平方米)の仮換地、中村第二工区一七ブロツク四番の三、 宅地一一二坪九九(三七三・五二平方米)は、昭和三五年七月一一日に所有者恒川正義より訴外正村竹一に借地権の負担付で代金総額四、八五〇万円(仮換地坪当り四二九、二四〇円)で売却させている。隣接地であるから場所的同一性はあるので、前記方法により時点修正をなし、借地権の割合を更地価格の六〇パーセントとして計算すると、右土地の本件土地譲渡時における更地価格は坪当り約一、一一二、六九六円となる。

また右土地は名古屋相互銀行浄心支店へ借入金の根担保に供されたが、右銀行の昭和三五年一〇月一八日の右土地の担保査定評価額は坪当り一二〇万円であつた。これを前記の如く時点修正すると坪当り一、一〇八、六二七円となる。

(4) 精通者の意見

本件土地につき、精通者の意見を求めたところ、一般取引価格とすれば坪当り一五〇万円位が妥当であるが、時価としての安全性、確実性を考慮に入れると坪当り一二〇万円が正当である旨の答申を得た。

(二) 譲渡所得の計算

原告は本件土地を代金総額二、六六七万円(坪当り四四九、九七四円)で譲渡したと申告しているが、被告は前記のとおり本件土地譲渡時の価格(時価)は総額六四、六〇四、三〇〇円(坪当り一〇九万円)と評価した。従つて本件土地につき原告が譲渡した対価は「著しく低価」であるから、所得税法(昭和三六年法律第三五号により改正される前の法律)第五条の二第二項、同施行規則(昭和三六年政令第六二号により改正される前の規則)第二条の規定により、時価をもつて譲渡されたものとみなしたのである。

よつて同法第九条一項八号および同条第一項前段に基づき計算すれば課税譲渡所得金額は次のとおりになる。

(イ) 総収入金額 六四、六〇四、三〇〇円

(ロ) 取得金額 三、六〇〇、〇〇〇円

(ハ) 譲渡所得金額 六一、〇〇四、三〇〇円((イ)-(ロ))

(ニ) 特別控除 一五〇、〇〇〇円

(ホ) 課税譲渡所得金額 三〇、四二七、一五〇円((ハ)-(ニ))×)

以上の次第で、本件処分について何らの違法もないから、原告の本訴請求は失当である。

(被告の主張に対する原告の認否及び反論)

一、被告の主張のうち課税譲渡所得を算出するための計算方法は認めるが、その余は争う。

二、被告の採用した売買実例のうちには、典型的な「ごね得」の事例や、建物付土地売買について、土地建物の総価額から建物の固定資産評価額(これは時価を著しく下廻る価額である)を控除した残額を以て土地の価格とした事例が含まれていて、必ずしも規範性ある売買実例とはいい難い。また時点修正の方法として、不動産研究所の土地価額指数を利用したのは不適切である。すなわち、右指数は六大都市商業地の市街地価格の推移を平均化したものにすぎず、特定都市の特定地域における特殊事情による価格変動の差異は抹殺されている。ところで国鉄名古屋駅前から笹島に至る間の表通りに面した土地は、地下鉄の開通、地下商店街の関店、豊田ビル、毎日ビルの各第二期工事の完成、大名古屋ビルの新築等によつて、昭和三〇年ごろから昭和三四年ごろにかけて地価の騰貴は著しかつたが、反面、毎日ビル、豊田ビルの裏にある本件土地附近はむしろさびれていたのである。その後昭和三八年ごろから中経ビル、中小企業センタービル、都ホテル等の完成が相次ぎ、地下街の拡張等によつて裏通りまで人の流れが及ぶようになつたため、商業地としての評価が改まり、地価が上がりはじめたのである。然るに前記指数は、昭和三〇年三月を一〇〇とし、昭和三四年三月は一七三、昭和三五年三月は二三一、昭和三六年三月は三七〇、同年九月は三八〇、昭和四〇年九月は一、〇九〇と飛躍的な高騰を示しているのであり、本件土地の実状と相容れないのである。

また場所的差異を是正する手段として相続税財産評価額(路線価)を基準とすることも、それが土地の実情に正比例してていない場合には、適切なものとはいえない。

三、被告は隣接地が借地権付で売却された価額や銀行による担保査定額から、本件土地譲渡時の時価を算出しているが、右土地は、その借地権について借地権者と土地所有者間に訴訟が係属した状態で売却されたものであるから、通常の借地権と同一に評価しえない。のみならず銀行融資に際しての担保価値の評価額は、融資申込者の資力、信用力、共同担保物件の有無などが考慮されるのであつて、必ずしも当該物件の時価を推測させるものではないのである。

