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名古屋地方裁判所 昭和37年(ワ)629号 判決 1963年9月04日

理由

先ず被告の本案前の抗弁につき検討する。

本訴状には原告として「白岩政治」とのみ記載されており、その後「白岩政治こと平岩金之」と訂正申立がなされ、第二回口頭弁論期日において右申立書が陳述されたのであるが、右原告としての両表示自体からみても「白岩政治」という通称を有する平岩金之または「白岩政治」と仮称する平岩金之なる者が右訂正申立によつて本名に改めたにすぎないことが明らかであるからこれを真に当事者の変更と解することはできないものというべく、しかも証人松原光良の証言、原告本人としての平岩金之の尋問結果および右本人尋問の結果により受取人として記載部分が真正に成立したことが認められ、その余の部分につき成立に争のない甲第一号証、右本人尋問の結果によつて真正に成立したことの認められる同第二号証の各記載を綜合すると平岩金之は振出日と受取人欄白地の額面金二十四万円、満期昭和三十七年二月十六日、支払地・振出地共名古屋市、支払場所太道相互株式会式名古屋支店、振出人被告なる約束手形(手形の右記載事項については当事者間に争がない)一通を訴外松原光良から平岩金之が、右訴外人に対する約金二十七万円の債権の弁済方法として受取り、白岩政治の仮名で当座預金をしていた株式会社東海銀行に右手形の取立委任をして右預金口座に振込んだ関係もあつて、その後平岩金之が叙上の白地部分を補充するにあたつてその受取人を白岩政治と記入しかつ振出日を昭和三十七年二月十日と記入したことが認められるから、訴状記載の白岩政治は平岩金之の仮名であつて被告主張のごとき仮空人でないのである。したがつて本件の原告は実在人としての白岩政治こと平岩金之であるから前叙のごとき訂正も許さるべきものというべきである。よつて被告の本案前の抗弁はいずれの点からするも失当である。

そこで本案につき審究する。

原告は前認定のごとき経緯によつて被告の振出にかかる前叙の約束手形一通の所持人となつたわけである。ところで、被告は右手形は訴外ミリオン産業株式会式との間になされたいわゆる書合い手形であるから、右訴外会社振出の被告あての手形が不渡となつた以上被告振出の右手形金は相殺により支払う義務がない旨の抗弁を主張しているが、仮に本件手形につき右のごとき事情があつたとしても原告が訴外松原光良から右手形を取得する際かかる事情を知っていた(いわゆる悪意の所得者)ことについては何らの主張立証もなされていないのであるから被告の右抗弁は採用できない。したがつて右手形の所持人である原告は振出人である被告に対し叙上の手形金二十四万円とこれに対する被告の右支払遅滞による商法所定年六分の遅延損害金の支払を求め得る権利があるというべきである。ところで、前顕甲第一号証によると原告は株式会式東海銀行に取立委任裏書をなし、同銀行はその満期である昭和三十七年二月十六日に支払場所に呈示して支払を求めたが支払を拒絶されたことが認められるが、原告の自認するところによれば、右銀行の呈示は振出日と受取人欄白地のままにてなされたものであることが明らかであるから右呈示によつてはいまだ被告に遅滞の責を負わせることはできないものというべきである。したがつて被告に対し遅滞の責を負わせ得るようになつたのは原告が本件第一回口頭弁論期日である昭和三十七年五月九日に前叙のごとく補充された手形を前顕甲第一号証として提出したときからと解すべきである(原告は右手形をそれより以前に被告に呈示したことについては何らの主張立証をしていない。)。

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