第二、証拠

原告訴訟代理人は、甲第一ないし第五号証、第六号証の一ないし一四、第七ないし第九号証、第一〇号証の一ないし三を提出し、鑑定人近藤義男の鑑定の結果を援用し、乙第一、二号証、第一七号証、第一九号証の一、二、第二二号証、第二九号証、第三一号証の一、二の成立は認めるが、その余の乙号証の成立は不知と述べた。

被告指定代理人は、乙第一ないし第一八号証、第一九号証の一、二、第二〇ないし第二九号証、第三〇、三一号証の各一、二を提出し、証人萩野敏男、同山下武(第一、二回)、同国技為則、同近藤義男、同河合元三の各証言を援用し、甲第三ないし第五号証、第七、八号証の成立は認める。第六号証の一ないし一四の原本の存在および成立は認める。その余の甲号証の成立は不知と述べた。

理由

一、原告が昭和三五年八月本件土地を訴外正村竹一に代金総額二、六六七万円(坪当り四四九、九七四円)で売却したこと、請求原因第二項ないし第五項記載の経緯で、原告主張の如き確定申告、本件処分、異議申立、みなし審査請求、棄却の裁決、本件更正処分の一部取消裁決が順次なされたこと、被告は、原告の本件売買が「著しく低価」であるとして、所得税法(昭和三六年法律第三五号により改正される前の法律)第五条の二第二項、同法施行規則(昭和三六年政令第六二号により改正される前の規則)第二条を適用して、時価による譲渡がなされたものとみなして、本件処分をなしたことは当事者間に争いがない。

二、そこで本件の争点である本件売買時における本件土地の時価について判断する。成立に争いのない甲第七号証、乙第一号証、同第一七号証、同第二二号証、同第三一号証の一、二、原本の存在及成立に争いのない甲第六号証の六、証人萩野敏男の証言により成立を認める乙第三号証、証人山下武の証言(第一二同)により成立を認める乙第四号証、同六号証、同八ないし一三号証、同第一八、第二〇号証、同第二三、二五号証、証人国枝為則の証言により成立を認める乙第一四、第一五号証、証人萩野敏男、同近藤義男、同河合元三の各証言を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  本件土地は名古屋駅前の豊田ビル裏通り東側に位置し、幅員一・五メートルの舗装道路に西面する等高の平担地であり、現在は北隣接地と共に遊興娯楽関係のビル用地として使用されている。名古屋駅前附近は昭和三〇年ごろより商業地としての様相を呈していたが、本件土地附近も昭和三五年ごろにはパチンコ屋、旅館、自転車預り屋等が存在し、裏通といえども人通りは多かつたのであるが、同年地下鉄の開通、地下街の建設、豊田ビル第二期拡張工事により地価が急激に勝貴しはじめ、その後中経ビル建設、都ホテルの建設等によつてますます地価は高謄するに至つた。しかし本件土地を含む名古屋駅前周辺の土地の地価は昭和四〇年をピークとして、その後は横ばい或いは下落するに至つた。

(二)  ある時期における不動産(土地)の通常価格を評定するには、市場資料比較法が一般に行われていること、これは市場における需給の均衡点である取引実例から比較判断して対象不動産の価格を求める方法であるが、取引事例からの調推法であるため、採用すべき取引実例には対象不動産の価格を推定しうる規範性すなわち時間的場所的同一性、物件的同一性又は類似性が必要とされること、そこで右方法においては採用すべき取引事例の価格から、当事者の主観的価格を排除し、対象不動産の取引時期と各実例の取引時期との期間差による価格の変動の修正(いわゆる時点修正)および場所的価格差修正をしていること、時点修正の方法としては不動産研究所の「地減別六大都市市術地価格推移指数表」の指数或はその地減の取引事例により地減毎に算出された変動率が用いられ、又場所的価格差修正の方法としては相続税財産評価基準における路線価が用いされていること。

(三)  本件土地に近接した(1)名古屋市中村区堀内町三丁目一番、二番の七(仮換地中村第二工区三二ブロツク六番)の土地一四三・九八坪が昭和三四年五月六日に坪当り九〇万円で、(2)同区米屋町二番の八一(仮換地同区二二ブロツク二番の土地)九一・一三坪が昭和三五年七月八日に坪当り三八万円で、(3)同区泥江町三丁目五番の一二(仮換地同二一ブロツク一四番)の土地三〇・四四坪が昭和三四年一月一四日に坪当り七〇万円で、(4)同区堀内町二丁目八番の五、八番の一八(仮換地同区二三ブロツク六番)一六九・一五坪が昭和三五年一二月三〇日に坪当り六〇八、五九八円で(5)同区東柳町二丁目三番(仮換地同区一〇ブロツク三番)の土地一八・二五坪が昭和三四年一月一四日坪当り三三万円で、(6)同区泥江町一丁目二三番の五(同一七ブロツク一一番)の土地九四・六四坪が昭和四二年一月一九日に坪当り一、一六二、二九九円で、(7)同区泥江町二丁目一番の一二、一番の一三、一番の一四、一番の三一(同一八ブロツク一〇番の一)の土地六七・〇二坪が昭和四一年八月二二日に坪当り七五万円で、(8)同一五ブロツク四番の土地五六・五一坪が昭和三八年三月二〇日に坪当り一、七六九、五六八円でそれぞれ売買されていること、そして前記認定の取引事例に、不動産研究所の「地域別六大都市市街地価格推移指数表」の商業地の指数により別紙(2)の如く時点修正をなし、又昭和三五年分相続税財産評価額によつて別紙(3)の如く場所的価格差修正を加えると、別紙(1)の如く平均坪当り一二六万余円となることが計算上明らかであること(なお原告は右指数は六大都市の平均であつて名古屋の特殊性を無視する右もので、右指数によつて時点修正をすることは妥当でないと主張し、証人河合元三の証言には主張に副う部分が存するが、右指数は不動産研究所が多数の売買実例を基礎にして算出したものであり、右指数に基づく上昇率は、各売買実例毎の昭和三〇年から昭和四〇年までの相続税評価額に基づいて計算した上昇率を幾分下まわつていることが前記証換から認められる。してみれば、右指数を用いて時点修正をなすことは合理的かつ妥当なものというべく、従つて原告の右主張は採用できない。)

(四)  本件土地の隣接地たる名古屋市中村区堀内町四丁目二九番の四、同区泥江町一丁目二二番の二(仮換地中村第二工区一七ブロツク四番の三)の土地一一二・九九坪が昭和三五年七月一一日に借地権の負担付で坪当り四二九、二四〇円で売却されること、右土地附近の借地権の割合は六〇パーセントを下らないこと、そこで借地権の割合を六〇パーセントとして前述の時点修正を加える(隣地だから場所的同一性はある。)と、坪当り約一一一万余円となる。

また右土地は昭和三五年一〇月一八日に銀行により坪当り一二〇万円と担保額の査定がなされていること、これに前記の方法で時点修正を加えると、坪当り一一〇万余円となること。

(五)  本件土地について精通者の意見を求めたところ、坪当り一二〇万円の答申をえたこと。

甲第一、二号証乙第二一号証並びに鑑定人近藤義男の鑑定の結果は措信しない。

以上認定の事実を総合して判断すれば、被告が本件土地の時価を坪当り一〇九万円と評定したことは緯法でないというべきである。

三、ところで前記所得税法施行規則第二条によれば「著しく低い価格」とは「譲渡の時の価格の二分の一に満たない価格」を意味するところ、前記認定の如く本件土地の譲渡時の時価は坪当り一〇九万円が相当であるにも拘らず、原告は本件土地を坪当り四四九、九七四円で売却したのである。従つて右売買価格は時価の二分の一に満たないことは計算上明らかであるので、前記所得税法第五条の二第二項により時価による譲渡がなされたものとみなされたものである。そして別表記載の課税所得額、所得税額の計算の内容は、原告において争わないところであるから、原告の所得額及び所得税額が被告主張のとおりになることは計算上明らかである。従つて本件処分には何らの違法もないというべきである。

四、よつて原告の請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本重美 裁判官 上野糖 裁判官 将積良子)

別表

<省略>

別紙(2)

時点修正率算定表

<省略>

本件土地附近の時価は昭和40年より横ばい状態になつたため(6)(7)の事例については昭和40年9月の指数を用いた。

別紙(3)

相続税財産評価基準による場所的価格差修正率

<省略>

目録

名古屋市中村区堀内町四丁目二九番の一

宅地 一九六・三六平方米(四九・四〇坪)

名古屋市中村区堀内町四丁目三六番の一

宅地 八・二六平方米(二・五〇坪)

右仮換地

中村第二工区一七ブロツク四番の二

宅地 一九五・九三平方米(五九・二七坪)

別紙(1)

売買実例に基づく、昭和35年8月における本件土地評価額(坪当り)

<省略>

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